「テオ、テオー。その床屋さん、森の中にあるの?」
「そうなのだよ。こじんまりとした可愛らしいログハウスでね?」
テオは、今年シュヌーシア寮に入った中等部一年生を連れて、森を歩いていた。
理髪店に初来店した日のことは今でもはっきり覚えているが、
あれは四年前の話になる。早いものだとテオはしみじみ思う。
今では自分も高等部二年生。もう上級生と呼ばれる立場だ。
いつしかマージナルプリンス御用達の理髪店に新入生を案内する側になっていた。
「私が初めて行った時は、『白雪姫』に出てくる、
小人達のおうちみたいだなあと思ったものだよ」
「小人のおうち?」
今、テオの右手と手を繋いでいるのは、中等部一年生のラビ。
長くなってきたサラサラの栗毛が眉にかかっている。
「うん。まるで絵本に出てくるような、不思議な雰囲気があるんだ。
まさかこんなところにこんなものが? という驚きも含めてね?」
「森の中に床屋があるのは解ったんだけどさー」
ラビと似た栗毛だが、こちらはクセが強く、縦横無尽に跳ねている。
口を尖らせているは、テオの左手に手を握られている中等部一年生、レオンだった。
「なんで、床屋行くのに、手を繋いで歩いてるわけ? 俺達」
テオを真ん中にして、三人は手を繋いで歩いていた。
寮からここまでご機嫌で手を振っていたテオは目をぱちくりさせた。
「おや、レオン。三人で仲良く歩くのは、嫌だったかい?」
「嫌っていうか、恥ずかしいだろ、普通。俺、もう13なんだけど」
テオは急にしょんぼりする。
「じゃあ、手、離そうか」
「テオ! 僕とは手繋いでて良いよ」
ラビがテオを励ました。
「レオンも! 床屋さんに着くまでなら良いでしょ?」
レオンは空いている左手で頬を掻く。
「もー、しょうがねえなあ」
「良かった! じゃあ、お店に着くまでこのまま! 良かったね、テオ!」
「うんっ! ありがとう!」
繋いだ手を交互にブンブン振り、更にご機嫌なリズムを刻む。
テオの右側でラビは笑っていたが、左側に居るレオンは「コドモだな」と呟いていた。
三人は、というよりテオが、森の動物や花を愛でながら、森を歩いていた。
あちらへフラフラ、こちらへフラフラしながら、少しずつ森の奥へ進んだ。
「こんにちはー! ピッチピチの一年生を連れて来ましたよー!」
小さなログハウスに到着すると、テオが元気良くドアを開けた。
初来店のラビとレオンは、店の中をキョロキョロと見回しながら、入っていった。
初めに感じたのは木の良い匂い。内装も落ち着いた木の色合いだ。
入口から見て、右側の壁に大きな鏡がある。
鏡の前には散髪時に使う大きな椅子が2脚。
その背中側にはローテーブルを挟んでロングソファが2つ置いてある。
店の奥には、髪を洗い流す場所が二人分あった。
散髪用の椅子の側には、ロマンスグレーのおじいさんが立っていた。
その後方には、黒の長いストレートヘアのお兄さんが控えていた。
二人とも優しい雰囲気を持つ人で、何か話しているところだった。
テオ達の姿を見たおじいさんは、目尻に皺を寄せる。
「これはテオ様、と初めてのお客様ですね? ようこそ、いらっしゃいました」
胸に手をあて、頭を下げる。洗練された丁寧な所作。
まるでバトラーのように紳士的な人だ。
「テオ様はお付き添いですね? ではこちらのソファへどうぞ」
「はーい」
テオはグリーンのロングソファに通される。
そのソファは散髪している光景が見えるように配置されていた。
「お二方はこちらへお掛け下さい」
おじいさんとお兄さんが、それぞれ散髪用の椅子を引いてくれた。
先にラビがおじいさんのほうへ向かったので、レオンはお兄さんのほうへ行った。
正面にある大きな鏡には、新入生二人とその後ろに理髪師二人が映る。
おじいさんがにこりと微笑みながら、自己紹介した。
「初めまして。私はアンシュと申します。そして、こちらが」
「ヴィティスでございます」
長い黒髪のお兄さんが礼をした。おじいさんは優しい笑顔で、
「お二方はシュヌーシアに入られた、ラビット様とレオン様ですね?」
「どうして僕達の名前知ってるの?」
ラビに問われて、おじいさんが穏やかな笑顔を見せる。
「先日、テオ様より伺いましたので」
鏡越しにテオがピースをしている手が見えた。
「さて。ラビット様、今日はどう致しましょう」
「えっと。あのね、ちょっと切ってくれるだけで良いの。前髪伸びてきたから」
隣の席でお兄さんがレオンに尋ねる。
「レオン様はいかが致しますか」
「俺もそんなかんじ。テキトーに切ってくれれば良いから、任せる」
「畏まりました。それでは揃える程度に致しましょう」
カットのプランが決まったようだ。
理髪店にチョキチョキと鋏の音が鳴り始めた。
ソファの側には最新の雑誌やコミックスが用意されているのだが、
今日のテオはそれらに手を伸ばさなかった。
理髪師達の仕事振りを拝見しつつ、可愛い新入生達を愛でようと決めていたのである。
「あの、テオ様、お待ちの間、紅茶とクッキーはいかがでしょうか」
店の奥から、三人目の理髪師が現れた。
三人の中では一番年若い。髪は淡いブラウンの天然パーマ。
彼が運んできたトレイの上には、ティーポットとティーカップ、
そしてクッキーが入ったカゴを乗せていた。
「おや、プラタノ。今日は姿が見えないから、お休みの日かと思ったけれど」
「ええ、まあ。実は休みなんですけど。あ、どうぞ」
紅茶を置かれたテオはありがとうと言った。ベルガモットの良い香りだ。
三人目の理髪師は、もじもじと話した。
「あの、今日はテオ様が新入生の方を連れて、おいでになると聞いて。
これ、焼いてきたんです。さっき」
レースを敷いたカゴには焼きたてのクッキー。ほんのりと甘い匂いがする。
「テオ様のお口に合えば、良いんですけど」
やや俯きながら差し出した。テオは大きなリアクションで喜んだ。
「ありがとう! これはまた、香りからして美味しそうだ。
おや。これはバナナの香りかな?
ということはお得意のバナナクッキーかい?」
「は、はい。この前、テオ様が美味しいと言って下さったので……」
「覚えていてくれたのだね! 嬉しいよ!
プラタノが作るバナナクッキーは、
我がシュヌーシアのシェフにも劣らない程だからねえ」
「いえいえ。そんなまさか。ドニさんの作るお菓子とは比べ物にならないですよ」
「いやいや。プラタノはお菓子作りは趣味と言うけれどね?
プロにも匹敵する腕前だと思うよ私は。早速、一枚頂いても良いかな?」
「ああ、はい。どうぞどうぞ」
「うん、うん。やはりプラタノのバナナクッキーは絶品だね!」
散髪中の新入生達が声が上がる。
「テオ、クッキー食べてるの? 僕達の分も残しておいて!」
「一人でズルイぞ、テオ! 俺も食いたい!」
理髪師のおじいさんが微笑んでこう言った。
「では一枚だけ、先にお口に入れて差し上げては?」
やったあ、と歓声が上がった。
三人目の理髪師が新入生の元へ行き、手作りクッキーを差し出す。
「は、初めまして。プラタノと申します」
人見知りなのか、ぼそぼそと挨拶していた。
そして、また理髪師達は、チョキチョキと軽快に髪を切っていく。
テオには、紅茶に口付けながら、時に皆とのお喋りに加わり、
時に、理髪師達が奏でるリズムに耳を傾け、楽しい午後を過ごしていた。
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