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■ソクーロフ×アイヴィー
学院の授業が終わり、放課後になるまで、あと40分ほどある。
そう思ったら、アイヴィーは途端に眠気を感じた。
昨夜、残業したからではない。昨日は通常より早めに帰宅することができた。
それが嬉しくて、家に着いたら、趣味の音楽作りに没頭してしまったからだ。
気が付いた時には、朝が近い時間になっていて、
我ながら自分の集中力の高さに驚いてしまった。
中途半端な時間から寝たら、確実に寝起きが悪くなる。
それならば、と音楽作りを再開した。
おかげで今日は、ややハイなテンションで一日が始まった。
出勤時、ハンドルを握りながら、歌詞付きでロックを歌ってたし。
徹夜明けのハイテンションが長く持続する筈がなく、
そろそろバッテリー切れの時間を迎えるのも仕方がない。
タクシードライバーとして呼ばれるまで、あそこで仮眠させて貰おう。
アイヴィーは学院の中でベッドがある場所へ向かった。
いつものように3回ノックして、そのドアを開けた。
一歩入ると、保健室特有の匂いが鼻腔を掠める。
デスクのほうを見ると、白衣の先生が座っていた。
アイヴィーは後ろ手にドアを閉める。診察用の簡易ベッドに向かいながら、
「ソクちゃーん。30分ベッド貸してねー」
横になると、保健室の匂いを強く感じた。
薬っぽい匂い。酔ってしまいそうで少しくらりとした。
先生に背を向け、白い壁側を向いて身体を丸める。
このベッドで昼寝を繰り返すうち、
ここで横になると、条件反射のように、瞼と身体が重くなる。
眠たい。すぐに眠れそうだ。アイヴィーは目を閉じた。
「仕方ない。お前でも良いか」
保健室の先生がそう呟くのが聞こえた。
眠気を押して、仕方ないって何さ、そう言い返そうと思った。
すると、眼鏡の先生が、すぐ傍に立っていて自分を見下ろしていた。
「まだ寝るな」
アイヴィーは恐怖に近いものを感じて、ゾクリとする。
「え、な、何? ちょっと待っ」
慌ててアイヴィーがベッドから起き上がる。
威圧感を纏った先生は、高圧的にこう言った。
「お前、今夜、空いているな?」
余りにも、逆らえない雰囲気。空いていなくてはいけないようだ。
アイヴィーは少し怯えながら、「う、うん。今ンとこ」と答えた。
「ならば、今夜19時に車で迎えに来い。
行き先はフィンシャルのコンサートホールだ」
一体全体どういう風の吹き回しかと思ったが、保健室の先生曰く、
「偶然、廊下で会った神秘学の先生にチケットを二枚貰った」そうだ。
有名なオーケストラによる、クラシックのコンサートらしい。
「それって、俺も客席に座れるってこと? 車で送るだけじゃなくて?」
「そう聞こえなかったか?」
アイヴィーは頬を掻く。音楽を聞くことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。
こだわりなく、様々なジャンルの音楽を聞いているほうだとは思う。
だが、クラシックに限っては普段全く聞かないジャンルだ。
そんな自分とは違い、ソクーロフがクラシック愛好家なのはアイヴィーも知っていた。
保健室に行った時、そこに音楽が流れているとすれば、
それはクラシックであることが多かった。
たまに、ミラーボール回してる時もあったけど。
「伝えたぞ。忘れるなよ」
白衣の先生がデスクに向かう。
「あ、ねえ!」
振り返った先生は不機嫌そうに言った。
「なんだ?」
「でも、俺、クラシックとか全然解んないよ?」
「それが?」
冷たい返し。アイヴィーが楽しめるかどうかは、ソクーロフにとってどうでもいいことなのだろう。
アイヴィーに残されている返答は一つしかなかった。
「わ、解りました、お迎えに上がります……」
「それで良い」
白衣の背中がデスクに遠ざかっていく。
アイヴィーは仮眠する為、簡易ベッドに寝直す。
再度、先生に背を向け、白い壁側を向いて身体を丸めた。
眠りに落ちる直前、あれ、とアイヴィーは思う。
どうして神秘学の先生は、保健室の先生にチケットを譲ったんだろう。
クラシックが好きそうな、音楽の先生達にあげれば良かったのに。
約束の19時きっかりにアイヴィーは保健室に来た。
ソクーロフを車に乗せ、島の中心部に向かう。
車中のアイヴィーは、クラシックコンサートに対して前向きな気持ちになっていた。
確かに、興味のない音楽ジャンルではあるが、そういったものに触れることによって、
今後の音楽作りに新しい風が吹くかもしれない。
今までとは色の違う曲が作れるかもしれない、と考えたからだ。
ところが、実際に会場前まで来てみると、ホールも観客も、
アイヴィーが予想していた以上に、厳かで優雅な雰囲気があり、
ラフな心構えで来てしまった自分は場違いな気がしてきた。
しかし、連れのソクーロフがさっさか会場に入ろうとするので、
アイヴィーはその背中を追いかけるより他なかった。
自分達の席はかなり良い席だった。
ステージに近く、かと言って近過ぎるわけでもない。
更に言えば、丁度、列の中央だ。なんとなくワクワクする。
これから演奏される曲を一曲も知らないかもしれないのに。
拍手のタイミングを間違えるかもしれないのに。
慣れない場所だからか、期待と不安がごちゃごちゃ混ざって、ちょっとだけ変な興奮状態だった。
会場が暗くなった時はもっとワクワクした。
勿体つけるように幕が開き、最初の曲が始まった。
一曲目が始まったのは覚えてる。二曲目も。
だけど、三曲目が始まった記憶はなかった。
「おい。起きろ。もう終わったぞ」
肩を揺すられて、アイヴィーは目が覚めた。えっ、と思わず声が出た。
周囲を見ると、会場は既に明るくなっており、
観客の多くが出口へと向かっているところだった。
「もしかして、コンサート、終わっちゃったの?」
「そう聞こえなかったか?」
自分では耳にしない音楽が聞けることをちょっとは楽しみにしてたのに。
会場に居ながら、その機会を逃してしまった。
昨日の徹夜は、保健室での短い仮眠ではフォローできなかったか。
それとも、また眠ってしまったのは、右隣から仄かに香る、保健室の匂いのせいか。
ソクーロフが席から立ち上がる。アイヴィーを見下ろす、と言うよりは見下しながら、
「やはり、誘う相手を間違えたな」
アイヴィーは悔しくて、恥ずかしい。
「お、起こしてくれれば良かったじゃん!」
そう言ったあとで、ただの責任転嫁だな、とアイヴィーは反省する。
すると、ソクーロフは出口のほうを向きながら言った。
「お前が寝ていると気付いたのは、幕が下りた後だ」
行くぞ、と言って、ソクーロフは出口へ歩き出す。
ヒョイヒョイと大股で追いかけた。
ホールから外に出る。夜風が冷たい。
腕時計を見ると22時過ぎだった。
アイヴィーはソクーロフの顔を下から少し覗き込む。
「ね。このあと、どこ行く?」
fin
学院の授業が終わり、放課後になるまで、あと40分ほどある。
そう思ったら、アイヴィーは途端に眠気を感じた。
昨夜、残業したからではない。昨日は通常より早めに帰宅することができた。
それが嬉しくて、家に着いたら、趣味の音楽作りに没頭してしまったからだ。
気が付いた時には、朝が近い時間になっていて、
我ながら自分の集中力の高さに驚いてしまった。
中途半端な時間から寝たら、確実に寝起きが悪くなる。
それならば、と音楽作りを再開した。
おかげで今日は、ややハイなテンションで一日が始まった。
出勤時、ハンドルを握りながら、歌詞付きでロックを歌ってたし。
徹夜明けのハイテンションが長く持続する筈がなく、
そろそろバッテリー切れの時間を迎えるのも仕方がない。
タクシードライバーとして呼ばれるまで、あそこで仮眠させて貰おう。
アイヴィーは学院の中でベッドがある場所へ向かった。
いつものように3回ノックして、そのドアを開けた。
一歩入ると、保健室特有の匂いが鼻腔を掠める。
デスクのほうを見ると、白衣の先生が座っていた。
アイヴィーは後ろ手にドアを閉める。診察用の簡易ベッドに向かいながら、
「ソクちゃーん。30分ベッド貸してねー」
横になると、保健室の匂いを強く感じた。
薬っぽい匂い。酔ってしまいそうで少しくらりとした。
先生に背を向け、白い壁側を向いて身体を丸める。
このベッドで昼寝を繰り返すうち、
ここで横になると、条件反射のように、瞼と身体が重くなる。
眠たい。すぐに眠れそうだ。アイヴィーは目を閉じた。
「仕方ない。お前でも良いか」
保健室の先生がそう呟くのが聞こえた。
眠気を押して、仕方ないって何さ、そう言い返そうと思った。
すると、眼鏡の先生が、すぐ傍に立っていて自分を見下ろしていた。
「まだ寝るな」
アイヴィーは恐怖に近いものを感じて、ゾクリとする。
「え、な、何? ちょっと待っ」
慌ててアイヴィーがベッドから起き上がる。
威圧感を纏った先生は、高圧的にこう言った。
「お前、今夜、空いているな?」
余りにも、逆らえない雰囲気。空いていなくてはいけないようだ。
アイヴィーは少し怯えながら、「う、うん。今ンとこ」と答えた。
「ならば、今夜19時に車で迎えに来い。
行き先はフィンシャルのコンサートホールだ」
一体全体どういう風の吹き回しかと思ったが、保健室の先生曰く、
「偶然、廊下で会った神秘学の先生にチケットを二枚貰った」そうだ。
有名なオーケストラによる、クラシックのコンサートらしい。
「それって、俺も客席に座れるってこと? 車で送るだけじゃなくて?」
「そう聞こえなかったか?」
アイヴィーは頬を掻く。音楽を聞くことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。
こだわりなく、様々なジャンルの音楽を聞いているほうだとは思う。
だが、クラシックに限っては普段全く聞かないジャンルだ。
そんな自分とは違い、ソクーロフがクラシック愛好家なのはアイヴィーも知っていた。
保健室に行った時、そこに音楽が流れているとすれば、
それはクラシックであることが多かった。
たまに、ミラーボール回してる時もあったけど。
「伝えたぞ。忘れるなよ」
白衣の先生がデスクに向かう。
「あ、ねえ!」
振り返った先生は不機嫌そうに言った。
「なんだ?」
「でも、俺、クラシックとか全然解んないよ?」
「それが?」
冷たい返し。アイヴィーが楽しめるかどうかは、ソクーロフにとってどうでもいいことなのだろう。
アイヴィーに残されている返答は一つしかなかった。
「わ、解りました、お迎えに上がります……」
「それで良い」
白衣の背中がデスクに遠ざかっていく。
アイヴィーは仮眠する為、簡易ベッドに寝直す。
再度、先生に背を向け、白い壁側を向いて身体を丸めた。
眠りに落ちる直前、あれ、とアイヴィーは思う。
どうして神秘学の先生は、保健室の先生にチケットを譲ったんだろう。
クラシックが好きそうな、音楽の先生達にあげれば良かったのに。
約束の19時きっかりにアイヴィーは保健室に来た。
ソクーロフを車に乗せ、島の中心部に向かう。
車中のアイヴィーは、クラシックコンサートに対して前向きな気持ちになっていた。
確かに、興味のない音楽ジャンルではあるが、そういったものに触れることによって、
今後の音楽作りに新しい風が吹くかもしれない。
今までとは色の違う曲が作れるかもしれない、と考えたからだ。
ところが、実際に会場前まで来てみると、ホールも観客も、
アイヴィーが予想していた以上に、厳かで優雅な雰囲気があり、
ラフな心構えで来てしまった自分は場違いな気がしてきた。
しかし、連れのソクーロフがさっさか会場に入ろうとするので、
アイヴィーはその背中を追いかけるより他なかった。
自分達の席はかなり良い席だった。
ステージに近く、かと言って近過ぎるわけでもない。
更に言えば、丁度、列の中央だ。なんとなくワクワクする。
これから演奏される曲を一曲も知らないかもしれないのに。
拍手のタイミングを間違えるかもしれないのに。
慣れない場所だからか、期待と不安がごちゃごちゃ混ざって、ちょっとだけ変な興奮状態だった。
会場が暗くなった時はもっとワクワクした。
勿体つけるように幕が開き、最初の曲が始まった。
一曲目が始まったのは覚えてる。二曲目も。
だけど、三曲目が始まった記憶はなかった。
「おい。起きろ。もう終わったぞ」
肩を揺すられて、アイヴィーは目が覚めた。えっ、と思わず声が出た。
周囲を見ると、会場は既に明るくなっており、
観客の多くが出口へと向かっているところだった。
「もしかして、コンサート、終わっちゃったの?」
「そう聞こえなかったか?」
自分では耳にしない音楽が聞けることをちょっとは楽しみにしてたのに。
会場に居ながら、その機会を逃してしまった。
昨日の徹夜は、保健室での短い仮眠ではフォローできなかったか。
それとも、また眠ってしまったのは、右隣から仄かに香る、保健室の匂いのせいか。
ソクーロフが席から立ち上がる。アイヴィーを見下ろす、と言うよりは見下しながら、
「やはり、誘う相手を間違えたな」
アイヴィーは悔しくて、恥ずかしい。
「お、起こしてくれれば良かったじゃん!」
そう言ったあとで、ただの責任転嫁だな、とアイヴィーは反省する。
すると、ソクーロフは出口のほうを向きながら言った。
「お前が寝ていると気付いたのは、幕が下りた後だ」
行くぞ、と言って、ソクーロフは出口へ歩き出す。
ヒョイヒョイと大股で追いかけた。
ホールから外に出る。夜風が冷たい。
腕時計を見ると22時過ぎだった。
アイヴィーはソクーロフの顔を下から少し覗き込む。
「ね。このあと、どこ行く?」
fin
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