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■シルヴァンVSアイヴィー6 続編
夜、自室に居たジョシュアは、机に向かっていた。
小テストに備えて、復習しているところだった。
あったかいコーヒーでも飲みたいな、丁度そう思った時。
ノックの音がした。
バトラーかなと一瞬思った。もし、そうなら、コーヒーを頼もうと。
しかし、すぐに「ジョシュア様」という呼び掛けが聞こえなかったことから、
一秒前の期待を取り消して、ジョシュアは席を立つ。
はい、と言いながら、ドアを開けた。
自分よりひとつ年下で、少しだけ背が低い。
この寮で一番付き合いの長い友人が立っていた。
「やあ、アンリ。どうしたの?」
琥珀色の瞳に見上げられる。
「入っていい?」
「え? うん」
用事を言う前に部屋に入れろ、という要求。
二人きりじゃないと話せないことなのかな、
そう感じながら、ジョシュアはドアを広く開けた。
友人は靴音を響かせながら入っていく。その後ろ姿を見ながら、
相変わらずアンリの歩き方は、優雅で毅然としているなと思った。
「何、ぼうっとしてるの?」
ジョシュアは我に返る。アンリは既にベッドに腰掛けていた。
「早くドアを閉めて。君も座って」
机の前の椅子に座るよう、顎で命じられた。
ジョシュアは友人の言葉に従い、席に着く。
一体、何の話が始まるんだろうと思いながらも、
おそらく、あまり良い話ではないのだろうという確信めいたものがあった。
「何か、あったのかい、アンリ」
「いいや。何もないよ? まだ、ね?」
ベッドに腰かけているアンリが、華奢な足を組み変える。
「気のせいに終われば良いけれど。
一応、生徒代表殿のお耳には、入れておいたほうが良いかと思ってね」
ジョシュアの不安が高まる。
普段なら結論から先に話す友人が、今日に限って随分と前置きが長い。
生徒代表に話すことを躊躇う内容なのだろうか。あのアンリが。
ジョシュアは一呼吸置いて、意を決した。
「聞かせてくれるかい、アンリ」
こくんと頷く。
「あのね?」
肩まで揃えた髪がさらりと揺れた。
「何か、しているみたいだよ、シルヴァン。
度々、外出しているんだ、夜中に。朝には何食わぬ顔をして戻ってきているけれど」
アンリは窓のほうを見ながら、
「今夜も出ていったみたいだね。
もし疑うなら、彼の部屋を見てくるといいよ。誰も居ないから」
シルヴァンが夜間外出している。アンリが告げたのはそれだけだった。
もっと恐ろしい宣告を覚悟していたジョシュアには、正直、拍子抜けの内容だった。
確かに聖アルフォンソ学院では、原則、夜間の外出は認められていない。
しかし、シルヴァンは、入学初日から、夜遊び、外泊までしている。
当時は『ワイルドボーイ』などと呼ばれ、一躍有名になったような人だ。
以降も無断外出、無断外泊を重ね、当時の生徒代表、クラウスに叱られる姿と、
それでも悪びれないシルヴァンの笑顔を見かけることは日常茶飯事だった。
つい先日も、アイヴィーの家に外泊し、朝帰りしたばかり。
シルヴァンの夜遊びは今に始まったことではないのだから、
そんなに心配することではないんじゃないか、ジョシュアはアンリにそう言った。
「それは当時の話でしょう?」
言い方に棘が出てきた。
一段階、アンリの機嫌を悪くしてしまったなとジョシュアは感じた。
「クラウスが卒業してから、殆ど夜遊びしなくなったのに、
また突然始まったんだ。最近は態度や雰囲気も妙だし」
「えっ? どんなふうに?」
「気がそぞろなんだよ。彼、何か別のことを考えてる」
アンリは他人のことには興味がなさそうに振る舞うが、
本当は、みんなのことをよく見ていて、些細な変化も見逃さない目を持っている。
だけど、それだけではない。普段は互いの家柄など気にしていないのに、
彼はサン・ジェルマンの人間なのだと意識するのは、決まってこういう時だ。
時々こうして、アンリは、まるで未来が見えているような目をする。
予言者とも言われたサン・ジェルマン伯爵の血が、彼の身体には流れている。
俺達には知り得ない未来が、あの琥珀の瞳だけには、
映っているかのように感じてしまう。それは今日に限ったことではない。
「彼は、僕や君以上に、マージナルな存在だ。ある点に於いて」
秘密の話をするように、甘く、低い声が紡がれる。
ひとつ年下とは思えない、妖艶な微笑を見せた。
「気を付けたほうが良いよ。彼が何を考えているか解らないから」
まるでシルヴァンが良からぬことを企てているような言い方。
思わず、「アンリ」と咎めるように言ってしまった。
すると、アンリはすっとベッドから立ち上がった。
優雅かつ毅然とした歩みで、ジョシュアの目の前まで来る。
アンリは人差し指をジョシュアに向けた。冷たい微笑が浮かぶ。
「誰かが、寝首を掻かれてからでは遅いんだよ」
白く細い指は、首の前でゆっくりと左から右へ動いた。
まるで、人差し指で首を引っ掻くように。
実際には首に触れていなかったものの、穏やかでないジェスチャーに、
ジョシュアはひとつ年下の友人のことが少し怖くなる。
「だから、僕が、わざわざ忠告してあげてるんだ。
素直に聞いておいたほうが、身の為だと思うけれど?」
琥珀色の瞳に憤りは映っていなかった。
アンリは心配してくれているんだ、とジョシュアは、やっと気が付く。
俺のこと、シルヴァンのこと、ひいては学院のみんなのことを。
アンリがドアへ向かう。言いたいことは終えたのか、自室に帰ってしまうようだ。
もうドアノブに手が触れている。引き留めようかジョシュアは迷う。
「ねえ、ジョシュア」
アンリは少しだけ振り向いた。
「君の最大の欠点が、何だか解る?」
ジョシュアは自分の欠点を即座に複数思い付いたが、多分どれも、
アンリが欲している答えとは違っているような気がして、首を横に振った。
解らないと言われることが、アンリには予め解っていたような、
そんな目をしていた。アンリはぽつりと、ジョシュアの最大の欠点を告げた。
「君は、人を信用し過ぎる」
琥珀色の瞳は、複雑な表情を見せていた。
「きっと、君には理解できないことだろうけど」
哀れみ、呆れ。様々な思いが瞳に映る中、
一番大きく占めているものは、『諦め』のようだった。
「それは、命に関わる欠点だということを、よく覚えておいて」
そう言い残し、アンリは扉の向こうに消えていった。
ジョシュアは目を閉じて、友人が伝えてくれた言葉を思い返す。
彼が言いたかったのは、主に次の二点だろう。
最近になってシルヴァンが夜間に外出していること。
そして、ジョシュアの欠点は、人を信用し過ぎること。
何故、その二点を同時に伝えたのか。
導き出される答え。
それが朧気に見えた時、ジョシュアは思わず首を横に振っていた。
→
夜、自室に居たジョシュアは、机に向かっていた。
小テストに備えて、復習しているところだった。
あったかいコーヒーでも飲みたいな、丁度そう思った時。
ノックの音がした。
バトラーかなと一瞬思った。もし、そうなら、コーヒーを頼もうと。
しかし、すぐに「ジョシュア様」という呼び掛けが聞こえなかったことから、
一秒前の期待を取り消して、ジョシュアは席を立つ。
はい、と言いながら、ドアを開けた。
自分よりひとつ年下で、少しだけ背が低い。
この寮で一番付き合いの長い友人が立っていた。
「やあ、アンリ。どうしたの?」
琥珀色の瞳に見上げられる。
「入っていい?」
「え? うん」
用事を言う前に部屋に入れろ、という要求。
二人きりじゃないと話せないことなのかな、
そう感じながら、ジョシュアはドアを広く開けた。
友人は靴音を響かせながら入っていく。その後ろ姿を見ながら、
相変わらずアンリの歩き方は、優雅で毅然としているなと思った。
「何、ぼうっとしてるの?」
ジョシュアは我に返る。アンリは既にベッドに腰掛けていた。
「早くドアを閉めて。君も座って」
机の前の椅子に座るよう、顎で命じられた。
ジョシュアは友人の言葉に従い、席に着く。
一体、何の話が始まるんだろうと思いながらも、
おそらく、あまり良い話ではないのだろうという確信めいたものがあった。
「何か、あったのかい、アンリ」
「いいや。何もないよ? まだ、ね?」
ベッドに腰かけているアンリが、華奢な足を組み変える。
「気のせいに終われば良いけれど。
一応、生徒代表殿のお耳には、入れておいたほうが良いかと思ってね」
ジョシュアの不安が高まる。
普段なら結論から先に話す友人が、今日に限って随分と前置きが長い。
生徒代表に話すことを躊躇う内容なのだろうか。あのアンリが。
ジョシュアは一呼吸置いて、意を決した。
「聞かせてくれるかい、アンリ」
こくんと頷く。
「あのね?」
肩まで揃えた髪がさらりと揺れた。
「何か、しているみたいだよ、シルヴァン。
度々、外出しているんだ、夜中に。朝には何食わぬ顔をして戻ってきているけれど」
アンリは窓のほうを見ながら、
「今夜も出ていったみたいだね。
もし疑うなら、彼の部屋を見てくるといいよ。誰も居ないから」
シルヴァンが夜間外出している。アンリが告げたのはそれだけだった。
もっと恐ろしい宣告を覚悟していたジョシュアには、正直、拍子抜けの内容だった。
確かに聖アルフォンソ学院では、原則、夜間の外出は認められていない。
しかし、シルヴァンは、入学初日から、夜遊び、外泊までしている。
当時は『ワイルドボーイ』などと呼ばれ、一躍有名になったような人だ。
以降も無断外出、無断外泊を重ね、当時の生徒代表、クラウスに叱られる姿と、
それでも悪びれないシルヴァンの笑顔を見かけることは日常茶飯事だった。
つい先日も、アイヴィーの家に外泊し、朝帰りしたばかり。
シルヴァンの夜遊びは今に始まったことではないのだから、
そんなに心配することではないんじゃないか、ジョシュアはアンリにそう言った。
「それは当時の話でしょう?」
言い方に棘が出てきた。
一段階、アンリの機嫌を悪くしてしまったなとジョシュアは感じた。
「クラウスが卒業してから、殆ど夜遊びしなくなったのに、
また突然始まったんだ。最近は態度や雰囲気も妙だし」
「えっ? どんなふうに?」
「気がそぞろなんだよ。彼、何か別のことを考えてる」
アンリは他人のことには興味がなさそうに振る舞うが、
本当は、みんなのことをよく見ていて、些細な変化も見逃さない目を持っている。
だけど、それだけではない。普段は互いの家柄など気にしていないのに、
彼はサン・ジェルマンの人間なのだと意識するのは、決まってこういう時だ。
時々こうして、アンリは、まるで未来が見えているような目をする。
予言者とも言われたサン・ジェルマン伯爵の血が、彼の身体には流れている。
俺達には知り得ない未来が、あの琥珀の瞳だけには、
映っているかのように感じてしまう。それは今日に限ったことではない。
「彼は、僕や君以上に、マージナルな存在だ。ある点に於いて」
秘密の話をするように、甘く、低い声が紡がれる。
ひとつ年下とは思えない、妖艶な微笑を見せた。
「気を付けたほうが良いよ。彼が何を考えているか解らないから」
まるでシルヴァンが良からぬことを企てているような言い方。
思わず、「アンリ」と咎めるように言ってしまった。
すると、アンリはすっとベッドから立ち上がった。
優雅かつ毅然とした歩みで、ジョシュアの目の前まで来る。
アンリは人差し指をジョシュアに向けた。冷たい微笑が浮かぶ。
「誰かが、寝首を掻かれてからでは遅いんだよ」
白く細い指は、首の前でゆっくりと左から右へ動いた。
まるで、人差し指で首を引っ掻くように。
実際には首に触れていなかったものの、穏やかでないジェスチャーに、
ジョシュアはひとつ年下の友人のことが少し怖くなる。
「だから、僕が、わざわざ忠告してあげてるんだ。
素直に聞いておいたほうが、身の為だと思うけれど?」
琥珀色の瞳に憤りは映っていなかった。
アンリは心配してくれているんだ、とジョシュアは、やっと気が付く。
俺のこと、シルヴァンのこと、ひいては学院のみんなのことを。
アンリがドアへ向かう。言いたいことは終えたのか、自室に帰ってしまうようだ。
もうドアノブに手が触れている。引き留めようかジョシュアは迷う。
「ねえ、ジョシュア」
アンリは少しだけ振り向いた。
「君の最大の欠点が、何だか解る?」
ジョシュアは自分の欠点を即座に複数思い付いたが、多分どれも、
アンリが欲している答えとは違っているような気がして、首を横に振った。
解らないと言われることが、アンリには予め解っていたような、
そんな目をしていた。アンリはぽつりと、ジョシュアの最大の欠点を告げた。
「君は、人を信用し過ぎる」
琥珀色の瞳は、複雑な表情を見せていた。
「きっと、君には理解できないことだろうけど」
哀れみ、呆れ。様々な思いが瞳に映る中、
一番大きく占めているものは、『諦め』のようだった。
「それは、命に関わる欠点だということを、よく覚えておいて」
そう言い残し、アンリは扉の向こうに消えていった。
ジョシュアは目を閉じて、友人が伝えてくれた言葉を思い返す。
彼が言いたかったのは、主に次の二点だろう。
最近になってシルヴァンが夜間に外出していること。
そして、ジョシュアの欠点は、人を信用し過ぎること。
何故、その二点を同時に伝えたのか。
導き出される答え。
それが朧気に見えた時、ジョシュアは思わず首を横に振っていた。
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