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Marginal Prince Short Story
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■博士×生徒代表ヤン
75 のサイドストーリー
ジョシュアの入学翌日。
ソクーロフは生徒代表のヤンに保健室に来るように頼んでいた。
新入生のカウンセリング前に、学院案内をした時の様子を教えて欲しいと。
しかし、約束の時間になっても、今年度の生徒代表は保健室に現れなかった。
ソクーロフにとっては特段驚くことではなかった。約束を忘れているのだろう。
ヤンの場合、頭が数学でいっぱいになると、他の雑事は記憶の外に放り出される。
彼に初めて会った時から、そんな傾向が見受けられたからだ。
ジョシュア・グラントについての報告はいち早く聞きたかった。
ソクーロフは数か所、見当を付けて、ヤンを探した。
シュヌーシア寮と、生徒代表室には居なかった。ヤンは月桂樹の森に居た。
彼の華奢な背を預けるには、細い幹で充分のようだ。
足は2本とも投げ出して、地面に直に座っている。
知性的な瞳が向いている方向は前方、やや上だが、
木洩れ陽に感動しているわけではないだろう。今日は曇りだ。
空はそのうちに降り出しそうな重たい灰色に覆われている。
ソクーロフが傍に立っていることに、ヤンは全く気付いていないらしい。
何事かぶつぶつと小さく口が動いていた。近付いてみると、数を唱えていた。
「48と75、140と195、1050と1925…」
「やあ、ヤン。森に居たんだね」
「…62744と75495、186615と206504…」
「ヤン? ヤン」
「え…」
ヤンの目に映ったのは、眼鏡、グレイの長い髪。
ふわりと白衣から漂う香り。
「くすり…あ。そくーろふ、せんせい…?」
先生、と呼ぶ子だった。
ヤンは『先生』という役職に憧れを抱いているらしかった。
博士は身を屈め、生徒代表の顎を持ち上げた。
「随分、眠そうだね、ヤン」
ぼんやりと向けられる視線。今にも閉じてしまいそうな瞼。
眼の下の窪みを親指でなぞる。
「昨夜は眠れなかったかい?」
「はい…ちょっと、婚約数を探していて…」
「婚約数? ああ、準友愛数のことだね?」
「せんせい、知ってるんですか…嬉しいな…あ、れ? 
そうだ、僕、先生んとこに行く約束してましたか?」
「思い出したかい?」
「ジョシュアのこと、ですよね。えっと…あ。ナイチンゲールが…」
「ナイチンゲールが?」
「はい。彼が来てくれて…嬉しそうでした…ん…あふ…」
手で口許を隠して、ひとつ欠伸をした。
博士は微笑んだ。眼鏡の奥の瞳は後方を盗み見た。
「また明日に改めた方が良さそうだね…誰か来たようだ。失礼するよ」
腰を上げる。風で白衣の裾が翻る。
ヤンの頭がぐらりと揺れる。睡魔の誘惑に負ける直前まで来ていた。
「あーあー。これから雨だってのに、んなとこで寝るなよ、ヤン」
駆けて来たのは体格の良い生徒。付き合いの長い友人。
ウーティス寮のエドガーだ。短く切った金髪が、かろうじて見える。
「えど…」
夢と現を行き来しているヤンの肩に大きな手が置かれる。
「なあ。今の、ソクーロフ博士だよな? 珍しいな、博士が森なんか歩いてるなんて」
「ん…」
「博士と何話してたんだ?」
「ごめ…ねむ…い」
「おい、ヤ…」
瞼の重みに耐え切れず、灰色の瞳は閉じられた。エドガーは肩を落とす。
「だから、寝るなって」
すうすう、と気持ち良さそうな寝息が聞こえた。


fin
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