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■シュヌーシア寮
■ブラッディ・クリスマス02 続編
「今日のディナーは、デザートのアップルパンケーキが
特に美味しかったなあ、ドイツのお菓子だったし」
クラウスがテオのほうを向いた。
「お前、ドイツ料理が好きだったのか?」
「それはもう大好きだとも!」
「ふうん」
クラウスは食後のコーヒーを口に運んだ。
シュヌーシア寮ダイニングルームでは、そろそろデザートも食べ終わり、
生徒達は徐々に退室していく時間だった。
テーブルの上にある皿は殆どが空になっている中、
クラウスは不自然な皿を見つけ、コーヒーカップをソーサーに戻した。
「おい、レオン。残すなよ、トマト」
中等部一年生が唇を尖らせる。
「煩いなー、クラウスは。つーか、いちいちヒトの皿チェックしてんじゃねーよ」
「お前がいちいちトマトを残すからだろう。
せっかくシェフが、お前でも食べ易いように工夫してくれているというのに」
サラダには具だくさんのドレッシングが掛かっていた。
それはトマト、アボカド、ピクルス、ジンジャーなどを5ミリ程度にみじん切りした物を、
オレンジ色をした甘めのソースで仕上げたシェフ手作りのドレッシングだった。
「これだけ小さく刻まれたトマトなのに、何故わざわざトマトだけ集める。
そんなことするから食べ難いんだ。他の物と一緒に食べれば、
トマトの味など感じないうちに、腹の中に収まると何故解らない」
「トマトが食べられる奴に、トマトが嫌いな奴の気持ちなんか解んないんだっ」
「ああ、解らんな。それから、ラビ」
「は、ハイッ」
「お前も、そのピクルス、残すなよ」
「だ、だって。僕、キュウリもダメなのにピクルスなんて」
「数ミリ四方しかないだろう。そのくらい我慢して食え。幼稚園児じゃないんだぞ」
「でも……」
「言い訳は必要ない」
ラビは肩を落とした。「あ、そうだっ」と呟いたレオンが、
ラビの耳元に手をかざして、ヒソヒソ話をした。
何かを耳打ちされたラビは目を輝かせて、うんうんと頷きながらレオンを見た。
二人の様子を、眉間に皺を寄せながらクラウスが見ていると、
「ねえ、クラウス?」
テオに声をかけられた。
「今宵は生徒代表のお仕事、ないのだろう?」
「え? ああ。予定はないが。どうした?」
「では、久し振りにチェスなんてどうかな? クラウス、得意だろう?」
「しかし、お前は得意ではないだろう」
「良いのだよ。クラウスが緻密な戦略で華麗に勝利するところが楽しみなのだから」
「お前にプライドはないのか?」
「クラウスを前にしては、己のプライドなど無意味だよ! つまり!」
クラウスは席を立つ。
「チェスボードを取ってくる。先にサロンへ行っていろ」
「ありがとう! 優しいなあ、クラウスは。ではサロンで待っているね」
クラウスがドアの向こうに消える。
テオがその背に続き、ドアを閉める前にレオンとラビにウインクした。
ダイニングルームに残ったレオンとラビは互いに笑顔を向け合った。
「よし。ラビ、今のうちに」
「うんっ」
「おい、お前達」
ドアのところに、クラウスが戻ってきていた。
「言い忘れたが、間違っても、互いの嫌いな物を交換して食べよう、
などという姑息な真似はするなよ?」
ドアが閉まった。
シュヌーシア寮サロンではテオがソファで待っていた。
クラウスがテーブルにチェスボードを置き、向かいのソファに着く。
「お前が白で良いぞ」
「おや。先手を譲ってくれるのかい? クラウス」
「ああ。それから、瞬殺する戦法は取らないと約束する」
「おやおや。クラウスは紳士だねえ。いや、フェアプレイ精神に則った、
誇り高きスポーツマンと言ったほうが貴方には合っているかな」
「そのくらいハンディがないと、すぐ終わってしまいそうだからな。
だが、それでも俺は負けない。だからお前も、勝負するなら本気で来い」
何事にも真面目に真剣に取り組む人だ、とテオは改めて思った。
いつでもリラックスしている性質の自分とは全く逆。
けれど、こんな場面でも気を張って、クラウスは疲れてしまわないのだろうか。
いや、これが彼にとっては普通で、自然なことなのだろう。
「解ったよ、クラウス」
テオは微笑んだ。
「私も負けないよ!」
まだ少し生乾きの銀髪からは、最近変えたトリートメントの香りがした。
シャワー上がりの生徒が、シュヌーシア寮サロンに顔を出した時、
他の生徒達は、テレビの前でカード遊びをしていたり、宿題をしていたりという、
普段と何ら変わらないシュヌーシアの光景があった。
空いていたソファに座ると、バトラーが近付いてきた。
「シルフェ様、何かお飲み物をお持ち致しましょうか」
「ああ。丁度、喉が乾いてたんだ。
じゃあ、アイスティーね。リーフは……何かイイのある?」
「左様でございますね。では、アッサムはいかがでしょう。
アセロラジュースを少し加えますと、さっぱりとしたアイスアセロラティーになるかと」
「イイねえ。じゃあそれで」
「畏まりました」
「やったあ! チェックメイト! これ、チェックメイトで良いのだよね!?」
テオの大きな声に、シルフェが振り向く。近付いてみると、
テーブルの上にはチェスボードがあり、白の駒が勝っていた。
「あれえ? お父さんが負けたの?」
クラウスは憮然としながら「お父さん言うな」
テオがフォローする。
「あ、でもね? お父さんはお母さんの為にハンディをくれたのだよ。だから勝てたんだ」
「ふうん。じゃ、この調子で二回戦では、お父さんのハートもチェックメイトしちゃえば?」
「それは良いねえ」
「そこ、意味の解らない会話をするな」
「ねえクラウス! もう一試合しようよ! 今度はハンディなしで良いよ!」
「ほう。言うな。ならば、次こそ絶対に負けん」
「歌手のアリシア・キャリーさんがクリスマスツアーを延期しました」
テレビから聞こえてきた言葉に、クラウスは思わず視線を向けた。
「所属事務所は、アリシアさんの体調不良の為と説明しており」
数時間前にも見たニュースがまた流れていた。
「あ。このニュース、さっきネットで見たら、なんかヘンなことになっててさ」
アリシアファンの生徒がそう言うと、他の生徒達もやってきた。
「ヘンって?」
「アリシアを脅迫したファンが居るとか居ないとか、ウワサになってた。
その脅迫状みたいなやつのコピーも出回ってんだけど、
どれが本物で、どれが偽物なのか解んねえんだよ」
「例えば?」
「クリスマスツアーを中止させたのは俺だとか、歌の歌詞に文句付けてるみたいなのとか、
アリシアの子供を殺してやるっていうのもあってさあ」
「え? アリシアに子供なんか居たっけ?」
「居ねえよ。居るわけないだろ。アリシアは独身だし。てゆうか俺の未来の恋人」
「かどうかは置いといて。その様子じゃ、騒ぎに乗じてデマ流してる奴も何人か居そうだな」
サロンの隅で宿題をしていた生徒が、天井に向かって腕を伸ばした。
「よーし。これで宿題全部だよな、ラビ」
「うん。やっと終わったね。ねえ、レオン、僕達もダウトに入れて貰おうよ」
「お前は入れて貰いな。俺はもう眠いから部屋に戻るわ」
「えー。もう寝ちゃうのー。まだ8時だよ?」
「昨日遅くまでマンガ読んでたから今日はずっと眠かったんだよ」
「そっか。じゃあ、おやすみ。また明日ね」
「ん。おやすみ」
レオンがサロンを出ていく。
テレビに映っているアナウンサーは、次のニュースを伝える。
生徒達の話題も変わろうとしている中、テオは独りごちた。
「心配だなあ」
「テオ」
「ああ、すまない、クラウス。ニュースに見入ってしまって。
チェスの二回戦をやるのだったね。次はクラウスが白で」
「すまんが、二回戦は中止にしてくれ。それから、ボードの片付けも頼んで良いか」
「それは良いけれど、急にどうしたんだい?」
クラウスは席を立ちながら、
「生徒代表室に行ってくる」
「えっ? でも、さっき今日はお仕事の予定はないって」
普段は人の目を真っ直ぐ見て話す人なのに、その時のクラウスはテオから目を離した。
「忘れていたんだ」
クラウスは振り向かずにサロンから出ていった。
一連の様子を見ていたシルフェは、まだ少し濡れている髪に指を通していた。
「シルフェ様。アッサムのアイスティーをお持ちしました」
「ああ。サンキュ。バトラー」
シルフェは白いストローを咥える。
アッサムの爽やかな苦みが口内に流れ込む。後味にアセロラの甘酸っぱさを感じる。
バトラーの作る紅茶はいつも美味い。
味に何の文句もないのに、シルフェはストローの先端を噛んでいた。
その時、クラウスはドアの前に立っていた。
生徒代表室に行ってくると言っていた彼は、まだシュヌーシア寮の中に居た。
「クラウスだ。開けてくれ」
部屋の中から返事が聞こえない。再度ノックしたが無反応だった。
「無視するな、返事しろ」という小言を飲み込み、ドアノブを掴む。
「入るぞ」
ドアを開けると、その生徒は、ベッドに寝転んで雑誌を読んでいた。
クラウスには背を向けており、どんな顔をしているのか解らない。
クラウスはドアを閉め、少しベッドに近付いた。
「レオン。話がある」
レオンは背を向けたまま、
「俺はない」
クラウスは静かに言った。
「すまんが、俺は生徒代表の任務上、お前の両親が誰なのか知っている」
レオンが舌打ちしたのが聞こえた。
「んなことまで知ってんのかよ、生徒代表は」
「ああ。全生徒の詳細なプロフィールを把握することは、生徒代表の義務だ」
レオンは寝返りを打って、やっと顔を向けた。
「で? その生徒代表サマが、なんか用?」
生徒代表はレオンの目を見て言った。
「お前のことは必ず守る」
レオンはまた寝返りを打って「何だよ、それ」と言いながら背を向けた。
それでもクラウスはレオンのほうを真っ直ぐ見て話した。
「今後、もし不審な連絡があったら、必ず俺に知らせろ。
それから、当面の間、一人で外をふらふら出歩くことを禁止する。良いな」
ぼそりとレオンは呟いた。
「……けよ」
「ん?」
「放っとけよって言ったんだ」
「そうはいかん。生徒を守ることは生徒代表の最重要任務だ」
レオンは黙ったまま、クラウスには顔を見せなかった。
「話は以上だ。俺はこれから島の警備組織と打ち合わせをしてくる」
心配するな、生徒代表は最後にそう言い残し、ドアを閉めた。
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■ブラッディ・クリスマス02 続編
「今日のディナーは、デザートのアップルパンケーキが
特に美味しかったなあ、ドイツのお菓子だったし」
クラウスがテオのほうを向いた。
「お前、ドイツ料理が好きだったのか?」
「それはもう大好きだとも!」
「ふうん」
クラウスは食後のコーヒーを口に運んだ。
シュヌーシア寮ダイニングルームでは、そろそろデザートも食べ終わり、
生徒達は徐々に退室していく時間だった。
テーブルの上にある皿は殆どが空になっている中、
クラウスは不自然な皿を見つけ、コーヒーカップをソーサーに戻した。
「おい、レオン。残すなよ、トマト」
中等部一年生が唇を尖らせる。
「煩いなー、クラウスは。つーか、いちいちヒトの皿チェックしてんじゃねーよ」
「お前がいちいちトマトを残すからだろう。
せっかくシェフが、お前でも食べ易いように工夫してくれているというのに」
サラダには具だくさんのドレッシングが掛かっていた。
それはトマト、アボカド、ピクルス、ジンジャーなどを5ミリ程度にみじん切りした物を、
オレンジ色をした甘めのソースで仕上げたシェフ手作りのドレッシングだった。
「これだけ小さく刻まれたトマトなのに、何故わざわざトマトだけ集める。
そんなことするから食べ難いんだ。他の物と一緒に食べれば、
トマトの味など感じないうちに、腹の中に収まると何故解らない」
「トマトが食べられる奴に、トマトが嫌いな奴の気持ちなんか解んないんだっ」
「ああ、解らんな。それから、ラビ」
「は、ハイッ」
「お前も、そのピクルス、残すなよ」
「だ、だって。僕、キュウリもダメなのにピクルスなんて」
「数ミリ四方しかないだろう。そのくらい我慢して食え。幼稚園児じゃないんだぞ」
「でも……」
「言い訳は必要ない」
ラビは肩を落とした。「あ、そうだっ」と呟いたレオンが、
ラビの耳元に手をかざして、ヒソヒソ話をした。
何かを耳打ちされたラビは目を輝かせて、うんうんと頷きながらレオンを見た。
二人の様子を、眉間に皺を寄せながらクラウスが見ていると、
「ねえ、クラウス?」
テオに声をかけられた。
「今宵は生徒代表のお仕事、ないのだろう?」
「え? ああ。予定はないが。どうした?」
「では、久し振りにチェスなんてどうかな? クラウス、得意だろう?」
「しかし、お前は得意ではないだろう」
「良いのだよ。クラウスが緻密な戦略で華麗に勝利するところが楽しみなのだから」
「お前にプライドはないのか?」
「クラウスを前にしては、己のプライドなど無意味だよ! つまり!」
クラウスは席を立つ。
「チェスボードを取ってくる。先にサロンへ行っていろ」
「ありがとう! 優しいなあ、クラウスは。ではサロンで待っているね」
クラウスがドアの向こうに消える。
テオがその背に続き、ドアを閉める前にレオンとラビにウインクした。
ダイニングルームに残ったレオンとラビは互いに笑顔を向け合った。
「よし。ラビ、今のうちに」
「うんっ」
「おい、お前達」
ドアのところに、クラウスが戻ってきていた。
「言い忘れたが、間違っても、互いの嫌いな物を交換して食べよう、
などという姑息な真似はするなよ?」
ドアが閉まった。
シュヌーシア寮サロンではテオがソファで待っていた。
クラウスがテーブルにチェスボードを置き、向かいのソファに着く。
「お前が白で良いぞ」
「おや。先手を譲ってくれるのかい? クラウス」
「ああ。それから、瞬殺する戦法は取らないと約束する」
「おやおや。クラウスは紳士だねえ。いや、フェアプレイ精神に則った、
誇り高きスポーツマンと言ったほうが貴方には合っているかな」
「そのくらいハンディがないと、すぐ終わってしまいそうだからな。
だが、それでも俺は負けない。だからお前も、勝負するなら本気で来い」
何事にも真面目に真剣に取り組む人だ、とテオは改めて思った。
いつでもリラックスしている性質の自分とは全く逆。
けれど、こんな場面でも気を張って、クラウスは疲れてしまわないのだろうか。
いや、これが彼にとっては普通で、自然なことなのだろう。
「解ったよ、クラウス」
テオは微笑んだ。
「私も負けないよ!」
まだ少し生乾きの銀髪からは、最近変えたトリートメントの香りがした。
シャワー上がりの生徒が、シュヌーシア寮サロンに顔を出した時、
他の生徒達は、テレビの前でカード遊びをしていたり、宿題をしていたりという、
普段と何ら変わらないシュヌーシアの光景があった。
空いていたソファに座ると、バトラーが近付いてきた。
「シルフェ様、何かお飲み物をお持ち致しましょうか」
「ああ。丁度、喉が乾いてたんだ。
じゃあ、アイスティーね。リーフは……何かイイのある?」
「左様でございますね。では、アッサムはいかがでしょう。
アセロラジュースを少し加えますと、さっぱりとしたアイスアセロラティーになるかと」
「イイねえ。じゃあそれで」
「畏まりました」
「やったあ! チェックメイト! これ、チェックメイトで良いのだよね!?」
テオの大きな声に、シルフェが振り向く。近付いてみると、
テーブルの上にはチェスボードがあり、白の駒が勝っていた。
「あれえ? お父さんが負けたの?」
クラウスは憮然としながら「お父さん言うな」
テオがフォローする。
「あ、でもね? お父さんはお母さんの為にハンディをくれたのだよ。だから勝てたんだ」
「ふうん。じゃ、この調子で二回戦では、お父さんのハートもチェックメイトしちゃえば?」
「それは良いねえ」
「そこ、意味の解らない会話をするな」
「ねえクラウス! もう一試合しようよ! 今度はハンディなしで良いよ!」
「ほう。言うな。ならば、次こそ絶対に負けん」
「歌手のアリシア・キャリーさんがクリスマスツアーを延期しました」
テレビから聞こえてきた言葉に、クラウスは思わず視線を向けた。
「所属事務所は、アリシアさんの体調不良の為と説明しており」
数時間前にも見たニュースがまた流れていた。
「あ。このニュース、さっきネットで見たら、なんかヘンなことになっててさ」
アリシアファンの生徒がそう言うと、他の生徒達もやってきた。
「ヘンって?」
「アリシアを脅迫したファンが居るとか居ないとか、ウワサになってた。
その脅迫状みたいなやつのコピーも出回ってんだけど、
どれが本物で、どれが偽物なのか解んねえんだよ」
「例えば?」
「クリスマスツアーを中止させたのは俺だとか、歌の歌詞に文句付けてるみたいなのとか、
アリシアの子供を殺してやるっていうのもあってさあ」
「え? アリシアに子供なんか居たっけ?」
「居ねえよ。居るわけないだろ。アリシアは独身だし。てゆうか俺の未来の恋人」
「かどうかは置いといて。その様子じゃ、騒ぎに乗じてデマ流してる奴も何人か居そうだな」
サロンの隅で宿題をしていた生徒が、天井に向かって腕を伸ばした。
「よーし。これで宿題全部だよな、ラビ」
「うん。やっと終わったね。ねえ、レオン、僕達もダウトに入れて貰おうよ」
「お前は入れて貰いな。俺はもう眠いから部屋に戻るわ」
「えー。もう寝ちゃうのー。まだ8時だよ?」
「昨日遅くまでマンガ読んでたから今日はずっと眠かったんだよ」
「そっか。じゃあ、おやすみ。また明日ね」
「ん。おやすみ」
レオンがサロンを出ていく。
テレビに映っているアナウンサーは、次のニュースを伝える。
生徒達の話題も変わろうとしている中、テオは独りごちた。
「心配だなあ」
「テオ」
「ああ、すまない、クラウス。ニュースに見入ってしまって。
チェスの二回戦をやるのだったね。次はクラウスが白で」
「すまんが、二回戦は中止にしてくれ。それから、ボードの片付けも頼んで良いか」
「それは良いけれど、急にどうしたんだい?」
クラウスは席を立ちながら、
「生徒代表室に行ってくる」
「えっ? でも、さっき今日はお仕事の予定はないって」
普段は人の目を真っ直ぐ見て話す人なのに、その時のクラウスはテオから目を離した。
「忘れていたんだ」
クラウスは振り向かずにサロンから出ていった。
一連の様子を見ていたシルフェは、まだ少し濡れている髪に指を通していた。
「シルフェ様。アッサムのアイスティーをお持ちしました」
「ああ。サンキュ。バトラー」
シルフェは白いストローを咥える。
アッサムの爽やかな苦みが口内に流れ込む。後味にアセロラの甘酸っぱさを感じる。
バトラーの作る紅茶はいつも美味い。
味に何の文句もないのに、シルフェはストローの先端を噛んでいた。
その時、クラウスはドアの前に立っていた。
生徒代表室に行ってくると言っていた彼は、まだシュヌーシア寮の中に居た。
「クラウスだ。開けてくれ」
部屋の中から返事が聞こえない。再度ノックしたが無反応だった。
「無視するな、返事しろ」という小言を飲み込み、ドアノブを掴む。
「入るぞ」
ドアを開けると、その生徒は、ベッドに寝転んで雑誌を読んでいた。
クラウスには背を向けており、どんな顔をしているのか解らない。
クラウスはドアを閉め、少しベッドに近付いた。
「レオン。話がある」
レオンは背を向けたまま、
「俺はない」
クラウスは静かに言った。
「すまんが、俺は生徒代表の任務上、お前の両親が誰なのか知っている」
レオンが舌打ちしたのが聞こえた。
「んなことまで知ってんのかよ、生徒代表は」
「ああ。全生徒の詳細なプロフィールを把握することは、生徒代表の義務だ」
レオンは寝返りを打って、やっと顔を向けた。
「で? その生徒代表サマが、なんか用?」
生徒代表はレオンの目を見て言った。
「お前のことは必ず守る」
レオンはまた寝返りを打って「何だよ、それ」と言いながら背を向けた。
それでもクラウスはレオンのほうを真っ直ぐ見て話した。
「今後、もし不審な連絡があったら、必ず俺に知らせろ。
それから、当面の間、一人で外をふらふら出歩くことを禁止する。良いな」
ぼそりとレオンは呟いた。
「……けよ」
「ん?」
「放っとけよって言ったんだ」
「そうはいかん。生徒を守ることは生徒代表の最重要任務だ」
レオンは黙ったまま、クラウスには顔を見せなかった。
「話は以上だ。俺はこれから島の警備組織と打ち合わせをしてくる」
心配するな、生徒代表は最後にそう言い残し、ドアを閉めた。
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