■シルヴァンの『秘密』をご存知の方向け
■ジョシュア×シルヴァン +ユウタ
■重いです。一人、女性が出ます。
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「僕をモデルに…?」
「そ! 美術の課題『友達のデッサン』なんだよー。
提出が明日なのすっかり忘れてて…お願いっ、シルヴァン!」
ユウタがパンと両手を合わせる。
目を瞑って、次に聞こえてくるであろう
「良いですよ」というセリフを待っていた。
しかし、耳に入ったのは、期待とは違う言葉と、
シルヴァンにしては珍しい戸惑った声だった。
「絵、ですか…」
「えっ? ダメっ!?」
「あの…君の周りには、僕よりモデルに適した人がたくさん居るでしょう?」
「ううん、シルヴァンしか居ないんだっ!」
「そんな…あ、アンリはどうです? モデルより綺麗でしょう?」
「全然ダメ。即行拒否された…無言だったけど」
「…そうですか、可哀想に。ではレッドは? 彼なら快諾ですよ」
「レッドはダメだよ。長い時間、じっとしてらんないもん。俺、描くの遅いし」
「ではハルヤは? 彼なら大人しいですし」
「ハルヤには頼んでみたんだけど『恥ずかしいし、めんどくさいから』って」
「あ。ジョシュアが居るじゃないですか! 彼なら嫌とは言いませんよ!」
「今日、忙しいんだって。生徒代表の仕事があるみたい」
「拠りによって…では、ミハイルには聞いてみましたか?」
「これからカウンセリングがあるからって。『ごめんね』って言わせちゃった」
「成程。それで僕しか居ない、というわけですか」
「うん。…どう、かな?」
「そんな仔犬のような目で見ないで下さい…仕方、ありませんね」
「ありがとっ!」
ウーティス寮の音楽サロンに連れて行かれる。
今では誰も使っていない部屋だ。
グランドピアノがぽつんと佇んでいる。
ユウタは、ピアノの椅子を動かして、
自分の向かいに置く。
「じゃ、シルヴァン、そこに座ってくれる?」
「はい」
「あ。終わるまで動いちゃダメだからね?」
「…ええ」
シルヴァンの頭の中で幻聴が響く。
――では、その椅子に座って?
――いい? 動いてはダメよ?
「ちょっと、シルヴァン、シルヴァン!」
「…は、はい?」
「どうしたの…急にこんな汗かいて…」
「え…」
額が少し濡れていた。
頬も熱い。
指先だけが冷えている。
「シルヴァン、大丈夫? …この部屋、別に暑くないよね?」
「すみません。僕、少し具合が悪いみたいですね…」
「俺、保健室、連れて行くよ」
「いえ。一人で行けますから」
「でもっ…」
「ユウタはモデルを探さなくてはいけないでしょう?
ハルヤに、もう一度頼んでみて下さい。
きっと了承してくれますよ。彼、二度目は断れないんです」
「え。そうなの…?」
シルヴァンは腕時計を見る。
「ええ。今なら、まだ寮に居る筈です。
でも早くしないと、何処かに行ってしまうかもしれませんよ?」
「う、うん。解ったよ」
ユウタが行ってしまうと、
シルヴァンは、ふう、と細く息を吐いた。
「参りましたね…10年以上前のことなのに…」
目を閉じる。
過去の残像が甦る。
僕をモデルに絵を描きたい、と前にも言われた。
声が聞こえてくる。
温かくて優しい。
母の声。
――デッサンが終わったら、一緒にお茶にしましょう?
今、あの絵は何処にあるのだろう。
母が僕を描いたのはあの一枚だけなのに。
やはり、処分されてしまったのだろうか。
家族と繋がりのある品は、持つことを許されなかった。
燃やされたのだろうか。
全てを隠滅する為。
名前と一緒に。
――貴方が大きくなっても、また描かせてくれる?
ユウタは寮の廊下を歩いていた。
ハルヤの部屋に行ったのだが、もう部屋は空っぽだった。
「どうしよう…」
「ユウタ、どうしたんだい?」
「あれっ? ジョシュア、お仕事はもう終わったの?」
「うん。思ったより早くね。そうだ、絵のモデルは見つかったのかい?」
「ううん。それがみんなダメで…あ、ジョシュア!
お仕事終わったんなら、頼んでも良いかな?」
「うん。俺で良ければ」
「やったあ!」
ユウタは音楽サロンにジョシュアを連れて来る。
音楽サロンには誰も居ない。
ユウタが呟く。
「…ちゃんと保健室行ったかな」
「保健室?」
「あ。さっきね、シルヴァンにモデルを頼んだんだけど、
途中で具合が悪くなったみたいで…」
「シルヴァンに?」
「うん」
「…何か、思い出があるのかもしれないね。
シルヴァンのお母さんは、絵を描くのが好きだそうだから」
「えっ!?」
「確か、シルヴァンがそう言っていたと思う。
ユウタに絵を描きたいと言われて、昔のこと、思い出したんじゃないかな」
「…どうしよ…俺、悪いことしちゃったんだ…謝んなきゃっ…」
「待って、ユウタ。シルヴァンのことは、そっとしておいてくれないか?」
「でも…」
「彼なら大丈夫だよ。それより、ユウタは早く絵を描かないとね?」
「…そうだね、解ったよ。じゃ、ジョシュア、そこに座って?」
「うん」
ユウタがジョシュアを見つめる。
最初こそ、ユウタの方が照れるくらいだったが、
状況に慣れるにつれて、目つきが真剣味を帯びていく。
ジョシュアを友人としてではなく、
デッサンの対象物として見る目に変わっていった。
ジョシュアは座っている間、
ずっとシルヴァンのことを考えていた。
ジョシュアはモデルが終わった後、
月桂樹の森へと向かった。
きっと、シルヴァンは此処に居る、と思ったから。
「…ユウタには彼を放っておくように言ったのにな」
森の奥に着く。
木に凭れる長い髪。
やはり居た。
シルヴァンだ。
幹に背を預け、空を仰いでいる。
ジョシュアは静かに近付いて行く。
すぐ後ろに立つ。
俺に気付いた様子は無い。
彼の背後が取れるなんて、通常有り得ないことだ。
呼び掛けると、一瞬だけ驚きの表情を見せたが、
すぐに笑顔の下に隠された。
「ジョシュアもお昼寝ですか?」
「…いや。さっき、ユウタに会ったよ」
シルヴァンの笑顔が消える。
「ユウタに…」
「俺が絵のモデルを引き受けておいた。今、終わったところだよ」
「そう、ですか。…すみません、ジョシュア」
「ううん。君が謝ることじゃないよ。
…お母さん、絵を描くのが好きだと言っていたよね」
「そんなこと、言いましたか、僕…」
「うん。それから、両親は会えないところに居ると。
…会えるのに、会えないのも辛いよね」
「えっ…」
「俺の両親はもう亡くなっているから会えないと解っているけれど。
生前、母はボランティアで世界を飛び回っていて、
俺は殆ど会えなかった。そんな彼女が誇りではあったけれど、
やっぱり、俺は寂しかったんだ」
「ジョシュア…」
「母さんは生きていて、会える筈なのに、
どうして、俺は会えないんだろう、って思っていた」
「…僕も、です」
「うん」
「母は、僕の絵をまた描きたいと言っていました。
彼女の前で静かに座っていること、たったそれだけのことなのに。
今の僕には、それすら叶えられません…」
「ユウタの前に座った時に、そう思ったんだね?」
「…はい」
「そうか…シルヴァン、俺、もう少し此処に居て良いかな?」
「はい…ありがとうございます」
ジョシュアは、シルヴァンと反対側に腰を下ろす。
同じ幹に背を預ける。
空は悲しい程、真っ青だった。
fin