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Marginal Prince Short Story
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ミイラの神秘08 続編
●09 「神秘学の先生なんですか?」


警部とオーギュストと僕は、早速、一人目の容疑者を訪ねることにした。
確か名前はアシュリー・バートン。被害者と同室だった男だ。
彼も昨日とは違う部屋に宿泊していた。
先頭に居る警部がドアをノックする。暫くすると、僅かにドアが開いた。
その隙間に突っ込むようにして、警部が顔を見せた。
「何度もすみません、カタラーノです」
相手は息を吐いた。その表情には疲労が見える。
「警部さんですか。お話は何度かさせて頂いたと思いますが」
「ええ。加えて、お聞きしたいことができましたので。
すみませんが、お部屋に入れて頂けますかな?」
どうぞ、と言いながらバートンが部屋の奥に入っていく。その背中に僕達が続いた。
ここはシングルではなくダブルの部屋だった。ダブルしか空いていなかったのか、
チェックイン時の部屋に合わせてホテル側が選んだのだろうか。
しかし、現在の宿泊客は一人。
大き過ぎるベッドに二脚ある椅子。広い部屋が却って虚しい。
「あの、そちらの方も刑事さんですか?」
バートンが警部の後ろに居たオーギュストと僕を訝しげに見た。
警部は手でオーギュストを示しながら、
「こちらはボージェ先生、捜査にご協力頂いている有識者の方です。
以前にも事件解決に力を貸して下さいました」
オーギュストが一礼する。
「ボージェと申します。よろしくお願いします、バートンさん」
バートンは、どうも、とだけ言った。そして、僕を見た。
「では、そちらの方は? 僕より若いように見えますが」
オーギュストが僕の肩に手を置く。
「この子は私の息子です」
またか。
「すみません、ホテル内に殺人鬼が潜んでいるかもしれない状況ですので、
大事な一人息子を部屋に残しておく気になれなくて」
「息子さんだったんですか。あまり似ていませんね」
「よく言われます。幸いなことに、この子は母親に似てくれたので、
こんなに綺麗な顔で生まれてきたんですよ」
オーギュストが『親バカな父親』を演じている。
案の定、バートンは嫌気が差したようで「良かったですね」とつまらなそうに言った。
「それで、僕は何の話をすればいいんでしょう?」
警部に視線を送られたオーギュストがインタビュアーを引き受けた。
「実は、第一発見者のフレデリック・ヒューズさんについて、お聞きしたいのですが」
「ヒューズについて?」
「ええ。彼について貴方がどうお考えなのか」
話し手はオーギュストに任せて、僕はバートンを観察することにした。
装いはホワイトのワイシャツにブラウンのズボン。
華奢な身体。僕より身長が低いかもしれない。
バートンは細い足を組み、刺々しく吐き捨てた。
「ヒューズが犯人なんじゃないですか?」
オーギュストは穏やかに尋ねる。
「どうして、そう思われるのでしょう?」
「ヒューズはフローラに振られています。それを恨んで、あんなことを」
「警部、バートンさんには遺体を見て頂いてますか?」
「はい。フローラさん本人だと確認して貰う為に」
「では、フローラさんの腕が一本なかったこともご存知ですね?
私達は何故、犯人が腕を奪っていったのか、理解できないでいます。
バートンさん、貴方は何か理由が思い付きますか?」
無意識なのか、バートンは足を揺らしていた。
「さあ。僕にも思い付きませんが、恨みが強かったとかじゃないですか?」
「恨み、ですか」
「惨殺死体は恨みの強さの現れだったってよく言うでしょう?
ヒューズが犯人なら、そのくらいやるかもしれません。
きっと彼は彼女を恨んでいるでしょうから」
「警部、右腕以外に傷付けられていた箇所はありましたか?」
「いえ。なかったと思います」
「そうですか」
オーギュストはそこで少し俯いた。暫しの沈黙があったあと、明るめの声で言った。
「ところで。事件からは、少し話が逸れてしまうのですが。
先程、警部から伺ったものですから、ぜひご本人とお話ししたくて」
そう前置きをした上で、オーギュストは話し始めた。
「バートンさんはオカルトサークルに所属されているそうですね?」
「ええ、そうですが?」
「実は私、専攻が神秘学なんです」
普通の人間なら、ここで胡散臭そうな目をオーギュストに向けただろう。
しかし、バートンは違った。
「神秘学の先生なんですか?」
身を乗り出す。
「すごい。うちの大学には神秘学がないんです。指導してくれる先生も居ないから、
サークルでは仲間内で話し合うことしかできなくて」
「そうでしたか。神秘学の講座を持っている大学は多くないですからね」
「そうなんです。うちの大学にも神秘学があったらいいのにね、ってフローラも」
話の勢いが落ちる。
「……フローラも、よくそう言っていました」
亡くなった女性のことを思い出したのか、少し優しい顔になった。
「実は、私達も昨日カタコンベに行ったんですよ?
そして、お二人と擦れ違いました」
「え? そうだったんですか? 全然、気が付きませんでした」
「でしょうね。お話もしませんでしたし、擦れ違ったのも一瞬でしたから。
カタコンベに行ったのは昨日が初めてですか?」
「ええ。そうです」
「やはりお目当ては、ロザリア嬢?」
「はい。ロザリアは世界一美しいミイラと有名でしょう?
だから、サークルの間でもいつか行きたいね、と話していたんです」
二人のオカルトマニアがミイラの話で盛り上がってる。
授業中もそうだけれど、彼の話は横道に逸れると長い。
「いかがでしたか、初めて間近で見るロザリア嬢は?」
「感動しました。写真で見るよりずっと美しく儚げで。天使のようだと思いました」
「ええ。本当に。フローラさんはどんな感想を言っていましたか?」
「フローラも、綺麗だったと言っていましたよ。
それで、夕食にチーズが出た時、ロザリアちゃんを思い出すから、
可哀想でチーズは食べられないなんて冗談を言っていました」
オーギュストは微笑した。
「成程。私などは気にもせず、昨日も今日もチーズを食べていましたがね」
二人のオカルトマニアは笑い合っていたが、
僕は意味が解らなかった。どうして急にチーズの話になったんだろう。
バートンはクスリと笑った。
「お子さんと警部さんは、今の話が通じていないようですね。
でも先生は解ってくれるんでしょう? 流石ですね。先生は本物だ。
先生から教えてあげて下さいよ、ロザリアと他のミイラとの違いについて」
「ミイラというのは、肉体を極限まで乾燥させたものなんですよ。
古代エジプトのピラミッドで眠っていたファラオもそうですが、
カプチン会のカタコンベにあるミイラの殆ども、この乾燥ミイラです。
しかし、ロザリア嬢は違います。特別な防腐処理を受けた彼女の肉体は、
適度に乾き、適度に潤った状態を維持しました。
例えるなら、そう、チーズ状なんです」
「チーズ? 肉体がですか?」と警部。
「はい。チーズが、ミルクの水分を適度に切って、
固形化した物であるのは、皆さんもご存じですね?」
警部が生徒のように頷いている。
「その昔、チーズが作られた理由は、食料が採れない冬季に向けて、
栄養価の高いミルクを長期保存する為でした」
「長期保存」
「そうです。ロザリア嬢の身体は、乾燥したミイラではなく、
チーズに近い保存状態であると考えられています」
警部は苦笑しながら、
「いやー、勉強させて頂きました。明日からはワインのつまみが変わりそうです」
これ以上ミイラの話は必要ないだろう。僕はオーギュストに注意する。
「もう、いいんじゃない?」
「そうだね。私からは以上です。貴重なお話を聞かせて頂き、
ありがとうございました、バートンさん」
オーギュストは僕を見た。
「アンリ。君から質問したいことはないかね?」
「僕? そうだね。情報を整理する為に、確認させて欲しいのだけれど。
今日になって、彼女が体調不良を訴えたから、
貴方は一人で外出したってことで間違ってない?」
「ああ」
「どうして、彼女の側から離れたの?」
「それは、フローラが『私のせいで貴方までホテルに居なくてもいいから』って、
僕に気を遣ってくれたんだ。フローラは優しいから」
「ふうん。じゃあ貴方がホテルを出てから、戻ってくるまで、
どこで何してたのか、詳しく聞かせて?」
「カタコンベに行きました。前日も同じ場所に行ったんですが、
一度目は落ち着いて見れなかったから、二度目ならもっとゆっくり見れるだろうと思って」
「他には?」
「ノルマン王宮も見学しました。カタコンベの近くをうろうろしていたんです。
あの辺りは散歩しているだけで過去にタイムスリップしたような気持ちになれますから」
誰かも同じようなことを言っていた気がする。
「すみません、もういいですか」
バートンに打ち切られる形で、僕達は一人目のインタビューを終えた。


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