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Marginal Prince Short Story
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ホワイト・レディ1 の続編
Sの専攻は――私と同じで――心理学です。
大学院を出たあとは、ある組織の研究職に就き、
自白や洗脳について研究している男でした。

ある夜、上司の――では、L博士と呼ぶことにしましょうか。
上司のL博士に誘われて、バーへ行きました。

店内は照明はかなり暗めで、席が近くなければ、
同じ店の中に知り合いが居ても解らない程でした。
アルコールや軽食の種類も豊富でしたし、
職場から程近く、明け方まで開いているのも便利だったんでしょうね。
仕事帰りに夕食を取ったり、職場では話せないようなことを、
仲間内で話し合う場所としても使われていて、
あの組織の人間なら、一度は誰かに誘われていくような店でした。

その夜、L博士は最初、他愛のない話ばかりをしていて、
Sは少々退屈な思いをしていました。
L博士は、何かSに話があって、この店に誘った筈なのに、
いつまでたっても本題が出てこなかったので。

Sは相手の表情や言動からも、相手の考えを多少読み取ることができました。
――いえ。心理学を学ぶ前からです。
Sは幼い頃から、そういった能力を少し持っていたんですよ。
それが年を重ねるごとに、少しずつ成長していったんです。

つまらない話を繰り返す上司に業を煮やしたSは、
「それで、今日は何故、私を誘ったんですか?」と言いました。
すると、L博士は少し驚いた顔をしてSを見たあと、
「S君に隠し事はできないんだったね」と笑っていました。

「言いたいことがあるなら早く言って下さい。
今夜は早く帰って、論文に使う参考文献を読む予定だったんです」

すると、L博士は表情を曇らせました。
その時点でSには、何が本題なのか解りました。

「実は、その論文のことなんだがね?」

「何です?」

「進捗状況はどうだい?」

「順調ですよ。当初より大幅にボリュームが増えることになりましたから、
まだ時間はかかると思いますが。なるべく早く発表したいと思っています」

「完成はいつ頃になりそうなのかな?」

「残念ですが、今年の学会には間に合いませんね。でも来年には」

「そう。来年、か」

「来年では、何か不都合なことでも?」

「S君には敵わないね。今夜は正直に言うよ。
私はね。君が論文を発表するとしても、
タイミングを見計らってからのほうが良いと思っているんだ」

「タイミング?」

「君が今、したためているものは、現在の心理学に、
言わば、革命を起こすようなニューパラダイムだ」

「ええ。そうなるでしょうね。だからこそ早く」

「いや。だからこそ、早まってはいけないんだ」

「何故です」

「君はガリレオになりたいのかい?」

ガリレオ・ガリレイは、天動説が信じられていた時代に、
それとは逆の地動説を唱え、死ぬまで異端の者となった天文学者でした。
宗教裁判で有罪となり、二度と地動説を唱えないと誓約した際、
周囲には解らないようギリシャ語で、
「それでも地球は回っている」と呟いたとの逸話がある人物です。
ローマ教皇が裁判の誤りを認め、ガリレオに謝罪したのは1992年。
ガリレオの死去から350年も経ってからでした。
L博士はSを諭すように言いました。

「私もS君の才能と技術は素晴らしいと思っている。
だからこそ君に、発表のタイミングを見誤って欲しくはないんだ」

しかし、当時のSは、できるなら一刻も早く、
自分の論文を世に出したいと考えていたので、L博士の忠告は不満でした。
年配者の親切な忠告は素直に聞き入れたほうが身の為だ、
と彼が知るのは、それよりもう少し先のことですから。

「では、いつなら良いと言うんです?」

「それは」

「私の死から350年後ですか? それなら私は待てませんよ」

「あっ。L博士じゃないですか」

女性の声がして、二人の会話は中断しました。


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