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■悪魔の神秘00 続編
聖アルフォンソ学院、通信室。
プライベートブースのキーを受付に戻す。職員に会釈され、僕は通信室をあとにした。
通信室のある校舎から寮まで戻るには、森の前を通ることになる。
もう夜の9時を回っている。辺りは真っ暗だ。僕の足音だけが聞こえる。
生温かい風に頬を撫でられた。夜の森が揺れている。
バサバサッと音がした。
見上げると、鳥が一羽、森から飛んで行っただけだった。
動物達の鳴き声が聞こえる森を横切って、第一学生寮に着いた。
自分の部屋に戻った僕は、ベッドに横たわった。自然に溜め息がひとつ出た。
先程、電話で聞いたイタリア訛りの英語が耳に残っているかのようだ。
今度また商談でイタリアに行くことになったから、
外出時の護衛を頼んでいるビジネスパートナーとの打ち合わせをしていた。
僕のボディガードはシチリアンマフィア、マンゾーニ・ファミリー。
僕と電話で話すのはファミリーのNo2。ドン・カルロの愛息、ディーノ・マンゾーニだ。
「でー、センセーは来ねえのか、センセーは?」
用件を話し終えたあと、マフィアはこんなことを言い出した。
「俺は一回、センセーとサシで飲んでみてえんだよ。
なあ、センセーは、酒、結構イケるクチなんだろー?」
「オーギュストなら、連れて行かないよ」
「なんでえ。センセーの出し惜しみしてやがんのかあ?」
「ねえ。どうして、君がオーギュストを気にするの」
「俺はセンセーともっと仲良くなりてえんだよ。
センセーだって、俺と酒飲みたいって、この前言ってたしな」
南イタリアの港町、パレルモで彼等は出会った。
僕が商談でパレルモに行く際に、オーギュストが観光目的で付いてきた。
マフィアと教師が顔を合わせた場所は、僕とオーギュストが泊まっていたホテルの部屋。
僕がシャワーを浴びている間に、ディーノが勝手に入ってきて、
部屋に居たオーギュストと鉢合わせてしまったのだ。
僕がシャワーから上がったら、オーギュストはディーノに胸倉を掴まれていた。
最初は、それほどオーギュストに対して喧嘩越しだったくせに、いつのまにか態度は変わり、
この頃は「センセーと飲みてえ」とまで言うようになっていた。
どうしてディーノがオーギュストなんかに興味を持つようになったのかが解らない。
「なあ。またセンセー、連れてこいよー?」
「お断りだね。君がオーギュストと、
仲良くなる必要なんてないでしょう。もう切るよ。さよなら」
そこで僕は電話を切った。
僕はベッドの上で、もうひとつ溜め息を吐いていた。
「今夜はご機嫌斜めなのかな。大きな溜め息を二回も吐いたりして」
突然、声がした。部屋の奥に神秘学担当教師が立っていた。
「……オーギュスト」
暗がりから彼が近付いてくる。
「通信室に行っていたようだけれど。電話の相手は……ディーノ君、かな?」
「君には関係ない」
強く言い返しても、この教師には何の効果もない。
普段通りの落ち着いた口調で、教師は話を続ける。
「ディーノ君と話したということは、また海外出張かい? 良ければまた一緒に」
「良くない」
「おや。ディーノ君は電話で言っていなかったかね? 私を連れて来いと」
「言ってない」
「おやおや。今日は本当にご機嫌斜めだね。日が悪いようだから出直すよ」
そう言って、その夜は神秘学教師自ら退散した。
今思えば、この時、確かに彼は「出直す」と言っていた。
海外出張当日。
今回の行き先はイタリアの首都ローマ。現地に着いた僕は、早速、商談先に向かった。
今日の商談相手はラボラス・カイム氏。ローマを本社とする、ある会社の社長だ。
仕立ての良いスーツが似合っている。白髪混じりでグレイに近い髪は50歳代相応だろう。
会うのは今日が初めてだけど、評判通り、物腰の柔らかな社長だった。
商談は予定通りに終了。悪くない手応えを感じながら、
さあホテルに帰ろうと思ったところだった。
「サン・ジェルマンさん、明日の夜は、まだローマにいらっしゃいますか?」
「はい。その予定ですが?」
「明日は我が家でホームパーティを行うのですが、
よろしければ、レストラン代わりにお越し頂けませんか?」
そういうのは面倒だから断ろうと思った。
理由は、申し訳ありませんが先約がありますので、
とかでいいかなと考えていた時、彼の携帯電話が鳴った。
「すみません。少々お待ち頂いてもよろしいですか」
と言われたので、僕は頷いた。彼は席を立ち、壁際に移動して話し始めた。
「カイムです。あっ、はい……ええ、明日の18時からです。
……はい、もちろんです……はい、お待ちしております」
電話を終えて、彼が戻ってきた。椅子に座りながら、
「すみません、神父様からの電話で」
「神父?」
てっきり仕事関係の人間だろうと思っていたら、予想外の相手だった。
「いつもお世話になっている神父様も、
明日のパーティにお呼びしているんですよ。実は、私の息子が悪魔憑きでしてね」
僕は思わず、えっ、と聞き返した。すると彼は手の平を横に振り、
「ああ、ご心配には及びません。神父様は、信用できる悪魔祓い師ですから」
商談帰りの車中。僕は溜め息を吐きながら、
「僕が心配してるのは、僕が商談相手を間違えたんじゃないかってこと」
隣で僕の話を聞いていたマフィアが笑う。
「おめーは、とんだ自己チューだな」
「君に言われたくない」
「そりゃコッチのセリフだっての」
彫りの深い顔立ち、うっとおしい口髭に顎髭。
この濃いイタリア顔をした男がディーノ・マンゾーニ。
今日の装いは濃い紫のドレスシャツ。
近くで見ると光る素材で花柄の模様まで入っているのが解る。
彼の服の趣味はいつ見ても派手過ぎて理解できない。紫のワイシャツだなんて。
ボタンは上から三つか四つ開けており、素肌が胸許近くまで見えている。品のない。
ボディーガードを依頼している人間でなかったら、近寄りたくもない。
「悪魔憑きかあ。俺様はまだ見たことはねえが、
そんな話なら大して珍しいことでもないぜ? なんせイタリアは悪魔が棲む国だからな」
何を言い出すんだ、この紫。
「冗談でしょう?」
「いえいえ。これが本当なんですよ、アンリさん」
そう言ったのは今、ハンドルを握っている優男。
マンゾーニ・ファミリーの舎弟、フィオラノだ。
彼の装いは真っ白のワイシャツ。開けているボタンは二つ。許せる範囲だ。
「司教が正式に認めた悪魔祓い師が、イタリア全土に300名居て、
年間50万人が悪魔憑きの相談に訪れると言われているんです」
「そんなに?」
「ええ。50万人の中でもホンモノは少ないみたいですが。
神父様に告げられるそうですよ。『貴方には悪魔が憑いている』と。
災厄や病気が悪魔のせいにされちまうんです」
「馬鹿馬鹿しい。21世紀にもなって、悪魔のせいにするなんて」
「ですよねえ。で、そのホームパーティ、出席されるんですかい?」
「まあ、試しにね。フィオラノ、君は僕と一緒に来て。僕の秘書として」
「おや。自分ですかい? 『畏まりました、社長』てなかんじですかね?」
「フィオをご指名かあ? 俺は呼んでくれないのか、俺は」
「君は無理でしょう」
「フィオにできて俺にできないってかあ? 俺様に無理なことなんかねえぞ!」
「鏡見てから言ってくれる?」
「ああん!?」
「まあ、まあ、お二人とも」
フィオラノが止めに入る。
「兄貴に秘書なんて脇役は似合わない、って意味ですから。今回はどうぞ自分にお任せ下さい」
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聖アルフォンソ学院、通信室。
プライベートブースのキーを受付に戻す。職員に会釈され、僕は通信室をあとにした。
通信室のある校舎から寮まで戻るには、森の前を通ることになる。
もう夜の9時を回っている。辺りは真っ暗だ。僕の足音だけが聞こえる。
生温かい風に頬を撫でられた。夜の森が揺れている。
バサバサッと音がした。
見上げると、鳥が一羽、森から飛んで行っただけだった。
動物達の鳴き声が聞こえる森を横切って、第一学生寮に着いた。
自分の部屋に戻った僕は、ベッドに横たわった。自然に溜め息がひとつ出た。
先程、電話で聞いたイタリア訛りの英語が耳に残っているかのようだ。
今度また商談でイタリアに行くことになったから、
外出時の護衛を頼んでいるビジネスパートナーとの打ち合わせをしていた。
僕のボディガードはシチリアンマフィア、マンゾーニ・ファミリー。
僕と電話で話すのはファミリーのNo2。ドン・カルロの愛息、ディーノ・マンゾーニだ。
「でー、センセーは来ねえのか、センセーは?」
用件を話し終えたあと、マフィアはこんなことを言い出した。
「俺は一回、センセーとサシで飲んでみてえんだよ。
なあ、センセーは、酒、結構イケるクチなんだろー?」
「オーギュストなら、連れて行かないよ」
「なんでえ。センセーの出し惜しみしてやがんのかあ?」
「ねえ。どうして、君がオーギュストを気にするの」
「俺はセンセーともっと仲良くなりてえんだよ。
センセーだって、俺と酒飲みたいって、この前言ってたしな」
南イタリアの港町、パレルモで彼等は出会った。
僕が商談でパレルモに行く際に、オーギュストが観光目的で付いてきた。
マフィアと教師が顔を合わせた場所は、僕とオーギュストが泊まっていたホテルの部屋。
僕がシャワーを浴びている間に、ディーノが勝手に入ってきて、
部屋に居たオーギュストと鉢合わせてしまったのだ。
僕がシャワーから上がったら、オーギュストはディーノに胸倉を掴まれていた。
最初は、それほどオーギュストに対して喧嘩越しだったくせに、いつのまにか態度は変わり、
この頃は「センセーと飲みてえ」とまで言うようになっていた。
どうしてディーノがオーギュストなんかに興味を持つようになったのかが解らない。
「なあ。またセンセー、連れてこいよー?」
「お断りだね。君がオーギュストと、
仲良くなる必要なんてないでしょう。もう切るよ。さよなら」
そこで僕は電話を切った。
僕はベッドの上で、もうひとつ溜め息を吐いていた。
「今夜はご機嫌斜めなのかな。大きな溜め息を二回も吐いたりして」
突然、声がした。部屋の奥に神秘学担当教師が立っていた。
「……オーギュスト」
暗がりから彼が近付いてくる。
「通信室に行っていたようだけれど。電話の相手は……ディーノ君、かな?」
「君には関係ない」
強く言い返しても、この教師には何の効果もない。
普段通りの落ち着いた口調で、教師は話を続ける。
「ディーノ君と話したということは、また海外出張かい? 良ければまた一緒に」
「良くない」
「おや。ディーノ君は電話で言っていなかったかね? 私を連れて来いと」
「言ってない」
「おやおや。今日は本当にご機嫌斜めだね。日が悪いようだから出直すよ」
そう言って、その夜は神秘学教師自ら退散した。
今思えば、この時、確かに彼は「出直す」と言っていた。
海外出張当日。
今回の行き先はイタリアの首都ローマ。現地に着いた僕は、早速、商談先に向かった。
今日の商談相手はラボラス・カイム氏。ローマを本社とする、ある会社の社長だ。
仕立ての良いスーツが似合っている。白髪混じりでグレイに近い髪は50歳代相応だろう。
会うのは今日が初めてだけど、評判通り、物腰の柔らかな社長だった。
商談は予定通りに終了。悪くない手応えを感じながら、
さあホテルに帰ろうと思ったところだった。
「サン・ジェルマンさん、明日の夜は、まだローマにいらっしゃいますか?」
「はい。その予定ですが?」
「明日は我が家でホームパーティを行うのですが、
よろしければ、レストラン代わりにお越し頂けませんか?」
そういうのは面倒だから断ろうと思った。
理由は、申し訳ありませんが先約がありますので、
とかでいいかなと考えていた時、彼の携帯電話が鳴った。
「すみません。少々お待ち頂いてもよろしいですか」
と言われたので、僕は頷いた。彼は席を立ち、壁際に移動して話し始めた。
「カイムです。あっ、はい……ええ、明日の18時からです。
……はい、もちろんです……はい、お待ちしております」
電話を終えて、彼が戻ってきた。椅子に座りながら、
「すみません、神父様からの電話で」
「神父?」
てっきり仕事関係の人間だろうと思っていたら、予想外の相手だった。
「いつもお世話になっている神父様も、
明日のパーティにお呼びしているんですよ。実は、私の息子が悪魔憑きでしてね」
僕は思わず、えっ、と聞き返した。すると彼は手の平を横に振り、
「ああ、ご心配には及びません。神父様は、信用できる悪魔祓い師ですから」
商談帰りの車中。僕は溜め息を吐きながら、
「僕が心配してるのは、僕が商談相手を間違えたんじゃないかってこと」
隣で僕の話を聞いていたマフィアが笑う。
「おめーは、とんだ自己チューだな」
「君に言われたくない」
「そりゃコッチのセリフだっての」
彫りの深い顔立ち、うっとおしい口髭に顎髭。
この濃いイタリア顔をした男がディーノ・マンゾーニ。
今日の装いは濃い紫のドレスシャツ。
近くで見ると光る素材で花柄の模様まで入っているのが解る。
彼の服の趣味はいつ見ても派手過ぎて理解できない。紫のワイシャツだなんて。
ボタンは上から三つか四つ開けており、素肌が胸許近くまで見えている。品のない。
ボディーガードを依頼している人間でなかったら、近寄りたくもない。
「悪魔憑きかあ。俺様はまだ見たことはねえが、
そんな話なら大して珍しいことでもないぜ? なんせイタリアは悪魔が棲む国だからな」
何を言い出すんだ、この紫。
「冗談でしょう?」
「いえいえ。これが本当なんですよ、アンリさん」
そう言ったのは今、ハンドルを握っている優男。
マンゾーニ・ファミリーの舎弟、フィオラノだ。
彼の装いは真っ白のワイシャツ。開けているボタンは二つ。許せる範囲だ。
「司教が正式に認めた悪魔祓い師が、イタリア全土に300名居て、
年間50万人が悪魔憑きの相談に訪れると言われているんです」
「そんなに?」
「ええ。50万人の中でもホンモノは少ないみたいですが。
神父様に告げられるそうですよ。『貴方には悪魔が憑いている』と。
災厄や病気が悪魔のせいにされちまうんです」
「馬鹿馬鹿しい。21世紀にもなって、悪魔のせいにするなんて」
「ですよねえ。で、そのホームパーティ、出席されるんですかい?」
「まあ、試しにね。フィオラノ、君は僕と一緒に来て。僕の秘書として」
「おや。自分ですかい? 『畏まりました、社長』てなかんじですかね?」
「フィオをご指名かあ? 俺は呼んでくれないのか、俺は」
「君は無理でしょう」
「フィオにできて俺にできないってかあ? 俺様に無理なことなんかねえぞ!」
「鏡見てから言ってくれる?」
「ああん!?」
「まあ、まあ、お二人とも」
フィオラノが止めに入る。
「兄貴に秘書なんて脇役は似合わない、って意味ですから。今回はどうぞ自分にお任せ下さい」
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