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Marginal Prince Short Story
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■アイヴィー5年前
囚われ人1 続編
聖アルフォンソ学院、バカでっかい正門前。
聞いていた通り、ここには常に二人のガードマンが立ってる。
俺が現れると、すぐに敬礼してくれて、顔パスで通してくれたけど。
品定めするような目で、爪先から頭まで見られた。
やっぱ、二十そこそこの新人司令官じゃ、信用ないっぽい。

お約束の13時前、俺は聖アルフォンソ学院の敷地内をぶらぶら歩いてた。
キャンパスは意外と静かで、生徒の姿は殆ど見えない。
昼休みが終わり、午後の授業が始まっている頃なのかもしれない。
そう言えば、時間割とか学院の日常的な部分をまだ知らない。あとで誰かに教えて貰ったほうが何かとベンリだろう。

それにしても、ガッコの敷地内は酸素いっぱいだ。まるで森ン中を歩いてるみたい。
実際、向こうには広大な森が見える。この緑な香りが多分、月桂樹なんだろう。

――月桂樹の森は、僕達生徒にとって『学院のハート』なんです。

この前、俺を連れて学院案内してくれた生徒代表はそう言っていた。
高等部三年の、名前は、ヤン・ハシェクって言ったっけ。
生徒には大事なもんらしいけど。俺にはまだその感覚がよく解らなかった。

ただ、空気は澄んでる。
排気ガスなんて匂いが全く感じられないくらい、光合成されまくってる。
空気ひとつとっても、世俗から隔絶された場所だ。
このガッコには13歳から入学できるという。
こんなキレイな場所で育って、外に出た時、ダイジョブなんだろうか。

「それはそれとして、っと」

副司令官に貰ったプリントをポケットから出す。
表題は『定期健診のお知らせ』だ。よく解んないけど、俺も受けなきゃいけないらしい。
プリントに載ってる案内図を見ながら、待ち合せの保健室に辿り着いた。
ここに誰が居るのかは解ってる。
もちろん、保健室のセンセだ。彼の資料は昨日ちょこっと見た。
名前はスタニスラフ・ニコライエヴィッチ・ソクーロフ、って舌噛みそ。
ロシアの人って、こんくらいの長さがデフォルト?

普通、保健室のセンセは、医師免許までは持っていないものだけど、
この学院では伝統的に、本物のお医者さんを選んでいるらしい。
生徒の学び舎だけでなく、住居も備えている為、
保健室には最新の医療設備が整っていて、診療所としての役割も果たせるそうだ。
何から何まで至れり尽くせりなガッコだ。

このソクーロフ先生も、赴任してきたのは結構最近で、
俺が島に来る、ちょい前くらいだったらしい。
何でも、自白・洗脳のエキスパートさんだそうで。
んなテクがあるんなら警備組織にもお力を貸してくれませんか、って話が組織内にある。
正式な打ち合わせは今度する予定だけど、今日はその辺について、
「我々にご協力願えるかお伺いを立てて来て下さいね」って副司令官に頼まれてる。
「ドクターにはくれぐれも失礼のないようにお願いします」って念まで押されて。

だから俺は、センセのゴキゲンを伺いつつ、
どんなかんじのヒトなのかも探り探り接しなくちゃならない。
あーあ、と心の中でボヤき終わってから、保健室をノックした。
中から「入りたまえ」と偉そうな声が聞こえた。

「失礼しまーす」

部屋に居たのは白衣の男が一人。
でもPCを見ていて、顔が見えない。そのオトコは俺に背を向けたまま、

「新しい司令官だね?」

「ハイ、一応」

センセは、まだこっちを振り向かない。

「では早速、定期健診を始めよう。その台に乗って」

なーんか、上から目線なSボイス。
でも、ここで逆らっても意味わかんないから、センセの言うことを聞く。

「去年より体重が少し減っているね。身長が変わりないのは、二十代では当たり前か」

PCに数値が出ているらしい。体重計もハイテクになったもんだ。
俺がガッコ行ってた時の体重計はフツーのアナログだったけど。
てゆうか、今『去年』って言った。軍に在籍していた時のデータもお持ちのようだ。

「台から降りていいよ。次は、上の服を脱いで」

ドクターが初めてこっちを向いた。
白衣に眼鏡で、長髪で美人と来た。
これで女医さんだったら、この前引っかかりそうになったスパムメールとおんなじシチュエーションだ。

「聞こえなかったかな? 自分で、ボタンを外してくれるかい、司令官?」

「『もしもし』もするんだ?」

「当然、胸部診察もさせて貰うよ。隈なく、全身を診たいからね」

「入学後の身体検査とカウンセリング、ってのは生徒だけかと思ってた」

「学院関係者は例外なく、全員受診することになっている。それとも、どうしても脱ぎたくない理由でもあるのかな?」

保健室のクスリっぽい匂いが鼻に付く。

「ないよ、別に」

俺はネクタイの結び目に人差し指を掛けて、緩いネクタイを更に緩める。
ドクターがじっとりと俺の一挙一動を見守っている。イヤな気分だ。
ワイシャツのボタンをプツプツと外していく。
ドクターは聴診器を首に掛けながら、

「気を悪くさせたらすまない。君が今日初めて、拒絶的な反応をしたものだから、つい気になってね」

全てのボタンを外し終わる。首許から腹まで晒されて、少し肌寒い。
保健室の先生は、ぐっと俺に近付いた。
銀色の聴診器が俺の胸に当たる。ヒヤリとした。

「アッ」

思わず変な声が出てしまった。ドクターは嫌らしい笑みを浮かべた。

「ちょっと冷たかったかい? 脈が早くなってしまったね」

どうしよ。このセンセ、ヘンタイさんカモしれない。

もう服を着ていいよ、と言われ、ワイシャツのボタンを留めていく。
普段は服が覆ってくれている古い傷。
それを見ても、このドクターは、何も聞かなかった。
身体検査が終わると、白衣のセンセは机上からファイルを手にした。

「では、隣のカウンセリングルームへ移動しよう」

「やっぱカウンセリングもするの?」

「ああ。君の前任者から、メンタルチェックは念入りにと頼まれている」

「へえ。俺がどっかのスパイかどうか、検査するってわけ?」

少しトゲのある言い方になっていた。
ドクターは気にならなかったのか、優しく言った。

「後輩への気遣いに過ぎない。前の司令官は自己表現が苦手なタイプだったからね」

隣の部屋に案内される。落ち着いた応接室みたいなとこだ。
それにしても、やたら白衣の似合うドクターだ。なんつーか、頭がめちゃめちゃ良さそう。
ちょっと足を組んで、膝にカルテを乗せてる格好もめちゃサマになってる。
ドクターは雑談みたいに、ところで、と話し始めた。

「司令官の部屋は他より広いと聞くが、引っ越しの片付けは大体終わったかい?」

「いや、そこも引っ越して、ピコのコテージ貰ったんだ」

「ほう。あの気難しいご老人か。よほど気に入られたんだね?」

「っていうより、自分の家を、処分するのが嫌だったんだと思うよ」

成程、と言って、俺の言葉を否定せず、肯定的に頷いた。

「ピコとはどんな話をしたんだい?」

ピコは、俺の先輩になる人だ。
この島で30年も警備の仕事をして、俺と入れ違って退職していった。
俺が島に初めて来てから一週間、宿舎と職場の送り迎えを務め、
島の伝説や、学院関係者や島民のことイロイロ、俺が島で生きてくのに、困らないだけの知識をくれた。

話ができたのはたった一週間。ピコは先週、島を発った。
本当はこの島を終の住み家にしたかったのに、島で生まれた者ではないからと追い出されちまった。
きっと、この先、俺はもうピコには会えない。

長い人生のうちで、短い間しか関われなかったけど重大なヒト、って時々居る。
俺にとってピコは、そういうヒトだ。

そんなことを頭の隅で考えながら、俺はピコから聞いた話をカウンセラーに語った。
眼鏡のセンセは相槌を打ちながら興味深そうに聞いてくれた。ピコの話を誰かにしたことはなかった。
勤務中は、お仕事の話が盛りだくさんだし。
そもそも、仕事以外の話をこんなに喋ったのは島に来て初めてかもしれない。
新しい土地、新しい職場になって、パタパタと二週間終わってたせいもあるだろう。

だけど、会ったばっかの相手なのに、俺もなんでこんなペラペラ話してんだか。
なんだか異常に話し易い人間だと気付いた。いつのまにかセンセへの警戒心も薄れてる。
俺は自白のエキスパートの術中にハマってたんだろうか。
このままじゃ、余計なことまで、くっちゃべっちまいそうな気がして。

「ねえ、ドクター。俺にもドクターに質問させてくれないかな? お仕事のお話とかしたいんだけど」

「駄目だよ」

まさかの焦らしプレイ。どーしてダメなの、と俺が聞く前に。

「今日は君のカウンセリングだ。仕事の打ち合わせなら、
違う日が設定されているだろう? その時にじっくりと伺うよ」

カウンセラーが、すっと席を立つ。

「以上で、定期健診は終わりだ。ご苦労様。仕事に戻っていいよ」


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