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Marginal Prince Short Story
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闇の家系12 続編
ロンドンでの事情聴取などに時間を取られ、当初の予定より少々遅くはなったが、
アイヴィーとジョシュアは無事、アルフォンソ島に戻ってくることができた。
学院に着くなりソクーロフと会ったジョシュアは、開口一番こう言った。

「すみません。俺のせいでアイヴィーが肩に怪我をしてしまったんです」

おかげでアイヴィーは、すぐに保健室に引き渡されてしまった。
長時間の診察、治療からやっと解放されたアイヴィーは、
口を尖らせながら、ワイシャツのボタンを止めていた。

「もう……診察が念入り過ぎんだよ、ソクちゃんは……」

「くまなく診るようにと、ジョシュアに頼まれたからな」

「クマナクなんてジョシュアは言ってなかったー!」

すると、唐突にソクーロフは白衣を脱き始めた。

「えっ? ちょっとソクちゃん!?」

「出るぞ」

ソクーロフは黒いスーツを来て、薄手のロングコートに腕を通していた。

ソクーロフの命令により、保健室を出たあとは、
アイヴィーが運転する車で旧市街に向かった。
行き先は、二人が行きつけの静かなバーだった。

アイヴィーの飲み物は、この島では『竜の涙』と呼ばれているレモンソーダ。
ソクーロフは、普段飲んでいるものとは違うウイスキーのロック。
つまみは、アイヴィーが注文したフライドポテト、ドイツソーセージと、
ソクーロフが注文したチーズに、生チョコレートだ。

そこでアイヴィーは「ロンドンから電話した以降に起きたことについて話せ」
とソクーロフに命ぜられた。アイヴィーが説明している間、
ソクーロフはたまに質問を挟む程度で殆ど黙っていた。

報告があらかた終わったところで、アイヴィーは飲み物のおかわりを注文した。
その際に、ソクーロフも同じウイスキーをもう一杯頼んだ。
二人のおかわりが来たあと、つまみは食べ物から煙草に変わった。
香りの異なる紫煙が、もくもくと二人の頭上に昇っていく。

「これで事件は無事に解決、か」

ソクーロフは灰皿の隅を灰を落とす。

「ジョシュアが無傷だった点は幸いだったがな」

「気に入らない、ってカオだね?」

ソクーロフはチラリとアイヴィーを見たあと、
何も答えないまま煙草を吹かした。
辺りはまたソクーロフの煙草の香りで満ちる。

「どーして、そんなにご機嫌ナナメなのさ?
あ! もしかしてー、ソクちゃんは当主か秘書がアヤシイと踏んでたから、
自分の推理が当たんなくて拗ねてんじゃないのー?」

「誰が拗ねるか」

「あははっ。でも現実に起こる事件なんて、こんなもんでしょ?
ソクちゃんは、難しい本の読み過ぎなんだよ。
ああいう本って、ダイイング・メッセージとかよくあるけどさ。
俺だったら、死ぬ前に少し時間あったとしても、
『ああ、死ぬんだな』と思うことしかできないねー」

ソクーロフは親指で自分の下唇をなぞったあと、成程、と呟いた。

「で? やっぱ犯人が当たらなかったのが、お気に召さないワケ?」

ソクーロフは、もう一度、煙草を吹かせたあと、こう言った。

「お前から電話があった日の夜、不可思議な夢を見ただけだ」

「え、夢?」

「グラント当主の過去や思念らしきものを、私が傍観している夢だった。
そのせいで私は、今回の事件やグラントに対して、全く異なる視点が生まれた」

「異なる視点?」

「ああ。だが、他人に話すような内容ではない。
夢で見た情報が元だから、何の確証もないしな」

「……まさか。それでお話終わり?」

「ああ」

「ちょい! そこまで言っといて、ハイおしまい、はナイでしょ?
気になるから、ちゃんと最後まで聞かせてよー。
単に『こういう夢を見たよ』って話で良いんだから。
デザート代わりにさ? それ聞いたら、今日はもう帰るから」

「後味の悪いデザートになるぞ?」

「頂きましょう?」

ソクーロフは無表情なまま、淡々と話し始めた。

「プリンス・エドワードが暗殺された理由は、
エドワード派とカーディス派の抗争の末、という話だったが」

「それって、前にジョシュアから聞いた話?」

「ああ」

ジョシュアの父エドワードは、ジョシュアが五歳の時に亡くなった。
その時から、様々な陰謀説が唱えられてきたが、
中でも、エドワードの弟であり、当代のロレート国王カーディス1世は、
常に『兄殺し』の噂が囁かれていた。

エドワードの死の真相を知る者は、極わずかだ。
アイヴィーとソクーロフは、ジョシュアから聞いた。
ジョシュア本人も、王位継承権の復帰前、
カーディスから聞かされるまで、真相は知らなかったのである。

事の始まりは『王位を懸けた恋』だったのかもしれない。
エドワードがクリスティーナと結ばれることを選び、
自らと子孫の王位継承権を放棄した為、カーディスがロレート大公となった。
幼い頃から国王になるつもりなどなかったカーディスは、
元々良くなかった素行が、更に荒れたという。

国内では、やはりエドワードをロレートに連れ戻し、
王位継承権を復帰させたほうが良いのでは、という意見が出始め、
水面下では、エドワード派、カーディス派の争いが激化していた。
抗争の末、当人達の知らないところで、
エドワードはカーディス派の人間に暗殺された。

その事実は未だに公になっていない。
真相を知ったカーディスは、犯人に制裁を加えたが、
世間には、犯人の名前を公表しなかったからだ。

『兄殺し』の汚名を受け続けることは、
自らへの罰で、兄に対してせめてもの償いだと、
カーディスはジョシュアに話したという。

「あれがもし、グラント当主が裏で糸を引いていたら」

余りに唐突なソクーロフの言葉に、アイヴィーは混乱した。

「……え? 何、どういうこと?」

「エドワードを暗殺するよう、カーディス派を焚き付けたのが、
グラント当主だったら、どうする?」

「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでグラントのご当主が、
エドワードを殺さなきゃいけないの? 何の関係もないじゃん」

「関係ない? 関係はあるだろう? グラント当主から見て、
プリンス・エドワードは何の関係もない人物か?」

「それは……でも、妹のダンナがエドワードだけどさ。だからって」

「私は以前から疑問だった。エドワードの死後、
三年経ってから、クリスティーナも亡くなったことに」

「でも、ジョシュアの母親は、世界中でボランティアをしてて、
その途中で病死したんじゃなかった? アフリカで」

そう言いながらも、クリスティーナの死についても様々な憶測があり、
何らかの陰謀に巻き込まれたのではないかという意見が常にあることは、
アイヴィーも知っていた。ソクーロフは言う。

「そもそも、何故、クリスティーナは、ボランティアで、
世界を飛び回っていたのかも、理解に苦しむところだ」

「でもさ、別にボランティアは悪いことじゃなくない?」

「もちろん、それに異を唱えるつもりはない。
だが、まだ幼いジョシュアを、一人、家に残してまで、することか?
しかも、父親を失ったばかりの、まだ五歳の子どもだぞ?」

「それは……」

「ジョシュアの話を聞く限り、クリスティーナは優しい母親だった。
エドワードの死後、ジョシュアに対しての愛情がなくなったとも思えない。
それでも、クリスティーナは愛息と離れることを選んだ。何故だ?
何故、彼女はそうまでして、あの家から離れなければならなかった?」

アイヴィーは答えられない。ソクーロフは続けた。

「夢の中で、その答えが私の脳内に流れこんでくる瞬間があった。
あれはグラント当主の思念だったのかもしれない。
おかげで私は、恐ろしい仮説が立てられることに気付かされた」

「仮説?」

「もし、グラント当主が、妹のクリスティーナを愛していたら」

「……え?」

「愛する妹が、どこかの男に心を奪われて、家を出て行ったら。
兄はどうしただろうと私は考えた」

「そんなことって……」

ソクーロフがこれから言わんとしていることが、
アイヴィーにも徐々に伝わってくる。ソクーロフは淡々と語った。

「エドワードが居なくなれば、妹は兄の元に帰ってくる筈だと思っていた。
しかし、妹はそれでも兄の手から離れた。何度、愛を囁いても、
妹の心は既に兄の元から離れてしまっていた。
途方に暮れた兄は、妹を愛する余り――」

カラン、とウイスキーグラスから音が鳴る。
嫌なタイミングで氷が自己主張をした。
それを合図にソクーロフは話すのを止めてしまった。

「やはり、デザートには不向きな話だったな」

ソクーロフが飲み残しのウイスキーを煽る。
腕時計を覗くと「帰るか」と言って席を立った。


妹を愛する余り。

その先どう続くのかアイヴィーにも予想はできた。
ソクーロフの仮説は、おそらくこう続くのだろう。


妹を奪った男も、妹も、消えた。
しかし、まだ、この世には、もう一人残っていた。
妹と同じ、瞳と髪を持つ子どもが。

子どもは大きくなるにつれて似てくる。
可愛かった頃の妹に。

私だけのものだった、私だけのクリスに。


「また来てねー、センセー、アイヴィー!」

「あいよー」

顔見知りの店員に見送られ、アイヴィー達は店を出た。
途端に、冷たい風に頬を撫でられ、アイヴィーは身震いする。

ふと見上げると、夜空は重たい色をした雲に覆われていた。
いつもなら、月やら星やらがキラキラしている空なのに。
上を見たまま立ち止まっているアイヴィーに、ソクーロフが気付く。

「どうした? 空など見て」

「あ、いや。今日は月が出てないなーと思って」

空には闇だけが広がっていた。
今日に限って、こんなに暗雲が垂れ込めているなんて。

さっきソクーロフからあんな話を聞かされたせいかもしれないけど、
なんだか嫌だな、とアイヴィーは思う。
まるで、真相は闇の中だと、誰かに嗤われた気がして。


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