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■悪魔の神秘01 続編
商談後はそのままホテルまで車で送って貰った。
それから二時間後。丁度、僕がシャワーから出てきた時に、電話が鳴った。
外出時だけ持っている携帯電話だ。ディスプレイを見ると、相手はフィオラノだった。
「Hi. どうしたの?」
「アンリさん、ディナーはもうお済みですか?」
僕は濡れた髪を拭きながら、
「まだだけど?」
髪がキシキシする。ホテルのトリートメントが髪に合わない。
「まだでしたか。そいつは良かった」
「良かった?」
「美味しいイタリア料理のお店にご案内致しやすよ」
ホテルまでフィオラノが車で迎えに来た。
店に入ると、フィオラノの顔を見た店員は丁重に迎え、店の奥へと案内した。
窓際には、びっしりとワイングラスが飾られている。
店内は薄暗く、天井や柱には、ブドウの葉や実が張り巡らされている。
もちろん、葉も実もイミテーションだろうが、照明が暗いので、偽物っぽく見えない。
天井だけ見ていると、夜のブドウ園に迷い込んだかのようだ。
「こちらでございます、どうぞ」
店員が個室のドアを開けた。十人用程の大きなテーブル。その中央に一人だけ客が居た。
「おお、やっと来たか。おっせーぞ」
ビアジョッキを掲げたのは、ディーノ・マンゾーニだった。
僕の後ろに居る人物に文句を投げ付ける。
「フィオラノ。ディーノと同席なんて、僕は聞いてないけれど」
「あれ? すいやせん。最初に言いませんでしたっけ?
アンリさんのことを、兄貴と先生がお待ちですよって」
「先生って……まさか」
「もちろん、私のことだよ、アンリ」
背後から声がした。島に置いてきた筈の教師がそこに立っていた。
「オーギュスト……どうして君が」
「ディーノ君からディナーに誘われたのでね」
「誘われた? ディーノ、僕に黙って何を勝手に」
「おいおい。センセーを誘うのにおめーの許可が必要なのかよ」
そう言ってディーノが笑った。オーギュストは落ち着いた様子で席に着く。
「アンリも座りなさい? ああ、まだアランチーニが残っているから、一口食べるかい?」
「イタリア料理は何でもウメーぞ。あーんしてやろうか?」
ディーノがフォークに刺したライスコロッケを突き出す。
「ほれ、あーん」
「……ホテルに帰る。君達で勝手にやってれば」
「まあまあ、アンリさん」
一歩下がった時、後ろから両肩に手を置かれた。
「ここの料理は本当に美味しいですから」
フィオラノに押されて、席に着かされた。
僕、オーギュスト、ディーノ、フィオラノ、
そんな馬鹿みたいな面子でディナーを食べることになった。
エスカルゴのオーブン焼きは悪くなかったけれど。
その後は、大人三人が面白可笑しい話題を披露し、終始賑やかな会食だった。
初対面の時、ディーノはオーギュストに対して、一触即発の雰囲気があったのに。
その夜に聞いたのは、他愛のない、楽しい話題ばかりだった。不自然なまでに。
「ああ、そうだ、アンリ」
デザートを食べたあと、オーギュストは言った。
「私は今夜のホテルが決まっていなくてね。アンリはどのホテルに泊まる予定なのかな?」
久し振りに静かな夜を過ごせると思ったのに。
ローマ市内のホテルで、オーギュストはゆったりとソファに身を沈めている。
とても寛いだ様子だ。僕以上に。
「さて、アンリ。先にシャワーを浴びておいで? 私はあとで良いから」
「シャワーならもう浴びたよ。どうしてまた、君と同じ部屋で眠らなくてはならないの」
彼の部屋を別に頼もうとしたら、勝手にツインの部屋にされてしまった。むかつく。
「旅行は二人のほうが楽しいと思うけれどね」
「僕は旅行で来ているんじゃないの、仕事」
「失礼。そうだったね」
教師は楽しそうに微笑していた。
マフィアなんかを連れていなければ、外を歩けない人間の傍に居るのに。
「ねえ。どうして来たの」
「ん?」
「僕は来るなと言ったのに……ディーノに何を言われたの」
「ディーノ君に?」
「何か脅されるようなことを言われたんじゃないの?」
「まさか。アンリもイタリアに来るから、
ディナーをご一緒しませんか、と誘われただけなんだよ、本当に」
「だからと言って。わざわざイタリアまで来る?
第一、ディーノは『ご一緒しませんか』なんて口の聞き方しないよ」
「ああ、電話をくれたのはフィオラノ君だったからね」
「好きにすれば。いつかマフィアに殺されても知らないから」
「私のことを心配してくれるのかい?」
「逆。君の心配なんかしないって言ったの」
「大丈夫だよ。ディーノ君はアンリの味方だろう?
だから、彼はアンリを殺さないし、私のことも殺さない。私もアンリの味方だからね」
彼と話しているとあまりに手応えがなくて、張り合うのが面倒になってくることがある。
寮の連中となら言葉で負けたりはしないのに。この大人は、のらりくらりと僕の言葉をかわす。
「来てしまったものは仕方がないから、せめて役に立って貰うよ?」
「どんなお役に立てるかな?」
「教師でしょう? 授業をして。神秘学の」
「おや。アンリは旅先でも勉強熱心だね」
「急に必要になったの。明日までに」
「何について勉強したいのかな?」
決まっている。
「悪魔について」
事情を説明すると、成程と講師は頷いた。
「明日は悪魔憑きの少年と悪魔祓いの神父に会うのか。貴重なお話が聞けそうだね」
「だから、悪魔について教えて。一時間で」
一時間か、と言って教師は腕時計を見た。
彼は椅子から立ち上がる。僕は近くのベッドに腰掛けた。
君が立っていて、僕が座っている。教室に居る時と同じ光景だ。
「さて。どこから話したら良いかなあ」
準備していない授業を急に要求され、教科書もないのに話せない、
という口振りではなかった。話せることはたくさんあるが、
その抽出に迷っているだけなのだろう、あの知識の泉は。
彼は教室をゆっくり歩きながら、授業をするクセがある。
ホテルの一室でも同じように靴音を響かせていた。
ゆっくり6歩歩くうちに考えはまとまったらしい。
「では、始めようか。今日の授業は、悪魔の神秘について」
→
商談後はそのままホテルまで車で送って貰った。
それから二時間後。丁度、僕がシャワーから出てきた時に、電話が鳴った。
外出時だけ持っている携帯電話だ。ディスプレイを見ると、相手はフィオラノだった。
「Hi. どうしたの?」
「アンリさん、ディナーはもうお済みですか?」
僕は濡れた髪を拭きながら、
「まだだけど?」
髪がキシキシする。ホテルのトリートメントが髪に合わない。
「まだでしたか。そいつは良かった」
「良かった?」
「美味しいイタリア料理のお店にご案内致しやすよ」
ホテルまでフィオラノが車で迎えに来た。
店に入ると、フィオラノの顔を見た店員は丁重に迎え、店の奥へと案内した。
窓際には、びっしりとワイングラスが飾られている。
店内は薄暗く、天井や柱には、ブドウの葉や実が張り巡らされている。
もちろん、葉も実もイミテーションだろうが、照明が暗いので、偽物っぽく見えない。
天井だけ見ていると、夜のブドウ園に迷い込んだかのようだ。
「こちらでございます、どうぞ」
店員が個室のドアを開けた。十人用程の大きなテーブル。その中央に一人だけ客が居た。
「おお、やっと来たか。おっせーぞ」
ビアジョッキを掲げたのは、ディーノ・マンゾーニだった。
僕の後ろに居る人物に文句を投げ付ける。
「フィオラノ。ディーノと同席なんて、僕は聞いてないけれど」
「あれ? すいやせん。最初に言いませんでしたっけ?
アンリさんのことを、兄貴と先生がお待ちですよって」
「先生って……まさか」
「もちろん、私のことだよ、アンリ」
背後から声がした。島に置いてきた筈の教師がそこに立っていた。
「オーギュスト……どうして君が」
「ディーノ君からディナーに誘われたのでね」
「誘われた? ディーノ、僕に黙って何を勝手に」
「おいおい。センセーを誘うのにおめーの許可が必要なのかよ」
そう言ってディーノが笑った。オーギュストは落ち着いた様子で席に着く。
「アンリも座りなさい? ああ、まだアランチーニが残っているから、一口食べるかい?」
「イタリア料理は何でもウメーぞ。あーんしてやろうか?」
ディーノがフォークに刺したライスコロッケを突き出す。
「ほれ、あーん」
「……ホテルに帰る。君達で勝手にやってれば」
「まあまあ、アンリさん」
一歩下がった時、後ろから両肩に手を置かれた。
「ここの料理は本当に美味しいですから」
フィオラノに押されて、席に着かされた。
僕、オーギュスト、ディーノ、フィオラノ、
そんな馬鹿みたいな面子でディナーを食べることになった。
エスカルゴのオーブン焼きは悪くなかったけれど。
その後は、大人三人が面白可笑しい話題を披露し、終始賑やかな会食だった。
初対面の時、ディーノはオーギュストに対して、一触即発の雰囲気があったのに。
その夜に聞いたのは、他愛のない、楽しい話題ばかりだった。不自然なまでに。
「ああ、そうだ、アンリ」
デザートを食べたあと、オーギュストは言った。
「私は今夜のホテルが決まっていなくてね。アンリはどのホテルに泊まる予定なのかな?」
久し振りに静かな夜を過ごせると思ったのに。
ローマ市内のホテルで、オーギュストはゆったりとソファに身を沈めている。
とても寛いだ様子だ。僕以上に。
「さて、アンリ。先にシャワーを浴びておいで? 私はあとで良いから」
「シャワーならもう浴びたよ。どうしてまた、君と同じ部屋で眠らなくてはならないの」
彼の部屋を別に頼もうとしたら、勝手にツインの部屋にされてしまった。むかつく。
「旅行は二人のほうが楽しいと思うけれどね」
「僕は旅行で来ているんじゃないの、仕事」
「失礼。そうだったね」
教師は楽しそうに微笑していた。
マフィアなんかを連れていなければ、外を歩けない人間の傍に居るのに。
「ねえ。どうして来たの」
「ん?」
「僕は来るなと言ったのに……ディーノに何を言われたの」
「ディーノ君に?」
「何か脅されるようなことを言われたんじゃないの?」
「まさか。アンリもイタリアに来るから、
ディナーをご一緒しませんか、と誘われただけなんだよ、本当に」
「だからと言って。わざわざイタリアまで来る?
第一、ディーノは『ご一緒しませんか』なんて口の聞き方しないよ」
「ああ、電話をくれたのはフィオラノ君だったからね」
「好きにすれば。いつかマフィアに殺されても知らないから」
「私のことを心配してくれるのかい?」
「逆。君の心配なんかしないって言ったの」
「大丈夫だよ。ディーノ君はアンリの味方だろう?
だから、彼はアンリを殺さないし、私のことも殺さない。私もアンリの味方だからね」
彼と話しているとあまりに手応えがなくて、張り合うのが面倒になってくることがある。
寮の連中となら言葉で負けたりはしないのに。この大人は、のらりくらりと僕の言葉をかわす。
「来てしまったものは仕方がないから、せめて役に立って貰うよ?」
「どんなお役に立てるかな?」
「教師でしょう? 授業をして。神秘学の」
「おや。アンリは旅先でも勉強熱心だね」
「急に必要になったの。明日までに」
「何について勉強したいのかな?」
決まっている。
「悪魔について」
事情を説明すると、成程と講師は頷いた。
「明日は悪魔憑きの少年と悪魔祓いの神父に会うのか。貴重なお話が聞けそうだね」
「だから、悪魔について教えて。一時間で」
一時間か、と言って教師は腕時計を見た。
彼は椅子から立ち上がる。僕は近くのベッドに腰掛けた。
君が立っていて、僕が座っている。教室に居る時と同じ光景だ。
「さて。どこから話したら良いかなあ」
準備していない授業を急に要求され、教科書もないのに話せない、
という口振りではなかった。話せることはたくさんあるが、
その抽出に迷っているだけなのだろう、あの知識の泉は。
彼は教室をゆっくり歩きながら、授業をするクセがある。
ホテルの一室でも同じように靴音を響かせていた。
ゆっくり6歩歩くうちに考えはまとまったらしい。
「では、始めようか。今日の授業は、悪魔の神秘について」
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