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■博士の平日 -04:00pm- 続編
気が付くと、窓の外は暗く、時計を見ると、
保健室の営業終了時刻はとうに過ぎていた。
ミハイルの次回のカウンセリングについて考えていたら、夜になっていた。
そろそろ切り上げて帰らなくては。
ソクーロフが帰宅準備を始めた時、保健室の電話が鳴った。
「はい。保健室です」
「まだこちらにおいででしたか、ドクター」
淡々としたクールな声。
僅かに安堵したように聞こえたのは、探す手間が省けたから、だろう。
「こんばんは。クロイツかい?」
「はい。警備のクロイツです。いつもお世話になっております」
保健室に電話をかけてきたのは、
警備組織の副司令官、ラインハルト・クロイツだった。
「ドクター、まだ保健室にいらっしゃるということは、
只今お忙しいところでしょうか?」
急病人でも出たのか、という意味だろう。
「いいや。そろそろ帰ろうとしていたところだよ」
「そうですか。ご帰宅前に申し訳ございませんが」
「追憶の塔へのご招待だね? すぐに伺えるよ」
「助かります」
警備組織が島への侵入者を捕らえた場合、
ソクーロフの研究技術を惜しまず提供すること。
警備組織には研究者として雇われている。
自白・洗脳のエキスパートと呼ばれていた、前職の研究成果を買われてのことだ。
「只今、司令の車がそちらに向かっておりますので、
正門前でお待ち頂けますでしょうか。詳細は司令からお聞き下さい」
「解った」
「ありがとうございます。それではお待ちしております」
クロイツは用件だけを伝えて、電話を切った。
ソクーロフは保健室の戸締りをして、正門前へ向かう。
校舎がある敷地から正門まで続く長い通路。
その両脇には月桂樹が植えられている。
昼と夜では随分と雰囲気が違って見える場所だ。
生い茂る葉は、風が吹くと、生き物のように蠢いていた。
暗い月桂樹のアーチを通って、正門に到着した。
ソクーロフの顔を見た門番は、こちらから事情を説明する前に、
「お疲れ様です、博士」と言って、すぐに門を開けてくれた。
学院の門番は警備組織の隊員が務めている。
もうすぐここをソクーロフが通ることは副司令官から聞いたらしい。
細かなところまで気の回る副司令官だ。
正門の前でソクーロフは一人で立っていた。
今日は風が強い。夏に入ったとは言え、夜はまだ涼しい。
ふと空を見上げると、夜空には普段と変わらず、星々が輝いていた。
数分後、ベントレーがソクーロフの前に停まった。
運転席に長い金髪の男が座っている。警備組織司令官のアイヴィーだ。
ソクーロフは自分でドアを開け、後部座席に座った。
車が走り出すと、アイヴィーはミラー越しにこちらを見ながら、
「遅くにお呼び出ししてゴメンねー。いつものことだけどー」
「それで?」
「一人、困ったお客さんが居てさー」
アイヴィーが言う『客』とは、侵入者のことを指しているのだろうが。
「どう困った客なんだ?」
「見逃してくれの一点張りで、他はなーんにも教えてくんないの。
もう俺達じゃお手上げでさあ。悪いけど、
ソクちゃんから、お話聞いてあげてくれない?」
「了解した」
車内の会話はその程度で終わった。
無線で司令官に状況報告などの連絡が次々と入ったからだ。
それに耳を傾けながら、ソクーロフは窓の向こうを見ていた。
濃紺の海を眺めていると、何故か今日の夜は長くなりそうだという予感があった。
海沿いの道を走っていくと、やがて海に佇む塔が見えてきた。
追憶の塔。そう呼ばれる建物が警備組織の司令塔だ。
ソクーロフとアイヴィーは中央司令室に来た。
「早かったですね、司令」
出迎えたのは副司令官のクロイツだった。
「ただいまー。言われた通り、ソクちゃん連れてきたよー」
「お待ちしておりました、ドクター。
お帰り前のお時間にご足労頂き、恐縮です」
その丁寧かつ淡々とした挨拶に心は籠っていない。
クロイツはソクーロフのことを表面上では丁重に扱うが、
個人の感情としては快く思われていないことは、ソクーロフも解っていた。
おそらく肌に合わないという類のものだろう。
だが、クロイツは『任務は任務』という考えの持ち主なので、
個人的な感情で任務に支障をきたすことはない。
だから、ソクーロフも難なく彼と仕事ができた。
クロイツから毛嫌いされていることを、
ソクーロフは不思議と心地好く感じていた。
この副司令官もなかなか面白い研究対象だからだろう。
クロイツは、声質と同様に、性格も通常は冷静だが、
その実、短気で直情的な一面を秘めている。
激昂した彼は実に人間的だ。まだ数度しか見せて貰ったことはないが。
こちらです、と歩き出す副司令官の背中に続く。
これから研究対象と面談ができると思うと、
何とも言い難い高揚感が胸に湧き上がってきた。
やはり自分は、無垢な子ども達と朝の挨拶を交わすより、
罪を犯した大人と接しているほうが、性に合っているのだろう。
どう考えても、『優しい保健室の先生』より、
『非情な研究者』のほうが、これまでの自分に、
――いや、本来の自分に近いのだから。
→
気が付くと、窓の外は暗く、時計を見ると、
保健室の営業終了時刻はとうに過ぎていた。
ミハイルの次回のカウンセリングについて考えていたら、夜になっていた。
そろそろ切り上げて帰らなくては。
ソクーロフが帰宅準備を始めた時、保健室の電話が鳴った。
「はい。保健室です」
「まだこちらにおいででしたか、ドクター」
淡々としたクールな声。
僅かに安堵したように聞こえたのは、探す手間が省けたから、だろう。
「こんばんは。クロイツかい?」
「はい。警備のクロイツです。いつもお世話になっております」
保健室に電話をかけてきたのは、
警備組織の副司令官、ラインハルト・クロイツだった。
「ドクター、まだ保健室にいらっしゃるということは、
只今お忙しいところでしょうか?」
急病人でも出たのか、という意味だろう。
「いいや。そろそろ帰ろうとしていたところだよ」
「そうですか。ご帰宅前に申し訳ございませんが」
「追憶の塔へのご招待だね? すぐに伺えるよ」
「助かります」
警備組織が島への侵入者を捕らえた場合、
ソクーロフの研究技術を惜しまず提供すること。
警備組織には研究者として雇われている。
自白・洗脳のエキスパートと呼ばれていた、前職の研究成果を買われてのことだ。
「只今、司令の車がそちらに向かっておりますので、
正門前でお待ち頂けますでしょうか。詳細は司令からお聞き下さい」
「解った」
「ありがとうございます。それではお待ちしております」
クロイツは用件だけを伝えて、電話を切った。
ソクーロフは保健室の戸締りをして、正門前へ向かう。
校舎がある敷地から正門まで続く長い通路。
その両脇には月桂樹が植えられている。
昼と夜では随分と雰囲気が違って見える場所だ。
生い茂る葉は、風が吹くと、生き物のように蠢いていた。
暗い月桂樹のアーチを通って、正門に到着した。
ソクーロフの顔を見た門番は、こちらから事情を説明する前に、
「お疲れ様です、博士」と言って、すぐに門を開けてくれた。
学院の門番は警備組織の隊員が務めている。
もうすぐここをソクーロフが通ることは副司令官から聞いたらしい。
細かなところまで気の回る副司令官だ。
正門の前でソクーロフは一人で立っていた。
今日は風が強い。夏に入ったとは言え、夜はまだ涼しい。
ふと空を見上げると、夜空には普段と変わらず、星々が輝いていた。
数分後、ベントレーがソクーロフの前に停まった。
運転席に長い金髪の男が座っている。警備組織司令官のアイヴィーだ。
ソクーロフは自分でドアを開け、後部座席に座った。
車が走り出すと、アイヴィーはミラー越しにこちらを見ながら、
「遅くにお呼び出ししてゴメンねー。いつものことだけどー」
「それで?」
「一人、困ったお客さんが居てさー」
アイヴィーが言う『客』とは、侵入者のことを指しているのだろうが。
「どう困った客なんだ?」
「見逃してくれの一点張りで、他はなーんにも教えてくんないの。
もう俺達じゃお手上げでさあ。悪いけど、
ソクちゃんから、お話聞いてあげてくれない?」
「了解した」
車内の会話はその程度で終わった。
無線で司令官に状況報告などの連絡が次々と入ったからだ。
それに耳を傾けながら、ソクーロフは窓の向こうを見ていた。
濃紺の海を眺めていると、何故か今日の夜は長くなりそうだという予感があった。
海沿いの道を走っていくと、やがて海に佇む塔が見えてきた。
追憶の塔。そう呼ばれる建物が警備組織の司令塔だ。
ソクーロフとアイヴィーは中央司令室に来た。
「早かったですね、司令」
出迎えたのは副司令官のクロイツだった。
「ただいまー。言われた通り、ソクちゃん連れてきたよー」
「お待ちしておりました、ドクター。
お帰り前のお時間にご足労頂き、恐縮です」
その丁寧かつ淡々とした挨拶に心は籠っていない。
クロイツはソクーロフのことを表面上では丁重に扱うが、
個人の感情としては快く思われていないことは、ソクーロフも解っていた。
おそらく肌に合わないという類のものだろう。
だが、クロイツは『任務は任務』という考えの持ち主なので、
個人的な感情で任務に支障をきたすことはない。
だから、ソクーロフも難なく彼と仕事ができた。
クロイツから毛嫌いされていることを、
ソクーロフは不思議と心地好く感じていた。
この副司令官もなかなか面白い研究対象だからだろう。
クロイツは、声質と同様に、性格も通常は冷静だが、
その実、短気で直情的な一面を秘めている。
激昂した彼は実に人間的だ。まだ数度しか見せて貰ったことはないが。
こちらです、と歩き出す副司令官の背中に続く。
これから研究対象と面談ができると思うと、
何とも言い難い高揚感が胸に湧き上がってきた。
やはり自分は、無垢な子ども達と朝の挨拶を交わすより、
罪を犯した大人と接しているほうが、性に合っているのだろう。
どう考えても、『優しい保健室の先生』より、
『非情な研究者』のほうが、これまでの自分に、
――いや、本来の自分に近いのだから。
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