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■実戦訓練1 続編
実戦訓練が終わり、アイヴィーは更衣室に向かった。
更衣室は、縦に長い銀色のロッカーが、壁に沿って一列に並んでいる。
元の色はシルバーだったようだが、今では輝きを無くした灰色だ。
アイヴィーのロッカーは一番奥。
そこまで行く間にも男臭い匂いがする部屋だ。
アイヴィーの手前は、クロイツのロッカー。
司令官と副司令官のロッカーは、昔からこの場所にあるらしい。
クロイツは丁度、ネクタイを結んでいるところだった。
白いワイシャツにネイビーのネクタイが映えている。
白が似合う人だなあ、とアイヴィーは思う。
「お疲れ、クロちゃん」
アイヴィーはクロイツの後ろを通って、自分のロッカーの前に立つ。
いつものようにクロイツと話しながら着替え始めた。
「クロちゃん、今日も強かったねー。
俺、今日こそ負けちゃうカモって思ったよー」
「……何を仰るのです。勝ったのは貴方じゃないですか」
「勝負なんて時の運デショ? 俺はたまたま勝てただけ」
Tシャツを脱ぎ、ロッカーの中から青いワイシャツを取る。
ワイシャツをするりと脱がされたハンガーは、手前にゆらりと下がる。
羽織った青いワイシャツのボタンを留めながら、
「もー。クロちゃんってば、毎回毎回、強くなるみたいなんだもん。
おかげで、ウカウカしてらんないよ、ホント。
クロちゃんは全然手ぇ抜いてくんないしさー」
「当たり前です」
「たまには、もうちょっと気楽にやってくれてもイイと思うんだけど?」
「私が『解りました』と言うと思いますか?」
「ハハッ。やっぱダメかー」
何も羽織っていないハンガーは、前に後ろに揺れ動いていたが、
徐々に動きが止まっていった。
アイヴィーが黒いネクタイを結び始めた時、クロイツはまだ隣に居た。
クロイツは既にダークスーツに着替え終わっているのに、
まだロッカーの前に立っている。いつもなら、
アイヴィーを待つことなく、すぐに仕事場へ戻ってしまうのに。
どうしたのかな、とアイヴィーは思っていた。
珍しくアイヴィーが着替え終わるのを待っていてくれてるのだろうか。
けれど、それにしては俯いている。何か考え事でもしているだろうか。
「司令」
「んー?」
「最後、何故、殴らなかったのです」
「え?」
アイヴィーが聞き返すと、クロイツはこう言った。
「私に対して、寸止めなど必要ありません」
試合の最後、アイヴィーがパンチを寸止めしたことを怒っているようだ。
けれど、仲間の顔を殴る気にはなれない。しかも、こんなに綺麗な顔を。
第一、クロイツが急に顔に傷をつけていたら、生徒や先生達も驚くだろう。
「実戦を想定した訓練なのですから、私を殺すつもりで来て下さい」
「こっ、殺すつもりなんて、クロちゃん相手にムリだよー」
クロイツは静かに呟いた。
「私では相手にならないという意味ですか」
「いやいや! そーゆーイミじゃなくて!」
アイヴィーは慌てて両手を振った。
「やっぱ皆の中でクロちゃんが一番強いし!」
「貴方以外の皆の中で、でしょう?
私より貴方のほうが優れた軍人であるのは、誰の目にも明らかだ」
「えっ……と、ホラ、俺とクロちゃんは仲間なんだから、
いくら実戦訓練って言っても、殺すつもりにはなれないってイミで」
「私がテロを起こしても、同じことが言えますか」
「テ、テロって……クロちゃんが一番しないヒトじゃん……」
「司令。訓練というものは、あらゆる事態を想定して」
「あー、ゴメンゴメン! 今度はもっと、
マジメにやるからっ、そんな怒んないでよー」
クロイツの語気にビビったアイヴィーはとにかく謝った。
すると、クロイツは急に表情を暗くしていた。
「クロちゃん、どーしたの? 今度は急に黙ったりして。
今日のクロちゃん、なんかヘンだよ?」
クロイツは黙っている。
「もしかして具合悪い? それなら、ソクちゃんに」
「いいえ」
ピシャリと言われ、それ以上、体調について聞けなくなった。
「えと……じゃ、お着替えも終わったし、戻ろっか?」
「――申し訳ありません」
「……え?」
「貴方に当たるなど、八つ当たりもいいところだ」
「いや、別にそんな……」
「先に戻ります」
「あ、うん……」
クロイツはアイヴィーを置いて更衣室を出て行った。
「……っていうことがあってねー」
アイヴィーは頬を手で支えながら、今日の出来事を話していた。
ここは旧市街のアイリッシュパブ。アイヴィーが度々訪れる店だ。
今夜は飲みに来ており、カウンターの端に席をとっていた。
「クロちゃんに怒られちゃったワケなんだけどー。
でもねっ? 俺だってイッショケンメやってたんだよっ?」
アイヴィーは明日が休みなので、今夜は既にアルコールが入っている。
ニ杯のビアジョッキを空にしているせいか、口調が子供っぽくなってきた。
「マジメにやんないと、ボッコボコに負けちゃうの解ってるし。
そんなに手抜いてたりとかはしてなかったんだよっ!?
クロちゃんには『今度はもっとマジメにやる』って言ったけどさ、
俺は今日だってマジメにやってたの! ホントだよ!?」
酔っ払いの話を聞かされているのは、全く酔っていない様子の連れ。
保健室の先生で、警備組織の協力者でもあるソクーロフ博士だ。
アイヴィーの右隣で紫煙を燻らせながら、
「私に言い訳してどうする。本人にそう言えば良かっただろう」
「だって、一人でさっさか帰っちゃうんだもん……。
それに、今日のクロちゃん、なんか調子悪いみたいだったしさ」
眼鏡の先生は紫煙を、ふう、と吐きながら、
「調子が悪い、というのは?」
「訓練の時もー、なんかいつもと違ったっていうかー」
「実戦訓練の最中にも、いつもと違うと感じたのか?」
「うん」
「どういうふうに?」
「いつもよりコワかった」
「コワイ?」
「目とかー、俺のこと超睨んでたしー、あんまり余裕ないかんじでー」
「どうして、余裕がないと感じたんだ?」
「んー。初っ端から超攻めてこられたしー、
なんかもう傍に近付けないかんじでー。
お着替えしてた時は、ぼんやりしてたかんじだしー。
クロちゃん、最近、ちょっと冷たいかんじもするし」
「冷たい? クロイツの態度が素っ気無いという意味か?」
「うん」
「彼は元々、愛想が良いほうではないと思うが」
「まあ」
「今までに以上に冷たくなってきているのか?」
「うん、そう。冷たい」
「誰に対しても、か?」
「……いや。他の皆には普通、かなあ?」
眼鏡の先生はそこで微かに笑った。
「成程。――――だな」
「あ、ゴメン、聞こえなかった。なあに?」
先生は煙草を灰皿に押し付けた。
「そろそろ帰るか、と言ったのさ」
「えっ! ソクちゃん、もう帰っちゃうの?」
「なんだ? まだ私に、もてあそんで欲しいのか?」
「ダレがアンタに、もてあそんで欲しいんだよっ!?」
「では、どうして欲しい?」
「えと……だから、あの……明日休みだから、帰るにはまだ早いしー、
もうちょっと、どっかで遊んでから帰っても良いかなーって」
「それで?」
「あ、そだ! 久し振りにダーツとかどーよ? ソクちゃんスキでしょ?」
「マイ・ダーツも持っているしな」
「ソクちゃんのは、マイ・メスでしょ?」
「今夜は久し振りに、お前をダーツの的にして遊んでやろうか?」
「ダレがそんなん喜ぶんだよっ!?」
「いつも走り回って悦ぶくせに」
「そりゃ、アンタのメスから逃げてんだよっ!」
「行くぞ」
「あ、ちょっと! 行くのはフツーのダーツバーだからねっ!?」
「ダーツバーじゃないところへ行きたいのか?」
「ダ、ダーツバーですっ!」
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実戦訓練が終わり、アイヴィーは更衣室に向かった。
更衣室は、縦に長い銀色のロッカーが、壁に沿って一列に並んでいる。
元の色はシルバーだったようだが、今では輝きを無くした灰色だ。
アイヴィーのロッカーは一番奥。
そこまで行く間にも男臭い匂いがする部屋だ。
アイヴィーの手前は、クロイツのロッカー。
司令官と副司令官のロッカーは、昔からこの場所にあるらしい。
クロイツは丁度、ネクタイを結んでいるところだった。
白いワイシャツにネイビーのネクタイが映えている。
白が似合う人だなあ、とアイヴィーは思う。
「お疲れ、クロちゃん」
アイヴィーはクロイツの後ろを通って、自分のロッカーの前に立つ。
いつものようにクロイツと話しながら着替え始めた。
「クロちゃん、今日も強かったねー。
俺、今日こそ負けちゃうカモって思ったよー」
「……何を仰るのです。勝ったのは貴方じゃないですか」
「勝負なんて時の運デショ? 俺はたまたま勝てただけ」
Tシャツを脱ぎ、ロッカーの中から青いワイシャツを取る。
ワイシャツをするりと脱がされたハンガーは、手前にゆらりと下がる。
羽織った青いワイシャツのボタンを留めながら、
「もー。クロちゃんってば、毎回毎回、強くなるみたいなんだもん。
おかげで、ウカウカしてらんないよ、ホント。
クロちゃんは全然手ぇ抜いてくんないしさー」
「当たり前です」
「たまには、もうちょっと気楽にやってくれてもイイと思うんだけど?」
「私が『解りました』と言うと思いますか?」
「ハハッ。やっぱダメかー」
何も羽織っていないハンガーは、前に後ろに揺れ動いていたが、
徐々に動きが止まっていった。
アイヴィーが黒いネクタイを結び始めた時、クロイツはまだ隣に居た。
クロイツは既にダークスーツに着替え終わっているのに、
まだロッカーの前に立っている。いつもなら、
アイヴィーを待つことなく、すぐに仕事場へ戻ってしまうのに。
どうしたのかな、とアイヴィーは思っていた。
珍しくアイヴィーが着替え終わるのを待っていてくれてるのだろうか。
けれど、それにしては俯いている。何か考え事でもしているだろうか。
「司令」
「んー?」
「最後、何故、殴らなかったのです」
「え?」
アイヴィーが聞き返すと、クロイツはこう言った。
「私に対して、寸止めなど必要ありません」
試合の最後、アイヴィーがパンチを寸止めしたことを怒っているようだ。
けれど、仲間の顔を殴る気にはなれない。しかも、こんなに綺麗な顔を。
第一、クロイツが急に顔に傷をつけていたら、生徒や先生達も驚くだろう。
「実戦を想定した訓練なのですから、私を殺すつもりで来て下さい」
「こっ、殺すつもりなんて、クロちゃん相手にムリだよー」
クロイツは静かに呟いた。
「私では相手にならないという意味ですか」
「いやいや! そーゆーイミじゃなくて!」
アイヴィーは慌てて両手を振った。
「やっぱ皆の中でクロちゃんが一番強いし!」
「貴方以外の皆の中で、でしょう?
私より貴方のほうが優れた軍人であるのは、誰の目にも明らかだ」
「えっ……と、ホラ、俺とクロちゃんは仲間なんだから、
いくら実戦訓練って言っても、殺すつもりにはなれないってイミで」
「私がテロを起こしても、同じことが言えますか」
「テ、テロって……クロちゃんが一番しないヒトじゃん……」
「司令。訓練というものは、あらゆる事態を想定して」
「あー、ゴメンゴメン! 今度はもっと、
マジメにやるからっ、そんな怒んないでよー」
クロイツの語気にビビったアイヴィーはとにかく謝った。
すると、クロイツは急に表情を暗くしていた。
「クロちゃん、どーしたの? 今度は急に黙ったりして。
今日のクロちゃん、なんかヘンだよ?」
クロイツは黙っている。
「もしかして具合悪い? それなら、ソクちゃんに」
「いいえ」
ピシャリと言われ、それ以上、体調について聞けなくなった。
「えと……じゃ、お着替えも終わったし、戻ろっか?」
「――申し訳ありません」
「……え?」
「貴方に当たるなど、八つ当たりもいいところだ」
「いや、別にそんな……」
「先に戻ります」
「あ、うん……」
クロイツはアイヴィーを置いて更衣室を出て行った。
「……っていうことがあってねー」
アイヴィーは頬を手で支えながら、今日の出来事を話していた。
ここは旧市街のアイリッシュパブ。アイヴィーが度々訪れる店だ。
今夜は飲みに来ており、カウンターの端に席をとっていた。
「クロちゃんに怒られちゃったワケなんだけどー。
でもねっ? 俺だってイッショケンメやってたんだよっ?」
アイヴィーは明日が休みなので、今夜は既にアルコールが入っている。
ニ杯のビアジョッキを空にしているせいか、口調が子供っぽくなってきた。
「マジメにやんないと、ボッコボコに負けちゃうの解ってるし。
そんなに手抜いてたりとかはしてなかったんだよっ!?
クロちゃんには『今度はもっとマジメにやる』って言ったけどさ、
俺は今日だってマジメにやってたの! ホントだよ!?」
酔っ払いの話を聞かされているのは、全く酔っていない様子の連れ。
保健室の先生で、警備組織の協力者でもあるソクーロフ博士だ。
アイヴィーの右隣で紫煙を燻らせながら、
「私に言い訳してどうする。本人にそう言えば良かっただろう」
「だって、一人でさっさか帰っちゃうんだもん……。
それに、今日のクロちゃん、なんか調子悪いみたいだったしさ」
眼鏡の先生は紫煙を、ふう、と吐きながら、
「調子が悪い、というのは?」
「訓練の時もー、なんかいつもと違ったっていうかー」
「実戦訓練の最中にも、いつもと違うと感じたのか?」
「うん」
「どういうふうに?」
「いつもよりコワかった」
「コワイ?」
「目とかー、俺のこと超睨んでたしー、あんまり余裕ないかんじでー」
「どうして、余裕がないと感じたんだ?」
「んー。初っ端から超攻めてこられたしー、
なんかもう傍に近付けないかんじでー。
お着替えしてた時は、ぼんやりしてたかんじだしー。
クロちゃん、最近、ちょっと冷たいかんじもするし」
「冷たい? クロイツの態度が素っ気無いという意味か?」
「うん」
「彼は元々、愛想が良いほうではないと思うが」
「まあ」
「今までに以上に冷たくなってきているのか?」
「うん、そう。冷たい」
「誰に対しても、か?」
「……いや。他の皆には普通、かなあ?」
眼鏡の先生はそこで微かに笑った。
「成程。――――だな」
「あ、ゴメン、聞こえなかった。なあに?」
先生は煙草を灰皿に押し付けた。
「そろそろ帰るか、と言ったのさ」
「えっ! ソクちゃん、もう帰っちゃうの?」
「なんだ? まだ私に、もてあそんで欲しいのか?」
「ダレがアンタに、もてあそんで欲しいんだよっ!?」
「では、どうして欲しい?」
「えと……だから、あの……明日休みだから、帰るにはまだ早いしー、
もうちょっと、どっかで遊んでから帰っても良いかなーって」
「それで?」
「あ、そだ! 久し振りにダーツとかどーよ? ソクちゃんスキでしょ?」
「マイ・ダーツも持っているしな」
「ソクちゃんのは、マイ・メスでしょ?」
「今夜は久し振りに、お前をダーツの的にして遊んでやろうか?」
「ダレがそんなん喜ぶんだよっ!?」
「いつも走り回って悦ぶくせに」
「そりゃ、アンタのメスから逃げてんだよっ!」
「行くぞ」
「あ、ちょっと! 行くのはフツーのダーツバーだからねっ!?」
「ダーツバーじゃないところへ行きたいのか?」
「ダ、ダーツバーですっ!」
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