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■博士の平日 -01:00pm- 続編
「こんにちは、博士!」
放課後、保健室にやってきた生徒は、
午前中にも、ここに来た生徒だった。
「おや? ユウタ。膝の怪我が痛むのかな?」
「え? あ、違います。今度は俺じゃなくて」
ユウタが差し出した携帯電話には一人の女性が映っていた。
「姉貴が博士と話したいって言ってて。今、良いですか?」
「ああ、勿論」
「ありがとうございます。良かったな、姉貴。じゃあお願いします」
ユウタの携帯電話がソクーロフの手に渡る。
「じゃあ俺、またあとで携帯を取りに来ます」
「いや。今日は私が君の寮へお返しに行くよ。
たまにはウーティスの子達の顔も見せて貰いたいからね」
「解りました。俺、サロンか自分の部屋に居ますから。それじゃ失礼します」
ユウタが保健室を出て行ったのを確認してから、
ソクーロフは携帯電話の中に居る女性と向かい合った。
彼女の表情は少し暗く、不安そうにソクーロフを見上げていた。
「博士、すみません。また電話をして。
今、本当にお時間、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。電話をくれてありがとう」
すると、彼女の表情が和らいだ。それをソクーロフは好ましく感じた。
「電話をしたら迷惑に思われるのではないか、と心配だったのかい?
――解るよ。そう君の顔に書いてあるからね?
前にも言った筈だよ? 生徒の家族も私の責任の範疇なのだと。
君が私に電話をしたいと思う時は、君が私を求めている時なのだから、
素直にその欲求に従えば良い。遠慮することはない。
聖アルフォンソ学院の保健室は、いつだって開いているのだから」
一瞬、彼女の顔に浮かんだ疑問。
ソクーロフは微笑みながらそれに答えた。
「例え夜中で、保健室のドアが物理的に開いていなくても、
宿舎の私の部屋に来てくれれば、私はそこに居るよ。
私自身に鍵は掛かっていないからね。
私はいつだって、君の話を聞きたいと思っている」
彼女はか細い声で、ありがとうございます、と言った。
ソクーロフはさりげなく、音声のボリュームを上げていく。
「さて。今日は私に何か話したいことがあるのかな?」
「えっと。これと言って話題らしいものはないんですけど」
音声のボリュームを最大まで上げると、
彼女の控えめな声も、よく聞こえるようになった。
「あの、博士は今頃、何してるのかな、と思って」
「私が何をしているのか、知りたいと思ったのかい?」
「はい。ええと、あの、保健室の先生って、
普段は保健室でどんなことしているのかなって」
「成程。では君の知的好奇心にきちんとお答えしなくてはいけないね。
君から電話が来る直前は、カウンセリングの準備をしていたよ、生徒用のね。
午前中は……ああ、既に聞いているかもしれないが、君の弟が保健室に来たよ?」
「あっ、はい! さっきユウタから聞きました!
サッカーの授業で膝を擦り剥いて博士に手当てして貰ったって。
すみません、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「あの子、ちっちゃい時からドジで、よくケガして泣いてたんですよ。
公園で遊んでても、ちょっと目を離すと、ブランコから落ちてたりとか。
鉄棒で逆上がりの練習してる時も、ゴンッて頭から落ちた時もあったし……」
「そう。目が離せない弟だったんだね。お姉さんとしては大変だったのかな」
「え……博士?」
「何だい?」
「すみません。私、今、何かいけないこと言いましたか?」
「……いいや? 何故、そう思ったんだい?」
「だって、博士、ちょっと辛そうな顔したから。
私、何かまずいこと言っちゃったのかなって。
あ、でも、私の勘違いだったらごめんなさい。急に変なこと言って」
「いや。君にはカウンセラーの素質があるのかもしれないね。
君の観察眼には本当に驚かされる。君は私のことを、良く見ているんだね?」
「えっ、いや、えっと……」
「私が今、辛い表情をしていたのなら、
君達兄弟のことが、羨ましいと感じたからかもしれない」
「羨ましい、ですか? あんなドジな弟が?」
「公園で一緒に遊んだ記憶がないんだ、私達には」
「あっ……博士の妹さん、身体が弱いから?
公園で遊んだりもできなかったんですか?」
「うん。『子どもの頃、公園で遊んだ』というエピソードは、
君達にとっては、ごく当たり前の昔話なのだろうが、
私から見ると、とても手が届かない、夢のまた夢のような話だ」
「ごめんなさい……私、やっぱり、いけないこと言ったんですね」
「いいや。君が謝ることではないよ。
こちらこそ、面白くはない話を聞かせてすまなかったね」
「いいえ。博士のほうこそ、謝る必要ないです。
私が博士の話、聞きたいって言ったんですから。
私は、博士の話、聞かせて貰えるの嬉しいです。
面白い話でも、面白くない話でも。
あ、でも、別に、今の話が面白くなかったとか、
そういうこと言ってるわけじゃなくて、あの……」
「――ありがとう。私も君に話を聞いて貰えるのは嬉しいよ」
「本当に!?」
「うん。しかし、カウンセラーとしては、
立場が逆になってしまっているがね」
「良いんです! 私はそれで!」
「珍しいことを言う人だね、君は。本当に……興味深い」
「……興味、深い?」
「さて。今日はこのくらいにしておこうか。
また、電話をかけてきてくれるかい?」
「は、はい!」
「次の機会を楽しみにしているよ。ではまた」
「はい! また!」
ソクーロフは静かに電話を切った。
話す前は少し暗い表情をしていた彼女が、
電話が終わるころには明るい表情を取り戻していた。
「あ、あのぉー。お電話、終わりましたー?」
ベッドに寝そべったまま、こちらの顔色を伺っていたのは、
先程、仮眠を取りに来たアイヴィーだった。
「今のお電話って、もしかしなくても、ユウタのお姉ちゃん?」
「盗み聞きとは、趣味が良くないな」
「ぬ、盗み聞きじゃないよ。聞こえちゃったんだもん……。
なんか声がするなあって目が覚めたら、ソクちゃんが電話してて。
てゆうか、今のって、ソクちゃんからお電話したの?
それとも、お姉ちゃんのほうから?」
「彼女のほうから」
「な、なんでアンタが、お姉ちゃんから電話貰えるのさ……」
「生徒の家族も私の責任の範疇だからな。
彼女には、いつでも私に電話をして良いと伝えてある」
「イヤイヤ。生徒の家族までは関係ないでしょ?」
「あるさ。生徒のカウンセリングを行う上で、
その家族を知ることは重要なことだ。
他の現場でも、家族カウンセリングは珍しいことではない」
「尤もらしいこと言いやがって……。
じゃあ、今のお電話もカウンセリングだって言うの?
なんかただのお喋りに聞こえましたけど。
しかも、かなり仲良さげな……。
やっぱ、お姉ちゃんに電話して良いって言ったのは、
単に彼女がカワイイからじゃないの?」
「ほう? お前は、彼女のことを可愛い女性だと、
そう、好意的に思っているんだな?」
「エッ!? イヤ……あの……」
「彼女と私が、どんな話をしているのか気になり、
私達の会話を盗み聞きしていたと。――成程、な」
「何が成程!? 違うよ!? 俺はっ!」
アラームが鳴った。
先程、アイヴィーがスマートフォンで設定したアラームだ。
「アルフレッド達を迎えに行く時間のようだな?」
「話がまだ途中なのに」
「早く行け。生徒を待たせるな」
アイヴィーはスマートフォンの時刻とソクーロフの顔を見比べながら、
「し、仕方ないなー。じゃ、じゃあね」
アイヴィーが保健室を出て行った後、ソクーロフは微笑し、独りごちた。
「動揺している、か」
→
「こんにちは、博士!」
放課後、保健室にやってきた生徒は、
午前中にも、ここに来た生徒だった。
「おや? ユウタ。膝の怪我が痛むのかな?」
「え? あ、違います。今度は俺じゃなくて」
ユウタが差し出した携帯電話には一人の女性が映っていた。
「姉貴が博士と話したいって言ってて。今、良いですか?」
「ああ、勿論」
「ありがとうございます。良かったな、姉貴。じゃあお願いします」
ユウタの携帯電話がソクーロフの手に渡る。
「じゃあ俺、またあとで携帯を取りに来ます」
「いや。今日は私が君の寮へお返しに行くよ。
たまにはウーティスの子達の顔も見せて貰いたいからね」
「解りました。俺、サロンか自分の部屋に居ますから。それじゃ失礼します」
ユウタが保健室を出て行ったのを確認してから、
ソクーロフは携帯電話の中に居る女性と向かい合った。
彼女の表情は少し暗く、不安そうにソクーロフを見上げていた。
「博士、すみません。また電話をして。
今、本当にお時間、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。電話をくれてありがとう」
すると、彼女の表情が和らいだ。それをソクーロフは好ましく感じた。
「電話をしたら迷惑に思われるのではないか、と心配だったのかい?
――解るよ。そう君の顔に書いてあるからね?
前にも言った筈だよ? 生徒の家族も私の責任の範疇なのだと。
君が私に電話をしたいと思う時は、君が私を求めている時なのだから、
素直にその欲求に従えば良い。遠慮することはない。
聖アルフォンソ学院の保健室は、いつだって開いているのだから」
一瞬、彼女の顔に浮かんだ疑問。
ソクーロフは微笑みながらそれに答えた。
「例え夜中で、保健室のドアが物理的に開いていなくても、
宿舎の私の部屋に来てくれれば、私はそこに居るよ。
私自身に鍵は掛かっていないからね。
私はいつだって、君の話を聞きたいと思っている」
彼女はか細い声で、ありがとうございます、と言った。
ソクーロフはさりげなく、音声のボリュームを上げていく。
「さて。今日は私に何か話したいことがあるのかな?」
「えっと。これと言って話題らしいものはないんですけど」
音声のボリュームを最大まで上げると、
彼女の控えめな声も、よく聞こえるようになった。
「あの、博士は今頃、何してるのかな、と思って」
「私が何をしているのか、知りたいと思ったのかい?」
「はい。ええと、あの、保健室の先生って、
普段は保健室でどんなことしているのかなって」
「成程。では君の知的好奇心にきちんとお答えしなくてはいけないね。
君から電話が来る直前は、カウンセリングの準備をしていたよ、生徒用のね。
午前中は……ああ、既に聞いているかもしれないが、君の弟が保健室に来たよ?」
「あっ、はい! さっきユウタから聞きました!
サッカーの授業で膝を擦り剥いて博士に手当てして貰ったって。
すみません、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「あの子、ちっちゃい時からドジで、よくケガして泣いてたんですよ。
公園で遊んでても、ちょっと目を離すと、ブランコから落ちてたりとか。
鉄棒で逆上がりの練習してる時も、ゴンッて頭から落ちた時もあったし……」
「そう。目が離せない弟だったんだね。お姉さんとしては大変だったのかな」
「え……博士?」
「何だい?」
「すみません。私、今、何かいけないこと言いましたか?」
「……いいや? 何故、そう思ったんだい?」
「だって、博士、ちょっと辛そうな顔したから。
私、何かまずいこと言っちゃったのかなって。
あ、でも、私の勘違いだったらごめんなさい。急に変なこと言って」
「いや。君にはカウンセラーの素質があるのかもしれないね。
君の観察眼には本当に驚かされる。君は私のことを、良く見ているんだね?」
「えっ、いや、えっと……」
「私が今、辛い表情をしていたのなら、
君達兄弟のことが、羨ましいと感じたからかもしれない」
「羨ましい、ですか? あんなドジな弟が?」
「公園で一緒に遊んだ記憶がないんだ、私達には」
「あっ……博士の妹さん、身体が弱いから?
公園で遊んだりもできなかったんですか?」
「うん。『子どもの頃、公園で遊んだ』というエピソードは、
君達にとっては、ごく当たり前の昔話なのだろうが、
私から見ると、とても手が届かない、夢のまた夢のような話だ」
「ごめんなさい……私、やっぱり、いけないこと言ったんですね」
「いいや。君が謝ることではないよ。
こちらこそ、面白くはない話を聞かせてすまなかったね」
「いいえ。博士のほうこそ、謝る必要ないです。
私が博士の話、聞きたいって言ったんですから。
私は、博士の話、聞かせて貰えるの嬉しいです。
面白い話でも、面白くない話でも。
あ、でも、別に、今の話が面白くなかったとか、
そういうこと言ってるわけじゃなくて、あの……」
「――ありがとう。私も君に話を聞いて貰えるのは嬉しいよ」
「本当に!?」
「うん。しかし、カウンセラーとしては、
立場が逆になってしまっているがね」
「良いんです! 私はそれで!」
「珍しいことを言う人だね、君は。本当に……興味深い」
「……興味、深い?」
「さて。今日はこのくらいにしておこうか。
また、電話をかけてきてくれるかい?」
「は、はい!」
「次の機会を楽しみにしているよ。ではまた」
「はい! また!」
ソクーロフは静かに電話を切った。
話す前は少し暗い表情をしていた彼女が、
電話が終わるころには明るい表情を取り戻していた。
「あ、あのぉー。お電話、終わりましたー?」
ベッドに寝そべったまま、こちらの顔色を伺っていたのは、
先程、仮眠を取りに来たアイヴィーだった。
「今のお電話って、もしかしなくても、ユウタのお姉ちゃん?」
「盗み聞きとは、趣味が良くないな」
「ぬ、盗み聞きじゃないよ。聞こえちゃったんだもん……。
なんか声がするなあって目が覚めたら、ソクちゃんが電話してて。
てゆうか、今のって、ソクちゃんからお電話したの?
それとも、お姉ちゃんのほうから?」
「彼女のほうから」
「な、なんでアンタが、お姉ちゃんから電話貰えるのさ……」
「生徒の家族も私の責任の範疇だからな。
彼女には、いつでも私に電話をして良いと伝えてある」
「イヤイヤ。生徒の家族までは関係ないでしょ?」
「あるさ。生徒のカウンセリングを行う上で、
その家族を知ることは重要なことだ。
他の現場でも、家族カウンセリングは珍しいことではない」
「尤もらしいこと言いやがって……。
じゃあ、今のお電話もカウンセリングだって言うの?
なんかただのお喋りに聞こえましたけど。
しかも、かなり仲良さげな……。
やっぱ、お姉ちゃんに電話して良いって言ったのは、
単に彼女がカワイイからじゃないの?」
「ほう? お前は、彼女のことを可愛い女性だと、
そう、好意的に思っているんだな?」
「エッ!? イヤ……あの……」
「彼女と私が、どんな話をしているのか気になり、
私達の会話を盗み聞きしていたと。――成程、な」
「何が成程!? 違うよ!? 俺はっ!」
アラームが鳴った。
先程、アイヴィーがスマートフォンで設定したアラームだ。
「アルフレッド達を迎えに行く時間のようだな?」
「話がまだ途中なのに」
「早く行け。生徒を待たせるな」
アイヴィーはスマートフォンの時刻とソクーロフの顔を見比べながら、
「し、仕方ないなー。じゃ、じゃあね」
アイヴィーが保健室を出て行った後、ソクーロフは微笑し、独りごちた。
「動揺している、か」
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