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Marginal Prince Short Story
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博士の平日 -11:00am- 続編
聖アルフォンソ学院のキャンパスに鐘の音が鳴り響く。午後の授業が始まった。
鐘の音を保健室で聞いたソクーロフは、書き物をしていた手を止め、席を立った。
保健室のドアに『離席中 ご用のある方は保健室でお待ち下さい』
と書かれたプレートをかけて退室した。

向かった先は、キャンパス内のオープンカフェ。
昼休みは混雑している場所だが、今は授業中なので生徒の姿はなかった。
ランチが遅くなったらしい教師や職員が疎らに数名居る程度だ。

ソクーロフはオーダーしたサンドイッチセットを持って、
パラソルのあるテーブル席に座った。
トレイには、サンドイッチ、サラダ、スープ、アイスコーヒー。
日替わりでそれぞれのメニューは変わる。今日のサンドイッチはBLTだ。

忙しい日は保健室で食事を取ったり、
あるいは一食飛ばしてしまう場合もあるが、
たまにこうして青空の下で昼食をとると、良い気分転換になる。

今日は良く晴れており、夏の始まりらしい天気だ。
同じサンドイッチでもどこで食べるかによって、感じ方は変わるものだ。

「おや。ソクーロフ博士」

あらかた食事が終わり、コーヒーを飲んでいる頃。
丁度、オープンカフェを通りかかったらしい教師に声を掛けられた。

ホワイトのウイングカラーシャツにブラウンのベスト。
同じブラウンのフォーマルなクロスタイは、
クリーム色のパールピンで留められている。
四十代にしては、まだ若々しく端正な顔立ちをした紳士。
神秘学担当の特別講師、オーギュスト・ボージェ教授だ。

「博士はこれから少し遅いランチですか? お疲れ様です」

「私の昼食はいつも、午後の授業が始まってからですよ。
昼休みの時間帯は保健室に生徒が来る場合もありますので」

「成程」

「ボージェ教授は、これから外出ですか?」

「ええ。私はもう今日の授業が終わってしまいましたので、
これから植物園へ、ブルエの様子を見に行こうかと。
そろそろ見頃だと思いますので」

「ブルエ?」

「ああ、失礼。英語ではコーンフラワーと言うんでしたか。
小さな青い花です。古くから目に効くと言われ、
結膜炎や眼精疲労などに用いられたハーブですよ。
ブルエの優雅な青は、ただ見ているだけでも目を癒してくれます」

ボージェ教授はソクーロフの顔を見て微笑した。

「博士はお忙しいから、ゆっくり花達を眺める時間はないかもしれませんが、
ブルエの花はきっと、博士の疲れ目も癒してくれますよ?」

「疲れ目のつもりはないのですがね」

「それは失礼。けれど、『靴屋が一番悪い靴を履いている』とも言いますから、
お医者様もご自分のお身体を労わることを忘れないようにして下さい。
博士がこの学院の健康を守っていらっしゃるのですから。
――ああ、すみません。話が横道にそれましたか。
生徒にいつも怒られるのですよ、私の話はいつも横道にそれて解り難いと」

「それは教授は博識だからでしょう。自分の持てる知識を、
なるべく多く、誰かに伝えようとしている結果です。
私も教授とお話していると、まだ知らなかった知識を与えて頂きます」

「おや。私は今、博士の身になるお話をしましたか?」

「ブルエという青い花が、この世にあることを学びました。
そして、それは目に良いハーブであると。今、初めて知ったことです」

冗談だと思われたのか、教授は楽しげに微笑んだ。

「今後のお役に立つ知識ではありませんでしたね?」

「それはまだ解らないことです。いつか、役に立つ日が来るかもしれない」

「……そうですね。博士はお優しい」

そう言う教授の微笑みは、何故か悲しげだった。
それはたった一瞬のことだったが、ソクーロフは見逃さなかった。

「教授? どうしました?」

「いえ。何でもありませんよ。
ああ、ランチの時間に長々と失礼致しました。
それでは私はこれで。ごきげんよう」

「ごきげんよう」

教授は正門のほうへ歩いて行く。その後ろ姿を見送りながら、
今日は珍しい人物に絡まれたな、とソクーロフは心の中で呟く。

オーギュスト・ボージェ。
生徒だけでなく教師の間でも、彼は変わり者だと言われている。
彼が持つ雰囲気は独特だ。他の誰とも、何かが違う。

ソクーロフもボージェ教授と話していると、
何とも言えない、不思議な感覚を味わう。
それが何故なのか、理由は未だに解らない。
教授陣の中では、神秘学の教授が最もミステリアスな人物だ。

教授の後ろ姿はもう見えなくなっていた。
ソクーロフは残っていたアイスコーヒーに手を伸ばす。
待たされたグラスは、全身に汗をかいており、
ソクーロフの手はピチャリと濡れた。


昼食を終えたソクーロフは、保健室に戻ってきた。
『離席中』のドアプレートを外して、部屋の中に入る。

「あっ、ソクちゃん、帰ってきたー」

長い金髪の男が机の前に立っていた。
ワイシャツの袖は、肘の辺りまで捲り上げている。
表向きは学院専属のタクシードライバー、しかし本職は島の警備。
若くして警備組織で司令官を任されている男、アイヴィーだ。

アイヴィーの顔を見た途端、ソクーロフは軽く息を吐き、
つまらない奴が来たな、といった冷たい態度に変わった。

「ソクちゃん、居なかったけど、ドコ行ってたの? トイレ?」

「カフェで昼食だ。お前は何故ここに居る?」

「15時半にアルフレッド達に呼ばれてるから、それまで寝かしてー?」

「勝手にしろ」

「ハーイ」

アイヴィーはスマートフォンでアラームを設定しながら、

「あ、あとー、10分前になっても、
俺が起きてなかったら起こしてあげてねー?」

「自分で起きろ」

「なんだかんだ言って起こしてくれるクセにー」

「煩くするのなら、つまみだすぞ」

「あー、寝ます寝ますー! もー、怒りんぼなんだからー」

アイヴィーは慌ててベットに横になる。ソクーロフは机に向かった。


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