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Marginal Prince Short Story
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■デッドプリンス
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「ハルヤ」

日曜日の朝食が終わった時だった。
ウーティス寮のダイニングルームを出て、廊下を歩いていると、
優しい声に名前を呼ばれた。振り返ると、
そこには、生徒代表のジョシュアが居た。
血筋に関係なく、ただ立っているだけでも、王子様な人。
ジョシュアが俺に話しかけるなんて、何の用事だろう。

「なあに、ジョシュア」

「あ、えっと……ハルヤの部屋で話しても良いかな?」

廊下では話せないことなんだろうか。
俺は首を傾げながら了承し、自分の部屋へジョシュアを案内した。

俺の部屋でジョシュアと二人きりなんて、今まであっただろうか。
俺はちょっと緊張しながら、ジョシュアの表情を伺う。
ジョシュアもちょっと言い難いような顔をしてて、
俺はますます不安になった。

「ジョシュア、ごめん。俺、何かいけないことしちゃった?
もしかして、た、退学勧告とか?」

「えっ? 違うよ。ハルヤは悪いことなんて、何もしてないじゃないか」

「うん。じゃあ、あの、何の話?」

「驚かせてしまって、すまない。
生徒代表としてじゃなくて、俺が個人的に気になったことなんだ。
ハルヤは最近、よく眠れていないんじゃないかと思って」

その通りだったので、俺は本当に驚いた。
誰にも話していないことだったのに。

「……どうして、そんなこと解るの?」

「解るよ。最近のハルヤはいつも眠たそうだったし、
今朝も、いつもより食欲がないみたいだったから。
何か困っていることがある? 俺で力になれること、ないかな?」

どうして、この人はこんなに優しいんだろう。
あのお父さんとお母さんから生まれてきたからなのかな。

「ハルヤ? ごめん。俺では力になれないことだったかな」

「ああ、ごめん、ちょっとぼうっとしちゃって。
えっと、あの……最近、よく眠れていないっていうのは、
少し当たってるかも。でも、悩み事があるとかじゃなくて、
何て言うか、その……ちょっと変な夢を続けて見てるんだ」

「……夢?」

「うん……」

そこで俺達の会話は一度中断した。
「どんな夢?」と更にもう一歩踏み込むことを、
ジョシュアは迷っていたんだと思う。本当に優しくて、繊細な人だ。
俺は自分から話すことにした。

「あのね。本当に変な夢なんだけど、笑わないで聞いてくれる?
レッドやシルヴァンにも言わないでくれるかな?」

「うん。言わないよ」

「ありがと。えっと。恥ずかしいんだけど、
俺達デッドプリンスが、日本でCDデビューしてる夢なんだ……」

「三人でデビュー? 凄いじゃないか」

「凄くないよ。夢の中の話だし……」

「えっと。その夢のせいで、あまり良く眠れないのかい?」

「うん。なんか、寝た気がしないって言うか、
たまに途中で起きちゃう時もあって」

「そうなんだ。三人でデビューするなんて、楽しい夢になりそうだけど」

「うん。まあ、別に怖い夢とかじゃないし、楽しい時もあるんだけど、
ところどころ、妙にリアルで、なんか、疲れちゃうって言うか……」

「そうか。眠りの質が良くないのは困ったね。
そうだ。一度、ソクーロフ博士に相談してみるかい?」

「は、話せないよ! あんな、恥ずかしい夢……」

「そ、そう」

「あ、ごめん。あの、ジョシュアは心配しないで?
俺が変な夢を見てるだけだし、そのうち止まるとも思うし。
もし、あんまり続くようなら、博士に相談するか考えてみる」

「うん。それが良いと思うよ」

「心配させちゃってごめんね。あの、この話、他のみんなには」

「内緒、だね?」

「うん。ありがと、ジョシュア」

「それじゃ、俺、行くね」

じゃあ、と言って、ジョシュアは俺の部屋を出て行った。
一人になると、俺はまた思い出してしまった。

俺達三人が本物のミュージシャンになった、あの夢を。


***


カメラの向こう側に居るスタッフさんからキューが出る。
女子アナウンサーさんはカメラに笑顔を向けた。

「今週のウイークリーチャート第三位、『ウーティス』の皆さんでーす」

黒いサングラスがトレードマークの司会者さんが、
「よろしくお願いしまーす」と言うと、
アルフレッドとシルヴァンはいつものハイテンションで、
「こんばんはー!」と笑顔でカメラにアピールした。

俺もいつものように「こんばんは」と言いながら頭を下げる。
二人と違って、ぎこちない笑顔になってるかもしれないけど、
普段からテンションが高くない俺には、それが精一杯だった。
女子アナさんは、カンペに書いてある台詞を喋る。

「先週発売された『ホントはいつだって Song for You』が
今週の第三位です。おめでとうございます」

「ありがとうございまーす!」とレッドとシルヴァンの声が揃う。

女子アナさんはレッドの顔を見ながら話しかけた。

「ウーティスの楽曲は、アルフレッドさんが作ることが多いですけど、
この曲も、アルフレッドさんの作詞作曲なんですよね?
今回はどういった想いで、作られたんでしょうか?」

「はい。この曲は、好きな子がすぐ傍に居るのに、
君が好きだって伝えられない男の歌です。
今までの曲と比べたら、ちょっとヘタレ男かもしれないけど」

「そうかもしれないですね。前回の曲はロックなかんじでしたし」

「はい。前回とは大分変えて、今回は夕暮れみたいな雰囲気で、
アコースティックなメロディにしてみました」

「先程リハーサルを聞かせて頂きましたが、
今回の歌詞は、切ないストーリーで、なんだか、学生時代を思い出すようでした」

「あ、本当! 嬉しいな!」

席の座り順は、端から女子アナさん、サングラスの司会者さん、
レッド、シルヴァン、俺ハルヤと並んでいる。

俺達の足許にある小さなモニタにも、俺達三人の姿が、映っている。
これが生放送の音楽番組で、日本全国に流れている映像と同じものだなんて。
なんだか未だに実感がない。

学生時代、アルフレッド、シルヴァン、俺の三人で組んでいた、
バンド『デッドプリンス』は、『ウーティス』と名前を変え、
日本でCDデビューし、本物のミュージシャンになってしまった。

学院の卒業から一年後、アルフレッドの呼び掛け、というか、
有無を言わさない召集があって、日本でメジャーデビューすることになった。
断るのも面倒なくらい、レッドの誘いが強引だったから。

ウーティスは、レッドの圧倒的な知名度のおかげで、
新曲を出せば、必ずウイークリーランキングの上位に入り、
あっという間に、人気ミュージシャンの仲間入りを果たした。
俺が子どもの時から見ていた、この日本一長寿な音楽番組にも、
こうして度々呼んで貰えるバンドになったのだ。

デビュー当時によく言われたキャッチフレーズは、
『ハリウッドスター、アルフレッド・ヴィスコンティ率いる
異色バンド、日本で鮮烈CDデビュー』だったかな。
元々レッドのファンだった人が、ウーティスのファンになってくれた。

ウーティスの人気が出てから、レッドへの役者としてオファーが、
それまでより急激に増えたらしい。学院を卒業したあとのレッドは、
なんか色々あったみたいで、最初は、役者の仕事はもう辞めるって、
言ってたみたいだけど、今の所属事務所の社長の説得というか社長命令で、
役者の仕事も時々するようになった。音楽活動に支障が出ないことを条件に。

一度は役者を辞めると宣言したせいか、役者の仕事をやることに対して、
レッド本人は、「俺はウーティスの広告塔だから」とか、
「CDを売る為の宣伝にもなるしな」とか言ったりもするけど。
ドラマや映画の台詞を覚えている時のレッドは、音楽活動の時以上に、
真剣で楽しそうなのは、俺の目から見てもバレバレだ。

歌ってるレッドも良いけど、やっぱり役者してるレッドは生き生きしてる。
レッドのファンの人達も、俺と同じ気持ちみたいで、
レッドが役者復帰したことを喜んでくれた。

アルフレッド・ヴィスコンティありきのウーティスだけど、
今ではシルヴァンにもたくさんのファンが付いている。
アルフォンソ学院は男子校だったから、女の子にモテたところとかは、
あんまり見たことなかったけど。考えてみれば、
シルヴァンがデビューしたら人気が出るのも当たり前だ。

背が高くて長髪で、顔もあんなにキレイだし、ドラムも歌も上手いし。
トークも面白いから、お笑い芸人さんと一緒に番組に出ると、
『芸人潰し』なんてよく言われてるくらいだ。

シルヴァンの日本オタクなところは相変わらず治ってない、どころか、
更にパワーアップ、っていうか、かなり悪化してるけど。
「あんなにカッコイイのに、オタクなところが良い」って、
言ってくれるファンの人も多いみたいだし、
オタクな分野を生かして、シルヴァンが一人で番組に呼ばれることもある。

学生時代からそうだったけど、シルヴァンは吸収力が凄くて、
色んなことをすぐに覚えられるし、本当に器用で、何でもできちゃう。
何かの番組に出た時に、スタッフさん達も言っていた。
「あの子は、おちゃらけて見えるけど、
頭の回転が物凄く早いし、気が利くから、使い易い」って。

レッドやシルヴァンに比べて俺は、ウーティスのおまけみたいなものだと思う。
派手で個性の塊みたいな二人と違って、俺は見た目も中身も平凡な日本人。
取り柄のない俺なんかが芸能界に入れたのは、本当に二人のおかげだ。

俺が母様や梅ヶ枝家に「レッド達と一緒にCDデビューする」と言った時は、
みんな本当に驚いてた。それはそうだ。
梅ヶ枝家は日舞、梅香流の家元。次の家元は、兄様か俺と言われていた。

次の家元を巡って、お家騒動していた片割れが、
突然、CDデビューすると言い出したんだから、みんな驚くに決まってる。
俺も自分で、俺は何を言っているんだろうと思ったし。
最終的にはみんな「春也がそう決めたのなら応援する」と許してくれた。

俺が芸能界に入って良かったことがあるとすれば、
それは、梅香流の家元が、正式に兄様に決まったことだ。
俺がミュージシャンになったから、やっと兄様が家元になれた。
やっぱり兄様じゃなきゃ。俺では駄目だから。
これに関しては、俺を芸能界に誘ってくれたレッドに感謝してる。

「それにしても、レッドは、日本語、大分上手くなったよね?」

サングラスの司会者さんにそう言われて、レッドは演技でない笑顔を見せた。

「マジで!? スゲー嬉しい!」

今では、レッドもシルヴァンも、普段から日本語で話してる。
レッドのアクセントも、大分ネイティブに近くなった。
レッドが文句を言いながら、影で必死に日本語の勉強をしていた頃が遠い昔のようだ。

『ウーティス』のデビュー前、集中的に日本語の勉強をするまで、
レッドは、挨拶以外の日本語は全くと言って良い程、話せなかった。

元々日本が大好きで、在学中から日本語が少し話せたシルヴァンとは違い、
レッドにとっては、日本語が凄く難しいようだった。

だけど、デビューから三年経った今では、
レッドもシルヴァンも、日常会話なら、ほぼ完璧にこなせるし、
業界用語に限っては、俺なんかよりレッドのほうが断然詳しい。
ただ、日本の漢字だけは今でも苦手なようで、
「なんでこんなに難しい字がいっぱいあるんだ」とはよく言ってるけど。

「初めてこの番組に出た頃は、春也君が、ちょいちょい通訳してたもんね?」

「は、はい」

司会者さんに急に名前を呼ばれて、俺はビックリした。

「あの時は、春也君がメンバーなのか通訳の人なのか解んなくて、
あれはあれで面白かったけどね?」

観客席からドッと笑いが起きて、俺は恥ずかしくなる。

「今でも、解らない日本語は、春也君が二人に教えてるの?」

シルヴァンが俺の肩に腕を回す。

「はい! ハルヤが僕達の先生です!
ハルヤ先生はいつだって、とっても優しいんですよー」

「せ、先生なんて……二人とも俺が居なくても、もう平気じゃん」

「でも、僕が難しい歴史の本を読みたい時とか、
ハルヤが読んでくれたりするじゃないですかー」

「え? 読み聞かせ?」と司会者さんが笑う。

「えっと、まあ、はい。シルヴァンが、最近、戦国時代にハマっちゃって」

「最近一番好きな武将は片倉小十郎です!」

「はははっ。相変わらず君はサムライオタクだねー」

歴史好きな司会者さんは笑ってた。

「ええと、お話が盛り上がっているところすみませんが」

女子アナさんはカンペの指示に従って、話題に割って入ってきた。

「今日は視聴者の方から、ウーティスの皆さん宛に、
質問がたくさん届いていますので、ひとつご紹介しても良いでしょうか?」

「はーい!」

シルヴァンが小学生のように右手を挙げると、観客席から黄色い歓声が上がった。

「ありがとうございます。ではご紹介しますね。
東京都にお住まいの『シルヴァン・ラブさん』からの質問です」

「わお! ありがとうございまーす! 僕もラブでーす!」

「ウーティスの皆さん、こんばんは」

「こんばんはー!」

「質問があります。デビュー直後、シルヴァンさんとハルヤ君は、
二人でルームシェアをしていたそうですが、
今はもう別々に暮らしているんでしょうか? もし今も続いていたら、
家事の役割分担などはどうしているのか教えて下さい、
とのことです。お二人、いかがでしょうか?」

「そう言えば、お金がないから、
二人で暮らしてるって言ってたね。今はどうなの?」

司会者さんにも聞かれて、俺はシルヴァンの顔を見る。
すると、シルヴァンが答えてくれた。

「変わりませんよ。何度か引っ越しはしましたけど、
僕達は今も二人暮らしでーす。ね、ハルヤ?」

「う、うん」

「珍しいよねえ。一日中、一緒に仕事してるのに、
家に帰っても、おんなじ顔見てたら、嫌になったりしないの?」

「いえいえ。僕は全然嫌じゃないですよ。でも、ハルヤはどうですか?
もしかして、嫌々、僕と暮らしてたりします?」

「まさか。俺だって平気だよ?」

「そうですか! 良かったですー」

「では家事の役割分担はどのようにしているんでしょうか?」と女子アナさん。

「うーん。どうでしょう? あまり意識したことはないですねえ。
何が僕で、何がハルヤ、と決まっているわけではないので。ねえ、ハルヤ?」

「うん。やりたいほうがやるっていうか、
手が空いてるほうがやるっていうか、そんなかんじです」

「じゃあ、シルヴァンが洗濯で、春也君が料理ってわけじゃないんだ?」

「はい。洗濯も料理も、どっちもやるよね?」

「ええ。料理で言えば、イタリアンは僕のほうが得意かもしれません。
でも和食では、ハルヤの腕前には敵いませんね。
特に、ハルヤが作ってくれるお刺身や、
お魚の煮物は、とっても美味しいんですよー!」

「春也君はどういう料理作るの?」

料理好きな司会者さんに、そう聞かれて俺は緊張が高まる。

「いや、そんな作れるって程じゃ……」

「ハルヤの得意料理はアボカドまぐろ丼でーす」

「ああ、アボカドとまぐろって合うもんねえ。
炊き立ての白ご飯に乗っけて、わさび醤油かけて?」

「は、はい」

「美味いよねえ。じゃあ、アボカドとしめさばも合うの、知ってる?」

「えっ。しめさばですか?」

「そう。俺、この前、見つけたんだ。まぐろが合うんだから、
しめさばも合うんじゃないかと思って。
アボカドとしめさばはねえ、ポン酢。
で、レモンちょっとかけたら、美味いんだよ。今度試してみな?」

「はい。やってみたいです」

「わお! 楽しみですー!」

スタッフさんの指示を見て、女子アナさんが言う。

「それではウーティスの皆さんは、スタンバイをお願いしまーす」

「はーい!」

俺達は席を立って、向かい側にあるステージへ。
サービス精神が旺盛なレッドとシルヴァンは、
ステージへの移動中も、カメラへウインクや投げキッスをしていた。
俺は特に何もできず、そそくさと歩いて、ベースの立ち位置に向かった。

ステージに立つと、間もなく女子アナさんの声が聞こえた。

「それでは今週第三位、ウーティスで、
『ホントはいつだって Song for You』です、どうぞ」


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