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■ジョシュア×アンリ
■紙の魚の後日談
---------------------
4月2日の夜。
アンリの部屋に、ジョシュアが訪れていた。
それぞれが好きな物を飲んで、他愛も無い話に興じているだけだ。
僕は紅茶、ジョシュアは珈琲だ。
部屋の中に、二つの香りが漂っていても、嫌ではなかった。
「ねえ。アンリ、どうして俺には魚を貼ってくれなかったんだい?」
「可笑しな人だね。君は愚か者になりたかったの?」
「そうなるね。ユウタが少し羨ましかったから」
「どうやら、君が一番愚か者のようだね、ジョシュア」
「そうだね」
可笑しそうに、ジョシュアは笑っている。
「それにしても、アンリがポワソン・ダブリルをするなんて、ちょっと意外だったな」
「そう? だって、この寮には如何にも釣れそうな魚が居るのだし。
今年もからかい甲斐のある魚が入ったからね」
ジョシュアは苦笑する。
「アンリなりに、新入生を歓迎してくれているんだろう?」
「別に。ただの退屈凌ぎだよ」
「素直じゃないね、アンリは」
「ジョシュアは、素直な僕が見たいの?」
「いや。アンリはアンリのままで良いよ」
僕は紅茶に手を伸ばす。
今日は濃く淹れてしまったようだ。
赤い湯は、彼の目と同じ色だ。
「そうだ。アンリ、今日、街でこれを見つけたんだよ」
小さな透明の箱。
中に入っていたのは魚の形をしたチョコレートだ。
「ポワソン・ダブリルは、バレンタインのようなイベントでもあるそうだね。
魚のチョコレートと一緒に、面白いジョークや、愛のメッセージを添えて送るんだろう?」
リボンが掛けられた箱には白いカードが刺さっていた。
それに綴られたメッセージを見て、アンリは微笑する。
「ジョシュアって、やっぱり愚か者だね」
「それなら、俺は愚か者のままで良いよ」
「それは面白いジョークだね」
紅茶を飲み干す。
段々熱と香りを失っていた。
冷めた紅茶は、好きではない。
「そう言えばアンリ。君は、子供の時もポワソン・ダブリルを、よくやっていたのかい?」
「まさか。子供の時は、他の子達がやっていたのを見ていただけ。
魚を貼ったことも、貼られたこともなかったよ」
「…えっ?」
「サン・ジェルマン家の人間と遊ぶ子なんか居る筈ないでしょ。
僕に近付くと呪われる、と真剣に信じていた子もいたからね」
サン・ジェルマンの初代は不老不死の薬を作ったとか、
時間旅行者だったなど、妖しげな噂が実しやかに囁かれる人物だ。
他の家の親から「あの家の子とは遊んではいけない」と言われたこともある。
無理もない。悪魔呼ばわりされるのにはもう慣れた。
実の父親に、そう呼ばれ続けたのだから。
「Poisson d'Avril」
ジョシュアは流暢な発音でそう言うと、僕の背に触れた。
「今、アンリの背中に、魚の紙を貼ったよ」
「…ジョシュア?」
「でもね。これは素直な人間にしか見えない紙なんだ」
僕は肩を竦めてみせる。
「じゃあ、僕には見えない、ね」
「すまない。今度のポワソン・ダブリルには、誰の目にも見える紙を使うね」
下手なジョーク。
今度、の時に君は此処に居ないくせに。
やはり君は、嘘に慣れてない。
相手を癒す嘘しか吐いたことがないのだから。
次に僕の言う台詞は自ずと決まってくる。
「要らないよ。『愚か者』の証なんて嫌だから」
君も僕が何と言うか解った上で、嘘を吐いているんだろう。
いい加減付き合いも長いから。
互いに次にどんな台詞を言うかくらいは解る。
時には、何を言わなくとも、
相手が何を考えてるのかさえ、手に取るように。
僕の予想通り、君は少し困った笑顔で、言う。
「残念だな」
それが本心だとも解ってる。
もし、君と幼い頃から知り合いだったら。
今、僕の背中にある魚も、見えたのだろうか。
一日遅れのポワソン・ダブリル。
ジョシュアが吐く嘘は、優し過ぎて、
嫌だ。
fin
■紙の魚の後日談
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4月2日の夜。
アンリの部屋に、ジョシュアが訪れていた。
それぞれが好きな物を飲んで、他愛も無い話に興じているだけだ。
僕は紅茶、ジョシュアは珈琲だ。
部屋の中に、二つの香りが漂っていても、嫌ではなかった。
「ねえ。アンリ、どうして俺には魚を貼ってくれなかったんだい?」
「可笑しな人だね。君は愚か者になりたかったの?」
「そうなるね。ユウタが少し羨ましかったから」
「どうやら、君が一番愚か者のようだね、ジョシュア」
「そうだね」
可笑しそうに、ジョシュアは笑っている。
「それにしても、アンリがポワソン・ダブリルをするなんて、ちょっと意外だったな」
「そう? だって、この寮には如何にも釣れそうな魚が居るのだし。
今年もからかい甲斐のある魚が入ったからね」
ジョシュアは苦笑する。
「アンリなりに、新入生を歓迎してくれているんだろう?」
「別に。ただの退屈凌ぎだよ」
「素直じゃないね、アンリは」
「ジョシュアは、素直な僕が見たいの?」
「いや。アンリはアンリのままで良いよ」
僕は紅茶に手を伸ばす。
今日は濃く淹れてしまったようだ。
赤い湯は、彼の目と同じ色だ。
「そうだ。アンリ、今日、街でこれを見つけたんだよ」
小さな透明の箱。
中に入っていたのは魚の形をしたチョコレートだ。
「ポワソン・ダブリルは、バレンタインのようなイベントでもあるそうだね。
魚のチョコレートと一緒に、面白いジョークや、愛のメッセージを添えて送るんだろう?」
リボンが掛けられた箱には白いカードが刺さっていた。
それに綴られたメッセージを見て、アンリは微笑する。
「ジョシュアって、やっぱり愚か者だね」
「それなら、俺は愚か者のままで良いよ」
「それは面白いジョークだね」
紅茶を飲み干す。
段々熱と香りを失っていた。
冷めた紅茶は、好きではない。
「そう言えばアンリ。君は、子供の時もポワソン・ダブリルを、よくやっていたのかい?」
「まさか。子供の時は、他の子達がやっていたのを見ていただけ。
魚を貼ったことも、貼られたこともなかったよ」
「…えっ?」
「サン・ジェルマン家の人間と遊ぶ子なんか居る筈ないでしょ。
僕に近付くと呪われる、と真剣に信じていた子もいたからね」
サン・ジェルマンの初代は不老不死の薬を作ったとか、
時間旅行者だったなど、妖しげな噂が実しやかに囁かれる人物だ。
他の家の親から「あの家の子とは遊んではいけない」と言われたこともある。
無理もない。悪魔呼ばわりされるのにはもう慣れた。
実の父親に、そう呼ばれ続けたのだから。
「Poisson d'Avril」
ジョシュアは流暢な発音でそう言うと、僕の背に触れた。
「今、アンリの背中に、魚の紙を貼ったよ」
「…ジョシュア?」
「でもね。これは素直な人間にしか見えない紙なんだ」
僕は肩を竦めてみせる。
「じゃあ、僕には見えない、ね」
「すまない。今度のポワソン・ダブリルには、誰の目にも見える紙を使うね」
下手なジョーク。
今度、の時に君は此処に居ないくせに。
やはり君は、嘘に慣れてない。
相手を癒す嘘しか吐いたことがないのだから。
次に僕の言う台詞は自ずと決まってくる。
「要らないよ。『愚か者』の証なんて嫌だから」
君も僕が何と言うか解った上で、嘘を吐いているんだろう。
いい加減付き合いも長いから。
互いに次にどんな台詞を言うかくらいは解る。
時には、何を言わなくとも、
相手が何を考えてるのかさえ、手に取るように。
僕の予想通り、君は少し困った笑顔で、言う。
「残念だな」
それが本心だとも解ってる。
もし、君と幼い頃から知り合いだったら。
今、僕の背中にある魚も、見えたのだろうか。
一日遅れのポワソン・ダブリル。
ジョシュアが吐く嘘は、優し過ぎて、
嫌だ。
fin
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