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Marginal Prince Short Story
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シルヴァンVSアイヴィー9 続編
数日後の夜。無事にひと仕事終えたアイヴィーとソクーロフは旧市街のバーに来ていた。
ある意味“傷心”のソクーロフを労うつもりでアイヴィーが連れ出したのである。

二人とも空腹ではなかったので、注文したのはアルコールと少しのつまみ程度だった。
運転手のアイヴィーは、ジンジャーエールをジョッキで。色と気分はビール。
運転手でないソクーロフは、遠慮なくウイスキーのロックだ。

「つまらない男だったな。実につまらない」

眼鏡の奥から、やや据わり気味の眼差しが向けられる。

「お前の過去を深く知っている男かと思えば、全く大したことがないとは」

アイヴィーは苦笑している。

「えーと。ソクちゃん、ウイスキー、おかわりする?」

「要らん」

「じゃー、デザートにチョコケーキでも頼んじゃう?」

「要らん」

ウイスキーを呷る。今日はペースが早い。
アイヴィーは話題を少し変えることにした。

「い、いやー、今回、影の立役者はソクちゃんだったかもねー」

「そうか?」

「そうでしょー。いきなり保健室に呼び出されて、何されるのかと思ったら、
シルヴァンが出てきて、『助けて下さい!』だもんなー」

「私は二人が落ち着いて話せる場所を提供しただけだ」

ソクーロフがロックグラスから煙草に持ち替える。
ゆったりとした動作で火を点けた。

世の男が煙草を持つ姿が様になる男と、ならない男の二種類に分かれるなら、
ソクーロフは明らかに前者だろうとアイヴィーは思う。
紫煙を吹かす。たったそれだけの動作が様になった。

「マージナルプリンスを味方に付けたテロ行為は、
我々にとって非常に厄介だと思い知らされたな」

いつものように、二人の間には灰皿が置かれている。
ソクーロフが皿の縁に灰を落とす。

「それも、身体能力が高く、司令官と親しいマージナルプリンスが、
敵に回るとなると、取り返しのつかない事態にもなりかねん」

「あれってさ、シルヴァンがソクちゃんに保健室を貸してって頼んだの?」

「いいや。シルヴァンの様子が可笑しかったので、問い詰めた結果、
アイヴィーに話したいことがあると言われたんだ」

「どうして、ソクちゃんが、シルヴァンの様子が可笑しいって気付いたの?」

「最初に気付いたのは私ではない。ウーティス寮の子供達だ」

長い指に挟まれた煙草。ゆらゆらと紫煙が昇っている。

「カウンセリングの最中、『最近気になること』として、彼のことを挙げたんだ。
シルヴァンがバイクのキーを返し忘れる、有志の演劇に参加しない、
月曜日の放課後に図書館に来ない、そして、度重なる夜間外出。
それらは全て、個々で見れば、取るに足らない些細な異変。
しかし、同じ時期に多発したとなれば、話は別だ」

カラン、とグラスの氷が独りでに音を立てる。

「警備組織のように、直接動いたわけでなくとも、
結果的に、シルヴァンを救ったのは」

アイヴィーは笑って、わざとらしく言う。

「イイ話だねえ」

ソクーロフがタバコを灰皿に押し付ける。

「帰る。送れ」

「ハイハーイ。送らせて頂きまーす」

アイヴィーも席を立った。


帰りの車中もソクーロフの傷心モードは続いていた。
今回の犯人が、アイヴィーの暗い過去に明るくなかったことが、余程悔しかったのか、
「つまらない男だった」「残念だ」と繰り返し嘆いていた。

ソクーロフが、これほど愚痴愚痴言うのは珍しい。
酒には滅法強いソクーロフだが、今夜はかなり飲んでいた。
車に揺られて、今頃ウイスキーが回ってきたのだろうか。

運転手はハンドルを切りながら、同僚の愚痴に相槌を打っていた。
そうこうしている間に、月桂樹の館が見えてきた。

「とーちゃーく。ソクちゃん、着いたよ。大丈夫?」

返事がない。後部座席を振り返ると、
ソクーロフはシートに凭れて目を瞑っていた。

「ちょっと、ちょっと。車で寝ないでよ」

運転席から外に出て、後部座席のドアを開ける。
肩を抱きながら、教職員の宿舎メルキュール館に向かった。

一人で帰れるか心配で、結局、ソクーロフのベッドまで送り届けてしまった。
ソクーロフの身体はベッドに横たわっている。

結わえている髪を解いてやったほうが良いだろうか。
それより眼鏡を取ってやったほうが良いだろうか、とアイヴィーは一瞬迷ったが、
起こしてしまいそうだし、そこまでしてやる義理はないか、と思い直す。

もう聞こえてないかな、と思いつつも、
アイヴィーは部屋を出る前にそっと声をかけた。

「じゃあ、俺、帰るからね?」

「ああ。ご苦労だったな」

その声は、しっかりしたものだった。
ベッドの上で、ゆっくりとソクーロフが身を起こす。

「今までお前に介抱されたことはなかったが。意外に甲斐甲斐しい男だな?
ベッドまで送られるとは思わなかったぞ?」

素面の時と同じように、不敵な笑みを浮かべている。
先程まで酔い潰れていたのが、まるで嘘だったみたいに。

「ソクーロフ……」

「言っただろう。私は鏡だと」

鏡。ソクーロフが独自のカウンセリング手法として使う言葉。
クライアントの欲望を、カウンセラー自ら演じて見せる。
そうすることで、本人の中に眠る欲求を気付かせるのだと。

「犯人が、つまらない男だったことに落胆したのは、私ではない」

カウンセラーはクライアントを見つめる。

「残念だったな。今回のことは、お前にとって」

この瞬間の一挙一動を、カウンセラーは注意深く観察していた。
アイヴィーは肩を落として、笑った顔を見せた。

「残念なんかじゃないよ。みんな、無事だったんだから」


次の月曜日。
聖アルフォンソ学院ライブラリ。
月曜日の放課後には、決まって三人の生徒が姿を見せる。

眼鏡の生徒は、ライブラリ併設のカフェに居た。
グリーンティをストローで飲みながら、のんびりしている。
彼の隣には、分厚い漫画雑誌を読んでいる髪の長い生徒が居た。

「ハルヤ、ハルヤー」

肩を叩かれる。髪の長い生徒が雑誌のページを指差す。

「ここ、解らないですー」

眼鏡の生徒は、ストローから口を離す。

「ん? どれ?」

髪の長い生徒は、眼鏡の生徒に雑誌を差し出す。

「これですー。これってどういう意味なんですかー?」

眼鏡の生徒が意味を教える。

「成程ですー! ありがとうございます、ハルヤ!」

「うん」

グリーンティのストローに口を付ける。
暫くすると、また肩を叩かれた。

「あっ、ハルヤー。ここも解んないですー」

眼鏡の生徒は、また日本語を教えた。

「あ、解りましたー! ありがとうございます!」

「うん」

ライブラリのドアが開く。生徒がもう一人やってきた。
大きな窓からは、穏やかな午後の日が差している。
生徒達は、金色の温かな日だまりの中に居た。


ライブラリから寮への帰り道。
今日は三人揃っていた。ユウタは二人を振り返って後ろ向きで歩く。

「来週も楽しみだねっ!」

「はいっ! 月曜日が待ちきれないですー」

「オレのナマエはジャワハルワール!」

三人の頭上を大型の白い鳥が飛んでいく。
鳥を目にしたユウタはシルヴァン背中に隠れる。シルヴァンはクスクス笑った。

「大丈夫ですよ、ユウタ。あのオウムも寮に帰るところなんでしょう」

鳥はアルファルド寮のほうへ向かって飛んで行った。

「さあ。僕達も寮に帰りましょう」

ハルヤがぼそりと呟く。

「おなかすいたなあ」

きゅるるると小さい音が聞こえた。シルヴァンが両手を叩く。

「ハルヤ、僕の部屋に来ません?」

「え?」

「おなかすいたんでしょう?」

「うん。何かあるの?」

「はい! クロックマンチョコが! もう一人じゃ食べきれなくてー」

「シルヴァン、まだそれ買ってたの?」

「まだまだですよー。『天使VS悪魔』編のシールは全969種類なんですから!」

「シルヴァン、シール集めるだけなんだもん。俺、もう食べ飽きたよ」

「えー。ハルヤが頼りなのにー。まだまだたっくさん残ってるんですよー」

「俺が甘いの苦手なの知ってるじゃん」

「クロックマンチョコはウエハースですし、そんなに甘くないですよー」

「甘いよ」

「甘くないですー」

ユウタは頬を掻きながら二人を見守っていた。


fin
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