■ユウタ×レッド
■「どうした」ってくらいシリアスなユウタのモノローグです
■第1回投票7位、おめでとうございます。…お祝いにならない;
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■「どうした」ってくらいシリアスなユウタのモノローグです
■第1回投票7位、おめでとうございます。…お祝いにならない;
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PR
…どうしよう。俺、絶対レッドのこと好きだ。
これが好きって気持ちじゃないなら、一体なんなんだろう。
レッドが居れば他に何も要らない。俺さえも要らない。
きっと俺は、レッドに会う為に、アルフォンソ学院に来たんだ。
昔から、彼の出演してる作品が好きだったのも、
レッドと会うことが決まってたからじゃないかって思えて来る。
なんでこんなに泣きそうで、苦しいのかな。
毎日の出来事全部が、レッドと会う為に回ってる気がする。
レッドの為なら何でもする。何でもあげる。俺の命でも。
どうして、この広い世界で出会えたのかな。
しかも、こんな地図にも載ってない孤島で。
奇跡だったのか、ずっと前から決まってたのか解らないけど。
レッド以外の全ての人間は、
君を際立たせる為に存在してるんじゃないかって思う時もある。
俺、まだ生まれて16年しか経ってないけど、
この先。レッド以上の人に出会えるのかな。
死ぬ瞬間も君に会えたことに感謝して死ぬと思う。
今はもちろん、この先、ずっと。
レッドが一番の存在だ。
好き過ぎて苦しい。息もできない。泣きたい。
こんなに好きになるなんて。
俺、どうしたらいいんだろう。
レッド…
fin
これが好きって気持ちじゃないなら、一体なんなんだろう。
レッドが居れば他に何も要らない。俺さえも要らない。
きっと俺は、レッドに会う為に、アルフォンソ学院に来たんだ。
昔から、彼の出演してる作品が好きだったのも、
レッドと会うことが決まってたからじゃないかって思えて来る。
なんでこんなに泣きそうで、苦しいのかな。
毎日の出来事全部が、レッドと会う為に回ってる気がする。
レッドの為なら何でもする。何でもあげる。俺の命でも。
どうして、この広い世界で出会えたのかな。
しかも、こんな地図にも載ってない孤島で。
奇跡だったのか、ずっと前から決まってたのか解らないけど。
レッド以外の全ての人間は、
君を際立たせる為に存在してるんじゃないかって思う時もある。
俺、まだ生まれて16年しか経ってないけど、
この先。レッド以上の人に出会えるのかな。
死ぬ瞬間も君に会えたことに感謝して死ぬと思う。
今はもちろん、この先、ずっと。
レッドが一番の存在だ。
好き過ぎて苦しい。息もできない。泣きたい。
こんなに好きになるなんて。
俺、どうしたらいいんだろう。
レッド…
fin
■ユウタ×姉貴
アンリ×姉貴 ユウタ×アンリ
ジョシュア×アンリ ハルヤ×ユウタ
春臣×春也 デッド・プリンス
■ゲームベース。ドリームとBLが初共演。
■WARNING! 姉貴、喋ります。
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アンリ×姉貴 ユウタ×アンリ
ジョシュア×アンリ ハルヤ×ユウタ
春臣×春也 デッド・プリンス
■ゲームベース。ドリームとBLが初共演。
■WARNING! 姉貴、喋ります。
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「よぉ。姉貴、元気? アンリと話す? ちょっと待ってね」
俺は、アンリの部屋に向かう。
最近、姉貴はアンリとよく電話で話している。
寮の皆を姉貴に紹介した後。
姉貴から「アンリさんと話してみたい」と言われた。
俺は気軽に電話を取り次いだ。
アンリは、なかなか会えないタイプの人だし、
姉貴も少し話してみたいのかなと思ったから。
姉貴とアンリは、最初から気が合ったみたいだった。
それから姉貴には、
「アンリさん、いる?」と言われるようになった。
姉貴の声が、アンリの名前を呼ぶ前に、
俺は「アンリと代わるね」と言っていた。
アンリは最初、姉貴と話すのが迷惑そうだった。
だけど、最近は、少し様子が変わって来てる。
アンリの部屋に着く。
ドアをノックする。
「アンリ、居る?」
ドアが少しだけ開く。
「何か用?」
「姉貴から電話なんだけど…」
ドアがもう少し開く。
「…ほんと?」
「ほんと。ほらっ」
「…やあ。こんにちは」
姉貴の顔を見ると、アンリの表情が少し変わる。
俺達には見せてくれない顔になる。
「…ユウタ、暫くケータイ借りていい?」
「いいよ。はいっ」
ケータイを渡す。
アンリは、姉貴に話し掛ける。
「今日は散歩しながら話そうか。
どこか見たい景色はある?
…気が合うね。では行こう」
アンリは俺を見る。
「じゃ、お借りするよ」
「うん。いってらっしゃい」
俺は笑顔で手を振る。
アンリの背中が見えなくなると、
急に手の力が抜けて。
ぱたん、と下がった。
俺は自分の部屋に戻った。
さっき見たアンリの顔が、頭から離れない。
ほんとに天使みたいで。
アンリが少し子供っぽく見えた。
あれは姉貴にしか見せない顔、なのかな。
「はあ…」
壁に凭れたまま、ずるずるとしゃがみこんだ。
最近、俺はちょっとおかしい。
ケータイが俺の手から消えると、
身体のあちこちから力が抜けていく。
気持ちまで、空っぽなかんじがして。
胸が、ちくちく痛んだりする。
これって、もしかして『ケータイ依存症』?
もし、そうだったらどうしよう?
膝の中に顔を埋める。
「姉貴、助けてよ…」
「ユウタ、居る?」
アンリの声だ。
急いで、ドアを開ける。
アンリがケータイを差し出す。
「返しに来たよ、ケータイ」
「あっ、ありがとう」
ケータイを持って、ベッドに転がる。
意味無くケータイを開けてみる。
着信もメールも来ていない。
待受画面が映ってるだけ。
なんか寂しい。
アンリから返して貰ったのに。
ケータイが帰って来たのに。
返して貰えてないかんじがする。
ケータイが鳴った。姉貴の着メロだ。
画面には『着信 姉ちゃん』と書かれている。
飛び起きて、テレビ電話のボタンを押す。
携帯が、姉貴の顔を映す。
「あ、あああ、姉貴!?」
「ユウタ? なんでそんなに慌ててるの?」
「あ、何でもない、何でもない!」
「…そ、そう?」
「あ、姉貴は、アンリに何か言い忘れた?
ちょっと待ってね、今、アンリの部屋行くから」
「あー、行かなくていいっ!」
「え?」
「話したかったのはユウタだから。
そろそろケータイが届く頃だと思って電話したの」
心臓が、とくん、と鳴った。
「…俺? ど、どうしたの、姉貴」
姉貴は、視線を落とす。
「あのね、アンリさんのことなんだけど…」
姉貴がアンリの名を呼んだ瞬間。
胸が、ちくっとした。
俺は隠すように、胸を押さえる。
「…アンリが、どうかした?」
「アンリさん、私から電話が来るの嫌がってる?」
「そんなことないけど…姉貴、アンリと何かあったの?」
「私ね、さっき、アンリさんに聞いたの。
『最近、電話ばかりして、迷惑じゃないですか?』って」
「迷惑だって言われたの?」
「ううん。『嫌じゃない』って言われた。
アンリさん、嬉しいとか楽しいって言わないから、よく解らなくて…
もしかしたら本当は、私のこと嫌なのかなと思って」
「なーんだ。大丈夫だよ、姉貴?
アンリの『嫌じゃない』は『好き』ってことなんだって。
前にジョシュアが言ってたよ? だから、また電話掛けても平気だって」
「そうかな…ありがとう、ユウタ」
「うん。またな、姉貴」
画面から、姉貴が消える。
俺はまたベッドに転がる。
心臓に手を当てる。
まだ、ちくちく痛い。
そんな日が続いていた。
俺が、姉貴とアンリの間を行き来する度に、
二人の様子が変わっていく。
電話を掛けてくる姉貴と、
電話を返しに来るアンリは、
だんだん、あったかい顔になっていった。
今日も俺の手にはケータイがない。
アンリが、ケータイを返しに来た時。
俺はアンリを呼び止めてた。
「あ、アンリ!」
「何?」
「いや…あの、さ。なんか最近ごめんね。
いつも姉貴の相手して貰っちゃって…」
「それは、君が謝ることじゃない」
「アンリは、迷惑じゃない?」
「迷惑だったら、そもそも電話なんか出てないよ」
俺は、ケータイを握り締める。
「じゃあ、アンリは…アンリは、姉貴のこと好きなのっ!?」
アンリは驚いたように俺を見た。
沈黙の後、ぽつりと言う。
「…別に。嫌いじゃ、ないよ」
ドアが閉まる。
…あれ。おかしいな。
また『ケータイ依存症』だ。
今は手にケータイを持っているのに。
身体から力が抜けていく。
握り締めていた手が開いて。
無機質な音が床に響いた。
また姉貴から電話が来る。
姉貴は「アンリさんと代わってくれる?」と言った。
俺は、ケータイを持って、アンリの部屋に行く。
「アンリ、姉貴から電話だよ」
「そう…」
アンリが優しい顔にならない。
「ユウタ。明日の朝まで、借りても構わない?」
「…え?」
「今夜は、少し、話したいことがあるんだ」
俺は胸を押さえる。
「いいよ。じゃ、おやすみ。アンリ、姉貴」
「おやすみ」
ドアが閉まる。
自分の部屋に戻らなくてはいけないのに。
俺は、その場から動けなかった。
部屋の中から、アンリの声が聞こえる。
「…ずっと、君の声が聞きたかった」
聞いたことない、アンリの声。
今、あの優しい顔で、姉貴を見てるの?
「この前、ユウタに言われたんだ」
急に呼ばれた俺の名前。
「ユウタは、僕にこう聞いた。
『アンリは姉貴のこと、好きなの?』って。
ユウタに言われるまで、気が付かなかった。
僕はこれまで、誰かに好かれたことも、
誰かを好きだと思ったこともなかったから。
でもやっと分かった。……愛してる。」
俺は走って、その場から離れた。
俯いたまま、寮の廊下を走る。
頭の中は真っ暗で、バカみたいに心臓が動いてる。
なんで、俺、こんなにパニクってんだろう。
何も考えられない。
ただアンリの声だけが響いてる。
誰かにぶつかった。
「ごめんね、ユウタ。大丈夫?」
「ハルヤ…」
「え…ユウタ、泣いてる?」
自分の頬を触ると、濡れていた。
「…あ、あの、これは、何でもなくて…」
「そんな顔見せられて『そーですか』ってわけにいかないよ」
ハルヤの部屋に連れて行かれた。
さっき聞いたことを話すと、ハルヤは手を頭の後ろで組んだ。
「アンリの『愛してる』は俺も聞いてみたかったかも」
「ハ、ハルヤ!!?」
「でも、兄弟が告白される所は、見たくないな」
「ハルヤは…見たことあるの?」
「昔ね。ほんと子供の頃だけど」
「お兄さんが、告白されるとこ?」
「うん。兄様、すごくモテる人だったから、何度もね。
でも、何度見ても慣れないし、嫌だったな」
「嫌?」
「うん。兄様はいつも断るから。相手の子が泣き出す時もあるし。
そういうの見ると、可哀想だなって思いながら、
俺、どこかさ、ほっとしてるんだよね」
「ほっと、する?」
「俺、小さい頃から結構人見知りでさ。本当に仲が良い人って、
兄様ぐらいしか居なかったから、余計に。
『兄様が取られちゃったらどうしよう』って思って。コドモだよね…俺」
「いーじゃん。その時は、本当に子供だったんだから」
「…うん。その時はね」
ハルヤは少し困ったように笑った。
次の朝。
アンリからケータイが帰って来た。
俺はベッドに転がる。
ケータイを見る。
「次、姉貴から電話掛かって来たら、
俺、どんな顔して会えばいいんだろう…」
ケータイが鳴る。
画面には『着信 姉ちゃん』の文字。
深呼吸してから、通話ボタンを押す。
テレビ電話のボタンは押せなかった。
耳にケータイを当てる。
「あ、姉貴…おはよ」
「ユウタ? なんで、テレビ電話にしないの?」
「い、いや、別に。特に意味は無いけど…」
耳元で吐息が聞こえる。
「やっぱり、聞いてたか。昨日の電話」
「え!? …な、何のこと!?」
「アンリさんが言ってた。
『今、派手な足音がしたから、
ユウタに聞かれてしまったかも』って」
「あ、あははは……ゴメン」
「いいよ。私、アンリさんに、
『ありがとうございます』としか言えなかったし」
「え?」
「『私もです』って言えれば良かったんだけど、
なんか違う気がして、どうしても言えなかった」
「なにそれ…」
「あ。ごめん、私、もう行かなきゃ。じゃあね、ユウタ」
「ちょ、ちょっと姉貴っ!」
ケータイは待受画面に戻ってた。
サロンに行くと、ハルヤ、レッド、シルヴァンが居た。
俺はみんなに尋ねる。
「あ、あの、アンリは?」
レッドが振り向く。
「アンリなら、ジョシュアとどっか行ったみたいだったぜ?」
「そ、そう。ありがと」
ハルヤが俺に駆け寄って、小声で言う。
「なんかあったの?」
俺は頷いて、ハルヤの腕を引く。
「みんな、ちょっとハルヤ借りるね?」
「おう」
「必ず返して下さいねー♪」
俺の部屋にハルヤを連れて来た。
ハルヤはソファに座って、俺を見つめる。
「そっか。アンリ、片思いだったみたいだね」
「な、なんで解るの!?」
「解るよ。ユウタ、泣いてないもん」
「…ハルヤのいじわる」
「あははっ、ごめんごめん。
でもさ、ユウタにとっては、これで良かったんじゃないの?」
「そう、なのかな。でも、アンリが…」
「アンリなら大丈夫だよ。今、専属のお医者さんが、
カウンセリングしてくれてるみたいだからね?」
姉貴は「アンリさんに代わって」と言わなくなった。
誰かにケータイを渡さなくなってから。
『ケータイ依存症』を感じなくなった。
やっぱ俺の傍にあるからなのかな。
最近の姉貴は、俺と話してくれる。
只の気まぐれかもしれないけど。
「…分かってるってば、姉貴。
あーはいはい。そろそろ切るね?
え? なに? …うん。俺も。
じゃあまた。おやすみ、姉貴」
いつかまた姉貴に「代わって」と言われたら、
俺には、代わってあげることしかできないけど。
本当は、もう誰にも。
渡したくないんだよ、姉貴。
fin
俺は、アンリの部屋に向かう。
最近、姉貴はアンリとよく電話で話している。
寮の皆を姉貴に紹介した後。
姉貴から「アンリさんと話してみたい」と言われた。
俺は気軽に電話を取り次いだ。
アンリは、なかなか会えないタイプの人だし、
姉貴も少し話してみたいのかなと思ったから。
姉貴とアンリは、最初から気が合ったみたいだった。
それから姉貴には、
「アンリさん、いる?」と言われるようになった。
姉貴の声が、アンリの名前を呼ぶ前に、
俺は「アンリと代わるね」と言っていた。
アンリは最初、姉貴と話すのが迷惑そうだった。
だけど、最近は、少し様子が変わって来てる。
アンリの部屋に着く。
ドアをノックする。
「アンリ、居る?」
ドアが少しだけ開く。
「何か用?」
「姉貴から電話なんだけど…」
ドアがもう少し開く。
「…ほんと?」
「ほんと。ほらっ」
「…やあ。こんにちは」
姉貴の顔を見ると、アンリの表情が少し変わる。
俺達には見せてくれない顔になる。
「…ユウタ、暫くケータイ借りていい?」
「いいよ。はいっ」
ケータイを渡す。
アンリは、姉貴に話し掛ける。
「今日は散歩しながら話そうか。
どこか見たい景色はある?
…気が合うね。では行こう」
アンリは俺を見る。
「じゃ、お借りするよ」
「うん。いってらっしゃい」
俺は笑顔で手を振る。
アンリの背中が見えなくなると、
急に手の力が抜けて。
ぱたん、と下がった。
俺は自分の部屋に戻った。
さっき見たアンリの顔が、頭から離れない。
ほんとに天使みたいで。
アンリが少し子供っぽく見えた。
あれは姉貴にしか見せない顔、なのかな。
「はあ…」
壁に凭れたまま、ずるずるとしゃがみこんだ。
最近、俺はちょっとおかしい。
ケータイが俺の手から消えると、
身体のあちこちから力が抜けていく。
気持ちまで、空っぽなかんじがして。
胸が、ちくちく痛んだりする。
これって、もしかして『ケータイ依存症』?
もし、そうだったらどうしよう?
膝の中に顔を埋める。
「姉貴、助けてよ…」
「ユウタ、居る?」
アンリの声だ。
急いで、ドアを開ける。
アンリがケータイを差し出す。
「返しに来たよ、ケータイ」
「あっ、ありがとう」
ケータイを持って、ベッドに転がる。
意味無くケータイを開けてみる。
着信もメールも来ていない。
待受画面が映ってるだけ。
なんか寂しい。
アンリから返して貰ったのに。
ケータイが帰って来たのに。
返して貰えてないかんじがする。
ケータイが鳴った。姉貴の着メロだ。
画面には『着信 姉ちゃん』と書かれている。
飛び起きて、テレビ電話のボタンを押す。
携帯が、姉貴の顔を映す。
「あ、あああ、姉貴!?」
「ユウタ? なんでそんなに慌ててるの?」
「あ、何でもない、何でもない!」
「…そ、そう?」
「あ、姉貴は、アンリに何か言い忘れた?
ちょっと待ってね、今、アンリの部屋行くから」
「あー、行かなくていいっ!」
「え?」
「話したかったのはユウタだから。
そろそろケータイが届く頃だと思って電話したの」
心臓が、とくん、と鳴った。
「…俺? ど、どうしたの、姉貴」
姉貴は、視線を落とす。
「あのね、アンリさんのことなんだけど…」
姉貴がアンリの名を呼んだ瞬間。
胸が、ちくっとした。
俺は隠すように、胸を押さえる。
「…アンリが、どうかした?」
「アンリさん、私から電話が来るの嫌がってる?」
「そんなことないけど…姉貴、アンリと何かあったの?」
「私ね、さっき、アンリさんに聞いたの。
『最近、電話ばかりして、迷惑じゃないですか?』って」
「迷惑だって言われたの?」
「ううん。『嫌じゃない』って言われた。
アンリさん、嬉しいとか楽しいって言わないから、よく解らなくて…
もしかしたら本当は、私のこと嫌なのかなと思って」
「なーんだ。大丈夫だよ、姉貴?
アンリの『嫌じゃない』は『好き』ってことなんだって。
前にジョシュアが言ってたよ? だから、また電話掛けても平気だって」
「そうかな…ありがとう、ユウタ」
「うん。またな、姉貴」
画面から、姉貴が消える。
俺はまたベッドに転がる。
心臓に手を当てる。
まだ、ちくちく痛い。
そんな日が続いていた。
俺が、姉貴とアンリの間を行き来する度に、
二人の様子が変わっていく。
電話を掛けてくる姉貴と、
電話を返しに来るアンリは、
だんだん、あったかい顔になっていった。
今日も俺の手にはケータイがない。
アンリが、ケータイを返しに来た時。
俺はアンリを呼び止めてた。
「あ、アンリ!」
「何?」
「いや…あの、さ。なんか最近ごめんね。
いつも姉貴の相手して貰っちゃって…」
「それは、君が謝ることじゃない」
「アンリは、迷惑じゃない?」
「迷惑だったら、そもそも電話なんか出てないよ」
俺は、ケータイを握り締める。
「じゃあ、アンリは…アンリは、姉貴のこと好きなのっ!?」
アンリは驚いたように俺を見た。
沈黙の後、ぽつりと言う。
「…別に。嫌いじゃ、ないよ」
ドアが閉まる。
…あれ。おかしいな。
また『ケータイ依存症』だ。
今は手にケータイを持っているのに。
身体から力が抜けていく。
握り締めていた手が開いて。
無機質な音が床に響いた。
また姉貴から電話が来る。
姉貴は「アンリさんと代わってくれる?」と言った。
俺は、ケータイを持って、アンリの部屋に行く。
「アンリ、姉貴から電話だよ」
「そう…」
アンリが優しい顔にならない。
「ユウタ。明日の朝まで、借りても構わない?」
「…え?」
「今夜は、少し、話したいことがあるんだ」
俺は胸を押さえる。
「いいよ。じゃ、おやすみ。アンリ、姉貴」
「おやすみ」
ドアが閉まる。
自分の部屋に戻らなくてはいけないのに。
俺は、その場から動けなかった。
部屋の中から、アンリの声が聞こえる。
「…ずっと、君の声が聞きたかった」
聞いたことない、アンリの声。
今、あの優しい顔で、姉貴を見てるの?
「この前、ユウタに言われたんだ」
急に呼ばれた俺の名前。
「ユウタは、僕にこう聞いた。
『アンリは姉貴のこと、好きなの?』って。
ユウタに言われるまで、気が付かなかった。
僕はこれまで、誰かに好かれたことも、
誰かを好きだと思ったこともなかったから。
でもやっと分かった。……愛してる。」
俺は走って、その場から離れた。
俯いたまま、寮の廊下を走る。
頭の中は真っ暗で、バカみたいに心臓が動いてる。
なんで、俺、こんなにパニクってんだろう。
何も考えられない。
ただアンリの声だけが響いてる。
誰かにぶつかった。
「ごめんね、ユウタ。大丈夫?」
「ハルヤ…」
「え…ユウタ、泣いてる?」
自分の頬を触ると、濡れていた。
「…あ、あの、これは、何でもなくて…」
「そんな顔見せられて『そーですか』ってわけにいかないよ」
ハルヤの部屋に連れて行かれた。
さっき聞いたことを話すと、ハルヤは手を頭の後ろで組んだ。
「アンリの『愛してる』は俺も聞いてみたかったかも」
「ハ、ハルヤ!!?」
「でも、兄弟が告白される所は、見たくないな」
「ハルヤは…見たことあるの?」
「昔ね。ほんと子供の頃だけど」
「お兄さんが、告白されるとこ?」
「うん。兄様、すごくモテる人だったから、何度もね。
でも、何度見ても慣れないし、嫌だったな」
「嫌?」
「うん。兄様はいつも断るから。相手の子が泣き出す時もあるし。
そういうの見ると、可哀想だなって思いながら、
俺、どこかさ、ほっとしてるんだよね」
「ほっと、する?」
「俺、小さい頃から結構人見知りでさ。本当に仲が良い人って、
兄様ぐらいしか居なかったから、余計に。
『兄様が取られちゃったらどうしよう』って思って。コドモだよね…俺」
「いーじゃん。その時は、本当に子供だったんだから」
「…うん。その時はね」
ハルヤは少し困ったように笑った。
次の朝。
アンリからケータイが帰って来た。
俺はベッドに転がる。
ケータイを見る。
「次、姉貴から電話掛かって来たら、
俺、どんな顔して会えばいいんだろう…」
ケータイが鳴る。
画面には『着信 姉ちゃん』の文字。
深呼吸してから、通話ボタンを押す。
テレビ電話のボタンは押せなかった。
耳にケータイを当てる。
「あ、姉貴…おはよ」
「ユウタ? なんで、テレビ電話にしないの?」
「い、いや、別に。特に意味は無いけど…」
耳元で吐息が聞こえる。
「やっぱり、聞いてたか。昨日の電話」
「え!? …な、何のこと!?」
「アンリさんが言ってた。
『今、派手な足音がしたから、
ユウタに聞かれてしまったかも』って」
「あ、あははは……ゴメン」
「いいよ。私、アンリさんに、
『ありがとうございます』としか言えなかったし」
「え?」
「『私もです』って言えれば良かったんだけど、
なんか違う気がして、どうしても言えなかった」
「なにそれ…」
「あ。ごめん、私、もう行かなきゃ。じゃあね、ユウタ」
「ちょ、ちょっと姉貴っ!」
ケータイは待受画面に戻ってた。
サロンに行くと、ハルヤ、レッド、シルヴァンが居た。
俺はみんなに尋ねる。
「あ、あの、アンリは?」
レッドが振り向く。
「アンリなら、ジョシュアとどっか行ったみたいだったぜ?」
「そ、そう。ありがと」
ハルヤが俺に駆け寄って、小声で言う。
「なんかあったの?」
俺は頷いて、ハルヤの腕を引く。
「みんな、ちょっとハルヤ借りるね?」
「おう」
「必ず返して下さいねー♪」
俺の部屋にハルヤを連れて来た。
ハルヤはソファに座って、俺を見つめる。
「そっか。アンリ、片思いだったみたいだね」
「な、なんで解るの!?」
「解るよ。ユウタ、泣いてないもん」
「…ハルヤのいじわる」
「あははっ、ごめんごめん。
でもさ、ユウタにとっては、これで良かったんじゃないの?」
「そう、なのかな。でも、アンリが…」
「アンリなら大丈夫だよ。今、専属のお医者さんが、
カウンセリングしてくれてるみたいだからね?」
姉貴は「アンリさんに代わって」と言わなくなった。
誰かにケータイを渡さなくなってから。
『ケータイ依存症』を感じなくなった。
やっぱ俺の傍にあるからなのかな。
最近の姉貴は、俺と話してくれる。
只の気まぐれかもしれないけど。
「…分かってるってば、姉貴。
あーはいはい。そろそろ切るね?
え? なに? …うん。俺も。
じゃあまた。おやすみ、姉貴」
いつかまた姉貴に「代わって」と言われたら、
俺には、代わってあげることしかできないけど。
本当は、もう誰にも。
渡したくないんだよ、姉貴。
fin
■レッド×アンリ アンリ×レッド
オーギュスト×アンリ デッド・プリンス
■若干のゲーム要素とオーギュの捏造設定で出来ています。
■第1回BL投票3位、おめでとうございます。
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オーギュスト×アンリ デッド・プリンス
■若干のゲーム要素とオーギュの捏造設定で出来ています。
■第1回BL投票3位、おめでとうございます。
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「あのっ! ウーティス寮の、アルフレッド先輩ですか?」
放課後。
寮に戻る途中、レッドは声を見知らぬ生徒に掛けられた。
眼鏡を掛けている、小柄な少年だった。
おどおどした様子で、こちらの顔色を伺っている。
まだ新しい制服を見ると、高等部1年のようだ。
学年の違う俺にわざわざ会いに来たってことは、俺のファンかな?
態度がビクついてんのも、緊張してるからなのかも。
レッドは愛想良く、気さくに返事をした。
「そうだよ。俺がアルフレッド・ヴィスコンティ。俺に何か用かい?」
「はい。あのっ、これを…」
彼は白い封筒を差し出した。
レッドはそれを受け取って、更に機嫌を良くする。
「俺にファンレター? サンキュ! 嬉しいぜ? 必ず読むよ!」
「いえっ、ごめんなさい、違うんです。
貴方と同じ寮の…アンリ先輩に渡して貰えませんか?」
「なーんだ。君はアンリのファンか。
てっきり俺のファンかと思っちまったぜ」
「すみません。あ、あのっ...」
「オーケイ。アンリに渡しとけばイイんだろ?」
「はい。ありがとうございます。失礼します。じゃっ」
「あっ待って! 君の名前!」
男子生徒は恥ずかしそうに俯いたまま駆けて行く。
「…行っちまった。見た目より、足早いんだなあ、アイツ」
レッドは手にしている封筒に視線を戻す。
少し膨らんでいて、重みもある。
中に入っているのは、手紙だけでは無いらしい。
白い封筒を太陽に透かしてみる。
細い棒状の物が見えた。
「ペン…かなあ?」
夕食の後。
レッドはマリンブルーの髪を追い掛けて、肩を叩いた。
「アンリ。これ、お前に」
白い封筒を差し出す。
アンリは微笑して、レッドを見上げた。
「僕にラブレターでも書いてくれたのかい、レッド?」
「ちげーよっ! バカ!
書いたのは俺じゃなくて、お前のファン!
お前に渡してくれって頼まれたんだ!」
アンリの表情から笑みが消える。
「…誰が、持って来たの?」
「あー、名前は聞きそびれちまったんだけどな。
高等部の1年だと思うぜ?
なんか気弱そーな奴で…お前の知り合い?」
「そんな曖昧なこと言われても解らないよ」
「まあ、とにかく。受け取っとけって」
アンリは手を組んだまま。
「レッド。悪いけど、ソレ、捨てておいてくれる?」
「なんでだよ?」
「他人から貰ったものなんて、受け取れるわけないでしょ。
中に何が入っているかしれないし」
「ったく、何言ってんだよ、お前はー!
『ファン』は大切にするのはジョーシキだろ?」
冷たい吐息が漏れる。
「君と違って、僕はハリウッドスターでも何でもないの。
アルフレッド・ヴィスコンティと一緒にしないでくれる?」
「そっか! お前は『スター』じゃなくて、『プリンセス』だもんなっ?」
太陽の笑顔に、氷柱のような視線が飛ぶ。
「失礼するよ、レッド。それ、必ず捨てておいてね」
アンリが踵を返すと、明るい声が返って来る。
「んなことできっかよ。なら、俺が開けてやるっ!」
「レッド!」
レッドの手に、封筒の中身が、するりと落ちた。
「手紙と…なんだこれ、万年筆?」
重厚感のある、青い万年筆。
それを見たアンリは、小さく溜め息を吐いた。
「僕の万年筆、だね。…彼が送り主か」
「彼って?」
「昨日の講義で、彼が、たまたま隣に居たんだ。
どうやら、書く物を忘れたようでね。
『ペンが無い』ってあちこち探していて。
目障りだったから、僕の万年筆をあげたんだよ」
「…目障りって、お前;」
「返さなくて良いって言ったんだけどな。無駄に律儀な子だね」
「いや、返すだろ、フツー。ほら、手紙にも、
『貸して下さってありがとうございました』って書いてあるし」
アンリは興味無さそうに一瞥しただけだった。
「そう。他に用が無いなら、これで失礼するよ」
レッドは、手に持っていた封筒をアンリに見せる。
「おいおい、忘れもんだぜ?」
「何度同じことを言わせるつもり? 捨ててと言ったでしょ」
頑なに拒否する視線を向けられて、レッドは手を下ろした。
「では、失礼」
レッドの手に、また封筒が残った。
翌日になっても、レッドは手紙と万年筆を捨てられずにいた。
ファンから貰った手紙やプレゼントを捨てたことがないレッドには、
人の好意を無にするような行為がどうしてもできなかった。
講義中も青い万年筆をぼーっと眺めていた。
教授の声は、もはや全く耳に入っていない。
万年筆で、ノートに意味も無く、ぐるぐると円を描いていた。
滑らかに青い円が重なって行く。
明るい青。
綺麗な色だと、レッドは思う。
青は朝の海の色。
青は晴れた空の色。
青は…
「レッド? 講義、終わっているよ」
そうジョシュアに言われるまで、
周りの生徒が全員退室しようとしていることにも気が付かなかった。
「その万年筆、アンリのものとよく似ているね?」
「ああ。元々、あいつのもんだからな」
「貰ったのかい? 珍しいな、アンリが人に物をあげるなんて」
「そーいや…」
ジョシュアは春風のように微笑む。
「アンリは、よっぽどレッドのことが気に入っているんだな」
「んなわけねーだろ! それに、貰ったのは俺じゃねーし……」
そうだ。俺が貰ったわけでもないのに、
なんでまだ持ってるんだ、俺。
「生徒代表殿、居る?」
教室の外に、マリンブルーの髪が見えた。
大儀そうにドアに凭れている。
「アンリ、どうしたんだい?」と生徒代表。
「さっき、君の担当教授に会ってね。
君に伝言。『時間ができたら研究室に来て欲しい』って。
…なんで僕に頼むんだか。いい、伝えたからね?」
「ありがとう、アンリ。では行って来るね。
すまない、レッド。先に失礼するよ」
「おう! また後で」
ジョシュアと入れ替わりに、アンリが教室に入る。
レッドのノート見て、クスリと笑った。
「ふうん。流石だね、レッド?」
「ああ?」
「講義を聞きながら美術も嗜むとは。
しかも素晴らしく芸術的な絵画だ。
君の才能は溢れるばかりだね?」
ノートに描かれていたのは、青いリングのみ。
板書の痕跡はこれっぽっちも無い。
「遠回しに毒吐いてないで、
素直に『講義聞いてなかったのか』って言えよっ!」
アンリの視線が、ノートの傍らに転がっていた青い万年筆を見つける。
アンリがゆっくりと、顔を上げる。
冷たい目は「あれだけ捨てろと言ったのに」と語っていた。
レッドは反射的に、万年筆を掴む。
「これ、綺麗なインクだったからさ、ちょっと使ってただけだよ」
「…じゃあ、このラクガキは、万年筆で描いたの?」
「悪かったな、万年筆で描いて!
ったく、さっきは絵画とかって言ったくせに、
今度はラクガキかよ。これだから毒舌使いは…」
教室の扉の影に、眼鏡の少年が見えた。
「あっ! ねえ、君!」
レッドが声を上げると、彼の肩がビクっと跳ねた。
「あっ、こ、こんにちは…」
突然、レッドの手から万年筆が抜き取られた。
「お、おい、アンリ!?」
万年筆を持って、アンリは少年の傍に行った。
「あ、アンリ先輩…」
「ごきげんよう。もう一度、君に会いたいと思っていたんだ」
「…僕に、ですか?」
「そう、君に。僕の万年筆を届けて貰ったお礼が言いたかったんだ。
ありがとう。ちゃんと受け取ったから。ほら、ね?」
「なっ! アンリお前何言って…!?」
レッドが叫ぶと、刺さるような視線が飛んで来た。
レッドが静止したのを確認し、先輩は後輩に向き直る。
「あの、アンリ先輩…僕っ…」
「何?」
「い、いえ…。先日は本当に、万年筆を貸して頂いて、
ありがとうございました。…すみません。僕、失礼します」
「そう。ではまたね」
下級生はもう一度頭を下げて、走って行った。
少年の姿が見えなくなると、アンリは手にしてる万年筆を見せた。
「というわけで、レッド。コレは返して貰うから」
「え?」
「返せない? 手離せないほど気に入った?」
「いやっ、てゆうかお前どーした!?
さっきの態度なにっ!?
なんだ、あの優しい言葉は!?」
「下級生には優しくしないと、ね」
レッドは、アンリの両肩を掴み、ゆさゆさ揺さぶる。
「大丈夫かお前!? 保健室に行け保健室!
今すぐソクーロフ博士に診て貰えっ!」
「…どこも悪くないのに、何故ソクーロフなんかに会わなくてはならないの」
「お前の口から『優しい』なんて言葉が出るわけねーだろ!?
絶対熱がある! しかも高熱だ!」
アンリは、肩に置かれた手を払う。
「熱なんか無いよ」
アンリは、万年筆を持ったまま、教室を出て行った。
講義開始の鐘が鳴る。
「もう次始まるのかよっ!」
慌てて机の上から教科書を掻き集める。
ノートには、幾重もの青い円。
「…元々、あいつのだっただろ」
ノートを閉じて、次の教室へ向かった。
アンリが部屋に戻ると、紳士が紅茶を飲んでいた。
「…オーギュスト。何してるの」
「お帰り。君の紅茶もあるよ」
神秘学の特別講師、オーギュスト・ボージェ教授。アンリの担当教授だ。
「此処は僕の部屋だと思ったけど?」
「そう、正解だよ。此処は私の教え子の部屋だ」
「知らなかった。教え子の部屋なら、
カフェ代わりに使って良いという規則があるなんて」
アンリが、ボージェ教授の前に立つ。
自分の唇に人差し指を当てて、一枚の紙と青い万年筆を見せた。
ボージェ教授は、それを受け取って、こう言った。
「どうやら、ご機嫌斜めのようだね、アンリ。今日は失礼するよ」
「そうしてくれるとありがたいね。では、ごきげんよう」
ボージェ教授は部屋を出ると、閉じられた扉に背を預けた。
先程の紙を取り出す。
書かれているのは三行の走り書き。
一行目には、こう記されていた。
―― 黙って、オーギュ ――
優雅で繊細な文字。
間違い無く、アンリの筆跡だ。
ボージェ教授は、視線を下に移す。
―― 今すぐ解体して欲しい ――
―― 中に、何か入ってる ――
「レッド。次、歴史だよね。そろそろ行こ?」
レッドの部屋に、ハルヤとシルヴァンが迎えに来た。
歴史の特別講義は、レッドに付き合って、二人も一緒に受けていた。
学院の創設者、アルフォンソ王についての講義だ。
しかし、王はその存在の有無すら、はっきりしていない。
講義の内容も数ある伝説を挙げ、解説することに終始する。
教授にも断言できる情報が限りなく少ないからだ。
「ああ、今行くよ。…あっ」
レッドは、部屋の窓に目を奪われた。
アンリの後方から、あの眼鏡の生徒がやってくるのが見えたのだ。
少年がアンリに追い着き、何か話し掛けた。
振り向いたアンリが、言葉を返している。
俺達以外の奴と話をしている。
「レッド、何見てるの?」
ハルヤが視線を追う。
「いや。別に…」
「あ、アンリだ。あれ? 一緒に居る子、誰だろう?」
「アンリのファンじゃないですか? 学院の何処かに、
彼のファンクラブがあるって噂もあるくらいですし♪」
「でも、アンリ、ファンの子と話なんかしないでしょ?
適当にあしらうか、無視するかだし。新しい友達ができたのかもよ?」
「あっ、お話、終わったみたいですよ?」
少年は一礼して、アンリから離れて行く。
三人は寮を出て、アンリの元へ駆け寄った。
アンリが三人の姿を認める。
「どうしたの、デッド・プリンス? 僕に何か用?」
「ねえ、アンリ。今の男の子、新しい友達?」とハルヤ。
「それとも、アンリのファンですか?」
「別に? ただの下級生だよ。同じ講義を受けてるだけのね」
「先程はどんなお話をしてたんですか?」
「朝の挨拶をされただけだよ。どうしてそんなことに興味があるの?
デッド・プリンスは、ステージを降りても騒がしいんだね。
下らない質問ばかりするなら、僕は失礼するよ?」
アンリの前に、レッドが立つ。
「お前、なんであいつに構うんだ?」
「構ってるつもりはないけど」
「構ってるじゃねーか! お前が俺達以外と話すなんて、
アルフォンソ島に雪が降っちまう!」
「何、その言い方。
それではまるで、僕が君達の所有物みたいじゃない?
思い上がりも甚だしいね」
「俺達には毒吐くくせに、あの下級生には優しいんだな!」
「彼のことをやたら口にするのは君の方ではないの?
だから、彼と僕が話すことが嫌なのかい?
彼のことが気になって夜も眠れないのかな?」
「バカかお前!? 俺が気にしてんのは…!」
レッドは一瞬、言葉を失くして、見つけた単語で繋ぐ。
「…あ、あの万年筆だよっ! お前、あれ結局捨てたりしてねーだろうなっ!?」
今度はアンリが黙る。
「図星かよ!? 返せって言っておきながら捨てたのか!?」
「あれは僕のものだ。君には関係のないことだよ、レッド」
「んだと、このやろぉー!」
ハルヤがレッドの腕を押さえる。
「はい、時間切れ。授業行くよ?」
「僕はもう少し見ていたかったですけどねー♪」とシルヴァン。
「じゃ、僕は失礼させて頂くよ。ではね、デッド・プリンス?」
「おい! こら待てっ!」
ハルヤが眼鏡を押し上げる。
「シルヴァン。レッドを捕獲」
「はーい♪」
「うおっ、な、なにすんだ、お前ら!?」
「そのまま教室まで強制連行」
「了解です、ハルヤ♪」
「って、引きずるなあー! おーい、俺の話を聞けー!」
数日後。
ボージェ教授は、アンリの部屋に入った。
ノックはしない。する必要がないからだ。
今は、講義が終了したばかりの時刻だ。
彼が此処に現れるまで、ゆうに10分はある。
紅茶を淹れるには、充分な時間だ。
部屋に温かい香りが満ちる。
カップを口に運んでいると、部屋の窓から彼の姿が見えた。
アンリが、眼鏡を掛けた少年に声を掛ける。
呼ばれた後輩は、先輩を驚いたように見つめている。
アンリが、彼の耳元に唇を寄せる。
囁かれた言葉。
後輩の瞳から涙が零れる。
先輩は、泣いている後輩を見下ろしながら、語り掛ける。
後輩は頷いて、先輩を見上げた。
深く頭を下げ、駆けて行く。
先輩は、後輩が見えなくなるまで見送っていた。
アンリが部屋に戻ると、「やあ、遅かったね」と声を掛けられた。
紳士が紅茶を飲んでいる。
「…オーギュスト。どうして君は、勝手に僕の部屋に入るの?」
「学院内で、君の安全を保証することも、私の仕事だからだよ」
アルフォンソ学院に入学したサン・ジェルマン家の人間は、
代々、神秘学の特別講義を受けることになっている。
ボージェ教授は神秘学の研究対象として、
以前からサン・ジェルマン伯爵家一族に興味があった。
それ故、この家の歴史や内部事情にも詳しい。
彼は、アンリが今置かれている状況を知っている、数少ない人間の一人だ。
「それで? 紅茶を飲みに来ただけではないよね、オーギュ?」
ボージェ教授は、勝手に淹れた紅茶を置く。
「ああ。頼まれていた解体実験の報告にね」
ボージェ教授は、チョッキのポケットから、
白いハンカチに包まれたものを取り出す。
その中から現れたのは、ペン先や青い本体。
パーツ毎に解体された青い万年筆だ。
「結果は、アンリの予想通りだったよ。
万年筆のインクに、これが浮かんでいた」
ボージェ教授は、残骸の中からひとつ取って、手の平に乗せる。
とても小さな、灰色のサイコロのようなものだった。
「何だと思う、アンリ?」
「盗聴器、でしょ」
「正解だ。防水加工までしてある、高性能な超小型盗聴器だよ。
素晴らしい技術の結晶だね。壊してしまうのが勿体無いくらいだった。
君に、これを仕掛けたのは、ここの生徒だと言っていたね?
その生徒は始末したのか?」
「いや。さっきディーノ・マンゾーニから電話があってね」
「ああ、君のお友達だね、シチリアマフィアの?」
「ビジネス・パートナーだと言っているでしょう。
マンゾーニは、あの生徒を無害だと判断した」
「無害?」
「あの子にも、色々と家の事情があったようでね。
脅されていたんだ。
機会を伺って、僕に盗聴器を仕掛けるように」
「つまり、彼もまた、命を狙われていたと?」
「そう。だから彼を学院から追放するのも止めにしたよ。
さっき、本人とも話をしてきた。
君を脅かす存在が居なくなったことと、
今後もこの学院に居ても良い、とね」
ボージェ教授は、アンリの前で涙を流していた少年を思い出す。
おそらく、彼がそうなのだろう。
「では、アンリ。その頼んだ人物の方は始末したんだね?」
「あの子に直接声を掛けた男は、ね。
でも結局、その一番上に居るのは、あの人でしょう?」
アンリは自嘲的に嗤う。
「全く、慣れないことは、するものではないね」
「そうだね。無闇に私の仕事を増やすのは止めて貰いたい」
「何が言いたいの、オーギュ?」
「君は、見知らぬ者に、快くプレゼントが
できるような人間ではないと言っているんだよ」
「酷い言われ様だ。それが、教師が教え子に言う言葉?」
アンリは可笑しそうに笑う。
気を悪くした様子は微塵もない。
「君は、最初から予想していたね?
あの生徒が怪しいと踏んで、 自ら隙を与えたとしか考えられない。
今回は盗聴器だったから良かったものの、
もし、爆弾の類だったら、どうするつもりだったんだ」
「弱気な発言だね、オーギュ。
学院内では、君が僕の安全を保証してくれるのではなかったの?」
「どうして、わざとこんな危険な真似をした? 納得の行く回答を願えるかな」
「…命を狙われている者の目だったから」
「あの少年の目かい?」
「望まない定めを背負わされている者の目なら、すぐに解るよ。
僕も、そうだからね」
「だからと言って、徒に死期を早めるような行動は謹んで貰いたいね」
ボージェ教授は、静かに語り掛ける。
「私はね、怒っているんだよ、アンリ」
「へえ。僕に説教かい?」
「当然だよ、君は私の教え子だ。
…いや。もう息子と言ってもいい。
少なくとも、私はそう思っている」
真摯な眼差しが、アンリを真っ直ぐ見据える。
アンリは不自然に視線を外す。
「僕のせいばかりにしているけれどね、オーギュ」
俯いたまま反論する。
「レッドにも大いに原因がある。
まずは、余計な親切心で、僕への預かり物をしたこと。
そして、僕は『捨てて』と言ったのに、捨てなかったことだ」
「おや。彼が捨てる筈がない、とは全く予想できなかったのかな?」
「そんなこと…思い付くわけないよ」
「よろしい。では、そういうことも含めて、
これからゆっくり勉強していこう」
「君の専門外でしょう、神秘学専攻のボージェ教授?」
「専門の範囲だよ。この世で最上の神秘は、
人の思考と行動だからね?」
「…あっ、そう。君の講義は研究室で聞いてあげるよ。
君、そろそろ仕事の時間ではないの?」
「そうだね。最後にもうひとつ、私の疑問を解決してくれるかい?」
「どうぞ?」
「君は、私に万年筆を渡した時点で、
『中に何か入ってる』と指摘していたね。どうして解った?」
「インクの色が、前と違っていたからね」
「色?」
「僕の万年筆は、少し変わった色でね。紺に近い青なんだ。
でも、レッドが使っていた時、明るい青だった。
だから、中身が変わってるのでは、と思ったんだ」
「では、その友人に感謝することだね。
どうやら、君の安全を保証しているのは、私だけではないようだ」
「あんなの、居ても煩いだけだよ」
ボージェ教授は、ドアに手を掛けながら振り向いた。
「良かったな、アンリ。大切な友人が守れて」
「自分の身を守っただけだよ」
次の講義は、学年共通科目の英語だった。
同じ学年のレッドとアンリは必須科目。
二人が教室で顔を合わせる数少ない講義だ。
アンリが席に着いていると、隣にレッドが座った。
どちらも言葉を発しない。
教授が教室に入って、講義が始まった。
アンリは板書を取ろうとして、筆記用具が無いことに気付く。
オーギュストと話していたせいで、部屋に忘れてきたらしい。
アンリは心の中で彼の名を呟く。
ノートを閉じて、窓の方を見やる。
隣からレッドの小声。
「アンリ。もしかしてペン、無い?」
雲を眺めながら他人事のように応える。
「そうみたいだね」
「貸してやるよ、ほら」
レッドがペンを差し出す。
赤いペンだ。
「隣のヤツが、空ばっか見てると『目障り』だからな?」
アンリは、笑顔と赤いペンを見つめる。
「…悪かったね、目障りで」
そう言ってペンを手に取った。
レッドは、からかうように、アンリの顔を覗き込む。
「おやー? 他人から貰ったもんは、受け取れねーんじゃねーのか?」
アンリは、赤いペンをクルリと回す。
「君だから、受け取ったんだよ、レッド?」
「え?」
「君から貰う物に、危険はない。このペンは絶対に安全だ」
予想外の台詞にレッドは言葉を失う。
絶対に毒舌が帰って来ると思っていた。
普段はあれだけ毒舌を吐いて、俺に優しい言葉のひとつも掛けないくせに。
俺のことは『他人』じゃないって。
俺のことは信用できるって。そう思ってるってことなのか?
回っていた赤いペンが、こちらに向けられた。
「危険な罠を仕掛けるには、それなりの頭脳が必要だ」
レッドは、机を叩いて立ち上がる。
「俺はバカってことかよっ!?」
大声を上げた生徒に、教授の怒号が飛ぶ。
「講義中だぞ! アルフレッド・ヴィスコンティ!」
教室のあちこちで笑いが咲く。
「すみません…」レッドが席に座る。
アンリの表情には、微笑は浮かんでいなかった。
赤いペンを見つめたまま、告げる。
「ありがとう、僕の安全を保証してくれて」
レッドは机の下で拳を震わせる。
「…後で覚えておけよ、アンリ…」
「どうぞ、お好きに?」
アンリは、やっと笑みを見せて、
赤いペンを、くるりと回した。
fin
放課後。
寮に戻る途中、レッドは声を見知らぬ生徒に掛けられた。
眼鏡を掛けている、小柄な少年だった。
おどおどした様子で、こちらの顔色を伺っている。
まだ新しい制服を見ると、高等部1年のようだ。
学年の違う俺にわざわざ会いに来たってことは、俺のファンかな?
態度がビクついてんのも、緊張してるからなのかも。
レッドは愛想良く、気さくに返事をした。
「そうだよ。俺がアルフレッド・ヴィスコンティ。俺に何か用かい?」
「はい。あのっ、これを…」
彼は白い封筒を差し出した。
レッドはそれを受け取って、更に機嫌を良くする。
「俺にファンレター? サンキュ! 嬉しいぜ? 必ず読むよ!」
「いえっ、ごめんなさい、違うんです。
貴方と同じ寮の…アンリ先輩に渡して貰えませんか?」
「なーんだ。君はアンリのファンか。
てっきり俺のファンかと思っちまったぜ」
「すみません。あ、あのっ...」
「オーケイ。アンリに渡しとけばイイんだろ?」
「はい。ありがとうございます。失礼します。じゃっ」
「あっ待って! 君の名前!」
男子生徒は恥ずかしそうに俯いたまま駆けて行く。
「…行っちまった。見た目より、足早いんだなあ、アイツ」
レッドは手にしている封筒に視線を戻す。
少し膨らんでいて、重みもある。
中に入っているのは、手紙だけでは無いらしい。
白い封筒を太陽に透かしてみる。
細い棒状の物が見えた。
「ペン…かなあ?」
夕食の後。
レッドはマリンブルーの髪を追い掛けて、肩を叩いた。
「アンリ。これ、お前に」
白い封筒を差し出す。
アンリは微笑して、レッドを見上げた。
「僕にラブレターでも書いてくれたのかい、レッド?」
「ちげーよっ! バカ!
書いたのは俺じゃなくて、お前のファン!
お前に渡してくれって頼まれたんだ!」
アンリの表情から笑みが消える。
「…誰が、持って来たの?」
「あー、名前は聞きそびれちまったんだけどな。
高等部の1年だと思うぜ?
なんか気弱そーな奴で…お前の知り合い?」
「そんな曖昧なこと言われても解らないよ」
「まあ、とにかく。受け取っとけって」
アンリは手を組んだまま。
「レッド。悪いけど、ソレ、捨てておいてくれる?」
「なんでだよ?」
「他人から貰ったものなんて、受け取れるわけないでしょ。
中に何が入っているかしれないし」
「ったく、何言ってんだよ、お前はー!
『ファン』は大切にするのはジョーシキだろ?」
冷たい吐息が漏れる。
「君と違って、僕はハリウッドスターでも何でもないの。
アルフレッド・ヴィスコンティと一緒にしないでくれる?」
「そっか! お前は『スター』じゃなくて、『プリンセス』だもんなっ?」
太陽の笑顔に、氷柱のような視線が飛ぶ。
「失礼するよ、レッド。それ、必ず捨てておいてね」
アンリが踵を返すと、明るい声が返って来る。
「んなことできっかよ。なら、俺が開けてやるっ!」
「レッド!」
レッドの手に、封筒の中身が、するりと落ちた。
「手紙と…なんだこれ、万年筆?」
重厚感のある、青い万年筆。
それを見たアンリは、小さく溜め息を吐いた。
「僕の万年筆、だね。…彼が送り主か」
「彼って?」
「昨日の講義で、彼が、たまたま隣に居たんだ。
どうやら、書く物を忘れたようでね。
『ペンが無い』ってあちこち探していて。
目障りだったから、僕の万年筆をあげたんだよ」
「…目障りって、お前;」
「返さなくて良いって言ったんだけどな。無駄に律儀な子だね」
「いや、返すだろ、フツー。ほら、手紙にも、
『貸して下さってありがとうございました』って書いてあるし」
アンリは興味無さそうに一瞥しただけだった。
「そう。他に用が無いなら、これで失礼するよ」
レッドは、手に持っていた封筒をアンリに見せる。
「おいおい、忘れもんだぜ?」
「何度同じことを言わせるつもり? 捨ててと言ったでしょ」
頑なに拒否する視線を向けられて、レッドは手を下ろした。
「では、失礼」
レッドの手に、また封筒が残った。
翌日になっても、レッドは手紙と万年筆を捨てられずにいた。
ファンから貰った手紙やプレゼントを捨てたことがないレッドには、
人の好意を無にするような行為がどうしてもできなかった。
講義中も青い万年筆をぼーっと眺めていた。
教授の声は、もはや全く耳に入っていない。
万年筆で、ノートに意味も無く、ぐるぐると円を描いていた。
滑らかに青い円が重なって行く。
明るい青。
綺麗な色だと、レッドは思う。
青は朝の海の色。
青は晴れた空の色。
青は…
「レッド? 講義、終わっているよ」
そうジョシュアに言われるまで、
周りの生徒が全員退室しようとしていることにも気が付かなかった。
「その万年筆、アンリのものとよく似ているね?」
「ああ。元々、あいつのもんだからな」
「貰ったのかい? 珍しいな、アンリが人に物をあげるなんて」
「そーいや…」
ジョシュアは春風のように微笑む。
「アンリは、よっぽどレッドのことが気に入っているんだな」
「んなわけねーだろ! それに、貰ったのは俺じゃねーし……」
そうだ。俺が貰ったわけでもないのに、
なんでまだ持ってるんだ、俺。
「生徒代表殿、居る?」
教室の外に、マリンブルーの髪が見えた。
大儀そうにドアに凭れている。
「アンリ、どうしたんだい?」と生徒代表。
「さっき、君の担当教授に会ってね。
君に伝言。『時間ができたら研究室に来て欲しい』って。
…なんで僕に頼むんだか。いい、伝えたからね?」
「ありがとう、アンリ。では行って来るね。
すまない、レッド。先に失礼するよ」
「おう! また後で」
ジョシュアと入れ替わりに、アンリが教室に入る。
レッドのノート見て、クスリと笑った。
「ふうん。流石だね、レッド?」
「ああ?」
「講義を聞きながら美術も嗜むとは。
しかも素晴らしく芸術的な絵画だ。
君の才能は溢れるばかりだね?」
ノートに描かれていたのは、青いリングのみ。
板書の痕跡はこれっぽっちも無い。
「遠回しに毒吐いてないで、
素直に『講義聞いてなかったのか』って言えよっ!」
アンリの視線が、ノートの傍らに転がっていた青い万年筆を見つける。
アンリがゆっくりと、顔を上げる。
冷たい目は「あれだけ捨てろと言ったのに」と語っていた。
レッドは反射的に、万年筆を掴む。
「これ、綺麗なインクだったからさ、ちょっと使ってただけだよ」
「…じゃあ、このラクガキは、万年筆で描いたの?」
「悪かったな、万年筆で描いて!
ったく、さっきは絵画とかって言ったくせに、
今度はラクガキかよ。これだから毒舌使いは…」
教室の扉の影に、眼鏡の少年が見えた。
「あっ! ねえ、君!」
レッドが声を上げると、彼の肩がビクっと跳ねた。
「あっ、こ、こんにちは…」
突然、レッドの手から万年筆が抜き取られた。
「お、おい、アンリ!?」
万年筆を持って、アンリは少年の傍に行った。
「あ、アンリ先輩…」
「ごきげんよう。もう一度、君に会いたいと思っていたんだ」
「…僕に、ですか?」
「そう、君に。僕の万年筆を届けて貰ったお礼が言いたかったんだ。
ありがとう。ちゃんと受け取ったから。ほら、ね?」
「なっ! アンリお前何言って…!?」
レッドが叫ぶと、刺さるような視線が飛んで来た。
レッドが静止したのを確認し、先輩は後輩に向き直る。
「あの、アンリ先輩…僕っ…」
「何?」
「い、いえ…。先日は本当に、万年筆を貸して頂いて、
ありがとうございました。…すみません。僕、失礼します」
「そう。ではまたね」
下級生はもう一度頭を下げて、走って行った。
少年の姿が見えなくなると、アンリは手にしてる万年筆を見せた。
「というわけで、レッド。コレは返して貰うから」
「え?」
「返せない? 手離せないほど気に入った?」
「いやっ、てゆうかお前どーした!?
さっきの態度なにっ!?
なんだ、あの優しい言葉は!?」
「下級生には優しくしないと、ね」
レッドは、アンリの両肩を掴み、ゆさゆさ揺さぶる。
「大丈夫かお前!? 保健室に行け保健室!
今すぐソクーロフ博士に診て貰えっ!」
「…どこも悪くないのに、何故ソクーロフなんかに会わなくてはならないの」
「お前の口から『優しい』なんて言葉が出るわけねーだろ!?
絶対熱がある! しかも高熱だ!」
アンリは、肩に置かれた手を払う。
「熱なんか無いよ」
アンリは、万年筆を持ったまま、教室を出て行った。
講義開始の鐘が鳴る。
「もう次始まるのかよっ!」
慌てて机の上から教科書を掻き集める。
ノートには、幾重もの青い円。
「…元々、あいつのだっただろ」
ノートを閉じて、次の教室へ向かった。
アンリが部屋に戻ると、紳士が紅茶を飲んでいた。
「…オーギュスト。何してるの」
「お帰り。君の紅茶もあるよ」
神秘学の特別講師、オーギュスト・ボージェ教授。アンリの担当教授だ。
「此処は僕の部屋だと思ったけど?」
「そう、正解だよ。此処は私の教え子の部屋だ」
「知らなかった。教え子の部屋なら、
カフェ代わりに使って良いという規則があるなんて」
アンリが、ボージェ教授の前に立つ。
自分の唇に人差し指を当てて、一枚の紙と青い万年筆を見せた。
ボージェ教授は、それを受け取って、こう言った。
「どうやら、ご機嫌斜めのようだね、アンリ。今日は失礼するよ」
「そうしてくれるとありがたいね。では、ごきげんよう」
ボージェ教授は部屋を出ると、閉じられた扉に背を預けた。
先程の紙を取り出す。
書かれているのは三行の走り書き。
一行目には、こう記されていた。
―― 黙って、オーギュ ――
優雅で繊細な文字。
間違い無く、アンリの筆跡だ。
ボージェ教授は、視線を下に移す。
―― 今すぐ解体して欲しい ――
―― 中に、何か入ってる ――
「レッド。次、歴史だよね。そろそろ行こ?」
レッドの部屋に、ハルヤとシルヴァンが迎えに来た。
歴史の特別講義は、レッドに付き合って、二人も一緒に受けていた。
学院の創設者、アルフォンソ王についての講義だ。
しかし、王はその存在の有無すら、はっきりしていない。
講義の内容も数ある伝説を挙げ、解説することに終始する。
教授にも断言できる情報が限りなく少ないからだ。
「ああ、今行くよ。…あっ」
レッドは、部屋の窓に目を奪われた。
アンリの後方から、あの眼鏡の生徒がやってくるのが見えたのだ。
少年がアンリに追い着き、何か話し掛けた。
振り向いたアンリが、言葉を返している。
俺達以外の奴と話をしている。
「レッド、何見てるの?」
ハルヤが視線を追う。
「いや。別に…」
「あ、アンリだ。あれ? 一緒に居る子、誰だろう?」
「アンリのファンじゃないですか? 学院の何処かに、
彼のファンクラブがあるって噂もあるくらいですし♪」
「でも、アンリ、ファンの子と話なんかしないでしょ?
適当にあしらうか、無視するかだし。新しい友達ができたのかもよ?」
「あっ、お話、終わったみたいですよ?」
少年は一礼して、アンリから離れて行く。
三人は寮を出て、アンリの元へ駆け寄った。
アンリが三人の姿を認める。
「どうしたの、デッド・プリンス? 僕に何か用?」
「ねえ、アンリ。今の男の子、新しい友達?」とハルヤ。
「それとも、アンリのファンですか?」
「別に? ただの下級生だよ。同じ講義を受けてるだけのね」
「先程はどんなお話をしてたんですか?」
「朝の挨拶をされただけだよ。どうしてそんなことに興味があるの?
デッド・プリンスは、ステージを降りても騒がしいんだね。
下らない質問ばかりするなら、僕は失礼するよ?」
アンリの前に、レッドが立つ。
「お前、なんであいつに構うんだ?」
「構ってるつもりはないけど」
「構ってるじゃねーか! お前が俺達以外と話すなんて、
アルフォンソ島に雪が降っちまう!」
「何、その言い方。
それではまるで、僕が君達の所有物みたいじゃない?
思い上がりも甚だしいね」
「俺達には毒吐くくせに、あの下級生には優しいんだな!」
「彼のことをやたら口にするのは君の方ではないの?
だから、彼と僕が話すことが嫌なのかい?
彼のことが気になって夜も眠れないのかな?」
「バカかお前!? 俺が気にしてんのは…!」
レッドは一瞬、言葉を失くして、見つけた単語で繋ぐ。
「…あ、あの万年筆だよっ! お前、あれ結局捨てたりしてねーだろうなっ!?」
今度はアンリが黙る。
「図星かよ!? 返せって言っておきながら捨てたのか!?」
「あれは僕のものだ。君には関係のないことだよ、レッド」
「んだと、このやろぉー!」
ハルヤがレッドの腕を押さえる。
「はい、時間切れ。授業行くよ?」
「僕はもう少し見ていたかったですけどねー♪」とシルヴァン。
「じゃ、僕は失礼させて頂くよ。ではね、デッド・プリンス?」
「おい! こら待てっ!」
ハルヤが眼鏡を押し上げる。
「シルヴァン。レッドを捕獲」
「はーい♪」
「うおっ、な、なにすんだ、お前ら!?」
「そのまま教室まで強制連行」
「了解です、ハルヤ♪」
「って、引きずるなあー! おーい、俺の話を聞けー!」
数日後。
ボージェ教授は、アンリの部屋に入った。
ノックはしない。する必要がないからだ。
今は、講義が終了したばかりの時刻だ。
彼が此処に現れるまで、ゆうに10分はある。
紅茶を淹れるには、充分な時間だ。
部屋に温かい香りが満ちる。
カップを口に運んでいると、部屋の窓から彼の姿が見えた。
アンリが、眼鏡を掛けた少年に声を掛ける。
呼ばれた後輩は、先輩を驚いたように見つめている。
アンリが、彼の耳元に唇を寄せる。
囁かれた言葉。
後輩の瞳から涙が零れる。
先輩は、泣いている後輩を見下ろしながら、語り掛ける。
後輩は頷いて、先輩を見上げた。
深く頭を下げ、駆けて行く。
先輩は、後輩が見えなくなるまで見送っていた。
アンリが部屋に戻ると、「やあ、遅かったね」と声を掛けられた。
紳士が紅茶を飲んでいる。
「…オーギュスト。どうして君は、勝手に僕の部屋に入るの?」
「学院内で、君の安全を保証することも、私の仕事だからだよ」
アルフォンソ学院に入学したサン・ジェルマン家の人間は、
代々、神秘学の特別講義を受けることになっている。
ボージェ教授は神秘学の研究対象として、
以前からサン・ジェルマン伯爵家一族に興味があった。
それ故、この家の歴史や内部事情にも詳しい。
彼は、アンリが今置かれている状況を知っている、数少ない人間の一人だ。
「それで? 紅茶を飲みに来ただけではないよね、オーギュ?」
ボージェ教授は、勝手に淹れた紅茶を置く。
「ああ。頼まれていた解体実験の報告にね」
ボージェ教授は、チョッキのポケットから、
白いハンカチに包まれたものを取り出す。
その中から現れたのは、ペン先や青い本体。
パーツ毎に解体された青い万年筆だ。
「結果は、アンリの予想通りだったよ。
万年筆のインクに、これが浮かんでいた」
ボージェ教授は、残骸の中からひとつ取って、手の平に乗せる。
とても小さな、灰色のサイコロのようなものだった。
「何だと思う、アンリ?」
「盗聴器、でしょ」
「正解だ。防水加工までしてある、高性能な超小型盗聴器だよ。
素晴らしい技術の結晶だね。壊してしまうのが勿体無いくらいだった。
君に、これを仕掛けたのは、ここの生徒だと言っていたね?
その生徒は始末したのか?」
「いや。さっきディーノ・マンゾーニから電話があってね」
「ああ、君のお友達だね、シチリアマフィアの?」
「ビジネス・パートナーだと言っているでしょう。
マンゾーニは、あの生徒を無害だと判断した」
「無害?」
「あの子にも、色々と家の事情があったようでね。
脅されていたんだ。
機会を伺って、僕に盗聴器を仕掛けるように」
「つまり、彼もまた、命を狙われていたと?」
「そう。だから彼を学院から追放するのも止めにしたよ。
さっき、本人とも話をしてきた。
君を脅かす存在が居なくなったことと、
今後もこの学院に居ても良い、とね」
ボージェ教授は、アンリの前で涙を流していた少年を思い出す。
おそらく、彼がそうなのだろう。
「では、アンリ。その頼んだ人物の方は始末したんだね?」
「あの子に直接声を掛けた男は、ね。
でも結局、その一番上に居るのは、あの人でしょう?」
アンリは自嘲的に嗤う。
「全く、慣れないことは、するものではないね」
「そうだね。無闇に私の仕事を増やすのは止めて貰いたい」
「何が言いたいの、オーギュ?」
「君は、見知らぬ者に、快くプレゼントが
できるような人間ではないと言っているんだよ」
「酷い言われ様だ。それが、教師が教え子に言う言葉?」
アンリは可笑しそうに笑う。
気を悪くした様子は微塵もない。
「君は、最初から予想していたね?
あの生徒が怪しいと踏んで、 自ら隙を与えたとしか考えられない。
今回は盗聴器だったから良かったものの、
もし、爆弾の類だったら、どうするつもりだったんだ」
「弱気な発言だね、オーギュ。
学院内では、君が僕の安全を保証してくれるのではなかったの?」
「どうして、わざとこんな危険な真似をした? 納得の行く回答を願えるかな」
「…命を狙われている者の目だったから」
「あの少年の目かい?」
「望まない定めを背負わされている者の目なら、すぐに解るよ。
僕も、そうだからね」
「だからと言って、徒に死期を早めるような行動は謹んで貰いたいね」
ボージェ教授は、静かに語り掛ける。
「私はね、怒っているんだよ、アンリ」
「へえ。僕に説教かい?」
「当然だよ、君は私の教え子だ。
…いや。もう息子と言ってもいい。
少なくとも、私はそう思っている」
真摯な眼差しが、アンリを真っ直ぐ見据える。
アンリは不自然に視線を外す。
「僕のせいばかりにしているけれどね、オーギュ」
俯いたまま反論する。
「レッドにも大いに原因がある。
まずは、余計な親切心で、僕への預かり物をしたこと。
そして、僕は『捨てて』と言ったのに、捨てなかったことだ」
「おや。彼が捨てる筈がない、とは全く予想できなかったのかな?」
「そんなこと…思い付くわけないよ」
「よろしい。では、そういうことも含めて、
これからゆっくり勉強していこう」
「君の専門外でしょう、神秘学専攻のボージェ教授?」
「専門の範囲だよ。この世で最上の神秘は、
人の思考と行動だからね?」
「…あっ、そう。君の講義は研究室で聞いてあげるよ。
君、そろそろ仕事の時間ではないの?」
「そうだね。最後にもうひとつ、私の疑問を解決してくれるかい?」
「どうぞ?」
「君は、私に万年筆を渡した時点で、
『中に何か入ってる』と指摘していたね。どうして解った?」
「インクの色が、前と違っていたからね」
「色?」
「僕の万年筆は、少し変わった色でね。紺に近い青なんだ。
でも、レッドが使っていた時、明るい青だった。
だから、中身が変わってるのでは、と思ったんだ」
「では、その友人に感謝することだね。
どうやら、君の安全を保証しているのは、私だけではないようだ」
「あんなの、居ても煩いだけだよ」
ボージェ教授は、ドアに手を掛けながら振り向いた。
「良かったな、アンリ。大切な友人が守れて」
「自分の身を守っただけだよ」
次の講義は、学年共通科目の英語だった。
同じ学年のレッドとアンリは必須科目。
二人が教室で顔を合わせる数少ない講義だ。
アンリが席に着いていると、隣にレッドが座った。
どちらも言葉を発しない。
教授が教室に入って、講義が始まった。
アンリは板書を取ろうとして、筆記用具が無いことに気付く。
オーギュストと話していたせいで、部屋に忘れてきたらしい。
アンリは心の中で彼の名を呟く。
ノートを閉じて、窓の方を見やる。
隣からレッドの小声。
「アンリ。もしかしてペン、無い?」
雲を眺めながら他人事のように応える。
「そうみたいだね」
「貸してやるよ、ほら」
レッドがペンを差し出す。
赤いペンだ。
「隣のヤツが、空ばっか見てると『目障り』だからな?」
アンリは、笑顔と赤いペンを見つめる。
「…悪かったね、目障りで」
そう言ってペンを手に取った。
レッドは、からかうように、アンリの顔を覗き込む。
「おやー? 他人から貰ったもんは、受け取れねーんじゃねーのか?」
アンリは、赤いペンをクルリと回す。
「君だから、受け取ったんだよ、レッド?」
「え?」
「君から貰う物に、危険はない。このペンは絶対に安全だ」
予想外の台詞にレッドは言葉を失う。
絶対に毒舌が帰って来ると思っていた。
普段はあれだけ毒舌を吐いて、俺に優しい言葉のひとつも掛けないくせに。
俺のことは『他人』じゃないって。
俺のことは信用できるって。そう思ってるってことなのか?
回っていた赤いペンが、こちらに向けられた。
「危険な罠を仕掛けるには、それなりの頭脳が必要だ」
レッドは、机を叩いて立ち上がる。
「俺はバカってことかよっ!?」
大声を上げた生徒に、教授の怒号が飛ぶ。
「講義中だぞ! アルフレッド・ヴィスコンティ!」
教室のあちこちで笑いが咲く。
「すみません…」レッドが席に座る。
アンリの表情には、微笑は浮かんでいなかった。
赤いペンを見つめたまま、告げる。
「ありがとう、僕の安全を保証してくれて」
レッドは机の下で拳を震わせる。
「…後で覚えておけよ、アンリ…」
「どうぞ、お好きに?」
アンリは、やっと笑みを見せて、
赤いペンを、くるりと回した。
fin
■WARNING! シルヴァンの重大なネタバレを含みます。
シルヴァンの『秘密』をご存知の方、ネタバレOKな方のみ、どうぞ。
■シルヴァン×ハルヤ ハルヤ×シルヴァン
アンリ×シルヴァン ジョシュア×アンリ 春臣×春也
■ゲームシナリオベース。ハルヤの一人称「俺」です。
■1/13シルヴァンお誕生日&第1回投票4位、おめでとうございます!
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シルヴァンの『秘密』をご存知の方、ネタバレOKな方のみ、どうぞ。
■シルヴァン×ハルヤ ハルヤ×シルヴァン
アンリ×シルヴァン ジョシュア×アンリ 春臣×春也
■ゲームシナリオベース。ハルヤの一人称「俺」です。
■1/13シルヴァンお誕生日&第1回投票4位、おめでとうございます!
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「ねえ。シルヴァン。今夜、君の時間を貰っても構わない?
僕の部屋に来て欲しいのだけれど」
ぞくっとするバニラボイスに呼び止められて。
僕は、笑顔を作ってから振り向きました。
「君が僕を誘うとは珍しいですね、アンリ。どんなご用件ですか?」
「僕は、此処で話しても良いんだけどね?」
朝食へ向かう途中。
いつ誰が通るか解らない寮の廊下で。
学院内外のファンから『天使』と称されるその人は、
天使には程遠い、妖艶な笑みを浮かべています。
「…どうする? 話そうか?」
美し過ぎる笑みに、僕は後退りしていました。
「いえ…せっかくですから、君の部屋で、お聞きしますよ」
「その方が良いと思うよ? では待っているよ、シルヴァン」
「じゃあ次! シルヴァンは、どう思う?」
気付くと、目の前には興味津々なユウタ。
しかし、僕は何を問われているのかが解りませんでした。
「ったく、聞いてなかったのかあ?」とレッド。
隣から肘で突付かれて、ハルヤが小声で教えてくれます。
「王が実在したと思うかって話だよ」
昼休み。僕達は、カフェでランチを食べていました。
アルフォンソ王の謎についてみんなで議論していたんです。
レッドが、映画『アルフォンソ王』のフィルムについて熱く語っている間に、
僕は、今朝のアンリの言葉を思い出していたようです。
「…シルヴァン?」
ユウタが可愛らしく首を傾げるので、
僕は慌てて自分の見解を述べました。
「えっと、そうですね…僕はアルフォンソ王の謎のそのものよりも、
謎を謎のままにしておく何らかの力が、
数世紀にも渡って働いたことに興味がありますね」
ジョシュアは感心したように頷きます。
「成程。そういう考え方もあるのか。確かにそうだね。
アルフォンソ王は、陰謀から逃れる為、この島に避難して来たと言われている。
数ある伝説の中には、王は自身や家臣を守る為、
自らの身を隠し、別人として生きたという一説もあるし」
「ええ。別人として生きるということは、
家族や友人と一緒に居られないということですから。
秘密を守り続けるのは辛かったでしょうね」
予鈴が鳴って、レッドが立ち上がりました。
「ヤベッ! 次、体育なのに着替えてねーし!」
みんながバタバタと講義に向かう中。
カフェには、僕とハルヤだけが残りました。
「おや? ハルヤも次の講義あるのでは?」
「君も、でしょ?」
どうやら、ハルヤも講義に行く気がないようです。
あまり物事に動じず、飄々と振舞う彼。
一見、真面目そうなルックスに反して、面倒臭がり屋さん。
普段はクールなのに、結構シャイで。
無気力そうな言動の裏には、優れた感受性と洞察力を持っています。
誰かの様子がいつもと違う時、最初に気付くのは、いつも彼です。
人の表情やちょっとした仕草を敏感に察知するだけではなく、
木々や花などの自然に対しても、素直に綺麗だと感じる力を持っています。
感受性の高さは、天才子役と謳われたレッドにも劣らないほどです。
きっと『表現者』の素質なのでしょう。
レッドと違うのは、感情の表現方法だけなのかもしれません。
感じたまま、全身全霊で表現するレッドと。
同じことを感じていても、必要最小限しか表に出さないハルヤ。
見た目も性格も相克に見える二人が、兄弟のように感じられるのも、
元々持っている素質が、似ているからなのかもしれません。
ハルヤと知り合ってから、もう1年経ちますが。
初めて会った時の印象とは、大分違います。
君は、知れば知る程、新しい一面を見せてくれるから。
次はどんなハルヤに会えるのか楽しみで。
つい、君には色々話し掛けたくなるんですよね。
「ハルヤ、次の時間のご予定はあるんですか?
僕は、これからシエスタの研究でもしようかと思ってるんですけど♪」
「そっか。シエスタの研究論文を執筆中なんだよね、
シルヴァン・クラーク教授は?」
「はい。日々、順調にデータを収集してますよ♪」
ハルヤは笑顔を見せて、眼鏡を押し上げる。
「クラーク教授? 研究には、助手が必要じゃない?」
月桂樹の森。
僕達は、お気に入りの木の下に寝転びました。
木漏れ日は毛布のように暖かくて。
時折、心地好い風も吹きます。
いつもなら、目を閉じればすぐに夢の国へと行けるのに。
脳裏には、冷たい笑顔と声が残っていて。
今日は、とても眠れそうにありませんでした。
どうやらハルヤも寝付けないらしく、遠慮がちな声が聞こえてきました。
「クラーク教授、起きてる?」
「ええ。眠れませんか? コバヤシ君」
「うん。…あのさ、シルヴァン」
ハルヤは、僕の呼び名を改めました。
「はい?」
「今日、なんかあった?」
「いえ、別に…どうしてそう思うんです?」
「アルフォンソ王の話をしてた時、上の空ってかんじだったから。
俺が君を突付くまで、俺が隣に居る事も気付いてないみたいだったし」
「…ああ。先程はハルヤのおかげで助かりました。ありがとうございます」
「何考えてたの、シルヴァン?」
天使のような悪魔の笑顔を思い出していた――とは、とても言えません。
「…ちょっと、ぼーっとしていただけですよ」
ハルヤは寝返りを打って、こちらに顔を向けました。
僕の回答に納得がいかなったのでしょう。
眼鏡を掛けていないハルヤが、僕の表情を伺っています。
白く透き通るような素顔。
眼鏡を取ったハルヤは、今までにも何度かお見掛けしているのに。
こうして近くで見せられると、いつもドキっとしてしまいます。
ハルヤは、僕の顔がよく見えないのか、すぐ傍まで寄って来ました。
「ちょ、ちょっとハルヤ…そんな近くで見つめられると僕…」
「やっぱりヘンだ」
「は、はい?」
「今日のシルヴァン、元気無くない?」
「え...そう見えましたか? すみません、心配させてしまって。
自分ではそんなつもりなかったんですけどね」
「ほんと? でも、いつも眠そうだし。夜、ちゃんと眠れてる?」
レンズを通さずに、直接向けられる瞳。
その素直な眼差しに吸い寄せられるように、
僕の口から、言葉が零れ落ちました。
「最近、ちょっと夢見が良くないんです」
言ってしまってから、後悔しました。
普段は飄々と振舞う割に、洞察力や感受性の高いハルヤ。
そんな彼を、徒に心配させるようなことを口走ってしまうなんて。
案の定、僕の余計な一言は、ハルヤの表情を曇らせてしまいました。
「シルヴァン、怖い夢見るの?」
「いえ。怖くはないのですが…子供が泣いている夢なんですよ」
「子供が? それは、後味良くないね…」
「はい。それで、あまり眠った気がしないのかもしれません」
「それ、よく見るの?」
「ええ。ここ数年は」
「…数年? そうだったんだ。うーん。
『泣く子供』の夢って、何か意味とかあるのかなあ?」
「夢占い、ですか?」
「うん。あっ、そうだ。アンリに聞いてみる?
アンリ、前に夢占いの話してたから、何か知ってるかも」
「待って下さい、アンリにはっ!」
アンリは僕にとって、気の抜けない人物の一人です。
彼は、僕の過去を調べ、公表されている情報は全て手に入れています。
それでも真相に辿り着かなかった彼は、こう言いました。
――シルヴァン。君、一体、何者?
あの後は約束通り、詮索を止めてくれたようですが。
僕の素性に疑問を抱いている彼に、余計なことを吹き込むわけには。
それでなくとも、今夜会わなくてはいけないのに。
「僕では嫌なのかい、シルヴァン?」
頭上から、今最も聞きたくないバニラボイスが、降ってきました。
ハルヤは「あ。丁度良かったよ、アンリ」と身体を起こします。
僕が止める間も無く、ハルヤはアンリに話し掛けました。
「あのさ、アンリは『夢占い』できる?
この夢はこういう意味がある、とかってヤツ」
「昔、多少の文献を読んだことがある程度だけど。どんな夢?」
「泣く子供の夢。あ、見たのは俺じゃなくて、シルヴァンなんだけど」
金色の瞳は、面白そうに僕を見下ろします。
「ふうん。シルヴァンが、ね」
「アンリ、良くない夢だと思う?」とハルヤ。
「どうかな。シルヴァン、その子供、どんなふうに泣いているの?」
「とても小さな声で、すすり泣くようでした」
「では、泣き疲れているのかもしれないね?
ずっとそこで泣いているのかな」
「ずっと、一人で、ですか」
「その子供、知ってる顔ではないの?」
「解りません。姿は見えなくて。
真っ暗な空間で、声だけが聞こえてくるんです」
「その声を聞いて、嫌な気がした?」
「いいえ」
「男の子の声?」
「おそらく」
「じゃあ…」
細い指がゆっくりと上がって、僕に向けられました。
「君かもしれないね? 泣いているのは」
黄金の瞳に僕が映っています。
サン・ジェルマン伯爵家の血を最も濃く受け継いだ、高貴な瞳。
僕は、まるで金縛りに合ったように動けませんでした。
アンリの瞳が愉快そうに閉じた時、僕はやっと息が出来ました。
「午睡の邪魔をして悪かったね。おやすみ、良い夢を」
去り際、アンリは僕を見て、
「では後でね」と言い残し、寮の方へ消えて行きました。
小さな背中が完全に見えなくなると、
ハルヤは倒れるように、寝そべりました。
「はあー。ビックリしたー。
アンリって、妙に迫力があるっていうか…」
「ええ。さすが、サン・ジェルマンの子孫ですね」
「あ、ビックリしたと言えば、さっきのシルヴァンにも驚いたよー」
「さっき、と言いますと?」
「アルフォンソ王の話してる時。
シルヴァン、『秘密を守り続けるのは辛い』って言ったでしょ?
昔同じようなこと、兄様に言われたんだ」
ハルヤは空を眺めます。
「...俺ね、兄様が好きだったおもちゃ、壊しちゃったことあるんだ」
「どんなおもちゃだったんです?」
「かえる。触ると音が鳴るヤツ。
兄様は、それでよく俺を驚かせて遊んでたんだ」
「微笑ましい兄弟じゃないですか」
「まあ。今、思うとそうだけどさ。
当時は毎日大変だったんだよ? あちこちに、かえる仕掛けられて...
仕返ししたくって、兄様の机から勝手にかえるを取ったんだよ」
「仕返しは成功したんですか?」
「ううん。色々触ってるうちに壊れちゃったみたいで。音が鳴らなくなったんだ。
それで俺、かえるのおもちゃ隠したんだよ、庭に埋めてね。
兄様に怒られるの嫌で、言い出せなかったんだよ」
「でも、お兄さんに怒られたでしょう?」
「いや、怒りはしなかったよ。兄様はね、俺の部屋に来て、
一回だけ『本当に知らないか』って聞いたんだ。俺は『知らない』って答えた。
そしたらね、兄様は静かに俺を見つめて、
『秘密を秘密のままにするのは辛いぞ』って言って、俺の部屋を出て行った」
「それから?」
「俺ね、それでも黙ってたんだよ。昔の方が根性あったのかな?
でも、兄様の顔、正面から見れないし。最低限の会話しかできなくて。
秘密を守り続けることの辛さ、痛いほど解って。最後は泣きながら謝ったんだ」
「その時、お兄さんは何て?」
「『あほっ』って俺の頭叩いて許してくれた」
照れたように笑って、ハルヤは自分の髪を梳きました。
「そうですか。良かったですね、ハルヤは秘密を話せて」
話せない秘密など、持たない方が良いですからね。
僕だって、身を隠して生きるなんて秘密は、持ちたくありませんでした。
5年前。組織から命を狙われた僕達家族が、
生き延びる方法は、たった1つ。
地上から僕達の存在が消滅したと、彼等に認識させること。
その為には、かつての名を捨て、
家族全員が別人として生きる道しか残されていませんでした。
僕は、大切な家族と離されて、自分の名前を失いました。
そして、シルヴァンという人間が13歳で誕生してからというもの。
昔の自分も、新しい自分も。
どちらも偽物のように思えて。
過去を思い出す時は、
擦りガラスを1枚通して見ている気分に陥りました。
自分という存在が、よく解らなくなってしまったんです。
シルヴァンという名を呼ばれる度に、罪悪感に蝕まれて行くようでした。
僕は、この人に昔の名を知らせていないのだと思い知らされて。
まるで、全てに人に、嘘を突き通しているような感覚でした。
アルフォンソ学院に入学して、友人の数が増える度に、
この名を呼ばれる回数も増えていきました。
僕はいつもたくさんの友人に囲まれているのに。
彼等は、自分のことを話してくれるのに。
僕だけが、自分のことを話していない。
過去の話を問われた時はいつも、笑顔で交わすことしかできない。
家族全員の命を守る為に、かつての名を捨て、
シルヴァン・クラークとして生きることを決めたのに。
僕はどうしても、好きになることができませんでした。
血の繋がった家族に一目会うことも許されない、この偽物の名前が。
「シルヴァン? どうしたの、急に黙っちゃって」
「…いえ。風が冷たくなってきたなあと思いまして。
今日は、そろそろ戻りましょうか、コバヤシ君?」
「えー? でも、今日はシエスタの研究、
全然進んでないよ、クラーク教授?」
「大切な助手に風邪など引かれては、元も子もありません。
有能な助手は、教授の指示に従うものですよ?」
ハルヤは不思議そうに僕を見ています。
眼鏡を通さず、直接向けられる瞳。
その視線を受け止めることができなくて。
僕は傍らに置いてあった眼鏡を取って、ハルヤにそっと掛けます。
「シルヴァン…?」
「眼鏡を掛けていない顔もお綺麗ですが、
やはり、こちらの方が可愛いですね、ハルヤは」
「…俺みたいなの捕まえて、よく可愛いとか言えるね」
「でも日本ではハルヤのような人を、『メガネ美人』と言うのでしょう?」
「…俺のことは言わないの。もう…変な日本語ばっかり覚えてくるね、君は」
「すみませんっ♪」
「笑顔で心にも無いこと言うなっ」
二人で森から寮へ戻る途中。
僕は、ハルヤとお兄さんの話を反芻していました。
「そう言えば。ハルヤのお兄さん、お名前は何ておっしゃるんですか?」
「春臣だよ」
「ハルオミさん? 確か、おじいさんは、ハルミ・ウメガエですよね?
ハルヤの家は、皆さん『ハル』が付いているのですか?」
「うん。 父が近春。俺だけ苗字が、小林だけどね。
だから、名前が『証』っていうか、
『春』が、俺と兄様を兄弟だって認めてくれてる気がするんだ」
「名前が、証、ですか」
「…ああ、ごめんね。なんか変な話になっちゃって」
「いいえ。とても素敵じゃないですか」
名前が証。
その通りですね。
シルヴァン・クラークというこの名前が、
僕と家族との関係を証明しています。
彼等とはもう、縁が切れていることを。
「…僕の名前も、家族と繋がっていたら、良かったんですけどね」
「え?」
「いや、僕の名前も漢字だったら良かったなーと思いまして♪」
「日本人みんなが、同じ漢字を家族に付けるわけじゃないよ?
昔は普通だったかもしれないけどね。今は、珍しいくらいなんだ」
「へえ。そうなんですかー。また日本のことが1つ解りましたっ♪」
「ほんと、日本が好きなんだね、シルヴァンは」
「はい♪ 日本のことは何でも知りたいんです♪」
だって、日本を知れば、君と話せることが増えますから。
無理を言って、日本からサムライの衣装を送って貰ったのも。
本当はもう君より上手い、殺陣を練習したいと言ったのも。
既に知っている、日本の漫画について質問したのも。
君との楽しい時間を、過ごしたいだけなんですよ。
「アンリ? 何を読んでいるの?」
アンリの部屋。
ジョシュアは本棚の前に立つ人に尋ねる。
「下らない本だよ。
『泣く夢』は逆夢で良い兆候の証だとか、
『子供の夢』は健康運が良いとか。
つまらないことが書いてある」
分厚い本を閉じて、本棚に戻す。
「それで、今日はどうしたんだい?
アンリの方から部屋に来いだなんて、珍しいね?」
「今日は、ささやかな遊びに興じてみようかと思ってね」
「面白そうだね。どんな遊びをするの、アンリ」
「待って。まだプレイヤーが揃ってないから」
「…他に、誰か呼んでいるの?」
「そうだよ。君だけを招いたわけじゃない。何か不満?」
「…少し、ね」
「へえ。君も面白い冗談が言えるようになったものだね?」
「誰のせいかな」
「さあね」
アンリは微笑する。
「全く…騒がしいな」と言ってドアへと向かった。
しかし、ジョシュアの耳には、騒がしい音は一切聞こえなかった。
足音も、ドアをノックする音も。
夜。約束の時間。
僕はアンリの部屋の前に居ました。
ドアをノックする手が、途中で止まります。
――今夜、君の時間を貰っても構わない?
彼から話があると言われたら、僕は断る権利が無いも同然です。
一体、どんなお話があるというのでしょう?
もしや……まさか……でも……
「早く入れば?」
ドアが勝手に開いて、サファイア色の髪に出迎えられました。
「アンリ!? どうして僕が居るって解ったんですか?」
「君は、黙ってても騒がしいからね」
「え…それは、どういう…」
「早く入れば、と言っているのだけれど?」
「…あ、はい。お邪魔します」
部屋に入ると、見知ったエメラルド色の髪が見えました。
「アンリ? 誰か来たのかい?」
蜂蜜のように甘く優しい声。
先客が居るとは思わなかった僕は、つい声を上げてしまいました。
「ジョシュア! どうして貴方が此処に?」
「え? 俺はアンリに呼ばれたんだけど…」
「僕も、そうなんですけど…」
ジョシュアと僕の視線を一手に浴びた人は、
「揃ったね」
と言って、ドアを閉めました。
アンリの部屋で。
決して大きくはないテーブルを、3人で囲んでいます。
ジョシュアと僕が、頭の上に疑問符を浮べる中、
アンリだけが1人で楽しそうです。
「アンリ? 何を考えているのです?」
「別に。ちょっと暇潰しに、みんなで遊ぼうかと思ったんだ」
「…随分と奇抜なご提案ですね、アンリ。
一体何をして遊ぶのですか、このメンバーで?」
「コレだよ」
アンリはポケットから、タロットカードを取り出しました。
「占いをしてくれるんですか、アンリ?」
「いいや。僕、占いはできないんだ。正式な占い方を知らないからね」
「では、タロットで何を?」
「ただのカード遊びだよ」
アンリが、タロットをテーブルに広げます。
絵柄が上で、色とりどりのカードが並んでいます。
「じゃあ、遊びを始めようか。
シルヴァン、この中から、好きなカードを1枚選んで?」
「…僕ですか?」
「そう。深く考え込まず、適当に選んでくれればいいよ」
「解りました。そうですね…僕はこのカードが好きです」
「『吊るされた男』だね。それを選んだ理由はある?」
「はい。絵柄は残酷な仕打ちを描いたものですが、彼の表情が好きです。
全てを受け入れていると言うか、何か大切なことを悟った顔に見えて」
「ねえ。そのカード、前から好きだったの?
それとも、今なんとなく惹かれた?」
「今、ですけど?」
「では、君が『カードに選ばれた』可能性があるね」
アンリは、白い指で赤い唇を撫でながら、
僕のことを、品定めでもするかのように眺めています。
氷の視線に、足先から髪まで、ゆっくりとなぞられて。
まるで、実際に触られているようでした。
どこか、ぼうっとした黄金の瞳には、
常人には見えないものが、映っているのかもしれませんでした。
ふうと息を漏らしたアンリは、こう言いました。
「君の持ち物、何か壊れるかもね」
「え?」
「このカードの意味は知っている?」
「いいえ」
「THE HANGED MAN『吊るされた男』。
両の手を縛られた上、足は木に括られ、逆さ吊り。
このカードは、自己犠牲の象徴、なんだ。
君が、長い間ずっと持っていたものを失う。そういう意味があるカードだよ」
「長い間、ずっと持っていたもの、ですか」
ジョシュアは隣に居る人を見ます。
「アンリ。それは、ペンや本のように、形ある物なのかな?」
「そうとも限らないね。無形の可能性もある」
「例えば、愛や地位、名誉とか?」
「そう。或いは…『秘密』とか、ね?」
射抜くような視線。
僕が声を出せないでいると、アンリはフッと笑いを漏らしました。
「どうしたの、シルヴァン?
これは、ただのカード遊びだと言ったでしょう?
正式な占いではないのだから、気にすることも、怖がる必要も無いんだよ?
尤も、僕の言った事を信じるかどうかは、君の勝手だけれどね」
「…そうですか。ご忠告、ありがとうございます」
「どういたしまして。これで今日の遊びは、おしまいにしようか。
部屋に戻って良いよ、シルヴァン。どうやら、君は少し疲れているようだし」
「すみません。では、僕は失礼しますね」
ジョシュアが席を立ち、優しいハニーボイスを聞かせてくれます。
「大丈夫かい、シルヴァン? 部屋まで送ろうか?」
「いいえ、ご心配には及びませんよ、ジョシュア。ありがとうございます」
2つの甘い声から逃れるように、僕はドアを閉めました。
シルヴァンが部屋を出た後、アンリは手にしているタロットを掲げた。
「残念だな。逆位置なら、抜け出せない苦悩を表す悪いカードだったのに」
「アンリ?」ジョシュアが首を傾げる。
「正位置なら、大きな変転、優先順位の変化を表す、
割と良いカードなんだ。試練の先には良い事が待ってる…彼が耐え切れたらね」
カードを指の上でくるくると弄ぶ。
「アンリ…。どうして、それを伝えないんだ?」
「そんなの、僕の勝手でしょ」
窓から涼しい夜風が吹く。空色の髪が揺れた。
「相変わらず素直じゃないね、アンリは」
「相変わらずなのは君でしょ。周りの心配ばかりして。生徒代表も大変だね」
「そう言えば、アンリ。どうして、俺を同席させたの?
君は、シルヴァンとカード遊びをしたかったんだろう?」
「君を呼んだ理由は二つだよ、ジョシュア。
彼は僕を警戒しているからね。僕と二人で話すより、
ジョシュアが居た方が、安心して話し易いかと思ったんだ、色々とね」
「色々?」
「後は、僕のボディーガード代わりだよ。
学院の理事と唯一繋がっている生徒代表殿の前では、
余程の事が無い限り、彼も下手な動きもしないだろうから」
「さっきから何を言っているの、アンリ」
「解らない? ひょっとしたら、彼に殺されたかもしれないってことだよ」
「アンリ、何を言い出すんだ」
「冗談だよ。面白かった?」
「面白くないよ。…でも、光栄ではあるかな」
「光栄?」
ジョシュアはアンリの前に跪いて、白い手を取った。
「君のナイトに、俺を選んでくれたから」
翌日。ハルヤと僕は、また揃って月桂樹の森に来て居ました。
今日は、ハルヤから誘ってくれたんです。
午後の講義が始まる前、僕の部屋まで来てくれて、
「今日は、絶好の研究日和じゃない?」
僕も、これから行こうと思っていたので、喜んでご一緒させて頂きました。
こんなに、もやもやとした擦りガラスのような気持ちでは、
教授の声が耳に入ることもないでしょうから。
実は、また泣く子供の夢を見たんです。
真っ暗な空間には、ただ泣き声だけが響いていました。
どうして、泣いているのでしょう?
どうすれば、泣き止んでくれるのでしょう?
アンリが言った通り、あの子は本当に、僕なのでしょうか?
昨日と同じ木の下で。
ハルヤは眼鏡を取って寝転びました。
今日もいい天気です。
僕の気持ちが曇っていても、この森だけは晴れやかで。
変わらない温かさと、気持ちの良い風を与えてくれます。
そして何より、隣に居る君。
君と一緒に居るだけで、穏やかな気持ちになれます。
誰かと違って、緊張する必要もありませんからね。
自然と気が安らいで、僕は笑顔を作る余裕が出て来ました。
「最近、シエスタの研究ばかりですね、僕達」
「今に始まったことじゃないでしょ、クラーク教授?」
「コバヤシ君は良いんですか? 僕などに付き合っていて」
「良いに決まってんじゃん。今日、君を誘ったのは俺だよ?」
抑揚の少ない、淡々とした話し方。
それでも誰かのように、冷たく聞こえることはありません。
君の声は、とても柔らかいから。
心地好いクッションのようで、ずっと傍で聞いていたくなります。
だから、君と居る時は、こんなに安心するのでしょうか。
君が子守唄を歌ってくれたら、きっと、良い夢が見られるのに…
「そうだ! ハルヤ、歌ってくれませんか!?」
「何、急に…」
「研究の為に決まってるじゃないですかー、コバヤシ君♪
今日は『子守歌とシエスタの相関関係』が研究テーマ、ってことで♪
僕が被験者になりますから、助手の君が歌って下さいね?」
「ええっ? 今、此処で歌えって言うの?」
「曲は、この前ライブで歌ってくれた曲が良いです♪」
「えっ、でも、あの曲は子守歌っていうか、ラブソングに近いんだけど…」
「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよー、僕しか聞いてませんからっ♪
この時間、この森には誰も来ませんよ?」
「…いや、そのへんに問題があると思うんだけど…」
「研究の為なんですから、協力して下さいよー。
それに、僕、大好きなんです、ハルヤの歌。
君が歌ってくれたら、きっと良い夢が見れると思うんです♪
ね? だからお願いします、ハルヤ?」
「…めんどくさいけど、仕方無いっか。
有能な助手は教授の指示に従わなきゃいけないし」
「はい♪ ありがとうございます、ハルヤ」
あたたかな森の中。
僕は月桂樹の下で、目を閉じました。
感じるのは、綺麗な空気と土の匂い。
小さな深呼吸が聞こえて。
君の柔らかい歌声は、
あっという間に、僕を夢の国へと連れて行きました。
歌い終わったハルヤは、シルヴァンを覗き込む。
すやすやと眠る横顔に、ハルヤは苦笑する。
「この曲…本当にラブソングじゃなくて、子守唄だったみたいだね」
ハルヤは自分のブレザーを脱いで、彼に掛ける。
つい、その寝顔に目を惹かれた。
初めて見た時は、女の人かと思った。
長い髪がよく似合っていて。白く整った顔立ち。
高い背に、すらりとした手足。
モデルの人だと紹介されたら、普通に信じただろうな。
でも、喋り出したら、また違うんだけど。
好奇心旺盛と言うのか、好きなものに対しては煩いくらいで。
最近は、日本文化に凝ってるみたいで、俺にも色々聞いてくる。
着物が着たいとか、殺陣を習いたいとか、言われることも多い。
シルヴァンのお願いは突拍子が無くて、いつも驚かされる。
さっきも急に歌ってくれなんて言うし。
いつのまにか、君のワガママに振り回されてる俺が居る。
どうして俺も面倒なことに付き合っちゃうんだろ。
でも君は「ありがとうございます、ハルヤ♪」と言って笑うから。
色々面倒なことしても最後には、まあいいっか、って思ったりして。
君のお願いは、始めも終わりも、ドキドキさせられる。
…ほんと、君と居ると疲れるよ。
気持ち良さそうな寝顔、だね。
俺の歌が、子守唄になるとは思わなかったけど。
そう言えば、君があっさり眠れたことが気に掛かる。
すぐに眠れた、ということは、他の時間、眠れていないのかもしれない。
――君が歌ってくれたら、きっと良い夢が見れると思うんです♪
また、あの夢を見たのかもしれない。
子供が泣く夢を。
普段は、明るくて騒がしいぐらいの人なのに。
みんなが笑って話している時、急に笑顔が沈む時がある。
誰も居ないサロンで、一人遠くを見ている時がある。
そういう時、君は、何を考えているの?
「ん…」
彼は寝返りを打って、掛けていたブレザーが落ちた。
ハルヤは静かに掛け直す。
「おやすみ、シルヴァン。いいゆめを」
どうか、今だけは。
彼に、あの夢を見せないで。
僕が目を覚ますと、ハルヤは木に寄り掛かって座っていました。
「あ、起きた? おはよ」
「…おはようございます、ハルヤ。今、何時ですか?」
「んー。17時」
「今日の講義、全部終わってますね…」
「いつものことでしょ」
「僕はそうですけど。ハルヤは…」
身体を起こそうとした時、何かが落ちました。
緑色のブレザー。
ハルヤを見ると、白いワイシャツ姿でした。
その腕に触れると、ひんやりと冷たくなっていました。
「…ハルヤ、ずっと此処に居てくれたんですね」
「君の助手だからね。教授を置いていけないでしょ?
それで、子守唄とシエスタの相関関係は分かったの?」
「ええ。結果は僕の期待以上でした。君の夢が見れましたからね?」
「…ほんと?」
「はい♪ 子守唄の効果は絶大のようですねー。
それに、このブレザーの効果かもしれませんね!?
あー、でもでもっ! どんな夢だったのかはヒミツってことで♪」
「別に、聞きたくないよ…」
「またまたー。気になるくせにっ?」
「…もう。ブレザー返して」
「はい♪ ありがとうございます、ハルヤ」
僕は彼の後ろに立って、ブレザーを広げて持ちました。
ハルヤは袖に腕を通します。
「ところで。ハルヤは眠れたんですか?
僕が目覚めた時、起きていましたよね?」
「うん。眠れなかったんだ、結局。
頭の中、ぐるぐるしちゃってさ」
「ハルヤ? 何か悩み事ですか?」
「俺、ずっと考えてたんだ。シルヴァンが言ったこと」
「僕が言ったこと?」
「俺が、兄様のおもちゃを壊した話、したよね?」
「ああ、はい。かえるの…」
「そう。あの時、最後にシルヴァンが言ったこと覚えてる?
『良かったですね、ハルヤは秘密を話せて』って言ったんだよ」
「…そう、でしたか?」
「うん。『ハルヤは』って言い方が気になってたんだ。
シルヴァンは、秘密を話せないのかなって」
「え…」
「君や兄様が言った通り、
何かを秘密にしたまま生きていくのって、凄く辛いことだと思う。
秘密を話せる相手が居たら違うと思うけど」
「ハルヤ…」
「俺では聞かせられない?」
「…狡いな。君にそんな風に言われたら、僕はどうすれば良いんです?」
「シルヴァンの秘密、俺に聞かせて」
眼鏡を外した瞳に、真っ直ぐ見つめられて。
僕はもうその視線から逃れることができませんでした。
これ以上、君に隠し事をしたくはない。
深呼吸をして、僕は口を開きました。
「…誰にも話さないと、約束して頂けますか?」
僕の過去を、ハルヤは黙って聞いてくれました。
家族全員の命が狙われたこと。
生き延びる為に、新しいIDを与えられ、
僕達家族は名を変えて、別の人生を歩むことになったこと。
ハルヤは最後まで聞き終った後、ぽつりと言いました。
「そっか。シルヴァン・クラークは、新しい名前なんだね」
「ハルヤ…『偽名』とは言わないんですか?」
「だって、偽物ってわけじゃないんでしょ?」
偽物だと思っていました。
家族とも会えない名前など偽物で。
今、此処に居る自分さえも、偽物なのではないかと。
「シルヴァンの昔の名前、知りたいな。聞いても良い?」
僕は頷いていました。
「僕の、名は…エルリック・フォン・リヒトホーフェンです」
かつての名を口にすると、
ハルヤは穏やかな笑顔を見せて。
「いい名前じゃん。俺、その名で、呼んでみてもいい?」
「はい」
君は嬉しそうに笑って、僕の名を呼びました。
「エルリック」
柔らかい声で、そう呼ばれて。
僕は。
途端に、君の顔が驚いた表情に変わりました。
「ごめん。昔の名前で呼ばれるの、イヤだった?」
僕は首を横に振ります。
「いえ、嬉しいんです。…捨てた名だと思っていたのに、
その名で呼ばれることが、こんなに嬉しいなんて…可笑しいですよね」
「可笑しくなんて無いよ。家族に呼ばれた名前なんでしょ。
好きだったんだね、家族のこと」
「そう、でしょうか…」
「あっ。俺、あの子を泣き止ませる方法が分かったかも」
「え?」
「君の夢の中で、泣いていた子。
アンリが言ってたように、あれが幼いシルヴァンなら。
きっと、名前を呼んで欲しかったんだよ、『エルリック』って。
今度会ったら、そう呼んでみたら?」
「でも、暫く夢には現れないと思いますよ?」
「…なんで?」
「君が今、呼んでくれましたから」
「そっか」
「でも、また現れるかもしれませんね。
君と二人で居る時は、昔の名で呼んでくれますか?」
「それは良いけど…みんなには教えなくて良いの?」
「ええ…君だけが知っていれば良いです」
「そう? じゃあ、エルリックって呼ぼうかな。
でも、シルヴァンって名前も好きだしなあ…」
「え…そうですか?」
「うん。好きだよ?
だって、カッコイイじゃん、シルヴァンって名前。
…えっ? 何でここで笑うのっ!?」
「ああ、すみません。可笑しくて…」
「俺が?」
「いえ、僕がです」
君に好きだと言われただけで、
この名前が特別なものに思えるなんて。
本当に可笑しくて。
なんて、幸せなことなんでしょう。
「なんだか急に、シルヴァン・クラークという名前にも、
愛着を感じてきました♪」
「…なんだよ、それ。
まあいいや。それで、もう隠してることはない?」
「もう無いですよー。
こんなに大きな秘密を話してしまったんですから。
本当に、誰にも言わないで下さいね?」
「うん」
すみません、ハルヤ。
君に言えないことは、もうひとつあるんです。
もっともっと大きくて。
溢れてしまいそうな秘密が。
僕はいつまで、隠し通せるでしょうか?
「そうだー! ハルヤっ!
また日本から取り寄せて、欲しい衣装があるんですけどねっ!?」
「またあー? で、今度は何?」
「舞妓さんの衣装が着てみたいですっ!」
「なんでまた、女物なの…」
「僕では、似合いませんか?」
「…それは……」
「やだー。そんなに褒めないで下さいよっ。照れちゃいますー♪」
「褒めてないっ!」
fin
僕の部屋に来て欲しいのだけれど」
ぞくっとするバニラボイスに呼び止められて。
僕は、笑顔を作ってから振り向きました。
「君が僕を誘うとは珍しいですね、アンリ。どんなご用件ですか?」
「僕は、此処で話しても良いんだけどね?」
朝食へ向かう途中。
いつ誰が通るか解らない寮の廊下で。
学院内外のファンから『天使』と称されるその人は、
天使には程遠い、妖艶な笑みを浮かべています。
「…どうする? 話そうか?」
美し過ぎる笑みに、僕は後退りしていました。
「いえ…せっかくですから、君の部屋で、お聞きしますよ」
「その方が良いと思うよ? では待っているよ、シルヴァン」
「じゃあ次! シルヴァンは、どう思う?」
気付くと、目の前には興味津々なユウタ。
しかし、僕は何を問われているのかが解りませんでした。
「ったく、聞いてなかったのかあ?」とレッド。
隣から肘で突付かれて、ハルヤが小声で教えてくれます。
「王が実在したと思うかって話だよ」
昼休み。僕達は、カフェでランチを食べていました。
アルフォンソ王の謎についてみんなで議論していたんです。
レッドが、映画『アルフォンソ王』のフィルムについて熱く語っている間に、
僕は、今朝のアンリの言葉を思い出していたようです。
「…シルヴァン?」
ユウタが可愛らしく首を傾げるので、
僕は慌てて自分の見解を述べました。
「えっと、そうですね…僕はアルフォンソ王の謎のそのものよりも、
謎を謎のままにしておく何らかの力が、
数世紀にも渡って働いたことに興味がありますね」
ジョシュアは感心したように頷きます。
「成程。そういう考え方もあるのか。確かにそうだね。
アルフォンソ王は、陰謀から逃れる為、この島に避難して来たと言われている。
数ある伝説の中には、王は自身や家臣を守る為、
自らの身を隠し、別人として生きたという一説もあるし」
「ええ。別人として生きるということは、
家族や友人と一緒に居られないということですから。
秘密を守り続けるのは辛かったでしょうね」
予鈴が鳴って、レッドが立ち上がりました。
「ヤベッ! 次、体育なのに着替えてねーし!」
みんながバタバタと講義に向かう中。
カフェには、僕とハルヤだけが残りました。
「おや? ハルヤも次の講義あるのでは?」
「君も、でしょ?」
どうやら、ハルヤも講義に行く気がないようです。
あまり物事に動じず、飄々と振舞う彼。
一見、真面目そうなルックスに反して、面倒臭がり屋さん。
普段はクールなのに、結構シャイで。
無気力そうな言動の裏には、優れた感受性と洞察力を持っています。
誰かの様子がいつもと違う時、最初に気付くのは、いつも彼です。
人の表情やちょっとした仕草を敏感に察知するだけではなく、
木々や花などの自然に対しても、素直に綺麗だと感じる力を持っています。
感受性の高さは、天才子役と謳われたレッドにも劣らないほどです。
きっと『表現者』の素質なのでしょう。
レッドと違うのは、感情の表現方法だけなのかもしれません。
感じたまま、全身全霊で表現するレッドと。
同じことを感じていても、必要最小限しか表に出さないハルヤ。
見た目も性格も相克に見える二人が、兄弟のように感じられるのも、
元々持っている素質が、似ているからなのかもしれません。
ハルヤと知り合ってから、もう1年経ちますが。
初めて会った時の印象とは、大分違います。
君は、知れば知る程、新しい一面を見せてくれるから。
次はどんなハルヤに会えるのか楽しみで。
つい、君には色々話し掛けたくなるんですよね。
「ハルヤ、次の時間のご予定はあるんですか?
僕は、これからシエスタの研究でもしようかと思ってるんですけど♪」
「そっか。シエスタの研究論文を執筆中なんだよね、
シルヴァン・クラーク教授は?」
「はい。日々、順調にデータを収集してますよ♪」
ハルヤは笑顔を見せて、眼鏡を押し上げる。
「クラーク教授? 研究には、助手が必要じゃない?」
月桂樹の森。
僕達は、お気に入りの木の下に寝転びました。
木漏れ日は毛布のように暖かくて。
時折、心地好い風も吹きます。
いつもなら、目を閉じればすぐに夢の国へと行けるのに。
脳裏には、冷たい笑顔と声が残っていて。
今日は、とても眠れそうにありませんでした。
どうやらハルヤも寝付けないらしく、遠慮がちな声が聞こえてきました。
「クラーク教授、起きてる?」
「ええ。眠れませんか? コバヤシ君」
「うん。…あのさ、シルヴァン」
ハルヤは、僕の呼び名を改めました。
「はい?」
「今日、なんかあった?」
「いえ、別に…どうしてそう思うんです?」
「アルフォンソ王の話をしてた時、上の空ってかんじだったから。
俺が君を突付くまで、俺が隣に居る事も気付いてないみたいだったし」
「…ああ。先程はハルヤのおかげで助かりました。ありがとうございます」
「何考えてたの、シルヴァン?」
天使のような悪魔の笑顔を思い出していた――とは、とても言えません。
「…ちょっと、ぼーっとしていただけですよ」
ハルヤは寝返りを打って、こちらに顔を向けました。
僕の回答に納得がいかなったのでしょう。
眼鏡を掛けていないハルヤが、僕の表情を伺っています。
白く透き通るような素顔。
眼鏡を取ったハルヤは、今までにも何度かお見掛けしているのに。
こうして近くで見せられると、いつもドキっとしてしまいます。
ハルヤは、僕の顔がよく見えないのか、すぐ傍まで寄って来ました。
「ちょ、ちょっとハルヤ…そんな近くで見つめられると僕…」
「やっぱりヘンだ」
「は、はい?」
「今日のシルヴァン、元気無くない?」
「え...そう見えましたか? すみません、心配させてしまって。
自分ではそんなつもりなかったんですけどね」
「ほんと? でも、いつも眠そうだし。夜、ちゃんと眠れてる?」
レンズを通さずに、直接向けられる瞳。
その素直な眼差しに吸い寄せられるように、
僕の口から、言葉が零れ落ちました。
「最近、ちょっと夢見が良くないんです」
言ってしまってから、後悔しました。
普段は飄々と振舞う割に、洞察力や感受性の高いハルヤ。
そんな彼を、徒に心配させるようなことを口走ってしまうなんて。
案の定、僕の余計な一言は、ハルヤの表情を曇らせてしまいました。
「シルヴァン、怖い夢見るの?」
「いえ。怖くはないのですが…子供が泣いている夢なんですよ」
「子供が? それは、後味良くないね…」
「はい。それで、あまり眠った気がしないのかもしれません」
「それ、よく見るの?」
「ええ。ここ数年は」
「…数年? そうだったんだ。うーん。
『泣く子供』の夢って、何か意味とかあるのかなあ?」
「夢占い、ですか?」
「うん。あっ、そうだ。アンリに聞いてみる?
アンリ、前に夢占いの話してたから、何か知ってるかも」
「待って下さい、アンリにはっ!」
アンリは僕にとって、気の抜けない人物の一人です。
彼は、僕の過去を調べ、公表されている情報は全て手に入れています。
それでも真相に辿り着かなかった彼は、こう言いました。
――シルヴァン。君、一体、何者?
あの後は約束通り、詮索を止めてくれたようですが。
僕の素性に疑問を抱いている彼に、余計なことを吹き込むわけには。
それでなくとも、今夜会わなくてはいけないのに。
「僕では嫌なのかい、シルヴァン?」
頭上から、今最も聞きたくないバニラボイスが、降ってきました。
ハルヤは「あ。丁度良かったよ、アンリ」と身体を起こします。
僕が止める間も無く、ハルヤはアンリに話し掛けました。
「あのさ、アンリは『夢占い』できる?
この夢はこういう意味がある、とかってヤツ」
「昔、多少の文献を読んだことがある程度だけど。どんな夢?」
「泣く子供の夢。あ、見たのは俺じゃなくて、シルヴァンなんだけど」
金色の瞳は、面白そうに僕を見下ろします。
「ふうん。シルヴァンが、ね」
「アンリ、良くない夢だと思う?」とハルヤ。
「どうかな。シルヴァン、その子供、どんなふうに泣いているの?」
「とても小さな声で、すすり泣くようでした」
「では、泣き疲れているのかもしれないね?
ずっとそこで泣いているのかな」
「ずっと、一人で、ですか」
「その子供、知ってる顔ではないの?」
「解りません。姿は見えなくて。
真っ暗な空間で、声だけが聞こえてくるんです」
「その声を聞いて、嫌な気がした?」
「いいえ」
「男の子の声?」
「おそらく」
「じゃあ…」
細い指がゆっくりと上がって、僕に向けられました。
「君かもしれないね? 泣いているのは」
黄金の瞳に僕が映っています。
サン・ジェルマン伯爵家の血を最も濃く受け継いだ、高貴な瞳。
僕は、まるで金縛りに合ったように動けませんでした。
アンリの瞳が愉快そうに閉じた時、僕はやっと息が出来ました。
「午睡の邪魔をして悪かったね。おやすみ、良い夢を」
去り際、アンリは僕を見て、
「では後でね」と言い残し、寮の方へ消えて行きました。
小さな背中が完全に見えなくなると、
ハルヤは倒れるように、寝そべりました。
「はあー。ビックリしたー。
アンリって、妙に迫力があるっていうか…」
「ええ。さすが、サン・ジェルマンの子孫ですね」
「あ、ビックリしたと言えば、さっきのシルヴァンにも驚いたよー」
「さっき、と言いますと?」
「アルフォンソ王の話してる時。
シルヴァン、『秘密を守り続けるのは辛い』って言ったでしょ?
昔同じようなこと、兄様に言われたんだ」
ハルヤは空を眺めます。
「...俺ね、兄様が好きだったおもちゃ、壊しちゃったことあるんだ」
「どんなおもちゃだったんです?」
「かえる。触ると音が鳴るヤツ。
兄様は、それでよく俺を驚かせて遊んでたんだ」
「微笑ましい兄弟じゃないですか」
「まあ。今、思うとそうだけどさ。
当時は毎日大変だったんだよ? あちこちに、かえる仕掛けられて...
仕返ししたくって、兄様の机から勝手にかえるを取ったんだよ」
「仕返しは成功したんですか?」
「ううん。色々触ってるうちに壊れちゃったみたいで。音が鳴らなくなったんだ。
それで俺、かえるのおもちゃ隠したんだよ、庭に埋めてね。
兄様に怒られるの嫌で、言い出せなかったんだよ」
「でも、お兄さんに怒られたでしょう?」
「いや、怒りはしなかったよ。兄様はね、俺の部屋に来て、
一回だけ『本当に知らないか』って聞いたんだ。俺は『知らない』って答えた。
そしたらね、兄様は静かに俺を見つめて、
『秘密を秘密のままにするのは辛いぞ』って言って、俺の部屋を出て行った」
「それから?」
「俺ね、それでも黙ってたんだよ。昔の方が根性あったのかな?
でも、兄様の顔、正面から見れないし。最低限の会話しかできなくて。
秘密を守り続けることの辛さ、痛いほど解って。最後は泣きながら謝ったんだ」
「その時、お兄さんは何て?」
「『あほっ』って俺の頭叩いて許してくれた」
照れたように笑って、ハルヤは自分の髪を梳きました。
「そうですか。良かったですね、ハルヤは秘密を話せて」
話せない秘密など、持たない方が良いですからね。
僕だって、身を隠して生きるなんて秘密は、持ちたくありませんでした。
5年前。組織から命を狙われた僕達家族が、
生き延びる方法は、たった1つ。
地上から僕達の存在が消滅したと、彼等に認識させること。
その為には、かつての名を捨て、
家族全員が別人として生きる道しか残されていませんでした。
僕は、大切な家族と離されて、自分の名前を失いました。
そして、シルヴァンという人間が13歳で誕生してからというもの。
昔の自分も、新しい自分も。
どちらも偽物のように思えて。
過去を思い出す時は、
擦りガラスを1枚通して見ている気分に陥りました。
自分という存在が、よく解らなくなってしまったんです。
シルヴァンという名を呼ばれる度に、罪悪感に蝕まれて行くようでした。
僕は、この人に昔の名を知らせていないのだと思い知らされて。
まるで、全てに人に、嘘を突き通しているような感覚でした。
アルフォンソ学院に入学して、友人の数が増える度に、
この名を呼ばれる回数も増えていきました。
僕はいつもたくさんの友人に囲まれているのに。
彼等は、自分のことを話してくれるのに。
僕だけが、自分のことを話していない。
過去の話を問われた時はいつも、笑顔で交わすことしかできない。
家族全員の命を守る為に、かつての名を捨て、
シルヴァン・クラークとして生きることを決めたのに。
僕はどうしても、好きになることができませんでした。
血の繋がった家族に一目会うことも許されない、この偽物の名前が。
「シルヴァン? どうしたの、急に黙っちゃって」
「…いえ。風が冷たくなってきたなあと思いまして。
今日は、そろそろ戻りましょうか、コバヤシ君?」
「えー? でも、今日はシエスタの研究、
全然進んでないよ、クラーク教授?」
「大切な助手に風邪など引かれては、元も子もありません。
有能な助手は、教授の指示に従うものですよ?」
ハルヤは不思議そうに僕を見ています。
眼鏡を通さず、直接向けられる瞳。
その視線を受け止めることができなくて。
僕は傍らに置いてあった眼鏡を取って、ハルヤにそっと掛けます。
「シルヴァン…?」
「眼鏡を掛けていない顔もお綺麗ですが、
やはり、こちらの方が可愛いですね、ハルヤは」
「…俺みたいなの捕まえて、よく可愛いとか言えるね」
「でも日本ではハルヤのような人を、『メガネ美人』と言うのでしょう?」
「…俺のことは言わないの。もう…変な日本語ばっかり覚えてくるね、君は」
「すみませんっ♪」
「笑顔で心にも無いこと言うなっ」
二人で森から寮へ戻る途中。
僕は、ハルヤとお兄さんの話を反芻していました。
「そう言えば。ハルヤのお兄さん、お名前は何ておっしゃるんですか?」
「春臣だよ」
「ハルオミさん? 確か、おじいさんは、ハルミ・ウメガエですよね?
ハルヤの家は、皆さん『ハル』が付いているのですか?」
「うん。 父が近春。俺だけ苗字が、小林だけどね。
だから、名前が『証』っていうか、
『春』が、俺と兄様を兄弟だって認めてくれてる気がするんだ」
「名前が、証、ですか」
「…ああ、ごめんね。なんか変な話になっちゃって」
「いいえ。とても素敵じゃないですか」
名前が証。
その通りですね。
シルヴァン・クラークというこの名前が、
僕と家族との関係を証明しています。
彼等とはもう、縁が切れていることを。
「…僕の名前も、家族と繋がっていたら、良かったんですけどね」
「え?」
「いや、僕の名前も漢字だったら良かったなーと思いまして♪」
「日本人みんなが、同じ漢字を家族に付けるわけじゃないよ?
昔は普通だったかもしれないけどね。今は、珍しいくらいなんだ」
「へえ。そうなんですかー。また日本のことが1つ解りましたっ♪」
「ほんと、日本が好きなんだね、シルヴァンは」
「はい♪ 日本のことは何でも知りたいんです♪」
だって、日本を知れば、君と話せることが増えますから。
無理を言って、日本からサムライの衣装を送って貰ったのも。
本当はもう君より上手い、殺陣を練習したいと言ったのも。
既に知っている、日本の漫画について質問したのも。
君との楽しい時間を、過ごしたいだけなんですよ。
「アンリ? 何を読んでいるの?」
アンリの部屋。
ジョシュアは本棚の前に立つ人に尋ねる。
「下らない本だよ。
『泣く夢』は逆夢で良い兆候の証だとか、
『子供の夢』は健康運が良いとか。
つまらないことが書いてある」
分厚い本を閉じて、本棚に戻す。
「それで、今日はどうしたんだい?
アンリの方から部屋に来いだなんて、珍しいね?」
「今日は、ささやかな遊びに興じてみようかと思ってね」
「面白そうだね。どんな遊びをするの、アンリ」
「待って。まだプレイヤーが揃ってないから」
「…他に、誰か呼んでいるの?」
「そうだよ。君だけを招いたわけじゃない。何か不満?」
「…少し、ね」
「へえ。君も面白い冗談が言えるようになったものだね?」
「誰のせいかな」
「さあね」
アンリは微笑する。
「全く…騒がしいな」と言ってドアへと向かった。
しかし、ジョシュアの耳には、騒がしい音は一切聞こえなかった。
足音も、ドアをノックする音も。
夜。約束の時間。
僕はアンリの部屋の前に居ました。
ドアをノックする手が、途中で止まります。
――今夜、君の時間を貰っても構わない?
彼から話があると言われたら、僕は断る権利が無いも同然です。
一体、どんなお話があるというのでしょう?
もしや……まさか……でも……
「早く入れば?」
ドアが勝手に開いて、サファイア色の髪に出迎えられました。
「アンリ!? どうして僕が居るって解ったんですか?」
「君は、黙ってても騒がしいからね」
「え…それは、どういう…」
「早く入れば、と言っているのだけれど?」
「…あ、はい。お邪魔します」
部屋に入ると、見知ったエメラルド色の髪が見えました。
「アンリ? 誰か来たのかい?」
蜂蜜のように甘く優しい声。
先客が居るとは思わなかった僕は、つい声を上げてしまいました。
「ジョシュア! どうして貴方が此処に?」
「え? 俺はアンリに呼ばれたんだけど…」
「僕も、そうなんですけど…」
ジョシュアと僕の視線を一手に浴びた人は、
「揃ったね」
と言って、ドアを閉めました。
アンリの部屋で。
決して大きくはないテーブルを、3人で囲んでいます。
ジョシュアと僕が、頭の上に疑問符を浮べる中、
アンリだけが1人で楽しそうです。
「アンリ? 何を考えているのです?」
「別に。ちょっと暇潰しに、みんなで遊ぼうかと思ったんだ」
「…随分と奇抜なご提案ですね、アンリ。
一体何をして遊ぶのですか、このメンバーで?」
「コレだよ」
アンリはポケットから、タロットカードを取り出しました。
「占いをしてくれるんですか、アンリ?」
「いいや。僕、占いはできないんだ。正式な占い方を知らないからね」
「では、タロットで何を?」
「ただのカード遊びだよ」
アンリが、タロットをテーブルに広げます。
絵柄が上で、色とりどりのカードが並んでいます。
「じゃあ、遊びを始めようか。
シルヴァン、この中から、好きなカードを1枚選んで?」
「…僕ですか?」
「そう。深く考え込まず、適当に選んでくれればいいよ」
「解りました。そうですね…僕はこのカードが好きです」
「『吊るされた男』だね。それを選んだ理由はある?」
「はい。絵柄は残酷な仕打ちを描いたものですが、彼の表情が好きです。
全てを受け入れていると言うか、何か大切なことを悟った顔に見えて」
「ねえ。そのカード、前から好きだったの?
それとも、今なんとなく惹かれた?」
「今、ですけど?」
「では、君が『カードに選ばれた』可能性があるね」
アンリは、白い指で赤い唇を撫でながら、
僕のことを、品定めでもするかのように眺めています。
氷の視線に、足先から髪まで、ゆっくりとなぞられて。
まるで、実際に触られているようでした。
どこか、ぼうっとした黄金の瞳には、
常人には見えないものが、映っているのかもしれませんでした。
ふうと息を漏らしたアンリは、こう言いました。
「君の持ち物、何か壊れるかもね」
「え?」
「このカードの意味は知っている?」
「いいえ」
「THE HANGED MAN『吊るされた男』。
両の手を縛られた上、足は木に括られ、逆さ吊り。
このカードは、自己犠牲の象徴、なんだ。
君が、長い間ずっと持っていたものを失う。そういう意味があるカードだよ」
「長い間、ずっと持っていたもの、ですか」
ジョシュアは隣に居る人を見ます。
「アンリ。それは、ペンや本のように、形ある物なのかな?」
「そうとも限らないね。無形の可能性もある」
「例えば、愛や地位、名誉とか?」
「そう。或いは…『秘密』とか、ね?」
射抜くような視線。
僕が声を出せないでいると、アンリはフッと笑いを漏らしました。
「どうしたの、シルヴァン?
これは、ただのカード遊びだと言ったでしょう?
正式な占いではないのだから、気にすることも、怖がる必要も無いんだよ?
尤も、僕の言った事を信じるかどうかは、君の勝手だけれどね」
「…そうですか。ご忠告、ありがとうございます」
「どういたしまして。これで今日の遊びは、おしまいにしようか。
部屋に戻って良いよ、シルヴァン。どうやら、君は少し疲れているようだし」
「すみません。では、僕は失礼しますね」
ジョシュアが席を立ち、優しいハニーボイスを聞かせてくれます。
「大丈夫かい、シルヴァン? 部屋まで送ろうか?」
「いいえ、ご心配には及びませんよ、ジョシュア。ありがとうございます」
2つの甘い声から逃れるように、僕はドアを閉めました。
シルヴァンが部屋を出た後、アンリは手にしているタロットを掲げた。
「残念だな。逆位置なら、抜け出せない苦悩を表す悪いカードだったのに」
「アンリ?」ジョシュアが首を傾げる。
「正位置なら、大きな変転、優先順位の変化を表す、
割と良いカードなんだ。試練の先には良い事が待ってる…彼が耐え切れたらね」
カードを指の上でくるくると弄ぶ。
「アンリ…。どうして、それを伝えないんだ?」
「そんなの、僕の勝手でしょ」
窓から涼しい夜風が吹く。空色の髪が揺れた。
「相変わらず素直じゃないね、アンリは」
「相変わらずなのは君でしょ。周りの心配ばかりして。生徒代表も大変だね」
「そう言えば、アンリ。どうして、俺を同席させたの?
君は、シルヴァンとカード遊びをしたかったんだろう?」
「君を呼んだ理由は二つだよ、ジョシュア。
彼は僕を警戒しているからね。僕と二人で話すより、
ジョシュアが居た方が、安心して話し易いかと思ったんだ、色々とね」
「色々?」
「後は、僕のボディーガード代わりだよ。
学院の理事と唯一繋がっている生徒代表殿の前では、
余程の事が無い限り、彼も下手な動きもしないだろうから」
「さっきから何を言っているの、アンリ」
「解らない? ひょっとしたら、彼に殺されたかもしれないってことだよ」
「アンリ、何を言い出すんだ」
「冗談だよ。面白かった?」
「面白くないよ。…でも、光栄ではあるかな」
「光栄?」
ジョシュアはアンリの前に跪いて、白い手を取った。
「君のナイトに、俺を選んでくれたから」
翌日。ハルヤと僕は、また揃って月桂樹の森に来て居ました。
今日は、ハルヤから誘ってくれたんです。
午後の講義が始まる前、僕の部屋まで来てくれて、
「今日は、絶好の研究日和じゃない?」
僕も、これから行こうと思っていたので、喜んでご一緒させて頂きました。
こんなに、もやもやとした擦りガラスのような気持ちでは、
教授の声が耳に入ることもないでしょうから。
実は、また泣く子供の夢を見たんです。
真っ暗な空間には、ただ泣き声だけが響いていました。
どうして、泣いているのでしょう?
どうすれば、泣き止んでくれるのでしょう?
アンリが言った通り、あの子は本当に、僕なのでしょうか?
昨日と同じ木の下で。
ハルヤは眼鏡を取って寝転びました。
今日もいい天気です。
僕の気持ちが曇っていても、この森だけは晴れやかで。
変わらない温かさと、気持ちの良い風を与えてくれます。
そして何より、隣に居る君。
君と一緒に居るだけで、穏やかな気持ちになれます。
誰かと違って、緊張する必要もありませんからね。
自然と気が安らいで、僕は笑顔を作る余裕が出て来ました。
「最近、シエスタの研究ばかりですね、僕達」
「今に始まったことじゃないでしょ、クラーク教授?」
「コバヤシ君は良いんですか? 僕などに付き合っていて」
「良いに決まってんじゃん。今日、君を誘ったのは俺だよ?」
抑揚の少ない、淡々とした話し方。
それでも誰かのように、冷たく聞こえることはありません。
君の声は、とても柔らかいから。
心地好いクッションのようで、ずっと傍で聞いていたくなります。
だから、君と居る時は、こんなに安心するのでしょうか。
君が子守唄を歌ってくれたら、きっと、良い夢が見られるのに…
「そうだ! ハルヤ、歌ってくれませんか!?」
「何、急に…」
「研究の為に決まってるじゃないですかー、コバヤシ君♪
今日は『子守歌とシエスタの相関関係』が研究テーマ、ってことで♪
僕が被験者になりますから、助手の君が歌って下さいね?」
「ええっ? 今、此処で歌えって言うの?」
「曲は、この前ライブで歌ってくれた曲が良いです♪」
「えっ、でも、あの曲は子守歌っていうか、ラブソングに近いんだけど…」
「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよー、僕しか聞いてませんからっ♪
この時間、この森には誰も来ませんよ?」
「…いや、そのへんに問題があると思うんだけど…」
「研究の為なんですから、協力して下さいよー。
それに、僕、大好きなんです、ハルヤの歌。
君が歌ってくれたら、きっと良い夢が見れると思うんです♪
ね? だからお願いします、ハルヤ?」
「…めんどくさいけど、仕方無いっか。
有能な助手は教授の指示に従わなきゃいけないし」
「はい♪ ありがとうございます、ハルヤ」
あたたかな森の中。
僕は月桂樹の下で、目を閉じました。
感じるのは、綺麗な空気と土の匂い。
小さな深呼吸が聞こえて。
君の柔らかい歌声は、
あっという間に、僕を夢の国へと連れて行きました。
歌い終わったハルヤは、シルヴァンを覗き込む。
すやすやと眠る横顔に、ハルヤは苦笑する。
「この曲…本当にラブソングじゃなくて、子守唄だったみたいだね」
ハルヤは自分のブレザーを脱いで、彼に掛ける。
つい、その寝顔に目を惹かれた。
初めて見た時は、女の人かと思った。
長い髪がよく似合っていて。白く整った顔立ち。
高い背に、すらりとした手足。
モデルの人だと紹介されたら、普通に信じただろうな。
でも、喋り出したら、また違うんだけど。
好奇心旺盛と言うのか、好きなものに対しては煩いくらいで。
最近は、日本文化に凝ってるみたいで、俺にも色々聞いてくる。
着物が着たいとか、殺陣を習いたいとか、言われることも多い。
シルヴァンのお願いは突拍子が無くて、いつも驚かされる。
さっきも急に歌ってくれなんて言うし。
いつのまにか、君のワガママに振り回されてる俺が居る。
どうして俺も面倒なことに付き合っちゃうんだろ。
でも君は「ありがとうございます、ハルヤ♪」と言って笑うから。
色々面倒なことしても最後には、まあいいっか、って思ったりして。
君のお願いは、始めも終わりも、ドキドキさせられる。
…ほんと、君と居ると疲れるよ。
気持ち良さそうな寝顔、だね。
俺の歌が、子守唄になるとは思わなかったけど。
そう言えば、君があっさり眠れたことが気に掛かる。
すぐに眠れた、ということは、他の時間、眠れていないのかもしれない。
――君が歌ってくれたら、きっと良い夢が見れると思うんです♪
また、あの夢を見たのかもしれない。
子供が泣く夢を。
普段は、明るくて騒がしいぐらいの人なのに。
みんなが笑って話している時、急に笑顔が沈む時がある。
誰も居ないサロンで、一人遠くを見ている時がある。
そういう時、君は、何を考えているの?
「ん…」
彼は寝返りを打って、掛けていたブレザーが落ちた。
ハルヤは静かに掛け直す。
「おやすみ、シルヴァン。いいゆめを」
どうか、今だけは。
彼に、あの夢を見せないで。
僕が目を覚ますと、ハルヤは木に寄り掛かって座っていました。
「あ、起きた? おはよ」
「…おはようございます、ハルヤ。今、何時ですか?」
「んー。17時」
「今日の講義、全部終わってますね…」
「いつものことでしょ」
「僕はそうですけど。ハルヤは…」
身体を起こそうとした時、何かが落ちました。
緑色のブレザー。
ハルヤを見ると、白いワイシャツ姿でした。
その腕に触れると、ひんやりと冷たくなっていました。
「…ハルヤ、ずっと此処に居てくれたんですね」
「君の助手だからね。教授を置いていけないでしょ?
それで、子守唄とシエスタの相関関係は分かったの?」
「ええ。結果は僕の期待以上でした。君の夢が見れましたからね?」
「…ほんと?」
「はい♪ 子守唄の効果は絶大のようですねー。
それに、このブレザーの効果かもしれませんね!?
あー、でもでもっ! どんな夢だったのかはヒミツってことで♪」
「別に、聞きたくないよ…」
「またまたー。気になるくせにっ?」
「…もう。ブレザー返して」
「はい♪ ありがとうございます、ハルヤ」
僕は彼の後ろに立って、ブレザーを広げて持ちました。
ハルヤは袖に腕を通します。
「ところで。ハルヤは眠れたんですか?
僕が目覚めた時、起きていましたよね?」
「うん。眠れなかったんだ、結局。
頭の中、ぐるぐるしちゃってさ」
「ハルヤ? 何か悩み事ですか?」
「俺、ずっと考えてたんだ。シルヴァンが言ったこと」
「僕が言ったこと?」
「俺が、兄様のおもちゃを壊した話、したよね?」
「ああ、はい。かえるの…」
「そう。あの時、最後にシルヴァンが言ったこと覚えてる?
『良かったですね、ハルヤは秘密を話せて』って言ったんだよ」
「…そう、でしたか?」
「うん。『ハルヤは』って言い方が気になってたんだ。
シルヴァンは、秘密を話せないのかなって」
「え…」
「君や兄様が言った通り、
何かを秘密にしたまま生きていくのって、凄く辛いことだと思う。
秘密を話せる相手が居たら違うと思うけど」
「ハルヤ…」
「俺では聞かせられない?」
「…狡いな。君にそんな風に言われたら、僕はどうすれば良いんです?」
「シルヴァンの秘密、俺に聞かせて」
眼鏡を外した瞳に、真っ直ぐ見つめられて。
僕はもうその視線から逃れることができませんでした。
これ以上、君に隠し事をしたくはない。
深呼吸をして、僕は口を開きました。
「…誰にも話さないと、約束して頂けますか?」
僕の過去を、ハルヤは黙って聞いてくれました。
家族全員の命が狙われたこと。
生き延びる為に、新しいIDを与えられ、
僕達家族は名を変えて、別の人生を歩むことになったこと。
ハルヤは最後まで聞き終った後、ぽつりと言いました。
「そっか。シルヴァン・クラークは、新しい名前なんだね」
「ハルヤ…『偽名』とは言わないんですか?」
「だって、偽物ってわけじゃないんでしょ?」
偽物だと思っていました。
家族とも会えない名前など偽物で。
今、此処に居る自分さえも、偽物なのではないかと。
「シルヴァンの昔の名前、知りたいな。聞いても良い?」
僕は頷いていました。
「僕の、名は…エルリック・フォン・リヒトホーフェンです」
かつての名を口にすると、
ハルヤは穏やかな笑顔を見せて。
「いい名前じゃん。俺、その名で、呼んでみてもいい?」
「はい」
君は嬉しそうに笑って、僕の名を呼びました。
「エルリック」
柔らかい声で、そう呼ばれて。
僕は。
途端に、君の顔が驚いた表情に変わりました。
「ごめん。昔の名前で呼ばれるの、イヤだった?」
僕は首を横に振ります。
「いえ、嬉しいんです。…捨てた名だと思っていたのに、
その名で呼ばれることが、こんなに嬉しいなんて…可笑しいですよね」
「可笑しくなんて無いよ。家族に呼ばれた名前なんでしょ。
好きだったんだね、家族のこと」
「そう、でしょうか…」
「あっ。俺、あの子を泣き止ませる方法が分かったかも」
「え?」
「君の夢の中で、泣いていた子。
アンリが言ってたように、あれが幼いシルヴァンなら。
きっと、名前を呼んで欲しかったんだよ、『エルリック』って。
今度会ったら、そう呼んでみたら?」
「でも、暫く夢には現れないと思いますよ?」
「…なんで?」
「君が今、呼んでくれましたから」
「そっか」
「でも、また現れるかもしれませんね。
君と二人で居る時は、昔の名で呼んでくれますか?」
「それは良いけど…みんなには教えなくて良いの?」
「ええ…君だけが知っていれば良いです」
「そう? じゃあ、エルリックって呼ぼうかな。
でも、シルヴァンって名前も好きだしなあ…」
「え…そうですか?」
「うん。好きだよ?
だって、カッコイイじゃん、シルヴァンって名前。
…えっ? 何でここで笑うのっ!?」
「ああ、すみません。可笑しくて…」
「俺が?」
「いえ、僕がです」
君に好きだと言われただけで、
この名前が特別なものに思えるなんて。
本当に可笑しくて。
なんて、幸せなことなんでしょう。
「なんだか急に、シルヴァン・クラークという名前にも、
愛着を感じてきました♪」
「…なんだよ、それ。
まあいいや。それで、もう隠してることはない?」
「もう無いですよー。
こんなに大きな秘密を話してしまったんですから。
本当に、誰にも言わないで下さいね?」
「うん」
すみません、ハルヤ。
君に言えないことは、もうひとつあるんです。
もっともっと大きくて。
溢れてしまいそうな秘密が。
僕はいつまで、隠し通せるでしょうか?
「そうだー! ハルヤっ!
また日本から取り寄せて、欲しい衣装があるんですけどねっ!?」
「またあー? で、今度は何?」
「舞妓さんの衣装が着てみたいですっ!」
「なんでまた、女物なの…」
「僕では、似合いませんか?」
「…それは……」
「やだー。そんなに褒めないで下さいよっ。照れちゃいますー♪」
「褒めてないっ!」
fin
■シルヴァン×ハルヤ
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
-------------------------------------------
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
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■シルヴァン×ハルヤ
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
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■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
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■シルヴァン×ハルヤ
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
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■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
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ハルヤ! シルヴァンです!ドアを開けて下さい!
ユウタに吐かせ…ああ、いやっ、ユウタに聞きましたっ!
君と僕の間に、とんでもない誤解が、
生まれているようなんですけどっ!
ねえ、居るのでしょう?
…居ない。
そんな…ドア越しに居ないと言われても…
ねえ、ドアを開けてくれませんか?
嫌だ。
では、このままドア越しにお話します。
帰って。
帰りません。お願いです、話を聞いて下さい、ハルヤ。
もう嫌なんです。これ以上、君に避けられるのは。
どうしてさ。
君は…君は、俺のこと嫌いなんだろ?
違いますっ! それが誤解なんですっ!
じゃあ…何で覚えてくれなかったのさ…『右前』。
…そ、それは…
やっぱり、俺のこと嫌いなんだ…
うわー! ごめんなさいごめんなさい!
『右前』はもう覚えましたから、許して下さい!
…ほんと?
はい!
…問題です。「着物は自分から見て、右と左、どっちが上でしょう?」
左ですっ!
ああっ! ドアが開きましたっ!!
…当たり、だよ。
fin
ユウタに吐かせ…ああ、いやっ、ユウタに聞きましたっ!
君と僕の間に、とんでもない誤解が、
生まれているようなんですけどっ!
ねえ、居るのでしょう?
…居ない。
そんな…ドア越しに居ないと言われても…
ねえ、ドアを開けてくれませんか?
嫌だ。
では、このままドア越しにお話します。
帰って。
帰りません。お願いです、話を聞いて下さい、ハルヤ。
もう嫌なんです。これ以上、君に避けられるのは。
どうしてさ。
君は…君は、俺のこと嫌いなんだろ?
違いますっ! それが誤解なんですっ!
じゃあ…何で覚えてくれなかったのさ…『右前』。
…そ、それは…
やっぱり、俺のこと嫌いなんだ…
うわー! ごめんなさいごめんなさい!
『右前』はもう覚えましたから、許して下さい!
…ほんと?
はい!
…問題です。「着物は自分から見て、右と左、どっちが上でしょう?」
左ですっ!
ああっ! ドアが開きましたっ!!
…当たり、だよ。
fin
■シルヴァン×ハルヤ
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
-------------------------------------------
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
-------------------------------------------
ハルヤーハルヤー?
…もう、一体何処に行ってしまったのでしょう?
シルヴァン、どうかしたのかい?
ああ、ジョシュア。
すみません、あの、ハルヤを見ませんでしたか?
ハルヤなら、さっきユウタと一緒に居るのを見掛けたけど。
ユウタ…ですか。
ごめん、何処に行ったのかは解らないな。
そうですか。ありがとうございます、ジョシュア。
あの、シルヴァン。
はい?
最近、ハルヤと何かあったのかい?
えっ…
気のせいかもしれないけれど、ハルヤが君を避けていると言うか、
君のこと怖がっているみたいに見えて…ハルヤと喧嘩でもしたのかい?
喧嘩をしたつもりはないのですが…。
でも…やっぱり、避けられてます、よね…
シルヴァン、俺、何か力になれないかな?
…ありがとうございます。優しいですね、ジョシュアは。
悲しそうな君達を見ているのは、俺も辛いんだ。
よかったら、俺の部屋で、少し話を聞かせてくれないかな?
…はい。
では、行こうか。
ホットチョコレートくださーい。
ハルヤは何にする?
んーっと。じゃあ…レモンソーダにしようかな。
りょーかいっ。
すみませーん。レモンソーダもお願いしまーす。
…なんか、ごめんね、ユウタ。
ん? 何が?
最近、俺、いつも君を誘って、あちこち連れ回してるからさ。
今日もカフェに連れて来たりして。…嫌、じゃない?
もう、何言ってんのーハルヤー?
俺はハルヤが誘ってくれるの嬉しいよ?
…ほんと?
うん。ハルヤと一緒に居ると、楽しいもん♪
そっか。ありがと、ユウタ。
でも…ハルヤは楽しくなさそうだね。
えっ?
俺と居る時のハルヤ、ちょっとつまんない、って顔してるからさ。
ごめんね、楽しませてあげられなくて。
そんなことないよっ!
俺、ユウタが一緒に居てくれて、凄く助かってるんだっ!
そうかな。じゃあ、今ハルヤが飲んでいるのは何?
え、レモンソーダだけど…?
ハルヤがそれ頼むの、珍しくない?
他の人が飲んでるのは、よく見るけどさ。
…そんなの、関係ないよ。
今日はたまたま、飲みたくなっただけ…
ハルヤが誰かを誘うのも珍しいよね?
どっちかって言うと、ハルヤは誘われる方だから。
それは…そうだけど…
ハルヤ。本当は、俺じゃない人に会いたいんじゃない?
fin
…もう、一体何処に行ってしまったのでしょう?
シルヴァン、どうかしたのかい?
ああ、ジョシュア。
すみません、あの、ハルヤを見ませんでしたか?
ハルヤなら、さっきユウタと一緒に居るのを見掛けたけど。
ユウタ…ですか。
ごめん、何処に行ったのかは解らないな。
そうですか。ありがとうございます、ジョシュア。
あの、シルヴァン。
はい?
最近、ハルヤと何かあったのかい?
えっ…
気のせいかもしれないけれど、ハルヤが君を避けていると言うか、
君のこと怖がっているみたいに見えて…ハルヤと喧嘩でもしたのかい?
喧嘩をしたつもりはないのですが…。
でも…やっぱり、避けられてます、よね…
シルヴァン、俺、何か力になれないかな?
…ありがとうございます。優しいですね、ジョシュアは。
悲しそうな君達を見ているのは、俺も辛いんだ。
よかったら、俺の部屋で、少し話を聞かせてくれないかな?
…はい。
では、行こうか。
ホットチョコレートくださーい。
ハルヤは何にする?
んーっと。じゃあ…レモンソーダにしようかな。
りょーかいっ。
すみませーん。レモンソーダもお願いしまーす。
…なんか、ごめんね、ユウタ。
ん? 何が?
最近、俺、いつも君を誘って、あちこち連れ回してるからさ。
今日もカフェに連れて来たりして。…嫌、じゃない?
もう、何言ってんのーハルヤー?
俺はハルヤが誘ってくれるの嬉しいよ?
…ほんと?
うん。ハルヤと一緒に居ると、楽しいもん♪
そっか。ありがと、ユウタ。
でも…ハルヤは楽しくなさそうだね。
えっ?
俺と居る時のハルヤ、ちょっとつまんない、って顔してるからさ。
ごめんね、楽しませてあげられなくて。
そんなことないよっ!
俺、ユウタが一緒に居てくれて、凄く助かってるんだっ!
そうかな。じゃあ、今ハルヤが飲んでいるのは何?
え、レモンソーダだけど…?
ハルヤがそれ頼むの、珍しくない?
他の人が飲んでるのは、よく見るけどさ。
…そんなの、関係ないよ。
今日はたまたま、飲みたくなっただけ…
ハルヤが誰かを誘うのも珍しいよね?
どっちかって言うと、ハルヤは誘われる方だから。
それは…そうだけど…
ハルヤ。本当は、俺じゃない人に会いたいんじゃない?
fin
■シルヴァン×ハルヤ
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
-------------------------------------------
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
-------------------------------------------
ハールヤッ?
すみません、着物の着方忘れちゃいましたー♪
また着物来て遊んでるの、シルヴァン?
はい♪ あのー。着物の合わせは、
右と左、どっちが上に来るんでしたっけ?
…着物は『右前』って言ったでしょう?
そうそう、右が前でした♪
じゃあ、こうですよね?
違うよ。ほら、直してあげるから、貸して?
はーいっ♪
着物はね、相手から見た時に、
右が上であることを『右前』って言うんだ。
だから、自分から見たら、左が上なの。思い出した?
ああ、そうでした、そうでした♪
相手から見て右、でしたね♪
女の子は、服と合わせが逆だから間違い易いけど、
男の場合は、服と同じなんだから、解り易いでしょ?
…って、前にも言った筈なんだけど?
あはは。すみません。そう言えば聞いたようなー♪
どうして、君が覚えられないか不思議だよ。漫画の話する時は、
「11巻の53話の6コマ目なんですけどねっ!」
とか、恐ろしい記憶力を発揮するくせに。
よく右か左かの二択で間違えられるね。
なんで、君の記憶力ってそんなに偏りがあるの?
いやー、漫画は『ベルバラ』なんですよー。
……それは『別腹』のこと言いたいの?
あ、そーです! ベツバラです、ベツバラ♪
いやー、日本語は難しくて困っちゃいますねっ♪
困っちゃうのは、こっちもだよ…
あのーごめん。俺、そろそろ戻っても良いかな?
え? ハルヤ、どちらへ?
ん。ユウタのとこ行って来る。
ユウタ? 彼とお約束でもしてたんですか?
ううん。なんか急に会いたくなっちゃった。
ユウタは普通に日本語使えるし。じゃね、シルヴァン。
そんなーっ!?
僕、ホントは、やればできる子なんです!
待って下さいハルヤ! ハルヤー!
ハルヤ、どうしたの? 急に俺の部屋に来て?
あのね、ユウタ。
うん。
俺、シルヴァンに嫌われてるのかもしれない…。
えー!? なんでっ!?
シルヴァン、微妙な日本語ばっかり使って来るんだ。
それに、何度着物の着方教えても、覚えてくれないし…
俺のこと嫌いで、わざとそういうことしてんのかなあ…
いや、シルヴァンはそんな人じゃないと思うけど…
日本文化って、他の国から見たら難しいだけじゃない?
そうかなあ…。
元気出してよ、ハルヤ! 俺が居るじゃん?
ユウタ…。
あっ、そうだっ!
ハルヤが好きな『魔女のボンボン』でも食べに行こっか?
うん♪
fin
すみません、着物の着方忘れちゃいましたー♪
また着物来て遊んでるの、シルヴァン?
はい♪ あのー。着物の合わせは、
右と左、どっちが上に来るんでしたっけ?
…着物は『右前』って言ったでしょう?
そうそう、右が前でした♪
じゃあ、こうですよね?
違うよ。ほら、直してあげるから、貸して?
はーいっ♪
着物はね、相手から見た時に、
右が上であることを『右前』って言うんだ。
だから、自分から見たら、左が上なの。思い出した?
ああ、そうでした、そうでした♪
相手から見て右、でしたね♪
女の子は、服と合わせが逆だから間違い易いけど、
男の場合は、服と同じなんだから、解り易いでしょ?
…って、前にも言った筈なんだけど?
あはは。すみません。そう言えば聞いたようなー♪
どうして、君が覚えられないか不思議だよ。漫画の話する時は、
「11巻の53話の6コマ目なんですけどねっ!」
とか、恐ろしい記憶力を発揮するくせに。
よく右か左かの二択で間違えられるね。
なんで、君の記憶力ってそんなに偏りがあるの?
いやー、漫画は『ベルバラ』なんですよー。
……それは『別腹』のこと言いたいの?
あ、そーです! ベツバラです、ベツバラ♪
いやー、日本語は難しくて困っちゃいますねっ♪
困っちゃうのは、こっちもだよ…
あのーごめん。俺、そろそろ戻っても良いかな?
え? ハルヤ、どちらへ?
ん。ユウタのとこ行って来る。
ユウタ? 彼とお約束でもしてたんですか?
ううん。なんか急に会いたくなっちゃった。
ユウタは普通に日本語使えるし。じゃね、シルヴァン。
そんなーっ!?
僕、ホントは、やればできる子なんです!
待って下さいハルヤ! ハルヤー!
ハルヤ、どうしたの? 急に俺の部屋に来て?
あのね、ユウタ。
うん。
俺、シルヴァンに嫌われてるのかもしれない…。
えー!? なんでっ!?
シルヴァン、微妙な日本語ばっかり使って来るんだ。
それに、何度着物の着方教えても、覚えてくれないし…
俺のこと嫌いで、わざとそういうことしてんのかなあ…
いや、シルヴァンはそんな人じゃないと思うけど…
日本文化って、他の国から見たら難しいだけじゃない?
そうかなあ…。
元気出してよ、ハルヤ! 俺が居るじゃん?
ユウタ…。
あっ、そうだっ!
ハルヤが好きな『魔女のボンボン』でも食べに行こっか?
うん♪
fin
■シルヴァン×ハルヤ
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
-------------------------------------------
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
-------------------------------------------
ハルヤハルヤ!
お聞きしたいことがあるんですけどっ!
今度はなあに、シルヴァン。
「甘いものは苦手なんだけど、和菓子は好き」
って、どーゆー意味ですか? 矛盾を感じるのは僕だけですか!?
俺、古風な家に居たからさ。
子供の時、和菓子はよく食べてたんだよ。だから好きなんだ。
和菓子って、日本のお菓子のことですよね?
日本のお菓子は甘くないんですか!?
いや、甘いよ。お菓子だからね。
「甘いものは苦手」って言っちゃってるじゃないですか!?
和菓子以外の甘味は苦手って意味だよ。
シルヴァンは食べたことないかもしれないけど、
和菓子って、ほんのり甘いんだ。俺はその甘さに慣れてるから、
ケーキとか洋菓子系の甘さはダメなんだよね。
でも、ホットチョコレートの『天使も惑う悪魔の誘惑』は、
「味は最高」って言ってませんでした?
チョコレートは洋菓子系の甘さなのでは?
…あのホットチョコレートはさ、そんなに甘くないじゃん?
だから、男子校でも人気あるんじゃないの?
成程。そう来ましたかあ…。
では、ラベンダー蜂蜜入りの『青い月』も、
てっきり甘いものだと思っていましたが、
実はそんなに甘くない飲み物なんですね?
うん。そうだね。
解りました。ハルヤがそう言うなら仰せのままに。
では、最後にもう1つ質問しても良いですか?
どうぞ?
『魔女のボンボン』がお気に入りということですが、
「ボンボン」って何ですか?
ごめん。それはちょっと解らないな。
じゃ、僕が代わりに答えようか?
アンリ!?
まず、ボンボンというのは、
ウイスキーや果物をチョコレートなどでコーティングした、
一口大のお菓子のことを言うのは知っているね?
そして「ボンボン」の語源は、フランス語の「bon」なんだ。
意味は、英語の「good」に相当する。
まあ要するに「美味しい」ってことだね。
へえー。普通に勉強になったよ。ありがとう、アンリ。
どういたしまして。
ねえ、シルヴァン。俺も1つ質問して良い?
ええ。何ですか、ハルヤ。
君、俺の情報知り過ぎじゃない? 何処で聞いてきたの?
さて。天気が良いので、僕は昼寝でもしてきますねっ!
fin
お聞きしたいことがあるんですけどっ!
今度はなあに、シルヴァン。
「甘いものは苦手なんだけど、和菓子は好き」
って、どーゆー意味ですか? 矛盾を感じるのは僕だけですか!?
俺、古風な家に居たからさ。
子供の時、和菓子はよく食べてたんだよ。だから好きなんだ。
和菓子って、日本のお菓子のことですよね?
日本のお菓子は甘くないんですか!?
いや、甘いよ。お菓子だからね。
「甘いものは苦手」って言っちゃってるじゃないですか!?
和菓子以外の甘味は苦手って意味だよ。
シルヴァンは食べたことないかもしれないけど、
和菓子って、ほんのり甘いんだ。俺はその甘さに慣れてるから、
ケーキとか洋菓子系の甘さはダメなんだよね。
でも、ホットチョコレートの『天使も惑う悪魔の誘惑』は、
「味は最高」って言ってませんでした?
チョコレートは洋菓子系の甘さなのでは?
…あのホットチョコレートはさ、そんなに甘くないじゃん?
だから、男子校でも人気あるんじゃないの?
成程。そう来ましたかあ…。
では、ラベンダー蜂蜜入りの『青い月』も、
てっきり甘いものだと思っていましたが、
実はそんなに甘くない飲み物なんですね?
うん。そうだね。
解りました。ハルヤがそう言うなら仰せのままに。
では、最後にもう1つ質問しても良いですか?
どうぞ?
『魔女のボンボン』がお気に入りということですが、
「ボンボン」って何ですか?
ごめん。それはちょっと解らないな。
じゃ、僕が代わりに答えようか?
アンリ!?
まず、ボンボンというのは、
ウイスキーや果物をチョコレートなどでコーティングした、
一口大のお菓子のことを言うのは知っているね?
そして「ボンボン」の語源は、フランス語の「bon」なんだ。
意味は、英語の「good」に相当する。
まあ要するに「美味しい」ってことだね。
へえー。普通に勉強になったよ。ありがとう、アンリ。
どういたしまして。
ねえ、シルヴァン。俺も1つ質問して良い?
ええ。何ですか、ハルヤ。
君、俺の情報知り過ぎじゃない? 何処で聞いてきたの?
さて。天気が良いので、僕は昼寝でもしてきますねっ!
fin
■シルヴァン×ハルヤ
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
-------------------------------------------
■シルヴァンのバースデーウイーク記念の小話。
-------------------------------------------
ハルヤハルヤ!
君に質問したいことあるんですけど、良いですかっ!?
な、なに、シルヴァン?
では、質問の前に、幾つか確認したいのですが。
ハルヤは幼少期、関西で過ごしたんですよね?
うん。和歌山にある、じい様の屋敷で稽古とかしてたからね。
その後ハルヤは、お母様と東京で暮らすことになったんですよね?
そうだけど...シルヴァン、何見ながら喋ってんの?
ああ、これはお気になさらず。
それでですね、おじい様は関西弁でしたよね?
うん。和歌山の人だからね。
...ですよねー。以上で確認事項は終了です。
では、僕の素朴な疑問を発表します!
うん。
ハルヤ、実は関西弁喋れるんじゃないですか?
うん。まあ...
やっぱりー!
聞きたいですっ! ハルヤの関西弁!
何か関西弁で喋ってみてくれませんかっ!?
やだ。
...そんな速攻拒否しなくても。
だって、普段使って無いから、めんどくさいんだよ。
てゆうか、シルヴァンは聞いても関西弁解らないんじゃない?
大丈夫ですよー。僕、数か国語も話せる人なんですよ?
そのうちの一つに、関西弁もきっと入ってますってー。
いや、関西は国じゃないから。
そんなこと言わずにお願いしますよー、ハルヤー。
後で、アボカドマグロ丼2つお持ちしますからっ♪
...じゃあ、代表的な関西弁、1コだけだよ?
やったー! ではどうぞっ!
『奥歯に手ェ突っ込んで、ガタガタ言わすぞ、ワレィ!!』
イヤー! ハルヤがなんか汚い言葉をー!
...だって代表的なんだよ、これが。
fin
君に質問したいことあるんですけど、良いですかっ!?
な、なに、シルヴァン?
では、質問の前に、幾つか確認したいのですが。
ハルヤは幼少期、関西で過ごしたんですよね?
うん。和歌山にある、じい様の屋敷で稽古とかしてたからね。
その後ハルヤは、お母様と東京で暮らすことになったんですよね?
そうだけど...シルヴァン、何見ながら喋ってんの?
ああ、これはお気になさらず。
それでですね、おじい様は関西弁でしたよね?
うん。和歌山の人だからね。
...ですよねー。以上で確認事項は終了です。
では、僕の素朴な疑問を発表します!
うん。
ハルヤ、実は関西弁喋れるんじゃないですか?
うん。まあ...
やっぱりー!
聞きたいですっ! ハルヤの関西弁!
何か関西弁で喋ってみてくれませんかっ!?
やだ。
...そんな速攻拒否しなくても。
だって、普段使って無いから、めんどくさいんだよ。
てゆうか、シルヴァンは聞いても関西弁解らないんじゃない?
大丈夫ですよー。僕、数か国語も話せる人なんですよ?
そのうちの一つに、関西弁もきっと入ってますってー。
いや、関西は国じゃないから。
そんなこと言わずにお願いしますよー、ハルヤー。
後で、アボカドマグロ丼2つお持ちしますからっ♪
...じゃあ、代表的な関西弁、1コだけだよ?
やったー! ではどうぞっ!
『奥歯に手ェ突っ込んで、ガタガタ言わすぞ、ワレィ!!』
イヤー! ハルヤがなんか汚い言葉をー!
...だって代表的なんだよ、これが。
fin
■レッド×ハルヤ ハルヤ×レッド
シルヴァン→ハルヤ(シルヴァン、ごめんねっ!)
■ほのぼのデッド・プリンス。初のレハル小説です。
第1回投票第10位入賞、おめでとうございます。
-------------------------------------
シルヴァン→ハルヤ(シルヴァン、ごめんねっ!)
■ほのぼのデッド・プリンス。初のレハル小説です。
第1回投票第10位入賞、おめでとうございます。
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「俺は、アルフレッド・ヴィスコンティ! レッドでイイぜっ?」
天才子役のハリウッドスター。彼の名前を知らない者は居ない。
その彼に、名前を呼ばれる日が来るとは思わなかった。
「なあなあっ! お前が、ハルヤ・コバヤシ!?」
僕が名乗る前から、何故か僕の事を知っていて。
少年そのものの笑顔で、僕の名を呼んだ。
「あ、はい。そうですけど...」
「俺ってラッキー♪ 美形バンドになりそうだぜっ」
「え?」
「ハルヤ、俺とバンド組もうぜ!」
銀幕俳優としての彼。
ライブで熱唱する彼。
寮のサロンで笑っている彼。
全てが、嘘偽りのないレッドだった。
「ハルヤ! またアボカドマグロ丼かよっ?」
「うん。そう」
「なんで、生魚なんか食べられるわけっ?」
「僕には、食べられない方が不思議だけど?」
僕がコレを食べてる時は、
決まってレッドが突っ掛かって来る。
生魚の言い合いも楽しい。君の言葉には悪気がないから。
別に日本を馬鹿にしているわけではない。
ただ自分が感じたままの疑問を口にしているだけだから。
彼の言葉は直球で。
彼の眼は、真っ直ぐにものを捉え、
思ったままの感情をぶつけてくる。
腹が立てば全力で怒るし、
楽しい時は大声で笑う。
物事の善悪は全て自分で決め、
まるで自分がルールブックと言わんばかりだ。
どんな苦境に遭っても、
その眩しい明るさを取り戻す。
僕には出来ないことばかり。
彼は当然のようにやってのける。
レッドが下手なのは、
面白い冗談を言うことと、嘘を吐くことぐらいだ。
僕とは全然違う、遠い遠い存在。
本当はそのまま出会わなかった筈だ。
なのに。今、君は僕の前に居て。
いつしか、それが普通だと思っている僕が居た。
「ねえ、レッド?」
「なんだ?」
「どうして、僕をバンドに誘う時、あんなこと言ったの?」
「あんなことって?」
「あの、ほら、『美形バンドになりそうだぜっ』ってヤツ。
シルヴァンが美形だっていうのは解るけど。
僕に向かって言うことじゃないでしょ?」
「はあ? お前は鏡を見たことが無いのかっ!?」
「え…? それは…あるけど?」
「じゃあ、なんだっ!? 文化の違いかっ!?
お前みたいな奴を『ヤマトナデシコ』って言うんじゃねーのかっ!?」
「…君、日本語読めない割に、変な日本語知ってるよね…
単語と意味の覚え方は、間違ってるみたいだけど」
「だって、シルヴァンが言ってたんだぞ!? ハルヤのことを言うって!」
「やっぱり、あの人が元凶か…」
「あっ! シルヴァンで思い出した!
ハルヤ! 来週のライブなんだけどなっ!?」
「え、うん」
「俺、すっげーイイコト思い付いたんだっ! 聞きたいだろっ!?」
「…言いたい、の間違いでしょ。で、何?」
「来週のライブで、シルヴァンの新曲を披露するっ!」
「シルヴァンの新曲って…この前、アカペラで聞かせて貰った曲?
『さっき出来た曲なんですけどね♪』って言われたアレ?」
「そう、ソレっ!」
「だってアレ、まだメロディーラインしか出来てないんでしょ?
ギターの編曲も楽譜も、まだなのに、どうやって来週のステージに…」
「楽譜ならココにあるっ!」
「シルヴァン、楽譜作ってたの?」
「いんや! 俺が勝手にギターコード、書いてみたんだ♪」
「…1回しか聞いてないのに? 耳コピだけで書けたの?」
「まあなっ。でもリフレインの多い曲だったし。
多分、これで合ってると思うぜ? 今夜から練習しようぜ、ハルヤ!」
「分かったよ」
「おっ! 今日はメンドクサイとか言わずに、素直に言うこと聞くじゃん?」
「…そんなにキラキラな目を向けられて、断る方が面倒くさいよ」
「よっし♪ あ! シルヴァンには内緒だぜっ? 本番まで絶対バレんなよ?」
「…えっ? 本人に秘密にしておいて、本番でいきなり歌わせる気なの?」
「ああ! 来週じゃ早すぎるとか言われるに決まってるからなっ!
ステージで歌うのが、何よりの練習になるだろっ!
お客の反応もすぐに分かるしっ♪」
「なんで、シルヴァンの曲、そんなにステージに出したいの?」
「え? ああ、えっと…
あっ! すっげーイイ曲だったから、早くみんなに聞いて欲しいんだよ!
曲もあったかいうちに食って貰わないとっ! お蔵入りにでもされたら困るからな!
んじゃ、ハルヤ。楽譜、読んどけよ? コードはテキトーに変えてもイイからさっ」
「はいはい…」
レッドが書いた楽譜を受け取った。
翌週。
僕はライブ会場のステージに立っていた。
今日のライブもラストに近い。
会場の熱気も最高潮だ。
僕は、彼等の笑顔をステージ上から見ている。
お客さん達は、僕達を見に来ている。
自分が『ステージ側』に居る自覚が未だに無い。
みんなが見に来ているのは、僕というより彼等だから。
いつもどこか他人事のように感じていた。
おかげで、あまり緊張しないで、此処に立てる。
この場所は、嫌いじゃない。
一応、元々舞台の上に立ってた人間だし。
歌い手の横顔を、一番近くで見られるから。
レッドが手を上げる。
「みんなー! 今日は来てくれてサンキュー!」
レッドは会場に声を掛けながら、手を背中の後ろに降ろす。
――俺が、手を背中に回したら、合図だぜ?
「今日は新曲を披露するぜっ!」
レッドの足が、リズムを刻む。
それに合わせて、ハルヤが弦を掻き鳴らす。
「えっ?」後方のドラムから、作曲者の驚く声が聞こえる。
レッドが、ドラマーを指差す。
「シルヴァンが作った曲なんだ!
んじゃ、ご本人に歌って貰おうぜ! 聞きたいよな、みんなっ!?」
レッドがマイクを差し出すと、客席から歓声が上がる。
「…仕方ありませんね」ドラマーがスティックを置いた。
ライブの帰り。
デッド・プリンスの3人は、タクシーに乗り込む。
後部座席に、レッドとハルヤ。助手席にシルヴァンが座った。
「今日はビックリしましたよー。急に僕の曲が始まるなんて。
僕に内緒にして、二人で打ち合わせしてたんですね?」
「まあね」とハルヤ。
「んもー。僕も呼んで下さいよー。
なんで僕だけ仲間外れにするんですかー、ハルヤー」
「僕に言わないでよ。全部レッドのアイディアなんだから。ね?」
ハルヤの肩に、とん、と何かが触れた。
「あれ? レッド、寝ちゃってる?」
「本当ですか? 寝付きの良い人ですね」
「さっきまで熱唱してたのに...」
「ねえ、ハルヤ?」
「あ、なに?」
「僕の曲。あの演奏を聞く限りでは、
結構前から練習してたんじゃないですか、二人きりで」
「ああ、うん。1週間くらいね」
「成程。なんとなく、レッドの意図が解りました」
「…意図って?」
「おっと!」アイヴィーが短く叫んで、車体が大きく揺れた。
前の車が急に車線変更したのだ。
アイヴィーがハンドルを素早くハンドルを切ったおかげで、衝突を免れた。
「悪ぃ。大丈夫だったか?」運転手が詫びる。
「大丈夫ですよ、アイヴィー。見事なハンドル捌きでした♪ ね、ハルヤ?」
「こっちは、あんまり大丈夫じゃないけどね」
「どうした、ハルヤ?」
「…信じらんない。レッド、なんで起きないんだろ?」
レッドは、ハルヤの膝の上で眠っていた。
車体が揺れた時、レッドの頭は、ハルヤの肩から膝に落ちた。
それでも、何事も無かったように、安らかな寝息を立てている。
「こんな寝顔見せられたら、こっちまで眠たくなっちゃうよ」
「構いませんよ、ハルヤ。学院に着いたら、起こしてあげます」
「そう? じゃ、寝よっかな...」
重たい眼を閉じる。
視覚が消えると、他の感覚が強くなる。
膝が温かい。
レッドの体温を感じながら、
ゆっくりと意識が沈んでいった。
「おや。ハルヤ、本当に眠ってしまいましたか?」
助手席のシルヴァンが振り返る。
二人は凭れ合って眠っていた。
「こういうのを、兄弟みたい、と言うのでしょうか?」
「じゃあ、どっちがどっち?」と運転手。
シルヴァンは正面に向き直る。
「そうですね…やはり、ハルヤが弟じゃないですか?
自由奔放な兄と、それに振り回される苦労性の弟...」
「ははっ、言えてる。んじゃ、仲良し兄弟のために、より安全運転で行きますかっ」
「ええ。お願いします」
言葉とは裏腹に、シルヴァンは全く逆のことを願っていた。
本当は安全運転よりも、早くウーティス寮に着く方が嬉しい。
後部座席では、二つの寝息が重なっていく。
まるで1つの音楽のように聞こえて。
シルヴァンは、心の中で大きな溜め息を吐いた。
――お二人の時間は、寮に着くまで、ですからね?
fin
天才子役のハリウッドスター。彼の名前を知らない者は居ない。
その彼に、名前を呼ばれる日が来るとは思わなかった。
「なあなあっ! お前が、ハルヤ・コバヤシ!?」
僕が名乗る前から、何故か僕の事を知っていて。
少年そのものの笑顔で、僕の名を呼んだ。
「あ、はい。そうですけど...」
「俺ってラッキー♪ 美形バンドになりそうだぜっ」
「え?」
「ハルヤ、俺とバンド組もうぜ!」
銀幕俳優としての彼。
ライブで熱唱する彼。
寮のサロンで笑っている彼。
全てが、嘘偽りのないレッドだった。
「ハルヤ! またアボカドマグロ丼かよっ?」
「うん。そう」
「なんで、生魚なんか食べられるわけっ?」
「僕には、食べられない方が不思議だけど?」
僕がコレを食べてる時は、
決まってレッドが突っ掛かって来る。
生魚の言い合いも楽しい。君の言葉には悪気がないから。
別に日本を馬鹿にしているわけではない。
ただ自分が感じたままの疑問を口にしているだけだから。
彼の言葉は直球で。
彼の眼は、真っ直ぐにものを捉え、
思ったままの感情をぶつけてくる。
腹が立てば全力で怒るし、
楽しい時は大声で笑う。
物事の善悪は全て自分で決め、
まるで自分がルールブックと言わんばかりだ。
どんな苦境に遭っても、
その眩しい明るさを取り戻す。
僕には出来ないことばかり。
彼は当然のようにやってのける。
レッドが下手なのは、
面白い冗談を言うことと、嘘を吐くことぐらいだ。
僕とは全然違う、遠い遠い存在。
本当はそのまま出会わなかった筈だ。
なのに。今、君は僕の前に居て。
いつしか、それが普通だと思っている僕が居た。
「ねえ、レッド?」
「なんだ?」
「どうして、僕をバンドに誘う時、あんなこと言ったの?」
「あんなことって?」
「あの、ほら、『美形バンドになりそうだぜっ』ってヤツ。
シルヴァンが美形だっていうのは解るけど。
僕に向かって言うことじゃないでしょ?」
「はあ? お前は鏡を見たことが無いのかっ!?」
「え…? それは…あるけど?」
「じゃあ、なんだっ!? 文化の違いかっ!?
お前みたいな奴を『ヤマトナデシコ』って言うんじゃねーのかっ!?」
「…君、日本語読めない割に、変な日本語知ってるよね…
単語と意味の覚え方は、間違ってるみたいだけど」
「だって、シルヴァンが言ってたんだぞ!? ハルヤのことを言うって!」
「やっぱり、あの人が元凶か…」
「あっ! シルヴァンで思い出した!
ハルヤ! 来週のライブなんだけどなっ!?」
「え、うん」
「俺、すっげーイイコト思い付いたんだっ! 聞きたいだろっ!?」
「…言いたい、の間違いでしょ。で、何?」
「来週のライブで、シルヴァンの新曲を披露するっ!」
「シルヴァンの新曲って…この前、アカペラで聞かせて貰った曲?
『さっき出来た曲なんですけどね♪』って言われたアレ?」
「そう、ソレっ!」
「だってアレ、まだメロディーラインしか出来てないんでしょ?
ギターの編曲も楽譜も、まだなのに、どうやって来週のステージに…」
「楽譜ならココにあるっ!」
「シルヴァン、楽譜作ってたの?」
「いんや! 俺が勝手にギターコード、書いてみたんだ♪」
「…1回しか聞いてないのに? 耳コピだけで書けたの?」
「まあなっ。でもリフレインの多い曲だったし。
多分、これで合ってると思うぜ? 今夜から練習しようぜ、ハルヤ!」
「分かったよ」
「おっ! 今日はメンドクサイとか言わずに、素直に言うこと聞くじゃん?」
「…そんなにキラキラな目を向けられて、断る方が面倒くさいよ」
「よっし♪ あ! シルヴァンには内緒だぜっ? 本番まで絶対バレんなよ?」
「…えっ? 本人に秘密にしておいて、本番でいきなり歌わせる気なの?」
「ああ! 来週じゃ早すぎるとか言われるに決まってるからなっ!
ステージで歌うのが、何よりの練習になるだろっ!
お客の反応もすぐに分かるしっ♪」
「なんで、シルヴァンの曲、そんなにステージに出したいの?」
「え? ああ、えっと…
あっ! すっげーイイ曲だったから、早くみんなに聞いて欲しいんだよ!
曲もあったかいうちに食って貰わないとっ! お蔵入りにでもされたら困るからな!
んじゃ、ハルヤ。楽譜、読んどけよ? コードはテキトーに変えてもイイからさっ」
「はいはい…」
レッドが書いた楽譜を受け取った。
翌週。
僕はライブ会場のステージに立っていた。
今日のライブもラストに近い。
会場の熱気も最高潮だ。
僕は、彼等の笑顔をステージ上から見ている。
お客さん達は、僕達を見に来ている。
自分が『ステージ側』に居る自覚が未だに無い。
みんなが見に来ているのは、僕というより彼等だから。
いつもどこか他人事のように感じていた。
おかげで、あまり緊張しないで、此処に立てる。
この場所は、嫌いじゃない。
一応、元々舞台の上に立ってた人間だし。
歌い手の横顔を、一番近くで見られるから。
レッドが手を上げる。
「みんなー! 今日は来てくれてサンキュー!」
レッドは会場に声を掛けながら、手を背中の後ろに降ろす。
――俺が、手を背中に回したら、合図だぜ?
「今日は新曲を披露するぜっ!」
レッドの足が、リズムを刻む。
それに合わせて、ハルヤが弦を掻き鳴らす。
「えっ?」後方のドラムから、作曲者の驚く声が聞こえる。
レッドが、ドラマーを指差す。
「シルヴァンが作った曲なんだ!
んじゃ、ご本人に歌って貰おうぜ! 聞きたいよな、みんなっ!?」
レッドがマイクを差し出すと、客席から歓声が上がる。
「…仕方ありませんね」ドラマーがスティックを置いた。
ライブの帰り。
デッド・プリンスの3人は、タクシーに乗り込む。
後部座席に、レッドとハルヤ。助手席にシルヴァンが座った。
「今日はビックリしましたよー。急に僕の曲が始まるなんて。
僕に内緒にして、二人で打ち合わせしてたんですね?」
「まあね」とハルヤ。
「んもー。僕も呼んで下さいよー。
なんで僕だけ仲間外れにするんですかー、ハルヤー」
「僕に言わないでよ。全部レッドのアイディアなんだから。ね?」
ハルヤの肩に、とん、と何かが触れた。
「あれ? レッド、寝ちゃってる?」
「本当ですか? 寝付きの良い人ですね」
「さっきまで熱唱してたのに...」
「ねえ、ハルヤ?」
「あ、なに?」
「僕の曲。あの演奏を聞く限りでは、
結構前から練習してたんじゃないですか、二人きりで」
「ああ、うん。1週間くらいね」
「成程。なんとなく、レッドの意図が解りました」
「…意図って?」
「おっと!」アイヴィーが短く叫んで、車体が大きく揺れた。
前の車が急に車線変更したのだ。
アイヴィーがハンドルを素早くハンドルを切ったおかげで、衝突を免れた。
「悪ぃ。大丈夫だったか?」運転手が詫びる。
「大丈夫ですよ、アイヴィー。見事なハンドル捌きでした♪ ね、ハルヤ?」
「こっちは、あんまり大丈夫じゃないけどね」
「どうした、ハルヤ?」
「…信じらんない。レッド、なんで起きないんだろ?」
レッドは、ハルヤの膝の上で眠っていた。
車体が揺れた時、レッドの頭は、ハルヤの肩から膝に落ちた。
それでも、何事も無かったように、安らかな寝息を立てている。
「こんな寝顔見せられたら、こっちまで眠たくなっちゃうよ」
「構いませんよ、ハルヤ。学院に着いたら、起こしてあげます」
「そう? じゃ、寝よっかな...」
重たい眼を閉じる。
視覚が消えると、他の感覚が強くなる。
膝が温かい。
レッドの体温を感じながら、
ゆっくりと意識が沈んでいった。
「おや。ハルヤ、本当に眠ってしまいましたか?」
助手席のシルヴァンが振り返る。
二人は凭れ合って眠っていた。
「こういうのを、兄弟みたい、と言うのでしょうか?」
「じゃあ、どっちがどっち?」と運転手。
シルヴァンは正面に向き直る。
「そうですね…やはり、ハルヤが弟じゃないですか?
自由奔放な兄と、それに振り回される苦労性の弟...」
「ははっ、言えてる。んじゃ、仲良し兄弟のために、より安全運転で行きますかっ」
「ええ。お願いします」
言葉とは裏腹に、シルヴァンは全く逆のことを願っていた。
本当は安全運転よりも、早くウーティス寮に着く方が嬉しい。
後部座席では、二つの寝息が重なっていく。
まるで1つの音楽のように聞こえて。
シルヴァンは、心の中で大きな溜め息を吐いた。
――お二人の時間は、寮に着くまで、ですからね?
fin
■ミハイル×ユウタ ユウタ×ミハイル
ソクーロフ×ミハイル アンリ×ジョシュア
■ほのぼの。
第1回投票第2位のミハユウ小説に、黄金CPも友情出演。
-------------------------------------
ソクーロフ×ミハイル アンリ×ジョシュア
■ほのぼの。
第1回投票第2位のミハユウ小説に、黄金CPも友情出演。
-------------------------------------
「すっごい雨...」
ユウタは自室で窓の外を見ていた。
まるで、バケツをひっくり返したような勢いだ。
雨は、さっき急に降り出した。
今、教室移動をしている生徒は、運悪く降られたかもしれない。
ユウタも、そろそろ次の講義が始まる時間だ。
傘を差して移動しなくちゃ。
でも、傘が折れそうなくらい風が強い。
大きな雲が動いて、顔みたいに見えた。
「なんか、お化けでも出そうだなあ」
...ぺたっ...ぺたっ...
「何の音!?」
廊下から変な音がする。
ぺたっ。ぺたっ。
「どうしよう、近付いて来るっ!?」
コン、コン。
ついにドアがノックされた。
ユウタは勇気を振り絞って、声を出す。
「...ダ、ダレ?」
耳を塞ぎたい気持ちを押さえていると、
聞き慣れた、か細い声が返って来る。
「ミハイル…」
ユウタは、嬉しさと安堵で、肩の力がゆるゆると抜けた。
「良かったあ...。今、開けるね!」
軽い足取りで駆け寄り、ドアを開ける。
そこには、全身びしょ濡れのミハイルが立っていた。
金色の髪から、ぽたぽたと雫が落ち、
いつもは雪のように白い頬は、赤に染まっている。
「ミハイル、雨に当たっちゃったんだね...」
「うん。ごめんね...」
「と、とにかく中に入って! 今、タオル取って来るよ。
あっ、じゃなくて、シャワーに入った方が良いのかなあ?」
金色の髪から、弱々しく雨粒が零れる。
「ううん...僕はいいの...それより、この子を」
ブレザーの中から出て来たのは、汚れた子犬だった。
目を閉じて、ぐったりしている。
「どうしたの、この犬!? ああっ! 足を怪我してるっ!?」
「うん。さっき森で見付けたんだ...
でも僕、どうしていいか解らなくて、
ユウタのとこに来ちゃった...
お願い、この子を助けて...ユウ、タ...」
足下から崩れる身体をユウタが受け止める。
「ミハイルッ!!」
ミハイルが気が付いた時。
目に入ったのは、見知った天井だった。
「保健室...」
「そうだよ、ミハイル」
低く練れた声が聞こえて、薬の匂いが近付いて来る。
「ソクーロフ博士...」
「どうして此処に居るのか解らない、という顔だね」
「はい...ごめんなさい、博士...」
「君を此処に連れて来たのはユウタだ。
彼は講義があるようだったので、行かせたよ。それまでは君の傍に居た。
『ミハイルをお願いします』と言って、名残惜しそうに講義へ向かったよ」
「ユウタが、僕を...」
「彼が君を見つめている目は、とても大切なものを見る目だった…
全く君は、興味の尽きないクライアントだね」
「えっ...あの...」
「ああ、深く考えるのは止めておきなさい。
熱のある身体に負担が掛かるからね」
「...熱? 僕は熱があるんですか?」
「そうだよ。元々、風邪気味だったのに、
豪雨の中、森からウーティス寮まで歩かれてはね」
「...森? あっ、あの子犬は?」
「ユウタが持って行った。ミハイルにはこう伝えて欲しいと言われたよ。
『小鳥を治してくれた獣医さんに預けるから、心配要らないよ』とね」
「ふうん。それで、此処に子犬が居るの。
すっかり獣医まで兼任しているね、生徒代表殿?」
ジョシュアの部屋。
アンリはソファに腰掛け、視線は本に落としたまま言った。
ジョシュアは子犬の身体を撫でている。
「獣医だなんて、大したことはしてないよ。
傷口を消毒して、包帯を巻いてあげるぐらいだから」
「その行為は、必要十分な治療なんでしょう?」
アンリは本のページを繰りながら、
「それで、怪我の具合はどうなの?」
獣医は、包帯を薬箱に片付けながら、そっと笑う。
「大丈夫。傷は深く無いよ。ただ、さっきは酷い豪雨だったから。
傷口に雨が滲みて、歩けなかったんだろうね」
アンリの表情が僅かに歪む。
獣医が子犬の頭を撫でると、気持ち良さそうに、きゅう、と鳴く。
「だから、木の下で休んでいたんだね。
傷口が悪化する前に、ミハイルに見つけて貰えて良かったよ」
子犬が獣医の指を嘗める。
「あははっ。お礼なら、ミハイルにしてくれればいいのに」
医者と患者は、すっかり仲良くなったようだ。
ソファの方からは、またページをめくる音が聞こえる。
「アンリ。君もこの子に触ってみるかい?」
本を閉じる音がした。
ジョシュアは、アンリの前に子犬を差し出す。
その大きな瞳に誘われるように、アンリが手を伸ばそうとすると、
子犬は、ジョシュアを振り向いた。獣医は優しい微笑を返す。
「大丈夫。彼は怖くないよ。俺の大事な人だから」
子犬がアンリを見上げる。
途端に、子犬の口が、アンリの指を目掛けて飛び付く。
驚いたアンリは手を引っ込めて、小さく呻く。
「アンリ!?」
指を見ると、血が滲んでいた。
犬の口から逃れる時、歯に当たってしまったのだ。
歯に引っ掻かれた痕が、赤い線を描いている。
「ジョシュア...君が余計なこと言ったせいだからね?」
「え? アンリが急に手を避けるからだろう?」
「何言ってるの? 避けていなかったら、完全に噛まれてたよ?」
「まさか。この子は、君の指を舐めようとしただけだよ。ね?」
ジョシュアが子犬を撫でると、子犬は嬉しそうに目を閉じた。
アンリは冷笑する。
どうやら、僕と目を合わせるつもりは無いらしい。
嫉妬という感情は、人間も動物も変わらないようだ。
では、痛み分け、ってことにしておこうか。
「まあ、いいや。今、傷付いたのは、僕ではないからね」
「え? 指に傷が出来たじゃないか、アンリ。
怪我した子犬がもう一匹増えたのに、獣医として放っておけないな」
ジョシュアは、くすくすと笑いながら薬箱をもう一度開ける。
「へえ。僕を犬扱いするとは良い度胸だね?」
怯ませるような言い方をしても、この男には通じない。
「さあ。手当てしよう? おいで、アンリ」
まるで子犬を呼ぶように、差し出された手。
アンリは、その憎らしい手を引き寄せる。
「…君も、噛んで欲しいの?」
数日後のウーティス寮。
元気になったミハイルは、ユウタの部屋に居た。
ベッドに横たわる人に、しがみ付く。
「ユウタッ! ごめんね、僕のせいでっ!」
ミハイルは、風邪が治ったことを告げようと、
講義の前に、ユウタの部屋を訪れた。
すると、ユウタはベッドの中に居て、赤い顔をしていた。
「ミハイルのせいじゃないよ。
俺が勝手に、君の部屋に行って看病してたんだから」
ユウタはベッドの中から、手を伸ばして金色の髪を撫でる。
温かい手。この指先に触れるだけで、発熱が解るくらいだ。
「待っててね、ユウタ。僕、誰か呼んで来るからっ!」
ミハイルの手首が温かい手に掴まれる。
「…ユウタ?」
「大丈夫だよ。もうすぐ俺、寝ちゃいそうだし。それより…
俺が眠るまで、ミハイルが傍に居てくれる方が、嬉しいな…」
講義開始の鐘が鳴った。温かい手が自ら離れる。
「授業の時間だね。ゴメン、ミハイル。今俺が言った事、忘れて?」
「ユウタ…」
「ほら。早く行かないと遅刻しちゃ…」
金色の髪が、ユウタの胸に飛び込んで来る。
「行かないっ! ココに居るっ」
「ダメだよ、ミハイル」
押し黙ったまま、ユウタのパジャマに、すがり付く。
「ありがと。じゃあ、俺が眠るまで一緒に居てくれる?」
「うん」
「俺が眠ったら、ミハイルの好きにしてイイからね?」
「えっ? 好きにって?」
「ミハイルは部屋を出て、好きなことしてていいよってこと」
「ああ...うん。わかった...」
「あれ? ミハイル、また熱があるんじゃない? 顔赤いよ?」
fin
ユウタは自室で窓の外を見ていた。
まるで、バケツをひっくり返したような勢いだ。
雨は、さっき急に降り出した。
今、教室移動をしている生徒は、運悪く降られたかもしれない。
ユウタも、そろそろ次の講義が始まる時間だ。
傘を差して移動しなくちゃ。
でも、傘が折れそうなくらい風が強い。
大きな雲が動いて、顔みたいに見えた。
「なんか、お化けでも出そうだなあ」
...ぺたっ...ぺたっ...
「何の音!?」
廊下から変な音がする。
ぺたっ。ぺたっ。
「どうしよう、近付いて来るっ!?」
コン、コン。
ついにドアがノックされた。
ユウタは勇気を振り絞って、声を出す。
「...ダ、ダレ?」
耳を塞ぎたい気持ちを押さえていると、
聞き慣れた、か細い声が返って来る。
「ミハイル…」
ユウタは、嬉しさと安堵で、肩の力がゆるゆると抜けた。
「良かったあ...。今、開けるね!」
軽い足取りで駆け寄り、ドアを開ける。
そこには、全身びしょ濡れのミハイルが立っていた。
金色の髪から、ぽたぽたと雫が落ち、
いつもは雪のように白い頬は、赤に染まっている。
「ミハイル、雨に当たっちゃったんだね...」
「うん。ごめんね...」
「と、とにかく中に入って! 今、タオル取って来るよ。
あっ、じゃなくて、シャワーに入った方が良いのかなあ?」
金色の髪から、弱々しく雨粒が零れる。
「ううん...僕はいいの...それより、この子を」
ブレザーの中から出て来たのは、汚れた子犬だった。
目を閉じて、ぐったりしている。
「どうしたの、この犬!? ああっ! 足を怪我してるっ!?」
「うん。さっき森で見付けたんだ...
でも僕、どうしていいか解らなくて、
ユウタのとこに来ちゃった...
お願い、この子を助けて...ユウ、タ...」
足下から崩れる身体をユウタが受け止める。
「ミハイルッ!!」
ミハイルが気が付いた時。
目に入ったのは、見知った天井だった。
「保健室...」
「そうだよ、ミハイル」
低く練れた声が聞こえて、薬の匂いが近付いて来る。
「ソクーロフ博士...」
「どうして此処に居るのか解らない、という顔だね」
「はい...ごめんなさい、博士...」
「君を此処に連れて来たのはユウタだ。
彼は講義があるようだったので、行かせたよ。それまでは君の傍に居た。
『ミハイルをお願いします』と言って、名残惜しそうに講義へ向かったよ」
「ユウタが、僕を...」
「彼が君を見つめている目は、とても大切なものを見る目だった…
全く君は、興味の尽きないクライアントだね」
「えっ...あの...」
「ああ、深く考えるのは止めておきなさい。
熱のある身体に負担が掛かるからね」
「...熱? 僕は熱があるんですか?」
「そうだよ。元々、風邪気味だったのに、
豪雨の中、森からウーティス寮まで歩かれてはね」
「...森? あっ、あの子犬は?」
「ユウタが持って行った。ミハイルにはこう伝えて欲しいと言われたよ。
『小鳥を治してくれた獣医さんに預けるから、心配要らないよ』とね」
「ふうん。それで、此処に子犬が居るの。
すっかり獣医まで兼任しているね、生徒代表殿?」
ジョシュアの部屋。
アンリはソファに腰掛け、視線は本に落としたまま言った。
ジョシュアは子犬の身体を撫でている。
「獣医だなんて、大したことはしてないよ。
傷口を消毒して、包帯を巻いてあげるぐらいだから」
「その行為は、必要十分な治療なんでしょう?」
アンリは本のページを繰りながら、
「それで、怪我の具合はどうなの?」
獣医は、包帯を薬箱に片付けながら、そっと笑う。
「大丈夫。傷は深く無いよ。ただ、さっきは酷い豪雨だったから。
傷口に雨が滲みて、歩けなかったんだろうね」
アンリの表情が僅かに歪む。
獣医が子犬の頭を撫でると、気持ち良さそうに、きゅう、と鳴く。
「だから、木の下で休んでいたんだね。
傷口が悪化する前に、ミハイルに見つけて貰えて良かったよ」
子犬が獣医の指を嘗める。
「あははっ。お礼なら、ミハイルにしてくれればいいのに」
医者と患者は、すっかり仲良くなったようだ。
ソファの方からは、またページをめくる音が聞こえる。
「アンリ。君もこの子に触ってみるかい?」
本を閉じる音がした。
ジョシュアは、アンリの前に子犬を差し出す。
その大きな瞳に誘われるように、アンリが手を伸ばそうとすると、
子犬は、ジョシュアを振り向いた。獣医は優しい微笑を返す。
「大丈夫。彼は怖くないよ。俺の大事な人だから」
子犬がアンリを見上げる。
途端に、子犬の口が、アンリの指を目掛けて飛び付く。
驚いたアンリは手を引っ込めて、小さく呻く。
「アンリ!?」
指を見ると、血が滲んでいた。
犬の口から逃れる時、歯に当たってしまったのだ。
歯に引っ掻かれた痕が、赤い線を描いている。
「ジョシュア...君が余計なこと言ったせいだからね?」
「え? アンリが急に手を避けるからだろう?」
「何言ってるの? 避けていなかったら、完全に噛まれてたよ?」
「まさか。この子は、君の指を舐めようとしただけだよ。ね?」
ジョシュアが子犬を撫でると、子犬は嬉しそうに目を閉じた。
アンリは冷笑する。
どうやら、僕と目を合わせるつもりは無いらしい。
嫉妬という感情は、人間も動物も変わらないようだ。
では、痛み分け、ってことにしておこうか。
「まあ、いいや。今、傷付いたのは、僕ではないからね」
「え? 指に傷が出来たじゃないか、アンリ。
怪我した子犬がもう一匹増えたのに、獣医として放っておけないな」
ジョシュアは、くすくすと笑いながら薬箱をもう一度開ける。
「へえ。僕を犬扱いするとは良い度胸だね?」
怯ませるような言い方をしても、この男には通じない。
「さあ。手当てしよう? おいで、アンリ」
まるで子犬を呼ぶように、差し出された手。
アンリは、その憎らしい手を引き寄せる。
「…君も、噛んで欲しいの?」
数日後のウーティス寮。
元気になったミハイルは、ユウタの部屋に居た。
ベッドに横たわる人に、しがみ付く。
「ユウタッ! ごめんね、僕のせいでっ!」
ミハイルは、風邪が治ったことを告げようと、
講義の前に、ユウタの部屋を訪れた。
すると、ユウタはベッドの中に居て、赤い顔をしていた。
「ミハイルのせいじゃないよ。
俺が勝手に、君の部屋に行って看病してたんだから」
ユウタはベッドの中から、手を伸ばして金色の髪を撫でる。
温かい手。この指先に触れるだけで、発熱が解るくらいだ。
「待っててね、ユウタ。僕、誰か呼んで来るからっ!」
ミハイルの手首が温かい手に掴まれる。
「…ユウタ?」
「大丈夫だよ。もうすぐ俺、寝ちゃいそうだし。それより…
俺が眠るまで、ミハイルが傍に居てくれる方が、嬉しいな…」
講義開始の鐘が鳴った。温かい手が自ら離れる。
「授業の時間だね。ゴメン、ミハイル。今俺が言った事、忘れて?」
「ユウタ…」
「ほら。早く行かないと遅刻しちゃ…」
金色の髪が、ユウタの胸に飛び込んで来る。
「行かないっ! ココに居るっ」
「ダメだよ、ミハイル」
押し黙ったまま、ユウタのパジャマに、すがり付く。
「ありがと。じゃあ、俺が眠るまで一緒に居てくれる?」
「うん」
「俺が眠ったら、ミハイルの好きにしてイイからね?」
「えっ? 好きにって?」
「ミハイルは部屋を出て、好きなことしてていいよってこと」
「ああ...うん。わかった...」
「あれ? ミハイル、また熱があるんじゃない? 顔赤いよ?」
fin
■ジョシュア×ハルヤ
■ほのぼの。
第1回BL王座決定戦、第5位おめでとうございます。
-------------------------------------
■ほのぼの。
第1回BL王座決定戦、第5位おめでとうございます。
-------------------------------------
…ジョシュア?
やあ、ハルヤ。君も来てたんだね、月桂樹の森に。
あ、うん。講義、終わったから。
そうか。今日は3限で終わりだものね、ハルヤは。
うん。寮に戻っても良かったんだけど。
天気良いから、なんとなく、森に来ちゃった。
ジョシュアは?
俺は、この時間、空講なんだ。
それで天気が良いから、森に。ハルヤと同じだね。
そっか。
ハルヤ。次の講義が始まるまで、一緒に散歩しても構わないかな?
うん…
ありがとう。
…ハルヤとこうして、森を歩くのは久し振りだね。
うん。
いつも寮のサロンでは一緒に居るけど、
他のみんなも傍に居るから、なかなか二人きりで話す時間が無いからね。
…うん。
…あ。ナイチンゲールだ。
え? どこ?
ほら、あの木。
ああ…うん。
ん? ハルヤ、どうしたの?
いや。あの鳥を見るとさ、なんか歴史を感じちゃうんだよね。
アルフォンソ王の時代から、あの鳥が居たんだなって。
月桂樹の枝を咥えて、彼の下に飛んできた鳥。
その枝から出来た森に、僕達が居るなんて、不思議な気がして。
ナイチンゲールは、王を導いた伝説の鳥、だからね。
ジョシュアも、あの鳥を見ると伝説のこと思い出す?
…俺は…ハルヤを思い出すよ。
えっ?
俺達にとってのナイチンゲールは、ハルヤだと思ってるから。
僕…?
そうだよ。君が居るから、俺達は道を間違えない。
ハルヤがその場に居ると、必要以上の言い争いは起こらない。
だから、レッドとアンリの言い争いも、喧嘩まで発展しないんだよ。
レッドとアンリは、仲が良いだけでしょ…
ハルヤは、自分のことをよく知らないみたいだね?
俺は知っているよ、ハルヤの素晴らしいところ。たくさんね。
君は面倒なことは嫌いと言いながらも周囲への細やかな気遣いをしている。
それは面倒で難しいことなのに、君は無意識のうちにこなしているよ?
混乱した状況では、足りない説明を補足してくれるし、
これ以上、話を前に進めてはならない時には、話題を転換してくれる。
そんなこと、してないよ…
間違いないと思うよ。だって俺は、そんなハルヤをいつも見てきたから。
みんなが深い森に入る前に、君が正しい出口へ案内してくれる。
だから、王を導いたナイチンゲールのようだと、いつも思っていたんだ。
買い被りすぎだよ、ジョシュア。僕は、何も持って無い。
優柔不断だし、面倒なことは何も出来ないし。全然、僕なんか駄目だよ。
だって、今でも信じられないんだ。
僕みたいな人間が、みんなと一緒に居られること。
俺は、ハルヤが自分を卑下するようなことを言うと悲しいな。
もしかして今までずっと、そう思っていたの?
うん…だって、みんなはキラキラ輝いて見えるから、特に君は。
生徒代表だし、人とはオーラが違うし、
血筋に関係なく、一挙一動が王子様みたいっていうか。
なんとなく見つめていたいなって思うくらいだし…
それは、俺が、お兄さんと似ているから?
兄様と…僕、そんなこと君に言ったの?
うん。最初にね。「雰囲気が似てて、なんだか安心します」って。
俺はそれでも構わなかった。君が、俺の向こうに誰を見ていても。
俺の前にハルヤが居てくれることには、変わらないから。
…ごめん。次の講義の時間だ。もう行かないと。
あ、うん。
もっと早く、君に会えたら良かった。
え?
そうしたら、講義が始まるまで、もっと話せたから。
あ、ごめん。ハルヤは迷惑だったかな?
ううん。僕は、ジョシュアと話せて嬉しかった。
ありがとう。じゃあ、また後で、ハルヤ。
ん…いってらっしゃい。
…はあ。なんか緊張しちゃったな。頬も熱いし。
あ…ナイチンゲールだ。
fin
やあ、ハルヤ。君も来てたんだね、月桂樹の森に。
あ、うん。講義、終わったから。
そうか。今日は3限で終わりだものね、ハルヤは。
うん。寮に戻っても良かったんだけど。
天気良いから、なんとなく、森に来ちゃった。
ジョシュアは?
俺は、この時間、空講なんだ。
それで天気が良いから、森に。ハルヤと同じだね。
そっか。
ハルヤ。次の講義が始まるまで、一緒に散歩しても構わないかな?
うん…
ありがとう。
…ハルヤとこうして、森を歩くのは久し振りだね。
うん。
いつも寮のサロンでは一緒に居るけど、
他のみんなも傍に居るから、なかなか二人きりで話す時間が無いからね。
…うん。
…あ。ナイチンゲールだ。
え? どこ?
ほら、あの木。
ああ…うん。
ん? ハルヤ、どうしたの?
いや。あの鳥を見るとさ、なんか歴史を感じちゃうんだよね。
アルフォンソ王の時代から、あの鳥が居たんだなって。
月桂樹の枝を咥えて、彼の下に飛んできた鳥。
その枝から出来た森に、僕達が居るなんて、不思議な気がして。
ナイチンゲールは、王を導いた伝説の鳥、だからね。
ジョシュアも、あの鳥を見ると伝説のこと思い出す?
…俺は…ハルヤを思い出すよ。
えっ?
俺達にとってのナイチンゲールは、ハルヤだと思ってるから。
僕…?
そうだよ。君が居るから、俺達は道を間違えない。
ハルヤがその場に居ると、必要以上の言い争いは起こらない。
だから、レッドとアンリの言い争いも、喧嘩まで発展しないんだよ。
レッドとアンリは、仲が良いだけでしょ…
ハルヤは、自分のことをよく知らないみたいだね?
俺は知っているよ、ハルヤの素晴らしいところ。たくさんね。
君は面倒なことは嫌いと言いながらも周囲への細やかな気遣いをしている。
それは面倒で難しいことなのに、君は無意識のうちにこなしているよ?
混乱した状況では、足りない説明を補足してくれるし、
これ以上、話を前に進めてはならない時には、話題を転換してくれる。
そんなこと、してないよ…
間違いないと思うよ。だって俺は、そんなハルヤをいつも見てきたから。
みんなが深い森に入る前に、君が正しい出口へ案内してくれる。
だから、王を導いたナイチンゲールのようだと、いつも思っていたんだ。
買い被りすぎだよ、ジョシュア。僕は、何も持って無い。
優柔不断だし、面倒なことは何も出来ないし。全然、僕なんか駄目だよ。
だって、今でも信じられないんだ。
僕みたいな人間が、みんなと一緒に居られること。
俺は、ハルヤが自分を卑下するようなことを言うと悲しいな。
もしかして今までずっと、そう思っていたの?
うん…だって、みんなはキラキラ輝いて見えるから、特に君は。
生徒代表だし、人とはオーラが違うし、
血筋に関係なく、一挙一動が王子様みたいっていうか。
なんとなく見つめていたいなって思うくらいだし…
それは、俺が、お兄さんと似ているから?
兄様と…僕、そんなこと君に言ったの?
うん。最初にね。「雰囲気が似てて、なんだか安心します」って。
俺はそれでも構わなかった。君が、俺の向こうに誰を見ていても。
俺の前にハルヤが居てくれることには、変わらないから。
…ごめん。次の講義の時間だ。もう行かないと。
あ、うん。
もっと早く、君に会えたら良かった。
え?
そうしたら、講義が始まるまで、もっと話せたから。
あ、ごめん。ハルヤは迷惑だったかな?
ううん。僕は、ジョシュアと話せて嬉しかった。
ありがとう。じゃあ、また後で、ハルヤ。
ん…いってらっしゃい。
…はあ。なんか緊張しちゃったな。頬も熱いし。
あ…ナイチンゲールだ。
fin
■ジョシュア×アンリ
■ほのぼの。ジョシュア視点。
■第1回『BL王座決定戦』優勝記念小説です!
注:13話ネタバレ必至。アルフォンソ祭終了後のお話。
-------------------------------------
■ほのぼの。ジョシュア視点。
■第1回『BL王座決定戦』優勝記念小説です!
注:13話ネタバレ必至。アルフォンソ祭終了後のお話。
-------------------------------------
アルフォンソ祭が終わった。
全てのイベント、パーティーから解放され、ジョシュアは自分の部屋に居た。
もう深夜と言える時間帯だ。部屋の灯りは、とっくに消している。
身体もベッドに預けては居るが、意識が沈む気配は無い。
今日は色々なことが在り過ぎて、まだ、ふわふわと気持ちが浮付いている。
目を閉じても、今日の様々なシーンが甦る。
舞台。観客。ロレート。みんな...
ジョシュアは額に手の甲を乗せる。
....眠れない、かな。今夜は。
コンコン、とドアがノックされた。
部屋の灯りが消えているにも関わらず、このドアを叩く人物は限られている。
ジョシュアはベッドから降りる。
部屋の電気を付け、扉を開けた。
予想通りの顔に見上げられる。
「起きていたね?」
感情のこもらない声。
質問とも確認とも聞こえる言い回しで、アンリは言った。
彼の場合は、おそらく後者だろうな、ジョシュアは思う。
「うん。眠れそうにないな、と思っていた所だよ」
「そう」
来訪者は、それだけ言って、俺を見ている。
ジョシュアは、無言の要求を汲み取る。
「ねえ、アンリ。良かったら、少し話し相手になってくれないかな?」
来客は先と変わらない声で応える。
「君が、美味しい紅茶を淹れてくれるならね?」
「うん。了解」
君が俺の前を通り過ぎる。
俺は扉を閉めて、青い髪を追った。
戸棚から、白いカップと紅茶のリーフを手に取る。
特に意識しなくても、手は流れるように紅茶の用意をしてくれる。
リーフを量り、お湯の温度を確かめる。
このリーフの浸出時間は2分。
俺は、紅茶用の砂時計を、逆さまにする。
さらさらと、青い砂が落ちていく。
俺は、どちらかと珈琲の方が好きで、紅茶はあまり飲まない。
だけど、偶に街に出た時は、俺の足は、紅茶の専門店へと向かい、
君が好きそうなリーフを探してる。
その店主には、すっかり顔を知られている。
きっと、俺のことを余程の紅茶好きと思っていることだろう。
紅茶に必要な品は、カフェ並み以上に揃っている。
でもこれらは、俺が使う為のものではない。
全て君のために、置いてあるものだ。
この部屋に、少しずつ君が増えていく。
君が、此処で紅茶を飲む度に、俺は紅茶のことを知っていく。
紅茶の淹れ方だって、もう君よりずっと上手くなってしまった。
君は「まるで、ティーソムリエのようだね」と言ってくれた。
だけど、この腕を自分の為に振るうことは殆どない。
俺が紅茶を飲みたくなるのは、決まって君が寮に居ない時だ。
最後の砂が落ちる。
紅茶を注ぐと、俺は温かい香りに包まれる。
茶葉の自然な甘みと、深みのある柑橘系の香り。
これは、君が好きな。
「…ベルガモット。アールグレイだね」
冷たい声が、静かに香りの名前を言い当てる。
「さすが、アンリ」
「そのくらい解るよ。好きだからね」
アンリの言葉が、耳に残る。
好きだから、解る。
解っていく程、好きになる。
確かにそうだな、とジョシュアは思う。
俺も、紅茶を知って、好きになった。
でも、今もこんなに好きなのに、これ以上好きになるのかな。
淹れ立ての紅茶をアンリに渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
アンリは一口飲んで、テーブルに置く。
良かった、とジョシュアは思う。
彼が文句を言わない時は、美味しい、という意味だ。
「今日はお疲れさま、アンリ」
「随分と軽い挨拶だね」
声の温度が下がった。
表情を伺うと、先までと違う。
「今日、自分が何をしたか解っているの?
軽率な行動だったと反省もしていないの?」
「君を庇ったこと、怒っているのかい、アンリ?」
「当たり前だよ。君は、自分が誰だか知らないの?
君はね、僕にとって、最も都合の悪い、嫌な人間なんだよ」
「アンリ...」
「この学院の生徒代表で、ロレート国の王位継承権第1位。
しかも、サン・ジェルマン家と敵対するグラント家の人間。
君のような人間に死なれたら、僕が批難の的になるのは明白だ。
君の暗殺を計画したとか、僕が呪い殺したとか、言われるに決まってる。
こんなに夢見の悪い話がある? 少しは僕の迷惑を考えて」
「すまない、でも俺は」
「...もし、あのまま君が目を覚まさなかったら。
僕は、君の胸からナイフを抜き取って、自分に刺していたよ」
「えっ...」
「勘違いしないで。僕が迷惑だからだよ?
そんな批難に晒されて生きていくなんて嫌だからね」
君らしくない台詞だとジョシュアは思う。
いつもは他人の評価など気にしないくせに。
君の言葉が、何処までが冗談で、何処からが本音かも、
以前よりは解るようになってきたと思う。
君特有の、本音から遠回りする話し方。
そんな君を毒舌家と言う人も居る。
毒。
確かに、危険な毒だ。
君の声は、麻薬のような依存性がある。
君の毒舌が全て甘く感じられるのも、
身体中に毒が回っているからなのかな。
「何が可笑しいの、ジョシュア」
「いや。俺と一緒に死ぬなんて、まるでボルジアの台詞だね?」
「冗談言ってる場合じゃないよ。
今回はたまたま助かっただけだと解らない?
僕の命はね、これからも狙われ続ける運命にある」
「アンリ...」
「そんな僕に構っていたら、次こそ命を落とすよ?
だから、僕を守ろうだなんて思わないで...
もう二度と僕を庇わないと、今、此処で誓って」
「ごめん。誓えないよ、アンリ」
「どうして」
「俺も同じだから。
もし、アンリが死んでいたら、
君の胸からナイフを抜き取って、俺の胸に刺していた」
「...君は、そんなことをしては駄目だ」
「俺だって残されたくないんだよ、アンリが居ない世界にはね。
俺より先に死なせない。...俺を置いていかないで、アンリ」
アンリは溜め息を吐く。
「いい加減にして。その独善主義にはうんざりなんだよ。
....残された方は、どうすればいいの?」
「うん。ごめん...」
「君は、つくづく嫌な人間だね、ジョシュア」
青い髪が、こちらに向かって傾く。
とん、と俺の胸に当たった。
「...アンリ?」
「嫌いだよ。大嫌いだ」
君の言葉は冷たくて、こんなにも、甘い。
「うん。俺も」
綺麗な青い髪。
その冷たい色を包む。
「俺も、愛してるよ、アンリ」
「...そんなこと、僕は言ってない」
「俺には、そう聞こえたよ?」
「ちょっと、ジョシュア...」
「黙って...」
テーブルの上で、アンリの紅茶が熱を失っていく。
忘れられたカップが、ちらと目に入った。
ジョシュアは、アンリに気付かれないように微笑む。
心の中で、白いカップに小さく詫びる。
――ごめん。また残ってしまったね。
まあ、紅茶を飲ませてと言ったのは、彼なんだけれど。
アンリの為に淹れた紅茶は、
どうして、最後まで飲んで貰えないのかな?
fin
全てのイベント、パーティーから解放され、ジョシュアは自分の部屋に居た。
もう深夜と言える時間帯だ。部屋の灯りは、とっくに消している。
身体もベッドに預けては居るが、意識が沈む気配は無い。
今日は色々なことが在り過ぎて、まだ、ふわふわと気持ちが浮付いている。
目を閉じても、今日の様々なシーンが甦る。
舞台。観客。ロレート。みんな...
ジョシュアは額に手の甲を乗せる。
....眠れない、かな。今夜は。
コンコン、とドアがノックされた。
部屋の灯りが消えているにも関わらず、このドアを叩く人物は限られている。
ジョシュアはベッドから降りる。
部屋の電気を付け、扉を開けた。
予想通りの顔に見上げられる。
「起きていたね?」
感情のこもらない声。
質問とも確認とも聞こえる言い回しで、アンリは言った。
彼の場合は、おそらく後者だろうな、ジョシュアは思う。
「うん。眠れそうにないな、と思っていた所だよ」
「そう」
来訪者は、それだけ言って、俺を見ている。
ジョシュアは、無言の要求を汲み取る。
「ねえ、アンリ。良かったら、少し話し相手になってくれないかな?」
来客は先と変わらない声で応える。
「君が、美味しい紅茶を淹れてくれるならね?」
「うん。了解」
君が俺の前を通り過ぎる。
俺は扉を閉めて、青い髪を追った。
戸棚から、白いカップと紅茶のリーフを手に取る。
特に意識しなくても、手は流れるように紅茶の用意をしてくれる。
リーフを量り、お湯の温度を確かめる。
このリーフの浸出時間は2分。
俺は、紅茶用の砂時計を、逆さまにする。
さらさらと、青い砂が落ちていく。
俺は、どちらかと珈琲の方が好きで、紅茶はあまり飲まない。
だけど、偶に街に出た時は、俺の足は、紅茶の専門店へと向かい、
君が好きそうなリーフを探してる。
その店主には、すっかり顔を知られている。
きっと、俺のことを余程の紅茶好きと思っていることだろう。
紅茶に必要な品は、カフェ並み以上に揃っている。
でもこれらは、俺が使う為のものではない。
全て君のために、置いてあるものだ。
この部屋に、少しずつ君が増えていく。
君が、此処で紅茶を飲む度に、俺は紅茶のことを知っていく。
紅茶の淹れ方だって、もう君よりずっと上手くなってしまった。
君は「まるで、ティーソムリエのようだね」と言ってくれた。
だけど、この腕を自分の為に振るうことは殆どない。
俺が紅茶を飲みたくなるのは、決まって君が寮に居ない時だ。
最後の砂が落ちる。
紅茶を注ぐと、俺は温かい香りに包まれる。
茶葉の自然な甘みと、深みのある柑橘系の香り。
これは、君が好きな。
「…ベルガモット。アールグレイだね」
冷たい声が、静かに香りの名前を言い当てる。
「さすが、アンリ」
「そのくらい解るよ。好きだからね」
アンリの言葉が、耳に残る。
好きだから、解る。
解っていく程、好きになる。
確かにそうだな、とジョシュアは思う。
俺も、紅茶を知って、好きになった。
でも、今もこんなに好きなのに、これ以上好きになるのかな。
淹れ立ての紅茶をアンリに渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
アンリは一口飲んで、テーブルに置く。
良かった、とジョシュアは思う。
彼が文句を言わない時は、美味しい、という意味だ。
「今日はお疲れさま、アンリ」
「随分と軽い挨拶だね」
声の温度が下がった。
表情を伺うと、先までと違う。
「今日、自分が何をしたか解っているの?
軽率な行動だったと反省もしていないの?」
「君を庇ったこと、怒っているのかい、アンリ?」
「当たり前だよ。君は、自分が誰だか知らないの?
君はね、僕にとって、最も都合の悪い、嫌な人間なんだよ」
「アンリ...」
「この学院の生徒代表で、ロレート国の王位継承権第1位。
しかも、サン・ジェルマン家と敵対するグラント家の人間。
君のような人間に死なれたら、僕が批難の的になるのは明白だ。
君の暗殺を計画したとか、僕が呪い殺したとか、言われるに決まってる。
こんなに夢見の悪い話がある? 少しは僕の迷惑を考えて」
「すまない、でも俺は」
「...もし、あのまま君が目を覚まさなかったら。
僕は、君の胸からナイフを抜き取って、自分に刺していたよ」
「えっ...」
「勘違いしないで。僕が迷惑だからだよ?
そんな批難に晒されて生きていくなんて嫌だからね」
君らしくない台詞だとジョシュアは思う。
いつもは他人の評価など気にしないくせに。
君の言葉が、何処までが冗談で、何処からが本音かも、
以前よりは解るようになってきたと思う。
君特有の、本音から遠回りする話し方。
そんな君を毒舌家と言う人も居る。
毒。
確かに、危険な毒だ。
君の声は、麻薬のような依存性がある。
君の毒舌が全て甘く感じられるのも、
身体中に毒が回っているからなのかな。
「何が可笑しいの、ジョシュア」
「いや。俺と一緒に死ぬなんて、まるでボルジアの台詞だね?」
「冗談言ってる場合じゃないよ。
今回はたまたま助かっただけだと解らない?
僕の命はね、これからも狙われ続ける運命にある」
「アンリ...」
「そんな僕に構っていたら、次こそ命を落とすよ?
だから、僕を守ろうだなんて思わないで...
もう二度と僕を庇わないと、今、此処で誓って」
「ごめん。誓えないよ、アンリ」
「どうして」
「俺も同じだから。
もし、アンリが死んでいたら、
君の胸からナイフを抜き取って、俺の胸に刺していた」
「...君は、そんなことをしては駄目だ」
「俺だって残されたくないんだよ、アンリが居ない世界にはね。
俺より先に死なせない。...俺を置いていかないで、アンリ」
アンリは溜め息を吐く。
「いい加減にして。その独善主義にはうんざりなんだよ。
....残された方は、どうすればいいの?」
「うん。ごめん...」
「君は、つくづく嫌な人間だね、ジョシュア」
青い髪が、こちらに向かって傾く。
とん、と俺の胸に当たった。
「...アンリ?」
「嫌いだよ。大嫌いだ」
君の言葉は冷たくて、こんなにも、甘い。
「うん。俺も」
綺麗な青い髪。
その冷たい色を包む。
「俺も、愛してるよ、アンリ」
「...そんなこと、僕は言ってない」
「俺には、そう聞こえたよ?」
「ちょっと、ジョシュア...」
「黙って...」
テーブルの上で、アンリの紅茶が熱を失っていく。
忘れられたカップが、ちらと目に入った。
ジョシュアは、アンリに気付かれないように微笑む。
心の中で、白いカップに小さく詫びる。
――ごめん。また残ってしまったね。
まあ、紅茶を飲ませてと言ったのは、彼なんだけれど。
アンリの為に淹れた紅茶は、
どうして、最後まで飲んで貰えないのかな?
fin
■ジョシュア×アンリ前提の「シルヴァン→アンリ」(ジョシュアは出ません)
■微ダークのち微ギャグ。いつもの朝でしたね♪その後のストーリー。
深夜。外出先から帰ったアンリは、
『心配性な生徒代表』の部屋だけに訪れ、帰宅を告げた。
その翌朝。シルヴァンはアンリを森に呼び出して――
-------------------------------------
■微ダークのち微ギャグ。いつもの朝でしたね♪その後のストーリー。
深夜。外出先から帰ったアンリは、
『心配性な生徒代表』の部屋だけに訪れ、帰宅を告げた。
その翌朝。シルヴァンはアンリを森に呼び出して――
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――月桂樹の森。
僕を呼んでおきながら、眠っているの? シルヴァン。
ん...ああ。アンリ!? 来てくれたんですか?
期待はしてましたが、まさか本当に...ささっ、こちらへどうぞ。
ここがベストポジションなんです♪
君は何故、講義を休んで昼寝しているの? 体調不良には見えないけど。
こんなに気持ちの良い日に、
此処に来ないで何処に行けば良いんですか?
あっそう。まあ、僕にはどうでもいいことだね。
それに…
ん?
どうせ講義など身に入りませんよ。
君が帰ってきたのに。他の部屋などに行かれてはね。
いけなかった?
ええ。とても。
どうして、そんなことで、君にどうこう言われなくてはいけないの。
僕が誰かの部屋を訪ねるのに、君の許可が必要な筈ないよね。
そんなの僕の勝手でしょ?
アンリ…
何を苛立っているの、シルヴァン?
…君の毒舌は、時々黙らせたくなりますね。
僕を逆撫する言動も程々にして頂かないと…お仕置き、しちゃいますよ?
可笑しなことを言うね。
君は、僕の毒舌が好きだと言ったでしょう? あれは嘘?
…嘘ではないから、言っているのです。
ねえ、アンリ。僕は…
あっ、居たあー! シルヴァン、アンリー!
ユウタの声だよ、シルヴァン。
…この手、離した方が良いんじゃない?
残念ながら、そのようですね。
良かったー! 二人とも起きててっ♪
お昼寝は、終わったとこ?
…ええ、まあ。それで、ユウタは僕達にご用ですか?
あっ、うん。あのね、レッドが呼んで来いって。
みんなで面白いゲームしようって言ってるよ♪
そう。では、行った方が良さそうだね。
でないと、レッドに後で色々言われそうだから。
ですね。戻りましょうっか。
うんっ! 行こ行こっ♪
…アンリ。
ん?
いえ。あの、さっきは色々と失言を…すみませんでした。
気にしてないよ。君、森の悪い『気』にあてられたみたいだったし。
…え?
ちょっと、アンリっ!? 今なんて!?
君、何か見たんですか!? 見たんですね!?
僕の後ろに黒い影ですか!? ねえ、アンリっ!
…煩い。
シルヴァン、アンリー!? 何騒いでんのー? 早く行こーっ!
ほら、行くよ。
あ~アンリー! 教えて下さいよ~!
fin
僕を呼んでおきながら、眠っているの? シルヴァン。
ん...ああ。アンリ!? 来てくれたんですか?
期待はしてましたが、まさか本当に...ささっ、こちらへどうぞ。
ここがベストポジションなんです♪
君は何故、講義を休んで昼寝しているの? 体調不良には見えないけど。
こんなに気持ちの良い日に、
此処に来ないで何処に行けば良いんですか?
あっそう。まあ、僕にはどうでもいいことだね。
それに…
ん?
どうせ講義など身に入りませんよ。
君が帰ってきたのに。他の部屋などに行かれてはね。
いけなかった?
ええ。とても。
どうして、そんなことで、君にどうこう言われなくてはいけないの。
僕が誰かの部屋を訪ねるのに、君の許可が必要な筈ないよね。
そんなの僕の勝手でしょ?
アンリ…
何を苛立っているの、シルヴァン?
…君の毒舌は、時々黙らせたくなりますね。
僕を逆撫する言動も程々にして頂かないと…お仕置き、しちゃいますよ?
可笑しなことを言うね。
君は、僕の毒舌が好きだと言ったでしょう? あれは嘘?
…嘘ではないから、言っているのです。
ねえ、アンリ。僕は…
あっ、居たあー! シルヴァン、アンリー!
ユウタの声だよ、シルヴァン。
…この手、離した方が良いんじゃない?
残念ながら、そのようですね。
良かったー! 二人とも起きててっ♪
お昼寝は、終わったとこ?
…ええ、まあ。それで、ユウタは僕達にご用ですか?
あっ、うん。あのね、レッドが呼んで来いって。
みんなで面白いゲームしようって言ってるよ♪
そう。では、行った方が良さそうだね。
でないと、レッドに後で色々言われそうだから。
ですね。戻りましょうっか。
うんっ! 行こ行こっ♪
…アンリ。
ん?
いえ。あの、さっきは色々と失言を…すみませんでした。
気にしてないよ。君、森の悪い『気』にあてられたみたいだったし。
…え?
ちょっと、アンリっ!? 今なんて!?
君、何か見たんですか!? 見たんですね!?
僕の後ろに黒い影ですか!? ねえ、アンリっ!
…煩い。
シルヴァン、アンリー!? 何騒いでんのー? 早く行こーっ!
ほら、行くよ。
あ~アンリー! 教えて下さいよ~!
fin
■ハルヤ+アイヴィー
他、ウーティス寮の愉快な仲間達。
シルヴァン×ハルヤ レッド×ユウタ
レッド×ハルヤ レッド×アンリ
■ほのぼの。以前の拍手御礼小説です。
「今日のこと、みんなには言わないでね?」
マージナルプリンスと、タクシードライバー。
車の中で、ココだけの話――
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他、ウーティス寮の愉快な仲間達。
シルヴァン×ハルヤ レッド×ユウタ
レッド×ハルヤ レッド×アンリ
■ほのぼの。以前の拍手御礼小説です。
「今日のこと、みんなには言わないでね?」
マージナルプリンスと、タクシードライバー。
車の中で、ココだけの話――
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王子様の運転手 ハルヤver. ~君の、後ろの席~
ウーティス寮の朝。
食堂へ続く廊下に賑やかな足音が響く。
「今日の朝ごはん何かな~♪」
先頭を行くユウタに、レッドとハルヤが続く。
「俺、ツナサンドがイイ!」
「レッド、そればっか」
「そーゆーハルヤだって、アボカドマグロ丼なんか好きなくせに!」
「美味いのに…」
三人揃って、食堂のドアを開けると、席に着いているのはアンリだけだった。
アンリの食器を片付けていたバトラーが挨拶する。
「おはようございます、レッド様、ハルヤ様、ユウタ様」
三人は、それぞれ朝の挨拶を返し、自分の席に着く。
バトラーが運んで来た朝食に、三人は仲良く「いただきます」と言って食べ始めた。
レッドは今まで、食事の前に挨拶をする習慣が無かったが、
二人の日本人と過ごすうち、いつの間にかその挨拶を身に付けていた。
「あれ?」ユウタは、食器類が置かれていない空席に首を傾げる。
「ジョシュアとシルヴァンは? もう居ないの?」
バトラーは、ユウタのカップにミルクを注ぎながら、
「ええ。ジョシュア様は、早くから学院に向かわれました。
今日は行事の打ち合わせがあるそうで」
「朝から大変だね、生徒代表殿は」アンリは白いナプキンで口元を拭く。
「じゃ、僕は失礼するよ」ナプキンをテーブルの上に置いた。
「え。アンリも行っちゃうの?」とユウタ。
「ああ。僕は食事が終わったし。これから騒がしくなりそうだから?」
アンリがちらと視線を送る。
その視線を受け止めたレッドが口を尖らせる。
「…それは俺のことデスカ?」
「そう聞こえたのなら、そうかもね」
「なにぃー!?」
まあまあ、とユウタが割って入る。
「でもアンリ、講義にはまだ早くない?」
「…君が心配することじゃないと思うけど」
「まさかアンリ、外に行くの?」
真っ直ぐな瞳から逃れるように、アンリは溜め息を吐く。
「月桂樹の森を散歩するだけだよ。それじゃ、ごゆっくり」
アンリは席を立つ。戸口に居たバトラーの前を「ごちそうさま」と通って退室した。
「ったく、アンリの奴! せっかくユウタが心配してやってんのに!」
レッドはオレンジジュースを飲み干して、バトラーにおかわりを頼む。
「良いって、レッド」とユウタが宥める。
「けどさあっ!」
いつも通り賑やかに朝食が進んでいく。食後のコーヒーを飲んでいる時、
一人だけ浮かない顔をしていることに、レッドが気付いた。
「ハルヤ、どうした? また腹でも痛いのか?」
ハルヤは手にしていたカップを置く。
「あ、ううん。シルヴァンはどうしたのかなって思って」
「ああ、そういや。バトラー、知ってるか?」
「シルヴァン様は、外へ行かれたようです。
帰りが遅くなるかもしれないから、夕食は要らないとのことでした」
「そう」とハルヤ。
レッドは3個目のツナサンドに手を伸ばす。
「またかよ。何処行ったんだ、アイツ?」
「すみません。行き先までは…」
ユウタは、ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを美味しそうに飲んで、
「シルヴァン、街にも知り合い多いから、友達に会いに行ったのかな?」
「かもな、アイツよく講義サボるし。その割に、成績ソコソコ取るんだよなー」
「レッドが、要領悪いだけじゃないのー?」
「ユウタおめー、言うようになったなあ、このっ!」
「あははっ、やめてよーレッド!」
「ごちそうさま」ハルヤがナプキンで口元を拭く。
「あ、じゃあ俺達もそろそろ戻るか」
「うんっ」
レッドとユウタが、ガタガタと部屋を出て行く。
少し遅れてハルヤが席を立つ。
部屋を出る前に「ねえ、バトラー」と小さく声を掛ける。
「はい?」
「あのさ。悪いんだけど、車を呼んでおいて貰えないかな?」
「おや。ハルヤ様もお出掛けですか?」
「うん。あ、僕は夕食までには戻るから」
「左様ですか。お時間はどう致しましょうか?」
「そうだなあ...じゃあ16時に、いつものとこ」
「畏まりました」
ハルヤが講義を終えて寮に戻ると、玄関の前でバトラーが待っていた。
「おかえりなさいませ、ハルヤ様。お車の準備は、できております」
「ありがとう、バトラー」
自室で着替えを済ませると、小さな鞄だけ持って寮を出た。
学院の前に着くと、黄色の車が止まっていた。
ボンネットに腰掛けて、紫煙を燻らせている男が居る。
アルフォンソ島の数少ないタクシードライバー、アイヴィーだ。
青いワイシャツのボタンは二番目まで開いている。
白く覗いた首元には、緩く結ばれた黒ネクタイが揺れていた。
金色の髪は、車の色に負けないほど、鮮やかに見える。
「よお。マージナルプリンス」
彼は、近付いて来る生徒の姿を見つけると、片手を挙げた。
「こんちは。アイヴィー」
「今日の王子はハルヤか。珍しいな?」
「うん。来るの随分早かったね? 16時までまだ20分もあるのに」
「王子を待たせるわけないだろう? お前達に呼ばれたら、
すぐに駆け付けるし、いつまででも待っていられるんだ」
眼鏡の王子は、じっと運転手を見上げる。
「嘘吐きな大人はキライだな」
「え?」
ハルヤが人差し指を伸ばして、大人の頬を突いた。
唐突な行動に、大人は首を傾げる。
白い指は、つうと頬をなぞって、
「寝痕。また保健室で昼寝してたんでしょ?」
運転手の傍を通り過ぎて、自分で後部座席のドアを開けた。
アイヴィーは、突かれた頬を撫でてみる。
大きな縦線。くっきりとシーツの痕が刻まれていた。
「わざと黙ってやがったな、ソクーロフの奴」
アイヴィーは、自分の席に乗り込む。
シートベルトを締めて、ルームミラーを見る。
鏡の中の王子と目を合わせる。
「さて。何処へお連れしようか、マージナルプリンス?」
「んー。ヒミツ、かな」
「ええ?」思わず声がひっくり返る。
「おいおい。目的地を知らないドライバーは、ただのナイスガイだぜ?」
「それ、自分で言う台詞?」と軽くスルーする。
ハルヤは車内の時計を見ながら、
「今日はね、まだ時間があるから幾つか寄り道して欲しいんだ。
行き先は順番に言うよ」
「ふうん。目的地は最後までのお楽しみ、か?」
「そーゆーことっ。良いかな?」
「もちろん。マージナルプリンスの仰せのままに。
じゃあ、最初の目的地を、お教え願えるかな?」
「うん。最初は、街の方に向かってくれる?」
「了解」
サイドブレーキを下ろして、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
アルフォンソ島の中心街。
ハルヤは「買い物してくるから、ちょっと待ってて?」と街の中へ消えて行った。
一人残された運転手は、ポケットから煙草を取り出す。
煙草を相棒に、王子を待つことにした。
中心街は、結構人の往来が激しい。
辺境の島と呼ばれているが、此処には各国の品物が揃っている。
それは、世界中から生徒が集まる、
あの学院のおかげだと、島の住民は噂している。
アルフォンソ王の伝説と、様々な国の文化が混ざり合って、
島独自の文化や、食べ物が生まれた。
それらには全て可笑しな名前が付いている。
アイヴィーが愛煙している煙草もそのひとつ。
『死神の指』――その皮肉めいた名前が気に入っていた。
黒い箱に描かれているのは、死神の鎌。
何とも正直なパッケージだ。
短くなった煙草を大事に深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
「それって、そんなに美味しいの?」
いつの間にか帰って来たハルヤが、小首を傾げながら大人を見上げる。
「ああ。美味しい毒の味がする」
「じゃあ、僕にも頂戴?」
伸びて来た手から、首ごと逃れる。
「それはダメ」
「なんで?」
「お前にはまだ早いよ。それに、一生知らなくても良いものだ」
ハルヤは、はあと息を漏らす。
「こういう時だけは、早く大人になりたいと思うよ」
「どうして?」
「アイヴィーと一緒に、煙草吸ったり、お酒飲んだりしてみたいから」
「ご指名とは光栄だね」
「あれ、言ってなかった? 僕、ずっと前から決めてたんだけど」
「何を?」
「初めて煙草吸う時は、アイヴィーに色々教えて貰おうって」
アイヴィーは目を伏せる。久し振りに思い出した顔。
前にも似たようなことを言われたことがある。
彼も月桂樹の王子だった。だが、彼との約束は守れなかった。
大人になる前に、彼が空へ昇ってしまったから。
「アイヴィー? ダメ、だったかな?」
「いいや」大人は、王子の肩を軽く叩いて、
「楽しみにしてるよ、お前が大人になる日を」
ハルヤは、手にドーナツ屋の箱を持っていた。
白い箱には青のライン。アイヴィーも知っている店の名前が刻まれている。
「お前、ドーナツを買って来たのか?」
「うん。うちの寮はみんな甘いの好きだから、お土産にね。
こういうの買って帰るとさ、結構バカみたいに喜んでくれるし」
「あーそういや、レッドもシルヴァンも、甘いもの好きだったもんな」
以前はデッドプリンスの練習中に、よく差し入れに行っていた。
ドーナツを持って行った時は、しっぽ振るみたいに喜んでたっけ。
ハルヤは手にしている箱を見つめる。
「うん。それに、貰う方と同じくらい、あげる方も嬉しいんだなって知ったから。
この箱を持って帰ると、みんなわーっと寄って来て、わいわい食べるでしょ?
そういう顔見れるの嬉しいし。ねえ。アイヴィーも、そういう気持ちだった?」
「まあな」
「うん。今なら僕も分かる気がする」
昔、分からなかったことが、分かってくる。そうやって少しずつ年を重ねていく。
この少年もまた、いつか島を出る時が来るんだな。
運転手が一瞬、感傷に浸り始めた時、
「ねえ。アイヴィーはどのドーナツが好き?」
「え? そうだなあ…やっぱり『永遠の指輪』かな」
日本では『オールドファッション』と呼ばれているドーナツだ。
チョコやクリームなどの飾りは無く、甘さも控えめ。
何の変哲も無い姿をしている一番オーソドックスなドーナツだ。
だが、そのシンプルな美味しさは、
長年その姿を変えることなく、多くの人に愛されている。
「へえ。意外と普通だね。なんで好きなの?」
「美味いし、やっぱ名前が良いだろ?
憧れの『エンゲージリング』って意味だしな」
「アイヴィーは『憧れ』のままで、終わりそうだけどね?」
「うっわー...お前、毒舌のお友達に似て来たんじゃないの?」
「そうかな? アンリには敵わないと思うけど」
敵わなくていいから、と運転手は思う。
ハルヤは、ドーナツの箱を開けて、中身を確認する。
「あ、『永遠の指輪』は2個あるから、1個食べても大丈夫だよね」
「あははっ、お土産じゃなかったのかー?」
ハルヤはドーナツを1つ取り出して、アイヴィーの前で2つに分けた。
二人は近くのベンチに腰掛ける。
青空の下、食べるドーナツは最高だ。
「これで、アイヴィーも共犯だからね?」
「ハイ…」
ハルヤがクスクスと笑い出す。
「やだ、アイヴィー。ポロポロ落とし過ぎじゃない?」
いつのまにか足元に鳥が集まって来ている。
「前から思ってたんだけど、アイヴィーって大人のくせに時々子どもみたい。
俺よりずっと年上なのに、全然そんなかんじしないし」
アイヴィーが溢したドーナツを食べ終えた鳥達が、今度はハルヤへと近付く。
ハルヤは、鳥達に自分のドーナツを分けている。
「ふうん。じゃあどんな人だと、年上らしいんだ?」
「え? そうだなあ...なんかよく解んないけど、
面倒くさいもの色々背負ってるかんじがする。
周りからのプレッシャーも歳とる度に大きくなりそうだし」
どうやら『大人』はハルヤの兄貴のことらしい、とアイヴィーは思う。
ハルヤが俺を兄代わりにしているのは、かなり前から感じていた。
無理も無い。お家騒動の渦中、仲の良い兄弟は遠く離されてしまったのだから。
普通の家庭に比べ、彼等の場合は「兄と弟」としての時間が少な過ぎた。
兄貴とはこんなふうにドライブもしたことも無いのだろう。
大人は『死神の指』に火を点ける。
子どもは伸びをしたまま、空を眺めた。
「ずっと、このままなら良いのになあ」
視線の先で、ゆっくり白い雲が流れて行く。
太陽はまだ沈んでない。空は青のままだ。
「大人になったらさ、好きな時にドライブなんか出来無いよね。
どうして、子どものままでは居られないのかな?」
鳥達は首を傾げながら、ドーナツとこちらを交互に窺っている。
大人は、紫煙をゆっくりと吐く。
生暖かい煙は、身を翻しながら広い空へと昇って行く。
「俺も昔はよくそう思ったよ」
「アイヴィーも?」
「ああ」
「だけど、大人になっちゃった?」
「どうかな。年だけはとったんじゃないか?」
ハルヤは、一瞬きょとんとした表情になって、フッと笑いを漏らした。
「そっか。なんか分かった」
「何が分かったんだ?」
王子は手を組んで、頭の後ろに回す。
「大人自身も、いつ大人になったのか分かんないだ、ってことが分かったよ。
知らないうちに大人になっちゃうもんなんだね。なんかコワイな」
大人はもう一度、煙草を吸う。
今日の煙草は、少し苦い。
「大人になったって、ドライブくらいできるさ」
「ほんとかなあ? じゃあ今日みたいに、ドライブしてくれる?」
「もちろん。王子を迎えに行くのが俺の役目だ」
王子は、あははっと声を上げて、
「大人は嘘吐きだからなー」
楽しそうに笑っていた。
嘘にするつもりは無いんだけどな、大人は声を出さずに伝える。
道に迷ったり疲れて歩けなくなった時は、俺を呼べばいい。
迎えに行くよ、何処へでも。
だって俺は、タクシードライバーだもの。
二人が車に乗り込む。
運転手は鏡越しに、王子に尋ねる。
「次は何処へ行くんだい?」
「じゃあ次は、CDショップにでも行こうかな」
「ほう。まだ目的地は教えてくれないんだ?」
秘密にされると、知りたくなる。
手に入らないから、欲しくなる。
駄目と言われるほど、触れたくなる。
そんな潜在的な欲求を知ってか知らずか、
ハルヤは「ナイショ♪」と答えた。
「はいはい。じゃ、行きますか、CDショップね」
「ん。お願い」
メインストリートを抜けて、次の場所へと王子を運ぶことにした。
ハルヤは、知り合いのバンドのCDを何枚か買って戻って来た。
インディーズのコーナーに並んでいるから、と頼まれたらしい。
他にも何か買い物をしたようで、ズボンのポケットが膨らんでいた。
ハルヤは、車に乗り込んで、時計を眺める。
「もう少し時間がありそうだね」
運転手は鏡越しに、王子に尋ねる。
「次も、寄り道かい?」
「うん。そうだなあ…次は、海沿いに走ってくれる?
もうすぐ夕焼けだから、綺麗な海が見れそうだし
多分、途中で引き返すことになるけど、行けるとこまでってことで」
「そいつは良いドライブコースだな。俺が女なら惚れてるぜ?」
「そう? 今時、流行んないでしょ、海にドライブなんて」
「…そーですか」
車は中心街を抜けて、住宅地に入っていく。
窓の背景が、徐々に灰色から緑に変わる。
「アイヴィーってさ、最近忙しいの?」
「どうして、そう思うんだ?」
「デッドプリンスの兄貴面してる人が、ライブ会場に顔を出さないからだよ」
デッドプリンス。レッド、シルヴァン、ハルヤが組んでいるバンドの名前だ。
バンドを組んだ当時は、よく世話をしていた。
この島に来て間もなく、知り合いも居ない彼等の為に、
ライブハウスを探してやったり、他のバンドを紹介したものだ。
しかし、今ではそんな世話も必要ない。
デッドプリンスの名はかなり知られて来たし、ファンもたくさん付いている。
ライブハウスの中、大歓声に包まれる彼等を見た時、自分の役目は終わったなと感じた。
それ以来、ライブ会場に向かう足はなんとなく重くて、なかなか顔を出せないで居た。
もちろん、そんなことを弟分に言える筈も無い。
我ながら情けない兄貴だ。アイヴィーは自嘲的に笑う。
「ちょっと、何が可笑しいの?」
情けない大人は更に罪を重ねる。
「いや。ハルヤは、ライブの時いつも俺を探してくれてたんだ、と思って」
「なっ…そんなんじゃないよ、もう」
予想通り、ハルヤを俯かせてしまった。
しかし、次にハルヤが口にした言葉までは予想していなかった。
「もしかしてアイヴィーは、夜に何かヤバイことでもやってるのかなって思ったんだ」
「ヤバイって、例えばどんな?」
「それはわかんないけど…アイヴィーってタクシードライバーだからさ、
黙ってても情報通になるじゃん?
だから、なんか面倒くさいことに巻き込まれる可能性もありそうだし…」
ルームミラーを見ると、王子は真剣に言っているようだった。
「確かに情報屋ではあるがな。お前が心配するようなことにはならんさ。
映画の見過ぎだよ。お前に、んなもん見せたのはシルヴァンか?」
「…ああ、そう言えばこの前、一緒に見たかも」
ハルヤの笑顔を見て、アイヴィーは音無く、溜め息を吐いた。
赤信号になり、運転手は、煙草の箱に手を伸ばす。
こんな時に限って中身は空だ。
くしゃと箱を潰して、仕方無く吸殻入れに手を伸ばす。
短くなった『死神の指』をもう一度燃やした。
「ねえ」
「ん?」
「最近、ウーティス寮の誰かを乗せた?」
運転手は、ゆっくりと息を吐いてから、
「おや? シートに友達の髪の毛でも落ちてたかい?」
ミラーを覗くと目が合わなかった。
運転手は、一番最近乗せた王子を挙げる。
「そういや青い髪の、小柄な子を乗せたぜ?
名前何て言ったっけ、めちゃくちゃ長いんだよな…えっと」
「アンリ?」
「そうそう、アンリ。あの子は黙ってると、綺麗なんだけどなあ」
「アンリが最近出掛けたのは知ってるよ。
彼が外出する時は、僕達も大騒ぎになるし」
王子は視線をシートに落としたまま、ぽつりと呟く。
「…長くて、派手な髪の毛が落ちてるんだけど」
「嘘吐きな王子は嫌いだな」
王子の肩が僅かに跳ねる。
「俺、車の中だけはキレイにしておく主義なんだ」
後部座席から小さな溜め息が聞こえる。
信号が青に変わった。
運転手は、またアクセルを踏み込んだ。
それから暫くハルヤは黙っていた。
アイヴィーも、無理に声を掛けようとしなかった。
前方に、海が見えて来る。
流れる景色が、段々と青に占められる。
太陽は徐々に色を変えて、海に入る準備を進めているようだ。
しかし、まだ海まで届かない。
「あのさ。最近、シルヴァンの様子が変なんだ」
「へえ」
「あんまり部屋に居なくて、いつも何処かに出掛けてるみたいで」
「そんなの、いつものことだろ?」
「うん。そうなんだけど…何て、言ったらいいのかな…。
最近ね、シルヴァンの笑顔、凄く綺麗なんだ」
運転手は少し首を傾げる。
「それは、まあ、確かに綺麗な顔した奴だがなあ」
「そーじゃなくて…。笑顔が完璧過ぎるんだよ。
まるで作り物なんだ。アイヴィーも見たことあるでしょ?」
「ああ。アイツは、困ってる時ほど綺麗に笑える奴だからな」
「うん…」
王子の表情が曇っていく。
こちらまで、深い海に沈んでいくような気分になる。
こういう顔に弱いんだよな、と運転手は肩を落とす。
「乗ったよ」
「えっ?」
「この前、シルヴァンを乗せて、街で落とした。
けど、そこで何をやっていたかは聞いてない」
ハルヤは視線を膝に落とす。
「そう。アイヴィーにも言ってないんだ」
「そんなに心配なら、直接本人に聞いてみれば良いだろう?」
「教えてくれないと思うけど…」
「それは心の準備が出来てないからだろう。
言うべき時が来たら、アイツの方から話すさ。それまで待ってやんな。
お前は、いつも傍に居るんだ、そのくらいの時間はあるだろう?」
「…そっか、うん。そうだね」
運転手は海の色が変わっていることに気付く。
「ハルヤ、顔を上げろよ。お待ちかねの景色が見られるぜ?」
夕陽は、既に水面に触れていた。
海は煩いくらい、キラキラと輝いている。
「うわ。結構キレイじゃん…」
ハルヤの視線は、窓の向こうに奪われる。
光を浴びて、白く透き通る肌が、夕陽色に染まって行く。
その眩しい横顔を、運転手は鏡越しに見守っていた。
暫く海沿いを走った後、ハルヤは時計を見て「あ」と声を漏らした。
「やばっ、そろそろ時間だ。アイヴィー、Uターンして?」
「楽しいドライブはお終いか。もう夜も近いが、これから目的地に向かうのか?」
「うん」
「ふうん。じゃあ、最後の目的地を教えて貰おうか?」
「学院」
「...学院!?」
運転手が後方を振り返って、車体がぐらっと揺れる。
「ちょっと! 前見てよ、前!」
後部座席から本気の抗議の声が上がる。
運転手は視線を前方に戻す。
「もう危ないなあ」
「ああ、悪い。だが、なんで学院に戻るんだ? まだ何処にも着いてないだろ?」
「だって、夕食の時間だもん」
「おい...もしかして『まだ時間がある』とか『そろそろ時間』って、
晩メシのこと言ってたのか?」
ハルヤは、くすくすと笑い出す。
「はー。おなかすいたっ。早く戻ろ?」
「ったく。お前は一番大人しそうな顔して...」
運転手がルームミラーを睨む。
眼鏡の王子は、子どものように眩しく笑っていた。
変わってきたのかな、とアイヴィーは思う。
この王子は、普段はどこか気だるそうで、大人びた表情を見せることが多いから。
周りの大人達によって、より早く大人の表情を手にしてしまった。
アルフォンソ学院に逃れてくる生徒には、そんな子どもがとても多い。
ハルヤも入学当時は、今よりもっと『大人』の顔をしていた。
彼が学院に来た経緯は知っている。
生まれた瞬間から、お家騒動の中心に立たされ、
近付いて来る大人は誰も信用できず、家族に弱音を吐く事もできなかった。
きっと俺のような『からかえる大人』に出会ったのも、初めてなんだろう。
ハルヤは今、楽しそうに笑っている。
こういう顔が見たくて、俺はこの車に乗っているのかもしれない。
俺にできるのは、訳ありの子ども達を乗せて、月桂樹の館へ運ぶことと、
その館がいつまでも、彼等が安心して笑える場所であることを願うくらいだ。
「今日はありがと。楽しかった」
「そりゃあ、良かった」
「あの、さ。今日のこと、みんなには言わないでね?」
「どうしてだ?」
「なんか、愚痴とか色々言っちゃったから。
みんなに知られて心配されるのも面倒くさいし、恥ずかしいじゃん?」
「俺に言うのは、恥ずかしくないのか?」
「君は…トクベツなんだよ」
どうして、という言葉を飲み込む。
問うたところで「学院の人間じゃないから」なんて答えが返って来るだけだ。
アルフォンソ学院前。
黄色いタクシーは最後の目的地に到着した。
ハルヤは、窓の向こうの見慣れた景色から視線を逸らして、
今座っている黒いシートにそっと触れた。
運転手は先に外に出て、後部座席のドアを開けてくれる。
「ほい。目的地に到着だ」
ハルヤが外に出ると、冷たい風に髪を撫でられた。
冷気に晒されて、初めて車中の温かさに気付く。
こういうのも『後ろ髪を引かれる』というのかな、とハルヤは思う。
薄着の運転手も自分の肩を抱いている。
「最近、夜は冷えるよな。お前も早く寮に戻んな」
王子は動かず、運転手を見上げる。
「ねえ、アイヴィー」
「ん?」
「今日のこと、怒ってない?」
運転手は、王子の頭をぽんと叩いた。
「俺を誰だと思ってんだよ。
お前達に振り回されるのは、いい加減慣れてる」
「また、呼んだら、来てくれる?」
「言っただろ。王子を迎えに行くのは、俺の役目。いつでも呼べよ、ハルヤ。
俺は、王子に呼ばれたら断れないタクシードライバーだからな?」
「…ん。そうだね。わかってる」
君はタクシードライバーなんだよね、とハルヤは思う。
呼べばいつだって来てくれる。
だけど、呼ばなければ来てくれない事も、判ってる。
ハルヤは俯いて、ポケットに手を入れる。
すると、手に触れる物があった。
「あ、忘れるとこだった」と小さな箱を差し出して、
「あげる。街で買っておいたんだ。
今日、振り回したお詫びとお礼、ってことで貰っておいて?」
その箱には、死神の鎌が描かれている。アイヴィーが愛煙してる『死神の指』だ。
ハルヤは、大人に囁く。
「ホントは、今日この味を教えて貰おうかなーと思って買ったんだけど。
アイヴィーにダメって言われたから、君に預ける。
僕がアイヴィーと一緒に、煙草を吸う日に、返してくれればいいよ。
だから。今日の約束、忘れないで?」
大人はフッと微笑んで、子どもの視線を受け止める。
「ああ」
子どもは嬉しそうに笑って、
「じゃあね、アイヴィー」寮に戻っていった。
運転手は、小さくなる後姿を見送った後、『死神の指』を見つめた。
丁度、煙草が切れていたところに、こんなにありがたいプレゼントはない。
封を切ろうとして手が止まる。
「大人になるまで、とっておく、か」
王子との約束を胸ポケットに仕舞う。
運転手は、愛車に凭れて息を吐く。
「マージナルプリンスどもめ」
夕闇には一番星が輝いていた。
ウーティス寮の夜。
夕食後、ハルヤがドーナツの箱を持って、サロンのドアを開けると、
朝は居なかったジョシュア、シルヴァンも含め全員の顔が揃っていた。
「ハルヤー。何持ってるの?」とユウタが駆け寄ってくる。
「それ、あそこのドーナツじゃん!?」
「ん。みんなで食べて?」
「えー! ハルヤありがとー!」
向日葵の様な笑顔は、楽しい夜を保証していた。
嬉しそうな表情につられて、ハルヤも微笑んでしまう。
箱をレッドとユウタに渡して、自分の席に座る。
席に着いていたジョシュアは、
箱に群がる二人を微笑ましげに見つめた後、ハルヤに視線を戻した。
「今日は、わざわざ街までドーナツを買いに行って来たのかい?」
「ううん。ドーナツは、ついで。行く場所は何処でも良かったんだ。
目的地には、ずっと座れてたから」
「え?」
「それよりジョシュア、イイの? アレ、止めなくて?」
レッドとユウタの取り合いに、いつの間にかアンリが巻き込まれてる。
それをシルヴァンが、楽しそうに見守っている。
ジョシュアが仲裁に入っていく。
いつもの光景。
期待した通りの夜が訪れて、ハルヤは満足だった。
「ハルヤ」
隣の席にシルヴァンが来ていた。
「はい。無くなりそうなので、ハルヤの分も取って来ました」
差し出されたのは、白いココナッツパウダーでコーティングされたドーナツ。
「ハルヤは、この『雪の指輪』が好きでしたよね?」
「うん。ありがと」と受け取って、
「よかった」と呟いた。
シルヴァンは首を傾げる。
「何がです?」
「今のシルヴァン、普通に笑ったから」
「え?」
ハルヤは『雪の指輪』を見つめながら、
「最近のシルヴァン、なんか無理して笑ってるみたいに見えたから。
今日、ドーナツ買って来て良かったよ」
「ハルヤ...」
「シルヴァン、最近、何か困ってるみたいに見えて。
でも君、言いたくないみたいだったから...
僕、いつか君から話してくれるまで待ってるよ」
ハルヤは返事を待たずに、シルヴァンの隣から離れて、騒いでる輪の中へ入っていく。
レッドとアンリは未だに揉めている。
「あぁー! アンリ! その『花の指輪』は俺のだぞ!」
「勝手に決めないで貰いたいね」
ジョシュアとユウタは、仲良く分け合っている。
「あ、ジョシュアのも美味しそうだねー。ひとくち俺にも頂戴?」
「良いよ、ユウタ」
ハルヤはアンリの傍に行く。
「ね。アンリ、僕もそれ食べたいな。少し分けてくれる?」
「構わないよ」
「なんでハルヤにはあげるんだよっ!」
「誰かと違って煩くないからね、彼は」
「誰かって誰だよ!?」
「自覚もないのかい、重症だね」
「アンリ、レッドに噛み付くなよ」
ユウタが振り向く。
「あれ? シルヴァーン、もう要らないのー?」
シルヴァンはフッと息を吐いて、席を立つ。
「じゃあ、ユウタが持ってるのを少し頂けますか?」
「うんっ」
シルヴァンも皆の輪に加わって、また一層サロンは騒がしくなる。
そんな中、ユウタは「あっ」と声を上げた。
「どうしたの? ユウタ」
「あ、ううん。なんかさ、ドーナツの箱を、みんなが取り囲んで、
俺達の方がドーナツみたいだなと思って」
一瞬、静寂がサロンを包む。ユウタは照れたように笑う。
「あははっ、なんちゃってー。違うよね。
俺達はドーナツみたいに、消えて無くなったりしないもん」
レッドがユウタの首に腕を回す。
「だな! 俺達がドーナツなら、毒の味が入っちまう」
シルヴァンは、くすくすと笑って、
「レッド。それを言うなら、バニラ味って言って下さいよ」
「誰のことだい、レッド、シルヴァン?」
「自覚が無いとは重症だな~」
「へえ。僕の台詞、よく覚えていられたね」
「当たり前だっ!」
ウーティス寮のサロンで、楽しい夜が更けていく。
やっぱり自分は、こういうのが好きなんだ、とハルヤは思う。
ずっと、このままならいいのに。
今なら、自分の息が止まってもいい。
そんな考えさえ浮かんで、眩暈がする。
ひとつ溜め息を吐いて、席を立った。
ドーナツ、もういっこ食べようかな、と箱の中を見る。
アイヴィーが好きだと言っていた『指輪』が残っていた。
――やっぱ名前が良いだろ?
オールドファッション。
今までも、これから先も、変わらないドーナツ。
「ん。良い名前だね」
ハルヤは、そっと呟いて『永遠の指輪』を取り出した。
fin
ウーティス寮の朝。
食堂へ続く廊下に賑やかな足音が響く。
「今日の朝ごはん何かな~♪」
先頭を行くユウタに、レッドとハルヤが続く。
「俺、ツナサンドがイイ!」
「レッド、そればっか」
「そーゆーハルヤだって、アボカドマグロ丼なんか好きなくせに!」
「美味いのに…」
三人揃って、食堂のドアを開けると、席に着いているのはアンリだけだった。
アンリの食器を片付けていたバトラーが挨拶する。
「おはようございます、レッド様、ハルヤ様、ユウタ様」
三人は、それぞれ朝の挨拶を返し、自分の席に着く。
バトラーが運んで来た朝食に、三人は仲良く「いただきます」と言って食べ始めた。
レッドは今まで、食事の前に挨拶をする習慣が無かったが、
二人の日本人と過ごすうち、いつの間にかその挨拶を身に付けていた。
「あれ?」ユウタは、食器類が置かれていない空席に首を傾げる。
「ジョシュアとシルヴァンは? もう居ないの?」
バトラーは、ユウタのカップにミルクを注ぎながら、
「ええ。ジョシュア様は、早くから学院に向かわれました。
今日は行事の打ち合わせがあるそうで」
「朝から大変だね、生徒代表殿は」アンリは白いナプキンで口元を拭く。
「じゃ、僕は失礼するよ」ナプキンをテーブルの上に置いた。
「え。アンリも行っちゃうの?」とユウタ。
「ああ。僕は食事が終わったし。これから騒がしくなりそうだから?」
アンリがちらと視線を送る。
その視線を受け止めたレッドが口を尖らせる。
「…それは俺のことデスカ?」
「そう聞こえたのなら、そうかもね」
「なにぃー!?」
まあまあ、とユウタが割って入る。
「でもアンリ、講義にはまだ早くない?」
「…君が心配することじゃないと思うけど」
「まさかアンリ、外に行くの?」
真っ直ぐな瞳から逃れるように、アンリは溜め息を吐く。
「月桂樹の森を散歩するだけだよ。それじゃ、ごゆっくり」
アンリは席を立つ。戸口に居たバトラーの前を「ごちそうさま」と通って退室した。
「ったく、アンリの奴! せっかくユウタが心配してやってんのに!」
レッドはオレンジジュースを飲み干して、バトラーにおかわりを頼む。
「良いって、レッド」とユウタが宥める。
「けどさあっ!」
いつも通り賑やかに朝食が進んでいく。食後のコーヒーを飲んでいる時、
一人だけ浮かない顔をしていることに、レッドが気付いた。
「ハルヤ、どうした? また腹でも痛いのか?」
ハルヤは手にしていたカップを置く。
「あ、ううん。シルヴァンはどうしたのかなって思って」
「ああ、そういや。バトラー、知ってるか?」
「シルヴァン様は、外へ行かれたようです。
帰りが遅くなるかもしれないから、夕食は要らないとのことでした」
「そう」とハルヤ。
レッドは3個目のツナサンドに手を伸ばす。
「またかよ。何処行ったんだ、アイツ?」
「すみません。行き先までは…」
ユウタは、ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを美味しそうに飲んで、
「シルヴァン、街にも知り合い多いから、友達に会いに行ったのかな?」
「かもな、アイツよく講義サボるし。その割に、成績ソコソコ取るんだよなー」
「レッドが、要領悪いだけじゃないのー?」
「ユウタおめー、言うようになったなあ、このっ!」
「あははっ、やめてよーレッド!」
「ごちそうさま」ハルヤがナプキンで口元を拭く。
「あ、じゃあ俺達もそろそろ戻るか」
「うんっ」
レッドとユウタが、ガタガタと部屋を出て行く。
少し遅れてハルヤが席を立つ。
部屋を出る前に「ねえ、バトラー」と小さく声を掛ける。
「はい?」
「あのさ。悪いんだけど、車を呼んでおいて貰えないかな?」
「おや。ハルヤ様もお出掛けですか?」
「うん。あ、僕は夕食までには戻るから」
「左様ですか。お時間はどう致しましょうか?」
「そうだなあ...じゃあ16時に、いつものとこ」
「畏まりました」
ハルヤが講義を終えて寮に戻ると、玄関の前でバトラーが待っていた。
「おかえりなさいませ、ハルヤ様。お車の準備は、できております」
「ありがとう、バトラー」
自室で着替えを済ませると、小さな鞄だけ持って寮を出た。
学院の前に着くと、黄色の車が止まっていた。
ボンネットに腰掛けて、紫煙を燻らせている男が居る。
アルフォンソ島の数少ないタクシードライバー、アイヴィーだ。
青いワイシャツのボタンは二番目まで開いている。
白く覗いた首元には、緩く結ばれた黒ネクタイが揺れていた。
金色の髪は、車の色に負けないほど、鮮やかに見える。
「よお。マージナルプリンス」
彼は、近付いて来る生徒の姿を見つけると、片手を挙げた。
「こんちは。アイヴィー」
「今日の王子はハルヤか。珍しいな?」
「うん。来るの随分早かったね? 16時までまだ20分もあるのに」
「王子を待たせるわけないだろう? お前達に呼ばれたら、
すぐに駆け付けるし、いつまででも待っていられるんだ」
眼鏡の王子は、じっと運転手を見上げる。
「嘘吐きな大人はキライだな」
「え?」
ハルヤが人差し指を伸ばして、大人の頬を突いた。
唐突な行動に、大人は首を傾げる。
白い指は、つうと頬をなぞって、
「寝痕。また保健室で昼寝してたんでしょ?」
運転手の傍を通り過ぎて、自分で後部座席のドアを開けた。
アイヴィーは、突かれた頬を撫でてみる。
大きな縦線。くっきりとシーツの痕が刻まれていた。
「わざと黙ってやがったな、ソクーロフの奴」
アイヴィーは、自分の席に乗り込む。
シートベルトを締めて、ルームミラーを見る。
鏡の中の王子と目を合わせる。
「さて。何処へお連れしようか、マージナルプリンス?」
「んー。ヒミツ、かな」
「ええ?」思わず声がひっくり返る。
「おいおい。目的地を知らないドライバーは、ただのナイスガイだぜ?」
「それ、自分で言う台詞?」と軽くスルーする。
ハルヤは車内の時計を見ながら、
「今日はね、まだ時間があるから幾つか寄り道して欲しいんだ。
行き先は順番に言うよ」
「ふうん。目的地は最後までのお楽しみ、か?」
「そーゆーことっ。良いかな?」
「もちろん。マージナルプリンスの仰せのままに。
じゃあ、最初の目的地を、お教え願えるかな?」
「うん。最初は、街の方に向かってくれる?」
「了解」
サイドブレーキを下ろして、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
アルフォンソ島の中心街。
ハルヤは「買い物してくるから、ちょっと待ってて?」と街の中へ消えて行った。
一人残された運転手は、ポケットから煙草を取り出す。
煙草を相棒に、王子を待つことにした。
中心街は、結構人の往来が激しい。
辺境の島と呼ばれているが、此処には各国の品物が揃っている。
それは、世界中から生徒が集まる、
あの学院のおかげだと、島の住民は噂している。
アルフォンソ王の伝説と、様々な国の文化が混ざり合って、
島独自の文化や、食べ物が生まれた。
それらには全て可笑しな名前が付いている。
アイヴィーが愛煙している煙草もそのひとつ。
『死神の指』――その皮肉めいた名前が気に入っていた。
黒い箱に描かれているのは、死神の鎌。
何とも正直なパッケージだ。
短くなった煙草を大事に深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
「それって、そんなに美味しいの?」
いつの間にか帰って来たハルヤが、小首を傾げながら大人を見上げる。
「ああ。美味しい毒の味がする」
「じゃあ、僕にも頂戴?」
伸びて来た手から、首ごと逃れる。
「それはダメ」
「なんで?」
「お前にはまだ早いよ。それに、一生知らなくても良いものだ」
ハルヤは、はあと息を漏らす。
「こういう時だけは、早く大人になりたいと思うよ」
「どうして?」
「アイヴィーと一緒に、煙草吸ったり、お酒飲んだりしてみたいから」
「ご指名とは光栄だね」
「あれ、言ってなかった? 僕、ずっと前から決めてたんだけど」
「何を?」
「初めて煙草吸う時は、アイヴィーに色々教えて貰おうって」
アイヴィーは目を伏せる。久し振りに思い出した顔。
前にも似たようなことを言われたことがある。
彼も月桂樹の王子だった。だが、彼との約束は守れなかった。
大人になる前に、彼が空へ昇ってしまったから。
「アイヴィー? ダメ、だったかな?」
「いいや」大人は、王子の肩を軽く叩いて、
「楽しみにしてるよ、お前が大人になる日を」
ハルヤは、手にドーナツ屋の箱を持っていた。
白い箱には青のライン。アイヴィーも知っている店の名前が刻まれている。
「お前、ドーナツを買って来たのか?」
「うん。うちの寮はみんな甘いの好きだから、お土産にね。
こういうの買って帰るとさ、結構バカみたいに喜んでくれるし」
「あーそういや、レッドもシルヴァンも、甘いもの好きだったもんな」
以前はデッドプリンスの練習中に、よく差し入れに行っていた。
ドーナツを持って行った時は、しっぽ振るみたいに喜んでたっけ。
ハルヤは手にしている箱を見つめる。
「うん。それに、貰う方と同じくらい、あげる方も嬉しいんだなって知ったから。
この箱を持って帰ると、みんなわーっと寄って来て、わいわい食べるでしょ?
そういう顔見れるの嬉しいし。ねえ。アイヴィーも、そういう気持ちだった?」
「まあな」
「うん。今なら僕も分かる気がする」
昔、分からなかったことが、分かってくる。そうやって少しずつ年を重ねていく。
この少年もまた、いつか島を出る時が来るんだな。
運転手が一瞬、感傷に浸り始めた時、
「ねえ。アイヴィーはどのドーナツが好き?」
「え? そうだなあ…やっぱり『永遠の指輪』かな」
日本では『オールドファッション』と呼ばれているドーナツだ。
チョコやクリームなどの飾りは無く、甘さも控えめ。
何の変哲も無い姿をしている一番オーソドックスなドーナツだ。
だが、そのシンプルな美味しさは、
長年その姿を変えることなく、多くの人に愛されている。
「へえ。意外と普通だね。なんで好きなの?」
「美味いし、やっぱ名前が良いだろ?
憧れの『エンゲージリング』って意味だしな」
「アイヴィーは『憧れ』のままで、終わりそうだけどね?」
「うっわー...お前、毒舌のお友達に似て来たんじゃないの?」
「そうかな? アンリには敵わないと思うけど」
敵わなくていいから、と運転手は思う。
ハルヤは、ドーナツの箱を開けて、中身を確認する。
「あ、『永遠の指輪』は2個あるから、1個食べても大丈夫だよね」
「あははっ、お土産じゃなかったのかー?」
ハルヤはドーナツを1つ取り出して、アイヴィーの前で2つに分けた。
二人は近くのベンチに腰掛ける。
青空の下、食べるドーナツは最高だ。
「これで、アイヴィーも共犯だからね?」
「ハイ…」
ハルヤがクスクスと笑い出す。
「やだ、アイヴィー。ポロポロ落とし過ぎじゃない?」
いつのまにか足元に鳥が集まって来ている。
「前から思ってたんだけど、アイヴィーって大人のくせに時々子どもみたい。
俺よりずっと年上なのに、全然そんなかんじしないし」
アイヴィーが溢したドーナツを食べ終えた鳥達が、今度はハルヤへと近付く。
ハルヤは、鳥達に自分のドーナツを分けている。
「ふうん。じゃあどんな人だと、年上らしいんだ?」
「え? そうだなあ...なんかよく解んないけど、
面倒くさいもの色々背負ってるかんじがする。
周りからのプレッシャーも歳とる度に大きくなりそうだし」
どうやら『大人』はハルヤの兄貴のことらしい、とアイヴィーは思う。
ハルヤが俺を兄代わりにしているのは、かなり前から感じていた。
無理も無い。お家騒動の渦中、仲の良い兄弟は遠く離されてしまったのだから。
普通の家庭に比べ、彼等の場合は「兄と弟」としての時間が少な過ぎた。
兄貴とはこんなふうにドライブもしたことも無いのだろう。
大人は『死神の指』に火を点ける。
子どもは伸びをしたまま、空を眺めた。
「ずっと、このままなら良いのになあ」
視線の先で、ゆっくり白い雲が流れて行く。
太陽はまだ沈んでない。空は青のままだ。
「大人になったらさ、好きな時にドライブなんか出来無いよね。
どうして、子どものままでは居られないのかな?」
鳥達は首を傾げながら、ドーナツとこちらを交互に窺っている。
大人は、紫煙をゆっくりと吐く。
生暖かい煙は、身を翻しながら広い空へと昇って行く。
「俺も昔はよくそう思ったよ」
「アイヴィーも?」
「ああ」
「だけど、大人になっちゃった?」
「どうかな。年だけはとったんじゃないか?」
ハルヤは、一瞬きょとんとした表情になって、フッと笑いを漏らした。
「そっか。なんか分かった」
「何が分かったんだ?」
王子は手を組んで、頭の後ろに回す。
「大人自身も、いつ大人になったのか分かんないだ、ってことが分かったよ。
知らないうちに大人になっちゃうもんなんだね。なんかコワイな」
大人はもう一度、煙草を吸う。
今日の煙草は、少し苦い。
「大人になったって、ドライブくらいできるさ」
「ほんとかなあ? じゃあ今日みたいに、ドライブしてくれる?」
「もちろん。王子を迎えに行くのが俺の役目だ」
王子は、あははっと声を上げて、
「大人は嘘吐きだからなー」
楽しそうに笑っていた。
嘘にするつもりは無いんだけどな、大人は声を出さずに伝える。
道に迷ったり疲れて歩けなくなった時は、俺を呼べばいい。
迎えに行くよ、何処へでも。
だって俺は、タクシードライバーだもの。
二人が車に乗り込む。
運転手は鏡越しに、王子に尋ねる。
「次は何処へ行くんだい?」
「じゃあ次は、CDショップにでも行こうかな」
「ほう。まだ目的地は教えてくれないんだ?」
秘密にされると、知りたくなる。
手に入らないから、欲しくなる。
駄目と言われるほど、触れたくなる。
そんな潜在的な欲求を知ってか知らずか、
ハルヤは「ナイショ♪」と答えた。
「はいはい。じゃ、行きますか、CDショップね」
「ん。お願い」
メインストリートを抜けて、次の場所へと王子を運ぶことにした。
ハルヤは、知り合いのバンドのCDを何枚か買って戻って来た。
インディーズのコーナーに並んでいるから、と頼まれたらしい。
他にも何か買い物をしたようで、ズボンのポケットが膨らんでいた。
ハルヤは、車に乗り込んで、時計を眺める。
「もう少し時間がありそうだね」
運転手は鏡越しに、王子に尋ねる。
「次も、寄り道かい?」
「うん。そうだなあ…次は、海沿いに走ってくれる?
もうすぐ夕焼けだから、綺麗な海が見れそうだし
多分、途中で引き返すことになるけど、行けるとこまでってことで」
「そいつは良いドライブコースだな。俺が女なら惚れてるぜ?」
「そう? 今時、流行んないでしょ、海にドライブなんて」
「…そーですか」
車は中心街を抜けて、住宅地に入っていく。
窓の背景が、徐々に灰色から緑に変わる。
「アイヴィーってさ、最近忙しいの?」
「どうして、そう思うんだ?」
「デッドプリンスの兄貴面してる人が、ライブ会場に顔を出さないからだよ」
デッドプリンス。レッド、シルヴァン、ハルヤが組んでいるバンドの名前だ。
バンドを組んだ当時は、よく世話をしていた。
この島に来て間もなく、知り合いも居ない彼等の為に、
ライブハウスを探してやったり、他のバンドを紹介したものだ。
しかし、今ではそんな世話も必要ない。
デッドプリンスの名はかなり知られて来たし、ファンもたくさん付いている。
ライブハウスの中、大歓声に包まれる彼等を見た時、自分の役目は終わったなと感じた。
それ以来、ライブ会場に向かう足はなんとなく重くて、なかなか顔を出せないで居た。
もちろん、そんなことを弟分に言える筈も無い。
我ながら情けない兄貴だ。アイヴィーは自嘲的に笑う。
「ちょっと、何が可笑しいの?」
情けない大人は更に罪を重ねる。
「いや。ハルヤは、ライブの時いつも俺を探してくれてたんだ、と思って」
「なっ…そんなんじゃないよ、もう」
予想通り、ハルヤを俯かせてしまった。
しかし、次にハルヤが口にした言葉までは予想していなかった。
「もしかしてアイヴィーは、夜に何かヤバイことでもやってるのかなって思ったんだ」
「ヤバイって、例えばどんな?」
「それはわかんないけど…アイヴィーってタクシードライバーだからさ、
黙ってても情報通になるじゃん?
だから、なんか面倒くさいことに巻き込まれる可能性もありそうだし…」
ルームミラーを見ると、王子は真剣に言っているようだった。
「確かに情報屋ではあるがな。お前が心配するようなことにはならんさ。
映画の見過ぎだよ。お前に、んなもん見せたのはシルヴァンか?」
「…ああ、そう言えばこの前、一緒に見たかも」
ハルヤの笑顔を見て、アイヴィーは音無く、溜め息を吐いた。
赤信号になり、運転手は、煙草の箱に手を伸ばす。
こんな時に限って中身は空だ。
くしゃと箱を潰して、仕方無く吸殻入れに手を伸ばす。
短くなった『死神の指』をもう一度燃やした。
「ねえ」
「ん?」
「最近、ウーティス寮の誰かを乗せた?」
運転手は、ゆっくりと息を吐いてから、
「おや? シートに友達の髪の毛でも落ちてたかい?」
ミラーを覗くと目が合わなかった。
運転手は、一番最近乗せた王子を挙げる。
「そういや青い髪の、小柄な子を乗せたぜ?
名前何て言ったっけ、めちゃくちゃ長いんだよな…えっと」
「アンリ?」
「そうそう、アンリ。あの子は黙ってると、綺麗なんだけどなあ」
「アンリが最近出掛けたのは知ってるよ。
彼が外出する時は、僕達も大騒ぎになるし」
王子は視線をシートに落としたまま、ぽつりと呟く。
「…長くて、派手な髪の毛が落ちてるんだけど」
「嘘吐きな王子は嫌いだな」
王子の肩が僅かに跳ねる。
「俺、車の中だけはキレイにしておく主義なんだ」
後部座席から小さな溜め息が聞こえる。
信号が青に変わった。
運転手は、またアクセルを踏み込んだ。
それから暫くハルヤは黙っていた。
アイヴィーも、無理に声を掛けようとしなかった。
前方に、海が見えて来る。
流れる景色が、段々と青に占められる。
太陽は徐々に色を変えて、海に入る準備を進めているようだ。
しかし、まだ海まで届かない。
「あのさ。最近、シルヴァンの様子が変なんだ」
「へえ」
「あんまり部屋に居なくて、いつも何処かに出掛けてるみたいで」
「そんなの、いつものことだろ?」
「うん。そうなんだけど…何て、言ったらいいのかな…。
最近ね、シルヴァンの笑顔、凄く綺麗なんだ」
運転手は少し首を傾げる。
「それは、まあ、確かに綺麗な顔した奴だがなあ」
「そーじゃなくて…。笑顔が完璧過ぎるんだよ。
まるで作り物なんだ。アイヴィーも見たことあるでしょ?」
「ああ。アイツは、困ってる時ほど綺麗に笑える奴だからな」
「うん…」
王子の表情が曇っていく。
こちらまで、深い海に沈んでいくような気分になる。
こういう顔に弱いんだよな、と運転手は肩を落とす。
「乗ったよ」
「えっ?」
「この前、シルヴァンを乗せて、街で落とした。
けど、そこで何をやっていたかは聞いてない」
ハルヤは視線を膝に落とす。
「そう。アイヴィーにも言ってないんだ」
「そんなに心配なら、直接本人に聞いてみれば良いだろう?」
「教えてくれないと思うけど…」
「それは心の準備が出来てないからだろう。
言うべき時が来たら、アイツの方から話すさ。それまで待ってやんな。
お前は、いつも傍に居るんだ、そのくらいの時間はあるだろう?」
「…そっか、うん。そうだね」
運転手は海の色が変わっていることに気付く。
「ハルヤ、顔を上げろよ。お待ちかねの景色が見られるぜ?」
夕陽は、既に水面に触れていた。
海は煩いくらい、キラキラと輝いている。
「うわ。結構キレイじゃん…」
ハルヤの視線は、窓の向こうに奪われる。
光を浴びて、白く透き通る肌が、夕陽色に染まって行く。
その眩しい横顔を、運転手は鏡越しに見守っていた。
暫く海沿いを走った後、ハルヤは時計を見て「あ」と声を漏らした。
「やばっ、そろそろ時間だ。アイヴィー、Uターンして?」
「楽しいドライブはお終いか。もう夜も近いが、これから目的地に向かうのか?」
「うん」
「ふうん。じゃあ、最後の目的地を教えて貰おうか?」
「学院」
「...学院!?」
運転手が後方を振り返って、車体がぐらっと揺れる。
「ちょっと! 前見てよ、前!」
後部座席から本気の抗議の声が上がる。
運転手は視線を前方に戻す。
「もう危ないなあ」
「ああ、悪い。だが、なんで学院に戻るんだ? まだ何処にも着いてないだろ?」
「だって、夕食の時間だもん」
「おい...もしかして『まだ時間がある』とか『そろそろ時間』って、
晩メシのこと言ってたのか?」
ハルヤは、くすくすと笑い出す。
「はー。おなかすいたっ。早く戻ろ?」
「ったく。お前は一番大人しそうな顔して...」
運転手がルームミラーを睨む。
眼鏡の王子は、子どものように眩しく笑っていた。
変わってきたのかな、とアイヴィーは思う。
この王子は、普段はどこか気だるそうで、大人びた表情を見せることが多いから。
周りの大人達によって、より早く大人の表情を手にしてしまった。
アルフォンソ学院に逃れてくる生徒には、そんな子どもがとても多い。
ハルヤも入学当時は、今よりもっと『大人』の顔をしていた。
彼が学院に来た経緯は知っている。
生まれた瞬間から、お家騒動の中心に立たされ、
近付いて来る大人は誰も信用できず、家族に弱音を吐く事もできなかった。
きっと俺のような『からかえる大人』に出会ったのも、初めてなんだろう。
ハルヤは今、楽しそうに笑っている。
こういう顔が見たくて、俺はこの車に乗っているのかもしれない。
俺にできるのは、訳ありの子ども達を乗せて、月桂樹の館へ運ぶことと、
その館がいつまでも、彼等が安心して笑える場所であることを願うくらいだ。
「今日はありがと。楽しかった」
「そりゃあ、良かった」
「あの、さ。今日のこと、みんなには言わないでね?」
「どうしてだ?」
「なんか、愚痴とか色々言っちゃったから。
みんなに知られて心配されるのも面倒くさいし、恥ずかしいじゃん?」
「俺に言うのは、恥ずかしくないのか?」
「君は…トクベツなんだよ」
どうして、という言葉を飲み込む。
問うたところで「学院の人間じゃないから」なんて答えが返って来るだけだ。
アルフォンソ学院前。
黄色いタクシーは最後の目的地に到着した。
ハルヤは、窓の向こうの見慣れた景色から視線を逸らして、
今座っている黒いシートにそっと触れた。
運転手は先に外に出て、後部座席のドアを開けてくれる。
「ほい。目的地に到着だ」
ハルヤが外に出ると、冷たい風に髪を撫でられた。
冷気に晒されて、初めて車中の温かさに気付く。
こういうのも『後ろ髪を引かれる』というのかな、とハルヤは思う。
薄着の運転手も自分の肩を抱いている。
「最近、夜は冷えるよな。お前も早く寮に戻んな」
王子は動かず、運転手を見上げる。
「ねえ、アイヴィー」
「ん?」
「今日のこと、怒ってない?」
運転手は、王子の頭をぽんと叩いた。
「俺を誰だと思ってんだよ。
お前達に振り回されるのは、いい加減慣れてる」
「また、呼んだら、来てくれる?」
「言っただろ。王子を迎えに行くのは、俺の役目。いつでも呼べよ、ハルヤ。
俺は、王子に呼ばれたら断れないタクシードライバーだからな?」
「…ん。そうだね。わかってる」
君はタクシードライバーなんだよね、とハルヤは思う。
呼べばいつだって来てくれる。
だけど、呼ばなければ来てくれない事も、判ってる。
ハルヤは俯いて、ポケットに手を入れる。
すると、手に触れる物があった。
「あ、忘れるとこだった」と小さな箱を差し出して、
「あげる。街で買っておいたんだ。
今日、振り回したお詫びとお礼、ってことで貰っておいて?」
その箱には、死神の鎌が描かれている。アイヴィーが愛煙してる『死神の指』だ。
ハルヤは、大人に囁く。
「ホントは、今日この味を教えて貰おうかなーと思って買ったんだけど。
アイヴィーにダメって言われたから、君に預ける。
僕がアイヴィーと一緒に、煙草を吸う日に、返してくれればいいよ。
だから。今日の約束、忘れないで?」
大人はフッと微笑んで、子どもの視線を受け止める。
「ああ」
子どもは嬉しそうに笑って、
「じゃあね、アイヴィー」寮に戻っていった。
運転手は、小さくなる後姿を見送った後、『死神の指』を見つめた。
丁度、煙草が切れていたところに、こんなにありがたいプレゼントはない。
封を切ろうとして手が止まる。
「大人になるまで、とっておく、か」
王子との約束を胸ポケットに仕舞う。
運転手は、愛車に凭れて息を吐く。
「マージナルプリンスどもめ」
夕闇には一番星が輝いていた。
ウーティス寮の夜。
夕食後、ハルヤがドーナツの箱を持って、サロンのドアを開けると、
朝は居なかったジョシュア、シルヴァンも含め全員の顔が揃っていた。
「ハルヤー。何持ってるの?」とユウタが駆け寄ってくる。
「それ、あそこのドーナツじゃん!?」
「ん。みんなで食べて?」
「えー! ハルヤありがとー!」
向日葵の様な笑顔は、楽しい夜を保証していた。
嬉しそうな表情につられて、ハルヤも微笑んでしまう。
箱をレッドとユウタに渡して、自分の席に座る。
席に着いていたジョシュアは、
箱に群がる二人を微笑ましげに見つめた後、ハルヤに視線を戻した。
「今日は、わざわざ街までドーナツを買いに行って来たのかい?」
「ううん。ドーナツは、ついで。行く場所は何処でも良かったんだ。
目的地には、ずっと座れてたから」
「え?」
「それよりジョシュア、イイの? アレ、止めなくて?」
レッドとユウタの取り合いに、いつの間にかアンリが巻き込まれてる。
それをシルヴァンが、楽しそうに見守っている。
ジョシュアが仲裁に入っていく。
いつもの光景。
期待した通りの夜が訪れて、ハルヤは満足だった。
「ハルヤ」
隣の席にシルヴァンが来ていた。
「はい。無くなりそうなので、ハルヤの分も取って来ました」
差し出されたのは、白いココナッツパウダーでコーティングされたドーナツ。
「ハルヤは、この『雪の指輪』が好きでしたよね?」
「うん。ありがと」と受け取って、
「よかった」と呟いた。
シルヴァンは首を傾げる。
「何がです?」
「今のシルヴァン、普通に笑ったから」
「え?」
ハルヤは『雪の指輪』を見つめながら、
「最近のシルヴァン、なんか無理して笑ってるみたいに見えたから。
今日、ドーナツ買って来て良かったよ」
「ハルヤ...」
「シルヴァン、最近、何か困ってるみたいに見えて。
でも君、言いたくないみたいだったから...
僕、いつか君から話してくれるまで待ってるよ」
ハルヤは返事を待たずに、シルヴァンの隣から離れて、騒いでる輪の中へ入っていく。
レッドとアンリは未だに揉めている。
「あぁー! アンリ! その『花の指輪』は俺のだぞ!」
「勝手に決めないで貰いたいね」
ジョシュアとユウタは、仲良く分け合っている。
「あ、ジョシュアのも美味しそうだねー。ひとくち俺にも頂戴?」
「良いよ、ユウタ」
ハルヤはアンリの傍に行く。
「ね。アンリ、僕もそれ食べたいな。少し分けてくれる?」
「構わないよ」
「なんでハルヤにはあげるんだよっ!」
「誰かと違って煩くないからね、彼は」
「誰かって誰だよ!?」
「自覚もないのかい、重症だね」
「アンリ、レッドに噛み付くなよ」
ユウタが振り向く。
「あれ? シルヴァーン、もう要らないのー?」
シルヴァンはフッと息を吐いて、席を立つ。
「じゃあ、ユウタが持ってるのを少し頂けますか?」
「うんっ」
シルヴァンも皆の輪に加わって、また一層サロンは騒がしくなる。
そんな中、ユウタは「あっ」と声を上げた。
「どうしたの? ユウタ」
「あ、ううん。なんかさ、ドーナツの箱を、みんなが取り囲んで、
俺達の方がドーナツみたいだなと思って」
一瞬、静寂がサロンを包む。ユウタは照れたように笑う。
「あははっ、なんちゃってー。違うよね。
俺達はドーナツみたいに、消えて無くなったりしないもん」
レッドがユウタの首に腕を回す。
「だな! 俺達がドーナツなら、毒の味が入っちまう」
シルヴァンは、くすくすと笑って、
「レッド。それを言うなら、バニラ味って言って下さいよ」
「誰のことだい、レッド、シルヴァン?」
「自覚が無いとは重症だな~」
「へえ。僕の台詞、よく覚えていられたね」
「当たり前だっ!」
ウーティス寮のサロンで、楽しい夜が更けていく。
やっぱり自分は、こういうのが好きなんだ、とハルヤは思う。
ずっと、このままならいいのに。
今なら、自分の息が止まってもいい。
そんな考えさえ浮かんで、眩暈がする。
ひとつ溜め息を吐いて、席を立った。
ドーナツ、もういっこ食べようかな、と箱の中を見る。
アイヴィーが好きだと言っていた『指輪』が残っていた。
――やっぱ名前が良いだろ?
オールドファッション。
今までも、これから先も、変わらないドーナツ。
「ん。良い名前だね」
ハルヤは、そっと呟いて『永遠の指輪』を取り出した。
fin
■ハルヤ×ユウタ 注:ちょいとご乱心な腹黒眼鏡です;
シルヴァン+レッド シルヴァン×アンリ レッド×ユウタ
ジョシュア×ユウタ ジョシュア×アンリ
■ドタバタ学園ラブコメ。夜の森のサイドストーリー。
-------------------------------------
シルヴァン+レッド シルヴァン×アンリ レッド×ユウタ
ジョシュア×ユウタ ジョシュア×アンリ
■ドタバタ学園ラブコメ。夜の森のサイドストーリー。
-------------------------------------
よしっ。メール送信っと! おい、シルヴァン。
みんなに「もうすぐ帰る」ってメール送っといたぜ?
ああ、ありがとうございます、レッド...
ん? どうした、シルヴァン。
いや...何故、僕は買い出し班に来てしまったのかなーと思いまして...
それは、バイクに乗れるのが俺達だからだろ?
まあ、そうなんですけどね...はああ~。
てゆうか、なんで携帯見て溜め息吐いてるわけ?
変なメールでも来てたのか?
いえ。来ないんですよ、あの二人から。
...はあ。やっぱり僕が探しに行けば良かったですかね...
なんだ。お前もジョシュアとアンリのこと心配してんのか?
別に心配しなくても戻ってくるって。
解ってますよ、そんなことは。
...はあ? じゃあお前、何の心配してんだよ?
よおっ! ドコの色男かと思ったら、デッド・プリンスじゃないかっ!
セニョーラ...こんばんは。
やあっ、おばちゃん! メリークリスマス!
ああ、メリークリスマス。
おや? ハルヤは一緒じゃないのかい?
ハルヤなら寮に居るよ。今、サロンの飾り付けとかやってくれてんだ。
俺達、これから寮のみんなでクリスマスパーティーするんだぜ!
で、俺とシルヴァンが買い出しってわけ♪
そいつは良いねえ。なら、このシャンパン持ってくかい?
うわっ、イイのっ? サンキュー♪
俺、おばちゃんのカッコイイ歌もスキだけど、
そーゆー男前なとこもスキだぜっ!
ははっ! 相変わらず口が軽い子だねー♪
お菓子もついでに持ってくかい?
うんっ!
ちょっとちょっと、レッド!
な、なんだよ...シルヴァン...
全く、必要以上に愛想振り撒く人ですね、君は。
今夜だけで、どれだけお土産貰ってると思ってるんです。
僕、もう持てませんからね?
あんた達、まだ時間があるなら、うちに少し上がってきなよ?
ちょうどチキンが焼けたとこなんだ。
マジっ!?
レッド! ああ、すみません、セニョーラ。
僕達、そろそろパーティの時間なので、もう行かなくては。
来年も、また貴女の素敵な歌声、聞かせて下さいね?
ああ! デッド・プリンスのライブも楽しみにしてるよっ!
ええ、お待ちしてます。ではまた。
えー!? シルヴァン、少しくらいイイじゃん!
まだメンバーも揃ってねーみたいだし。
だからダメなんですっ!
ほら、早く戻りますよ、レッド!
***
――ウーティス寮サロン
あっ、ハルヤハルヤ!
『赤鬼さんチーム』からメール返って来たよっ!
なーんだ。どっちかって言うと、
『青鬼さんチーム』のメールの方が見たかったんだけどな。
...で、なんだって?
んーとねぇ...
あ、買い物は終わったみたい。
アンリ達のことは心配しなくて良いから、
ハルヤと二人で先にパーティ始めてろって。
...どうする、ハルヤ?
始めてろって言われてんだから、良いんじゃない?
『赤鬼さんチーム』も、暫く帰って来れないと思うし。
え? なんで?
街歩くと色んな人に声掛けられちゃうんだよねえ。
あの人達、人気あるから。
それが2人も揃って歩いたら、余計目立つし。
あー良かったっ。僕、ユウタと此処に残ってて。
街で、いちいち挨拶するの面倒なんだよね。
でも、ハルヤも街で目立ってたと思うよ?
この前、街に連れて行って貰った時、
実は、あちこちらから視線感じてたんだよね...
そう?
うん。ハルヤのファンの人は、
ハルヤに似て大人しい人が多いから、
街で会っても、声掛けられなかったんだと思うよ?
それ、僕じゃなくて、ユウタのこと見てたんじゃない?
ユウタ、小さくて可愛いもんね?
そ、そんなわけないよっ! 絶対ハルヤを見てたっ!!
ま、いいや。それよりさ、パーティ始めよ?
うん...でも、みんな集まってないけどイイのかなあ?
平気だよ。日本では『みんな一緒に』みたいなのが当たり前だけど、
此処の人達、そういうの全然気にしないから。
ふーん。そういうのって、やっぱ日本の『お国柄』なのかなあ?
みたいだね。こうやって日本から離れてみるとさ、
日本だけが、他のたくさんの国と違うこととか色々解ってくるんだよねえ。
自分の国の方が、よっぽど可笑しかったんだって気付かされる。
そーゆーの解るだけでも、この学院に来た意味はあったかもって思っちゃうよ。
へえー。なんかハルヤ、カッコイイ...
ね、ユウタ。僕もうお腹空いた。早く食べたい。
あははっ、そうだね。パーティー、俺達で先に始めてよっか♪
じゃー、まず乾杯でもしとく?
うんっ、するするー♪
飲み物用意するね。ユウタは甘いワインが良いかな?
赤と白、どっちにする?
えっとねー...って、ええー!?
だだだ、ダメだよ! ワインなんてっ!
俺、まだ未成年なんだよっ!? てゆうか、ハルヤもじゃん!?
ユウタ…此処はアルフォンソ島。日本じゃないよ?
それに、さっき言ったよね? 日本の方が、可笑しなことがあるって。
ユウタも納得してたじゃん?
で、でも、それとこれとは話が別っていうか...
俺お酒飲んだことないし...
大丈夫だよ、ユウタ。僕が、教えてあげる...
あ、あれ!? ハルヤの後ろ、なんで空のボトル転がってんの!?
初めてのユウタは、白にしとこうか。
このワインはね、赤より白の方が飲み易いんだ。
やっ、ちょっと! 注がなくてイイってばっ!
えー!? なんで今、眼鏡外すのっ!?
メリークリスマス、ユウタ...
わわっ、ちょっと、ハルヤっ!?
みんな早く帰って来てーっ! 何してんだよ、もー!!
***
たっだいまーっ!
只今戻りましたー。すみません、遅くなっ...
おかえりぃーっ! レッド、シルヴァン!
だあー!? ユウタ! なんでシルヴァンに抱き着くんだよっ!?
待って下さいレッド。...この子、酔ってるみたいです。
聞いてよっ!
酔ったハルヤがね、俺に無理矢理ワイン飲ませたんだっ...
なにぃー!?
...酔ったハルヤ、ですって?
ああ。おかえり。やっぱり『赤鬼さんチーム』の方が先だったね。
おい、今の日本語なんだ。俺の悪口か!?
ちょっとレッドは黙ってて下さい…
こわっ。
...ねえ、ハルヤ? 僕は酔った君に、お目に掛かったことなどないのですが。
日本のキツイお酒を何本開けても平然としてる君ならまだしも。
酔った君など、一度もね。
ただいま。すまない、すっかり遅くなってしまって。
あっ、ジョシュアだー。おかえりっ!
ただいま、ユウタ。
もう遅いよー? ずっと待ってたんだからー!
ごめんね、待たせてしまって。
アンリ!! ご無事でしたかっ!?
そんなの見れば解るでしょ、シルヴァン?
今まで一体どちらに?
別に? 散歩だよ。ね、ジョシュア?
うん。そう、だね。
よーしっ! やっと全員揃ったなっ?
んじゃ、始めようぜっ、クリスマスパーティー!
fin
みんなに「もうすぐ帰る」ってメール送っといたぜ?
ああ、ありがとうございます、レッド...
ん? どうした、シルヴァン。
いや...何故、僕は買い出し班に来てしまったのかなーと思いまして...
それは、バイクに乗れるのが俺達だからだろ?
まあ、そうなんですけどね...はああ~。
てゆうか、なんで携帯見て溜め息吐いてるわけ?
変なメールでも来てたのか?
いえ。来ないんですよ、あの二人から。
...はあ。やっぱり僕が探しに行けば良かったですかね...
なんだ。お前もジョシュアとアンリのこと心配してんのか?
別に心配しなくても戻ってくるって。
解ってますよ、そんなことは。
...はあ? じゃあお前、何の心配してんだよ?
よおっ! ドコの色男かと思ったら、デッド・プリンスじゃないかっ!
セニョーラ...こんばんは。
やあっ、おばちゃん! メリークリスマス!
ああ、メリークリスマス。
おや? ハルヤは一緒じゃないのかい?
ハルヤなら寮に居るよ。今、サロンの飾り付けとかやってくれてんだ。
俺達、これから寮のみんなでクリスマスパーティーするんだぜ!
で、俺とシルヴァンが買い出しってわけ♪
そいつは良いねえ。なら、このシャンパン持ってくかい?
うわっ、イイのっ? サンキュー♪
俺、おばちゃんのカッコイイ歌もスキだけど、
そーゆー男前なとこもスキだぜっ!
ははっ! 相変わらず口が軽い子だねー♪
お菓子もついでに持ってくかい?
うんっ!
ちょっとちょっと、レッド!
な、なんだよ...シルヴァン...
全く、必要以上に愛想振り撒く人ですね、君は。
今夜だけで、どれだけお土産貰ってると思ってるんです。
僕、もう持てませんからね?
あんた達、まだ時間があるなら、うちに少し上がってきなよ?
ちょうどチキンが焼けたとこなんだ。
マジっ!?
レッド! ああ、すみません、セニョーラ。
僕達、そろそろパーティの時間なので、もう行かなくては。
来年も、また貴女の素敵な歌声、聞かせて下さいね?
ああ! デッド・プリンスのライブも楽しみにしてるよっ!
ええ、お待ちしてます。ではまた。
えー!? シルヴァン、少しくらいイイじゃん!
まだメンバーも揃ってねーみたいだし。
だからダメなんですっ!
ほら、早く戻りますよ、レッド!
***
――ウーティス寮サロン
あっ、ハルヤハルヤ!
『赤鬼さんチーム』からメール返って来たよっ!
なーんだ。どっちかって言うと、
『青鬼さんチーム』のメールの方が見たかったんだけどな。
...で、なんだって?
んーとねぇ...
あ、買い物は終わったみたい。
アンリ達のことは心配しなくて良いから、
ハルヤと二人で先にパーティ始めてろって。
...どうする、ハルヤ?
始めてろって言われてんだから、良いんじゃない?
『赤鬼さんチーム』も、暫く帰って来れないと思うし。
え? なんで?
街歩くと色んな人に声掛けられちゃうんだよねえ。
あの人達、人気あるから。
それが2人も揃って歩いたら、余計目立つし。
あー良かったっ。僕、ユウタと此処に残ってて。
街で、いちいち挨拶するの面倒なんだよね。
でも、ハルヤも街で目立ってたと思うよ?
この前、街に連れて行って貰った時、
実は、あちこちらから視線感じてたんだよね...
そう?
うん。ハルヤのファンの人は、
ハルヤに似て大人しい人が多いから、
街で会っても、声掛けられなかったんだと思うよ?
それ、僕じゃなくて、ユウタのこと見てたんじゃない?
ユウタ、小さくて可愛いもんね?
そ、そんなわけないよっ! 絶対ハルヤを見てたっ!!
ま、いいや。それよりさ、パーティ始めよ?
うん...でも、みんな集まってないけどイイのかなあ?
平気だよ。日本では『みんな一緒に』みたいなのが当たり前だけど、
此処の人達、そういうの全然気にしないから。
ふーん。そういうのって、やっぱ日本の『お国柄』なのかなあ?
みたいだね。こうやって日本から離れてみるとさ、
日本だけが、他のたくさんの国と違うこととか色々解ってくるんだよねえ。
自分の国の方が、よっぽど可笑しかったんだって気付かされる。
そーゆーの解るだけでも、この学院に来た意味はあったかもって思っちゃうよ。
へえー。なんかハルヤ、カッコイイ...
ね、ユウタ。僕もうお腹空いた。早く食べたい。
あははっ、そうだね。パーティー、俺達で先に始めてよっか♪
じゃー、まず乾杯でもしとく?
うんっ、するするー♪
飲み物用意するね。ユウタは甘いワインが良いかな?
赤と白、どっちにする?
えっとねー...って、ええー!?
だだだ、ダメだよ! ワインなんてっ!
俺、まだ未成年なんだよっ!? てゆうか、ハルヤもじゃん!?
ユウタ…此処はアルフォンソ島。日本じゃないよ?
それに、さっき言ったよね? 日本の方が、可笑しなことがあるって。
ユウタも納得してたじゃん?
で、でも、それとこれとは話が別っていうか...
俺お酒飲んだことないし...
大丈夫だよ、ユウタ。僕が、教えてあげる...
あ、あれ!? ハルヤの後ろ、なんで空のボトル転がってんの!?
初めてのユウタは、白にしとこうか。
このワインはね、赤より白の方が飲み易いんだ。
やっ、ちょっと! 注がなくてイイってばっ!
えー!? なんで今、眼鏡外すのっ!?
メリークリスマス、ユウタ...
わわっ、ちょっと、ハルヤっ!?
みんな早く帰って来てーっ! 何してんだよ、もー!!
***
たっだいまーっ!
只今戻りましたー。すみません、遅くなっ...
おかえりぃーっ! レッド、シルヴァン!
だあー!? ユウタ! なんでシルヴァンに抱き着くんだよっ!?
待って下さいレッド。...この子、酔ってるみたいです。
聞いてよっ!
酔ったハルヤがね、俺に無理矢理ワイン飲ませたんだっ...
なにぃー!?
...酔ったハルヤ、ですって?
ああ。おかえり。やっぱり『赤鬼さんチーム』の方が先だったね。
おい、今の日本語なんだ。俺の悪口か!?
ちょっとレッドは黙ってて下さい…
こわっ。
...ねえ、ハルヤ? 僕は酔った君に、お目に掛かったことなどないのですが。
日本のキツイお酒を何本開けても平然としてる君ならまだしも。
酔った君など、一度もね。
ただいま。すまない、すっかり遅くなってしまって。
あっ、ジョシュアだー。おかえりっ!
ただいま、ユウタ。
もう遅いよー? ずっと待ってたんだからー!
ごめんね、待たせてしまって。
アンリ!! ご無事でしたかっ!?
そんなの見れば解るでしょ、シルヴァン?
今まで一体どちらに?
別に? 散歩だよ。ね、ジョシュア?
うん。そう、だね。
よーしっ! やっと全員揃ったなっ?
んじゃ、始めようぜっ、クリスマスパーティー!
fin
■ジョシュア×アンリ
■シリアス
---------------------
■シリアス
---------------------
夜の森は恐ろしい。
ただでさえ『森』が怖いのに。
どうして僕は、こんなところに居るんだろう――
気が付いた時、アンリは月桂樹の森に居た。
寮の明かりが遠い。
森の奥まで来ているらしい。
また呼ばれたんだ、この森に。
知らない間に、森に来て居るのはこれが初めてではない。
この森は、アルフォンソ王が創ったという伝説があるせいか、
とても強い力を帯びている。
僕の目は、常人には見えないものを映し出し、
心の奥に秘めた言葉すら読み取る。
僕は、悪魔の子だから。
誰も気付かない存在を感じる。
幼い頃からそうだった。
夜中、家から姿を消す僕は、決まって当時の記憶を失っている。
どうして出歩いたのかと問い質されても、『森に呼ばれたから』としか答えられない。
――あれは人の子ではない。悪魔の子だ。
大人達は気味悪そうに囁き合って、
僕の言葉を受け止めてくれる者は誰一人として居なかった。
この学院に、来るまでは。
「アンリ」
「ジョシュア...どうしたの、こんなところで?」
「探しに来たんだよ。
クリスマスパーティーが始まるのに、君が何処にも居ないから」
「パーティーのメンバー集めまで君の仕事?
ご苦労様だね、生徒代表殿」
「俺は、約束を守らなくてはいけないからね」
「約束?」
「君は呼ばれるんだろう? この森に」
ジョシュアは、真っ直ぐにその言葉を口にした。
幼い頃、誰にも信じて貰えなかった、僕の言葉を。
「君は、入学直後も、寮から姿を消した時があったよね。
何時間も探して、やっと見つけた時。
たった一人で、夜中の月桂樹の森に居た。
君は、森まで来た記憶を持っていなくて。
震える声で『森に呼ばれた』と言った」
「僕、そんなこと言ったかな? 4年も前のこと、よく覚えているね」
「忘れる筈が無いよ、あの夜を」
***
4年前。
ジョシュアは森でアンリを見つけた後、
まだ小さい手を引いて、ウーティス寮に戻った。
その間、ジョシュアは、幼い子どもに何も話し掛けなかった。
彼は、声も出さずに泣いていたから。
聞きたいことは山程あったけれど、
何も尋ねず、まだ震える小さな手を握っていた。
寮では、バトラーが心配して待っていた。
二人の無事な姿を見ると、ほっとした様子で「おかえりなさいませ」とだけ言った。
ジョシュアは、バトラーにホットチョコレートを頼み、
自分の部屋にアンリを連れて来た。
とりあえず、椅子に座らせる。
アンリは俯いたまま、自分の手をきつく握っている。
手を広げたらまた震えだすのではないか、と恐れているように見えた。
かろうじて泣き止んでいたが、
金色の瞳に溜まった涙は、いつ零れてもおかしくない状況だった。
これでは、何を言っても泣かせてしまうな。
ジョシュアは、アンリから話し出すのを待つことにした。
部屋には、時計の音だけが響く。
最初は全く動かずに居たアンリが、時が経つに連れ、表情が変わっていく。
どうしてこの人は何も言わないんだろう、とその顔には書いてあった。
先に沈黙を破ったのは、アンリだった。
「あの…」
「なに?」
「なんで、何も聞かないの? どうして森に居たの、とか」
「俺からは聞かないよ。君が、言いたいことを言えば良い」
「え?」
「君が、言いたくないのなら、言わなくて良いんだ。
もちろん、この部屋に居るのが嫌なら、自分の部屋に戻っても構わない。
此処ではね、君の好きにして良いんだよ、アンリ」
アンリは、言葉を失う程、驚いていた。
自分が森に行った後は、必ず質問責めに合い、
罵声を浴びせられ、影ではコソコソと囁かれる。それが毎度のことだった。
だから今回も、また色々聞かれるのだろうと覚悟していた。
なのに、この人は「自分からは聞かない」「嫌なら出て行っても良い」と言った。
どうして?
では何故、僕を此処に連れて来たの?
いつもなら、大人が口にしない言葉まで解るのに。
こんなに解らない人は初めてだ。
疑問符が浮かび続ける中、ドアをノックする音が聞こえた。
ジョシュアが扉を開けると、微かに甘い香りがした。
アンリの視線が、バトラーの手元に注目する。
白のティーポットとカップが2つ並んでいる。
「失礼致します。お飲み物をお持ちしました」
「ありがとう、バトラー。今日は色々心配させてしまったね」
「いいえ。お二人ともご無事で何よりでした」
「うん。そうだね。あ、後は俺がやるよ」
優秀な執事は、何も問わず、頭を下げる。
「畏まりました。おやすみなさいませ、ジョシュア様、アンリ様」
静かに扉が閉まった。
ジョシュアは、ティーポットを手に取って、2つのカップに注ぐ。
甘い、チョコレートの香りが流れてくる。
実際に味わなくとも、味の保証が出来そうだ。
カップをアンリの前に置くと、幼い瞳が見上げてくる。
「これはね、とても美味しいホットチョコレートなんだ。
飲んで良いよ。でも嫌なら、無理に飲まなくて良いからね」
幼い瞳が、ぱちくりと動く。
まただ。また、この人は、僕の自由にして良いと言った。
アンリは、目の前に出されたものに対して、
『君の自由にしていい』と言われたことなど無かった。
今まではそれを強要されるか、ずっと待たされるか、
それとも、目の前で奪われるか。
自分の自由に任されたことなど憶えていない。
今、目の前に居る人が、自分のカップに口付ける。
ただ、それだけの動作が、とても優雅に見えた。
アンリの前に置かれたカップからは、湯気が立ち上っている。
もう部屋中にカカオの香りが漂っていた。
アンリが、それまで握っていた手をゆっくり開く。
吸い寄せられるように、カップへと手を伸ばした。
両手で口元に運ぶ様子を、ジョシュアは静かに見守っていた。
アンリが、恐る恐る一口飲む。
こくっと喉が動いて、小さく息を吐いた。
その表情からは、もう先までの緊張した様子が消えていた。
ホットチョコレートは、その細い指先以外も温めてくれたらしい。
もう一口、もう一口と飲んでいき、すぐに全部飲んでしまった。
「気に入ったかい?」
幼い少年は、首を縦に動かす。
「そう。良かった。
島の食べ物はみんな変わった名前を持っているけれど、
これは特に個性的な名前でね、
『天使も惑う悪魔の誘惑』って言うんだ。面白い名前だよね」
ガタンと音がした。
アンリが、突然、カップをテーブルに置いたのだ。
それまで大事そうに抱えていたのに、まるでカップに怯えたように手から離した。
「どうしたの、アンリ?」
「てんし…あくま…」
この子の瞳が、急に恐怖と嫌悪に染まった。
飲み物を怖がっている?
いや、天使と悪魔という言葉自体に怯えているのか?
ジョシュアは、できるだけ優しく、同じ言葉を返す。
「天使と、悪魔?」
「やだ…天使も、悪魔も。どっちもぼくのことだから、嫌い….」
アンリの瞳から、ぽろぽろと雫が零れ落ちる。
「みんな僕のこと、天使って言うのにっ…
本当は、悪魔だって思ってる…
僕のこと嫌いんだ、みんな、みんなっ!」
ジョシュアは、泣き出す子どもを見つめながら、
学院の理事に言われた言葉を思い出した。
今度、入学するサン・ジェルマン家のご子息は、特別な子でね。
彼を君が居る寮に入れたいんだ。いいかね?
はい。構いませんが、特別、というのは?
人の心が読めるそうだよ。それに、誰の目にも映らないものが見える。
どうやら、実の父親にも疎まれているようなんだ、
『お前は、悪魔の子だ』と。
子どもは、泣き続けている。
ジョシュアは無意識に手を伸ばしていた。
小さな身体が、腕の中に収まる。
アンリは、何が起こったか解らない。
涙は止まり、息をすることも、忘れた。
頭の上から柔らかい声が降って来る。
「俺は、君のこと、悪魔だなんて思わないよ」
嘘だ! そう叫ぼうとしたのに、アンリは声が出なかった。
解ったからだ。
この人は、嘘を言っていない。
僕のことを、嫌っていない。
「今まで辛い想いをしたんだね、アンリ。
でも、もう大丈夫。
この学院に居れば、もう怖いことなんて無いんだよ?」
優しい声。
この人なら、僕の言葉を信じてくれるかもしれない。
いや、信じてくれなくてもいい。
――君が、言いたいことを言えば良い。
この人は、さっきそう言った。
だから、僕が、言いたいことを言うだけだ。
アンリは、今まで自分で禁じてきた言葉を口にする。
「…森に、呼ばれるの」
「森に、呼ばれる?」
「気が付いた時には、もう森に居るの…
どうしてなのか解らないの…
僕が行きたくて行っているんじゃないっ。
森が勝手に、僕を呼ぶんだよ。
嘘じゃないんだ。お願い、信じてっ! 信じてよ…」
信じてくれなくてもいいと思って言ったのに。
僕の口は「信じて」と叫んでいた。
ずっと、信じて欲しかった。
悪魔なんて呼ばないで欲しかった。
アンリ、と僕の名で呼んで欲しかっただけなのに。
「そうか。アンリは、自分の意思で、森に行っているわけではないんだね?
良かった。それなら簡単だね」
「…僕の言葉、信じてくれたの?」
「信じるよ。君がこんなに必死で言っているのに、
嘘だと思う人なんか居るのかい?」
ジョシュアは、小さな子どもを、強く抱き締める。
「君が何に呼ばれても、必ず俺が迎えに行く」
「...ほんと?」
「うん。約束する。もう大丈夫だよ、アンリ」
***
月桂樹の森に、冷たい夜風が吹く。
アンリの身体は、とっくに冷えている。
早く寮に帰らないと、体調を崩しそうだ。
「さて、生徒代表殿。そろそろ寮に戻った方が良いよね?
全員強制参加のクリスマスパーティーに、
二人も姿が見えないと、彼等はまた騒ぎ出すから」
「うん…そうだね」
アンリの携帯が震える。
メールが来たようだ。携帯を開ける。
「ああ、もう騒ぎ出してるみたいだね。ほら、ユウタからメール。
僕達に、早く戻って来いってさ。君にも来てるんじゃない?」
ジョシュアの携帯も光っていた。おそらく同じ内容だろう。
少し迷ったが、携帯を開かずにポケットに仕舞った。
数歩先に進んでいたアンリが振り向く。
「どうしたの、ジョシュア?」
「…パーティには、少し遅れて行こう」
「何を言うの? 僕を連れ戻しに来たのは君でしょ?」
「俺はパーティーのメンバーを集めに来たんじゃない。
君を探しに来たんだよ。だから…」
アンリの目に、赤い瞳が映る。
強く気高い色の宝石に、一瞬、自分が映った。
ふわっと優しい香りに包まれる。
次に見たのは、月夜を背景にした月桂樹。
冷たい風が吹いて、大きな木がさわさわと揺れた。
枝葉の隙間から、月が妖しく輝いている。
月が、葉の影に隠れながら、僕達を見下ろしている。
「…ジョシュア。僕達、見られてるよ? 森と月にね」
「良いんだよ。森にも、月にも知って欲しいから。
君を守る者が居ることを。
何度攫われても、俺が必ず取り戻す。
何処に居ても迎えに行くよ、アンリ」
「わざわざ血筋に合った台詞を言う必要は無いんだよ?
それとも、君まで僕をお姫様扱いするつもり?」
「そう、だね。君が俺だけの姫で居てくれるなら」
「…勝手だね」
アンリの瞳にもう一度、赤い宝石が映る。
深い赤だ。
奥深くには澱んだ黒が潜んでいる。
強い色なのに。
一瞬で壊れそうな危うさをも秘めている。
このまま傍に居たら、魅入られてしまいそうだ。
いいや。もしかしたら、あの夜から――
アンリの携帯がまた震える。
しかし、その振動には気付かなかった。
ジョシュアのポケットから、携帯の光が瞬いている。
その騒がしい光でさえ、アンリの瞳には映らない。
月桂樹の森に、もう風は吹いていなかった。
「アンリ……」
夜の森は恐ろしい。
ただでさえ『森』が怖いのに。
僕は、ずっと此処に居たい、と願っていた。
fin
ただでさえ『森』が怖いのに。
どうして僕は、こんなところに居るんだろう――
気が付いた時、アンリは月桂樹の森に居た。
寮の明かりが遠い。
森の奥まで来ているらしい。
また呼ばれたんだ、この森に。
知らない間に、森に来て居るのはこれが初めてではない。
この森は、アルフォンソ王が創ったという伝説があるせいか、
とても強い力を帯びている。
僕の目は、常人には見えないものを映し出し、
心の奥に秘めた言葉すら読み取る。
僕は、悪魔の子だから。
誰も気付かない存在を感じる。
幼い頃からそうだった。
夜中、家から姿を消す僕は、決まって当時の記憶を失っている。
どうして出歩いたのかと問い質されても、『森に呼ばれたから』としか答えられない。
――あれは人の子ではない。悪魔の子だ。
大人達は気味悪そうに囁き合って、
僕の言葉を受け止めてくれる者は誰一人として居なかった。
この学院に、来るまでは。
「アンリ」
「ジョシュア...どうしたの、こんなところで?」
「探しに来たんだよ。
クリスマスパーティーが始まるのに、君が何処にも居ないから」
「パーティーのメンバー集めまで君の仕事?
ご苦労様だね、生徒代表殿」
「俺は、約束を守らなくてはいけないからね」
「約束?」
「君は呼ばれるんだろう? この森に」
ジョシュアは、真っ直ぐにその言葉を口にした。
幼い頃、誰にも信じて貰えなかった、僕の言葉を。
「君は、入学直後も、寮から姿を消した時があったよね。
何時間も探して、やっと見つけた時。
たった一人で、夜中の月桂樹の森に居た。
君は、森まで来た記憶を持っていなくて。
震える声で『森に呼ばれた』と言った」
「僕、そんなこと言ったかな? 4年も前のこと、よく覚えているね」
「忘れる筈が無いよ、あの夜を」
***
4年前。
ジョシュアは森でアンリを見つけた後、
まだ小さい手を引いて、ウーティス寮に戻った。
その間、ジョシュアは、幼い子どもに何も話し掛けなかった。
彼は、声も出さずに泣いていたから。
聞きたいことは山程あったけれど、
何も尋ねず、まだ震える小さな手を握っていた。
寮では、バトラーが心配して待っていた。
二人の無事な姿を見ると、ほっとした様子で「おかえりなさいませ」とだけ言った。
ジョシュアは、バトラーにホットチョコレートを頼み、
自分の部屋にアンリを連れて来た。
とりあえず、椅子に座らせる。
アンリは俯いたまま、自分の手をきつく握っている。
手を広げたらまた震えだすのではないか、と恐れているように見えた。
かろうじて泣き止んでいたが、
金色の瞳に溜まった涙は、いつ零れてもおかしくない状況だった。
これでは、何を言っても泣かせてしまうな。
ジョシュアは、アンリから話し出すのを待つことにした。
部屋には、時計の音だけが響く。
最初は全く動かずに居たアンリが、時が経つに連れ、表情が変わっていく。
どうしてこの人は何も言わないんだろう、とその顔には書いてあった。
先に沈黙を破ったのは、アンリだった。
「あの…」
「なに?」
「なんで、何も聞かないの? どうして森に居たの、とか」
「俺からは聞かないよ。君が、言いたいことを言えば良い」
「え?」
「君が、言いたくないのなら、言わなくて良いんだ。
もちろん、この部屋に居るのが嫌なら、自分の部屋に戻っても構わない。
此処ではね、君の好きにして良いんだよ、アンリ」
アンリは、言葉を失う程、驚いていた。
自分が森に行った後は、必ず質問責めに合い、
罵声を浴びせられ、影ではコソコソと囁かれる。それが毎度のことだった。
だから今回も、また色々聞かれるのだろうと覚悟していた。
なのに、この人は「自分からは聞かない」「嫌なら出て行っても良い」と言った。
どうして?
では何故、僕を此処に連れて来たの?
いつもなら、大人が口にしない言葉まで解るのに。
こんなに解らない人は初めてだ。
疑問符が浮かび続ける中、ドアをノックする音が聞こえた。
ジョシュアが扉を開けると、微かに甘い香りがした。
アンリの視線が、バトラーの手元に注目する。
白のティーポットとカップが2つ並んでいる。
「失礼致します。お飲み物をお持ちしました」
「ありがとう、バトラー。今日は色々心配させてしまったね」
「いいえ。お二人ともご無事で何よりでした」
「うん。そうだね。あ、後は俺がやるよ」
優秀な執事は、何も問わず、頭を下げる。
「畏まりました。おやすみなさいませ、ジョシュア様、アンリ様」
静かに扉が閉まった。
ジョシュアは、ティーポットを手に取って、2つのカップに注ぐ。
甘い、チョコレートの香りが流れてくる。
実際に味わなくとも、味の保証が出来そうだ。
カップをアンリの前に置くと、幼い瞳が見上げてくる。
「これはね、とても美味しいホットチョコレートなんだ。
飲んで良いよ。でも嫌なら、無理に飲まなくて良いからね」
幼い瞳が、ぱちくりと動く。
まただ。また、この人は、僕の自由にして良いと言った。
アンリは、目の前に出されたものに対して、
『君の自由にしていい』と言われたことなど無かった。
今まではそれを強要されるか、ずっと待たされるか、
それとも、目の前で奪われるか。
自分の自由に任されたことなど憶えていない。
今、目の前に居る人が、自分のカップに口付ける。
ただ、それだけの動作が、とても優雅に見えた。
アンリの前に置かれたカップからは、湯気が立ち上っている。
もう部屋中にカカオの香りが漂っていた。
アンリが、それまで握っていた手をゆっくり開く。
吸い寄せられるように、カップへと手を伸ばした。
両手で口元に運ぶ様子を、ジョシュアは静かに見守っていた。
アンリが、恐る恐る一口飲む。
こくっと喉が動いて、小さく息を吐いた。
その表情からは、もう先までの緊張した様子が消えていた。
ホットチョコレートは、その細い指先以外も温めてくれたらしい。
もう一口、もう一口と飲んでいき、すぐに全部飲んでしまった。
「気に入ったかい?」
幼い少年は、首を縦に動かす。
「そう。良かった。
島の食べ物はみんな変わった名前を持っているけれど、
これは特に個性的な名前でね、
『天使も惑う悪魔の誘惑』って言うんだ。面白い名前だよね」
ガタンと音がした。
アンリが、突然、カップをテーブルに置いたのだ。
それまで大事そうに抱えていたのに、まるでカップに怯えたように手から離した。
「どうしたの、アンリ?」
「てんし…あくま…」
この子の瞳が、急に恐怖と嫌悪に染まった。
飲み物を怖がっている?
いや、天使と悪魔という言葉自体に怯えているのか?
ジョシュアは、できるだけ優しく、同じ言葉を返す。
「天使と、悪魔?」
「やだ…天使も、悪魔も。どっちもぼくのことだから、嫌い….」
アンリの瞳から、ぽろぽろと雫が零れ落ちる。
「みんな僕のこと、天使って言うのにっ…
本当は、悪魔だって思ってる…
僕のこと嫌いんだ、みんな、みんなっ!」
ジョシュアは、泣き出す子どもを見つめながら、
学院の理事に言われた言葉を思い出した。
今度、入学するサン・ジェルマン家のご子息は、特別な子でね。
彼を君が居る寮に入れたいんだ。いいかね?
はい。構いませんが、特別、というのは?
人の心が読めるそうだよ。それに、誰の目にも映らないものが見える。
どうやら、実の父親にも疎まれているようなんだ、
『お前は、悪魔の子だ』と。
子どもは、泣き続けている。
ジョシュアは無意識に手を伸ばしていた。
小さな身体が、腕の中に収まる。
アンリは、何が起こったか解らない。
涙は止まり、息をすることも、忘れた。
頭の上から柔らかい声が降って来る。
「俺は、君のこと、悪魔だなんて思わないよ」
嘘だ! そう叫ぼうとしたのに、アンリは声が出なかった。
解ったからだ。
この人は、嘘を言っていない。
僕のことを、嫌っていない。
「今まで辛い想いをしたんだね、アンリ。
でも、もう大丈夫。
この学院に居れば、もう怖いことなんて無いんだよ?」
優しい声。
この人なら、僕の言葉を信じてくれるかもしれない。
いや、信じてくれなくてもいい。
――君が、言いたいことを言えば良い。
この人は、さっきそう言った。
だから、僕が、言いたいことを言うだけだ。
アンリは、今まで自分で禁じてきた言葉を口にする。
「…森に、呼ばれるの」
「森に、呼ばれる?」
「気が付いた時には、もう森に居るの…
どうしてなのか解らないの…
僕が行きたくて行っているんじゃないっ。
森が勝手に、僕を呼ぶんだよ。
嘘じゃないんだ。お願い、信じてっ! 信じてよ…」
信じてくれなくてもいいと思って言ったのに。
僕の口は「信じて」と叫んでいた。
ずっと、信じて欲しかった。
悪魔なんて呼ばないで欲しかった。
アンリ、と僕の名で呼んで欲しかっただけなのに。
「そうか。アンリは、自分の意思で、森に行っているわけではないんだね?
良かった。それなら簡単だね」
「…僕の言葉、信じてくれたの?」
「信じるよ。君がこんなに必死で言っているのに、
嘘だと思う人なんか居るのかい?」
ジョシュアは、小さな子どもを、強く抱き締める。
「君が何に呼ばれても、必ず俺が迎えに行く」
「...ほんと?」
「うん。約束する。もう大丈夫だよ、アンリ」
***
月桂樹の森に、冷たい夜風が吹く。
アンリの身体は、とっくに冷えている。
早く寮に帰らないと、体調を崩しそうだ。
「さて、生徒代表殿。そろそろ寮に戻った方が良いよね?
全員強制参加のクリスマスパーティーに、
二人も姿が見えないと、彼等はまた騒ぎ出すから」
「うん…そうだね」
アンリの携帯が震える。
メールが来たようだ。携帯を開ける。
「ああ、もう騒ぎ出してるみたいだね。ほら、ユウタからメール。
僕達に、早く戻って来いってさ。君にも来てるんじゃない?」
ジョシュアの携帯も光っていた。おそらく同じ内容だろう。
少し迷ったが、携帯を開かずにポケットに仕舞った。
数歩先に進んでいたアンリが振り向く。
「どうしたの、ジョシュア?」
「…パーティには、少し遅れて行こう」
「何を言うの? 僕を連れ戻しに来たのは君でしょ?」
「俺はパーティーのメンバーを集めに来たんじゃない。
君を探しに来たんだよ。だから…」
アンリの目に、赤い瞳が映る。
強く気高い色の宝石に、一瞬、自分が映った。
ふわっと優しい香りに包まれる。
次に見たのは、月夜を背景にした月桂樹。
冷たい風が吹いて、大きな木がさわさわと揺れた。
枝葉の隙間から、月が妖しく輝いている。
月が、葉の影に隠れながら、僕達を見下ろしている。
「…ジョシュア。僕達、見られてるよ? 森と月にね」
「良いんだよ。森にも、月にも知って欲しいから。
君を守る者が居ることを。
何度攫われても、俺が必ず取り戻す。
何処に居ても迎えに行くよ、アンリ」
「わざわざ血筋に合った台詞を言う必要は無いんだよ?
それとも、君まで僕をお姫様扱いするつもり?」
「そう、だね。君が俺だけの姫で居てくれるなら」
「…勝手だね」
アンリの瞳にもう一度、赤い宝石が映る。
深い赤だ。
奥深くには澱んだ黒が潜んでいる。
強い色なのに。
一瞬で壊れそうな危うさをも秘めている。
このまま傍に居たら、魅入られてしまいそうだ。
いいや。もしかしたら、あの夜から――
アンリの携帯がまた震える。
しかし、その振動には気付かなかった。
ジョシュアのポケットから、携帯の光が瞬いている。
その騒がしい光でさえ、アンリの瞳には映らない。
月桂樹の森に、もう風は吹いていなかった。
「アンリ……」
夜の森は恐ろしい。
ただでさえ『森』が怖いのに。
僕は、ずっと此処に居たい、と願っていた。
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