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■博士の平日 -08:00am- 続編
生徒達が午前の授業を受けている頃。
保健室はシンとしていた。
ソクーロフはヘッドホンである歌を聞いている。
この曲に題名はない。
机上にはカルテがひとつ乗っていた。
添えられた写真には、美しい金髪の少年が、
今にも泣き出しそうな顔で映っている。
ミハイル・リューリコヴィッチ・ネフスキー。
ソクーロフが今聞き直している歌声は、その儚げな少年が、
前回のカウンセリング中に聞かせてくれた歌だった。
良い歌だ。ソクーロフは素直にそう思う。
カウンセリングの資料として聞いていることを忘れそうになる瞬間がある。
今回は特にロシア語で歌われているからだろうか。すうっと耳に馴染む。
砂埃の立つ乾いた荒れ地を、雨水が洗い流してくれるかのように。
ミハイルの歌は、歌っている当人だけでなく、
それを聞く者をも浄化する作用がある。
そう言えば、ミハイルに尋ねていなかった。
この曲に題名を付けるなら、何と名付けるか、と。
あの子なら、何と名付けるだろう。
透き通った歌声を聞きながら、ソクーロフは思案する。
何故か『罪悪』という単語が脳裏をよぎった。
「博士ー!」
ノックもなく保健室のドアが開いた。
遠慮なく入ってきたのは体育用のユニフォームを着た、アルフレッド・ヴィスコンティ。
ソクーロフは一瞬のうちに、アルフレッドの頭から足まで観察したが、
彼は普段と変わりなく、元気な様子だ。
「ああ、居た居た。博士、ユウタ診てやってくれよ」
患者はアルフレッドの後ろに付いてきた生徒のほうらしい。
今年度、学院に入った新入生。ユウタ。彼の右膝は赤く滲んでいた。
「痛そうだね。ユウタ、こちらに座れるかな? ああ、ゆっくりで良いからね?」
「はい」
ユウタは右足を少しだけ引きずりながら、診察用の椅子に座った。
その横にアルフレッドが立つ。
ソクーロフは床に片膝を着き、患部を観察した。
傷は浅かった。傷口が土で若干汚れている。
周りには緑色の細い草が二本程付着していた。
「今、体育の授業で怪我をしたのかな?」
「はい。サッカーやってて、転んじゃって」
「俺とぶつかりそうになった時、ユウタは俺を避けようとして、
スッ転んじまったんだ。俺が悪い。ごめんな、ユウタ」
「えっ!? 違うよ。俺が勝手に転んだだけで……」
「いーや! 俺が悪かった!」
「レッドは悪くないよ。それに、俺が転ばなければ、
レッドのシュートは決まってたかもしれないのに。
俺のほうこそごめんね、レッド」
「なっ、何謝ってんだよ、おめーは!?
シュートなんかどうでも良いだろ?
それよりお前に怪我させたほうが問題だっての!」
「俺の怪我なんて大したことないよ」
「血、出てんじゃん!」
「出てるけど、そんなに痛くないから。大丈夫ですよね、博士」
「ああ。掠り傷のようだからね。心配は要らないよ、アルフレッド」
「そっか。良かった」
「そろそろ次の授業が始まってしまうね。
ユウタは私に任せて、アルフレッドは先に教室に戻りなさい?
それで良いかな、ユウタ?」
「はい。レッド、付き添いありがと。レッドは先戻ってて?」
「解った。じゃあ、ユウタのこと頼むぜ、博士」
「ああ。勿論。怪我人を保健室まで連れて来てくれてありがとう、アルフレッド」
「そんなの当たり前さ。じゃあな、ユウタ」
「うん」
パタンとドアが閉まる。保健室は医者と患者だけになった。
「さて。では治療を始めようか」
→
生徒達が午前の授業を受けている頃。
保健室はシンとしていた。
ソクーロフはヘッドホンである歌を聞いている。
この曲に題名はない。
机上にはカルテがひとつ乗っていた。
添えられた写真には、美しい金髪の少年が、
今にも泣き出しそうな顔で映っている。
ミハイル・リューリコヴィッチ・ネフスキー。
ソクーロフが今聞き直している歌声は、その儚げな少年が、
前回のカウンセリング中に聞かせてくれた歌だった。
良い歌だ。ソクーロフは素直にそう思う。
カウンセリングの資料として聞いていることを忘れそうになる瞬間がある。
今回は特にロシア語で歌われているからだろうか。すうっと耳に馴染む。
砂埃の立つ乾いた荒れ地を、雨水が洗い流してくれるかのように。
ミハイルの歌は、歌っている当人だけでなく、
それを聞く者をも浄化する作用がある。
そう言えば、ミハイルに尋ねていなかった。
この曲に題名を付けるなら、何と名付けるか、と。
あの子なら、何と名付けるだろう。
透き通った歌声を聞きながら、ソクーロフは思案する。
何故か『罪悪』という単語が脳裏をよぎった。
「博士ー!」
ノックもなく保健室のドアが開いた。
遠慮なく入ってきたのは体育用のユニフォームを着た、アルフレッド・ヴィスコンティ。
ソクーロフは一瞬のうちに、アルフレッドの頭から足まで観察したが、
彼は普段と変わりなく、元気な様子だ。
「ああ、居た居た。博士、ユウタ診てやってくれよ」
患者はアルフレッドの後ろに付いてきた生徒のほうらしい。
今年度、学院に入った新入生。ユウタ。彼の右膝は赤く滲んでいた。
「痛そうだね。ユウタ、こちらに座れるかな? ああ、ゆっくりで良いからね?」
「はい」
ユウタは右足を少しだけ引きずりながら、診察用の椅子に座った。
その横にアルフレッドが立つ。
ソクーロフは床に片膝を着き、患部を観察した。
傷は浅かった。傷口が土で若干汚れている。
周りには緑色の細い草が二本程付着していた。
「今、体育の授業で怪我をしたのかな?」
「はい。サッカーやってて、転んじゃって」
「俺とぶつかりそうになった時、ユウタは俺を避けようとして、
スッ転んじまったんだ。俺が悪い。ごめんな、ユウタ」
「えっ!? 違うよ。俺が勝手に転んだだけで……」
「いーや! 俺が悪かった!」
「レッドは悪くないよ。それに、俺が転ばなければ、
レッドのシュートは決まってたかもしれないのに。
俺のほうこそごめんね、レッド」
「なっ、何謝ってんだよ、おめーは!?
シュートなんかどうでも良いだろ?
それよりお前に怪我させたほうが問題だっての!」
「俺の怪我なんて大したことないよ」
「血、出てんじゃん!」
「出てるけど、そんなに痛くないから。大丈夫ですよね、博士」
「ああ。掠り傷のようだからね。心配は要らないよ、アルフレッド」
「そっか。良かった」
「そろそろ次の授業が始まってしまうね。
ユウタは私に任せて、アルフレッドは先に教室に戻りなさい?
それで良いかな、ユウタ?」
「はい。レッド、付き添いありがと。レッドは先戻ってて?」
「解った。じゃあ、ユウタのこと頼むぜ、博士」
「ああ。勿論。怪我人を保健室まで連れて来てくれてありがとう、アルフレッド」
「そんなの当たり前さ。じゃあな、ユウタ」
「うん」
パタンとドアが閉まる。保健室は医者と患者だけになった。
「さて。では治療を始めようか」
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