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Marginal Prince Short Story
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■シュヌーシア寮
ブラッディ・クリスマス05 続編
この日も、クラウスは日課の早朝ランニングを行う為、朝早くに寮を出た。
年中、温暖な気候の聖アルフォンソ島も、
12月に入ってから急に朝晩冷えるようになったと感じる。
長袖のランニングウェアを着ていても少し肌寒いくらいだ。早く走って、身体を温めたい。
だが、その前に、怪我をしないよう準備体操を入念に行わなくては。
まず寮の庭でストレッチを始めた。
膝の屈伸運動をしながら、頭の中ではレオンのことを考えていた。

レオンへの殺害予告。その一報が入ってから、生徒代表のクラウスは警備組織と連携を取り、
警備強化を進めながら、事態の把握を始めた。
警備組織はインターネット上で、そしてクラウスは自ら、
アリシアのマネージャーやレオンの父親と電話で連絡を取った。

その結果、以下のことが解った。
『アリシア・キャリーの息子を殺す』
アリシアの所属事務所が運営するオフィシャルウェブサイト。
そのコンテンツのひとつである、コミュニティ掲示板に殺害予告が書かれた。

本来は、アリシアのファンが集まるコミュニティで、
アリシアの楽曲や、彼女が出演した音楽番組の感想などが書かれる場所だ。
該当の書き込みは、事務所により既に削除されているが、
一度、インターネット上に出た情報を完全に抹消することは不可能に近い。
殺害予告をコピーした文章や、それに便乗した誹謗中傷が各所で出回っている状態だ。

アリシアのマネージャーから電話で聞いた話によると、
芸能プロダクション宛に、所属アーティストへの、
悪意あるメッセージが届くことは決して珍しいことではないらしい。
誹謗中傷の類は日常茶飯事。その比率は、有名になればなるほど高くなるものだそうだ。
アリシアを含め、所属アーティストへ宛てられた殺害予告は、
年に数件程度あるものだが、どれも実行には至っておらず、
全て『単なる悪戯』で終わっている、とマネージャーは語った。

ドイツ軍人の家柄出身で、生まれながらに正義感の強いクラウスは、
受話器を持っていないほうの拳を堅く握りしめながら、その話を聞いていた。
殺害予告は『単なる悪戯』なんかではない。犯人を特定すれば確実に罪に問える犯罪行為だ。
しかも、殺害予告があった場所は、匿名性の高いインターネット上。
そのやり方自体も、クラウスには気に食わないことだった。

一体どんな奴が犯人なのか。
聖アルフォンソ島の警備組織が独自で調査したところによると、
殺害予告をした人物は、自らを『ブラッディ・クリスマス』と名乗っていたらしい。
ウェブネームに『クリスマス』と付いていることから、
以前より、同コミュニティに熱心に書き込んでいた『貴女が居るクリスマス』と
同一人物ではないか、とファンの間では噂になっていた。

それは、アリシアの代表曲『貴方の居ないクリスマス』をなぞったウェブネームで、
『貴女が居るクリスマス』は毎日のように、アリシアへの愛を語っていたのだが、
殺害予告に前後して、書き込みはパタリと止まり、コミュニティから姿を消している。
『貴女が居るクリスマス』から、最後のメッセージが書き込まれたのは10月末。
長文の熱いメッセージを送ってくることが多かった彼が、たった一言、こう書き残した。

『アリシア。君は僕達のことを、ずっと騙していたんだね』

これに対し、事務所は静観の姿勢をとっており、周りのファンも特に気にした様子はなかった。
その後、『ブラッディ・クリスマス』から、
『アリシア・キャリーの息子を殺す』という過激なメッセージが送られるようになる。

事務所のスタッフが、『ブラッディ・クリスマス』の書き込みを遡ってみたところ、
最初のメッセージが書き込まれたのは11月中旬だった。
『アリシア。暫く会いに来れなくてごめんね』から始まるメッセージ。
それを読み、『スフィンクスの身体を消すことだって、僕にはできる』と、
レオンの名前を暗示する文章が記されていたことに気付いたアリシアは、
そのショックで体調を崩し、歌えなくなってしまった。
結果、コンサートツアーが中止となったのである。
中止理由は『体調不良』という公式発表は誤りではなかったのだ。

クラウスは、これまで警備組織とのミーティングを重ねたが、一週間経った今も動きはなく、
ただの悪戯だったのではないか、という風向きに変わってきた。
油断はできない。しかし、このままの状態が続くなら、警戒態勢を一度解除するべきだろう。

ここ暫く、寮でのレオンの振る舞いがどこか投げやりな気がしていた。
『安心しろ』『もう大丈夫だ』とレオンに言ってやれるのは一体いつになる。
焦りと歯がゆさが募る日々が続いていた。

「行くか」

右足から踏み出し、クラウスは走り始めた。
校舎から正門まで続く、月桂樹のアーチを駆け抜けていく。
夏であれば、この時間は木々の間から朝陽が降り注ぐ道も、
12月中旬では、太陽はまだ昇らず、薄暗い道だった。
正門まで来ると、いつものように門番に朝の挨拶をして、学院の外へ出た。

今日のランニングコースは、学院の裏手にある小高い丘まで行って帰ってくるコース。
時間さえ合えば、海から昇る朝陽が見られる丘だった。
クラウスが丘の上に到着した時、腕時計を見ると、5時45分だった。

「12月ともなると、もうこの時間では朝陽は拝めないか」

海のほうを眺めたが太陽は見えず、辺りはまだ薄暗い。日の出は6時半以降なのだ。
そろそろ帰るか、と学院のほうを向いた時。

「ん? あれは」

クラウスの目に、まだ成長途中の小さな背格好が映った。
学院の裏手にある、城壁を乗り越えて、外へ出ていくところだ。
無事に学院の外へ出た少年を、待っている大人が居た。
赤いダウンを着た男。クラウスには見覚えのない人物のようだ。
少年は大人に左腕を掴まれたが、その手を振り払った。
しかし、嫌々ながらも、大人の背に付いていくようだった。
遠目からも解る、少年の縦横無尽に跳ねた茶色の髪には、見覚えがあった。

「何してるんだ、あいつ」

クラウスは彼等のあとを追いかけた。


シュヌーシア寮では、朝食の時間になっていた。
今朝、悪夢を見てしまったテオは、冷たい水で顔を洗ったあと、
シュヌーシア寮ダイニングルームに向かった。
その途中、クラウスの部屋を訪れたが、彼は居なかった。
もう朝食の時間なのだがら、当然、ダイニングルームに居るのだろう。
そう自分に言い聞かせながら、テオはダイニングルームの扉を開けた。

「お、寝坊か、テオ」

「テオ、おはよう」

焼きたてのパンの匂いに、寮生達からの朝の挨拶。
そこまでは、いつもと変わらなかったのに、今一番そこにあって欲しいものがなかった。

「ねえ、みんな、クラウスは?」

「まだ来てないぜ?」

「なんか静かだと思ったら、クラウスが居なかったのか」

「今朝も外、走ってんだろ? 今シャワーでも浴びてんじゃない?」

「でも、時間に厳しいクラウスが、朝食の時間に遅れるなんて、今まであったかな」

「それは」

「思い当たらないな」

「みんな、どうしたの?」

ドアのところに、華奢な肢体を持つ下級生が立っていた。
中等部一年のラビだ。テオが答える。

「クラウスがまだ来ていなくてね。ラビは見ていないかい?」

小首を傾げながらラビは言った。

「クラウスも居ないの?」

「えっ?」

「レオンも居ないの」


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