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■1日目3:夕食 続編
ギリシャ旅行二日目。
早朝、ユウタは姉にメールを送った。
日本とギリシャの直線距離はおよそ9523km。
その距離を電子の手紙は一瞬で渡り、目的地に届く。
姉の携帯は日本時刻のお昼過ぎにメールを受信した。
― 姉貴、おはよ。ギリシャの人ってすごい朝早いよ。
なんかシエスタがあるかららしいけど。俺は早起きと時差ボケでちょっと眠たいです。
今日はね、テオがギリシャ観光に連れて行ってくれるって。
世界遺産の神殿とかにも行くみたい。写真撮れたら姉貴にも送るね。
それじゃあ行ってきます! PS:夜はお化けが出なくて良かったです。―
夜になると、ユウタの携帯から電話があった。
早速、ギリシャの土産話をしてくれるのだろうか、と苦笑しつつ、
姉はテレビ電話の通話ボタンを押す。画面に映ったのは弟ではなかった。
「映った! サンベリーナ…ああ、今日もなんという美しさなのだろう。
会いたかった。昨夜、姫と別れてからずっと、会いたかったよ」
テオの背景には広い一室が映し出されている。
品の良い棚には思い出の品々なのか、統一感のないものがディスプレイされている。
中でも異質なのはオレンジのマフラーを巻いたぬいぐるみだ。
何処か不機嫌な黒目が一直線に姉の方を向いている。
「やはり、貴女のような姫君を前にしては、彼等が心惹かれるのも当然だね」
テオは口許に手を置いて優雅に笑う。
彼の仕草は王族のように見えたり、はたまた酷く子供っぽく見えたりした。
「本当にウーティスのみんなは、サンベリーナに想いを寄せているじゃないか。
あの美しい王子達を六人も虜にするとは、素晴らしいよ、姫。
私もあと一年遅く入学していれば、姫と学院で出会えたのにと悔やんでいるところだよ。
その黒い真珠。今まではハルヤの真珠が最も美しいと思っていたのだが、
貴女の真珠は私を捉えて離さない。今日も姫のことばかり考えていた。
黒という色は実にミステリアスな色だ。全ての色を合わせると黒になる。
黒はどの色をも許し、その腕に抱き留めてくれるが、
黒が他の色に入れば決して小さくない変革が起こる。
それほどの大きな力を持ちながらも、黒は控えめなもので、
クレヨンや絵の具の中では最後尾に身を寄せていたり、
闇夜になればふっと身を溶かし、姿をくらませる。
我々は手の届かない黒を追い求め、いつしか虜になっていくんだ。
これほど神秘的な色が他にあるかな?
ああ、こうしている間にも愛おしくなる。
サンベリーナには六人の王子が居るのは解っているけれど、
せめて今日だけは私の姫で居てくれないだろうか?
共に行きたい場所があるんだ。お連れしても良いかな?」
→あ、少しなら
→ところで、ジョシュアさん達は今何処に?
→ごめんなさい
○少しなら/は、はい
ユウタの姉が控えめに了承すると、テオは覗き込むようにこちらを見た。
「サンベリーナ? 昨日より元気がないように見えるよ。何処か具合が悪いのかい?」
ユウタの姉は昨日言われたことが気になっていた。
テオには婚約者が居ると聞かされた。
「姫、やはり体調が優れない?」
問われて、体調は悪くないです、と姉は答えた。
「そうかい? それならば良いのだけど。
無理はいけないよ、心身ともにね? では行こうか」
テオは部屋を出て行く。ドアを開ける前に、おっと、と立ち止まった。
「姫と共に居るところを見つかってはいけないね。狭い場所で申し訳ないが、
着くまでの間、姫は私の胸ポケットに隠れていておくれ?」
少年の笑顔を見せると、一度電話を切った。
テオはおやゆび姫をジャケットに仕舞う。
すっぽりと胸ポケットに収まった携帯を見て、にこやかに笑う。
「サンベリーナはちっとも重くないね」
この小さな姫のように、軽々とした足取りで部屋を出ようとする。
そうだ、とテオは再び部屋の中へ戻る。
「誰か来るかもしれないから、念のため東洋の身代わりの術を施しておこう」
棚からマフラーをしたぬいぐるみを取ってベッドに寝かせる。
その上から、すっぽりと毛布を被せ、人が寝ているように見せかけた。
「私の代わりにシエスタしていておくれ。息苦しいと思うが頼むよ、エオル」
よしっ、と自信満々に言って部屋を後にする。
黒い頭は毛布で隠れていたが、オレンジのマフラーが、はみ出していた。
テオは広い廊下を一人で歩く。使用人達はテオの姿を見ると一礼した。
次期当主はいつものように笑顔を見せ、何か言葉を掛けたりしていた。
三人の娘が壁際で立ち止まっていた。家事を担当するメイドだ。
咳をしている一人を他の二人が心配そうに見ている。
「今日は休みなって言ったでしょ」「平気ですから」という遣り取りが聞こえる。
テオは彼女達に近寄って、そのうちの一人に声を掛けた。
「もう動いて大丈夫なのかい? 昨日まで熱があったんだろう?」
呼ばれたメイドは頭を下げて答える。
「ええ。でも、もう平気です。あの、お見舞いのお花、ありがとうございました」
「良いのだよ。それより、その声…やはり万全ではないね? 無理をしてはいけないよ。
ハスキーな声も美しいが君の声はもっと綺麗なアルトの筈だ。
ねえ。せめてもう一日ゆっくり休んでおくれ?」
他の二人のメイドが加勢する。
「テオ様もこう仰ってるんだから。お言葉に甘えないわけにはいかないわね」
「後は私達に任せなさい?」
言われたメイドは、深く頭を下げた。
「…ありがとうございます、皆さん」
三人娘に見送られ、テオは階下へと降りて行く。
擦れ違いざま、「やあ。今日も美しいね」と挨拶された者達は、笑顔で仕事に戻っていった。広々とした踊り場では大きな花瓶に花を生けていた者が居た。
柔らかい絨毯が敷かれた階段を降りながら、
「おや。綺麗な花が咲いているね」
と声を掛けられたメイドは手を止め、頭を下げる。
「ありがとうございます。テオ様にお褒め頂き、花達も喜んでいることでしょう」
次期当主は笑顔で小首を傾げる。
「おや。花とは貴女のことだよ?」
メイドは、「また、テオ様ったら」と微笑む。
メネシス家ではごく日常的な場面が今日も繰り返される。
テオがこの邸に戻ってからは特に、使用人達の仕事振りが良くなっていくようだった。
次期当主は微笑み、再び花瓶を眺めた。
「そうだ。もし良ければ、こちらの花達、少し私に頂けないかな?」
○ジョシュア
ジョシュアさん達は今何処に? と姉は聞いた。
「みんなも自分の部屋か、もう夢の中かな? 今はシエスタの時間なのだよ。
早朝からギリシャを案内してきたんだ。彼等のおかげでとても楽しかった。
みんなを連れて歩いていたら、なんだか学院案内をしているようだったよ。
今日はさすがにみんなも草臥れたようでね、夕食まで眠ろうと言う話になったのだよ。
シエスタは日本にはない習慣だそうだね? だから日本の文明は凄まじく発展したのかなあ。
この国は午睡の為に、15時頃は多くの店が閉まっているのだよ。
近年では国際化に合わせて、空けるようにした店もあるのだがね。
午後の時間帯は観光客ばかりで、地元の人間は夢の中に居るのだよ、ギリシャは。
私も普段は眠っている頃だから少し眠たいのだけど」
言われてみると、今日のテオは、なんとなく目がとろんとしている。
昨日出会った時よりも、ゆったりとした話し方だ。
「こちらは午睡の時間でも、姫の国は電話をしても良い時間帯だと聞いたから、
ユウタに無理にお願いをして、みんなには秘密で姫を攫ってきてしまったんだ。
私の好きな場所に案内するよ。それでは参りましょうか、姫?」
→は、はい
→ごめんなさい
○ごめんなさい
ユウタの姉は昨夜言われたことを思い出し、ごめんなさい、と言った。
「サンベリーナ…そうか、あの6人の王子の中に想い人が居るのだね?」
小さな声で、はい、と答える。
「おやおや、可愛らしい顔を見せてくれる。一途な人なのだね、サンベリーナ。
姫にこれほど大切に想われる王子はなんと幸せ者なのだろう。羨ましいな。
解ったよ、姫。では弟君のところまでお送りしよう」
テオはユウタの部屋まで携帯を届けに行く。
ドアをノックすると、弟はすぐに現れた。
「ああ、起きていたかい、良かった。君の姉上をお返しに来たよ」
「あ、ありがとう、テオ。おかえり、姉貴」
「ではね、サンベリーナ」
ユウタに手渡される。別れ際、テオはもう一度、携帯に顔を見せた。
「楽しいひとときをありがとう。姫の幸福を願っているよ。
願わくは、もっと早く出会いたかった」
ギリシャ旅行二日目。
早朝、ユウタは姉にメールを送った。
日本とギリシャの直線距離はおよそ9523km。
その距離を電子の手紙は一瞬で渡り、目的地に届く。
姉の携帯は日本時刻のお昼過ぎにメールを受信した。
― 姉貴、おはよ。ギリシャの人ってすごい朝早いよ。
なんかシエスタがあるかららしいけど。俺は早起きと時差ボケでちょっと眠たいです。
今日はね、テオがギリシャ観光に連れて行ってくれるって。
世界遺産の神殿とかにも行くみたい。写真撮れたら姉貴にも送るね。
それじゃあ行ってきます! PS:夜はお化けが出なくて良かったです。―
夜になると、ユウタの携帯から電話があった。
早速、ギリシャの土産話をしてくれるのだろうか、と苦笑しつつ、
姉はテレビ電話の通話ボタンを押す。画面に映ったのは弟ではなかった。
「映った! サンベリーナ…ああ、今日もなんという美しさなのだろう。
会いたかった。昨夜、姫と別れてからずっと、会いたかったよ」
テオの背景には広い一室が映し出されている。
品の良い棚には思い出の品々なのか、統一感のないものがディスプレイされている。
中でも異質なのはオレンジのマフラーを巻いたぬいぐるみだ。
何処か不機嫌な黒目が一直線に姉の方を向いている。
「やはり、貴女のような姫君を前にしては、彼等が心惹かれるのも当然だね」
テオは口許に手を置いて優雅に笑う。
彼の仕草は王族のように見えたり、はたまた酷く子供っぽく見えたりした。
「本当にウーティスのみんなは、サンベリーナに想いを寄せているじゃないか。
あの美しい王子達を六人も虜にするとは、素晴らしいよ、姫。
私もあと一年遅く入学していれば、姫と学院で出会えたのにと悔やんでいるところだよ。
その黒い真珠。今まではハルヤの真珠が最も美しいと思っていたのだが、
貴女の真珠は私を捉えて離さない。今日も姫のことばかり考えていた。
黒という色は実にミステリアスな色だ。全ての色を合わせると黒になる。
黒はどの色をも許し、その腕に抱き留めてくれるが、
黒が他の色に入れば決して小さくない変革が起こる。
それほどの大きな力を持ちながらも、黒は控えめなもので、
クレヨンや絵の具の中では最後尾に身を寄せていたり、
闇夜になればふっと身を溶かし、姿をくらませる。
我々は手の届かない黒を追い求め、いつしか虜になっていくんだ。
これほど神秘的な色が他にあるかな?
ああ、こうしている間にも愛おしくなる。
サンベリーナには六人の王子が居るのは解っているけれど、
せめて今日だけは私の姫で居てくれないだろうか?
共に行きたい場所があるんだ。お連れしても良いかな?」
→あ、少しなら
→ところで、ジョシュアさん達は今何処に?
→ごめんなさい
○少しなら/は、はい
ユウタの姉が控えめに了承すると、テオは覗き込むようにこちらを見た。
「サンベリーナ? 昨日より元気がないように見えるよ。何処か具合が悪いのかい?」
ユウタの姉は昨日言われたことが気になっていた。
テオには婚約者が居ると聞かされた。
「姫、やはり体調が優れない?」
問われて、体調は悪くないです、と姉は答えた。
「そうかい? それならば良いのだけど。
無理はいけないよ、心身ともにね? では行こうか」
テオは部屋を出て行く。ドアを開ける前に、おっと、と立ち止まった。
「姫と共に居るところを見つかってはいけないね。狭い場所で申し訳ないが、
着くまでの間、姫は私の胸ポケットに隠れていておくれ?」
少年の笑顔を見せると、一度電話を切った。
テオはおやゆび姫をジャケットに仕舞う。
すっぽりと胸ポケットに収まった携帯を見て、にこやかに笑う。
「サンベリーナはちっとも重くないね」
この小さな姫のように、軽々とした足取りで部屋を出ようとする。
そうだ、とテオは再び部屋の中へ戻る。
「誰か来るかもしれないから、念のため東洋の身代わりの術を施しておこう」
棚からマフラーをしたぬいぐるみを取ってベッドに寝かせる。
その上から、すっぽりと毛布を被せ、人が寝ているように見せかけた。
「私の代わりにシエスタしていておくれ。息苦しいと思うが頼むよ、エオル」
よしっ、と自信満々に言って部屋を後にする。
黒い頭は毛布で隠れていたが、オレンジのマフラーが、はみ出していた。
テオは広い廊下を一人で歩く。使用人達はテオの姿を見ると一礼した。
次期当主はいつものように笑顔を見せ、何か言葉を掛けたりしていた。
三人の娘が壁際で立ち止まっていた。家事を担当するメイドだ。
咳をしている一人を他の二人が心配そうに見ている。
「今日は休みなって言ったでしょ」「平気ですから」という遣り取りが聞こえる。
テオは彼女達に近寄って、そのうちの一人に声を掛けた。
「もう動いて大丈夫なのかい? 昨日まで熱があったんだろう?」
呼ばれたメイドは頭を下げて答える。
「ええ。でも、もう平気です。あの、お見舞いのお花、ありがとうございました」
「良いのだよ。それより、その声…やはり万全ではないね? 無理をしてはいけないよ。
ハスキーな声も美しいが君の声はもっと綺麗なアルトの筈だ。
ねえ。せめてもう一日ゆっくり休んでおくれ?」
他の二人のメイドが加勢する。
「テオ様もこう仰ってるんだから。お言葉に甘えないわけにはいかないわね」
「後は私達に任せなさい?」
言われたメイドは、深く頭を下げた。
「…ありがとうございます、皆さん」
三人娘に見送られ、テオは階下へと降りて行く。
擦れ違いざま、「やあ。今日も美しいね」と挨拶された者達は、笑顔で仕事に戻っていった。広々とした踊り場では大きな花瓶に花を生けていた者が居た。
柔らかい絨毯が敷かれた階段を降りながら、
「おや。綺麗な花が咲いているね」
と声を掛けられたメイドは手を止め、頭を下げる。
「ありがとうございます。テオ様にお褒め頂き、花達も喜んでいることでしょう」
次期当主は笑顔で小首を傾げる。
「おや。花とは貴女のことだよ?」
メイドは、「また、テオ様ったら」と微笑む。
メネシス家ではごく日常的な場面が今日も繰り返される。
テオがこの邸に戻ってからは特に、使用人達の仕事振りが良くなっていくようだった。
次期当主は微笑み、再び花瓶を眺めた。
「そうだ。もし良ければ、こちらの花達、少し私に頂けないかな?」
○ジョシュア
ジョシュアさん達は今何処に? と姉は聞いた。
「みんなも自分の部屋か、もう夢の中かな? 今はシエスタの時間なのだよ。
早朝からギリシャを案内してきたんだ。彼等のおかげでとても楽しかった。
みんなを連れて歩いていたら、なんだか学院案内をしているようだったよ。
今日はさすがにみんなも草臥れたようでね、夕食まで眠ろうと言う話になったのだよ。
シエスタは日本にはない習慣だそうだね? だから日本の文明は凄まじく発展したのかなあ。
この国は午睡の為に、15時頃は多くの店が閉まっているのだよ。
近年では国際化に合わせて、空けるようにした店もあるのだがね。
午後の時間帯は観光客ばかりで、地元の人間は夢の中に居るのだよ、ギリシャは。
私も普段は眠っている頃だから少し眠たいのだけど」
言われてみると、今日のテオは、なんとなく目がとろんとしている。
昨日出会った時よりも、ゆったりとした話し方だ。
「こちらは午睡の時間でも、姫の国は電話をしても良い時間帯だと聞いたから、
ユウタに無理にお願いをして、みんなには秘密で姫を攫ってきてしまったんだ。
私の好きな場所に案内するよ。それでは参りましょうか、姫?」
→は、はい
→ごめんなさい
○ごめんなさい
ユウタの姉は昨夜言われたことを思い出し、ごめんなさい、と言った。
「サンベリーナ…そうか、あの6人の王子の中に想い人が居るのだね?」
小さな声で、はい、と答える。
「おやおや、可愛らしい顔を見せてくれる。一途な人なのだね、サンベリーナ。
姫にこれほど大切に想われる王子はなんと幸せ者なのだろう。羨ましいな。
解ったよ、姫。では弟君のところまでお送りしよう」
テオはユウタの部屋まで携帯を届けに行く。
ドアをノックすると、弟はすぐに現れた。
「ああ、起きていたかい、良かった。君の姉上をお返しに来たよ」
「あ、ありがとう、テオ。おかえり、姉貴」
「ではね、サンベリーナ」
ユウタに手渡される。別れ際、テオはもう一度、携帯に顔を見せた。
「楽しいひとときをありがとう。姫の幸福を願っているよ。
願わくは、もっと早く出会いたかった」
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