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Marginal Prince Short Story
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ミイラの神秘09 続編
●10 「サン・ジェルマン伯爵も良いよねえ」


続いて、僕達は二人目の容疑者を訪ねた。
腕なし死体の第一発見者であるフレデリック・ヒューズ。
警部がドアをノックした。しかし、反応がなかった。
「もうお休みになっているんでしょうかねえ」
呑気に警部が呟いていた。
「どうします、先生?」
「ねえ」
僕は警部を見上げた。
「ドア、一応開けてみたほうが良いんじゃない?」
「やはり今夜のうちにお話を聞きたいですか」
「違うよ。ドアを開けてくれないのは、腕を無くしているからかもしれないってこと」
警部は青ざめた。
「そんな、もう一度呼んでみます!」
警部はドアに向き直って、強く叩き始めた。
「ヒューズさん、ヒューズさん!」
ドンドンという音がホテルの廊下に響く。ドアが壊れてしまいそうだ。
「警察です! ドアを開けて下さい! ヒューズさん!」
ドアは開かない。警部は「クソッ」と呟いて、僕達を見た。
「仕方ない。開けますよ」
一呼吸置いたあと、警部はドアを開け放った。
警部は衝撃を受けた。額に。


ヒューズは警部とぶつかった額を押さえながら、
「すみません。大丈夫ですか、刑事さん」
警部も赤くなった額を撫でている。
「ええ、大丈夫ですよ」
ここはシングルの部屋だった為、椅子は一脚しかなかった。
その椅子にはヒューズが座り、オーギュストと警部はベッドに座った。
僕は壁に背を預けて立っていた。警部はテーブルの上にあった物を発見した。
「何か音楽を聞いていたんですか?」
テーブルの上にはイヤフォンが付いた音楽プレイヤーが置かれていた。
「はい。モーツァルトを聞きながら、カリオストロ伯爵に祈りを捧げていたものですから、
警部さんの声に気付くのが遅れたみたいです。
ここパレルモは伯爵の出生地だったのを思い出して、
お力の一端でも、僕にお貸し頂けないかと。
あ、すみません。こんなこと言っても、一般の方には解りませんよね」
「貴方が降ろしたい霊はフローラさんですか?」
オーギュストがそう言うと、ヒューズは驚いた様子だった。
「は、はい」
オーギュストは頷いた。
「成程。カリオストロは降霊術にも通じていましたからね」
警部は首を傾げている。
「カリオス……なんですって?」
オーギュストが淡々と説明する。
「カリオストロ伯爵。彼の場合、伯爵というのは自称で、
本名はジュゼッペ・バルサモと言いますが。
18世紀、フランス革命の頃に、魔術師、錬金術師、また医師としても活躍していた男です。
口が達者で才能豊かな男でしたが、最後は、奥様に裏切られ、幽閉先で獄死。
カリオストロがある秘密結社に所属していることを、
奥様が暴露したことで捕まってしまったのです。
彼を詐欺師と評する文献は多いのですが、根は真面目で優しい男ですよ」
「はあ……そうなんですか」
警部は感心半分、呆れ半分といった顔をしていたが、ヒューズは目を丸くしていた。
「お詳しいんですね、貴方もオカルトに興味が?」
「ええ。お仲間かと思いますよ。ヒューズさんもお詳しいですね。
今、貴方が聞いていた音楽というのは、ひょっとして、
モーツァルトが作ったレクイエムではないですか?」
「はい! そうです」
「モーツァルトも、カリオストロと同じ秘密結社の一員ですからね」
「貴方、すごいですね。僕と対等に話ができるなんて」
滑稽な発言だ。目の前に居る人物が、神秘学の権威であることは知らないらしい。
こと神秘学の知識に於いて、オーギュストと対等に話せる人物なんて、
この世に居るのだろうか。警部はヒューズに対して、まず僕達のことを軽く説明した。
先程と同じように、有識者とその息子、という設定だった。
「それで、僕にどんなご用事なんですか?」
ヒューズは僕については眼中にないようで、
オーギュストに対して、同士の眼差しを向けている。
僕が誰の末裔なのかも知らない、無知な人で助かった。
「実は、アシュリー・バートンさんについて聞きたいのですが」
オーギュストがそう言うと、ヒューズは苦々しい顔をして、
「あいつが犯人ですよ。そうに決まってる」と言い切った。
「警察は何もたもたやってるんですか、早くあいつを捕まえて下さい」
怒りで早口になっているのか、まくしたてるように喋っていた。
オーギュストは自分のペースを乱されることなく、穏やかに確認していく。
「ヒューズさんは、彼が犯人だとお考えなんですね?」
「当たり前です。あいつが僕をはめたんだ。
僕がフローラを好きだったことを利用したんです」
「今、はめた、と仰いましたが、それはどのように?」
「あいつがフローラの携帯を使って僕にメールをしたんです。
そうとしか考えられない。彼女の携帯からあいつの指紋は出なかったんですか?」
警部が答える。
「出ていません。検出されたのは、彼女の指紋だけでした。
彼女自身がメールを書いたのか、殺害前に犯人が彼女を脅して書かせたか、
それとも、彼女を殺害したあと、彼女の手を使ってメールを打った可能性もあります」
ヒューズは頭を抱える。
「酷い。どうして、フローラが殺されなくちゃならないんだ」
「そうですね。それは大きなポイントだと思います。
どうして、彼女は殺されなければならなかったのか。
ヒューズさん。貴方は先程、バートンさんが犯人ではないかと仰っていましたが、
仮に、そうだとした場合、殺害理由は何だと思われますか?」
「理由なんてどうでもいいですよ!
どんな理由があったって、殺人は許されない大罪、そうでしょう?」
オーギュストは頷いた。
「ええ。もちろんです」
オーギュストが僕に視線を送った。
「アンリは、ヒューズさんに質問したいことはあるかね?」
もちろん、ある。
「被害者の携帯電話から送られてきたというメールについて、
詳しく聞きたいんだけど。メールが来たのはいつ?」
「今日の午後だよ。ええと13時くらい、でしたっけ? 刑事さん」
「ああ、はい」手帳を取り出す。「正確には13時13分ですな」
「メールの文面は?」
「文面は、『今、パレルモに居るの。話したいことがあるから会いに来てくれる?』で、
ホテルの名前と、ルームナンバーが書いてあったんだ」
「それで、貴方は、メールの返信をしたの?」
「そりゃあもちろん」
「何て?」
「えっと、『解ったよ。そこなら、一時間くらいで行けると思う』って」
「彼女からの返信はあったの?」
「あったよ。『待ってます』ってね」
「それは、何時何分の話?」
「え、どうですか、刑事さん?」
「13時32分です」
「ですって」
「貴方が遺体を発見したのは、15時頃ではなかった? 到着まで一時間半かかってない?」
「迷ったんだよ。この辺は道が解り辛いだろう」
「ふうん。ではメールの中にあった『話したいこと』って何だと思った?」
ヒューズの表情が曇る。
「解らない。もしかしたら、俺のこと、考え直してくれるのかもって、
ちょっと期待したけど。でも、それより胸騒ぎのほうが大きかった」
「胸騒ぎ? 嫌な予感がしたってこと?」
「ああ。だけど。フローラが」
ヒューズは遺体発見時の瞬間を思い出したのか、苦痛の表情を見せた。
「あんな姿になってるなんて」
これが演技なら相当なものだ。
「ところで、事件とは関係のない話になってしまうのですが」
オーギュストがまた脱線しようとしている。
「ヒューズさんは、神秘学の中では、どの分野にご興味があるのですか?
ちなみに、バートンさんは、ミイラにご興味があるようでしたよ。
パレルモにあるカタコンベを見学されていましたし」
ヒューズはバカにするように笑った。
「ミイラですって? さすがはバートン。可笑しな趣味をしている」
しかし、オーギュストが一人だけでなく二人ともに神秘学の話を振るなんて。
何らかの意図があってのことだろうか、それとも、ただのオカルトバカか。
「僕が今、一番興味あるのは」
ヒューズは、ある団体名の名前を出した。先程も話に出た秘密結社だ。
「会員の中には、多くの著名人が居るっていうじゃないですか!
世界的に有名な音楽家に作家、歴史を動かしてきた偉人や、
一国のトップにも会員が居たって話だし」
「そうですねえ」
「あ、カリオストロ伯爵は、サン・ジェルマン伯爵に勧められて入ったそうですし」
突然、伯爵の名前を出されて、僕は少し驚いた。
「伯爵も会員? そうなの?」
僕は神秘学の権威に確認した。すると、彼は苦笑混じりに答えた。
「まあ。そういう説があるのは、確かだね」
歯切れの悪い。授業中もそうだけれど、伯爵の話になると、
何故か彼の物言いは曖昧になることが多い。
直系の子孫の前では言い辛いことでもあるのだろうか。
ヒューズは、嬉しそうに僕を見て、こう言った。
「へえ。君もサン・ジェルマン伯爵のことを知っているんだ?」
「……まあ、それなりに」
「サン・ジェルマン伯爵も良いよねえ、優雅で知的な紳士でさ。
今もどこかで生きているかもしれない、謎の錬金術師だもんね」
ヒューズに僕のファミリーネームを言ったら、どんな顔をするだろう。
今思うと、オーギュストとの親子設定をとったのは正解だったかもしれない。
ヒューズの前で、僕のファミリーネームを正直に名乗っていたら、
面倒なことになっていただろうから。オーギュストが立ち上がる。
「ああ、雑談を話し込んでしまってすみません。どうもありがとうございました」
二人目のインタビューを終えた。


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