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Marginal Prince Short Story
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■バロウズ×エリザベス
ブラッディ・クリスマス おまけ のおまけ
月のない、真冬の夜。
既に夜は更け、辺りは真っ暗だ。
森番のバロウズは、一人で月桂樹の森に居た。
冬の夜風に首筋を撫でられる。

「冷えますね」

厚手のジャケットは着てきたが、マフラーも巻いてくるべきだったと反省した。
森番が夜の森を歩いている目的は『夜間パトロール』だが、
単に夜の散歩と言ったほうが事実に近い。

この時間、生徒は原則、外出禁止であり、
もし、森番が夜の森で生徒を見かけたら、寮に戻るよう促す役目を持つ。
しかし、この森番は、本当に必要な時を除いては、校則違反者を見逃すことが多かった。

カサ、と誰かの足音が聞こえた。
森番は音がした方向を見やる。すると、暗がりから人影が近付いて来る気配を感じた。

真っ直ぐ、森番に向かってくる。
迷いのない足取りだったので、学院関係者だろうかと森番は思った。
あるいは、よほど自信のある侵入者か。
森番は万一のことを考え、身構えて、その足音と対峙するのを待った。

夜の森から姿を現したのは、見知らぬ、一人の若者だった。
彼の黒い瞳と、森番と目が合ったのは、最初の一瞬で、
彼は少し俯きながらも、まるで知り合いのような様子で言った。

「よう」

森番は短い時間で相手を注意深く観察した。
表情を見る限り、敵意はなさそうだが。

彼の装いは学院の制服でも私服でもなかった。
グレイのツナギ姿。特段、特徴もないシンプルなデザイン。
それは、森番が普段、作業着として愛用している物と、
極めて近いか、あるいは全く同じ物かもしれなかった。

髪は肩より少し長いストレート。
柔らかそうな髪質で、どこかで見たような美しい黄金色をしていた。
年齢はおそらく、学院の生徒より年上で、森番よりは少し年下に見える。
森番は、この学院の全生徒、全職員の顔と名前を記憶しているが、
今、目の前にある顔に覚えはなかった。
加えて、本日、来客の予定はない。

「生徒様ではありませんね? 恐れ入りますが、どちら様でしょうか」

「お、おい。ちょっと待てよ、バロウズ!
あんた、俺達にもバカ丁寧なくせに、侵入者だけには容赦ないな!?」

「私の名前をご存知とは、学院関係者の方ですか?」

「関係者っていうか……チッ。やっぱ、この姿じゃ、
俺だって解んねーのかよ。この薄情モン!」

「以前、どこかでお会いしたことがあるのですね?
私の記憶が足りず、申し訳ございません。
大変恐れ入りますが、貴方のお名前をお聞かせ頂けますか?」

森番が丁寧にそう頼むと、若者は「俺に言わせんのかよ」と舌打ちした。
森番は訳が解らないままだったが、彼が名前を言ってくれるのを待った。
数秒後、若者は観念したようにボソリと名乗った。

「……ベス」

「え?」

「エ、リ、ザ、ベ、ス! あんたが付けた名前だろうが!
てめえで付けた名前を、てめえで忘れてたら世話ねえな!」

「しかし、私が名前をお付けしたエリザベスは、ウサギなのですが」

「だーかーらーっ! そのウサギが俺だって言ってんだよ!」

「あの、では何故、今宵は人間のお姿を?」

「うっせーな。新月の夜だからに決まってんだろーが!」

「新月?」

「新月の夜なら、森のカミサマに頼めば、大抵のことは叶えてくれんだよ、この島では!」

「カミサマ、ですか?」

「長いこと住んでるくせに、んなことも知らねーのかよ、ほんっとバカだな、人間は!」

「申し訳、ありません」

「チッ。俺があのウサギだって、まだ信じられねえって顔してやがるな。
ったく。ちょっと見た目が変わったくらいで……どうしたら信じてくれんだよ!?」

「そう、ですね。あ、例えば、エリザベスと私しか、
知らないことを、貴方の口から仰って頂ければ」

「そんなんで良いのかよ? だったら、山ほどあるぜ。
今日の昼だって、一緒に昼メシ食べたってのでも良いのか?」

「ええ。ちなみに、本日は何を召し上がりましたか?」

「俺はクローバー。あんたはサニーレタスをパンに挟んだヤツだ」

「はい。正解、ですね」

「あ、そういや。あんた、『エリザベスもサニーレタスが食べたいのですか?』っつって、
俺にも少しくれたけど、俺は別に、サニーレタスが欲しくて見てたんじゃないからな!
あんただけじゃねえけど、人間は俺達のこと勘違いし過ぎなんだよ、ったく」

「すみません」

「それから。あんたは、昔、左腕を蛇に噛まれてる。俺のせいで」

「それは」

「蛇の野郎から俺を守る為に、自分の腕を差し出しやがって、まんまと噛まれたからだ」

「初めて、お会いした頃のことですね」

「ああ。たまたま、毒持ってねえ蛇だったから、怪我した程度で済んだけど、
あんなバカなことする人間は初めて見たぜ。こちとら助けてくれなんて頼んでねえのによ!
あんたが死んだらどうすんだよ、このバカ!」

「すみません、エリザベス」

「やっと信じる気になったかよ。俺があのウサギだって」

「はい。今、貴方が仰ったことは、確かにエリザベスと私しか知り得ないことでした。
しかし、あの、大変申し上げ難いことなのですが、ひとつ、
私からお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「ああ?」

「貴方は……オス、だったのですか?」

「そうだよ! 悪かったな! いや、つーか、悪いの俺じゃねーし!
名前付けるのは良いけどさ、最低限オスかメスかくらい確かめるだろ、普通はよ!?」

「仰る通りで」

「た、確かめるっても、絶対ジロジロ見んなよっ!?
時々、生徒の中に、俺達に名前付けようとして、
必要以上に覗いてきたり、さ、さ、触ってくる生徒が居んだよ!
あれマジ勘弁! マジ有り得ねえ! どんだけ常識ねえんだよ、人間は!?」

「すみません」

「大体、人間ってヤツは俺達より、ちょっと身体がデカイからって、何様のつもりなんだ!?
自己中でバカなくせに、偉そうにしやがって。
先にこの島で暮らしてたのは、俺達動物なんだぞ、ああん!?」

「はい。本当に、お恥ずかしい限りで」

「ったく。あんたもあんただ! てめえの勝手なイメージで、
俺に、どっかのお姫様みてえな名前を付けやがって! どう考えても似合わな過ぎだろ!?
名前付けられた時は、自慢の長い耳を疑ったぜ! この際、言っとくけどな!
あんたが名前付けた森の動物、結構な確率でオスメス間違ってんぞ!?」

「そう、だったのですか? それは大変な失礼を……申し訳ございません。
では、貴方もオスのお名前に変えなくてはなりませんね」

「ああっ!? ちょ、だ、誰も、名前を変えろとは言ってねえだろ!?」

「え?」

「い、今更、違う名前で呼ばれても、しっくり来ねえだろうがよ!
あんたが付けた名前なんだから、責任持てよ、責任!」

「そうですか。ありがとうございます。
私も今のお名前が呼び慣れておりますので、このままのほうが有り難いです」

「そうかよ」

「はい」

「チッ。余計なことダラダラ喋ってる時間はねえのに。もうすぐ朝じゃねえかよ」

「朝?」

「あんた、まだ気付いてないみてえだけど、これは、あんたの夢の中なんだぜ?」

「夢の、中?」

「新月の夜の間だけなら、俺達動物は、人間の夢に、人間の姿で、
会いに行くことができる。そン時は、人間の言葉で、人間と話ができるんだ。
カミサマのチカラでな。でも、これは夢だから、人間のほうは目が覚めたら、
夢の中の出来事は、全部忘れちまうんだけどな」

「この出来事を、私が忘れてしまう」

「それでも良いから、あんたに、言っておきたかったんだ」

「本当はオスだということですね」

「なっ、ちげえよ、このタコ!」

「え?」

「俺は別に、笑ったりしなかったぜ?」

「笑う?」

「俺は、あんたが秋口からセロリ育ててたのも知ってたし」

「えっ」

「その……ありがと、な。クリスマスプレゼント。てゆうか、いつも色々」

「エリザベス……」

「つい最近だって、爆弾からも守ってくれたし、
初めて会った時から、ずっと。けど、俺はあんたに何もしてやれねえ」

「まさか、そのようなこと」

「借りを作りっぱにするのがイヤだったから、礼を言いに来たんだよ!
けど、ホントは会いに来ないほうが良かったよな!?
あんたは、どうせガッカリしたんだろ!?」

「え?」

「あんたは、俺のこと、ずっとお姫様キャラだと思ってた。
けど、実際はこんなんで悪かったな! てゆうかオスだし!」

「いいえ。メスでもオスでも、エリザベスはエリザベスです」

「なっ」

「それに、人間のお姿でも、普段の印象と、さほど変わりません。
貴方はやはり、思慮深く、奥ゆかしい方です」

「ああっ!? どこがだどこがっ!? 人間の目は節穴か!?」

「目に見える部分のお話ではなく、心のことですよ。
今、お話ししている間にも、改めて感じておりました。
貴方は、以前から私が思っていた通り、とても繊細で、心の優しい方だと」

「どこがっ!?」

「私などにお礼を言う為、わざわざ夢の中まで、
会いに来て下さる方の、どこが繊細ではないのですか?
それに、貴方は私に『何もしてやれない』と先程仰いましたが、
とんでもございません。いつも、私のほうが貴方に頂いてばかりです」

「俺は何もあげてねえっ!」

「いいえ。いつも、貴方は私に与えて下さいます。貴方との幸せな時間を」

森番は、エリザベスの前で膝を着く。

「私が、貴方をお慕いする気持ちは、昔も今も変わりません。
この世で、私が最もお守りしたい方は、エリザベス――貴方です」

エリザベスは俯く。

「人間はバカだバカだと思ってたけど、あんたは一番のバカだ」

「あっ、エリザベス? 身体が透けて」

「ああ。いい加減、時間切れか。もう、あんたの目が覚めんのさ」

「えっ」

「人間の姿で会いに行くか、ずっと迷ってたけど、悪くなかったぜ?」

軽く笑みを浮かべ、彼は言った。

「今夜のこと、全部、忘れられちまうとしても」

森番は唇を噛み締める。
目の前で透けていく身体を見ながら、最後に告げた。

「どうあっても、私が忘れてしまうのなら」

「えっ?」

「エリザベス、お願いです。どうか、また会いに――」


***

森番の朝は早い。
朝食前に、朝のひと仕事を済ませてしまうのが日課だった。
作業着のツナギを身に付け、手早く身支度を終えると、
森番はいつものように森へ向かった。
朝の掃除や、木々の健康チェックなど、森番としての仕事を行う為だ。

教職員の宿舎、その一番端の部屋から、
一歩外へ出ると、きりりとした早朝の空気に迎えられた。

冬の朝は、太陽も目を覚ますのが遅い。
けれど、少しずつ、太陽の起床時間が早くなっていくのを、
森番は日に日に肌で感じていた。

森番が、人の頬に触れるような手付きで、
幹や葉に触れながら、木の健康状態を診ていると、
木の根元で一匹の小動物がクローバーを食べていた。
美しい黄金色をした垂れ耳ウサギだ。

「おや。もう朝食ですか? 今朝は随分早いのですね」

森番が声をかけると、小さな黒目が見上げてきた。
自然と、森番の顔に優しい微笑が浮かぶ。

「おはようございます、エリザベス。今日も良い天気になりそうですね」


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