忍者ブログ
Marginal Prince Short Story
Admin  +   Write
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

■オーギュスト×アンリ
■蔦様、リクエストありがとうございました!
「では、今日の授業はここまでにしよう」

教授が片手にしていたテキストを閉じる。
生徒達は席を立ち、教室の外へ出て行く。
教授は黒板に向かい、黒板掃除を始めた。

彼は神秘学の特別講師、オーギュスト・ボージェ教授。
ここは聖アルフォンソ学院の第二化学室。
金曜日のこの時間は、神秘学の教室として使われている。

神秘学の受講生達が続々と退室して行く中、
一人だけ、席を立つ様子がない生徒が居た。

後ろのほうに座っている無表情な生徒。
両手で頬杖をつきながら、ぼうっと黒板のほうを見ている。
その瞳は美しい琥珀色をしていた。

几帳面な黒板掃除を終えた教授がやっと振り返る。
一人だけ残っている生徒を見て、教授は優しい笑顔を見せた。

「おや、アンリ」

「君の黒板掃除は、いつも遅いね」

いきなり文句を言われた教授は、微笑みながら、

「待たせてすまない。何か、質問があるのかな?」

「質問じゃない」

「なんだい?」

「来週、冬期講習をして? 水曜日の3講目だけ」

「1回だけで良いのかい? 私は何回でも良いけれど」

「金融工学の教授が、勝手に冬休みを取るんだよ。
だから、その空き時間、君で暇潰ししようかと思って」

生意気な物言いに対して、教授はむしろ嬉しそうな顔をしていた。

「成程。そういうことなら、喜んで承るよ。
講義のテーマはどうしようか? もし、リクエストがあれば」

「マスターについて」

教授を言葉を切って、生徒はキッパリと言った。

「神秘学でマスターと言うと、ブラヴァツキー女史が、
交信を行っていたマスター達のことかな?」

マスターという言葉には様々な意味がある中、教授は事も無げに一発で当てた。
生徒は思う。この教授はやはり変人だ、と。

「そう。そのマスター達について学びたい」

どこか挑戦的に見上げてくる琥珀の瞳を受け止めて、
教授は少しばかり苦笑したように見えた。

「解ったよ。ではテーマは『マスター』にしよう。水曜日までに準備しておくよ」

よし、と言うようにアンリが小さく頷いた。

「教室はどうしようか? 私の研究室に来るかい?」

アンリは頑なに首を横に振る。

「ここで良い」

「では、ここで。来週の水曜日、待っているね?」


次の水曜日。
アンリが第二化学室のドアを開けると、
ボージェ教授は、先週の言葉通り、そこで待っていた。
窓際に立ち、一人で冬の寒空を見上げているところだった。

教授はゆっくりと振り向くと、「ごきげんよう。好きな席に座って良いよ?
今日はアンリの貸し切りだからね」と言った。

アンリは迷わず、いつも座っている、後ろのほうの席を選んだ。
教授はそれを見て微笑する。
二人だけの教室で、教師と生徒の距離は大分離れていた。

「では、冬期講習を始めようか。今日のテーマは『マスター』について」

教授は黒板に白いチョークで『Master』と綴った。
Mの始まりは優美にくるりと巻かれている。
彼が書く文字の先端は、リボンのように巻かれることが多い。
アンリは彼のクセ字を見るのが嫌いではなかった。

この学院の閉架書庫に保管されている、サン・ジェルマン伯爵直筆の本。
それに刻まれている伯爵の文字も、ところどころ先端がくるりと巻かれているのだ。
そのささやかな一致をアンリは密かに気に入っていた。
伯爵と同じクセ字を持つ者が、神秘学の教授であることは、悪くない偶然だ、と。
アンリは左手で頬杖をつきながら、黒板を眺めていた。

「さて。最初は、何から話そうかなあ」

教授の呑気な発言に、アンリの左手が少しカクッとなる。

「オーギュ。考えてこなかったの?
先週、『準備しておく』って言ってなかった?」

「いや、もちろん、考えてきているのだけどね」

「なら、早く話して」

「はいはい」

教授が微笑むと、アンリは何かボソリと呟いていた。

「ではマスターについて話す前に、
神智学を創唱し、マスター達と交信を行っていた、
ブラヴァツキー女史について、少し話しておこうか」

ボージェ教授はブラヴァツキーについて語り始めたが、
それについて、アンリは興味がなかった。

「フルネームは、エレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー。
お父上はドイツの軍人、お母上はロシアの小説家で、出身はロシアだ。
幼少の頃から精霊などの霊的なものに興味がある子だった。
非常に使命感の強い女性で、晩年まで精力的に活動していたんだよ」

彼女の年譜や人となり。それが必要以上の詳しさだった為、
アンリが教壇を見つめる目は、徐々に睨むような目つきになっていた。
マスターの話を聞きたいアンリにとって、
ブラヴァツキーの気性は荒いほうだったとか、
ヘビースモーカーだったなんてことは、どうでもいいことだった。

「彼女は、イギリスで高名な霊媒師の助手となり、霊媒について学ぶ」

アンリが適当に聞き流している中、
教授はいつものように、滔々と語っていた。

「そして1875年のニューヨークにて、彼女は仲間達と共に、
神智学協会を創設する。当時はなかなかの人気でね。多くの人に影響を与えた。
神智学協会を支持していた人物の中には、
アインシュタインやエジソン、コナン・ドイルも居るね。
神智学協会の目的はこうだ。
1.人種や性別、肌の色などの違いに関わらず、人類の普遍的同胞愛の中核となること。
2.世界各国の宗教、哲学、科学の研究促進。
3.未解明の自然法則と人間の潜在能力の調査研究。
ちなみに、協会の紋章には、自らの尾を咥える蛇も描かれているんだよ?」

「それって」

気になることがあり、アンリは軽く右手を挙げて発言した。
尾を咥える蛇は、錬金術の象徴、かつサン・ジェルマン家の紋章でもあるからだ。

「錬金術を象徴する『ウロボロス』と同じ蛇なの?」

「絵は同じなんだけれどね。微妙に意味合いが違うんだ」

神秘学の権威はこう解説した。

「蛇に対してのイメージは、錬金術では『不老不死』だが、
神智学では『知恵』という意味が強いんだ。
蛇は脱皮を繰り返すことから『死と再生』の象徴とも言われる。
その為、錬金術で描かれる蛇は『不老不死』としてのイメージが色濃く、
ウロボロスが、賢者の石のシンボルにもなっているんだ。
一方、神智学で描かれる蛇は『知恵』の象徴。
蛇は賢い生き物だからね。蛇のように利口であれ、いう意味が強い」

アンリは声に出さずに、ふうん、と思った。

「紋章には、蛇以外の記号も書かれていて」

「待って、ボージェ教授」

「おや。もうひとつ質問があったかな?」

「彼女や神智学協会の話はもういいから」

ブラヴァツキーについて少し話す、というから聞いてあげていたのに、
気が付けば、ここまでに講義前半以上の時間を費やしていた。

「いい加減、マスターの話に入ってくれない? ボージェ教授」

「ああ、すまない。そうだったね。
ではここで、マスターとは何かという話に移ろう」

本題に入るのが遅過ぎる、とアンリは唇を尖らせていた。

「女史が言うには、『人類の魂を高める為、密かに動いている人物』のことで、
マスター、あるいは、マハトマとも呼ばれていた。
例を挙げれば、まず、有能な宗教指導者もマスターだとされているね。
儒教の開祖である孔子、仏教の開祖である釈迦、道教の創案者老子、
つまり、中国三大宗教の始祖がマスターということになる。
その他、古代イスラエルの最盛期を築いたソロモン王や、
キリスト教神学者であり哲学者のフランシス・ベーコンも入っているね。
また、マスターの姿は、限られた者にしか見えないとも言われている」

アンリは身を入れて、教授の話を聞いていた。

「このマスターは世界の中に144人居て、彼等はひとつの組織を形成している。
それが『グレート・ホワイト・ブラザーフッド』と呼ばれる団体だ。
一団の本拠地はチベット仏教の理想郷シャンバラヤで、
そこに居る世界の王が一団のリーダー。リーダーの祖先は愛と美の女神ヴィーナス。
マスター達との交信を行っていた、ブラヴァツキー女史もその一団に属している」

ついにヴィーナスまで出てきた。
やはり今日は、1対1のプライベートレッスンで良かった、とアンリは思う。
この手の話に興味のない普通の人間なら、そろそろ眠たくなってくる頃だ。

「次に、ブラヴァツキー女史はどうやって、
マスター達と交信を行っていたのか、という話をしようか。
女史によると、最初はテレパシーによる交信だったそうだ。
つまり、彼女には聞こえた、ということだね。
神智学協会が南インドに移ってからは、マスターから手紙が届くようになった。
突然、頭上から手紙が降ってきたり、神殿という名の戸棚に手紙が現れたり。
これまではテレパシーで伝えられてきたことが、具現化されるようになったんだね。
ところが、この手紙がブラヴァツキー女史を窮地に追い込んでしまう」

そこで、ボージェ教授は一瞬悲しそうな顔をした。

「マスターからの手紙の出現は、トリックによるものだと、
ブラヴァツキー女史の家政婦をしていた、エマ・クーロンが暴露するんだ。
秘密のすべり戸から、女史が手紙を出現させているんだ、とね。
エマの暴露を受け、イギリスの心霊現象研究協会が調査した結果、
神智学協会は詐欺団体で、ブラヴァツキーはペテン師だとする、
ホゾシン報告が発表された。それが1884年。
同年、ブラヴァツキー女史はインドを追われ、イギリスへ移る。
彼女は常に批判に晒されていたが、ホゾシン報告によって、
元々、彼女や神智学協会に懐疑的だった論者から、更に攻撃されたんだ。
彼女の死から約100年後になって、心霊現象研究協会はホゾシン報告を撤回し、
亡き女史に謝罪することになるのだがね」

「どうして撤回したの?」

「ブラヴァツキー女史は、マスターからの手紙を、
自作自演で出現させるような人物ではない、ということだよ」

「では、他の誰かがやったということ?」

「告発したエマ・クーロンによる自作自演だったという説がある。
ブラヴァツキー女史と揉めて解雇された腹いせにね」

気性の荒さが災いしたのだろうか、とアンリは思う。

「ホゾシン報告から7年後、女史が60歳で病に倒れるまでに、
彼女は『シークレット・ドクトリン』など3冊の著書を遺している。
病で生死をさ迷う中、著書を遺すように、と導いてくれたマスターが居たそうだよ。
死んで自由になるか、生きて『シークレット・ドクトリン』を完成させるか、
どちらにするか、とね」

教授は灰色の冬空を見つめていた。

「彼女は最初から、皆の役に立つように、
マスターから告げられた大切な話を、皆に伝えただけだった。
ただ、聞こえたものを聞こえたと言っただけなんだ」

教授の目はどこか遠いところを見ているようだった。
鐘の音がした。教授が天井を見上げて、おや、と言う。

「では今日の授業はここまで、かな」

生徒は両手で頬杖をつきながら、吐息混じりに言った。

「ボージェ教授は、本当に期待を裏切らないね」

「それは、今回の冬期講習にご満足頂けた、ということかな?」

逆だよ、と気だるげに生徒は言った。

「ねえ? 触れるべきマスターを、一人忘れてない?」

「おや。勉強したいマスターが入っていなかったかね?」

生徒の頬が不満げに少し膨らむ。

「伯爵も、マスターと呼ばれるうちの一人だと思ったけれど?
ブラヴァツキーは、インドに居た頃、伯爵と会って話したとも言われている筈だ」

「伯爵……ああ。君の家の、サン・ジェルマン伯のことかね?
すまない。彼のことをうっかり忘れてたよ。マスターは144人も居るから」

「Qui vole un oeuf vole un boeuf(嘘吐きは泥棒の始まりだよ)」

「Pardon pardon(ごめん、ごめん)」

教授は穏やかな笑顔を見せて、軽く謝るだけだった。


fin
PR
カレンダー
06 2026/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索
キャラ名、CP名などで作品検索可
アーカイブ
カウンター
バーコード
material by bee  /  web*citron
忍者ブログ [PR]