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Marginal Prince Short Story
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ミイラの神秘11 続編
●12 「君が欲しかったのは」


翌朝。昨夜は結局、深夜まで起きていたから、睡眠時間は足りていない。
瞼は重たいけれど、脳は、やけにハッキリしている。
これから起こるであろうことに、防衛機能が働いているのだろうか。
ホテル内のレストランで朝食を終えたあと、
オーギュストに「せっかくイタリアに来たのだから」と言われて、食後のエスプレッソに付き合わされた。
苦い。コーヒーの香りは嫌いじゃないけれど、やはり紅茶のほうが良い。
「アンリは」
オーギュストはエスプレッソ用の小さなカップを持ちながら、ぽつりと言った。
「どうして、人を殺してはいけないのか解るかい?」
ウエイターが僕達の横を通り過ぎる。オーギュストはカップを置いた。
「事件が解決したら、答えを教えるよ」
僕は肩を竦めた。
「無事に解決すれば良いけどね」彼を見上げる。「大博打じゃない? 本当に上手くいくの?」
「La Roue de Fortune. 『運命の輪』は急速に回り始めている。決断の時は今だと思うよ」


朝食が終わったあと、僕とオーギュストが宿泊している部屋に、関係者が集められた。
バートンとヒューズは、それぞれ離れた位置で、壁を背に立っている。
僕とオーギュストは窓際の丸テーブルを挟んで座っている。
この空間を取り仕切るように、カタラーノ警部が部屋の中央に立っていた。
その傍らには警部の部下が二人控えており、警察以外の人間を監視していた。
バートンが口を開いた。
「あの、警部さんから、お話があるって聞きましたけど、何でしょうか?」
「そうですね。揃いましたし、始めましょうか。突然、お呼び出しして、すみません。
関係者の皆さんには、取り急ぎお知らせをと思いましたので」
ヒューズが痺れを切らす。
「なら、早く教えて下さいよ」
「ああ、すみません。実は、フローラさんの右腕が見つかりました」
僕はバートンとヒューズの様子を観察する。
「本当ですか!?」
最初に声を上げたのはヒューズだった。
「はい。先程、発見致しました」
警部からの発表に、ヒューズは表情を歪める。バートンは俯いていた。
ヒューズは食ってかかるように、
「どこにあったんです?」
警部は静かに言った。
「それは言えません。ですが、我々警察が管理していますので、ご安心を。
腕について調べが進めば、直に犯人を特定できるかと思います。
調査が終わるまで、もう一日か二日、お待ち頂けないでしょうか。
それから、もし、この中に犯人が居るのなら早いうちに自供して頂けると助かるのですが」
その場に居る全員が、互いの顔を見合った。
が、誰も申し出なかった。警部は頷く。
「ご協力頂けないようですね、残念です。
それでは我々から声をかけられるのを待っていて下さい。そうお時間はとらせませんので。
ご報告は以上です。お集まり頂き、ありがとうございました」
僕はバートンとヒューズを見やる。彼等は自分の部屋へと戻っていった。
警察は二手に分かれて、彼等のあとを密かに追いかけた。

僕とオーギュストは警部が居るほうへ付いていった。
警部は部屋のドアを少し開けると、声が聞こえてきた。
ドアの隙間から見えたのは、携帯電話を耳にあてているバートンの姿だった。
「すみません。ちょっとお尋ねしたいことがあって」
焦り、余裕のない顔をしている。
僕達に覗かれていることにも気付かずに彼は必死に話していた。
「あの、頼んだ荷物がまだ届かないのですが」
その時、バートンはイタリア語で話していた。
あとからオーギュストに聞いたところによると、このような話をしていたらしい。
「ええ。それで、荷物が今どこにあるか、
調べて貰うことはできますか? ……あ、はい、注文番号は」
小さな紙を手にし、番号を読み上げた。
その後、「少々お待ち下さい」と言われたのか、暫く黙っていた。
「ああ、まだ郵便局にありましたか。え? ああ、そうでした。
到着は明後日の予定でしたね」
オーギュストは小声で「郵便局にあるようだね」と僕に通訳した。
警部は静かにドアを開け、部屋の中へ入っていった。バートンは話し続けている。
「すみません、到着日を勘違いしていたようです。では、その荷物は予定通り」
「失礼」
彼が耳にあてていた携帯電話を抜き取って、警部は話し始めた。
「私はパレルモ警察のカタラーノと申します。
その荷物、これから警察が回収に伺いますので、
それまで誰にも渡さないよう、厳重に保管しておいて頂けますかな?
ある事件の重要な証拠物件ですので。はい。ご協力、感謝致します。
では担当の者に代わりますので、そちらのご住所を教えてやって下さい」
警部は「頼んだぞ」と言って、若い刑事に携帯電話を渡した。
そして、怯えた目で自分を見上げている人物に、優しく話しかけた。
「申し訳ありませんな、お電話をお借りして。
謝っておきながら、この携帯電話をお返しできないことにも、重ねてお詫び致します」
「ふうん。郵便局にあったんだ?」
僕も部屋の中に入っていく。
「それなら、ホテル中を探しても見つからないわけだね」
彼は誰にともなく呟いた。
「フローラの腕が見つかったというのは、芝居ですか」
「そうだよ? 腕の在りかを知っている犯人が、腕が見つかったと聞けば、
何らかの行動を起こしてくれるんじゃないかって思ったから」
僕はズボンのポケットに手を入れた。
指先に何か当たる。スウェードの手触り。
「腕を切断したのは、腕を残しておくと都合が悪いからだと思っていた。
でも、それ以外の理由もあるよね。理解には苦しむけれど」
僕は彼に尋ねた。
「腕だけだったんじゃない? 君が欲しかったのは」
「まさか。腕を手に入れて、一体どうするんですか?」
「ハンズ・オブ・グローリー」
その言葉は、呪文のようにバートンを硬直させた。
「あるオカルトマニアから聞いたんだけど、
魔術用具の一種として、死人の腕を護符代わりに持つことがあるそうだね?
『栄光の手』なんて、大層な呼び名が付いているけれど、
要は、ミイラの一種で、死蝋(しろう)化した腕のことだ。
死蝋が何か、君は知っているよね?」
彼は俯いたまま答えない。
「カタコンベで眠る少女、ロザリア・ロンバルドも死蝋だと言われている。
チーズ状の身体をした死蝋だとね」
僕が話し終わると、部屋は静まり返った。
ほんの三秒程度だったのだろうが、随分長く感じた。
バートンは足下から崩れ、床に座り込んだ。
「どうして?」
ゆっくりと天を仰いだ。
「どうして、僕を守ってくれなかったの、フローラ」
少年のよう。その時の彼は、酷く無垢な表情に見えた。
「君は僕の護符になってくれたのに」
フッと彼は笑った。
「――ああ。まだ、ハンズ・オブ・グローリーとして完成していなかったからかな」
「勝手だね」
僕は吐き捨てた。ポケットの中で小さな革袋を握り締めていた。
「護符ってそういうものじゃないと思う。生け贄のように切り落とされた腕よりは、
市場なんかで売ってる嘘っぽいパワーストーンのほうが、
よっぽど清浄で御利益がありそうだ。それに、自分を殺した犯人を、
守ってくれるお人好しなんて、居ないと思うけど?」
そう言いながら、僕は見知った顔を思い出していた。
自己犠牲好きなどこかの王子ならやり兼ねないかもしれない。僕は殺人者に一歩近付く。
「ねえ? どうして、彼女をミイラにしようと思ったの?」
「生きていたら、いつか終わりが来るだろう? フローラが心変わりするかもしれないし、
それがなかったとしても、いつかは死に別れる。それならミイラにすればいい」
彼の論理は破綻している。
「ミイラになれば永遠の身体が手に入る。ずっと僕の側に居て貰える」
彼は頭を抱えて、掠れ声で呟いた。
「愛していたんだ。フローラと離れたくなかった。ずっと側に居て欲しかった」
「僕には矛盾しているように聞こえるけれど。僕が可笑しいのかな?
ずっと側に居たかったと言いながら、君がしたことは殺人だ。
もう彼女は生きていないんだよ、君のせいで」
「僕の中では矛盾はないんだけど、僕と君では考え方が違うのかな」
「そのようだね」
「君も僕の話が理解できないのか。フローラも理解できないみたいだったけど」
「彼女には何て言ったの?」
「僕達もいつか一緒にミイラになりたいねって。
フローラなら絶対に理解してくれると思ってた。フローラもオカルトが好きだし、
シチリアのカタコンベに行こうって誘った時も、興味があるみたいだったから。
なのに、フローラは僕を拒絶した。化け物を見るような目で僕を見た。
せっかくシチリアまで来て、本物の夫婦ミイラも見せてあげたのに、
あの時はフローラも楽しそうだったのに、どうして」
「ミイラになることを断られたから、殺したの? それだけのことで?」
彼は僕の問いかけには答えず、警部を見上げた。
「刑事さん、フローラのハンズ・オブ・グローリーは、
僕のものではなくなってしまうんですか?」
「ええ。もちろんです。まずは検死官に送られ、その後は適切に埋葬致します」
「そうですか。じゃあ、もういいです」
「もういい、とは?」
「僕を死刑にして下さい。僕はもう何も要りません。
僕の栄光を奪われるのなら、もう何も、誰も、
僕を守ってはくれませんから。誰か僕を殺して下さい」
「それはできません」
警部はゆっくりと言った。
「何故なら、イタリアには死刑制度がないからです。
そう言えば貴方の母国はアメリカでしたか。
あそこは州によって死刑制度があったりなかったりしますからなあ」
バートンは軽く笑った。
「死刑制度がないなんて、残酷な国ですね、イタリアは」
「そうですね。死を与えられないことは、時に死より残酷なのかもしれません」
それまで黙っていたオーギュストが、バートンの元まで行く。
「だからこそ、罪を犯した人間は、生き続けなくてはならないのではないでしょうか」
床に座り込んでいるバートンの側で膝を落とす。
目線を合わせ、優しい声で言った。
「命とは、終わりを早めるものでも、長らえるものでもなく」
その時のオーギュストは少し辛そうな顔をしていた。
「ただ、全うするもの。それを知ることが罪人に与えられた罰なのだと私は思います」


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