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■シュヌーシア寮
■ブラッディ・クリスマス03 続編
クラウスは寮を出て、校舎に向かった。生徒代表室は学生課棟の一番奥にある。
学生課には三人の職員が居た。放課後となり、生徒の姿が少なくなる時間帯になったせいか、
もう勤務時間は終わっている筈の職員達がまだ残っており、何か楽しそうに笑い合っていた。
向こうから生徒代表が歩いてくるのに一人の職員が気付き、同僚達の肩を叩いた。
「あ、おい! クラウス様のお通りだぞ!」
途端に、三人の職員達は仕事をしているフリをした。
一人目は少し散らかっていた机上を慌てて片付け、
二人目は用もないのにパソコン画面に向かい、
三人目はとっくに終わっている書類整理を始めた。
学生課の前を生徒代表が通る時、三人は「お疲れ様です、クラウス様」と声を揃えた。
しかし、クラウスは無言で素通りした。
いつもなら挨拶を返してくれる律儀な生徒代表なのだが、
今日はまるで声が聞こえていないようだった。
学生課トリオは不思議そうに生徒代表の背中を見送り、顔を見合わせた。
クラウスは生徒代表室に着くと、すぐにパソコンを起動させた。
警備組織に繋がるインターネット電話で、こう呼びかけた。
「生徒代表のクラウスだ。アイヴィーを呼んでくれ。至急、話したいことがある」
数秒後、画面にピシリとネクタイを締めた黒スーツの男が映った。
副司令官のラインハルト・クロイツ。ドイツ出身の元軍人。
仕事に対してとても真面目で、かつ有能な男であるのでクラウスも信頼がおける人物だった。
副司令官は、クラウスを見て驚いた様子だった。
「クラウス様……丁度、ご連絡差し上げるところでした」
「よっ、クラウス。俺をお呼びかい?」
横からフレームインした男のネクタイは緩く結ばれていた。
元軍人だというのに、金色の髪を長く伸ばした男。
司令官は小首を傾げる。サラリと金色の長い髪が揺れた。
「レオンのこと、だろ?」
クラウスは一瞬驚いた様子だった。
「ああ。話が早いな」
「ま。コッチもさっき知った話なんだけどな?」
アイヴィーが、そのニュースを知ったのは、つい一時間ほど前のことだった。
「何だこりゃ?」
馴染みのカフェバーで軽い晩メシを食べる手が止まった。
チキンと半熟卵を挟んだサンドイッチ。
ブラックペッパーが効いていて、なかなかウマかったのに、だ。
口は半開きのまま、携帯電話の画面を見つめていた。
「アイヴィー、卵が零れそうだよ?」
誰かにそう言われて、アイヴィーは自分のサンドイッチを見る。
斜めに持っていたせいで、パンの先からトロトロの黄身が、
零れ落ちそうになっていた。慌ててチュッと吸う。
「可愛らしいね、君は」
そう言って微笑んでいたのは、聖アルフォンソ学院、神秘学担当特別講師、
オーギュスト・ボージェ教授だった。
「ちょ、センセ。こんなの捕まえて、カワイイはナイでしょ」
「間違ったことは言っていないと思うけれどね。ここ、座らせて頂いても良いかな?」
「うん」
教授はアイヴィーの向かいにある椅子を引いた。
タイミング良く来た店員に、先生は「とりあえず、コーヒーを」と注文していた。
「センセもお外で晩メシ?」
「うん。偶にはね。ところで、それ」
先程まで、アイヴィーが見ていた携帯電話を示す。
「何か気になることでもあったのかい?」
「んー。いやー、ちょっとねー」
言葉を濁したアイヴィーに教授は微笑むだけだった。
言いたくないのなら言わなくて良いよ、と暗に伝えていた。
年上のせいもあるだろうが、お気楽者の自分と違って、オトナで、上品な雰囲気を持つ人だ。
『紳士』という言葉は、先生のような男性に使うものなのだろう。
穏やかな微笑に安心したせいか、先生も学院関係者の一人なんだし、
とアイヴィーは少しだけ話してみることにした。
但し、生徒のプライバシーに関わる機密事項は決して口にしないように注意して。
「えと、センセは、アリシア・キャリーって知ってる?」
「ああ、クリスマスソングで有名な、アメリカの女性ヴォーカリストのことかな?」
「そう、そう。彼女のニュースがさっきテレビでやってて」
店内のテレビを見上げる。先程、アイヴィーがたまたま目にしたのは芸能ニュース。
それは、彼女の体調不良によりコンサートツアーを中止するというニュースだった。
病名などは明かされなかったが、歌手だって人間。風邪くらい引くだろう。
他の歌手だったなら、アイヴィーだってサンドイッチを食べる手が止まったりはしなかっただろう。
「ちょっと気になっちゃってさ」
「気になる? アイヴィー、彼女のファンだったのかね?」
「う、うん! まー、そんなかんじ、かな? あ、CDは持ってるからねマジで!」
少し挙動不審になったアイヴィーを、優しく見守りながら、
教授は「それで?」と続きを促した。
「あ、うん。んでね? アリシア周りのこと、
携帯で色々調べてたら、こんなの見つけちゃってさ」
アイヴィーは自分の携帯電話を差し出す。
最近アップル社から発売されたばかりのスマートフォンだ。
「これ、ファンが書いた、アリシア宛のメッセージみたいなんだけど。イミ解んないでしょ?」
指でタッチしながら、該当の画面を表示した。
『アリシア。
暫く会いに来れなくてごめんね。
君は僕達のメッセージを、
いつも大切に読んでくれているから、
僕が急に居なくなって、
心配させてしまったかな。
反省していたんだ。
君は何も悪くないのに、
この前、僕は、まるで君に、
非があるような書き方をしただろう?
僕が、君の為にできること、
ずっと考えてた。
君が本当に歌いたい歌を歌えるように
君が昔の笑顔を取り戻せるように
君が心から幸せになれるように
僕にできることは何だろうって。
僕は真実を知ってしまったから。
君が今まで僕達にくれた幸せを、
今度は僕が君に返す番だ。
大好きだよ。アリシア。愛してる。
君に会えて良かった。
心配しないで。
と言っても、君は優しいひとだから、
心を痛めるかな。
良いんだよ。
僕のクリスマスは血に濡れても。
君の笑顔の為なら、
僕は何だってできる。
海をまっぷたつに切り裂いて、
この世にない場所を見つけることも、
モロクに魂を売って、
スフィンクスの身体を消すことだって、
僕にはできる。
僕が君から、
悲しみを取り除いてあげるからね。
ブラッディ・クリスマスより』
全文を読み終えた教授は、「ありがとう」と言ってスマートフォンを返した。
ミラノサンドを食べながら待っていたアイヴィーは「うん」と頷いた後、
アイスコーヒーで流し込んだ。
「ね? イミ解んないでしょ、特に後半。なんで急にスフィンクス?
てゆうか、モロクって? みたいな。
あ、でも、神秘学の先生なら、何か思い付くことあったりするのかな?
スフィンクスって、神秘学の守備範囲?」
「うん。穏やかではないね、このメッセージは」
「どういうこと?」
「気にかかるセンテンスが3つあるね。1つ目は、ここ」
教授が指を差す。
「『モロクに魂を売って』だ。魂を売る、という言葉から想像が付くかもしれないが、
モロクは悪魔の名前なんだよ。子供を生け贄にする、流血の悪魔のね」
「流血? じゃあ、最後に書いてあったウェブネームの、
ブラッディ・クリスマスってのと、かかってんのかな」
「あるいはね。2つ目に気になるのは『この世にない場所』だ。
アイヴィー、君はどこのことだと思うかね?」
「うーん。もしかして『天国』のこと言ってんのかなーとかは思ったけど」
「そうだね。天国もこの世にない場所だ。けれど、天国以外の場所がある」
教授は人差し指を木のテーブルに立てた。アイヴィーは首を傾げる。
「このお店?」
「を含めた、聖アルフォンソ島、だよ。この島は地図に載っていない。
この世に存在していないことになっている島だ。そして、3つ目」
教授は再び人差し指をスマートフォンの画面に向ける。
「ここ、『スフィンクスの身体』だ。そもそもスフィンクスとは、
神話に登場する、神聖なる獣のことだ。
ピラミッドの側に控えているスフィンクスが、最も有名なところかな。
エジプトではスフィンクスが王家のシンボルだったからね」
いつのまにかスフィンクス講座になっていて、
アイヴィーは「何でこんな話してるんだっけ」と混乱してきた。
「ああ、すまない。少し、話が逸れてしまったね。
ここで気になるのは、わざわざ、スフィンクスの『身体』と書かれていることなんだ。
スフィンクスという獣はね、王の顔と、ライオンの身体を持っているんだよ」
「ライオンの、身体」
「うん。つまり、『この世にない場所を見つけることも、
スフィンクスの身体を消すことだって、僕にはできる』
このメッセージは、こう読むこともできるんじゃないかな?
『聖アルフォンソ島を見つけることも、
ライオンを消すことだって、僕にはできる』とね」
「でも、ライオンなんか居たっけ、うちのガッコに」
「居るよ」
私の考え過ぎかもしれないが、と断った上で、教授は言った。
「フランス語では『ライオン』のことを『レオン』と言うんだ」
アイヴィーは「えっ」と言ったきり、黙ってしまった。
「何故、アリシア・キャリーのファンが、
うちの生徒を狙うかのようなメッセージを送ったのか、私には解らないが。
アイヴィー。君には、何か思い当たることがあるようだね?
すまない。せっかくの休日の夜を、返上させてしまうことを言ってしまったかな?」
アイヴィーは軽く笑った。
「ホントだよ。晩メシのあとは、久し振りにライブにでも行って、
お休みの夜を締め括る予定だったのに」
「それは申し訳ないことをしてしまったね」
「冗談だよ、ジョーダン。ありがと、センセ。俺、ちょっくら、顔出してくる」
「うん。気を付けて」
教授に見送られ、警備組織の本部がある追憶の塔に向かった。
アイヴィーが本部に到着後まもなくクラウスから連絡が来たというわけだ。
PC画面に映っているクラウスは腕時計を確認していた。
「では、15分後、緊急ネットミーティングを開く。それまでに、俺は博士を連れてくる。
警備は出来る限りの情報収集とミーティングの準備を。いいな?」
「畏まりました」
副司令官は一礼する。アイヴィーは軽めの敬礼をしながら、
「アイアイサー」
「頼んだぞ。通信終了」
画面から生徒代表が消える。司令官は敬礼していた右手を空に向ける。
「15分だって。たった15分でどんだけできるかな?」
副司令官はキーボードを打ちながら、
「流石はクラウス様。迅速な判断に的確な指示。まだ18歳とは思えません」
「うわ、ベタ褒めー。クロちゃんって、俺には怒ってばっかなのに、
クラウスのことはいっつも褒めるよねー」
「クラウス様は司令と違って、仕事を人に任せたり、
勤務時間中にふらりと居なくなったりしませんから。
司令もクラウス様を見習ってはいかがです」
「何でもかんでも俺だけがしてたら、困るじゃん? 俺が死んだ時」
副司令官は息を吐いた。
「だからと言って、仕事を私に押し付けたり、
勤務中にどこかで時間潰しをして良い理由にはなりませんよ」
「ハハハッ。ゴメン、ゴメン」
笑顔の司令官を、副司令官はちらりと盗み見た。
「15分後にミーティング開始ですよ。口を動かすなら無駄口ではなくご指示を」
「ハーイ」
アイヴィーは椅子のキャスターを滑らせて、マイクの前に移動した。
警備全員の耳に届くスイッチを押した。
「全隊員に告ぐ。シュヌーシア寮のレオン・ライトに殺害予告の可能性あり。
詳細は追って知らせる。パトロール及び監視チームは侵入者に警戒せよ。以上」
スイッチを切り、続いて本部に居るオペレーター達に言う。
「本部の皆は、引き続き情報収集よろしく。ミーティング開始以降も続けて貰おっかな。
見つけた情報はじゃんじゃんチャットに流して。それ見て俺達もクラウスに報告していくからさ。
情報収集は一時間後に一度打ち切って、そのまとめは、クロイツ」
「早速、面倒事は私ですか」
「クロイツの情報解析力と仕事の早さを買ってるんだよ。
それを元に、ミーティング終了から30分後くらいに俺と改めて打ち合わせしよ?」
「畏まりました。貴方が休憩されている間に報告書を完成させればよろしいのですね?」
「何言ってんの。クロちゃんなら休憩時間作れるでしょ? てなかんじで、各自よろしく」
了解、と隊員達から威勢の良い返事が返ってきた。
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■ブラッディ・クリスマス03 続編
クラウスは寮を出て、校舎に向かった。生徒代表室は学生課棟の一番奥にある。
学生課には三人の職員が居た。放課後となり、生徒の姿が少なくなる時間帯になったせいか、
もう勤務時間は終わっている筈の職員達がまだ残っており、何か楽しそうに笑い合っていた。
向こうから生徒代表が歩いてくるのに一人の職員が気付き、同僚達の肩を叩いた。
「あ、おい! クラウス様のお通りだぞ!」
途端に、三人の職員達は仕事をしているフリをした。
一人目は少し散らかっていた机上を慌てて片付け、
二人目は用もないのにパソコン画面に向かい、
三人目はとっくに終わっている書類整理を始めた。
学生課の前を生徒代表が通る時、三人は「お疲れ様です、クラウス様」と声を揃えた。
しかし、クラウスは無言で素通りした。
いつもなら挨拶を返してくれる律儀な生徒代表なのだが、
今日はまるで声が聞こえていないようだった。
学生課トリオは不思議そうに生徒代表の背中を見送り、顔を見合わせた。
クラウスは生徒代表室に着くと、すぐにパソコンを起動させた。
警備組織に繋がるインターネット電話で、こう呼びかけた。
「生徒代表のクラウスだ。アイヴィーを呼んでくれ。至急、話したいことがある」
数秒後、画面にピシリとネクタイを締めた黒スーツの男が映った。
副司令官のラインハルト・クロイツ。ドイツ出身の元軍人。
仕事に対してとても真面目で、かつ有能な男であるのでクラウスも信頼がおける人物だった。
副司令官は、クラウスを見て驚いた様子だった。
「クラウス様……丁度、ご連絡差し上げるところでした」
「よっ、クラウス。俺をお呼びかい?」
横からフレームインした男のネクタイは緩く結ばれていた。
元軍人だというのに、金色の髪を長く伸ばした男。
司令官は小首を傾げる。サラリと金色の長い髪が揺れた。
「レオンのこと、だろ?」
クラウスは一瞬驚いた様子だった。
「ああ。話が早いな」
「ま。コッチもさっき知った話なんだけどな?」
アイヴィーが、そのニュースを知ったのは、つい一時間ほど前のことだった。
「何だこりゃ?」
馴染みのカフェバーで軽い晩メシを食べる手が止まった。
チキンと半熟卵を挟んだサンドイッチ。
ブラックペッパーが効いていて、なかなかウマかったのに、だ。
口は半開きのまま、携帯電話の画面を見つめていた。
「アイヴィー、卵が零れそうだよ?」
誰かにそう言われて、アイヴィーは自分のサンドイッチを見る。
斜めに持っていたせいで、パンの先からトロトロの黄身が、
零れ落ちそうになっていた。慌ててチュッと吸う。
「可愛らしいね、君は」
そう言って微笑んでいたのは、聖アルフォンソ学院、神秘学担当特別講師、
オーギュスト・ボージェ教授だった。
「ちょ、センセ。こんなの捕まえて、カワイイはナイでしょ」
「間違ったことは言っていないと思うけれどね。ここ、座らせて頂いても良いかな?」
「うん」
教授はアイヴィーの向かいにある椅子を引いた。
タイミング良く来た店員に、先生は「とりあえず、コーヒーを」と注文していた。
「センセもお外で晩メシ?」
「うん。偶にはね。ところで、それ」
先程まで、アイヴィーが見ていた携帯電話を示す。
「何か気になることでもあったのかい?」
「んー。いやー、ちょっとねー」
言葉を濁したアイヴィーに教授は微笑むだけだった。
言いたくないのなら言わなくて良いよ、と暗に伝えていた。
年上のせいもあるだろうが、お気楽者の自分と違って、オトナで、上品な雰囲気を持つ人だ。
『紳士』という言葉は、先生のような男性に使うものなのだろう。
穏やかな微笑に安心したせいか、先生も学院関係者の一人なんだし、
とアイヴィーは少しだけ話してみることにした。
但し、生徒のプライバシーに関わる機密事項は決して口にしないように注意して。
「えと、センセは、アリシア・キャリーって知ってる?」
「ああ、クリスマスソングで有名な、アメリカの女性ヴォーカリストのことかな?」
「そう、そう。彼女のニュースがさっきテレビでやってて」
店内のテレビを見上げる。先程、アイヴィーがたまたま目にしたのは芸能ニュース。
それは、彼女の体調不良によりコンサートツアーを中止するというニュースだった。
病名などは明かされなかったが、歌手だって人間。風邪くらい引くだろう。
他の歌手だったなら、アイヴィーだってサンドイッチを食べる手が止まったりはしなかっただろう。
「ちょっと気になっちゃってさ」
「気になる? アイヴィー、彼女のファンだったのかね?」
「う、うん! まー、そんなかんじ、かな? あ、CDは持ってるからねマジで!」
少し挙動不審になったアイヴィーを、優しく見守りながら、
教授は「それで?」と続きを促した。
「あ、うん。んでね? アリシア周りのこと、
携帯で色々調べてたら、こんなの見つけちゃってさ」
アイヴィーは自分の携帯電話を差し出す。
最近アップル社から発売されたばかりのスマートフォンだ。
「これ、ファンが書いた、アリシア宛のメッセージみたいなんだけど。イミ解んないでしょ?」
指でタッチしながら、該当の画面を表示した。
『アリシア。
暫く会いに来れなくてごめんね。
君は僕達のメッセージを、
いつも大切に読んでくれているから、
僕が急に居なくなって、
心配させてしまったかな。
反省していたんだ。
君は何も悪くないのに、
この前、僕は、まるで君に、
非があるような書き方をしただろう?
僕が、君の為にできること、
ずっと考えてた。
君が本当に歌いたい歌を歌えるように
君が昔の笑顔を取り戻せるように
君が心から幸せになれるように
僕にできることは何だろうって。
僕は真実を知ってしまったから。
君が今まで僕達にくれた幸せを、
今度は僕が君に返す番だ。
大好きだよ。アリシア。愛してる。
君に会えて良かった。
心配しないで。
と言っても、君は優しいひとだから、
心を痛めるかな。
良いんだよ。
僕のクリスマスは血に濡れても。
君の笑顔の為なら、
僕は何だってできる。
海をまっぷたつに切り裂いて、
この世にない場所を見つけることも、
モロクに魂を売って、
スフィンクスの身体を消すことだって、
僕にはできる。
僕が君から、
悲しみを取り除いてあげるからね。
ブラッディ・クリスマスより』
全文を読み終えた教授は、「ありがとう」と言ってスマートフォンを返した。
ミラノサンドを食べながら待っていたアイヴィーは「うん」と頷いた後、
アイスコーヒーで流し込んだ。
「ね? イミ解んないでしょ、特に後半。なんで急にスフィンクス?
てゆうか、モロクって? みたいな。
あ、でも、神秘学の先生なら、何か思い付くことあったりするのかな?
スフィンクスって、神秘学の守備範囲?」
「うん。穏やかではないね、このメッセージは」
「どういうこと?」
「気にかかるセンテンスが3つあるね。1つ目は、ここ」
教授が指を差す。
「『モロクに魂を売って』だ。魂を売る、という言葉から想像が付くかもしれないが、
モロクは悪魔の名前なんだよ。子供を生け贄にする、流血の悪魔のね」
「流血? じゃあ、最後に書いてあったウェブネームの、
ブラッディ・クリスマスってのと、かかってんのかな」
「あるいはね。2つ目に気になるのは『この世にない場所』だ。
アイヴィー、君はどこのことだと思うかね?」
「うーん。もしかして『天国』のこと言ってんのかなーとかは思ったけど」
「そうだね。天国もこの世にない場所だ。けれど、天国以外の場所がある」
教授は人差し指を木のテーブルに立てた。アイヴィーは首を傾げる。
「このお店?」
「を含めた、聖アルフォンソ島、だよ。この島は地図に載っていない。
この世に存在していないことになっている島だ。そして、3つ目」
教授は再び人差し指をスマートフォンの画面に向ける。
「ここ、『スフィンクスの身体』だ。そもそもスフィンクスとは、
神話に登場する、神聖なる獣のことだ。
ピラミッドの側に控えているスフィンクスが、最も有名なところかな。
エジプトではスフィンクスが王家のシンボルだったからね」
いつのまにかスフィンクス講座になっていて、
アイヴィーは「何でこんな話してるんだっけ」と混乱してきた。
「ああ、すまない。少し、話が逸れてしまったね。
ここで気になるのは、わざわざ、スフィンクスの『身体』と書かれていることなんだ。
スフィンクスという獣はね、王の顔と、ライオンの身体を持っているんだよ」
「ライオンの、身体」
「うん。つまり、『この世にない場所を見つけることも、
スフィンクスの身体を消すことだって、僕にはできる』
このメッセージは、こう読むこともできるんじゃないかな?
『聖アルフォンソ島を見つけることも、
ライオンを消すことだって、僕にはできる』とね」
「でも、ライオンなんか居たっけ、うちのガッコに」
「居るよ」
私の考え過ぎかもしれないが、と断った上で、教授は言った。
「フランス語では『ライオン』のことを『レオン』と言うんだ」
アイヴィーは「えっ」と言ったきり、黙ってしまった。
「何故、アリシア・キャリーのファンが、
うちの生徒を狙うかのようなメッセージを送ったのか、私には解らないが。
アイヴィー。君には、何か思い当たることがあるようだね?
すまない。せっかくの休日の夜を、返上させてしまうことを言ってしまったかな?」
アイヴィーは軽く笑った。
「ホントだよ。晩メシのあとは、久し振りにライブにでも行って、
お休みの夜を締め括る予定だったのに」
「それは申し訳ないことをしてしまったね」
「冗談だよ、ジョーダン。ありがと、センセ。俺、ちょっくら、顔出してくる」
「うん。気を付けて」
教授に見送られ、警備組織の本部がある追憶の塔に向かった。
アイヴィーが本部に到着後まもなくクラウスから連絡が来たというわけだ。
PC画面に映っているクラウスは腕時計を確認していた。
「では、15分後、緊急ネットミーティングを開く。それまでに、俺は博士を連れてくる。
警備は出来る限りの情報収集とミーティングの準備を。いいな?」
「畏まりました」
副司令官は一礼する。アイヴィーは軽めの敬礼をしながら、
「アイアイサー」
「頼んだぞ。通信終了」
画面から生徒代表が消える。司令官は敬礼していた右手を空に向ける。
「15分だって。たった15分でどんだけできるかな?」
副司令官はキーボードを打ちながら、
「流石はクラウス様。迅速な判断に的確な指示。まだ18歳とは思えません」
「うわ、ベタ褒めー。クロちゃんって、俺には怒ってばっかなのに、
クラウスのことはいっつも褒めるよねー」
「クラウス様は司令と違って、仕事を人に任せたり、
勤務時間中にふらりと居なくなったりしませんから。
司令もクラウス様を見習ってはいかがです」
「何でもかんでも俺だけがしてたら、困るじゃん? 俺が死んだ時」
副司令官は息を吐いた。
「だからと言って、仕事を私に押し付けたり、
勤務中にどこかで時間潰しをして良い理由にはなりませんよ」
「ハハハッ。ゴメン、ゴメン」
笑顔の司令官を、副司令官はちらりと盗み見た。
「15分後にミーティング開始ですよ。口を動かすなら無駄口ではなくご指示を」
「ハーイ」
アイヴィーは椅子のキャスターを滑らせて、マイクの前に移動した。
警備全員の耳に届くスイッチを押した。
「全隊員に告ぐ。シュヌーシア寮のレオン・ライトに殺害予告の可能性あり。
詳細は追って知らせる。パトロール及び監視チームは侵入者に警戒せよ。以上」
スイッチを切り、続いて本部に居るオペレーター達に言う。
「本部の皆は、引き続き情報収集よろしく。ミーティング開始以降も続けて貰おっかな。
見つけた情報はじゃんじゃんチャットに流して。それ見て俺達もクラウスに報告していくからさ。
情報収集は一時間後に一度打ち切って、そのまとめは、クロイツ」
「早速、面倒事は私ですか」
「クロイツの情報解析力と仕事の早さを買ってるんだよ。
それを元に、ミーティング終了から30分後くらいに俺と改めて打ち合わせしよ?」
「畏まりました。貴方が休憩されている間に報告書を完成させればよろしいのですね?」
「何言ってんの。クロちゃんなら休憩時間作れるでしょ? てなかんじで、各自よろしく」
了解、と隊員達から威勢の良い返事が返ってきた。
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