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■実戦訓練2 続編
■背景:古傷4
実戦訓練後、クロイツはすぐに更衣室に向かった。
トレーニングウェアからスーツへ着替えながらも、
その間、頭の中にあるのは、先程の実戦訓練の残像だ。
また負けた。司令に。
実力であの人に勝てないのが悔しい。
しかも、最後は殴られずに終わったのだ。
司令は顔面に突き出した拳を寸前で止め、そのまま手を下ろした。
最後に余計な手加減などせず、殴ってくれれば良かったものを。
あの人はいつも、相手をなるべく傷付けないように戦う。
訓練の時だけでなく、侵入者が相手の本番もそうだ。
侵入者を捕らえ、追憶の塔に連れてきた時も、
友人と話すかのように、司令は侵入者とフランクに話している。
ドアが開く。司令が更衣室に入ってきた。
ここに来るのが遅くなったのは、
訓練の後、若い隊員達に少し囲まれたからだろう。
年代が近い隊員にはよく好かれているのだ。
組織のトップでありながら、本人はそれを鼻にかける様子は全くなく、
誰にもフランクに接し、実力は肩書き通りトップときている。
『仕事』中、司令のフォローに助けられた者達も多い。
「お疲れ、クロちゃん」
司令はクロイツの背後を通って、一番奥のロッカーの前に立った。
本人は無意識かもしれないが、誰かの背後を通る時、
司令は必ずと言っていい程、相手に声をかけている。癖のように。
一般人であれば、その癖に気づきもしないだろう。
けれどクロイツは、その些細な癖にも司令の実力の高さを感じた。
無言で背後に立つ者、すなわち敵、という状況がこの世にはある。
だから「自分では敵ではない」と知らせる為に、
仲間の背後を通る時には、声をかけるようにしてきたのだろう。
「クロちゃん、今日も強かったねー。
俺、今日こそ負けちゃうカモって思ったよー」
普段通り明るく話しかけてくる勝者に、敗者は自嘲的に返した。
「……何を仰るのです。勝ったのは貴方じゃないですか」
「勝負なんて時の運デショ? 俺はたまたま勝てただけ」
偶然の勝利だと言われ、クロイツは思わず隣を見る。
すると、司令は水色のTシャツを脱いだところだった。
素肌の上半身が目に入る。司令の左胸にある古い傷。
司令は正面を向いたままで、こちらの視線に気付いた様子はなかった。
クロイツは傷から視線を逸らした。
「もー。クロちゃんってば、毎回毎回、強くなるみたいなんだもん。
おかげで、ウカウカしてらんないよ、ホント。
クロちゃんは全然手ぇ抜いてくんないしさー」
「当たり前です」
「たまには、もうちょっと気楽にやってくれてもイイと思うんだけど?」
「私が『解りました』と言うと思いますか?」
「ハハッ。やっぱダメかー」
そう言って、明るく笑っていた。
自分が手を抜いて司令と勝負する筈がない。
本気でぶつかっても勝てないのに。
実戦訓練で司令を本気にさせられないのは、弱い自分のせい。
相手に加減させているのは、自分なのだ。
「司令」
「んー?」
「最後、何故、殴らなかったのです」
「え?」
「私に対して、寸止めなど必要ありません。
実戦を想定した訓練なのですから、私を殺すつもりで来て下さい」
「こっ、殺すつもりなんて、クロちゃん相手にムリだよー」
「私では相手にならないという意味ですか」
「いやいや! そーゆーイミじゃなくて!
やっぱ皆の中でクロちゃんが一番強いし!」
「貴方以外の皆の中で、でしょう?
私より貴方のほうが優れた軍人であるのは、誰の目にも明らかだ」
「えっ……と、ホラ、俺とクロちゃんは仲間なんだから、
いくら実戦訓練って言っても、殺すつもりにはなれないってイミで」
「私がテロを起こしても、同じことが言えますか」
「テ、テロって……クロちゃんが一番しないヒトじゃん……」
「司令。訓練というものは、あらゆる事態を想定して」
「あー、ゴメンゴメン! 今度はもっと、
マジメにやるからっ、そんな怒んないでよー」
親に叱られた子どものような態度。
これが自分を毎回打ち負かしている人間なのかと思うと、
クロイツはいつも苛立ちを感じ、そして疑問に思うのだった。
戦っている時の司令は、本当に風のようだ。
私は風を相手に戦っているのではないかと感じてしまう。
風は色や形を持たず、ただ流れる。
全てを受け流し、気まぐれで、捕らえることができない。
司令も自分の色や自分の意志といった物を持っていない。
だから、この人の戦い方が嫌いなのかもしれない。
生に執着しない、この人の戦い方は、
いつか風のようにふっと消えてしまいそうで――
「クロちゃん、どーしたの? 今度は急に黙ったりして。
今日のクロちゃん、なんかヘンだよ?」
黙っていると、少し顔を覗き込まれた。
「もしかして具合悪い? それなら、ソクちゃんに」
「いいえ」
あの男の名前を出され、反射的に否定してしまった。
そんな名前、聞きたくもなかったからだ。
司令は心配そうにこちらを見ている。
本当に具合が悪いのではないかと疑っているのだろう。
上官に身体の心配をさせてどうする。
最近の自分は少しおかしい。
こうして司令と話している時や、司令のことを考えている時に、
苛立つことが多くなった気がする。
みっともない。
敗者が勝者のことを考えて苛立つなど。
ただの八つ当たりではないか。
「えと……じゃ、お着替えも終わったし、戻ろっか?」
「――申し訳ありません」
「……え?」
「貴方に当たるなど、八つ当たりもいいところだ」
「いや、別にそんな……」
「先に戻ります」
更衣室を出て、中央司令室へ向かう間も、
クロイツはまだ自分が苛立っているのが解った。
また頭の中に残像が浮かぶ。
こんなこと思い出したくはないのに。
司令の左胸にある、古い傷。
自宅に居る時なども、ふと思い浮かぶのだ。
あの男の声と共に。
――司令の裸体を見たことはあるのかな? 上半身の――
先程、更衣室で司令の傷を目にした時も、
ドクターの声が甦り、ゾクリとした。
先日、司令の古傷について執拗に質問されたのだ。
――傷が付いた原因について聞いたことは?――
ない。あるわけがない。
我々軍人の身体に傷があるのは当然のことで、
それについて本人に尋ねることはタブー。
司令の左胸に古い傷があるのは、
前から知っていたが、気にしたことはなかった。
知りたいと思ったことはなかった。今までは一度も。
ドクターは司令のことを知りたがっている。
タブーであるのに。あのドクターは、あの男は。
「あ、副司令、お疲れ様です」
部下に呼ばれた。自分はもう中央司令室まで戻ってきていた。
「今日の訓練、終わったんですね。お疲れ様でした」
別に疲れてはいませんよ、と言いそうになって口を閉ざした。
クロイツはモニターを見た。アラートの出ていない島のマップを眺めながら、
「こちらは、異常ありませんでしたか」
「はい、何も。今日は人の出入りもなく、海も穏やかなもんです」
そうですか、とクロイツは言う。
異常が出ているのは自分のほうか、と思いながら。
fin
■背景:古傷4
実戦訓練後、クロイツはすぐに更衣室に向かった。
トレーニングウェアからスーツへ着替えながらも、
その間、頭の中にあるのは、先程の実戦訓練の残像だ。
また負けた。司令に。
実力であの人に勝てないのが悔しい。
しかも、最後は殴られずに終わったのだ。
司令は顔面に突き出した拳を寸前で止め、そのまま手を下ろした。
最後に余計な手加減などせず、殴ってくれれば良かったものを。
あの人はいつも、相手をなるべく傷付けないように戦う。
訓練の時だけでなく、侵入者が相手の本番もそうだ。
侵入者を捕らえ、追憶の塔に連れてきた時も、
友人と話すかのように、司令は侵入者とフランクに話している。
ドアが開く。司令が更衣室に入ってきた。
ここに来るのが遅くなったのは、
訓練の後、若い隊員達に少し囲まれたからだろう。
年代が近い隊員にはよく好かれているのだ。
組織のトップでありながら、本人はそれを鼻にかける様子は全くなく、
誰にもフランクに接し、実力は肩書き通りトップときている。
『仕事』中、司令のフォローに助けられた者達も多い。
「お疲れ、クロちゃん」
司令はクロイツの背後を通って、一番奥のロッカーの前に立った。
本人は無意識かもしれないが、誰かの背後を通る時、
司令は必ずと言っていい程、相手に声をかけている。癖のように。
一般人であれば、その癖に気づきもしないだろう。
けれどクロイツは、その些細な癖にも司令の実力の高さを感じた。
無言で背後に立つ者、すなわち敵、という状況がこの世にはある。
だから「自分では敵ではない」と知らせる為に、
仲間の背後を通る時には、声をかけるようにしてきたのだろう。
「クロちゃん、今日も強かったねー。
俺、今日こそ負けちゃうカモって思ったよー」
普段通り明るく話しかけてくる勝者に、敗者は自嘲的に返した。
「……何を仰るのです。勝ったのは貴方じゃないですか」
「勝負なんて時の運デショ? 俺はたまたま勝てただけ」
偶然の勝利だと言われ、クロイツは思わず隣を見る。
すると、司令は水色のTシャツを脱いだところだった。
素肌の上半身が目に入る。司令の左胸にある古い傷。
司令は正面を向いたままで、こちらの視線に気付いた様子はなかった。
クロイツは傷から視線を逸らした。
「もー。クロちゃんってば、毎回毎回、強くなるみたいなんだもん。
おかげで、ウカウカしてらんないよ、ホント。
クロちゃんは全然手ぇ抜いてくんないしさー」
「当たり前です」
「たまには、もうちょっと気楽にやってくれてもイイと思うんだけど?」
「私が『解りました』と言うと思いますか?」
「ハハッ。やっぱダメかー」
そう言って、明るく笑っていた。
自分が手を抜いて司令と勝負する筈がない。
本気でぶつかっても勝てないのに。
実戦訓練で司令を本気にさせられないのは、弱い自分のせい。
相手に加減させているのは、自分なのだ。
「司令」
「んー?」
「最後、何故、殴らなかったのです」
「え?」
「私に対して、寸止めなど必要ありません。
実戦を想定した訓練なのですから、私を殺すつもりで来て下さい」
「こっ、殺すつもりなんて、クロちゃん相手にムリだよー」
「私では相手にならないという意味ですか」
「いやいや! そーゆーイミじゃなくて!
やっぱ皆の中でクロちゃんが一番強いし!」
「貴方以外の皆の中で、でしょう?
私より貴方のほうが優れた軍人であるのは、誰の目にも明らかだ」
「えっ……と、ホラ、俺とクロちゃんは仲間なんだから、
いくら実戦訓練って言っても、殺すつもりにはなれないってイミで」
「私がテロを起こしても、同じことが言えますか」
「テ、テロって……クロちゃんが一番しないヒトじゃん……」
「司令。訓練というものは、あらゆる事態を想定して」
「あー、ゴメンゴメン! 今度はもっと、
マジメにやるからっ、そんな怒んないでよー」
親に叱られた子どものような態度。
これが自分を毎回打ち負かしている人間なのかと思うと、
クロイツはいつも苛立ちを感じ、そして疑問に思うのだった。
戦っている時の司令は、本当に風のようだ。
私は風を相手に戦っているのではないかと感じてしまう。
風は色や形を持たず、ただ流れる。
全てを受け流し、気まぐれで、捕らえることができない。
司令も自分の色や自分の意志といった物を持っていない。
だから、この人の戦い方が嫌いなのかもしれない。
生に執着しない、この人の戦い方は、
いつか風のようにふっと消えてしまいそうで――
「クロちゃん、どーしたの? 今度は急に黙ったりして。
今日のクロちゃん、なんかヘンだよ?」
黙っていると、少し顔を覗き込まれた。
「もしかして具合悪い? それなら、ソクちゃんに」
「いいえ」
あの男の名前を出され、反射的に否定してしまった。
そんな名前、聞きたくもなかったからだ。
司令は心配そうにこちらを見ている。
本当に具合が悪いのではないかと疑っているのだろう。
上官に身体の心配をさせてどうする。
最近の自分は少しおかしい。
こうして司令と話している時や、司令のことを考えている時に、
苛立つことが多くなった気がする。
みっともない。
敗者が勝者のことを考えて苛立つなど。
ただの八つ当たりではないか。
「えと……じゃ、お着替えも終わったし、戻ろっか?」
「――申し訳ありません」
「……え?」
「貴方に当たるなど、八つ当たりもいいところだ」
「いや、別にそんな……」
「先に戻ります」
更衣室を出て、中央司令室へ向かう間も、
クロイツはまだ自分が苛立っているのが解った。
また頭の中に残像が浮かぶ。
こんなこと思い出したくはないのに。
司令の左胸にある、古い傷。
自宅に居る時なども、ふと思い浮かぶのだ。
あの男の声と共に。
――司令の裸体を見たことはあるのかな? 上半身の――
先程、更衣室で司令の傷を目にした時も、
ドクターの声が甦り、ゾクリとした。
先日、司令の古傷について執拗に質問されたのだ。
――傷が付いた原因について聞いたことは?――
ない。あるわけがない。
我々軍人の身体に傷があるのは当然のことで、
それについて本人に尋ねることはタブー。
司令の左胸に古い傷があるのは、
前から知っていたが、気にしたことはなかった。
知りたいと思ったことはなかった。今までは一度も。
ドクターは司令のことを知りたがっている。
タブーであるのに。あのドクターは、あの男は。
「あ、副司令、お疲れ様です」
部下に呼ばれた。自分はもう中央司令室まで戻ってきていた。
「今日の訓練、終わったんですね。お疲れ様でした」
別に疲れてはいませんよ、と言いそうになって口を閉ざした。
クロイツはモニターを見た。アラートの出ていない島のマップを眺めながら、
「こちらは、異常ありませんでしたか」
「はい、何も。今日は人の出入りもなく、海も穏やかなもんです」
そうですか、とクロイツは言う。
異常が出ているのは自分のほうか、と思いながら。
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