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■悪魔の神秘07 続編
アミィ・カイムの部屋で、僕とフィオラノはティラミスを食べることになった。
ここまで社長の息子に付き合ってやる意味はないのだけれど、
パーティ会場から抜け出す理由にはなったから。
それにしても、子供部屋にしては随分立派な部屋だ。
今、僕達がティラミスを食べている場所は子供部屋のベランダに設置されたテラスだった。
目の前に広がっているのは森とそれに続く草原。その先にローマの街並みがある。
テラスは、濃い色の木の柵で囲われた空間で、そこここに緑の植物が飾られている。
鳥でさえテラスを森だと思っているのか、柵の上では一羽の野鳩が羽を休めている。
のんびりとクチバシで羽の掃除をしているようだった。
今は夜だが、昼間なら太陽光が差し込み、確かにここも森の一部のように感じられるだろう。
夜のテラスを囲う柵は定間隔でランプが灯されている。
ウッドテーブルには、品の良いキャンドル。
森と草原の向こうでオレンジに煌めいているのはローマの夜景だ。
三階のテラスから、こんな景色が見えるのは、ここが空の広いローマ郊外だからだろう。
子供以上に大人が好みそうな空間に仕上がっているウッドテラスだ。
カアと鳴き声が聞こえた。近くの木にカラスが一羽止まっていた。
僕達のケーキを狙っているのか。
「アンリ君、アンリ君。ティラミス、美味しい?」
「悪くなかったね」
僕は最後の一口を口に入れる。
「悪くないってことは良いってことだよね? 良かった!」
できれば飲み物はカフェオレではなく、
紅茶にして欲しかったけれど。ここはコーヒー文化が根付くイタリアだ。
「ねえ、秘書さんも、ティラミス美味しかった?」
「はい。美味しかったです。私までご馳走して頂きまして、ありがとうございました」
偽秘書のフィオラノが、にっこりと子供に微笑みかけると、
アミィも嬉しそうに笑顔を返していた。
僕は少し具合が悪くなってきているのを感じていた。
久し振りにコーヒーを飲んだせいか、なんとなく鼓動が早い気がするし、
昨夜の寝不足が響いているのか、頭が重かった。
「ご歓談中、失礼致します」
幾つか鳥の鳴き声が通り過ぎて行く。部屋の中から黒髪の男がテラスへ入って来た。
先程、僕達にティラミスやカフェオレをサーブした若い男だった。
アミィにはヴィネと呼ばれていた。
この家の使用人らしい。担当はアミィの世話係といったところか。
年は20代のように見えるが、覇気のない青い目をしていた。
「アミィ様。そろそろお部屋の中へ。直に冷えてまいります。もう夜なのですから」
「まだ寒くないよー。ねっ、アンリ君?」
面倒な。子供から目を逸らしたら、世話係と目が合った。
僕に何かを訴えかけるような目を向けられても困る。
「そう言えば、丁度ちょっと寒くなってきたなあ、と思ってたところだったんですよ」
横から口を出したのはフィオラノだった。
「実は、風邪が治ったばかりで」
コホコホ、と咳してみせる。わざとらしい。
「えっ? そうだったの!? 秘書さん、大丈夫?」
アミィは騙されたらしい。
「じゃあ、あんまりお外に居ると、秘書さん、また風邪引いちゃうかなあ?」
問われた世話係は頷いた。
「そうですね。お部屋に入って頂いたほうがよろしいのでは?」
「じゃあ、みんな、中に入ろう。いいかな、アンリ君?」
僕達はテラスから子供部屋へと移動することになった。
アミィは世話係にフィオラノに温かい飲み物を用意するよう頼んでいた。
子供部屋の中に入ると、少し暖かかった。やはり外のほうが寒かったらしい。
流石は社長の息子の部屋と言うべきか。
大きなオーディオスピーカーが目を惹く。調度品も一級品のようだ。
机上には最新のタブレット型コンピュータが乗っている。
玩具も良い物を買い与えられているらしい。
フィオラノは興味があるらしく「カッコイイですねー」と目を輝かせていた。
「あ、そうだ。これ、アンリ君に見て貰おっかな」
小さな指が軽やかにタブレットを数回タップした。
画面に映ったものを見て、僕は驚いた。
「君、株やってるの?」
「うん。ちょっと。パパのマネ」
そこには株取引の画面が映っていた。
「これ……君が一人でトレードしたの?」
「うん。そうだよ?」
「随分、利益があったんじゃない?」
「ううん。実際には買ってないから」
「嘘でしょう」
「ホントだよ? だって、もし失敗しちゃったら、僕のお小遣いなくなっちゃうもん」
彼は個人トレーダーとして凄い才能を持っている。投資会社を経営している僕から見ても。
「君、どうやって、株トレードの勉強をしたの?」
「してないよ、あんまり。だって難しそうなんだもん。
これは、なんとなく、勘でやってるだけ」
ならば、ただの偶然か。トレードするにあたって、何の根拠もなく、
勘だけでこれほどのトレードができるのなら、天性の才能というべきか。
「これ、カイム社長には――お父さんには見せたの?」
「見せてないよ?」
「では、どうして始めたの? その年で株なんて」
「パパがやってるみたいだから。僕もやってみたかったんだ」
どうしてだろう。彼の言葉はチクリを僕の胸を刺した。
「僕ね、アンリ君みたいになれたらいいな」
「僕みたいに?」
「うん。パパと一緒にお仕事できるようになれたら、
もっと仲良くなれるかもしれないから」
少年は照れたように笑っていた。
「僕、大きくなったら、パパのお手伝いできるかな? ねえ、アンリ君はどう思う?」
「それは僕に聞くことではないよ」
「えっ?」
「ああ、成程。アミィ様次第だということですね」
と言いながら、一人でフィオラノが頷いている。
「あっ、そっか。そうだよね。解ったよ。ありがとう、アンリ君!」
何故僕が礼を言われたのだろう。
ところで、と言ってフィオラノが話題を変える。
「アミィ様は先程、我が社の社長のファンだと仰っていましたが、
どうして、社長のことをご存知だったのですか?」
「アンリ君のことはね、パパから聞いたの。
高校生なのに、投資会社の社長さんなんだよって。
今度、その社長さんとお仕事できることになったんだよって」
「へえ。そんなこと、父親が子供に話すんだ。仲が良いんだね、カイム親子は」
少年は首を振った。
「パパが僕とお話してくれるようになったのは最近になってからだよ?
子供の頃は全然遊んで貰えなかったんだ。パパは仕事が忙しいから」
今も子供だと思うけれど。もっと幼い時のことを言っているのだろう。
「でもね、前ね、僕が風邪で三日くらい寝込んだ時があってね。
その時はホントに風邪だったんだけど、なかなか治らないから、
パパが『悪魔が憑いたせいじゃないか』って言い出したんだ。
それからは、パパが僕のこと凄く心配してくれて、
僕、嬉しいなって思っちゃったんだ。パパは僕のこと嫌いじゃなかった、
大切な子供だって思ってくれてたんだ、って、その時、初めて思えて」
「そう」
「神父様はね、本物のエクソシストなんだけど、
今は僕の演技に合わせて協力してくれてるだけ。
先生がパパに呼ばれて、僕を初めて診察した時にね、
先生はすぐに『これは悪魔のせいではなく、ただの風邪ですね』って言ったんだよ。
でも僕がお願いしたんだ。『パパには言わないで、悪魔が憑いてることにして』って」
「では、君が悪魔憑きというのは、全部お芝居?」
「う、うん。ごめんなさい。でも、あの、パパにはナイショにして」
僕とフィオラノは顔を見合わせる。
「お願いっ」
懇願する少年に、フィオラノが微笑みかけた。
「解りました。お父様には内緒、ですね?」
僕はひとつ気になることがあった。
「ねえ」
「なあに、アンリ君」
「では、さっき大人達が話していた、“呪いの紙”を君の部屋に仕掛けたのは?」
「僕だよ」
あまりにもあっさりと認めた。
「ネットとか本で調べたの、やってみたんだ」
「あのねえ」
僕は呆れ、憤りさえ感じた。今の時代は、良くも悪くも情報収集が簡単過ぎる。
第一、呪詛返しという言葉を知らないのか、と口から出そうになって、止めた。
相手は、神秘学の受講生でも何でもない、ただの子供なのだ。
「呪術というのは、そんな不用意に行って良いものではないと思うよ。
下手すれば、呪いをかけた本人に呪いが返ってくる場合もある」
「うん。それは神父様にも怒られちゃった。こういうことは、もうしちゃダメだよって。
悪魔が好きなことをすると、悪魔が来ちゃうかもしれないからって」
呪いの紙に関しては彼が単独で行ったものらしい。神父に叱られるのは当然だ。
しかし、神父は何故、少年の“悪魔憑きごっこ”なんかに付き合っているのだろう。
それこそ、何かを呼び寄せかねない危険な遊びではないのだろうか。
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アミィ・カイムの部屋で、僕とフィオラノはティラミスを食べることになった。
ここまで社長の息子に付き合ってやる意味はないのだけれど、
パーティ会場から抜け出す理由にはなったから。
それにしても、子供部屋にしては随分立派な部屋だ。
今、僕達がティラミスを食べている場所は子供部屋のベランダに設置されたテラスだった。
目の前に広がっているのは森とそれに続く草原。その先にローマの街並みがある。
テラスは、濃い色の木の柵で囲われた空間で、そこここに緑の植物が飾られている。
鳥でさえテラスを森だと思っているのか、柵の上では一羽の野鳩が羽を休めている。
のんびりとクチバシで羽の掃除をしているようだった。
今は夜だが、昼間なら太陽光が差し込み、確かにここも森の一部のように感じられるだろう。
夜のテラスを囲う柵は定間隔でランプが灯されている。
ウッドテーブルには、品の良いキャンドル。
森と草原の向こうでオレンジに煌めいているのはローマの夜景だ。
三階のテラスから、こんな景色が見えるのは、ここが空の広いローマ郊外だからだろう。
子供以上に大人が好みそうな空間に仕上がっているウッドテラスだ。
カアと鳴き声が聞こえた。近くの木にカラスが一羽止まっていた。
僕達のケーキを狙っているのか。
「アンリ君、アンリ君。ティラミス、美味しい?」
「悪くなかったね」
僕は最後の一口を口に入れる。
「悪くないってことは良いってことだよね? 良かった!」
できれば飲み物はカフェオレではなく、
紅茶にして欲しかったけれど。ここはコーヒー文化が根付くイタリアだ。
「ねえ、秘書さんも、ティラミス美味しかった?」
「はい。美味しかったです。私までご馳走して頂きまして、ありがとうございました」
偽秘書のフィオラノが、にっこりと子供に微笑みかけると、
アミィも嬉しそうに笑顔を返していた。
僕は少し具合が悪くなってきているのを感じていた。
久し振りにコーヒーを飲んだせいか、なんとなく鼓動が早い気がするし、
昨夜の寝不足が響いているのか、頭が重かった。
「ご歓談中、失礼致します」
幾つか鳥の鳴き声が通り過ぎて行く。部屋の中から黒髪の男がテラスへ入って来た。
先程、僕達にティラミスやカフェオレをサーブした若い男だった。
アミィにはヴィネと呼ばれていた。
この家の使用人らしい。担当はアミィの世話係といったところか。
年は20代のように見えるが、覇気のない青い目をしていた。
「アミィ様。そろそろお部屋の中へ。直に冷えてまいります。もう夜なのですから」
「まだ寒くないよー。ねっ、アンリ君?」
面倒な。子供から目を逸らしたら、世話係と目が合った。
僕に何かを訴えかけるような目を向けられても困る。
「そう言えば、丁度ちょっと寒くなってきたなあ、と思ってたところだったんですよ」
横から口を出したのはフィオラノだった。
「実は、風邪が治ったばかりで」
コホコホ、と咳してみせる。わざとらしい。
「えっ? そうだったの!? 秘書さん、大丈夫?」
アミィは騙されたらしい。
「じゃあ、あんまりお外に居ると、秘書さん、また風邪引いちゃうかなあ?」
問われた世話係は頷いた。
「そうですね。お部屋に入って頂いたほうがよろしいのでは?」
「じゃあ、みんな、中に入ろう。いいかな、アンリ君?」
僕達はテラスから子供部屋へと移動することになった。
アミィは世話係にフィオラノに温かい飲み物を用意するよう頼んでいた。
子供部屋の中に入ると、少し暖かかった。やはり外のほうが寒かったらしい。
流石は社長の息子の部屋と言うべきか。
大きなオーディオスピーカーが目を惹く。調度品も一級品のようだ。
机上には最新のタブレット型コンピュータが乗っている。
玩具も良い物を買い与えられているらしい。
フィオラノは興味があるらしく「カッコイイですねー」と目を輝かせていた。
「あ、そうだ。これ、アンリ君に見て貰おっかな」
小さな指が軽やかにタブレットを数回タップした。
画面に映ったものを見て、僕は驚いた。
「君、株やってるの?」
「うん。ちょっと。パパのマネ」
そこには株取引の画面が映っていた。
「これ……君が一人でトレードしたの?」
「うん。そうだよ?」
「随分、利益があったんじゃない?」
「ううん。実際には買ってないから」
「嘘でしょう」
「ホントだよ? だって、もし失敗しちゃったら、僕のお小遣いなくなっちゃうもん」
彼は個人トレーダーとして凄い才能を持っている。投資会社を経営している僕から見ても。
「君、どうやって、株トレードの勉強をしたの?」
「してないよ、あんまり。だって難しそうなんだもん。
これは、なんとなく、勘でやってるだけ」
ならば、ただの偶然か。トレードするにあたって、何の根拠もなく、
勘だけでこれほどのトレードができるのなら、天性の才能というべきか。
「これ、カイム社長には――お父さんには見せたの?」
「見せてないよ?」
「では、どうして始めたの? その年で株なんて」
「パパがやってるみたいだから。僕もやってみたかったんだ」
どうしてだろう。彼の言葉はチクリを僕の胸を刺した。
「僕ね、アンリ君みたいになれたらいいな」
「僕みたいに?」
「うん。パパと一緒にお仕事できるようになれたら、
もっと仲良くなれるかもしれないから」
少年は照れたように笑っていた。
「僕、大きくなったら、パパのお手伝いできるかな? ねえ、アンリ君はどう思う?」
「それは僕に聞くことではないよ」
「えっ?」
「ああ、成程。アミィ様次第だということですね」
と言いながら、一人でフィオラノが頷いている。
「あっ、そっか。そうだよね。解ったよ。ありがとう、アンリ君!」
何故僕が礼を言われたのだろう。
ところで、と言ってフィオラノが話題を変える。
「アミィ様は先程、我が社の社長のファンだと仰っていましたが、
どうして、社長のことをご存知だったのですか?」
「アンリ君のことはね、パパから聞いたの。
高校生なのに、投資会社の社長さんなんだよって。
今度、その社長さんとお仕事できることになったんだよって」
「へえ。そんなこと、父親が子供に話すんだ。仲が良いんだね、カイム親子は」
少年は首を振った。
「パパが僕とお話してくれるようになったのは最近になってからだよ?
子供の頃は全然遊んで貰えなかったんだ。パパは仕事が忙しいから」
今も子供だと思うけれど。もっと幼い時のことを言っているのだろう。
「でもね、前ね、僕が風邪で三日くらい寝込んだ時があってね。
その時はホントに風邪だったんだけど、なかなか治らないから、
パパが『悪魔が憑いたせいじゃないか』って言い出したんだ。
それからは、パパが僕のこと凄く心配してくれて、
僕、嬉しいなって思っちゃったんだ。パパは僕のこと嫌いじゃなかった、
大切な子供だって思ってくれてたんだ、って、その時、初めて思えて」
「そう」
「神父様はね、本物のエクソシストなんだけど、
今は僕の演技に合わせて協力してくれてるだけ。
先生がパパに呼ばれて、僕を初めて診察した時にね、
先生はすぐに『これは悪魔のせいではなく、ただの風邪ですね』って言ったんだよ。
でも僕がお願いしたんだ。『パパには言わないで、悪魔が憑いてることにして』って」
「では、君が悪魔憑きというのは、全部お芝居?」
「う、うん。ごめんなさい。でも、あの、パパにはナイショにして」
僕とフィオラノは顔を見合わせる。
「お願いっ」
懇願する少年に、フィオラノが微笑みかけた。
「解りました。お父様には内緒、ですね?」
僕はひとつ気になることがあった。
「ねえ」
「なあに、アンリ君」
「では、さっき大人達が話していた、“呪いの紙”を君の部屋に仕掛けたのは?」
「僕だよ」
あまりにもあっさりと認めた。
「ネットとか本で調べたの、やってみたんだ」
「あのねえ」
僕は呆れ、憤りさえ感じた。今の時代は、良くも悪くも情報収集が簡単過ぎる。
第一、呪詛返しという言葉を知らないのか、と口から出そうになって、止めた。
相手は、神秘学の受講生でも何でもない、ただの子供なのだ。
「呪術というのは、そんな不用意に行って良いものではないと思うよ。
下手すれば、呪いをかけた本人に呪いが返ってくる場合もある」
「うん。それは神父様にも怒られちゃった。こういうことは、もうしちゃダメだよって。
悪魔が好きなことをすると、悪魔が来ちゃうかもしれないからって」
呪いの紙に関しては彼が単独で行ったものらしい。神父に叱られるのは当然だ。
しかし、神父は何故、少年の“悪魔憑きごっこ”なんかに付き合っているのだろう。
それこそ、何かを呼び寄せかねない危険な遊びではないのだろうか。
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