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■悪魔の神秘03 続編
悪魔は、今、どこに居るでしょう?
聞き手が神秘学の受講生でなければ、変人の戯言だと言われても仕方のない台詞。
まるで、なぞなぞみたいな問題だけれど、神秘学の授業では、
こういった類の問題が、実際に試験問題として出題される場合がある。
僕は神秘学の受講生として回答を考える。
悪魔は普段どこに棲息してるのか。ヒントは既に出ていた。
「悪魔が好きな場所に居るんでしょう? 廃墟とか、洞窟とか」
「ああ。それも正解だね。でも、もっと広い範囲で考えていいんだよ?」
「……広い範囲って何」
「これは先に答えを言おうか。大きく分けて三箇所に悪魔は居る。
一つ目は地獄だ。これは想像に難くない所だね」
地獄とかも入るなんて聞いてない。
「二つ目は空気中。そこにもここにも居るということだね。
面白いところでは、空気中にはぎっしり悪魔が居るという説もあるんだよ?」
教授は笑っているが、別に面白くはない。
「では三つ目。最後の場所は解るね?」
教師は手を胸に当てた。
「人間の中だ。これが悪魔憑きと言われる現象だね。
悪魔に身体と心を乗っ取られ、悪魔的な言動をとってしまうことだ。
精密に言えば、悪魔憑きには二種類あって、
悪魔が身体の外側に付着する『オブセッション』と、
身体の内側、体内に入ってしまう『ポゼッション』がある。
どちらの悪魔憑きが多いのかと言えば、圧倒的に後者だろうね。
悪魔は聖人の体内には入り難いが、一般人の体内には容易く入れるそうだから」
悪魔は人間の身体に棲むことができるということか。この僕の中にも。
「悪魔憑きの話が出たところで、イタリアでの悪魔憑きについて話しておこうか。
アンリがフィオラノ君からも聞いたように、
イタリアでは現実に、悪魔憑きと悪魔祓いが行われている。
国内で年間50万人の相談者に対して、公式エクソシストは300名程。
圧倒的にエクソシストが不足していることから、
イタリアのある大学ではエクソシストの養成講座や勉強会が開かれ、
エクソシストの迅速な育成が急務となっているんだよ、本当にね」
それが事実なら、僕は意見がある。
授業の時と同じように、片手を挙げてから発言した。
「急がなくてはならないのは、悪魔祓い師を増やすことではないんじゃない?」
「悪魔憑きを減らす方法を考えるべきだ、ということだね?」
僕は頷いた。
「もちろん、そういう意見もある。悪魔憑きに懐疑的な精神科医や心理学者は、
悪魔憑きは、病気の一種だと考えているからね」
「どんな?」
「精神医学の見地から言えば、悪魔憑きの症状は、『解離性同一性障害』、
『解離性トランス障害』の病名で説明できるそうだよ。いわゆる『多重人格』だね」
成程と僕は思った。確かに、悪魔憑きを、悪魔という別人格として捉えれば、
悪魔憑きは、二重人格や多重人格に当てはまるのではないか。
得体の知れない者に憑依されたなどと時代錯誤なことを言うよりは、
精神の病気だと考えるほうが、余程科学的だと言える。
「それでも、イタリアで、悪魔憑きが無くならないのには理由がある。
イタリアでは『貴方は解離性同一性障害』だと言われるより、
『貴方は悪魔憑き』だと言われるほうが良いと考えている人が少なくない」
「どうして」
「イタリア人は、精神の病だと診断されると酷く傷付く。
何にも代え難い侮辱のように感じてしまうんだ。
気が狂ったと言われるよりは、悪魔憑きのほうがずっとまし。
だから、悪魔憑きの相談者がこんなにも多くなってしまうのかもしれないね」
そんなことがあるのか。病気だと言われるより悪魔に憑かれているほうが良いだなんて。
「悪魔憑きの是非について、イタリア国内でも意見は割れている。
しかし実際に、悪魔祓いの儀式によって、心を癒やされ、救われる人が居るのは事実だ。
幾つもの病院に行き、どんな薬を処方されても効果がなかった患者が、
最後に辿り着いた神父の元で、悪魔祓いの儀式を受け、やっと癒される。
それが現実に起こっているんだよ、イタリアではね」
ボージェ教授は窓のほうを見ていた。
「では、エクソシストの話に移ろうか。イタリアのバチカンには有名なエクソシストも多いが、
世界で最も、力の強いエクソシストは誰だか解るかい?
アンリも知っている筈だよ。一度は読んだことがあるだろうから」
「知らない」
「聖書だよ。思い出してごらん? 聖書には、悪魔や、悪魔祓いについて記述がある。
キリストが悪魔祓いを行う場面があっただろう? 世界で最強のエクソシストはキリストだ」
教師はどこか遠い目をしていた。
「ところで。存在の有無は別にして、何故、この世に悪魔という概念があるんだろう?
何故、悪魔という存在が生まれたんだと思う?」
「何故、悪魔が生まれたか?」
「うん。この世にある、ということは、必要だから『ある』んだと思うんだ。
一体、誰が最初に、悪魔を必要としたんだろうね?」
僕は少し考えたあと、思ったことを発言する。
「やっぱり、犯罪者とかじゃないの?
自分が犯した罪を『悪魔にそそのかされたせいだ』って言い訳する為に」
「成程。一理あるね」
教師は頷いたが、「正解」とは言わなかった。
「ボージェ教授が用意していた答えとは違うんだね? 正解は?」
誰が最初に、悪魔を必要としたか。教師がその答えを告げる。
彼が口にしたのは、悪魔と対極にある存在だった。
「神だよ」
僕は思わず聞き返した。
「神が悪魔を必要としたと言うの? 敵対者なのに?」
「うん。敵対者だから必要だったんだ。
一元論でありながら、二元論的性格を持つキリスト教ではね」
意味が解らない。彼の言っていることが理解できない。
「こんな話をすると、敬虔なクリスチャンからは、
怒られてしまうだろうけれど。悪魔学の見地から言えば、
神が唯一の善なる神である為には、悪魔という存在が必要不可欠なんだよ」
教師は詩を朗読するように解説する。
「何故、自分に嫌なことばかり起こるのか。何故、自分が事故に遭わなくてはならないのか。
何故、世界から犯罪がなくならないのか。何故、世界から病がなくならないのか。
この世の理不尽な不幸を、神ではなく、他の何かのせいにする為に」
世の全てを司るのが神ならば、世の幸福も不幸も神のせいになる。
その中で、不幸だけは、神のせいでないことにする為に、
悪魔という存在が生まれたというのか。神が唯一の善なる存在である為に。
「……だから、悪魔を欲したのは神」
僕の独白に、神秘学の権威が頷く。
「そう。悪魔なしに、神は成立しないんだ」
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悪魔は、今、どこに居るでしょう?
聞き手が神秘学の受講生でなければ、変人の戯言だと言われても仕方のない台詞。
まるで、なぞなぞみたいな問題だけれど、神秘学の授業では、
こういった類の問題が、実際に試験問題として出題される場合がある。
僕は神秘学の受講生として回答を考える。
悪魔は普段どこに棲息してるのか。ヒントは既に出ていた。
「悪魔が好きな場所に居るんでしょう? 廃墟とか、洞窟とか」
「ああ。それも正解だね。でも、もっと広い範囲で考えていいんだよ?」
「……広い範囲って何」
「これは先に答えを言おうか。大きく分けて三箇所に悪魔は居る。
一つ目は地獄だ。これは想像に難くない所だね」
地獄とかも入るなんて聞いてない。
「二つ目は空気中。そこにもここにも居るということだね。
面白いところでは、空気中にはぎっしり悪魔が居るという説もあるんだよ?」
教授は笑っているが、別に面白くはない。
「では三つ目。最後の場所は解るね?」
教師は手を胸に当てた。
「人間の中だ。これが悪魔憑きと言われる現象だね。
悪魔に身体と心を乗っ取られ、悪魔的な言動をとってしまうことだ。
精密に言えば、悪魔憑きには二種類あって、
悪魔が身体の外側に付着する『オブセッション』と、
身体の内側、体内に入ってしまう『ポゼッション』がある。
どちらの悪魔憑きが多いのかと言えば、圧倒的に後者だろうね。
悪魔は聖人の体内には入り難いが、一般人の体内には容易く入れるそうだから」
悪魔は人間の身体に棲むことができるということか。この僕の中にも。
「悪魔憑きの話が出たところで、イタリアでの悪魔憑きについて話しておこうか。
アンリがフィオラノ君からも聞いたように、
イタリアでは現実に、悪魔憑きと悪魔祓いが行われている。
国内で年間50万人の相談者に対して、公式エクソシストは300名程。
圧倒的にエクソシストが不足していることから、
イタリアのある大学ではエクソシストの養成講座や勉強会が開かれ、
エクソシストの迅速な育成が急務となっているんだよ、本当にね」
それが事実なら、僕は意見がある。
授業の時と同じように、片手を挙げてから発言した。
「急がなくてはならないのは、悪魔祓い師を増やすことではないんじゃない?」
「悪魔憑きを減らす方法を考えるべきだ、ということだね?」
僕は頷いた。
「もちろん、そういう意見もある。悪魔憑きに懐疑的な精神科医や心理学者は、
悪魔憑きは、病気の一種だと考えているからね」
「どんな?」
「精神医学の見地から言えば、悪魔憑きの症状は、『解離性同一性障害』、
『解離性トランス障害』の病名で説明できるそうだよ。いわゆる『多重人格』だね」
成程と僕は思った。確かに、悪魔憑きを、悪魔という別人格として捉えれば、
悪魔憑きは、二重人格や多重人格に当てはまるのではないか。
得体の知れない者に憑依されたなどと時代錯誤なことを言うよりは、
精神の病気だと考えるほうが、余程科学的だと言える。
「それでも、イタリアで、悪魔憑きが無くならないのには理由がある。
イタリアでは『貴方は解離性同一性障害』だと言われるより、
『貴方は悪魔憑き』だと言われるほうが良いと考えている人が少なくない」
「どうして」
「イタリア人は、精神の病だと診断されると酷く傷付く。
何にも代え難い侮辱のように感じてしまうんだ。
気が狂ったと言われるよりは、悪魔憑きのほうがずっとまし。
だから、悪魔憑きの相談者がこんなにも多くなってしまうのかもしれないね」
そんなことがあるのか。病気だと言われるより悪魔に憑かれているほうが良いだなんて。
「悪魔憑きの是非について、イタリア国内でも意見は割れている。
しかし実際に、悪魔祓いの儀式によって、心を癒やされ、救われる人が居るのは事実だ。
幾つもの病院に行き、どんな薬を処方されても効果がなかった患者が、
最後に辿り着いた神父の元で、悪魔祓いの儀式を受け、やっと癒される。
それが現実に起こっているんだよ、イタリアではね」
ボージェ教授は窓のほうを見ていた。
「では、エクソシストの話に移ろうか。イタリアのバチカンには有名なエクソシストも多いが、
世界で最も、力の強いエクソシストは誰だか解るかい?
アンリも知っている筈だよ。一度は読んだことがあるだろうから」
「知らない」
「聖書だよ。思い出してごらん? 聖書には、悪魔や、悪魔祓いについて記述がある。
キリストが悪魔祓いを行う場面があっただろう? 世界で最強のエクソシストはキリストだ」
教師はどこか遠い目をしていた。
「ところで。存在の有無は別にして、何故、この世に悪魔という概念があるんだろう?
何故、悪魔という存在が生まれたんだと思う?」
「何故、悪魔が生まれたか?」
「うん。この世にある、ということは、必要だから『ある』んだと思うんだ。
一体、誰が最初に、悪魔を必要としたんだろうね?」
僕は少し考えたあと、思ったことを発言する。
「やっぱり、犯罪者とかじゃないの?
自分が犯した罪を『悪魔にそそのかされたせいだ』って言い訳する為に」
「成程。一理あるね」
教師は頷いたが、「正解」とは言わなかった。
「ボージェ教授が用意していた答えとは違うんだね? 正解は?」
誰が最初に、悪魔を必要としたか。教師がその答えを告げる。
彼が口にしたのは、悪魔と対極にある存在だった。
「神だよ」
僕は思わず聞き返した。
「神が悪魔を必要としたと言うの? 敵対者なのに?」
「うん。敵対者だから必要だったんだ。
一元論でありながら、二元論的性格を持つキリスト教ではね」
意味が解らない。彼の言っていることが理解できない。
「こんな話をすると、敬虔なクリスチャンからは、
怒られてしまうだろうけれど。悪魔学の見地から言えば、
神が唯一の善なる神である為には、悪魔という存在が必要不可欠なんだよ」
教師は詩を朗読するように解説する。
「何故、自分に嫌なことばかり起こるのか。何故、自分が事故に遭わなくてはならないのか。
何故、世界から犯罪がなくならないのか。何故、世界から病がなくならないのか。
この世の理不尽な不幸を、神ではなく、他の何かのせいにする為に」
世の全てを司るのが神ならば、世の幸福も不幸も神のせいになる。
その中で、不幸だけは、神のせいでないことにする為に、
悪魔という存在が生まれたというのか。神が唯一の善なる存在である為に。
「……だから、悪魔を欲したのは神」
僕の独白に、神秘学の権威が頷く。
「そう。悪魔なしに、神は成立しないんだ」
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