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Marginal Prince Short Story
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■オーギュスト×アンリ
ミイラの神秘 続編
※00話から13話まで毎朝6時に1話ずつ更新します。
サン・ジェルマン邸の近くには、森があった。
昔からあまり人が近付かない場所で、悪魔が棲む森と呼ばれていた。
その森で、僕は幼い頃、迷子になったことがある。


幼い僕は、夜の森で彷徨っている。
歩き疲れた足でふらふら歩いている。
大きな木が鬱蒼と生い茂る森。
木は化け物のように見えた。
フクロウの鳴き声に耳を塞いで。
夜は寒くて、子供の身体は震えていた。
お腹は空いて、元気なんてこれっぽっちも残ってなかった。
枝に引っ掛けた袖は擦り切れてしまった。
前も後ろも真っ暗な森。
やがて、一歩も進めなくなって、膝を抱えて泣きじゃくる。
震える声で、呼んでいる。
助けに来ないと解っている、あの人のことを。
何度も呟いて、止まらない涙を自分の手で拭っている。

―― もう大丈夫だよ、アンリ ――

何処からか聞こえてくる声。
小さな僕の手が包まれる。
紳士の手。不思議なほど、安堵を感じる。
あの人ではないと直感的に解る。
懐かしい、あたたかさ。
昔会ったことでもあるのだろうか。
彼はどうして、僕の名前を知っているんだろう。
暗くて、彼の顔が見えない。

―― おいで。おうちまで案内しよう ――

そこで世界はブラックアウトする。
気が付くと、幼い僕はベッドの上に居て、
いつのまにかサン・ジェルマン邸に戻っていた。
数日寝込んだあと、やっと部屋から出れるようになった。
広い吹き抜けの玄関ホール。目の前には、二階へと続く大階段がある。
階段の上、そこへあの人が現れた。
二階から僕を見下ろしている。あの人の顔を見た時、僕はどんなにほっとしたか。
ただ、恐怖しか与えてくれない貴方を、森の中で何度呼んだことか。
そうして、数日振りに僕の顔を見たあの人は、言ったんだ。

「帰って来なければ、良かったのに」

冗談でも、からかうでもなく。
ただ、本当に、ぽつりと。
虚実めいた響きは、何処にもなかった。
それが、彼の素直な感想だったんだろうと思う。
貴方を見上げたまま、動けなくなった僕に、貴方は続けて言った。

「無事に帰って来られるとは、やはり悪魔だな」


ノックの音がした。
丁度、悪魔が棲む森のことを思い出していた時だったので、少し驚かされた。

「アンリー、入ってもいーい?」

元気だけが取り柄、というに相応しい声。
なんとなく予感がして、僕は机から離れ、ドアを開けた。
やはり、そこに立っていたのは、今年入った新入生ユウタだった。
右手に持っている物を軽く振りながら、僕に見せた。
携帯電話の液晶画面には一人の女性が映っていた。

「姉貴がアンリと話したいって。良いかな?」

「別に構わないけれど」

「じゃあ、はい」

ユウタの携帯電話が僕に手渡される。

「終わったら、僕が返しに行くから」

「うん、解った。じゃあねー、姉貴!」

弟は姉に向かって軽く手を挙げてから帰っていった。
僕はドアを閉める。手の中に居る彼女と共に、部屋の中へと入っていく。
携帯電話を机の中央に置いた。椅子を引いて、彼女の前に座った。
彼女は僕を見上げたまま、何も言わないでいた。

「僕に何か話があるんじゃなかったの?」

すると、彼女は口ごもった。用事があったわけではないらしい。

「別に構わないよ。ただ、用もないのに、
僕に電話をかけてくるなんて、君も随分変わった人だと思っただけ」
そう言うと、彼女は少し困ったような顔をしていた。僕達は無言になる。

「そう言えば、君は神秘学に興味があるんだったね?」

彼女から話したいことがないようなので、
僕は先程考えていたことを彼女に話してみることにした。

「ねえ? 君は悪魔って居ると思う? ――そう。神ではなく、悪魔」

彼女は返答に困ったようで、「アンリさんはどうなんですか?」と質問を返してきた。

「僕? そうだね。僕はなんとなく居ると思っていたほうかもしれないな。
例えば、無宗教だと言う割に、時々『神様、仏様』と口にする君の弟と同じように、
信じているわけではないのに、それでも、どこかで存在を認めているような。
そういう漠然とした感覚なんだけれど、なんとなく伝わる?」

彼女は、はい、と言った。

「僕の場合は特に、実の父親から言われ続けていたからね。
お前は『悪魔の子』だって。彼は何度も言ったから。
だから、僕の中には悪魔が居るんだろうって思ってた。漠然とだけれど」
僕を「悪魔め」と言う時、彼の顔は憎悪に満ちていて、よほど悪魔のようで嫌だった。

「少なくとも、彼が僕の誕生を喜んでいないのは、解っていたし。
確かに、彼と僕は違い過ぎてた。僕が興味を惹く物は、大抵、彼の嫌いな物だった。
幼い頃は、僕は父さんの子じゃないのかって本気で考えたこともあったよ」

彼女の表情を見て、余計なことを言ったと思った。

「――ごめん。そういう話をしたかったわけじゃなくて」

どうして、彼女の前では、言わなくていいことまで話してしまうんだろう。
そう思いながら、僕は本題を切り出した。

「君は、悪魔憑きって、知ってる?」

彼女は「アクマツキ?」とオウム返しする。

「そう。イタリアでは、悪魔に憑かれた人、いや、憑かれたと思って、
悪魔祓い師に相談に来る人が年間50万人居るそうだよ?」

彼女は驚いた様子だった。リアクションがユウタと似ている。

「馬鹿馬鹿しいと思うでしょう? でもね?
僕、この前、イタリアへ商談に行ってきたんだけれど、
そこで、実際に見てしまったんだ。悪魔に憑かれた人を」

携帯電話の中の彼女は何とも言えない微妙な表情をしている。良い反応だ。

「少し長い話になるけれど、聞きたい? でも眠る前にこんな話を聞いて大丈夫?」

彼女は一瞬迷ったようだったけれど、大丈夫です、と言ってくれた。

「では、話すね?」

僕は彼女に話しながら、ローマで遭遇した奇妙な出来事を思い出していた。



(次話へのリンクは翌6時に繋がります)
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