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Marginal Prince Short Story
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■ジブリール×ヤン
ヤンと森で 続編
「あっ、なあ、ジブリール!」
今日の講義が終わったジブリールはアルファルド寮へ戻るところだった。
擦れ違い様に呼び止めたのはエドガー・ラッセル。
ジブリールより一学年上の高等部3年。
彼をエドと呼ぶ者もいるが、ジブリールはエドガーと呼んでいた。
ウーティス寮に住むエドガーとは元々交流がなかったし、
親しみも感じていなかった。
黒髪に鋭い目付きを持つジブリールは他の生徒達には近寄り難い存在らしいが、
エドガーには気にならないのか、ジブリールにも普通に接していた。
「あのさ。ヤン、見てないか?」
ヤンというのはおそらく今年度の生徒代表だ。ヤン・ハシェク。高等部3年。
元は悪くないのに、不恰好な服装と眼鏡のせいで教授のように見える生徒。
偶に見掛けると、大抵ぼうっとして表情で歩いている。
今日はその間抜け面には会っていない。
「見ていないが」
「そっかー。サンキュ」
駆け出そうとしたエドガーを呼び止める。
「居ないのか? あいつ」
「ああ。カフェで昼一緒に食べようって言われてたんだけどさ。
 来なかったんだよな、結局。あいつバカだからさー。
 どっかで大怪我とかしてんじゃねえかって心配なんだよな」
教授陣にも『数学の天才』と呼ばれるヤンを、
エドガーは平気でバカ扱いしていた。
「大怪我など、どうやってするんだ?」
「あ、知らない? あいつの身体、割とあちこちに傷あるんだぜ?
 前科があんだよ、色々と。あ、去年の夏なんか、一番参ったんだけどさ。
 ウーティスとシュヌーシアで海に行ったんだよな。
 お前達、アルファルドは参加してくんなかったけど。
 で、夜は皆で星見てたりとかしてたわけ。
 なんかヤン居ねえなーと思ったら、崖から落ちてて、
 足くじいて動けなくなってたりとか? 星数えて、足許全然見てなかったんだと。
 昨日もさー、なんか歩きながら暗算してたみたいで、柱にぶつっかてたし。
 それで眼鏡割って、顔に傷作ってんだぜ、バカだろマジで」
流石にジブリールも閉口した。エドガーは短い金髪を掻く。
「だからさー、あいつ今、眼鏡掛けてないんだよなー。
 見えないんだから、今日はじっとしてろって言ったのに。
 何処行ったんだ、あのバカ」
エドガーはジブリールの両肩に手を置く。
「つーわけで、バカ見掛けたら回収してくれると助かるっ。んじゃな」
ぽんっと肩を叩いて駆けて行った。
ヤンが暮らすシュヌーシアの連中と手分けして、ヤンを探しに行くようだった。
エドガーはウーティス寮だが、在籍年数が長いことと、
気さくな性格から友人が多いようだった。
ウーティスとシュヌーシアの間では、情報も寮生も行き交う。
合同でバーベキューパーティやチェス大会を開催することもある。
アルファルドにもその連絡は来るのだが、誰も参加しない。
悪意はない。ただ親睦を深めることにあまり価値を置いていないだけだ。
シュヌーシアの生徒達とエドガーが学院内に散っていく。
ジブリールには次の講義があった。
俺には関係のないことだ。そう思い、次の教室へ向かった。
講義中、ジブリールは空を眺めていた。
青い四角を鳥が横切っていく。
三羽目だ。
ジブリールの猛禽類のような瞳は小さく瞬いた。
無意識のうちに鳥の数を数えていたらしい。
何気なく空を見ていただけなのに。
これではまるで――
眼鏡を掛けた穏やかな顔が浮かぶ。
同時に草笛の曲が勝手に流れた。
ヤンが吹いた草笛が、気が付くと頭の中に流れている。

講義が終わった後、寮に足が向かわなかった。
シュヌーシアの生徒達をキャンパス内で見掛けた。
首を横に振っている。
まだ見付からないのだろうか。
ジブリールは腕時計を覗く。16時。
昼から行方不明なら、4時間も姿を消していることになる。
シュヌーシアの連中が何人も探してるのに。
たった一人の生徒が見付からない。
学院内には居ないということだろうか。
ジブリールは一度寮に戻る。バトラーに車を呼ぶように頼んだ。

「今日のマージナルプリンスはジブリールか。珍しいな。お買い物?」
馴れ馴れしい金髪の運転手。
あまり得意な人種ではなかったが、こいつしか居なかったので仕方がない。
無言のまま、黄色いタクシーに乗り込む。
「さて。どちらまで行きましょうか?」
「海へ行ってくれ。海沿いを走って、学院に戻って欲しい」
運転手はミラーを覗く。
「へえ。お前さんも海? 今日は海で何かあんの?」

浜辺に到着する。聖アルフォンソ学院のプライベートビーチ。
広い砂浜にひとつだけ人影があった。
色も長さも中途半端な灰色の髪。
エドガーの言っていた通り、眼鏡を掛けていなかった。
いつもより幼く見えて、一瞬誰だか解らなかった。
腕より長いシャツの袖口と紺のカーディガン。
そのだらしない着こなしで、誰だか判断した。
ヤン・ハシェク。今、皆が探している奴だ。
片頬には絆創膏が貼られていた。それも幼く見える原因のようだ。
何故か首からストップウオッチをぶらさげている。
ジブリールは砂を踏み締めて近付いていく。
聖アルフォンソ学院の生徒代表は、何故か砂浜で走っていた。
とても遅い。運動神経というものには無縁らしい。
「わっ」
靴を砂に取られて転んだ。膝に白い砂が付く。
「ヤン…」
「いてて…あれ。今のジブリールの声、かな?」
目を細めたヤンが、ジブリールに近付いて来る。
かなり近くまでやってきて、笑顔になった。
「あっ。やっぱりジブリールだ。こんにちは。どうしたの、こんなところで?」
「お前こそ、何をしているんだ、こんなところで」
「僕? 紙飛行機」
青い紙細工を掲げた。
「何だ、それは?」
「中国発祥の遊びなんだって。紙で作った飛行機を飛ばすんだよ。
 今日、数学の先生に教えて貰ったんだ。先生の紙飛行機、すっごい飛ぶんだよ」
ヤンの周りには紙で作ったらしい物が散らばっている。
これが紙飛行機という物なのだろうか。
ざっと見て30機以上はある。少しずつ形が違う。
カラフルな真四角の紙の束が置いてある。これで作ったようだ。
砂の上には木の棒が転がっている。
傍には数字の羅列と意味が読み取れない計算式。
ジブリールが問う前にヤンは質問に答えた。
「これはね、飛行時間と飛行距離の計算してたんだよ。
 僕もね、よく飛ぶ紙飛行機を作りたくって。
 広い場所が良いかなあと思って、海に来ちゃった」
「それを作ってどうするんだ?」
「え? 飛ばすだけだよ?」
砂の上に散らばっている紙飛行機の中から、ひとつを手に取る。
「今のとこね、これが一番良く飛ぶんだ。見ててね? それっ」
紙飛行機から手を離すと同時に、
ヤンは首から下げていたストップウオッチを押す。
紙飛行機の後を追い駆けながら、着地点まで一緒に走っている。
地面に落ちると、ストップウオッチの時間を確かめ、木の棒で砂にメモを取る。
ポケットからメジャーを出して飛行距離を測った。
ヤンはひょこっと顔を上げた。
「あっ、スゴイ。最高新記録だ」
再び木の棒を持って、何かの計算式をさらさらと書き始めた。
その間、ジブリールは黙ってヤンを見ていた。
ひとつ年上の男とは思えない程の子供っぽさ。
ヤンの灰色の瞳は少年のそれのように輝いている。
遊んでいるんだ、と感じた。
ジブリールには読むことも出来ない計算式を使って。
解を求め終わったらしいヤンは、木の棒でその数字を丸でくくった。
「ありがとう。ジブリール。君のおかげだね」
「何が」
「ジブリールが見ててくれたから、長く飛んだんだよ」
「関係ないだろう、そんなこと」
「ううん。ジブリールが居なかった時は、こんなに飛ばせなかったもん。
 大天使の名前を持つ人はやっぱり違うな」
「俺はこの名前が嫌いだ」
「えっそうなの? 僕はいい名前だと思うよ?
 カブリエルのアラビア語でしょ、ジブリールって。
 砂漠の国の王子様にはぴったりっていうか。
 イスラム教ではガブリエルが最高位の天使だし。
 ネーミングセンスあるよね、予言者みたい」
「予言だと?」
「うん。君は最高位に相応しい人だから」
ヤンは折り紙を見せる。
「そうだ。ジブリールも一緒にする? 紙飛行機」
「いや、いい」
「作り方なら教えてあげるよ。簡単だからさ。ね?」

空に一番星が見えた頃。
砂浜の上に大きな叫びが飛んで来た。
「居たっ! おいっ、そこのバカ!」
バカという単語にヤンが反応する。
頭を上げて、きょろきょろする。
「あれ。エドの声?」
沿道から浜辺に降りて来たのはエドガーだった。
後方には黄色いタクシーが止まっている。
ヤンの目の前まで来て、腰に手を置いた。
「なんで海に居るんだよ、お前は」
「あ、あの…広いトコで紙飛行機したくて」
エドガーは傍に居た人物に驚いた。
「ジブリール…お前まで何やってんだ。回収してくれって言ったろ?」
「すまない…」
「えっ? 回収って?」
「お前のことだよ、お前の。皆で探してたんだぜ?
 シュヌーシアの奴等もまだお前を探してる」
「えっ…僕を? どうして?」
「ったく。お前が昼メシ一緒に食おうとか言ったくせに来ないからだろうが!」
「あ…ごめん。僕、すっかり…」
「そんなことだろうと思ったけどさ」エドガーはヤンの頭に手を置く。
「ヤン、今日はどこも怪我してないのか?」
「あ、うん。大丈夫」
「そーかよ。さっさと帰るぞ、もう晩メシの時間なんだからな」
「そう言えば、僕、おなかすいたな」
「当たり前だろうが。お前は昼、食ってないんだから。行くぞ」
「あっ、ちょっと待って。紙飛行機持って帰んなきゃ」
砂浜に散乱した紙飛行機を拾い集める。
ヤンが解いた計算式を浜辺に残し、
三人は、エドガーが乗ってきたタクシーに乗り込んだ。
助手席の窓からジブリールは海を見ていた。
何故、俺は今こんなところに居るのだろう。
講義が終わって、寮に戻っている筈だ。
海なんかへ行くつもりじゃなかったのに。
後部座席ではヤンがエドガーに叱られていた。

シュヌーシア寮に到着すると、待っていた寮生達が駆け寄って来た。
「ヤン! もう何処行ってたんだよー」
「あ、えっと、海に」
「海かー。俺、天文台までは行ったんだけどな。岩とか数えてんのかなって」
「俺は聖堂。まーたガラスでも数えてんじゃないかと思って」
「身体の弱い連中もサロンで待機して、皆心配してたんだぜ?」
「ったく。世話の掛かる生徒代表だなあ」
「ごめん…」
下級生達に囲まれて、最高学年の生徒代表は身を小さくしていた。
シュヌーシアの寮生達は総出でヤンを探していたようだ。
やっと見付かってほっとしたのか皆笑顔だった。
「てゆうかさ、ヤン、手に持ってんの何?」
「これ? 紙飛行機っていう遊びでね。あ、皆もやる?」
エドガーが灰色の髪を叩く。
「ダーメだ。今日はさっさと寮に帰れ。腹減ってんだろ?」
「あっ、そうだった」
「んじゃな」
エドガーはウーティスに駆けて行く。
シュヌーシアの連中もヤンを囲んで寮に戻ろうとしていた。
「あっ、ジブリール」
ヤンの声。振り返ると、灰色の穏やかな瞳と目が合う。
「今日はありがとう。今度はもっと大きな紙飛行機作ろうね」
返事をせずに背を向ける。
ジブリールの足はアルファルド寮へと向かった。


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