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■レッド×アンリ
---------------
「来なければ、良かったな」
アンリの呟きは、誰の耳にも届かない。
デッド・プリンスのライブ会場は人で埋め尽くされていた。
今は4曲目。この空間は、酷い高揚感に包まれている。
こういう雰囲気はどうしても好きになれない。
人混みは元々得意ではない。
彼等のライブには以前にも無理に誘われて来た事があるのだし、
今日、此処に来る予定も無かった。
つい1時間前まで、寮のサロンで本を読んでいた。
ライブハウスに向かう途中のジョシュアとユウタに出くわして。
僕の静寂の時間は狂い始めた。
花の蜜のような声に囁かれ、
純白の笑顔に腕を引かれて、
無理矢理、此処まで連れて来られた。
何故僕が、こんな騒がしい音と人間に囲まれる場所に
居なくてはならないのだろう。隣の人間との距離も近過ぎる。
「アンリ、今、何か言ったかい?」
僕より6cmばかり身長が高い人。
彼は、身を屈めて、顔を寄せて来た。
そうしないと、互いに声が聞き取れないからだ。
理由は解る。
他者への気遣いに満ちた瞳。
苦手なそれから、無言のまま目を逸らす。
次の曲が始まる。
イントロを聞いた観客から、一斉に歓声が上がる。
デッド・プリンスのライブでは最も人気のある曲。
ボーカルが作ったものだ。
遠く離れた想い人へ、情熱的に愛を歌うロック。
歌詞の中に「どんなに離れていたって 君を感じる」という部分がある。
ボーカルは「君」というフレーズが来ると、観客の誰かを指差す。
そのアクションが人気の一因らしい。
僕の隣に居る純白の少年も、
以前「1回くらいは指差されてみたいな」と言っていた。
その心理がまるで理解できない。
ボーカルは、無作為に選んでいるだけで、特別な意味は何も無い筈だ。
その場の気分で選ばれることが、どうして嬉しいのか解らない。
これも僕に人間的な感情が欠けているからだろうか。
遠く、手の届かないステージの上には。
見知った顔が3つ並んでいる。
左手に居るのは、髪の長いドラマー。
細い棒で、丸い箱を叩いている。
彼は、陽気な兎のようにリズムを刻んでいる。
一見すると、縦横無尽に跳ねているようだが、
その場の状況に応じて、自分を変えている。
少しゆっくりめのギタリストと、いつ暴走するか解らないボーカル。
常にその2つの距離は揺らめいている。
ドラマーは、刻々と変化する状況の中、いつもその中間に位置していた。
遅れたり、先走ったりするアンバランスな彼等を支え、
曲の最後まで確実に牽引している。
ステージ右手には、眼鏡を掛けたギタリスト。
普段マイペースな彼は、ボーカルの早いテンポに時折遅れる。
それは本人も自覚しているようで、
歌い手とアイコンタクトを交わしながら、
彼の呼吸に合わせようとしているのが解った。
ステージ中央に居るのは熱唱しているボーカル。
彼もギターを弾いている。
奏法は自由そのものだ。
客の反応、いや、自分の気分次第で、
曲のテンションが変わっているように見える。
ボーカルの指には、赤いピック。
ギタリストが手にしている物と同じ色のようだ。
たまたま似ているのか、それとも全く同じ品物なのかは、
ステージの下、僕が居る場所からは到底判断できない。
仮に、二人が同じ物を持っているのだとしても、
僕には関係の無いことだ。
やはり、来なければ良かった。
こんなラブソングのどこがそんなに良いのだろう。
彼が、誰の為に作った歌なのか解らないのに。
どうして皆は、この歌が楽しめるのだろう。
遠いステージの上で、ボーカルは情熱的に歌い上げている。
役者だけあって、その声は見ている者全てを虜にする。
観客は魔法に掛かったように、彼の声に魅入られているようだ。
こういう時、彼が銀幕スターなのだと思い知らされる。
彼が幼い頃から持っている才能。
その眩い光は、孤島のライブハウスの中でも惜しみなく輝いている。
僕が生まれ持つ仄暗い力とは相反する光だ。
此処に居ると、彼をとても遠くに感じる。
彼は僕にとって、正反対の色を持つ人間だ。
寮のサロンに居る彼の方が、幻なのではないかとさえ思えてくる。
今、ステージでカラフルなライトを浴び、
会場中を酔わせている彼は、間違いなく、
世界が認めた天才役者、アルフレッド・ヴィスコンティだ。
曲が終盤に差し掛かる。
ボーカルが観客を指差す場面に近付く。
歌詞が「君」というフレーズに届くまで後数秒だ。
今日は誰が選ばれるのかと、観客もそわそわしているようだ。
隣に居る純白の笑顔も、緊張気味に見えた。
ボーカルは歌いながら、人差し指を高く掲げた。
――どんなに離れていたって――
その指が、迷い無く会場の一人に向けられる。
隣の少年が息を呑む音がした。
――君を感じる――
途端に隣から、ぽかぽか殴られる。
「イイなー! アンリ!」
「…僕を叩かないで。文句なら彼に…」
ステージを見上げると、
愛を熱唱しているボーカルと目が合った。
大きな双眸が、片方だけ瞬く。
その笑顔が眩しく見えたのは、
ステージの照明が明る過ぎたからだ。
fin
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「来なければ、良かったな」
アンリの呟きは、誰の耳にも届かない。
デッド・プリンスのライブ会場は人で埋め尽くされていた。
今は4曲目。この空間は、酷い高揚感に包まれている。
こういう雰囲気はどうしても好きになれない。
人混みは元々得意ではない。
彼等のライブには以前にも無理に誘われて来た事があるのだし、
今日、此処に来る予定も無かった。
つい1時間前まで、寮のサロンで本を読んでいた。
ライブハウスに向かう途中のジョシュアとユウタに出くわして。
僕の静寂の時間は狂い始めた。
花の蜜のような声に囁かれ、
純白の笑顔に腕を引かれて、
無理矢理、此処まで連れて来られた。
何故僕が、こんな騒がしい音と人間に囲まれる場所に
居なくてはならないのだろう。隣の人間との距離も近過ぎる。
「アンリ、今、何か言ったかい?」
僕より6cmばかり身長が高い人。
彼は、身を屈めて、顔を寄せて来た。
そうしないと、互いに声が聞き取れないからだ。
理由は解る。
他者への気遣いに満ちた瞳。
苦手なそれから、無言のまま目を逸らす。
次の曲が始まる。
イントロを聞いた観客から、一斉に歓声が上がる。
デッド・プリンスのライブでは最も人気のある曲。
ボーカルが作ったものだ。
遠く離れた想い人へ、情熱的に愛を歌うロック。
歌詞の中に「どんなに離れていたって 君を感じる」という部分がある。
ボーカルは「君」というフレーズが来ると、観客の誰かを指差す。
そのアクションが人気の一因らしい。
僕の隣に居る純白の少年も、
以前「1回くらいは指差されてみたいな」と言っていた。
その心理がまるで理解できない。
ボーカルは、無作為に選んでいるだけで、特別な意味は何も無い筈だ。
その場の気分で選ばれることが、どうして嬉しいのか解らない。
これも僕に人間的な感情が欠けているからだろうか。
遠く、手の届かないステージの上には。
見知った顔が3つ並んでいる。
左手に居るのは、髪の長いドラマー。
細い棒で、丸い箱を叩いている。
彼は、陽気な兎のようにリズムを刻んでいる。
一見すると、縦横無尽に跳ねているようだが、
その場の状況に応じて、自分を変えている。
少しゆっくりめのギタリストと、いつ暴走するか解らないボーカル。
常にその2つの距離は揺らめいている。
ドラマーは、刻々と変化する状況の中、いつもその中間に位置していた。
遅れたり、先走ったりするアンバランスな彼等を支え、
曲の最後まで確実に牽引している。
ステージ右手には、眼鏡を掛けたギタリスト。
普段マイペースな彼は、ボーカルの早いテンポに時折遅れる。
それは本人も自覚しているようで、
歌い手とアイコンタクトを交わしながら、
彼の呼吸に合わせようとしているのが解った。
ステージ中央に居るのは熱唱しているボーカル。
彼もギターを弾いている。
奏法は自由そのものだ。
客の反応、いや、自分の気分次第で、
曲のテンションが変わっているように見える。
ボーカルの指には、赤いピック。
ギタリストが手にしている物と同じ色のようだ。
たまたま似ているのか、それとも全く同じ品物なのかは、
ステージの下、僕が居る場所からは到底判断できない。
仮に、二人が同じ物を持っているのだとしても、
僕には関係の無いことだ。
やはり、来なければ良かった。
こんなラブソングのどこがそんなに良いのだろう。
彼が、誰の為に作った歌なのか解らないのに。
どうして皆は、この歌が楽しめるのだろう。
遠いステージの上で、ボーカルは情熱的に歌い上げている。
役者だけあって、その声は見ている者全てを虜にする。
観客は魔法に掛かったように、彼の声に魅入られているようだ。
こういう時、彼が銀幕スターなのだと思い知らされる。
彼が幼い頃から持っている才能。
その眩い光は、孤島のライブハウスの中でも惜しみなく輝いている。
僕が生まれ持つ仄暗い力とは相反する光だ。
此処に居ると、彼をとても遠くに感じる。
彼は僕にとって、正反対の色を持つ人間だ。
寮のサロンに居る彼の方が、幻なのではないかとさえ思えてくる。
今、ステージでカラフルなライトを浴び、
会場中を酔わせている彼は、間違いなく、
世界が認めた天才役者、アルフレッド・ヴィスコンティだ。
曲が終盤に差し掛かる。
ボーカルが観客を指差す場面に近付く。
歌詞が「君」というフレーズに届くまで後数秒だ。
今日は誰が選ばれるのかと、観客もそわそわしているようだ。
隣に居る純白の笑顔も、緊張気味に見えた。
ボーカルは歌いながら、人差し指を高く掲げた。
――どんなに離れていたって――
その指が、迷い無く会場の一人に向けられる。
隣の少年が息を呑む音がした。
――君を感じる――
途端に隣から、ぽかぽか殴られる。
「イイなー! アンリ!」
「…僕を叩かないで。文句なら彼に…」
ステージを見上げると、
愛を熱唱しているボーカルと目が合った。
大きな双眸が、片方だけ瞬く。
その笑顔が眩しく見えたのは、
ステージの照明が明る過ぎたからだ。
fin
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