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Marginal Prince Short Story
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■シュヌーシア寮
■前提:マージナルシェフの夜
聖アルフォンソ学院のキャンパスに鐘の音が響く。
本日の授業が全て終了した合図だ。
生徒達が教室を出て、校舎から寮に戻っていく頃。
シュヌーシア寮キッチンは、甘く、ほろ苦い香りに包まれていた。

「よしっ。良い色に焼けたぞ」

テーブルの上にはホール型のタルト。少々黒に近い濃い飴色だ。
シュヌーシア寮の専属シェフ、ドニ・ドームは、
オーブンから取り出したばかりの焼き菓子を前に、満足げな様子だった。

「ああっ、どちらへ行かれるのですか」

キッチンの外から声が聞こえた。ドニは耳を澄ます。

「仕方ありませんね。解りました。私が頼んで参りますので、
貴女はこちらでお待ち下さい。よろしいですね?」

そんな声が聞こえたあと、外に出られるほうのドアがノックされた。
ドニは「はい」と言って、ドアを開けた。
そこには、男が一人立っていた。彼は被っていたハンチング帽を取って、

「お忙しいところ、申し訳ありません。ドニ様」

「あっ、森番のバロウズさん。こんにちはっ」

丁寧に礼をされたシェフは慌てて一礼する。

「ドニ様、只今、少々お時間よろしいでしょうか?」

「大丈夫です。もう焼き終わってますので。あの、僕にご用事ですか?」

「はい。こちらのキッチンから流れる、
この甘い香りは、リンゴではないかと思うのですが」

「あ、はい。すごいや。よく解りましたね?
今日のおやつはリンゴの焼き菓子で」

「ああ、やはり。あの、大変恐れ入りますが、
もし、お菓子作りで余った、生のリンゴがございましたら、
少し頂けないでしょうか。ほんの切れ端でも構いません」

「えっ。切れ端ならありますけど……でも、切れ端なんて言わずに、
1ピースくらい食べていって下さいよ、バロウズさん。今、切り分けますので」

「まさか! とんでもございません。生徒様用のお菓子を、私が頂くなど」

「大丈夫ですよ、1ピースくらい。まだサロンにお出しする前ですし。
あ、そうだ。良かったら、コーヒーも淹れますよ?」

「いいえ、いいえ。どうか、私などには、お気遣いなく」

「あれ? 紅茶のほうが好きでしたか?」

「ああ、ドニ様、違うのです」

「え?」

「リンゴを頂きたいのは、私ではなく、ウサギなのです」

「えっ? ウサギさん?」

「ご説明が遅れ、申し訳ございません。そうなのです。実はこちらの」

森番は一度しゃがみ、足元に居たらしい小動物を持ち上げた。
ウサギの両脇から手を入れ、慣れた様子で抱えている。
ウサギは若干迷惑そうな顔をしていたが、
バタバタ騒ぐことはなく、大人しくしていた。

「彼女がリンゴの香りに誘われ、ここまで来てしまいまして」

「ああ、なーんだ。そうだったんですね。
すみません、僕、勘違いしちゃいました」

「いいえ。説明不足は私の落ち度。混乱を招き、大変申し訳ございません」

ウサギを抱えたまま、深々と頭を下げる。

「いえ、いえ。でも可愛いですねー。
普通のウサギさんは僕も見たことありますが、
こんなに可愛い垂れ耳ウサギさんは初めて見ました。
この子も月桂樹の森に棲んでるんですか?」

「はい」

「それにしても大人しいですねー」

「ええ。エリザベスは、思慮深く、奥ゆかしい女性なので」

「あ、エリザベスさんっていうんですかー。
確かに、高貴なかんじしますもんねー、なんとなく」

「お褒め頂き、ありがとうございます。
あの、申し訳ございませんが、リンゴを」

「あっ、そうでした! すみません、今、用意しますね!」

シェフはバタバタとキッチンの奥に戻っていった。
その間、森番の男は、にこやかにウサギを見つめ、
「分けて下さるそうです。良かったですね」と話しかけていた。

リンゴを渡し、シェフがウサギと森番を見送ったあと、
寮の廊下を走ってくる足音が聞こえ、間もなく、寮側のドアが開いた。

「ドニー、おなかすいちゃった」

「今日のおやつまだー?」

シュヌーシア寮の生徒が二人、キッチンに入って来た。
中等部一年生の仲良しコンビだ。
シェフは焼き菓子を見る。オーブンから出したまま、まだそこにあった。

「ああっ! すみません、すみません!
まだお出ししてませんでしたね。今すぐご用意します!」

「ドニ、今日のおやつは、なあにー?」

「んっ? なんだコレ? 焦げてないか?」

「え? あ、ホントだ。ちょっと黒っぽいね。
ドニ、もしかして、失敗しちゃった?」

「ドニが失敗なんて珍しいじゃん」

「大丈夫だよ、ドニ! 僕、焦げてないとこ食べるから!」

「しゃーねーなー。焦げたとこ、ちゃんとガリガリしろよ?」

「いえいえ、ご心配なく。このお菓子は、
このくらい焦がすのがポイントなんですよ?」

二人の生徒は揃って、小首を傾げた。
シェフは楽しそうに笑う。

「すみません。準備に、もうちょっとかかりますので、
ラビ様とレオン様はサロンでお待ち下さい」


その後、シェフはお菓子を持って、サロンにやってきた。
生徒達に配られた皿には、1ピースごとに切り分けられた黒っぽいケーキ。
その傍らには、バニラアイスとホイップクリームが添えられていた。
高等部二年のテオ・メネシスがお菓子を覗き込むように見ている。

「ドニ、これは何というお菓子なんだい?」

「こちらはフランスの伝統菓子、タルト・タタンです。
アップルパイの失敗作から生まれたお菓子だと言われています」

「失敗作から?」とテオ。

「はい。その昔、ホテルの料理人が、アップルパイを作ろうとして、
リンゴを炒め過ぎ、焦がしてしまったそうです」

「おや。大変だ」

「その失敗を取り戻そうと、タルト生地を被せ、オーブンに入れました。
すると、どうでしょう。
ホテルのお客様に出せるほどの美味しいお菓子になっていたそうです」

「ほっほー!」

「ちなみに、タルト・タタンの『タタン』は、
そのホテル『タタン』の名前から取ったものだと言われています」

他の生徒達からも「へえー」という声が上がる。

「焼き色が濃い部分はちょっと苦いかもしれないので、
アイスクリームやホイップクリームと一緒にお召し上がり下さい」

食べ始めた生徒達は「あ、ウマイ!」などと口々に言っていた。
ラビはシェフを見上げて言う。

「美味しいよ、ドニ! ドニの作るケーキはいつも美味しいね!」

「ありがとうございます、ラビ様」

「きっと、ドニのママも、ケーキ作るの上手なんだろうね!」

シェフは優しく微笑んだ。

「それでは、僕はこれで失礼しますね。ごゆっくりお召し上がり下さい」

シェフは一礼して、キッチンへ戻っていった。
生徒達は今日のおやつを囲んで、賑やかなティータイムとなった。

一人の生徒が、口にフォークを入れたまま、物思いな表情をしていた。
先程、ラビの言葉に答えず、微笑むだけだったシェフの様子が引っかかったのだ。

シュヌーシアのシェフは、子供が大好きで、生徒とも親しい。
そんなシェフが、珍しく、生徒の言葉をさらりと回避したことに、
何とも言い難い違和感を覚えたからだ。

――もしかして、ドニにとっては禁句だったのか? 家族の話は――

「ん? シルフェ、どうした?」

シルフェの様子がおかしいことに気付いたのは、生徒代表のクラウスだった。
考えごとをしていたのを、クラウスに気付かれたことに、
シルフェは少し驚きながらも、それはおくびにも出さないように笑顔で答えた。

「え? 何が?」

「いや。何でもないんなら、良いんだが」

「俺がイケメンだからって、あんま見つめんなよ、クラウス」

「……誰がだ」

クラウスは憮然としながらも、一瞬、不信感の残る顔を見せたが、
それ以上、シルフェを追求しなかった。

都合が悪い時、相手を茶化して煙に巻くのは俺の悪いクセだな、とシルフェは思った。
いつも、そう思うのは、既にやってしまったあとで。
クセってのはなかなか直らないモンだな、と毎回毎回思うのだった。
シェフが初めて見せた、寂しいような、困ったような笑顔が、また脳裏に浮かぶ。

――『疎外された王子』ってのは、生徒だけじゃないのか。
ま、当たり前だな。世間から隔離された孤島に流れ着いてんだから――

シルフェは、もう一口、フォークで切り取った焼き菓子を口へ運ぶ。
クリームをつけなかったタルト・タタンは、
リンゴの甘味のあとに、ほろ苦さが口の中に残る。
シルフェはそっと紅茶で流し込んだ。


fin
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