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Marginal Prince Short Story
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■アイヴィー5年前
囚われ人10 続編
警備組織本部。
取調室の中央にポツンと置かれた二つの椅子。
一脚には、黒服の男が項垂れて座っている。ジブリールを裏切り、誘拐しようとしたファビアンだ。

彼の向かいには白衣のドクター。組んだ足にカルテを乗せ、ゆったりと構えている。
警備責任者の立ち会いの下、暗殺者を自白させているのだ。
司令官の俺と副司令官のクロイツは、部屋の外からガラス越しに、ドクターのお手並みを拝見していた。

「つまり、君はフリーランスの暗殺者、なんだね?」

「ええ。そうです」

「前にも、この島に来たことがあるのかな?」

「はい。二年前に私を買った男は、数学の研究者でしたか。
けれど、任務は失敗です。私は深手を負い、島から撤退するだけで精一杯でした。
一度は、島に上陸した経験を見込まれ、再び、この島へ」

「今回の依頼主は、ジブリールの父上、アブル国王かい?」

「ええ。アブル様とは、以前より親しくさせて頂いています。何かと物騒なお国ですから」

自白のエキスパートという経歴が、目の前で立証されつつある。
クロイツは白衣の男を見つめながら、「まるで魔法のようですね」と眉を顰めた。
ドクターは暴力や脅迫を用いることなく、幼い子供と話すような優しい口調で語り掛けていた。

「成程。君は、アブル国王陛下が島に来ることを、事前にジブリールへ伝えていたんだね?」

「はい。いざとなれば、私がジブリール様をお守り致しますので、と申し上げました」

「その台詞を言うように、君に命じたのは誰なんだい?」

「アブル国王陛下です」

「陛下は、本当にジブリールを次期後継者にするつもりだったのかな?」

「いいえ。陛下は第一王子を後継者にと考えておいででした。
ですから、第一王子を後継者争いから確実にお守りする為、第三王子を」


取り調べが終わった後。
俺はドクターに呼ばれ、保健室に連れて行かれた。

「慢心の結果だね、司令官?」

ドクターが俺の手に包帯を巻く。
ファビアン達とやり合った時に、短刀を素手で持っちゃった左手だ。

「だって、あの時は、こうするしかなかっ――」

「今日、君が犯した失敗は二つだ。
一つ、自分一人で戦闘に臨んだこと。二つ、戦闘が終わる前に一瞬気を抜いたこと。
新人司令官だからと気負い過ぎたことが原因だ。大いに反省するんだね」


真っ暗な帰り道。俺は一人で歩いてた。
部下が車で家までお送りしますって言ってくれたけど遠慮した。

道路脇に何か黒い塊が落ちていた。
捨てられたぬいぐるみみたいに見えた。
近付いて行くにつれ、心臓の音が煩くなる。
倒れていたのは黒い猫。
首輪に小さい鈴が付いていた。ジェフが探していたベルだ。


また命を失った。

街でジェフに会った時に、一緒にベルを探してやれば

ベルは死ななくて済んだかもしれないのに。

俺が任務を優先させたからだ。

どうして俺は。

何度も同じ過ちを――


俺の手に巻かれた包帯を見て、ベルを助けてくれそうな人の顔が浮かんだ。
猫を抱き上げて、俺は走り出した。首輪の鈴は煩いくらいにチリンチリンと鳴り続けてた。

そこからの記憶は断片的だ。
学院の門番が俺を見て驚いた顔をしてたのは覚えてる。
何か話し掛けられたけど、振り切って中に入った。
あの先生は、まだ保健室に居るのか、先生達の宿舎に居るのか。
保健室まで走ってくると、明かりが付いているのが見えた。

「ドクター!」

ドアを開けると、黒いスーツ姿の男と目が合った。
白衣を着ていなかったから、誰かと思ったけど、帰り支度をしていたドクターだった。

「なあ、あんた、医者なんだろ? この猫、助けてくれよ!」

「猫? 専門外だね。私はホモサピエンスしか」

「診るだけ診てくれよ、頼むからっ!」

ベルをドクターに突き出す。
ドクターは黒猫を一瞥して、そっと身体に手を伸ばした。少し触っただけで、ドクターは言った。

「抱いた時点で、本当は解っているんじゃないのか?」

俺は顔を上げる。医者は冷静な声で告げた。

「生きている物の体温じゃない。この子の心臓は止まっている」

黒猫はピクリとも動かない。
つい、この間まで歩いてた。小さな舌で俺の手を舐めてたのに。

「だけど、この猫は」

どうしたんだろう、俺。

「ベルは、マイクの代わりだったんだ。ベルまで居なくなったら、あいつは」

飼い主でもないのに。何、むきになってんだ。
何も関係ないドクターに八つ当たりまでして。

「ジェフは、どうしたらいいんだよ、もう、マイクも居ないのに――」

なんで、俺が。
泣いてるんだろう。


次に気が付いた時には、白い天井が見えた。
前に身体測定をした部屋。俺は保健室のベッドで起きた。

「おや、もうお目覚めかい?」

白衣の男に見下ろされた。

「ドクター? なんで……」

「私のことが識別できるんだね。けれど、どうして私が居るのかは解らないか。
君が私を訪ねて来たんだよ、猫の死骸を抱えてね。
君は私に、猫の死を宣告されたのを引き金に、軽度の混乱状態に陥った。
その身体能力で暴走されては、私の手には負えないから、鎮静剤を打たせて貰った。
左腕を見てご覧。針の痕があるだろう?」

「ベルは、どうしたの」

「私が預かっているよ。大分汚れていたから、泥と埃を取って、綺麗にしておいた。
老体のようだし、車の音がきちんと聞き取れず、轢かれたのかもしれないね」

「車に?」

「怪我の具合から見るとね。猫は死に目を人に見せないとよく言われるが、
自身の体力が落ちてくると、身を守る為、一人きりになれる場所へ身を隠す。
弱みを誰にも見せようとしない、憶病な生き物なんだ。
飼い主から離れ、街を彷徨っている時に、おそらく」

「ベルは、死んだの?」

ドクターは頷いて、落ち着いた声でゆっくりと言った。

「ああ。そうだよ」

「どうして」

「生き物全ての定めだからだ。猫も、君も、私も、必ず、いつかは死ぬ。解るかい?」

「……解ってるよ、そんなの」

「錯乱状態の君は、その動かしようもない事実が全く解っていなかった。
落ち着きを取り戻してくれて良かったよ」

「あんた、その腕のアザ、どうしたの?」

「覚えていないだろうね。これは君に掴まれてできたアザだ。握力が強いんだね」

「ごめん……」

「良いんだよ。この程度のアザならすぐに消える。
人間には自然治癒力という機能が備わっている。脆弱に見えて、人は意外と強い生き物だ」

「ねえ。ジェフにベルを見せるの?」

「もちろん、そうしたほうがいい。マイクが帰って来ないことも教えるべきだ」

「なんで、あんたがマイクのこと」

「君と一緒にジェフからマイクの話を聞いた時から、どこかで聞いた名だと思っていた。
あの後、保健室に戻って調べたら、書いてあったよ、フォン・ゲーテ元司令官のカルテにね。
彼は、マイクを失ったことを、自分の責任だと深く悔んでいたから」

「でも、ジェフは信じてんだぞ、マイクがいつか帰ってくるって」

「永遠に来ない人物を待ち続ける。その苦しみを味合わせるべきだと、そう言いたいのかい?」

「それは……」

「真実を知ったジェフは、きっと泣くだろうね。
泣いて、マイクとベルがこの世から居なくなったことを受け入れなくてはならない。
ジェフも、マイクとベルの死を乗り越えられるよ。君が心配するほど、彼もそう弱くはないだろう。
明日にでもジェフの店に行こう。私も付いていくよ、心配だからね」

カウンセラーが一緒に来てくれることに幾らか安堵し、心強く感じた。

「さて、今宵はもう大分遅いし、ここに泊まっていきなさい?」

「保健室に?」

「ああ。今日の君は、身体に受けた傷以上に、精神が酷く憔悴している。
それに君は一人暮らしなんだろう? とてもじゃないが一人きりにさせられない。今夜は家には帰さないよ」

「女のコじゃないんだから。家に帰るよ」

一瞬のうちに俺の腕を取られ、注射器を肌に突き刺す直前まで近付けられる。

「次は睡眠薬を打たれたいのかい? 患者には、医師の言うことを聞いて貰うよ。
私に逆らうなら、無理矢理にでも眠って貰う」

「どんだけ強引なんだよ、あんた」

「私は医師としての務めを果たしているだけだ」

「……ったく。オトコと一夜を明かすことになるなんてな」

ドクターは俺に背中を向けている。
あちらさんはまだ眠る気はないらしく、真夜中なのに机で読書を始めた。
読書のお供に、クラシックみたいな曲を掛けた。俺は普段聞かないジャンルだ。
ドクターは普段からこういうの聞いてるのかな? でも、今時カセットテープって。

ゆったりとした穏やかな曲を聞きながら、俺はベッドの中で白衣の背中を眺める。
少し落ち着かない気分で、ブランケットの中で足をもぞりと動かした。
ドクターの背中が揺れる。

「眠れそうにないかい? すぐに気が遠くなる注射を打ってあげようか?」

「それはヤメテ。俺、昔からダメなんだわ、お注射」

「子供のような弱点があるんだね。では錠剤は飲めるかい? 粉薬じゃないとダメかな?」

「そこまで子供じゃないよ」

ドクターは引き出しの中をゴソゴソする。
なんか奥のほうから取り出した物を俺に見せた。手の平の上に白い玉薬。

「どのくらいで眠たくなるモンなの?」

「この睡眠薬は30分程で頭が重たくなってくる。1時間もあれば眠れるだろう」

「そ」

「いいゆめが見られるように、先生がご本を読んであげようか? それとも子守唄を歌おうか?」

「だから、子供扱いしないでってば」

錠剤を飲んで、また真っ白なベッドに入る。
保健室のベッドは、クスリっぽい匂いがした。

「ドクター」

「ん?」

「あんた、俺が目を覚ますまで、ずっと傍に居てくれたの?」

「ここで暴れられては困るのでね。保健室には精密機械も、危険な薬品もあるから」

スローテンポのクラシック。単調な音楽だ。
さっきからずっと、おんなじようなメロディが続いている気がする。

段々、頭がぼうっとしてきた。
全身が重たくなっていく。まるで身体がベッドに沈んでいくみたい。
普段眠りに就く前とは少し違う眠さだ。強制的なけだるさ。あんまりイイもんじゃない。こういうのがクスリの力なのかな。

「ねえ」

「随分お喋りだね、今日の司令官は。もういいから、眠りなさい」

「ソクー、ロフ…」

それ以上、続かなかった。
もう目を開けていられない。世界が真っ暗になる。

――ジェフの境遇に、自分を重ねていたか。

ドクターの声を聞いたような気がした。
それが現実か夢か解らないまま、俺は深い眠りに堕ちた。

――君は過去に、誰を失ったんだい?


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