■アイヴィー×ソクーロフ ショート
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「うわ、居た。こんな時間まで何やってんの?」
アイヴィーが保健室のドアを開けた時、ソクーロフは机に向かっていた。保健医は窓を見て、
「もう夜か」
「気付かなかったんかい。つーか、ちょっと寒いよ、この部屋」
いくら常春の聖アルフォンソ島でも冬の夜は冷える。
「ああ、暖房を入れるのを忘れていた」
「あんた、集中すると、周り見えなくなるよねー」
アイヴィーはソクーロフの背凭れに手を置く。
「ね。もしかして、上、生徒居んの?」
二階はベッドルーム。稀な例だが、生徒を此処に寝泊まりさせる場合がある。
症状が重い場合は、保健医も一昼夜付き添い、世話をするのだ。
「いいや。生徒のカウンセリングについて考えていたら、夜になっていただけだ」
「なんか問題ある生徒でも居んの?」
「警備組織に報告が必要な例ではない」
「あっそ」
「何しに来た」
「あんたの放置プレイがヒドイから、こっちから襲いに来たんだよ」
椅子に手を置いたまま、上体を屈めた。
fin
アイヴィーが保健室のドアを開けた時、ソクーロフは机に向かっていた。保健医は窓を見て、
「もう夜か」
「気付かなかったんかい。つーか、ちょっと寒いよ、この部屋」
いくら常春の聖アルフォンソ島でも冬の夜は冷える。
「ああ、暖房を入れるのを忘れていた」
「あんた、集中すると、周り見えなくなるよねー」
アイヴィーはソクーロフの背凭れに手を置く。
「ね。もしかして、上、生徒居んの?」
二階はベッドルーム。稀な例だが、生徒を此処に寝泊まりさせる場合がある。
症状が重い場合は、保健医も一昼夜付き添い、世話をするのだ。
「いいや。生徒のカウンセリングについて考えていたら、夜になっていただけだ」
「なんか問題ある生徒でも居んの?」
「警備組織に報告が必要な例ではない」
「あっそ」
「何しに来た」
「あんたの放置プレイがヒドイから、こっちから襲いに来たんだよ」
椅子に手を置いたまま、上体を屈めた。
fin
■ロレートシナリオ最終話
■長期プレイ、ありがとうございました!
■長期プレイ、ありがとうございました!
「私でお役に立てるなら。ジョシュア殿下に忠誠を誓います。これからもお側に、置いて頂けますか、殿下」
「ありがとうございます」
その時の笑顔は、今まで見た中で一番嬉しそうに見えた。
「俺も誓います」
深紅の瞳に見つめられる。
「立派な国王になること、それから、貴方を守ること」
「私を?」
「アンリが誘拐された時、貴方は自分を盾にして、俺を逃がそうとしてくれました。
アンリが言っていたように、任務の上では正しい行動だったと思います。だけど、
俺は怖かった。貴方を失うかもしれないと思ったら、堪らなく、怖かった」
次の瞬間、私は殿下の腕の中に居た。
「お願いです。もう俺の側から離れないで。ずっと側に居て下さい」
潮の香りが風に乗って流れてくる。
聖アルフォンソ島の空港に到着した。正式に殿下専任の側近となってからは初めてだ。
駐車場へ向かう途中、男二人が言い争う声が聞こえてきた。
声を辿り、路地裏を覗くと、いつか見た光景。
「このっ…何してんだよ、ディーノ」
「挨拶だよ、挨拶。イタリアじゃ普通だぜ?」
「ウソこけっ」
アイヴィー様が、壁とマンゾーニに挟まれている。
今日のマフィアは気障な白いコートに黒のワイシャツ。真っ赤なネクタイ。相変わらず趣味が普通でない。
「あんたなあ、用が済んだらチャッチャッと、おうち帰りなさいって言ってんでしょうがっ」
「もうすぐラルちゃんが来んだろ? 俺にもあのドM顔、拝ませろよ」
「ダメ! ラルちゃんが減る! つーか、俺の立場も考えて、マジで!」
「立場? 俺のマブだろ?」
「じゃなくて! 俺は、あんたと仲良く立ち話してるトコ、誰かに見られちゃマズイわけ」
「ああ。禁断の関係ってヤツな」
「や、ちょ、ディーノ。やだっ」
「俺、禁忌を犯すの超スキ」
私は声を上げた。
「マンゾーニ、またお前は…アイヴィー様にご迷惑を掛けるな」
「あっ、ラルちゃん!」
「やっと来たか」
イタリア顔の男がこちらに向かって来る。
「俺のことは、マンゾーニじゃなくて、ディーノって呼んでくれてイイんだぜ?」
マフィアのウインクに鳥肌が走る。奴は馴れ馴れしく話し掛けてきた。
「久し振りだな、元気だったか? ラルちゃん」
「ああ」
「俺様がピンチを救ってやった王子様も、元気にしてるか?」
「…ああ」
「そいつは何よりだ」
恩着せがましい。
望んだわけではないのに、この男に恩を売られてしまった。アイヴィー様の二の舞だ。
「なあ、ラルちゃん。今度、俺んちに遊びに来ないか?」
「お前の家だと…何の為に…」
「ママが『島でできた友達みんな、一度晩ご飯に招待したら?』
って言ってくれてんだよ。サイコーだぜ、ママのパスタは。アイヴィーも来んだろ?」
「誰が行くかー!」
マフィアと親睦を深めるわけにはいかない。
ロレート公国とマフィアに親交があるなどと世間に知れたら、大スキャンダルだ。
「これから殿下をお迎えに行くので、そろそろ失礼する」
「ツレナイな。ますますスキになっちまうだろ?」
イタリアの男は唐突に私の手を取った。
「またな、仔猫ちゃん」
私の手の甲で髭の感触がした。
聖アルフォンソ学院正門前に着くと、既に殿下のお姿があった。
主より遅れて到着するなど、あってはならないことだ。
「お待たせして、申し訳ありません、殿下」
「そんな、俺がちょっと早かっただけですから、気にしないで下さい」
殿下を車にお乗せする。赤信号で止まった時、殿下が口を開いた。
「ラルヴィスさん。お願いがあるんです」
「何なりとどうぞ、殿下」
と言っても、あまり高額なものは困るが。殿下の為にグランドピアノも購入してしまったし。
「何をご所望ですか?」
「あの、公の場では仕方がないですけど、二人きりの時は名前で呼んで欲しいんです」
何かと思えば。
「畏まりました、ジョシュア様」
信号が青になる。
殿下を乗せて、車は走り出した。
fin
「ありがとうございます」
その時の笑顔は、今まで見た中で一番嬉しそうに見えた。
「俺も誓います」
深紅の瞳に見つめられる。
「立派な国王になること、それから、貴方を守ること」
「私を?」
「アンリが誘拐された時、貴方は自分を盾にして、俺を逃がそうとしてくれました。
アンリが言っていたように、任務の上では正しい行動だったと思います。だけど、
俺は怖かった。貴方を失うかもしれないと思ったら、堪らなく、怖かった」
次の瞬間、私は殿下の腕の中に居た。
「お願いです。もう俺の側から離れないで。ずっと側に居て下さい」
潮の香りが風に乗って流れてくる。
聖アルフォンソ島の空港に到着した。正式に殿下専任の側近となってからは初めてだ。
駐車場へ向かう途中、男二人が言い争う声が聞こえてきた。
声を辿り、路地裏を覗くと、いつか見た光景。
「このっ…何してんだよ、ディーノ」
「挨拶だよ、挨拶。イタリアじゃ普通だぜ?」
「ウソこけっ」
アイヴィー様が、壁とマンゾーニに挟まれている。
今日のマフィアは気障な白いコートに黒のワイシャツ。真っ赤なネクタイ。相変わらず趣味が普通でない。
「あんたなあ、用が済んだらチャッチャッと、おうち帰りなさいって言ってんでしょうがっ」
「もうすぐラルちゃんが来んだろ? 俺にもあのドM顔、拝ませろよ」
「ダメ! ラルちゃんが減る! つーか、俺の立場も考えて、マジで!」
「立場? 俺のマブだろ?」
「じゃなくて! 俺は、あんたと仲良く立ち話してるトコ、誰かに見られちゃマズイわけ」
「ああ。禁断の関係ってヤツな」
「や、ちょ、ディーノ。やだっ」
「俺、禁忌を犯すの超スキ」
私は声を上げた。
「マンゾーニ、またお前は…アイヴィー様にご迷惑を掛けるな」
「あっ、ラルちゃん!」
「やっと来たか」
イタリア顔の男がこちらに向かって来る。
「俺のことは、マンゾーニじゃなくて、ディーノって呼んでくれてイイんだぜ?」
マフィアのウインクに鳥肌が走る。奴は馴れ馴れしく話し掛けてきた。
「久し振りだな、元気だったか? ラルちゃん」
「ああ」
「俺様がピンチを救ってやった王子様も、元気にしてるか?」
「…ああ」
「そいつは何よりだ」
恩着せがましい。
望んだわけではないのに、この男に恩を売られてしまった。アイヴィー様の二の舞だ。
「なあ、ラルちゃん。今度、俺んちに遊びに来ないか?」
「お前の家だと…何の為に…」
「ママが『島でできた友達みんな、一度晩ご飯に招待したら?』
って言ってくれてんだよ。サイコーだぜ、ママのパスタは。アイヴィーも来んだろ?」
「誰が行くかー!」
マフィアと親睦を深めるわけにはいかない。
ロレート公国とマフィアに親交があるなどと世間に知れたら、大スキャンダルだ。
「これから殿下をお迎えに行くので、そろそろ失礼する」
「ツレナイな。ますますスキになっちまうだろ?」
イタリアの男は唐突に私の手を取った。
「またな、仔猫ちゃん」
私の手の甲で髭の感触がした。
聖アルフォンソ学院正門前に着くと、既に殿下のお姿があった。
主より遅れて到着するなど、あってはならないことだ。
「お待たせして、申し訳ありません、殿下」
「そんな、俺がちょっと早かっただけですから、気にしないで下さい」
殿下を車にお乗せする。赤信号で止まった時、殿下が口を開いた。
「ラルヴィスさん。お願いがあるんです」
「何なりとどうぞ、殿下」
と言っても、あまり高額なものは困るが。殿下の為にグランドピアノも購入してしまったし。
「何をご所望ですか?」
「あの、公の場では仕方がないですけど、二人きりの時は名前で呼んで欲しいんです」
何かと思えば。
「畏まりました、ジョシュア様」
信号が青になる。
殿下を乗せて、車は走り出した。
fin
■ロレートシナリオ
「申し訳ありません、殿下」
私は頭を下げた。
「お言葉、身に余る光栄です。ですが、この身はカーディス様のもの。
あの御方のお側に居ることをどうかお許し頂きたく存じます」
私の手から、殿下の手が離れていく。
「…解りました。すみません、俺、貴方を困らせるようなことを言って」
「いいえ。ご期待に添えず、申し訳ございません。
殿下ならば、私などが居なくとも、ご立派に皇太子、国王をお務めになるでしょう。
けれど、あのろくでもない御人は、口煩い人間が補佐、監視しなくてはなりませんから」
私は一歩下がって、再び頭を下げた。
「おやすみなさいませ、殿下」
「はい。おやすみなさい」
ドアを閉める。私は在るべき場所に向かった。
「レイナです。失礼致します」
ドアが開くのを待たずにこちらから開けた。
陛下の寝室。エメリーが陛下に白ワインを注いでいるところだった。
私は二人の側に歩いていく。陛下は一口飲まれてから仰った。
「どうした、ラルヴィス。お前を呼んだ覚えはないが?」
「私には陛下にお話したいことがございます。エメリー、外してくれ」
「畏まりました、レイナ閣下」
グラスに残っていたワインを飲み干し、席を立つ。
「では、陛下。交代の時間みたいなんで、私はこれで」
陛下が呼び止める。
「エメリー。俺は、下がれとは言っていないぞ」
「スミマセン。私の上官の仰せなんで。美味しいワイン、ごちそうさまでした」
どうぞごゆっくり、と言って退出した。
寝室は陛下と私だけになる。
「従順な部下を持っているな、ラルヴィス」
「お褒め頂き、恐れ入ります」
灰皿には数本の吸い殻。寝室は陛下の煙草の香りがした。
「何の用だ」
「お休み前に申し訳ありません。主を決めろ、との仰せについて、
決定致しましたので、ご報告に上がりました」
陛下の後方に立つ。
「私が居なければ何もできないくせに。私を捨てないで下さい」
「失礼な」
私は膝を着き、頭を下げる。
「いつか玉座を降りようと関係ありません。私の主はカーディス様、貴方お一人です」
「利口ではないな」
「ええ。仕方ありません。私は陛下の右腕ですから」
「口の悪い臣下を持ったものだ」
***
ロレート王室の庭。空は青く澄み渡っている。
王は月桂樹の幹に背を預け、座っていた。側近の目を盗み、執務室から脱走してきたのだ。
目を閉じると、より青い香りを感じられる。うとうとする。気持ちが良い。
「まーた、レイナとかくれんぼしてんですか?」
王が目を開けると、エメリーが身を屈めていた。
「ああ。定期的に光合成が必要なのでな」
「では私も。お隣、失礼しまーす」
臣下は同じ幹に腰を下ろして、思い切り両腕を伸ばす。
「うーん。確かに定期的に光合成が必要かも」
「だろう?」
「そういや、陛下と二人きりって久し振りですね。
ちょーっと前までは、私を夜な夜な寝室に連れ込んでたくせに。
レイナ閣下を専任に戻してからは、それっきりポイでしょ?」
「拗ねていたのか?」
「いーえ。私はラテじゃありませんから」
「エメリー、腕は、もう良いのか?」
「ええ、もうすっかり。私の回復力、トカゲ並なんで」
「そうか。俺のせいで、怪我を負わせてすまなかった」
「あのねえ。謝れるんなら、なんであんなこと…」
「ん?」
「あの時、陛下が仰ったザレゴトですよ。俺、言ってませんから、誰にも。
『俺にはこんな最期が相応しい』だとか『俺の役目は終わっている』だとか。
さすがの陛下も、暗殺者を前に気が動転していたってことで、
今回はトクベツに聞かなかったことにしてあげますから、もう二度と口にしないで下さいね。
あんたが全ての奴をバカにすんのも、いい加減にしねえと、あいつは俺が奪いますよ」
「お前に奪えるのか?」
「あ。カチーンと来ましたよ、コレ」
臣下は立ち上がる。
「私、失礼致します。陛下がこちらにいらっしゃると、レイナ閣下にチクってきますので」
礼をして、立ち去ろうとする。
「エメリー」
「はい?」
「二度と口にしない」
「そーして下さい」
***
私はエメリーから知らされた通り、陛下のお姿を庭で見つけた。
月桂樹を椅子にして、お休みになっていた。
陛下、とお呼びすると、薄目で私の姿を確認し、また閉じた。
「少し休んで行け、ラルヴィス。お前も本当は眠いだろう?」
「お気遣いなく。陛下がお溜めになった書類が滞っておりますので」
「少しくらい休憩しても良いだろう。今日はジョシュアも居ないしな」
「殿下がいらっしゃらない日だからと言って、抜け出されては困ります」
「ああ、そうか」
「やっとご理解頂けましたか?」
「ジョシュアが邸に住んでからは、こう自由に休むことも叶わんな」
「殿下のご卒業が待ち遠しいですね。さあ、執務室に戻りましょう、陛下」
「ラル」
陛下は座ったまま、私の右手首を掴んだ。
「何です?」
「話がある」陛下は真面目な顔をして仰った。
「10分で済むから、そこに座れ。ああ、膝を折ってな」
私は言われた通り、膝を折って座る。すると陛下は、よし、と笑って御身を倒した。
陛下の頭が私の膝に乗る。そのまま、陛下は目を閉じた。
「あの、陛下?」
「なんだ」
「お話は?」
陛下は口髭を歪め、ニヤリと笑う。
「ない」
午後の木漏れ陽が王の髪を照らしている。私は自分の手首を覗く。
「10分だけですよ」
fin
私は頭を下げた。
「お言葉、身に余る光栄です。ですが、この身はカーディス様のもの。
あの御方のお側に居ることをどうかお許し頂きたく存じます」
私の手から、殿下の手が離れていく。
「…解りました。すみません、俺、貴方を困らせるようなことを言って」
「いいえ。ご期待に添えず、申し訳ございません。
殿下ならば、私などが居なくとも、ご立派に皇太子、国王をお務めになるでしょう。
けれど、あのろくでもない御人は、口煩い人間が補佐、監視しなくてはなりませんから」
私は一歩下がって、再び頭を下げた。
「おやすみなさいませ、殿下」
「はい。おやすみなさい」
ドアを閉める。私は在るべき場所に向かった。
「レイナです。失礼致します」
ドアが開くのを待たずにこちらから開けた。
陛下の寝室。エメリーが陛下に白ワインを注いでいるところだった。
私は二人の側に歩いていく。陛下は一口飲まれてから仰った。
「どうした、ラルヴィス。お前を呼んだ覚えはないが?」
「私には陛下にお話したいことがございます。エメリー、外してくれ」
「畏まりました、レイナ閣下」
グラスに残っていたワインを飲み干し、席を立つ。
「では、陛下。交代の時間みたいなんで、私はこれで」
陛下が呼び止める。
「エメリー。俺は、下がれとは言っていないぞ」
「スミマセン。私の上官の仰せなんで。美味しいワイン、ごちそうさまでした」
どうぞごゆっくり、と言って退出した。
寝室は陛下と私だけになる。
「従順な部下を持っているな、ラルヴィス」
「お褒め頂き、恐れ入ります」
灰皿には数本の吸い殻。寝室は陛下の煙草の香りがした。
「何の用だ」
「お休み前に申し訳ありません。主を決めろ、との仰せについて、
決定致しましたので、ご報告に上がりました」
陛下の後方に立つ。
「私が居なければ何もできないくせに。私を捨てないで下さい」
「失礼な」
私は膝を着き、頭を下げる。
「いつか玉座を降りようと関係ありません。私の主はカーディス様、貴方お一人です」
「利口ではないな」
「ええ。仕方ありません。私は陛下の右腕ですから」
「口の悪い臣下を持ったものだ」
***
ロレート王室の庭。空は青く澄み渡っている。
王は月桂樹の幹に背を預け、座っていた。側近の目を盗み、執務室から脱走してきたのだ。
目を閉じると、より青い香りを感じられる。うとうとする。気持ちが良い。
「まーた、レイナとかくれんぼしてんですか?」
王が目を開けると、エメリーが身を屈めていた。
「ああ。定期的に光合成が必要なのでな」
「では私も。お隣、失礼しまーす」
臣下は同じ幹に腰を下ろして、思い切り両腕を伸ばす。
「うーん。確かに定期的に光合成が必要かも」
「だろう?」
「そういや、陛下と二人きりって久し振りですね。
ちょーっと前までは、私を夜な夜な寝室に連れ込んでたくせに。
レイナ閣下を専任に戻してからは、それっきりポイでしょ?」
「拗ねていたのか?」
「いーえ。私はラテじゃありませんから」
「エメリー、腕は、もう良いのか?」
「ええ、もうすっかり。私の回復力、トカゲ並なんで」
「そうか。俺のせいで、怪我を負わせてすまなかった」
「あのねえ。謝れるんなら、なんであんなこと…」
「ん?」
「あの時、陛下が仰ったザレゴトですよ。俺、言ってませんから、誰にも。
『俺にはこんな最期が相応しい』だとか『俺の役目は終わっている』だとか。
さすがの陛下も、暗殺者を前に気が動転していたってことで、
今回はトクベツに聞かなかったことにしてあげますから、もう二度と口にしないで下さいね。
あんたが全ての奴をバカにすんのも、いい加減にしねえと、あいつは俺が奪いますよ」
「お前に奪えるのか?」
「あ。カチーンと来ましたよ、コレ」
臣下は立ち上がる。
「私、失礼致します。陛下がこちらにいらっしゃると、レイナ閣下にチクってきますので」
礼をして、立ち去ろうとする。
「エメリー」
「はい?」
「二度と口にしない」
「そーして下さい」
***
私はエメリーから知らされた通り、陛下のお姿を庭で見つけた。
月桂樹を椅子にして、お休みになっていた。
陛下、とお呼びすると、薄目で私の姿を確認し、また閉じた。
「少し休んで行け、ラルヴィス。お前も本当は眠いだろう?」
「お気遣いなく。陛下がお溜めになった書類が滞っておりますので」
「少しくらい休憩しても良いだろう。今日はジョシュアも居ないしな」
「殿下がいらっしゃらない日だからと言って、抜け出されては困ります」
「ああ、そうか」
「やっとご理解頂けましたか?」
「ジョシュアが邸に住んでからは、こう自由に休むことも叶わんな」
「殿下のご卒業が待ち遠しいですね。さあ、執務室に戻りましょう、陛下」
「ラル」
陛下は座ったまま、私の右手首を掴んだ。
「何です?」
「話がある」陛下は真面目な顔をして仰った。
「10分で済むから、そこに座れ。ああ、膝を折ってな」
私は言われた通り、膝を折って座る。すると陛下は、よし、と笑って御身を倒した。
陛下の頭が私の膝に乗る。そのまま、陛下は目を閉じた。
「あの、陛下?」
「なんだ」
「お話は?」
陛下は口髭を歪め、ニヤリと笑う。
「ない」
午後の木漏れ陽が王の髪を照らしている。私は自分の手首を覗く。
「10分だけですよ」
fin
■ロレートシナリオ
聖アルフォンソ学院 正門前に公用車を停める。約ひと月振りに殿下をお迎えに上がった。
やがて、月桂樹の下をお一人で歩いて来られる姿が見えた。
その頬は、葉の影と陽の光を受けていた。
殿下をお乗せし、私は運転席に着く。出発致します、と声を掛けてアクセルを踏んだ。
空港に向かって走り出すと進行方向に海が見えてくる。
真っ青な水面が全身に太陽を浴びている。輝かしい。眩し過ぎる。
「ラルヴィスさん」
バックミラーの中で、深紅の瞳が私を見つめていた。
「今夜、俺の部屋に来て頂けませんか? お話ししたいことがあります」
今回、殿下はご公務で馬術のジュニア大会をご観戦された。
殿下は以前、取材で乗馬姿をメディアに披露した。それを見た大会関係者から招待状が届いたのだ。
大会に出場した小さな選手達は、乗馬をまだ習いたての子達が大半のようで、ミスも多かったのだが、
保護者や観客から声援と拍手が上がる、あたたかい雰囲気の大会だった。
大会終了後、殿下は大会会長とのご歓談に招かれた。
ロバート・マクラウド氏。御年72歳。立派な白いお髭がサンタクロースを連想させる優しいお顔だ。
氏は、かつてプロの騎手だったが、落馬事故で足を痛め、馬に乗れなくなってしまった。
現役の引退後は、このようなジュニア大会の支援、乗馬教室の開設など、若い才能の育成に力を注いでおられるそうだ。
マクラウド氏は、クリスティーナ様がご幼少の頃に会ったことがあると言う。
彼女が出場されたジュニア大会を覚えておいでで、当時のこと殿下に教えて下さった。
殿下も初めて聞くお話だったようだ。
後に乗馬の名手となるクリスティーナ様も、小さい頃からお上手だったわけではなかった。
思うように走れず、大会終了後に泣いていた少女を見て、彼はこう伝えた。
お嬢さん、馬も人間と同じなんですよ、と。
マクラウド氏は照れ笑いした。
「いやはや。あの時は余計なお節介を焼いてしまったかなと思ったもんですがね。
まさか、その言葉をテレビ画面から…息子さんの口から聞くとは思いませんでしたよ」
当時、少女は赤い瞳に涙を溜めて尋ねた。
「馬と人が同じ? どういうこと?」
「馬にも、ちゃんと『気持ち』があるんです。いつも元気いっぱいなわけじゃありません。
時には走りたくない気分だったり、調子が良くない時もあるんですよ?
それに、馬は人間が考えていることを敏感に感じ取ります。
お嬢さんが泣いているので、ほら、この子も耳を震わせて、不安になっています」
マクラウド氏は「大丈夫だよ」と声を掛けながら、馬の頬をそっと撫でた。
すると、落ち着かない様子だった馬は、大人しくなって、少女は赤い目をぱちくりさせたと言う。
「お嬢さんは、自分の背中にお友達を乗せて、お馬さんごっこをしたことがありますか?」
「え? ありません」
「では、今度やってごらんなさい。ただ乗せるだけでも大変なのに、
馬は人を乗せたまま、何十分も走ってくれるんですよ。
馬には『乗る』のではなく、『乗せて貰う』という気持ちを大切にして下さい。
そうすれば、だんだん馬の言いたいことが解るようになって、仲良しの友達になれますよ」
「俺…そう教わりました。母から、同じことを」
お話を聞いた殿下は赤い瞳を瞬かせていた。
「母と俺の乗馬の先生は、マクラウドさんだったんですね。
大切なことを教えて下さって、ありがとうございます」
「いやいや、お恥ずかしい」
サンタクロースのようなお髭をいじる。
「俺、小さい頃から時々、自分は広い世界でひとりぼっちだって思っていました」
殿下はコーヒーカップを両手で包む。
「でもそれは、俺が本当のことを知らないだけだって、やっと解ってきたんです。
俺の知らないところでも、色んな人との繋がりがありました。
俺を守ってくれる人、助けてくれる人がたくさん居ました。
俺は貴方にも支えられていたんですね。ありがとうございます」
サンタクロースのようなご老人は微笑んで、顔をしわくちゃにしていた。
お二人は、また会いましょう、と握手をしてご歓談を終えた。
夜、邸に戻り、殿下は陛下と夕食を召し上がった。
殿下は今日あったことを陛下にお話しになった。
陛下は「良かったな」と仰って、殿下も「はい」と嬉しそうだった。
出逢った当時は、赤の他人も同然の関係だったのに。
いつのまにか、間にご友人が居なくとも、自然に話ができるようになられた。
叔父と甥の和やかな食卓。その光景は、まるで本当の父と子のように見えた。
一日が終わり、私は殿下のお部屋に向かっていた。
廊下の窓から月が見えた。私の後を付いて来る。
半月より丸く、満月には足りない。
どちらとも呼べない、半端な月。
殿下の寝室の前まで来る。月に背を向けて、ドアをノックする。
「レイナです」
どうぞ、と言うお声を聞いてから中に入った。
殿下はグランドピアノの前に座っていらっしゃった。
「ラルヴィスさん、ピアノ、用意してくれたんですね。ありがとうございます」
「お気に召されたのなら幸いです」
寝室にピアノが欲しいと仰っていたので、新しくご用意した物だ。
その許可を頂く為に、陛下にもご相談した。
私は陛下に「陛下の寝室にあるピアノをお譲りになってはいかがです?」と申し上げたのだが。
あの御方は頑な姿勢を崩さなかった。
「これは、俺が持っていなくてはならない」そう仰って、兄君の遺品を手放さなかった。
殿下はピアノの椅子から立ち上がる。
「カーディスと俺では比べものにならないのは解っているんです。
でも、貴方が、カーディスと俺と、どちらの側近になるか決める前に、
俺の気持ちを伝えたくて、お呼びしました」
その双肩に、これからのロレートを担う御方が、私の前で、ぴたりと止まる。
「俺には貴方が必要です。俺は、貴方が欲しい」
臣下にも優しく、執務も誠実に行って下さる。
聖アルフォンソ学院の生徒代表に選ばれ、
カーディス様に次期ロレート国王に指名された皇太子殿下。この御方は、私を必要として下さる。
殿下は私の手を取り、きゅっと握った。
「…俺じゃ、ダメですか?」
→申し訳ありません(陛下ED)
→私でお役に立てるなら(殿下ED)
やがて、月桂樹の下をお一人で歩いて来られる姿が見えた。
その頬は、葉の影と陽の光を受けていた。
殿下をお乗せし、私は運転席に着く。出発致します、と声を掛けてアクセルを踏んだ。
空港に向かって走り出すと進行方向に海が見えてくる。
真っ青な水面が全身に太陽を浴びている。輝かしい。眩し過ぎる。
「ラルヴィスさん」
バックミラーの中で、深紅の瞳が私を見つめていた。
「今夜、俺の部屋に来て頂けませんか? お話ししたいことがあります」
今回、殿下はご公務で馬術のジュニア大会をご観戦された。
殿下は以前、取材で乗馬姿をメディアに披露した。それを見た大会関係者から招待状が届いたのだ。
大会に出場した小さな選手達は、乗馬をまだ習いたての子達が大半のようで、ミスも多かったのだが、
保護者や観客から声援と拍手が上がる、あたたかい雰囲気の大会だった。
大会終了後、殿下は大会会長とのご歓談に招かれた。
ロバート・マクラウド氏。御年72歳。立派な白いお髭がサンタクロースを連想させる優しいお顔だ。
氏は、かつてプロの騎手だったが、落馬事故で足を痛め、馬に乗れなくなってしまった。
現役の引退後は、このようなジュニア大会の支援、乗馬教室の開設など、若い才能の育成に力を注いでおられるそうだ。
マクラウド氏は、クリスティーナ様がご幼少の頃に会ったことがあると言う。
彼女が出場されたジュニア大会を覚えておいでで、当時のこと殿下に教えて下さった。
殿下も初めて聞くお話だったようだ。
後に乗馬の名手となるクリスティーナ様も、小さい頃からお上手だったわけではなかった。
思うように走れず、大会終了後に泣いていた少女を見て、彼はこう伝えた。
お嬢さん、馬も人間と同じなんですよ、と。
マクラウド氏は照れ笑いした。
「いやはや。あの時は余計なお節介を焼いてしまったかなと思ったもんですがね。
まさか、その言葉をテレビ画面から…息子さんの口から聞くとは思いませんでしたよ」
当時、少女は赤い瞳に涙を溜めて尋ねた。
「馬と人が同じ? どういうこと?」
「馬にも、ちゃんと『気持ち』があるんです。いつも元気いっぱいなわけじゃありません。
時には走りたくない気分だったり、調子が良くない時もあるんですよ?
それに、馬は人間が考えていることを敏感に感じ取ります。
お嬢さんが泣いているので、ほら、この子も耳を震わせて、不安になっています」
マクラウド氏は「大丈夫だよ」と声を掛けながら、馬の頬をそっと撫でた。
すると、落ち着かない様子だった馬は、大人しくなって、少女は赤い目をぱちくりさせたと言う。
「お嬢さんは、自分の背中にお友達を乗せて、お馬さんごっこをしたことがありますか?」
「え? ありません」
「では、今度やってごらんなさい。ただ乗せるだけでも大変なのに、
馬は人を乗せたまま、何十分も走ってくれるんですよ。
馬には『乗る』のではなく、『乗せて貰う』という気持ちを大切にして下さい。
そうすれば、だんだん馬の言いたいことが解るようになって、仲良しの友達になれますよ」
「俺…そう教わりました。母から、同じことを」
お話を聞いた殿下は赤い瞳を瞬かせていた。
「母と俺の乗馬の先生は、マクラウドさんだったんですね。
大切なことを教えて下さって、ありがとうございます」
「いやいや、お恥ずかしい」
サンタクロースのようなお髭をいじる。
「俺、小さい頃から時々、自分は広い世界でひとりぼっちだって思っていました」
殿下はコーヒーカップを両手で包む。
「でもそれは、俺が本当のことを知らないだけだって、やっと解ってきたんです。
俺の知らないところでも、色んな人との繋がりがありました。
俺を守ってくれる人、助けてくれる人がたくさん居ました。
俺は貴方にも支えられていたんですね。ありがとうございます」
サンタクロースのようなご老人は微笑んで、顔をしわくちゃにしていた。
お二人は、また会いましょう、と握手をしてご歓談を終えた。
夜、邸に戻り、殿下は陛下と夕食を召し上がった。
殿下は今日あったことを陛下にお話しになった。
陛下は「良かったな」と仰って、殿下も「はい」と嬉しそうだった。
出逢った当時は、赤の他人も同然の関係だったのに。
いつのまにか、間にご友人が居なくとも、自然に話ができるようになられた。
叔父と甥の和やかな食卓。その光景は、まるで本当の父と子のように見えた。
一日が終わり、私は殿下のお部屋に向かっていた。
廊下の窓から月が見えた。私の後を付いて来る。
半月より丸く、満月には足りない。
どちらとも呼べない、半端な月。
殿下の寝室の前まで来る。月に背を向けて、ドアをノックする。
「レイナです」
どうぞ、と言うお声を聞いてから中に入った。
殿下はグランドピアノの前に座っていらっしゃった。
「ラルヴィスさん、ピアノ、用意してくれたんですね。ありがとうございます」
「お気に召されたのなら幸いです」
寝室にピアノが欲しいと仰っていたので、新しくご用意した物だ。
その許可を頂く為に、陛下にもご相談した。
私は陛下に「陛下の寝室にあるピアノをお譲りになってはいかがです?」と申し上げたのだが。
あの御方は頑な姿勢を崩さなかった。
「これは、俺が持っていなくてはならない」そう仰って、兄君の遺品を手放さなかった。
殿下はピアノの椅子から立ち上がる。
「カーディスと俺では比べものにならないのは解っているんです。
でも、貴方が、カーディスと俺と、どちらの側近になるか決める前に、
俺の気持ちを伝えたくて、お呼びしました」
その双肩に、これからのロレートを担う御方が、私の前で、ぴたりと止まる。
「俺には貴方が必要です。俺は、貴方が欲しい」
臣下にも優しく、執務も誠実に行って下さる。
聖アルフォンソ学院の生徒代表に選ばれ、
カーディス様に次期ロレート国王に指名された皇太子殿下。この御方は、私を必要として下さる。
殿下は私の手を取り、きゅっと握った。
「…俺じゃ、ダメですか?」
→申し訳ありません(陛下ED)
→私でお役に立てるなら(殿下ED)
■ロレートシナリオ
アイヴィー様方と一夜を過ごした翌日、私は国に戻ってきた。
肴に土産話を聞かせろ、と陛下に言われるかと思ったが、その夜はエメリーを側に付けていた。
その次の夜も、私は呼ばれなかった。
一人にされた私は自分の部屋で、机に伏していた。カーテンが閉まっていない。
窓硝子の向こうは暗闇。光が見えない。
「レイナー。ああ、居た居た」
寝巻姿のエメリーが私の部屋に来た。
相変わらず、夜中だというのに気軽に訪れてくれる。
「何しに来た」
「ん? 夜這い」
言いながらククッと笑う。
「エメリー、用事がないなら来るなと言って…」
「そうカリカリすんなって。お前、ほんっと余裕ないなあ、最近」
私は黙った。包帯セットを見せられる。
「コレ、巻いてくんねーかなと思ってさ」
自分で巻け、という言葉を私は飲み込んだ。奴は利き腕の上部を負傷しているのだ。
「メイスン医師に頼めば良いだろう」
「嫌だね。あいつ、ペタペタ触ってくるし」
王室は専属の医師団を抱えている。メイスン医師は我々のような武官の担当だ。私達と同年代で医師団最年少の鬼才。
男性なのだが、趣向や話し方がユニーク、というか少々女性的で、実は私も得意な相手ではない。
包帯セットを押し付けられる。
「シャワー入ったからさ、新しい包帯に取り換えたいわけ。イイだろ? そのくらい」
茶髪はまだ濡れていた。艶やかに光っている。シャワー上がりの清潔な匂い。
エメリーは私のベッドに座り、寝巻の上をスポッと脱いだ。
普段は軍服で覆われている、華奢な上半身が晒される。ラインは細いが武官らしい身体つきだ。
奴がニヤリと笑う。
「バカ。んな見つめんなよ」
エメリーの隣に座る。
上腕には生々しい傷が残っていた。陛下に向けられた銃弾の爪痕だ。
「身を呈して、陛下をよく守ってくれた」
「どーいたしましてー。陛下が居なくなったら、お前がどうなるか解らないからな」
傷口をガーゼで覆う。
「ラテから聞いた。レイナも命懸けで殿下を守ろうとしたんだろ?
無茶してくれるぜ。無事で良かったよな、お互い」
「ああ」
白い布を巻いていく。柔らかいのに、表面はざらついている。
グラグラと肩が揺れた。笑っている。
「なんだ?」
「気持ちイイ。レイナの手、冷たくって」
「笑うな。包帯がずれる」
「ハイハイ。そういや、もうすぐだな、ご主人様選び。相談に乗ってやってもいいぜ?」
「これは、私の問題だ」
「俺の問題でもあるんだよねー、これが」
「どうして」
「もし、お前が殿下を選んだ場合、陛下は俺を側に就けたいんだってさ」
「お前を? ホワイトではなく?」
「俺もそう言ったんだけどねー。俺のほうが陛下のお口に合うんだと。
あー、ラテには言うなよ? あいつ、ガチ泣く。てゆうか俺、恨み買うの決定」
「私が、陛下のお側を選んだら?」
「今と同じ。俺はお前の下。で、ラテ辺りが殿下のお側に就くんじゃねえの?」
包帯が巻き終わる。
「成程。ではお前は私に、殿下に就くように、アドバイスしに来たというわけか」
はー、と盛大に溜め息を吐かれた。
「レイナ閣下は、こんなんで、よく王様の側近が務まるなあ」
「どういう…」
「ホントに夜這いしてやんねーと解らないのかよ、レイナ」
左腕で肩を押された。私の上半身がベッドに倒される。
「前にも言ったろ? 俺はお前の下じゃなきゃダメなんだよ」
「なら、上官を見下ろすな。退け」
→27
肴に土産話を聞かせろ、と陛下に言われるかと思ったが、その夜はエメリーを側に付けていた。
その次の夜も、私は呼ばれなかった。
一人にされた私は自分の部屋で、机に伏していた。カーテンが閉まっていない。
窓硝子の向こうは暗闇。光が見えない。
「レイナー。ああ、居た居た」
寝巻姿のエメリーが私の部屋に来た。
相変わらず、夜中だというのに気軽に訪れてくれる。
「何しに来た」
「ん? 夜這い」
言いながらククッと笑う。
「エメリー、用事がないなら来るなと言って…」
「そうカリカリすんなって。お前、ほんっと余裕ないなあ、最近」
私は黙った。包帯セットを見せられる。
「コレ、巻いてくんねーかなと思ってさ」
自分で巻け、という言葉を私は飲み込んだ。奴は利き腕の上部を負傷しているのだ。
「メイスン医師に頼めば良いだろう」
「嫌だね。あいつ、ペタペタ触ってくるし」
王室は専属の医師団を抱えている。メイスン医師は我々のような武官の担当だ。私達と同年代で医師団最年少の鬼才。
男性なのだが、趣向や話し方がユニーク、というか少々女性的で、実は私も得意な相手ではない。
包帯セットを押し付けられる。
「シャワー入ったからさ、新しい包帯に取り換えたいわけ。イイだろ? そのくらい」
茶髪はまだ濡れていた。艶やかに光っている。シャワー上がりの清潔な匂い。
エメリーは私のベッドに座り、寝巻の上をスポッと脱いだ。
普段は軍服で覆われている、華奢な上半身が晒される。ラインは細いが武官らしい身体つきだ。
奴がニヤリと笑う。
「バカ。んな見つめんなよ」
エメリーの隣に座る。
上腕には生々しい傷が残っていた。陛下に向けられた銃弾の爪痕だ。
「身を呈して、陛下をよく守ってくれた」
「どーいたしましてー。陛下が居なくなったら、お前がどうなるか解らないからな」
傷口をガーゼで覆う。
「ラテから聞いた。レイナも命懸けで殿下を守ろうとしたんだろ?
無茶してくれるぜ。無事で良かったよな、お互い」
「ああ」
白い布を巻いていく。柔らかいのに、表面はざらついている。
グラグラと肩が揺れた。笑っている。
「なんだ?」
「気持ちイイ。レイナの手、冷たくって」
「笑うな。包帯がずれる」
「ハイハイ。そういや、もうすぐだな、ご主人様選び。相談に乗ってやってもいいぜ?」
「これは、私の問題だ」
「俺の問題でもあるんだよねー、これが」
「どうして」
「もし、お前が殿下を選んだ場合、陛下は俺を側に就けたいんだってさ」
「お前を? ホワイトではなく?」
「俺もそう言ったんだけどねー。俺のほうが陛下のお口に合うんだと。
あー、ラテには言うなよ? あいつ、ガチ泣く。てゆうか俺、恨み買うの決定」
「私が、陛下のお側を選んだら?」
「今と同じ。俺はお前の下。で、ラテ辺りが殿下のお側に就くんじゃねえの?」
包帯が巻き終わる。
「成程。ではお前は私に、殿下に就くように、アドバイスしに来たというわけか」
はー、と盛大に溜め息を吐かれた。
「レイナ閣下は、こんなんで、よく王様の側近が務まるなあ」
「どういう…」
「ホントに夜這いしてやんねーと解らないのかよ、レイナ」
左腕で肩を押された。私の上半身がベッドに倒される。
「前にも言ったろ? 俺はお前の下じゃなきゃダメなんだよ」
「なら、上官を見下ろすな。退け」
→27
■ロレートシナリオ
***
同じ夜、ロレート王室ダイニングルーム。
王はいつものように一人で夕食を摂っていた。
傍らに控えているのはレイナ不在時の代理を命ぜられているエメリー。
フォークが皿に触れる音が聞こえる、静かなディナータイムだった。
ノックの音。エメリーがドアに向かう。
王はフォークを口に運びながら、臣下の背中を眺める。ドアが開く。
「お食事中、失礼致します」
長い髪の側役。ホワイトだった。
「陛下にお電話でございます」
王が問う。
「ラルヴィスか?」
ホワイトは、いえ、と言って、
「先日いらした、サン・ジェルマン様からです」
受話器を耳に当てると、低く甘い声が聞こえた。
「アロー? 王様」
「どうした、アンリ。慰謝料の請求か?」
「マフィアじゃあるまいし。あれくらいで、そんなケチなことしないよ」
「では、ロレートに何かビジネスプランでも?」
「レイナ卿、今夜はこの島で泊まるらしいね。さっき、変な面子に誘拐されてるのを見掛けたよ」
「島と国を行き来する間に、友人ができたようだからな」
「ねえ、王様って、マゾヒスト?」
「どちらかというと、逆のほうだと思うが?」
「王様の側近を、王子の世話役と兼任にしたと聞いた時、僕はすぐに解ったよ。
王様は自分が持っている最も有能な駒を次代の王へ譲り渡す気なんだって」
「本人達より、鋭いな」
「では、後にパートナーを組むことになる、ジョシュアとレイナ卿を訓練させる為、
早くから二人を組ませたってこと?」
「ああ」
「言ったでしょう? 僕は気味の悪い人間だって」
そう言う冷たい微笑が見えるようだった。
「訓練期間が必要だったのは、王様、貴方じゃない? いつか右腕を失っても平気でいられるように」
「口煩い臣下に、いい加減愛想が尽きただけさ」
「じゃあ、丁度、厄介払いができて良かった?」
「ああ。これで清々する」
アンリは、そう、と呟いて、少し笑った。
「なら、いいけど」
***
→26
同じ夜、ロレート王室ダイニングルーム。
王はいつものように一人で夕食を摂っていた。
傍らに控えているのはレイナ不在時の代理を命ぜられているエメリー。
フォークが皿に触れる音が聞こえる、静かなディナータイムだった。
ノックの音。エメリーがドアに向かう。
王はフォークを口に運びながら、臣下の背中を眺める。ドアが開く。
「お食事中、失礼致します」
長い髪の側役。ホワイトだった。
「陛下にお電話でございます」
王が問う。
「ラルヴィスか?」
ホワイトは、いえ、と言って、
「先日いらした、サン・ジェルマン様からです」
受話器を耳に当てると、低く甘い声が聞こえた。
「アロー? 王様」
「どうした、アンリ。慰謝料の請求か?」
「マフィアじゃあるまいし。あれくらいで、そんなケチなことしないよ」
「では、ロレートに何かビジネスプランでも?」
「レイナ卿、今夜はこの島で泊まるらしいね。さっき、変な面子に誘拐されてるのを見掛けたよ」
「島と国を行き来する間に、友人ができたようだからな」
「ねえ、王様って、マゾヒスト?」
「どちらかというと、逆のほうだと思うが?」
「王様の側近を、王子の世話役と兼任にしたと聞いた時、僕はすぐに解ったよ。
王様は自分が持っている最も有能な駒を次代の王へ譲り渡す気なんだって」
「本人達より、鋭いな」
「では、後にパートナーを組むことになる、ジョシュアとレイナ卿を訓練させる為、
早くから二人を組ませたってこと?」
「ああ」
「言ったでしょう? 僕は気味の悪い人間だって」
そう言う冷たい微笑が見えるようだった。
「訓練期間が必要だったのは、王様、貴方じゃない? いつか右腕を失っても平気でいられるように」
「口煩い臣下に、いい加減愛想が尽きただけさ」
「じゃあ、丁度、厄介払いができて良かった?」
「ああ。これで清々する」
アンリは、そう、と呟いて、少し笑った。
「なら、いいけど」
***
→26
■ロレートシナリオ
アイヴィー様はレモンソーダをテーブルに置いた。
「いやー、今回はほんっと、お疲れさんだったね、ラルちゃん」
「いえ。皆様にご協力頂き、ありがとうございました」
「イイんだよ。俺達、マージナルプリンスをお守りするのがお仕事だし。ね、ソクちゃん?」
「ああ。興味深い研究対象をご提供頂き、こちらこそありがとうございました、レイナ卿」
ここは聖アルフォンソ島の食事処。
アイヴィー様が仰っていた『今度、一緒にメシ食べ行こーね』という、いつかの社交辞令。
それが実現する夜が来た。私の左隣にアイヴィー様。彼の前の席はソクーロフ医師だ。
今回の一件について、アイヴィー様にご報告したところ、
翌日、洗脳・自白のプロフェッショナルが、犯人との面談を希望されているとの連絡があった。
マージナルプリンス関連の犯罪は、こちらで調査研究する必要があるからと。
犯人の身柄はマフィアの元から、聖アルフォンソ島に渡った。
アイヴィー様はフライドポテトにケチャップを付けながら、
「んで、ドクターさん。なんか解った? アンリを誘拐した奴のこと」
「名はノア・ベネット。彼はエドワード派閥の残党だ」
アイヴィー様は「ありゃりゃあ」と言った。
黒いスーツ姿のドクターは参考資料を持たずに、すらすらと話した。
「彼等の狙いは最初からカーディス1世だったそうだ。
カーディスの警備を手薄にする為、ジョシュアに怪文を送り、機会を伺っていた。
街でジョシュアとアンリが歩いているのを見掛け、同胞である庭師に連絡を取ったらしい」
サン・ジェルマン様の誘拐及び、殿下の誘拐未遂の最中、邸では陛下に銃が向けられていた。
エメリーが庭師を取り押さえ、陛下をお守りしたという。
その際、銃弾がエメリーの右腕を掠めた。幸い軽傷で済み、安静にしていれば直に治るとのこと。
一歩間違えば、私は陛下と親しい同僚を同時に失くしていただろう。
アイヴィー様がケチャップの付いた親指を舐める。
「ラルちゃん達の留守中を狙って、二通目を発見したと騒ぎ、王様を狙ったってわけね」
ドクターが頷く。
「二通の怪文はどちらも、庭師の狂言というわけだ」
「素人が考えそうな手だな。第一、完全犯罪じゃなきゃイミねえだろ」
マフィアはシガーカッターで葉巻のヘッドを切り落とした。
ゴールドのライターで葉巻に火を点ける。
私の真向かいから昇った白煙はヘーゼルモカのような甘くて苦い香りがした。
葉巻を美味そうに吹かしたマフィアは店員を見付け、空のジョッキを掲げた。
「あ、兄ちゃん! このビールおかわり。
あと、ギョーザ追加。もうちょい、ハバネロ効かせてくれてもイイぜ」
アイヴィー様が声を張り上げる。
「つーか! なんで、あんたまで居んだよ! ディーノ!」
「お姫様を送り届けに来たから、島に居るに決まってんだろうが」
「そーじゃなくて! なんであんたが俺達と仲良くメシ食ってんのかって聞いてんの!
シチリアで食えよ、シチリアで! 仲良しのパパとママが待ってんだろ!?」
「ママには、『今日は友達の家に泊まってくる』ってちゃんと言ってある」
「また俺んち泊まる気かい! 今日はラルちゃんが泊まんだからダメ!
その前に、いちいちママにお泊まり報告してんのかよ!? イイ子かっ!」
「ギャアギャア煩せえな。俺様と二人きりの飲み会じゃねえからって、ダダこねてんのか?
焦んな、後でたんまり可愛がってやるからよ。ああ、それからラルちゃんもな? 今日は金髪ハーレムナイトだぜ」
「それは面白そうだね。私も同席して良いかい? 『マンゾーニ先生の完全犯罪講座』を拝聴したいし」
「コッチの眼鏡美人は、なんかムカつくな。偉そうにしてるが、お前はアイヴィーの何だ?」
ドクターが薄く笑う。
「私に対して気に食わないという感情を抱くのは、同属嫌悪だろうね」
「やんのか、美人ドクターさんよ」
「暴力では敵わないだろうが。私も負ける気はしないよ?」
「ほう。俺様にお注射でもする気か? お注射対決なら俺も負ける気はしねえぜ?」
「コラコラー! そこのドSさんチーム! ラルちゃんがコワがってるから、ここで火花散らすの止めよ?
ラルちゃん、ごめんね。ホントは俺、ラルちゃんと二人っきりでお疲れサマ会しようと思ってたんだけど、
帰り掛けにコワイ人達に捕まっちゃって、こんな世にもアブナイ面子に…」
「あ、いえ…」
「ラルちゃん、今日、なんかしょぼんってなってない? やっぱこの面子じゃヤだったよね。俺もコワイもん」
「いいえ。皆様のせいでは…」
怪文書については、これで幕を下ろせるとして。
問題がひとつ残っている。ごく個人的な、私の問題だ。
――玉座から下りる男に就くか、玉座に上る男に就くか、お前の好きなほうでいい。
陛下と殿下。私はどちらのお側に就けば良いのだろう。
「ラルちゃん、もしかして、悩み事? 俺で良ければ聞くよ?
あ、今日は一応プロのカウンセラーさんも居るしー」
「一応プロとは失礼な」
「あ、ゴメンゴメン。あと、他の力で解決できそうなヒトも居るし…勧められないけど、俺以外は」
「イイぜ、ラルちゃん。俺の胸に飛び込んできな。慰めてやるぜ、じっくり、朝までな」
「ちょ、ディーノ! ラルちゃんにまで手ぇ出すなあっ!」
その夜は結局、四人全員がアイヴィー様のご自宅に雪崩れ込むことになった。
マフィアが勝手に冷蔵庫を開けて、缶ビールを取り出していた。
皆でテーブルに付き、再び酒宴になった。私が覚えているのは、そこまで。
気が付くと朝になっていて、私は紫煙が染み付いたベッドで起きた。
頭に鈍い痛みが走る。記憶を失うまで飲んだのは生涯で初めてだった。
***
葉巻とメンソール。
真夜中のリビングに二本の煙がまだ昇っていた。
他国の側近は寝室のベッドで、この島の警備責任者はリビングのソファで寝息を立てていた。
寝顔を肴にマフィアは葉巻を楽しんでいた。
「金髪美人チームを寝かしつけて、これからオトナの時間ってか?」
「ああ。君とヒミツの話をしたくてね。警備責任者のほうには後で伝える予定だが」
「ヒミツじゃねえのかよ。俺は変態眼鏡と話すことなんてねえぞ」
「おや。私は君にも大変興味があるのだがね?」
「話がねえなら俺はもう寝る。ベッドでな」
もう埋まっているよ、と言いながらドクターはメンソールの灰を落とす。
「アンリを誘拐した男と庭師には、黒幕が居る可能性がある」
マフィアは欠伸して、子供のように目を擦った。
立派な髭を蓄えた男は、時折酷く幼い言動を見せる。
「そう吐いたのか?」
「いいや。あの二人は持っている情報が少な過ぎる。それがどうも気になってね」
「誰か、手引きした奴が居るってか?」
「アンリは今やサン・ジェルマン家当主だ。あの子ならば一代で莫大な財産を築き上げるだろう。
まだ若いうちに、邪魔な芽を摘み取ってしまおうと考えている人間が居ても可笑しくはない」
「んなことは解ってんだよ」
「ほう。流石はマンゾーニ家だ。アンリも知っているのかい?」
マフィアの横顔を見つめる。
「さあな」
ドクターはメンソールを咥える。自分で吹かした煙を仰ぐ。
「君のような男を盾に持っているのだから、何らかの身の危険を感じているのだろうね」
「何言ってんだ」マフィアが嗤う。
「あいつが俺を手放さねえのは、俺に惚れてるからだろ?」
***
→25
「いやー、今回はほんっと、お疲れさんだったね、ラルちゃん」
「いえ。皆様にご協力頂き、ありがとうございました」
「イイんだよ。俺達、マージナルプリンスをお守りするのがお仕事だし。ね、ソクちゃん?」
「ああ。興味深い研究対象をご提供頂き、こちらこそありがとうございました、レイナ卿」
ここは聖アルフォンソ島の食事処。
アイヴィー様が仰っていた『今度、一緒にメシ食べ行こーね』という、いつかの社交辞令。
それが実現する夜が来た。私の左隣にアイヴィー様。彼の前の席はソクーロフ医師だ。
今回の一件について、アイヴィー様にご報告したところ、
翌日、洗脳・自白のプロフェッショナルが、犯人との面談を希望されているとの連絡があった。
マージナルプリンス関連の犯罪は、こちらで調査研究する必要があるからと。
犯人の身柄はマフィアの元から、聖アルフォンソ島に渡った。
アイヴィー様はフライドポテトにケチャップを付けながら、
「んで、ドクターさん。なんか解った? アンリを誘拐した奴のこと」
「名はノア・ベネット。彼はエドワード派閥の残党だ」
アイヴィー様は「ありゃりゃあ」と言った。
黒いスーツ姿のドクターは参考資料を持たずに、すらすらと話した。
「彼等の狙いは最初からカーディス1世だったそうだ。
カーディスの警備を手薄にする為、ジョシュアに怪文を送り、機会を伺っていた。
街でジョシュアとアンリが歩いているのを見掛け、同胞である庭師に連絡を取ったらしい」
サン・ジェルマン様の誘拐及び、殿下の誘拐未遂の最中、邸では陛下に銃が向けられていた。
エメリーが庭師を取り押さえ、陛下をお守りしたという。
その際、銃弾がエメリーの右腕を掠めた。幸い軽傷で済み、安静にしていれば直に治るとのこと。
一歩間違えば、私は陛下と親しい同僚を同時に失くしていただろう。
アイヴィー様がケチャップの付いた親指を舐める。
「ラルちゃん達の留守中を狙って、二通目を発見したと騒ぎ、王様を狙ったってわけね」
ドクターが頷く。
「二通の怪文はどちらも、庭師の狂言というわけだ」
「素人が考えそうな手だな。第一、完全犯罪じゃなきゃイミねえだろ」
マフィアはシガーカッターで葉巻のヘッドを切り落とした。
ゴールドのライターで葉巻に火を点ける。
私の真向かいから昇った白煙はヘーゼルモカのような甘くて苦い香りがした。
葉巻を美味そうに吹かしたマフィアは店員を見付け、空のジョッキを掲げた。
「あ、兄ちゃん! このビールおかわり。
あと、ギョーザ追加。もうちょい、ハバネロ効かせてくれてもイイぜ」
アイヴィー様が声を張り上げる。
「つーか! なんで、あんたまで居んだよ! ディーノ!」
「お姫様を送り届けに来たから、島に居るに決まってんだろうが」
「そーじゃなくて! なんであんたが俺達と仲良くメシ食ってんのかって聞いてんの!
シチリアで食えよ、シチリアで! 仲良しのパパとママが待ってんだろ!?」
「ママには、『今日は友達の家に泊まってくる』ってちゃんと言ってある」
「また俺んち泊まる気かい! 今日はラルちゃんが泊まんだからダメ!
その前に、いちいちママにお泊まり報告してんのかよ!? イイ子かっ!」
「ギャアギャア煩せえな。俺様と二人きりの飲み会じゃねえからって、ダダこねてんのか?
焦んな、後でたんまり可愛がってやるからよ。ああ、それからラルちゃんもな? 今日は金髪ハーレムナイトだぜ」
「それは面白そうだね。私も同席して良いかい? 『マンゾーニ先生の完全犯罪講座』を拝聴したいし」
「コッチの眼鏡美人は、なんかムカつくな。偉そうにしてるが、お前はアイヴィーの何だ?」
ドクターが薄く笑う。
「私に対して気に食わないという感情を抱くのは、同属嫌悪だろうね」
「やんのか、美人ドクターさんよ」
「暴力では敵わないだろうが。私も負ける気はしないよ?」
「ほう。俺様にお注射でもする気か? お注射対決なら俺も負ける気はしねえぜ?」
「コラコラー! そこのドSさんチーム! ラルちゃんがコワがってるから、ここで火花散らすの止めよ?
ラルちゃん、ごめんね。ホントは俺、ラルちゃんと二人っきりでお疲れサマ会しようと思ってたんだけど、
帰り掛けにコワイ人達に捕まっちゃって、こんな世にもアブナイ面子に…」
「あ、いえ…」
「ラルちゃん、今日、なんかしょぼんってなってない? やっぱこの面子じゃヤだったよね。俺もコワイもん」
「いいえ。皆様のせいでは…」
怪文書については、これで幕を下ろせるとして。
問題がひとつ残っている。ごく個人的な、私の問題だ。
――玉座から下りる男に就くか、玉座に上る男に就くか、お前の好きなほうでいい。
陛下と殿下。私はどちらのお側に就けば良いのだろう。
「ラルちゃん、もしかして、悩み事? 俺で良ければ聞くよ?
あ、今日は一応プロのカウンセラーさんも居るしー」
「一応プロとは失礼な」
「あ、ゴメンゴメン。あと、他の力で解決できそうなヒトも居るし…勧められないけど、俺以外は」
「イイぜ、ラルちゃん。俺の胸に飛び込んできな。慰めてやるぜ、じっくり、朝までな」
「ちょ、ディーノ! ラルちゃんにまで手ぇ出すなあっ!」
その夜は結局、四人全員がアイヴィー様のご自宅に雪崩れ込むことになった。
マフィアが勝手に冷蔵庫を開けて、缶ビールを取り出していた。
皆でテーブルに付き、再び酒宴になった。私が覚えているのは、そこまで。
気が付くと朝になっていて、私は紫煙が染み付いたベッドで起きた。
頭に鈍い痛みが走る。記憶を失うまで飲んだのは生涯で初めてだった。
***
葉巻とメンソール。
真夜中のリビングに二本の煙がまだ昇っていた。
他国の側近は寝室のベッドで、この島の警備責任者はリビングのソファで寝息を立てていた。
寝顔を肴にマフィアは葉巻を楽しんでいた。
「金髪美人チームを寝かしつけて、これからオトナの時間ってか?」
「ああ。君とヒミツの話をしたくてね。警備責任者のほうには後で伝える予定だが」
「ヒミツじゃねえのかよ。俺は変態眼鏡と話すことなんてねえぞ」
「おや。私は君にも大変興味があるのだがね?」
「話がねえなら俺はもう寝る。ベッドでな」
もう埋まっているよ、と言いながらドクターはメンソールの灰を落とす。
「アンリを誘拐した男と庭師には、黒幕が居る可能性がある」
マフィアは欠伸して、子供のように目を擦った。
立派な髭を蓄えた男は、時折酷く幼い言動を見せる。
「そう吐いたのか?」
「いいや。あの二人は持っている情報が少な過ぎる。それがどうも気になってね」
「誰か、手引きした奴が居るってか?」
「アンリは今やサン・ジェルマン家当主だ。あの子ならば一代で莫大な財産を築き上げるだろう。
まだ若いうちに、邪魔な芽を摘み取ってしまおうと考えている人間が居ても可笑しくはない」
「んなことは解ってんだよ」
「ほう。流石はマンゾーニ家だ。アンリも知っているのかい?」
マフィアの横顔を見つめる。
「さあな」
ドクターはメンソールを咥える。自分で吹かした煙を仰ぐ。
「君のような男を盾に持っているのだから、何らかの身の危険を感じているのだろうね」
「何言ってんだ」マフィアが嗤う。
「あいつが俺を手放さねえのは、俺に惚れてるからだろ?」
***
→25
■ロレートシナリオ
「申し訳ありません」
私は殿下とサン・ジェルマン様の前で膝を着いた。
「殿下のご友人を大変な目に…」
「そんな。ラルヴィスさんのせいじゃ」
殿下のお言葉をご友人の冷静な声が遮る。
「レイナ卿には何の非もないよ。貴方はジョシュアを守ることが任務なのだから。
僕を見殺しにしても、皇太子の安全を確保するのが、正しい選択だった。
間違っていたのはジョシュア、君の方だよ? ロレートの皇太子にもなった人が、
国民でもない僕の為に、犠牲になろうとする方が間違ってる。
解ってる? ジョシュア。僕は怒ってるの、君に」
「でも、俺は」
「言い訳は聞きたくない」
殿下の左手がご友人の背に回る。
「ごめん」
右手で宵闇の髪を包み込む。
殿下の腕の中で「君は、解ってない」と呟かれていた。
マフィアは煙草を取り出す。オレンジの小さな炎がぽうっと灯った。
「あーあ。やってらんねー」
小屋の外から人の声や足音が聞こえてきた。
知っている声もする。私の部下達だ。エメリーが送ってくれた援軍だろう。
彼等には無駄足を踏ませてしまったが、これで一件落着だ。
マフィアは紫煙を吐き出しながら、私に言う。
「さあてズラかるか。こいつらの身柄は俺達が貰ってくぜ。拘束テクについて語り合いたいんでな」
殿下がマフィアの前に行く。深く頭を下げた。
「ありがとうございます、助けて下さって。何て、お礼を言って良いか…」
「お利口だな、ジョシュア・グラント。いや、今はプリンス・ジョシュアなんだっけか」
「あの、良かったら、これから邸に来てくれませんか? カーディスに貴方のことを」
「そいつはできねえ相談だ。俺達はお宅らと違って、
表舞台でライト浴びるのは苦手なんだよ。すげーシャイなもんでな。
今日俺達の顔を見たことを忘れてくれることが、何よりの礼になる」
「…そう、ですか。解りました。本当に、ありがとうございます」
「素直で聞き分けが良い王子様だ。ラルちゃんが羨ましいぜ」
誘拐犯が呻き声を上げ、目を覚ました。
傍に付いているマフィアの部下が縄を引く。
「ほれ、歩きな」
「ジョシュア様…ジョシュア様、お怪我はありませんか?」
「はあ? 何言ってんだ、こいつ」
私は誘拐犯の前に行く。
「貴様、自分が何をしたのか解っているのか?
邸に二通も手紙を投げ込み、殿下とご友人にこんな真似をして」
「手紙を投げ込んだ?」
「とぼけるつもりか」
誘拐犯は肩を揺らす。
「投げ込んではいませんよ。私は文面を考えただけですから」
私を蔑む笑みがふっと消える。彼は殿下のほうを見つめると、慈愛に満ちた微笑を浮かべた。
「ジョシュア様、これまでのご無礼をどうかお許し下さい。
全ては貴方と、貴方のお父上の無念を晴らす為なのです。
私達は貴方がロレートにいらっしゃるのを待ち望んでおりました。
ご子息にこそ王位継承の資格があるのです。やっと、罪人に償わせることができる。
もうすぐです。もうすぐ、国王にして差し上げます――」
誘拐犯は殿下のお顔を仰いで言った。
「エドワード殿下」
***
ロレート王室。
エメリーは携帯電話を内側の胸ポケットに仕舞う。
チョコレイト色の髪は同僚のホワイトよりは短く、レイナよりは長い。
遊ばせた毛先同様、軽い独り言を呟く。
「そんじゃま、陛下に怒られに行ってきますかねー」
殿下へ二通の投げ込み文書があったことを、これから陛下に報告に行くのだ。
今、陛下は執務室に居る。さっきまで自分もそこに居て、書類のお片付けを手伝っていた。
その時、部下に呼ばれ、二通目の投げ込みを知らされた。
すぐに上官のレイナに伝え、そちらへ部下達を援軍に送った。
以上について、陛下に事後報告しなくてはならない。
嫌な役だ。二通目の二行目を、あの人に見せるなんて。
<闇の王子に父親と同じ制裁あれ>
無表情な仮面を張り付けて、自分の中だけで自分を責めるだろう。
もし、これで王子を失ったら、あの人の心は壊れてしまうかもしれない。
エメリーは執務室の前で重い溜め息を吐いてから、ドアを開けた。
「失礼します。陛下、お話が…」
さっきと同じように陛下は書類の前に座っていた。
その前に立っている男は震える手で陛下に銃口を向けていた。
ライトグレーのツナギ姿。
投げ込み文書を発見した庭師、ケビン・ロロだ。
エメリーは奥歯を噛み締めて、庭師に向かっていく。
「ケビン…てめえっ」
庭師は目に涙を浮かべながら、銃をカタカタ鳴らしている。
「待て、エメリー」王が落ち着いた声で止める。
「お前はすぐこの部屋を出て、ジョシュアの元に行け」
「んなことできるかよ!」
「ケビンがやっと、その気になってくれたんだ。決意するまで随分長かったな?」
エメリーと庭師が王を見る。
「いつか、俺に銃口が向けられる日が来るのだろうと思っていた。
それもいいだろうとな。俺にはこのような最期が相応しいのだろう」
「なっ…何言ってんですか、陛下!」
叫ぶエメリーに、王は薄く笑った。
「俺の役目はもう終わっている。戴冠式の時期が少し早まるだけだ。それで良ければ、ケビン、引き金を引け」
エメリーが拳を握り締める。
「陛下! あんたなあ!」
「どうした、ケビン」
「止めろ、ケビン!」
パン、と乾いた音が轟いた。
***
→24
私は殿下とサン・ジェルマン様の前で膝を着いた。
「殿下のご友人を大変な目に…」
「そんな。ラルヴィスさんのせいじゃ」
殿下のお言葉をご友人の冷静な声が遮る。
「レイナ卿には何の非もないよ。貴方はジョシュアを守ることが任務なのだから。
僕を見殺しにしても、皇太子の安全を確保するのが、正しい選択だった。
間違っていたのはジョシュア、君の方だよ? ロレートの皇太子にもなった人が、
国民でもない僕の為に、犠牲になろうとする方が間違ってる。
解ってる? ジョシュア。僕は怒ってるの、君に」
「でも、俺は」
「言い訳は聞きたくない」
殿下の左手がご友人の背に回る。
「ごめん」
右手で宵闇の髪を包み込む。
殿下の腕の中で「君は、解ってない」と呟かれていた。
マフィアは煙草を取り出す。オレンジの小さな炎がぽうっと灯った。
「あーあ。やってらんねー」
小屋の外から人の声や足音が聞こえてきた。
知っている声もする。私の部下達だ。エメリーが送ってくれた援軍だろう。
彼等には無駄足を踏ませてしまったが、これで一件落着だ。
マフィアは紫煙を吐き出しながら、私に言う。
「さあてズラかるか。こいつらの身柄は俺達が貰ってくぜ。拘束テクについて語り合いたいんでな」
殿下がマフィアの前に行く。深く頭を下げた。
「ありがとうございます、助けて下さって。何て、お礼を言って良いか…」
「お利口だな、ジョシュア・グラント。いや、今はプリンス・ジョシュアなんだっけか」
「あの、良かったら、これから邸に来てくれませんか? カーディスに貴方のことを」
「そいつはできねえ相談だ。俺達はお宅らと違って、
表舞台でライト浴びるのは苦手なんだよ。すげーシャイなもんでな。
今日俺達の顔を見たことを忘れてくれることが、何よりの礼になる」
「…そう、ですか。解りました。本当に、ありがとうございます」
「素直で聞き分けが良い王子様だ。ラルちゃんが羨ましいぜ」
誘拐犯が呻き声を上げ、目を覚ました。
傍に付いているマフィアの部下が縄を引く。
「ほれ、歩きな」
「ジョシュア様…ジョシュア様、お怪我はありませんか?」
「はあ? 何言ってんだ、こいつ」
私は誘拐犯の前に行く。
「貴様、自分が何をしたのか解っているのか?
邸に二通も手紙を投げ込み、殿下とご友人にこんな真似をして」
「手紙を投げ込んだ?」
「とぼけるつもりか」
誘拐犯は肩を揺らす。
「投げ込んではいませんよ。私は文面を考えただけですから」
私を蔑む笑みがふっと消える。彼は殿下のほうを見つめると、慈愛に満ちた微笑を浮かべた。
「ジョシュア様、これまでのご無礼をどうかお許し下さい。
全ては貴方と、貴方のお父上の無念を晴らす為なのです。
私達は貴方がロレートにいらっしゃるのを待ち望んでおりました。
ご子息にこそ王位継承の資格があるのです。やっと、罪人に償わせることができる。
もうすぐです。もうすぐ、国王にして差し上げます――」
誘拐犯は殿下のお顔を仰いで言った。
「エドワード殿下」
***
ロレート王室。
エメリーは携帯電話を内側の胸ポケットに仕舞う。
チョコレイト色の髪は同僚のホワイトよりは短く、レイナよりは長い。
遊ばせた毛先同様、軽い独り言を呟く。
「そんじゃま、陛下に怒られに行ってきますかねー」
殿下へ二通の投げ込み文書があったことを、これから陛下に報告に行くのだ。
今、陛下は執務室に居る。さっきまで自分もそこに居て、書類のお片付けを手伝っていた。
その時、部下に呼ばれ、二通目の投げ込みを知らされた。
すぐに上官のレイナに伝え、そちらへ部下達を援軍に送った。
以上について、陛下に事後報告しなくてはならない。
嫌な役だ。二通目の二行目を、あの人に見せるなんて。
<闇の王子に父親と同じ制裁あれ>
無表情な仮面を張り付けて、自分の中だけで自分を責めるだろう。
もし、これで王子を失ったら、あの人の心は壊れてしまうかもしれない。
エメリーは執務室の前で重い溜め息を吐いてから、ドアを開けた。
「失礼します。陛下、お話が…」
さっきと同じように陛下は書類の前に座っていた。
その前に立っている男は震える手で陛下に銃口を向けていた。
ライトグレーのツナギ姿。
投げ込み文書を発見した庭師、ケビン・ロロだ。
エメリーは奥歯を噛み締めて、庭師に向かっていく。
「ケビン…てめえっ」
庭師は目に涙を浮かべながら、銃をカタカタ鳴らしている。
「待て、エメリー」王が落ち着いた声で止める。
「お前はすぐこの部屋を出て、ジョシュアの元に行け」
「んなことできるかよ!」
「ケビンがやっと、その気になってくれたんだ。決意するまで随分長かったな?」
エメリーと庭師が王を見る。
「いつか、俺に銃口が向けられる日が来るのだろうと思っていた。
それもいいだろうとな。俺にはこのような最期が相応しいのだろう」
「なっ…何言ってんですか、陛下!」
叫ぶエメリーに、王は薄く笑った。
「俺の役目はもう終わっている。戴冠式の時期が少し早まるだけだ。それで良ければ、ケビン、引き金を引け」
エメリーが拳を握り締める。
「陛下! あんたなあ!」
「どうした、ケビン」
「止めろ、ケビン!」
パン、と乾いた音が轟いた。
***
→24
■ロレートシナリオ
ロープウェイ下の広場。
ベンチには殿下と私。ホワイトは立ち尽くしている。
殿下のご友人を行方不明にしてしまうなんて。
あっ、と殿下が声を上げる。
「アンリの携帯に電話してみましょう」
その手があった。二通目のことで、冷静さを失っているのか。情けない。
「でも、アンリがまだ電話中だったら、繋がらないのかな」
「大丈夫ですよ。通話中でも、電話が入ったことはご友人には伝わりますし、
ご友人がこちらに繋いで下されば、割り込んで通話することも可能です」
先日、登録したばかりの電話番号を選んで、殿下に携帯をお渡しする。
殿下が私の携帯電話を耳に当てる。十数秒がやけに長く感じられた。
殿下は耳から携帯を外して、私に差し出す。
「出ません。呼び出し音は鳴ってるんですけど」
「では、後で掛け直して下さるかもしれません」
受け取ったところで、携帯が鳴り出した。
サブディスプレイにはサン・ジェルマン様のお名前が表示された。
どうぞ、と殿下に再び手渡した。
「ジョシュアだよ。今どこに居るんだい?」
「サン・ジェルマン様のお連れ様ですね? 丁度、ご連絡差し上げるところでした」
「えっ?」
「私、ロープウェイ管理棟の者です。先程、こちらのお客様が、
こう、ふらふらと歩いておられるのをお見掛けしましてね?
救護室にて少しお休み頂いていました。軽い貧血のようです。
暫く横になっていれば、回復されるでしょう。そちら様は、今どこにいらっしゃいますか?」
「あ、ロープウェイの下の広場です」
「では、ロープウェイから少し離れたところに、崖があるのが見えますでしょうか?
その近くに赤い屋根の小屋がありますでしょう?」
「えっと、はい。見えます」
「そこが管理棟です。おいで頂けますか?」
「はい。すぐに伺います。どうもありがとうございます」
「いえいえ。では、お待ちしております」
私達は小屋の前まで来た。
赤い屋根はすっかり色褪せ、汚れた朱色。壁板も砂埃に塗れて傷んでいる。
本当にここが管理棟なのだろうか。ホワイトも同じことを思ったようで、私と目が合った。
殿下は小屋を見て「築300年くらいかなあ」と呟かれていた。古い建物に抵抗が全くないらしい。
殿下が自ら扉に手を伸ばそうとされたので、私がドアノブに手を置く。
ギギイと軋みながら、古い扉が開いた。私、殿下、ホワイトの順で中に入っていく。
暗い空間だった。人の気配がするのに、姿が見えない。
以前は管理棟だったのかもしれないが、今では既に使われていない物置小屋といった様相だ。
こんな場所に救護室などという清潔な場所があるわけがない。
「レイナ」とホワイトが固い声を上げる。
ああ、と私は振り返って、殿下の御身を守れるように、肩を抱いた。
いきなりのことに赤い瞳がぱちりと瞬いた。
「…ラル、ヴィスさん?」
「殿下、一度、外に出ましょう」
「でもアンリが」
「ここには居ないかもしれません。早く外に」
部屋の奥から、足音が近付いてきた。
「いらっしゃいますよ」
声のするほうを見た時、扉が閉まる音を背で聞いた。
扉の前には薄笑いを浮かべた男が立っている。
私とホワイトは殿下の前後方に立つ。
奥から近付いてきた男は被っていたハットを取り、胸に当てた。
こちらに向かって、深々と頭を下げた。
「ようこそおいで下さいました、ジョシュア様」
男の顔を殿下はご存知の様子だった。
「あっ、昨日の…」
「おや。私のことを覚えておいででしたか?」
私は瞬時に思い出せなかった。
「殿下、お知り合いですか?」
「えっと、街で俺がぶつかってしまった方です。あの時は、すみませんでした」
「いえいえ。私はラッキーでしたから」
「え? あの、アンリはどこですか? さっき、電話でお話したのは、貴方ですよね?」
「ええ。ご友人でしたら、こちらですよ。どうぞ」
男は、ハットを頭に乗せ、部屋の奥へと歩き出す。
琥珀の瞳に、地べたから見上げられた。
身体を縄で縛られ、口は黒い布のようなもので覆われている。
歩き出そうとする殿下を私は止めた。声を抑えて、同僚に言った。
「ホワイト、殿下とここを出ろ。あいつは私が抑える」
「解った」
殿下が私の腕を掴む。
「ラルヴィスさん!」
男は不敵な笑みを浮かべ、その場にしゃがんだ。
「ああ、皆さん、一歩も動かないようにお願いしますね?」
胸ポケットから出した物を、サン・ジェルマン様の頬に突き付けた。
「ジョシュア様のご友人に傷が付いてしまいますから」
真っ白な頬が冷たい鉄で歪む。銃を見ても、殿下は毅然としたお声で言った。
「アンリを返して下さい」
男は、にこりと微笑んだ。
「よろしいですよ、ジョシュア様と引き換えなら」
ふざけたことを。
「俺と引き換えなら、アンリを返してくれますか」
「ええ」
「殿下、お下がり下さい。信じてはいけません」
「ジョシュア様? こちらまで歩いてきて頂けますか?
お嫌でしたら、ご友人のお綺麗なほっぺたに穴が開いてしまいますが」
「止めて下さい。行きます」
「殿下! お立場をお考え下さい、貴方様はこの国の」
「すみません。でも、今アンリを見捨てなくてはいけないなら、俺は王位継承権を放棄します。
大切な友達一人守れなくて、ロレートの国民全員が守れるとは思いません」
男は恍惚とした表情で、笑い声を上げた。
「流石はジョシュア様。お父上の、エドワード様の血が流れている。さあ、どうぞ、こちらへ」
バタン、と大きな音がした。扉の前に居た男が倒れている。
外から入ってきたのは気障な白いコートを着た男。しゃがれた低い声で言う。
「じゃーん。正義のヒーロー登場ー、ってか」
どう見ても悪人顔の男が、銃を構えて真っ直ぐ奥に入ってくる。
誘拐犯はサン・ジェルマン様の頬に銃を再度突き付ける。
「止まれ。ジョシュア様のご友人だぞ」
ウェーブのかかった黒髪が私達の横を通り過ぎていく。
「撃ちたきゃ撃てよ。そしたら、ナマ言えなくなって、大人しくなるだろうぜ」
「なんだと…おい、止まれ。お前から撃つぞ」
「猿芝居が俺様に通用すると思うのか。ハンマー上げたままで何遊んでだ、てめえ」
犯人の顔色が変わる。銃の安全装置は掛かったままだった。
黒髪の男は、犯人と真向かいに立つ。
「ハナから撃つ気もねえ奴に、銃を持つ資格はねえ」
銃を振り上げる。マガジンで後頭部を殴った。呻いて、犯人が倒れた。
黒髪の男は、サン・ジェルマン様の傍で跪き、口を覆う布を外した。
「ったく。おめえは何度襲われたら気が済むんだ。そろそろ割に合わねえぞ」
サン・ジェルマン様は吐息混じりに呟かれた。
「僕は好きで襲われてるんじゃない」伸びている誘拐犯を見る。
「ねえ。殺してない、よね?」
「まだな。殺ったほうが良かったか?」
「良いわけないでしょう、王子の前で」
「んじゃ、とりあえず動けねえようにしとくか――おい」
後方に声を掛けた。厳つい男三人が現れ、慣れた手付きで犯人を拘束した。
黒髪の男は、サン・ジェルマン様を見下ろして、首を傾げる。
「お姫様? 正義のヒーローにお礼は?」
琥珀の瞳はヒーローを睨み付ける。
「来るのが遅い。何の為に君と手を組んだと思ってるの?」
「だから、ちゃんと助けに来てやっただろう」
「こんな事態を起こすなって言っているの」
「助け甲斐のないお姫様だな。ここは『サンキュー、マリオ』っつって、抱き着く場面だろうが」
「今、僕、縛られてるから」
「ああ…すげえソソるぜ、その拘束プレイ」
「さっさと縄を解いて」
「もうちょい拝ませろって。あ、携帯で写真撮って、待受画面にしてもイイか?」
「ジョシュア、縄を解いて、早く」
「あ、う、うん」
殿下が駆け出す。ホワイトも後を追って、殿下を手伝った。
私は黒髪の男と目が合った。白いコートをなびかせて、男が向かってくる。
やはりこいつだ。聖アルフォンソ島で、アイヴィー様と話していた男。
マージナルプリンスの一人がボディガートとして雇っているというマフィア。
「よお、ラルちゃん。また会えるって、信じてたぜ?」
縄を解かれたサン・ジェルマン様が、怪訝な顔をする。
「ディーノ、レイナ卿と知り合いなの?」
「ああ、今まさに運命の再会中だ。再会のキスするなら今だぜ、ラルちゃん?」
マフィアにウインクをされた。
→23
ベンチには殿下と私。ホワイトは立ち尽くしている。
殿下のご友人を行方不明にしてしまうなんて。
あっ、と殿下が声を上げる。
「アンリの携帯に電話してみましょう」
その手があった。二通目のことで、冷静さを失っているのか。情けない。
「でも、アンリがまだ電話中だったら、繋がらないのかな」
「大丈夫ですよ。通話中でも、電話が入ったことはご友人には伝わりますし、
ご友人がこちらに繋いで下されば、割り込んで通話することも可能です」
先日、登録したばかりの電話番号を選んで、殿下に携帯をお渡しする。
殿下が私の携帯電話を耳に当てる。十数秒がやけに長く感じられた。
殿下は耳から携帯を外して、私に差し出す。
「出ません。呼び出し音は鳴ってるんですけど」
「では、後で掛け直して下さるかもしれません」
受け取ったところで、携帯が鳴り出した。
サブディスプレイにはサン・ジェルマン様のお名前が表示された。
どうぞ、と殿下に再び手渡した。
「ジョシュアだよ。今どこに居るんだい?」
「サン・ジェルマン様のお連れ様ですね? 丁度、ご連絡差し上げるところでした」
「えっ?」
「私、ロープウェイ管理棟の者です。先程、こちらのお客様が、
こう、ふらふらと歩いておられるのをお見掛けしましてね?
救護室にて少しお休み頂いていました。軽い貧血のようです。
暫く横になっていれば、回復されるでしょう。そちら様は、今どこにいらっしゃいますか?」
「あ、ロープウェイの下の広場です」
「では、ロープウェイから少し離れたところに、崖があるのが見えますでしょうか?
その近くに赤い屋根の小屋がありますでしょう?」
「えっと、はい。見えます」
「そこが管理棟です。おいで頂けますか?」
「はい。すぐに伺います。どうもありがとうございます」
「いえいえ。では、お待ちしております」
私達は小屋の前まで来た。
赤い屋根はすっかり色褪せ、汚れた朱色。壁板も砂埃に塗れて傷んでいる。
本当にここが管理棟なのだろうか。ホワイトも同じことを思ったようで、私と目が合った。
殿下は小屋を見て「築300年くらいかなあ」と呟かれていた。古い建物に抵抗が全くないらしい。
殿下が自ら扉に手を伸ばそうとされたので、私がドアノブに手を置く。
ギギイと軋みながら、古い扉が開いた。私、殿下、ホワイトの順で中に入っていく。
暗い空間だった。人の気配がするのに、姿が見えない。
以前は管理棟だったのかもしれないが、今では既に使われていない物置小屋といった様相だ。
こんな場所に救護室などという清潔な場所があるわけがない。
「レイナ」とホワイトが固い声を上げる。
ああ、と私は振り返って、殿下の御身を守れるように、肩を抱いた。
いきなりのことに赤い瞳がぱちりと瞬いた。
「…ラル、ヴィスさん?」
「殿下、一度、外に出ましょう」
「でもアンリが」
「ここには居ないかもしれません。早く外に」
部屋の奥から、足音が近付いてきた。
「いらっしゃいますよ」
声のするほうを見た時、扉が閉まる音を背で聞いた。
扉の前には薄笑いを浮かべた男が立っている。
私とホワイトは殿下の前後方に立つ。
奥から近付いてきた男は被っていたハットを取り、胸に当てた。
こちらに向かって、深々と頭を下げた。
「ようこそおいで下さいました、ジョシュア様」
男の顔を殿下はご存知の様子だった。
「あっ、昨日の…」
「おや。私のことを覚えておいででしたか?」
私は瞬時に思い出せなかった。
「殿下、お知り合いですか?」
「えっと、街で俺がぶつかってしまった方です。あの時は、すみませんでした」
「いえいえ。私はラッキーでしたから」
「え? あの、アンリはどこですか? さっき、電話でお話したのは、貴方ですよね?」
「ええ。ご友人でしたら、こちらですよ。どうぞ」
男は、ハットを頭に乗せ、部屋の奥へと歩き出す。
琥珀の瞳に、地べたから見上げられた。
身体を縄で縛られ、口は黒い布のようなもので覆われている。
歩き出そうとする殿下を私は止めた。声を抑えて、同僚に言った。
「ホワイト、殿下とここを出ろ。あいつは私が抑える」
「解った」
殿下が私の腕を掴む。
「ラルヴィスさん!」
男は不敵な笑みを浮かべ、その場にしゃがんだ。
「ああ、皆さん、一歩も動かないようにお願いしますね?」
胸ポケットから出した物を、サン・ジェルマン様の頬に突き付けた。
「ジョシュア様のご友人に傷が付いてしまいますから」
真っ白な頬が冷たい鉄で歪む。銃を見ても、殿下は毅然としたお声で言った。
「アンリを返して下さい」
男は、にこりと微笑んだ。
「よろしいですよ、ジョシュア様と引き換えなら」
ふざけたことを。
「俺と引き換えなら、アンリを返してくれますか」
「ええ」
「殿下、お下がり下さい。信じてはいけません」
「ジョシュア様? こちらまで歩いてきて頂けますか?
お嫌でしたら、ご友人のお綺麗なほっぺたに穴が開いてしまいますが」
「止めて下さい。行きます」
「殿下! お立場をお考え下さい、貴方様はこの国の」
「すみません。でも、今アンリを見捨てなくてはいけないなら、俺は王位継承権を放棄します。
大切な友達一人守れなくて、ロレートの国民全員が守れるとは思いません」
男は恍惚とした表情で、笑い声を上げた。
「流石はジョシュア様。お父上の、エドワード様の血が流れている。さあ、どうぞ、こちらへ」
バタン、と大きな音がした。扉の前に居た男が倒れている。
外から入ってきたのは気障な白いコートを着た男。しゃがれた低い声で言う。
「じゃーん。正義のヒーロー登場ー、ってか」
どう見ても悪人顔の男が、銃を構えて真っ直ぐ奥に入ってくる。
誘拐犯はサン・ジェルマン様の頬に銃を再度突き付ける。
「止まれ。ジョシュア様のご友人だぞ」
ウェーブのかかった黒髪が私達の横を通り過ぎていく。
「撃ちたきゃ撃てよ。そしたら、ナマ言えなくなって、大人しくなるだろうぜ」
「なんだと…おい、止まれ。お前から撃つぞ」
「猿芝居が俺様に通用すると思うのか。ハンマー上げたままで何遊んでだ、てめえ」
犯人の顔色が変わる。銃の安全装置は掛かったままだった。
黒髪の男は、犯人と真向かいに立つ。
「ハナから撃つ気もねえ奴に、銃を持つ資格はねえ」
銃を振り上げる。マガジンで後頭部を殴った。呻いて、犯人が倒れた。
黒髪の男は、サン・ジェルマン様の傍で跪き、口を覆う布を外した。
「ったく。おめえは何度襲われたら気が済むんだ。そろそろ割に合わねえぞ」
サン・ジェルマン様は吐息混じりに呟かれた。
「僕は好きで襲われてるんじゃない」伸びている誘拐犯を見る。
「ねえ。殺してない、よね?」
「まだな。殺ったほうが良かったか?」
「良いわけないでしょう、王子の前で」
「んじゃ、とりあえず動けねえようにしとくか――おい」
後方に声を掛けた。厳つい男三人が現れ、慣れた手付きで犯人を拘束した。
黒髪の男は、サン・ジェルマン様を見下ろして、首を傾げる。
「お姫様? 正義のヒーローにお礼は?」
琥珀の瞳はヒーローを睨み付ける。
「来るのが遅い。何の為に君と手を組んだと思ってるの?」
「だから、ちゃんと助けに来てやっただろう」
「こんな事態を起こすなって言っているの」
「助け甲斐のないお姫様だな。ここは『サンキュー、マリオ』っつって、抱き着く場面だろうが」
「今、僕、縛られてるから」
「ああ…すげえソソるぜ、その拘束プレイ」
「さっさと縄を解いて」
「もうちょい拝ませろって。あ、携帯で写真撮って、待受画面にしてもイイか?」
「ジョシュア、縄を解いて、早く」
「あ、う、うん」
殿下が駆け出す。ホワイトも後を追って、殿下を手伝った。
私は黒髪の男と目が合った。白いコートをなびかせて、男が向かってくる。
やはりこいつだ。聖アルフォンソ島で、アイヴィー様と話していた男。
マージナルプリンスの一人がボディガートとして雇っているというマフィア。
「よお、ラルちゃん。また会えるって、信じてたぜ?」
縄を解かれたサン・ジェルマン様が、怪訝な顔をする。
「ディーノ、レイナ卿と知り合いなの?」
「ああ、今まさに運命の再会中だ。再会のキスするなら今だぜ、ラルちゃん?」
マフィアにウインクをされた。
→23
■ロレートシナリオ
***
「やっぱり、お金が目的?」
湿った空気が漂っている。薄暗い空間に、アンリの声が微かに反響する。
部屋の脇に使い物にならないゴミが居座っているだけの倉庫。
アンリは、冷たいコンクリートの上で、うつ伏せに横たわっていた。
手は背中で結ばれ、足もきつく縛られていた。携帯電話はポケットにあるのに使えない。
今の自分には、相手を睨み付けることしかできなかった。
「知らないなら教えてあげる。僕には身代金を用意してくれるような家族は居ないよ?」
「存じております。お父上は先日、他界されたのでしたね。残念でした」
男は廃材のコンクリートの上に腰掛け、悠長に煙草を吹かしている。品のない香りだ。
つばの広い帽子を深く被っていて、顔がよく見えない。
「君にとっては残念だったろうね。父なら僕の首と引き換えに、たっぷりご褒美をくれただろうから」
「ご心配には及びません。私共はお金を目的としておりません」
「じゃあ、僕を殺すのかな? にしては悠長だけれど」
会社からの連絡は予定通り、商談成立を確認するものだった。
電話が終わった時、背後で人の気配を感じた。その後は、手垢の付いた術。
口と鼻を少し冷たい布で押さえられ、気が付けば、ここに転がされていた。
自分でもがっかりするほど、あっけなく捕われたものだ。
せっかく商談が上手くいったのに、喜びを噛み締める時間も有りはしない。
「ご安心下さい、ご当主様。貴方を殺すつもりは、まだありません」
囚われの身は冷笑する。
「じゃあ君、何が目的なの? 縛り上げた人を眺めるのが好きな人? 最悪だね」
「その趣味は否定できませんね。私はただの愉快犯なのかもしれません。
この悲劇では、貴方は攫われたお姫様役になって頂きます。
どうせなら、ドレス姿にした後、縛れば良かったですね?」
頭痛がする。さっき吸わされた薬のせいだけではないだろう。
「僕にこんな真似をして…誰に何を要求するつもりなの」
「誰か、お分かりになりませんか? もちろん、貴方を取り戻したい人ですよ」
アンリは可笑しそうに嗤った。
「居ないよ。この世に、そんな人間は。もう一人も、いいや、僕には最初から一人も居ない」
「ご謙遜を。いらっしゃいますよ。昨日だって、
仲良く見つめ合ってらしたじゃないですか。私とぶつかってしまう程に」
男は足を組み替え、右手で頬杖を突く。
「お友達、なんでしょう? 貴方は、闇の血を引く王子様と」
***
→22
「やっぱり、お金が目的?」
湿った空気が漂っている。薄暗い空間に、アンリの声が微かに反響する。
部屋の脇に使い物にならないゴミが居座っているだけの倉庫。
アンリは、冷たいコンクリートの上で、うつ伏せに横たわっていた。
手は背中で結ばれ、足もきつく縛られていた。携帯電話はポケットにあるのに使えない。
今の自分には、相手を睨み付けることしかできなかった。
「知らないなら教えてあげる。僕には身代金を用意してくれるような家族は居ないよ?」
「存じております。お父上は先日、他界されたのでしたね。残念でした」
男は廃材のコンクリートの上に腰掛け、悠長に煙草を吹かしている。品のない香りだ。
つばの広い帽子を深く被っていて、顔がよく見えない。
「君にとっては残念だったろうね。父なら僕の首と引き換えに、たっぷりご褒美をくれただろうから」
「ご心配には及びません。私共はお金を目的としておりません」
「じゃあ、僕を殺すのかな? にしては悠長だけれど」
会社からの連絡は予定通り、商談成立を確認するものだった。
電話が終わった時、背後で人の気配を感じた。その後は、手垢の付いた術。
口と鼻を少し冷たい布で押さえられ、気が付けば、ここに転がされていた。
自分でもがっかりするほど、あっけなく捕われたものだ。
せっかく商談が上手くいったのに、喜びを噛み締める時間も有りはしない。
「ご安心下さい、ご当主様。貴方を殺すつもりは、まだありません」
囚われの身は冷笑する。
「じゃあ君、何が目的なの? 縛り上げた人を眺めるのが好きな人? 最悪だね」
「その趣味は否定できませんね。私はただの愉快犯なのかもしれません。
この悲劇では、貴方は攫われたお姫様役になって頂きます。
どうせなら、ドレス姿にした後、縛れば良かったですね?」
頭痛がする。さっき吸わされた薬のせいだけではないだろう。
「僕にこんな真似をして…誰に何を要求するつもりなの」
「誰か、お分かりになりませんか? もちろん、貴方を取り戻したい人ですよ」
アンリは可笑しそうに嗤った。
「居ないよ。この世に、そんな人間は。もう一人も、いいや、僕には最初から一人も居ない」
「ご謙遜を。いらっしゃいますよ。昨日だって、
仲良く見つめ合ってらしたじゃないですか。私とぶつかってしまう程に」
男は足を組み替え、右手で頬杖を突く。
「お友達、なんでしょう? 貴方は、闇の血を引く王子様と」
***
→22
■ロレートシナリオ
私は携帯電話を握る手から力が抜けそうだった。
「おーい。聞こえたかー、レイナ」
電話越しのエメリーはこんな時でも普段通りの軽い口調だ。
私は携帯を握り直して、一呼吸置いた。
「聞こえている」
「じゃあ、読むぜ?」と言って、同僚の声はこう告げた。
<新しい王子は、闇の血を引く者>
<闇の王子に父親と同じ制裁あれ>
「見付けたのは庭師のケビン・ロロで、発見状況も一通目と同じだ。
十分くらい前に、前と同じ場所で木のお手入れ中に落ちてるのを見付けたんだってさ。
箝口令(かんこうれい)が災いしたな、レイナ。いや、ここは幸いと考えとくか。数は多少絞られるんだから」
一行目が前回と全く同じである以上、一通目を意識して書いたと考えられる。
この二通目は、一通目を書いた人間と同じ。つまり、同一犯という可能性がある。
または、一通目の存在を知っていた、私達のうちの誰かにも書けるということだ。
「解った。すぐ邸に戻る」
「まあ、待てって。こっちから援軍を送るから、そいつらと一緒に、ゆっくり戻って来な。
邸には犯人さんがまだ近くに居るかもしんねーから、すぐに戻られるほうが危険かも、だろ?」
一理ある。私はエメリーに現在地を知らせた。
「了解。それから、いい加減、陛下にはお伝えするぜ? これ以上、ボスをノケモンにしたら俺達絶対お仕置きされる」
「そうだな。頼む」
「あいよ。いいか? キレーな顔にキズ付けんなよ、レイナ」
「ああ。必ずお守りする」
「バーカ。お前の顔だよ、お前の。じゃあな」
電話が終わり、私は殿下の元へ向かう。
すると、こちらを見たホワイトが、殿下に頭を下げ、また売店のほうへ歩いていった。
コーヒーのおかわりでも買いに行ったのだろうか。まさか。私は殿下にお尋ねする。
「ホワイトはどこへ…」
「ラテさん、アンリの様子を見に行ってくれたんです。
最初は、俺が行こうとしたんですけど『殿下はレイナとここでお待ち下さい』って」
「左様ですか」
「でも、やっぱり俺が行ったほうが良かったかもしれません。
仕事が上手くいっていない時のアンリって、ちょっと機嫌が悪いから」
私は正直なところ、ご学友のことなどどうでもいい、と感じていた。
ご学友が電話を終えて戻って来たら、もう全員に話さなくてはいけないだろう。
二通目が発見されたこと、いや、その前に、一通目が届いていたことからだ。
お優しい殿下から、今日初めてお叱りを受けるかもしれない。それも覚悟の上だ。
アイスコーヒーをお飲みになっている隣で、私は殿下にどうお話すべきか考えていた。
「殿下」
ホワイトが戻ってきた。殿下がお尋ねになる。
「電話、まだ長引きそうでしたか?」
ホワイトは、申し訳ありません、と頭を下げた。
「ご友人のお姿を、見付けられませんでした」
→21
「おーい。聞こえたかー、レイナ」
電話越しのエメリーはこんな時でも普段通りの軽い口調だ。
私は携帯を握り直して、一呼吸置いた。
「聞こえている」
「じゃあ、読むぜ?」と言って、同僚の声はこう告げた。
<新しい王子は、闇の血を引く者>
<闇の王子に父親と同じ制裁あれ>
「見付けたのは庭師のケビン・ロロで、発見状況も一通目と同じだ。
十分くらい前に、前と同じ場所で木のお手入れ中に落ちてるのを見付けたんだってさ。
箝口令(かんこうれい)が災いしたな、レイナ。いや、ここは幸いと考えとくか。数は多少絞られるんだから」
一行目が前回と全く同じである以上、一通目を意識して書いたと考えられる。
この二通目は、一通目を書いた人間と同じ。つまり、同一犯という可能性がある。
または、一通目の存在を知っていた、私達のうちの誰かにも書けるということだ。
「解った。すぐ邸に戻る」
「まあ、待てって。こっちから援軍を送るから、そいつらと一緒に、ゆっくり戻って来な。
邸には犯人さんがまだ近くに居るかもしんねーから、すぐに戻られるほうが危険かも、だろ?」
一理ある。私はエメリーに現在地を知らせた。
「了解。それから、いい加減、陛下にはお伝えするぜ? これ以上、ボスをノケモンにしたら俺達絶対お仕置きされる」
「そうだな。頼む」
「あいよ。いいか? キレーな顔にキズ付けんなよ、レイナ」
「ああ。必ずお守りする」
「バーカ。お前の顔だよ、お前の。じゃあな」
電話が終わり、私は殿下の元へ向かう。
すると、こちらを見たホワイトが、殿下に頭を下げ、また売店のほうへ歩いていった。
コーヒーのおかわりでも買いに行ったのだろうか。まさか。私は殿下にお尋ねする。
「ホワイトはどこへ…」
「ラテさん、アンリの様子を見に行ってくれたんです。
最初は、俺が行こうとしたんですけど『殿下はレイナとここでお待ち下さい』って」
「左様ですか」
「でも、やっぱり俺が行ったほうが良かったかもしれません。
仕事が上手くいっていない時のアンリって、ちょっと機嫌が悪いから」
私は正直なところ、ご学友のことなどどうでもいい、と感じていた。
ご学友が電話を終えて戻って来たら、もう全員に話さなくてはいけないだろう。
二通目が発見されたこと、いや、その前に、一通目が届いていたことからだ。
お優しい殿下から、今日初めてお叱りを受けるかもしれない。それも覚悟の上だ。
アイスコーヒーをお飲みになっている隣で、私は殿下にどうお話すべきか考えていた。
「殿下」
ホワイトが戻ってきた。殿下がお尋ねになる。
「電話、まだ長引きそうでしたか?」
ホワイトは、申し訳ありません、と頭を下げた。
「ご友人のお姿を、見付けられませんでした」
→21
■ロレートシナリオ
13時、ご学友のご要望通り、『ラトナピュラ』という紅茶専門店に殿下をお連れした。
ロレートでも有名な老舗だが、国民でないサン・ジェルマン様が、よくこのお店をご存知だったものだ。
ご学友は既に到着されていて店内にずらりと並ぶ紅茶のリーフを吟味されていた。
「アン…マーリン、お待たせ」
殿下がご学友の肩に手を置く。ご学友は殿下を見上げて、冷ややかに呟く。
「また、そんな格好させ…」
殿下が手で唇を覆う。今日も殿下には変装して頂いたのだ。
ご学友にはお気に召さないらしい。殿下の手を静かに避ける。
殿下とご学友が肩を並べていると、いつのまにか女性客の注目を浴びていた。
今日も共に護衛を務めているホワイトが、彼女達を見て怪訝な顔をする。
「見て、あの子達」「かわいい」という囁き声が聞こえる。
私は、殿下ご本人だと気付かれないか心配したが、
どうやらお二人の美貌がご婦人方の視線を集めているようだった。
ご学友は視線を完全に無視している。
殿下は周囲の視線に気付かないフリをしていらっしゃるようだが、
少し居た堪れないご様子で、ご友人の後に付いて行っている。
「マーリン、お土産用のリーフを選んでるんだよね?」
「自分用にね」
「じゃあ俺、バトラーへのお土産を選ぼうかな。彼も紅茶は好きだし」
ご学友はリーフの缶を手にしながら、
「勝手にすれば?」
「あ、博士やアイヴィーにも選ぼうかな。いつもお世話になっているし」
「サディストなんかには必要なっ…」
ご学友が何もない所で躓いた。よろけそうなったところを、殿下が腕を伸ばして、身体を支えた。
「平気かい? 寝不足だからかな、ちょっとふらふらしているよ?」
「…平気だから、離して」
その後、ご学友は「これと、これと、これと、これを100gずつ」とリーフを指を差し、
自分用にしては大量のリーフをお求めになった。
紅茶専門店の次は、近くのロープウェイまで車で移動した。
四人乗りとのことだったので、殿下とご学友、私とホワイトがひとつの箱に乗ることになった。
ロープウェイに乗ったご学友は、クールな表情ながらも楽しまれているようで、
外の景色を興味深くご覧になっていた。本当に高い所がお好きなようだ。
そのご様子を見て、殿下は声に出さずに微笑んでおられた。
十五分ほどの空中遊覧から地上に戻ってくると、電子音が鳴った。私の携帯ではない。
ポケットから携帯電話を取り出したのは、ご学友だった。
サブディスプレイ見て「会社からだ」と呟く。
「あ、商談の結果?」と殿下。
「だろうね。すぐに済むと思うから、この辺で待っていてくれる?」
「うん。解った」
そう言えば、近日中にまとまりそうな商談があるので、その一報が入る予定だと仰っていた。
ご学友は電話を耳に当てると、英語ではない言語で話し始めた。
電話をしながら、売店の影まで行ってしまい、姿が見えなくなった。
ホワイトは「殿下、あちらのベンチでお待ちになりますか?」と声を掛けていた。
彼も殿下の前では優しい微笑みが見せられるらしい。
ロープウェイ乗り場の周りは、一本の木を囲んだ広場。ひなびた売店などが軒を連ねている。
殿下にはお座り頂き、私とホワイトはベンチの後方に立った。
一分程そのままでいたのだが、殿下は、あの、と私達を振り返った。
「お二人も座って下さい。俺の隣、空いてますし…その、不自然な気がして…」
確かに、今は殿下としてではなく、私服姿なのだから、
二人もボディーガードのように立っている絵は、自然ではない。
また、殿下のお優しいご好意に背くわけにも行かず、我々は陛下を挟む形でお隣に座った。
これもまた不自然な絵である。
「あの、ラテさんっていうんですか? お名前」
「殿下…どうしてそんなことを…」
「えっと、聞き違いだったのかもしれませんが、この前、エメリーさんが、
貴方のこと、そう呼んでいるのを見掛けて…」
「ああ、そうでしたか。ラテというのは、ニックネームのようなものでして、
私の名前は、ブラウン・ホワイトと申します」
「あっ、それで、ラテさんなんですね? 良いですね、コーヒーの愛称なんて。
もし失礼じゃなければ、俺もラテさんってお呼びしても良いですか?」
「ええ、お好きなようにお呼び下さい、殿下」
「ありがとうございます。俺、コーヒーが好きだから、
貴方のことをお呼びする度に、飲みたくなってしまいそうです」
殿下の笑顔を見て、ホワイトは少し俯いた。
「では、コーヒーをお飲みになりますか? あそこで売っているようですから、私、行って参ります」
殿下はまだ、飲むとも仰っていないのに、ホワイトは立ち上がって売店に向かってしまった。
私はホワイトと長い付き合いだと思っていたが、あのように動揺しているホワイトは初めて見た。
ベンチは殿下と私だけになる。殿下は私にも笑顔を向けた。
「ラテさんって優しい人ですね」
奴が優しいのは、陛下と殿下の前だけだ。
「ホワイトをお褒め頂き、ありがとうございます」
「あれ? ラルヴィスさんは、ラテさんって呼んでないんですか?」
「ええ。私はホワイトと」
「そうですか…」
殿下は、名前については、それ以上ご質問されなかった。
「アンリ、遅いですね。商談が上手くいかなかったのかな」
「そうかもしれませんね」
ホワイトが戻ってくる。紙コップを殿下に渡す。殿下はお礼を仰っていた。
電子音。私の携帯電話が鳴った。エメリーからのようだ。
殿下に、失礼致します、と断ってから、私は少し離れた場所へ行った。
「どうした? エメリー」
「王子サマ、今、どこに居る?」
私はベンチを見やる。現在、アイスコーヒーをお召し上がり中だ。
ホワイトと何かご歓談されている。
「殿下は、こちらにいらっしゃるが」
「そ。じゃあ、イイんだけど」
「どういうことだ」
「うちの王子サマは、よくおモテになるって話」
「何が言いたい? 早く言え」
エメリーが声を低める。
「二通目が見つかった。王子サマへのファンレターだ」
→20
ロレートでも有名な老舗だが、国民でないサン・ジェルマン様が、よくこのお店をご存知だったものだ。
ご学友は既に到着されていて店内にずらりと並ぶ紅茶のリーフを吟味されていた。
「アン…マーリン、お待たせ」
殿下がご学友の肩に手を置く。ご学友は殿下を見上げて、冷ややかに呟く。
「また、そんな格好させ…」
殿下が手で唇を覆う。今日も殿下には変装して頂いたのだ。
ご学友にはお気に召さないらしい。殿下の手を静かに避ける。
殿下とご学友が肩を並べていると、いつのまにか女性客の注目を浴びていた。
今日も共に護衛を務めているホワイトが、彼女達を見て怪訝な顔をする。
「見て、あの子達」「かわいい」という囁き声が聞こえる。
私は、殿下ご本人だと気付かれないか心配したが、
どうやらお二人の美貌がご婦人方の視線を集めているようだった。
ご学友は視線を完全に無視している。
殿下は周囲の視線に気付かないフリをしていらっしゃるようだが、
少し居た堪れないご様子で、ご友人の後に付いて行っている。
「マーリン、お土産用のリーフを選んでるんだよね?」
「自分用にね」
「じゃあ俺、バトラーへのお土産を選ぼうかな。彼も紅茶は好きだし」
ご学友はリーフの缶を手にしながら、
「勝手にすれば?」
「あ、博士やアイヴィーにも選ぼうかな。いつもお世話になっているし」
「サディストなんかには必要なっ…」
ご学友が何もない所で躓いた。よろけそうなったところを、殿下が腕を伸ばして、身体を支えた。
「平気かい? 寝不足だからかな、ちょっとふらふらしているよ?」
「…平気だから、離して」
その後、ご学友は「これと、これと、これと、これを100gずつ」とリーフを指を差し、
自分用にしては大量のリーフをお求めになった。
紅茶専門店の次は、近くのロープウェイまで車で移動した。
四人乗りとのことだったので、殿下とご学友、私とホワイトがひとつの箱に乗ることになった。
ロープウェイに乗ったご学友は、クールな表情ながらも楽しまれているようで、
外の景色を興味深くご覧になっていた。本当に高い所がお好きなようだ。
そのご様子を見て、殿下は声に出さずに微笑んでおられた。
十五分ほどの空中遊覧から地上に戻ってくると、電子音が鳴った。私の携帯ではない。
ポケットから携帯電話を取り出したのは、ご学友だった。
サブディスプレイ見て「会社からだ」と呟く。
「あ、商談の結果?」と殿下。
「だろうね。すぐに済むと思うから、この辺で待っていてくれる?」
「うん。解った」
そう言えば、近日中にまとまりそうな商談があるので、その一報が入る予定だと仰っていた。
ご学友は電話を耳に当てると、英語ではない言語で話し始めた。
電話をしながら、売店の影まで行ってしまい、姿が見えなくなった。
ホワイトは「殿下、あちらのベンチでお待ちになりますか?」と声を掛けていた。
彼も殿下の前では優しい微笑みが見せられるらしい。
ロープウェイ乗り場の周りは、一本の木を囲んだ広場。ひなびた売店などが軒を連ねている。
殿下にはお座り頂き、私とホワイトはベンチの後方に立った。
一分程そのままでいたのだが、殿下は、あの、と私達を振り返った。
「お二人も座って下さい。俺の隣、空いてますし…その、不自然な気がして…」
確かに、今は殿下としてではなく、私服姿なのだから、
二人もボディーガードのように立っている絵は、自然ではない。
また、殿下のお優しいご好意に背くわけにも行かず、我々は陛下を挟む形でお隣に座った。
これもまた不自然な絵である。
「あの、ラテさんっていうんですか? お名前」
「殿下…どうしてそんなことを…」
「えっと、聞き違いだったのかもしれませんが、この前、エメリーさんが、
貴方のこと、そう呼んでいるのを見掛けて…」
「ああ、そうでしたか。ラテというのは、ニックネームのようなものでして、
私の名前は、ブラウン・ホワイトと申します」
「あっ、それで、ラテさんなんですね? 良いですね、コーヒーの愛称なんて。
もし失礼じゃなければ、俺もラテさんってお呼びしても良いですか?」
「ええ、お好きなようにお呼び下さい、殿下」
「ありがとうございます。俺、コーヒーが好きだから、
貴方のことをお呼びする度に、飲みたくなってしまいそうです」
殿下の笑顔を見て、ホワイトは少し俯いた。
「では、コーヒーをお飲みになりますか? あそこで売っているようですから、私、行って参ります」
殿下はまだ、飲むとも仰っていないのに、ホワイトは立ち上がって売店に向かってしまった。
私はホワイトと長い付き合いだと思っていたが、あのように動揺しているホワイトは初めて見た。
ベンチは殿下と私だけになる。殿下は私にも笑顔を向けた。
「ラテさんって優しい人ですね」
奴が優しいのは、陛下と殿下の前だけだ。
「ホワイトをお褒め頂き、ありがとうございます」
「あれ? ラルヴィスさんは、ラテさんって呼んでないんですか?」
「ええ。私はホワイトと」
「そうですか…」
殿下は、名前については、それ以上ご質問されなかった。
「アンリ、遅いですね。商談が上手くいかなかったのかな」
「そうかもしれませんね」
ホワイトが戻ってくる。紙コップを殿下に渡す。殿下はお礼を仰っていた。
電子音。私の携帯電話が鳴った。エメリーからのようだ。
殿下に、失礼致します、と断ってから、私は少し離れた場所へ行った。
「どうした? エメリー」
「王子サマ、今、どこに居る?」
私はベンチを見やる。現在、アイスコーヒーをお召し上がり中だ。
ホワイトと何かご歓談されている。
「殿下は、こちらにいらっしゃるが」
「そ。じゃあ、イイんだけど」
「どういうことだ」
「うちの王子サマは、よくおモテになるって話」
「何が言いたい? 早く言え」
エメリーが声を低める。
「二通目が見つかった。王子サマへのファンレターだ」
→20
■ロレートシナリオ
翌朝。陛下と殿下とご学友は、ご一緒に朝食を取られた。
「朝は機嫌が悪い」と宣言していたご学友は、
本当に昨夜よりご機嫌が悪そうだった。目の前にある朝食も殆ど召し上がっていない。
美貌まで些か劣化しているように見える。殿下が心配されて、お声を掛けている。
「アンリ…大丈夫? 昨日はあまり眠れなかった?」
「眠っていたんだけどね。真夜中に、ふざけた電話が掛かってきて、起こされたの」
恐ろしく勇気のある人間が居るものだ。
「そうなんだ…災難だったね、アンリ」
「ほんと。レイナ卿、すみませんが、食事はもう下げて貰えますか?」
「畏まりました」
「アンリ、全然食べてないじゃないか」
「食欲がないの」
「…仕方ないな。じゃあ、ミルクティーなら飲めるかい?」
ご学友は黙ったまま頷く。私は、ご用意します、と言って、お茶の用意に取り掛かる。
イングリッシュブレンドをここに持ってきておいて幸いだった。
たっぷりとミルクを注いでお出しすると、小さな声で「メルシー」と言われた。
一息吐いたサン・ジェルマン様は両手で頬杖を突いて、陛下のほうを向く。
「ねえ、王様?」
陛下が食後のコーヒーをソーサーに置く。
「ん? どうした、アンリ」
「僕を朝から呼び付けた割に、今日は大人しいじゃない?」
「そうか? お前の寝起きの顔が愛でられて、俺は満足しているが」
確かに、ご学友の仰る通りだ。今朝、陛下はあまり会話に加わっていなかった。
とても盛り上がっていた昨夜と比べると、やけに静かな朝食だ。
サン・ジェルマン様は冷笑した。
「ごめんね、王様。僕は子供の時から気味の悪い人間でね? 大人の心が読めるの」
殿下がご友人を見た。
「アンリ? どうし…」
「言いたいことがあるなら言えば? 王様」
陛下は苦笑された。
「それも予言者の血故か? 全くジョシュアは凄い友人を持っているな」
「カーディス…本当にお話があるんですか?」
「ああ。その前に」
入ってくれ、と仰ると扉が開いた。私以外の側役、五人全員が部屋に入ってきた。
先頭を歩いてきたエメリーが俯いている。ホワイトが口を開いた。
「陛下…何か、お話があるとエメリーに聞いたのですが」
「そうだ。お前達にも聞いて貰いたいことだ」
全員の視線が陛下に集まる。陛下が口を開いた。
「俺が玉座を降りる時、ラルヴィスには玉座の側に残って貰いたい、と思っている」
陛下は私を見た後、殿下に視線を移した。
「できれば次代も国王の側近に就いて欲しいとな。
ラルヴィス・レイナは、王の側近として、極めて有能な男だ。
現役の王の右腕が側に就いていれば、お前も心強いだろう? ジョシュア」
「…ええ。俺は…でも、ラルヴィスさんは…」
赤い瞳が私に向けられる。私は渇いた喉から声を絞り出した。
「陛下…それは、ご命令、なのですか?」
「いいや。王の側近を嫌々やって欲しくはないのでな。ラルヴィス、お前に決めて貰う。
玉座から下りる男に就くか、玉座に上る男に就くか、お前の好きなほうでいい。
決断は今すぐでなくていい。ひと月、ゆっくり考えろ。以上だ」
陛下が扉へ向かう。エメリーが扉を開け、頭を下げている。
私は数秒の間、動けなかった。身体も脳も機能が停止したかのように。
殿下に私の名前を呼ばれて、はっとしたほどだ。
失礼致します、と言って、私は陛下の後を追った。
広い廊下を陛下が歩いている。
「陛下」
足が止まる。振り向かれたお顔は、いつもと変わらない。
「なんだ? ラルヴィス」
「私に、至らない点があったのですね? それならば精進致します。ですから」
「俺の話を聞いていなかったのか、ラルヴィス。至らない点がないから、だ。
お前にとっては喜ぶべきことじゃないのか? 何故、そんな顔をしている?」
喉の奥が苦しい。声が掠れる。
「陛下…『俺には、お前が居れば良い』と仰ったじゃないですか」
「寝室での睦言を鵜呑みにするとは、似合わぬぞ、ラルヴィス」
陛下は微笑を称えて、仰った。
「そんなもの、只の戯れだ」
→19
「朝は機嫌が悪い」と宣言していたご学友は、
本当に昨夜よりご機嫌が悪そうだった。目の前にある朝食も殆ど召し上がっていない。
美貌まで些か劣化しているように見える。殿下が心配されて、お声を掛けている。
「アンリ…大丈夫? 昨日はあまり眠れなかった?」
「眠っていたんだけどね。真夜中に、ふざけた電話が掛かってきて、起こされたの」
恐ろしく勇気のある人間が居るものだ。
「そうなんだ…災難だったね、アンリ」
「ほんと。レイナ卿、すみませんが、食事はもう下げて貰えますか?」
「畏まりました」
「アンリ、全然食べてないじゃないか」
「食欲がないの」
「…仕方ないな。じゃあ、ミルクティーなら飲めるかい?」
ご学友は黙ったまま頷く。私は、ご用意します、と言って、お茶の用意に取り掛かる。
イングリッシュブレンドをここに持ってきておいて幸いだった。
たっぷりとミルクを注いでお出しすると、小さな声で「メルシー」と言われた。
一息吐いたサン・ジェルマン様は両手で頬杖を突いて、陛下のほうを向く。
「ねえ、王様?」
陛下が食後のコーヒーをソーサーに置く。
「ん? どうした、アンリ」
「僕を朝から呼び付けた割に、今日は大人しいじゃない?」
「そうか? お前の寝起きの顔が愛でられて、俺は満足しているが」
確かに、ご学友の仰る通りだ。今朝、陛下はあまり会話に加わっていなかった。
とても盛り上がっていた昨夜と比べると、やけに静かな朝食だ。
サン・ジェルマン様は冷笑した。
「ごめんね、王様。僕は子供の時から気味の悪い人間でね? 大人の心が読めるの」
殿下がご友人を見た。
「アンリ? どうし…」
「言いたいことがあるなら言えば? 王様」
陛下は苦笑された。
「それも予言者の血故か? 全くジョシュアは凄い友人を持っているな」
「カーディス…本当にお話があるんですか?」
「ああ。その前に」
入ってくれ、と仰ると扉が開いた。私以外の側役、五人全員が部屋に入ってきた。
先頭を歩いてきたエメリーが俯いている。ホワイトが口を開いた。
「陛下…何か、お話があるとエメリーに聞いたのですが」
「そうだ。お前達にも聞いて貰いたいことだ」
全員の視線が陛下に集まる。陛下が口を開いた。
「俺が玉座を降りる時、ラルヴィスには玉座の側に残って貰いたい、と思っている」
陛下は私を見た後、殿下に視線を移した。
「できれば次代も国王の側近に就いて欲しいとな。
ラルヴィス・レイナは、王の側近として、極めて有能な男だ。
現役の王の右腕が側に就いていれば、お前も心強いだろう? ジョシュア」
「…ええ。俺は…でも、ラルヴィスさんは…」
赤い瞳が私に向けられる。私は渇いた喉から声を絞り出した。
「陛下…それは、ご命令、なのですか?」
「いいや。王の側近を嫌々やって欲しくはないのでな。ラルヴィス、お前に決めて貰う。
玉座から下りる男に就くか、玉座に上る男に就くか、お前の好きなほうでいい。
決断は今すぐでなくていい。ひと月、ゆっくり考えろ。以上だ」
陛下が扉へ向かう。エメリーが扉を開け、頭を下げている。
私は数秒の間、動けなかった。身体も脳も機能が停止したかのように。
殿下に私の名前を呼ばれて、はっとしたほどだ。
失礼致します、と言って、私は陛下の後を追った。
広い廊下を陛下が歩いている。
「陛下」
足が止まる。振り向かれたお顔は、いつもと変わらない。
「なんだ? ラルヴィス」
「私に、至らない点があったのですね? それならば精進致します。ですから」
「俺の話を聞いていなかったのか、ラルヴィス。至らない点がないから、だ。
お前にとっては喜ぶべきことじゃないのか? 何故、そんな顔をしている?」
喉の奥が苦しい。声が掠れる。
「陛下…『俺には、お前が居れば良い』と仰ったじゃないですか」
「寝室での睦言を鵜呑みにするとは、似合わぬぞ、ラルヴィス」
陛下は微笑を称えて、仰った。
「そんなもの、只の戯れだ」
→19
■ロレートシナリオ
「レイナ」
紅茶をお届けした帰り、廊下で呼びとめられた。
陛下と似た長い髪の男。ホワイトだ。私は側役の中でも背が低いので、奴にはいつも見下ろされる。
ホワイトは背を壁に預け、腕を組んだ姿勢だった。待ち伏せされていたらしい。
切れ長の瞳。氷柱に突き刺されるように感じてしまう。
「陛下がお前をお呼びだ」
陛下ご自身がそう仰ったのだろうか。お人が悪い。
何故、よりによって伝言役をホワイトに。
「『寝室に白を』との仰せだ。伝えたぞ」
「すまない」
長い髪が揺れる。
「何を謝った?」
「いや…何でもない」
ホワイトを前にすると、どうも息が詰まる。私は彼の前を通り過ぎようとした。
「お辛くないのだろうか、陛下は」
独り言のように、ホワイトは言った。
「亡き兄上のことでずっと苦しまれてきた御方なのに。あれほど似ているお顔を間近にして」
「ホワイト? 殿下のことを言っているのか?」
「ジョシュア殿下は生き写しと言っても過言ではない。お若い頃のエドワード殿下を見ているようだ。
私などはエドワード様を思い出してならない。これからもっと似てくるのだろうしな」
お顔もお人柄も、殿下はエドワード様の血を濃く受け継いでおられる。
陛下も、そのお顔を最初にご覧になった時は、立ち尽くしてしまったと仰っていた。
「レイナ、陛下は辛いと仰ったことはないのか? お前にも」
私は省みる。陛下が殿下を次期国王に指名すると仰ってから今までのことを。
――俺のことは二番目の父ができたと思ってくれて構わない。俺は良い息子ができたと思ってる。
陛下が殿下を評したお言葉は、このくらいだ。兄上と似ているからといっても「辛い」とは仰らなかった。
私は聞いていない、とホワイトに伝えると、そうか、と呟いて、壁から背を起こした。
奴が言うように、殿下に兄上の面影を見て、苦しまれる時もあるのだろうか。
ホワイトの足音が遠ざかっていく。奴の後ろ姿は、陛下に似ている。
陛下の寝室に伺うと、煙草の煙がした。
窓辺で陛下が紫煙を燻らせていた。
無表情に闇夜を仰ぐ横顔。それは一瞬のうちに消え、
咥え煙草のまま、ワインのほうへ近づいて来た。
私達は向かい合って座る。グラスを合わせる音が寝室に響く。
今宵お持ちしたのは、少し甘味のあるドイツワインだ。
「白をご所望になるなんて、珍しいですね、陛下」
「お前は赤より白のほうが好みだろう?」
珍しいことを仰る。どうせお戯れだろう。寝室で囁かれた王のお言葉を本気にしてはいけない。
「ええ。昔は白のほうが好きでしたが」
「今は?」
「赤も嫌いではなくなってしまいました。陛下に赤ばかり飲まされましたので」
「俺色に染まったというわけか」
「結果的に」
陛下のワイングラスが空く。私は青いボトルを傾け、二杯目をお注ぎした。
「今日はこれでおしまいにして下さい。今宵は殿下とご学友もいらっしゃるのですから」
「そう言えば、ジョシュアがあんな友人を連れて来るとはな」
「陛下はサン・ジェルマン様のことがお気に召されたのでしょう?」
「ああ。アンリはお前と同じだからな」
「えっ?」
「美人で、口が悪い」
「殿下のご学友と私などでは比にならないかと」
「自分のほうが美人、か?」
「違います」
陛下が微笑して、ワイングラスに口付ける。
また窓の外をご覧になっていた。すると、突然すうっと席を立たれて、私の前に来られた。
「陛下?」
「ラル」あろうことか、私の前で膝を着いた。陛下が私を見上げている。
「陛下! 何を」
俺は、と遮られ、私は黙る。陛下は落ち着いた声で仰った。
「俺はお前が居なければ、王などやってられなかった。改めて礼を言う。
こんなろくでもない王の側によく居てくれた」
ありがとう、と呟いて、私を見上げる。王は少し笑った。
「俺が言うと、そんなに、らしくないか?」
「…いえ。勿体無いお言葉です。どう、されたのですか、急に」
「たまには良いだろう?」
「ですが、あの」
主が、ぽつりと呟く。
「聞くな」
臣下は、それ以上、伺うことができなくなった。
→18
紅茶をお届けした帰り、廊下で呼びとめられた。
陛下と似た長い髪の男。ホワイトだ。私は側役の中でも背が低いので、奴にはいつも見下ろされる。
ホワイトは背を壁に預け、腕を組んだ姿勢だった。待ち伏せされていたらしい。
切れ長の瞳。氷柱に突き刺されるように感じてしまう。
「陛下がお前をお呼びだ」
陛下ご自身がそう仰ったのだろうか。お人が悪い。
何故、よりによって伝言役をホワイトに。
「『寝室に白を』との仰せだ。伝えたぞ」
「すまない」
長い髪が揺れる。
「何を謝った?」
「いや…何でもない」
ホワイトを前にすると、どうも息が詰まる。私は彼の前を通り過ぎようとした。
「お辛くないのだろうか、陛下は」
独り言のように、ホワイトは言った。
「亡き兄上のことでずっと苦しまれてきた御方なのに。あれほど似ているお顔を間近にして」
「ホワイト? 殿下のことを言っているのか?」
「ジョシュア殿下は生き写しと言っても過言ではない。お若い頃のエドワード殿下を見ているようだ。
私などはエドワード様を思い出してならない。これからもっと似てくるのだろうしな」
お顔もお人柄も、殿下はエドワード様の血を濃く受け継いでおられる。
陛下も、そのお顔を最初にご覧になった時は、立ち尽くしてしまったと仰っていた。
「レイナ、陛下は辛いと仰ったことはないのか? お前にも」
私は省みる。陛下が殿下を次期国王に指名すると仰ってから今までのことを。
――俺のことは二番目の父ができたと思ってくれて構わない。俺は良い息子ができたと思ってる。
陛下が殿下を評したお言葉は、このくらいだ。兄上と似ているからといっても「辛い」とは仰らなかった。
私は聞いていない、とホワイトに伝えると、そうか、と呟いて、壁から背を起こした。
奴が言うように、殿下に兄上の面影を見て、苦しまれる時もあるのだろうか。
ホワイトの足音が遠ざかっていく。奴の後ろ姿は、陛下に似ている。
陛下の寝室に伺うと、煙草の煙がした。
窓辺で陛下が紫煙を燻らせていた。
無表情に闇夜を仰ぐ横顔。それは一瞬のうちに消え、
咥え煙草のまま、ワインのほうへ近づいて来た。
私達は向かい合って座る。グラスを合わせる音が寝室に響く。
今宵お持ちしたのは、少し甘味のあるドイツワインだ。
「白をご所望になるなんて、珍しいですね、陛下」
「お前は赤より白のほうが好みだろう?」
珍しいことを仰る。どうせお戯れだろう。寝室で囁かれた王のお言葉を本気にしてはいけない。
「ええ。昔は白のほうが好きでしたが」
「今は?」
「赤も嫌いではなくなってしまいました。陛下に赤ばかり飲まされましたので」
「俺色に染まったというわけか」
「結果的に」
陛下のワイングラスが空く。私は青いボトルを傾け、二杯目をお注ぎした。
「今日はこれでおしまいにして下さい。今宵は殿下とご学友もいらっしゃるのですから」
「そう言えば、ジョシュアがあんな友人を連れて来るとはな」
「陛下はサン・ジェルマン様のことがお気に召されたのでしょう?」
「ああ。アンリはお前と同じだからな」
「えっ?」
「美人で、口が悪い」
「殿下のご学友と私などでは比にならないかと」
「自分のほうが美人、か?」
「違います」
陛下が微笑して、ワイングラスに口付ける。
また窓の外をご覧になっていた。すると、突然すうっと席を立たれて、私の前に来られた。
「陛下?」
「ラル」あろうことか、私の前で膝を着いた。陛下が私を見上げている。
「陛下! 何を」
俺は、と遮られ、私は黙る。陛下は落ち着いた声で仰った。
「俺はお前が居なければ、王などやってられなかった。改めて礼を言う。
こんなろくでもない王の側によく居てくれた」
ありがとう、と呟いて、私を見上げる。王は少し笑った。
「俺が言うと、そんなに、らしくないか?」
「…いえ。勿体無いお言葉です。どう、されたのですか、急に」
「たまには良いだろう?」
「ですが、あの」
主が、ぽつりと呟く。
「聞くな」
臣下は、それ以上、伺うことができなくなった。
→18
■マジプリオールスターズ
レッド「おい、ジョシュアー。なんだよ、急に校内放送でみんな集めて」
ジョシュア「すまない。実は今日、理事会から重大な発表があったんだ」
シルヴァン「あっ! 『今年のクリスマスパーティーは全員ウサギ怪獣のコスプレをすること!』ですか?」
ハルヤ「それはないって。只でさえ、コスプレ好き過ぎだしさ、うちのガッコ」
ジョシュア「じゃ、発表するよ? 11月14日にマージナルプリンスの追加ストーリーがリリースされるんだ」
ユウタ「えええ! すごおおおい! 秋風吹いたああああ!」
アンリ「…やっと? 日本では雪も降っているというのに」
ジョシュア「理事会に噛み付くなよ、アンリ。理事会も一生懸命だったんだから」
ミハイル「遅くなって、ごめんね、ぼくのせいで…」
レッド「なあなあ! で、追加シナリオって誰がメインなわけ?」
ジョシュア「ごめん。俺もそこまでは聞いてないんだ。詳しい情報は後日…」
アイヴィー「ついに俺の時代が来たってかんじだなっ!」
ハルヤ「え? アイヴィー?」
アイヴィー「最有力候補は何と言っても、この俺様だろう?」
ソクーロフ「できるのか、お前に。そんな大役が」
アイヴィー「でーきーまーすー! 待っててね、全国のかわいこちゃん達!」
ハルヤ「でも、アイヴィーシナリオなら、俺、アイヴィーのご飯いっぱい食べられるかも」
レッド「おお! デッドプリンスの出番は増えそうだなっ!」
テオ「おやおや。私のことを忘れて貰っては困るよ」
ハルヤ「テ、テオ? 卒業してギリシャに居るんじゃ…」
テオ「何やらおめでたい話だと聞いたので、私もお祝いにやってきたのだよ」
ハルヤ「それは、遠いところからわざわざ…」
テオ「距離など関係ないよ、東洋の黒い真珠! ああ、君はまた美しくなって…」
エンジュ「卒業生シナリオは難しいだろう。やはりここは、アルファルド寮シナリオじゃないのか?」
レオシュ「そう願いたいものだな。名前を出しただけで終わりにされては、やりきれない」
コバタン「オレのナマエはジャワハルワール!」
ミハイル「名前だけで終わったら、ごめんね、ぼくのせいで…」
テオ「えっ!? 私のシナリオではないの!? 美しい姫達に会えるのを楽しみにしていたのにっ!」
ヤン「あれ。僕の眼鏡がない…どこ行ったんだろ…」
アンリ「生徒代表殿? 浮かない顔してるけど、煩い卒業生達に帰って欲しいの?」
ジョシュア「あ、いや。俺、最高学年だから、新作リリースと同時に卒業してしまわないか、心配で…」
シルヴァン「そんな可能性もあるんですか!? じゃあ、ぼ、僕も!?」
エンジュ「俺も最高学年だ…それは、困る」
ハルヤ「俺達のシナリオ第二弾、とかだったらいいなあ」
エンジュ「良いことを言ったな、眼鏡」
ハルヤ「エンジュ…俺の名前、覚えてくれてなかったの?」
アイヴィー「心配すんなって、俺様のシナリオに決まって…」
カーディス「俺じゃないのか?」
アイヴィー「王様!?」
カーディス「俺とアイヴィーの、アダルトシナリオ二本立て。悪くないだろう?」
オーギュ「では、私も仲間に入れて頂けるかい?」
アイヴィー「センセも狙ってたのっ!?」
アンリ「もし、オーギュストシナリオだったら…増えるかな、僕の出番…」
テオ「そうだっ! 私、クラウスシナリオをプレイしたいなっ! そして禁断の花園ルートが…」
クラウス「テオ、俺達はもう帰るぞ」
ユウタ「てゆうか、姉貴は何股目なんだろ…」
ヤン「眼鏡、めがね…」
ジブリール「ヤン…頭に被ってるぞ」
ジョシュア「みんな、落ち着いて。えっと、それじゃあ、11月14日を」
みんな「お楽しみにっ!!!」
fin
ジョシュア「すまない。実は今日、理事会から重大な発表があったんだ」
シルヴァン「あっ! 『今年のクリスマスパーティーは全員ウサギ怪獣のコスプレをすること!』ですか?」
ハルヤ「それはないって。只でさえ、コスプレ好き過ぎだしさ、うちのガッコ」
ジョシュア「じゃ、発表するよ? 11月14日にマージナルプリンスの追加ストーリーがリリースされるんだ」
ユウタ「えええ! すごおおおい! 秋風吹いたああああ!」
アンリ「…やっと? 日本では雪も降っているというのに」
ジョシュア「理事会に噛み付くなよ、アンリ。理事会も一生懸命だったんだから」
ミハイル「遅くなって、ごめんね、ぼくのせいで…」
レッド「なあなあ! で、追加シナリオって誰がメインなわけ?」
ジョシュア「ごめん。俺もそこまでは聞いてないんだ。詳しい情報は後日…」
アイヴィー「ついに俺の時代が来たってかんじだなっ!」
ハルヤ「え? アイヴィー?」
アイヴィー「最有力候補は何と言っても、この俺様だろう?」
ソクーロフ「できるのか、お前に。そんな大役が」
アイヴィー「でーきーまーすー! 待っててね、全国のかわいこちゃん達!」
ハルヤ「でも、アイヴィーシナリオなら、俺、アイヴィーのご飯いっぱい食べられるかも」
レッド「おお! デッドプリンスの出番は増えそうだなっ!」
テオ「おやおや。私のことを忘れて貰っては困るよ」
ハルヤ「テ、テオ? 卒業してギリシャに居るんじゃ…」
テオ「何やらおめでたい話だと聞いたので、私もお祝いにやってきたのだよ」
ハルヤ「それは、遠いところからわざわざ…」
テオ「距離など関係ないよ、東洋の黒い真珠! ああ、君はまた美しくなって…」
エンジュ「卒業生シナリオは難しいだろう。やはりここは、アルファルド寮シナリオじゃないのか?」
レオシュ「そう願いたいものだな。名前を出しただけで終わりにされては、やりきれない」
コバタン「オレのナマエはジャワハルワール!」
ミハイル「名前だけで終わったら、ごめんね、ぼくのせいで…」
テオ「えっ!? 私のシナリオではないの!? 美しい姫達に会えるのを楽しみにしていたのにっ!」
ヤン「あれ。僕の眼鏡がない…どこ行ったんだろ…」
アンリ「生徒代表殿? 浮かない顔してるけど、煩い卒業生達に帰って欲しいの?」
ジョシュア「あ、いや。俺、最高学年だから、新作リリースと同時に卒業してしまわないか、心配で…」
シルヴァン「そんな可能性もあるんですか!? じゃあ、ぼ、僕も!?」
エンジュ「俺も最高学年だ…それは、困る」
ハルヤ「俺達のシナリオ第二弾、とかだったらいいなあ」
エンジュ「良いことを言ったな、眼鏡」
ハルヤ「エンジュ…俺の名前、覚えてくれてなかったの?」
アイヴィー「心配すんなって、俺様のシナリオに決まって…」
カーディス「俺じゃないのか?」
アイヴィー「王様!?」
カーディス「俺とアイヴィーの、アダルトシナリオ二本立て。悪くないだろう?」
オーギュ「では、私も仲間に入れて頂けるかい?」
アイヴィー「センセも狙ってたのっ!?」
アンリ「もし、オーギュストシナリオだったら…増えるかな、僕の出番…」
テオ「そうだっ! 私、クラウスシナリオをプレイしたいなっ! そして禁断の花園ルートが…」
クラウス「テオ、俺達はもう帰るぞ」
ユウタ「てゆうか、姉貴は何股目なんだろ…」
ヤン「眼鏡、めがね…」
ジブリール「ヤン…頭に被ってるぞ」
ジョシュア「みんな、落ち着いて。えっと、それじゃあ、11月14日を」
みんな「お楽しみにっ!!!」
fin
■ロレートシナリオ
ダイニングルームへ戻ってすぐ、陛下とサン・ジェルマン様がお戻りになった。
お二人は、何についてお話しされたのか、殿下にも言わなかった。
陛下が「では明日の朝食でな」と仰って、お開きとなった。
サン・ジェルマン様に「ジョシュアの部屋に、紅茶と、カップを二つ、お願いできますか?」
と言われた私は、イングリッシュブレンドをご用意することにした。
陛下も殿下も紅茶はあまり飲まれないので、紅茶の在りかを探してしまった。
ティーセットを持って、殿下のお部屋の前まで来る。
ノックしようと手を持ち上げた時、中からお二人のお声が聞こえてきた。
最初に耳に入った言葉。聞き違いかと思ったが、確かにご友人の声だった。
「綺麗になったね?」
「えっ」
「王冠」
「…そう、なのかい?」
「うん。寮で見る時より、綺麗に見えるんだ。ロレートに居るからかもね」
「あっ…」
「やっぱりこの王冠は、グラントに関わるものじゃなくて、ロレートのものだったのかな」
一体何の話をしているのだろう。そこに王冠があるのだろうか。
「君はこのお邸の中でも、好かれているようだね、生徒代表殿?
メディアでも『プリンス・ジョシュア』はアイドル扱いのようだし」
「俺のせいじゃないよ。国民から支持を受けているカーディスに指名されたからだ」
「それだけじゃないでしょう? 僕、これからあまり面白くない事実を並べ立てるけれど。聞ける?」
「うん」
「君の人気振りを見て、僕は逆に心配になったよ。
正式にロレート皇太子となっても、君はまだグラントから手を切れていないんだ。
その血が君を酷評から守ってくれている。グラントの力はメディアにも浸透しているからね?」
殿下が否定するお声が聞こえない。
「ねえ。皇太子になることで、本当にグラントからは何も言われなかった?
例えば『ロレートを飲み込むのに一役買ってくれ』だとか」
「まさか。応援しているよ、って励ましてくれたし」
「応援、ね」
沈黙。次にサン・ジェルマン様は質問を変えた。
「現在の家長は伯父上のネイサン・グラント氏だったよね? 彼って家ではどういう人なの?」
「伯父さんは親切な人だよ」
「君に聞いた僕が馬鹿だった」
「え?」
「君の心象は当てにならない。この世の大体の人が親切に見えるんでしょう?
でも、君みたいなお人好しに黒い内情を話すわけないよね。それこそ、身の破滅を招く」
また沈黙。心配そうな殿下のお声が聞こえる。
「アンリ? どうしたの?」
「寮に置いてきたのか、と思っただけ」
「何か忘れ物かい?」
「特別困る物じゃないけど。持ってこなかったな、と思ってね。タロット」
タロット? あの占いに使うカードのことを言っているのだろうか。
「傍に無いと、落ち着かないの?」
「いいや。急に、カードが引きたくなっただけ。気にしないで」
そう言えば、先程の会食で、ご先祖が高名な錬金術師だという話題が出ていた。
殿下のご友人は全く、只者ではない。
次に「遅いね、紅茶」と言うご友人の呟きが聞こえた。
私の横にあるティーセット。ひと息吐いてから、お部屋に入った。
紅茶をサーブすると、相変わらず殿下からはお礼のお言葉を頂いた。
私が部屋に居る間、お二人の会話は止まっていたので、早々に退出した。
今、目に映してきたものを頭の中でもう一度思い浮かべる。
殿下のお姿、部屋のどこにも、なかった。
「もしかしたら、カーディス1世も、そうなのかと思ったんだけれど」
部屋の中から声が聞こえる。ご学友は、ぽつりと呟かれた。
「彼は被ってなかった、月桂樹の王冠」
→17
お二人は、何についてお話しされたのか、殿下にも言わなかった。
陛下が「では明日の朝食でな」と仰って、お開きとなった。
サン・ジェルマン様に「ジョシュアの部屋に、紅茶と、カップを二つ、お願いできますか?」
と言われた私は、イングリッシュブレンドをご用意することにした。
陛下も殿下も紅茶はあまり飲まれないので、紅茶の在りかを探してしまった。
ティーセットを持って、殿下のお部屋の前まで来る。
ノックしようと手を持ち上げた時、中からお二人のお声が聞こえてきた。
最初に耳に入った言葉。聞き違いかと思ったが、確かにご友人の声だった。
「綺麗になったね?」
「えっ」
「王冠」
「…そう、なのかい?」
「うん。寮で見る時より、綺麗に見えるんだ。ロレートに居るからかもね」
「あっ…」
「やっぱりこの王冠は、グラントに関わるものじゃなくて、ロレートのものだったのかな」
一体何の話をしているのだろう。そこに王冠があるのだろうか。
「君はこのお邸の中でも、好かれているようだね、生徒代表殿?
メディアでも『プリンス・ジョシュア』はアイドル扱いのようだし」
「俺のせいじゃないよ。国民から支持を受けているカーディスに指名されたからだ」
「それだけじゃないでしょう? 僕、これからあまり面白くない事実を並べ立てるけれど。聞ける?」
「うん」
「君の人気振りを見て、僕は逆に心配になったよ。
正式にロレート皇太子となっても、君はまだグラントから手を切れていないんだ。
その血が君を酷評から守ってくれている。グラントの力はメディアにも浸透しているからね?」
殿下が否定するお声が聞こえない。
「ねえ。皇太子になることで、本当にグラントからは何も言われなかった?
例えば『ロレートを飲み込むのに一役買ってくれ』だとか」
「まさか。応援しているよ、って励ましてくれたし」
「応援、ね」
沈黙。次にサン・ジェルマン様は質問を変えた。
「現在の家長は伯父上のネイサン・グラント氏だったよね? 彼って家ではどういう人なの?」
「伯父さんは親切な人だよ」
「君に聞いた僕が馬鹿だった」
「え?」
「君の心象は当てにならない。この世の大体の人が親切に見えるんでしょう?
でも、君みたいなお人好しに黒い内情を話すわけないよね。それこそ、身の破滅を招く」
また沈黙。心配そうな殿下のお声が聞こえる。
「アンリ? どうしたの?」
「寮に置いてきたのか、と思っただけ」
「何か忘れ物かい?」
「特別困る物じゃないけど。持ってこなかったな、と思ってね。タロット」
タロット? あの占いに使うカードのことを言っているのだろうか。
「傍に無いと、落ち着かないの?」
「いいや。急に、カードが引きたくなっただけ。気にしないで」
そう言えば、先程の会食で、ご先祖が高名な錬金術師だという話題が出ていた。
殿下のご友人は全く、只者ではない。
次に「遅いね、紅茶」と言うご友人の呟きが聞こえた。
私の横にあるティーセット。ひと息吐いてから、お部屋に入った。
紅茶をサーブすると、相変わらず殿下からはお礼のお言葉を頂いた。
私が部屋に居る間、お二人の会話は止まっていたので、早々に退出した。
今、目に映してきたものを頭の中でもう一度思い浮かべる。
殿下のお姿、部屋のどこにも、なかった。
「もしかしたら、カーディス1世も、そうなのかと思ったんだけれど」
部屋の中から声が聞こえる。ご学友は、ぽつりと呟かれた。
「彼は被ってなかった、月桂樹の王冠」
→17
■ロレートシナリオ
「大した毒舌美人だな、アンリ。明日の朝食も一緒にどうだ?」
「僕、朝は機嫌悪いよ?」
「それはぜひ愛でたいな」
「悪趣味な王様」
若き社長はクスリと笑って、食後酒に口付けた。
陛下とサン・ジェルマン様は顔を合わせた途端、軽口の応酬となった。
お二人を引き合わせた殿下は、そのご様子を微苦笑しながら見守っておられた。
陛下と殿下と、殿下のご学友の晩餐は母校の話題に端を発し、とても話が弾んでいた。
年は違えど、マージナルプリンス同士、やはり通ずるものがあるのだろう。
学院の昔と今。生徒代表室の様子。学院の友人の話。会社経営と世界の経済情勢について。
お話の中で、サン・ジェルマン様は、不幸にもお父上を亡くされ、
17歳ながらご当主であられると私は知った。
さながらこの会食は、トップ会談である。
ロレート公国の王、聖アルフォンソ学院の生徒代表、投資会社の経営責任者。
皆様の後方で控えている私などとは器が違う。
この場で、聖アルフォンソ学院の生徒ではないのは、私だけだ。
「なんだか、暑くなってきたな」
社長の雪のような頬は、僅かに色付いていた。
食後酒に陛下に勧められたロゼワイン。
その淡いピンクが仄かに透けて見えているかのようだ。
サン・ジェルマン様が、ちらりと殿下に視線を送る。
「少し外の風に当たりたいな。ねえ、王様? 庭を案内してくれない?」
「やれやれ。仰せのままに、美人社長」
陛下は笑いながら、腰を上げる。本当に庭をご案内されるらしい。
私はお供しようと一歩踏み出した時、陛下に名を呼ばれた。
「野暮な真似をするつもりか?」
私は踏み出した足を引く。
「失礼致しました、いってらっしゃいませ」
社長は殿下に「じゃ、20分ほど王様を借りるね」と言って庭に向かった。
晩餐の終わった広い一室に、殿下と私が残された。
殿下のコーヒーカップが空いている。
「殿下、もう一杯コーヒーをお飲みになりますか?」
「あ、いいえ。あの、ラルヴィスさん」
焦茶色の水面に視線を落としながら、私を名前でお呼びになった。
「すみません。いけないことだとは思うんですが、
カーディスが戻ってくる前に、貴方と行きたいところがあるんです」
「どちらでしょう?」
深紅の瞳が正面を向く。
「カーディスの寝室に」
「えっ?」
「貴方のピアノを、この前カーディスに聞かせていた曲を、俺にも聞かせてくれませんか?」
***
夜の庭園は、昼間とは雰囲気が変わっていた。
真四角のタイルでできた通路に沿って、白く丸いライトが灯っている。
その白光を受け、綺麗に剪定された木々が、ぽうっと光っているのだ。
暗闇の中でぼんやりと光る木々は、幻想的でさえあった。
「ふうん。なかなか悪くない庭だね」
「ああ。腕の良い庭師が手入れしてくれているからな」
タイルの上を歩いている二人分の足音。
17歳の後輩が先を歩き、その後ろを36歳の先輩がゆっくり追い駆ける。
冷たい夜風が、少し火照ったアンリの頬を撫でていく。青い香りがした。
見上げると、古代ギリシャの時代から栄光の証と崇められている葉が鳴っていた。
「月桂樹もあるんだ。さすがは、古くから聖アルフォンソ学院に
子息を輩出してきた、由緒正しきロレート大公家だね?」
「まあな。だが、残念ながら、これは島にあるものと全く同じものではない。
あの月桂樹はあの島でしか育たない亜種だそうだからな。それで、アンリ?」
王はポケットに手を入れる。
「俺と無理に二人きりになって、何を話したいんだ?」
後輩も歩くのを止め、後ろを振り向く。先輩は軽い笑みを浮かべ、
「優等生には刺激の強い話か?」
アンリもポケットに手を入れて、話し始めた。
「僕、ジョシュアに貴方の話を聞いてから、興味深い人物だなって思ってたの」
「お前のような悪ガキに興味を持って貰えるとは光栄だな」
アンリは国王を軽く睨んでから、本題となる質問を投げ掛けた。
「ねえ。王様はグラントのこと、これっぽっちも憎くないの?」
「俺が?」
「悪いけれど、率直に言わせて貰うよ。僕が王様と同じ立場なら、
きっと、クリスティーナ嬢のことを憎んだだろうから。
貴方の兄上がグラントの令嬢にさえ出会わなければ、貴方は平和に暮らせた筈だ。そうでしょう?」
「心配するな、アンリ。俺はジョシュアを、
お前の友を傷付けるつもりも、誰かに傷付けさせるつもりもない」
琥珀の瞳は王の心を探るように、きっ、と見据えている。
「本当かな? これから毎日あの令嬢と同じ、緋色の瞳を向けられても?」
「当たり前だろう」
「どうして?」
王の長い髪が夜風に揺れる。決まっている、と王は笑った。
「あいつは、王などという面倒事を引き継いでくれる、大切な後継者だからさ」
***
「素敵でした。聞かせて下さって、ありがとうございます」
王の居ない、王の寝室で開かれたささやかな演奏会。
僭越ながら演奏者を仰せ付かったのは私。
曲が終わり、頭を下げると、殿下は拍手までして下さった。
「やっぱり優しい音ですね、ラルヴィスさんのピアノは。すごく癒されました」
称賛を浴びて私は戸惑っていた。
陛下は度々私に弾けとお命じになるが、
拍手やお優しいお言葉を頂いたのは、大分昔のことだ。
「拙い演奏をお聞き頂き、ありがとうございました」
「拙いなんて」殿下は私の手を取った。
「ラルヴィスさんのピアノを眠る前に聞けたら、
きっと良い夢が見られると思います。とても安心する音色でした」
あたたかい手の温もり。殿下は、あっ、と言って手を離した。
「すみません、俺…」
「あ、いえ」
ピアノの前で私達は立ち尽くしていた。時計の秒針がコツリと音を立てる。
私は今更ながら、この時間に罪悪感を覚えた。
陛下の許可もなく、殿下をお通ししてしまったことも、陛下以外の御方の前でピアノを弾いたことも。
他の人間にピアノを聞かせるな、と言われたことはなかったが、
それでも、今までこの指は陛下だけのものだったのだ。私は白と黒の鍵盤に蓋をする。
「殿下、そろそろここを出ましょう。陛下がお庭から戻られます」
私はピアノの前から離れ、出口へ向かう。ドアを開けるのは臣下の役目だ。
「ラルヴィスさん」
殿下のお声が、左の耳許で聞こえた。
ドアノブに置いた右手が、殿下の右手で押さえられている。
「俺の寝室にもピアノがあったら、また弾いてくれますか? 俺の為に」
主にそう尋ねられて、否と言える臣下が居るだろうか。
「殿下が、お望みであれば」
臣下はご用意せざるを得ない。
→16-2
「僕、朝は機嫌悪いよ?」
「それはぜひ愛でたいな」
「悪趣味な王様」
若き社長はクスリと笑って、食後酒に口付けた。
陛下とサン・ジェルマン様は顔を合わせた途端、軽口の応酬となった。
お二人を引き合わせた殿下は、そのご様子を微苦笑しながら見守っておられた。
陛下と殿下と、殿下のご学友の晩餐は母校の話題に端を発し、とても話が弾んでいた。
年は違えど、マージナルプリンス同士、やはり通ずるものがあるのだろう。
学院の昔と今。生徒代表室の様子。学院の友人の話。会社経営と世界の経済情勢について。
お話の中で、サン・ジェルマン様は、不幸にもお父上を亡くされ、
17歳ながらご当主であられると私は知った。
さながらこの会食は、トップ会談である。
ロレート公国の王、聖アルフォンソ学院の生徒代表、投資会社の経営責任者。
皆様の後方で控えている私などとは器が違う。
この場で、聖アルフォンソ学院の生徒ではないのは、私だけだ。
「なんだか、暑くなってきたな」
社長の雪のような頬は、僅かに色付いていた。
食後酒に陛下に勧められたロゼワイン。
その淡いピンクが仄かに透けて見えているかのようだ。
サン・ジェルマン様が、ちらりと殿下に視線を送る。
「少し外の風に当たりたいな。ねえ、王様? 庭を案内してくれない?」
「やれやれ。仰せのままに、美人社長」
陛下は笑いながら、腰を上げる。本当に庭をご案内されるらしい。
私はお供しようと一歩踏み出した時、陛下に名を呼ばれた。
「野暮な真似をするつもりか?」
私は踏み出した足を引く。
「失礼致しました、いってらっしゃいませ」
社長は殿下に「じゃ、20分ほど王様を借りるね」と言って庭に向かった。
晩餐の終わった広い一室に、殿下と私が残された。
殿下のコーヒーカップが空いている。
「殿下、もう一杯コーヒーをお飲みになりますか?」
「あ、いいえ。あの、ラルヴィスさん」
焦茶色の水面に視線を落としながら、私を名前でお呼びになった。
「すみません。いけないことだとは思うんですが、
カーディスが戻ってくる前に、貴方と行きたいところがあるんです」
「どちらでしょう?」
深紅の瞳が正面を向く。
「カーディスの寝室に」
「えっ?」
「貴方のピアノを、この前カーディスに聞かせていた曲を、俺にも聞かせてくれませんか?」
***
夜の庭園は、昼間とは雰囲気が変わっていた。
真四角のタイルでできた通路に沿って、白く丸いライトが灯っている。
その白光を受け、綺麗に剪定された木々が、ぽうっと光っているのだ。
暗闇の中でぼんやりと光る木々は、幻想的でさえあった。
「ふうん。なかなか悪くない庭だね」
「ああ。腕の良い庭師が手入れしてくれているからな」
タイルの上を歩いている二人分の足音。
17歳の後輩が先を歩き、その後ろを36歳の先輩がゆっくり追い駆ける。
冷たい夜風が、少し火照ったアンリの頬を撫でていく。青い香りがした。
見上げると、古代ギリシャの時代から栄光の証と崇められている葉が鳴っていた。
「月桂樹もあるんだ。さすがは、古くから聖アルフォンソ学院に
子息を輩出してきた、由緒正しきロレート大公家だね?」
「まあな。だが、残念ながら、これは島にあるものと全く同じものではない。
あの月桂樹はあの島でしか育たない亜種だそうだからな。それで、アンリ?」
王はポケットに手を入れる。
「俺と無理に二人きりになって、何を話したいんだ?」
後輩も歩くのを止め、後ろを振り向く。先輩は軽い笑みを浮かべ、
「優等生には刺激の強い話か?」
アンリもポケットに手を入れて、話し始めた。
「僕、ジョシュアに貴方の話を聞いてから、興味深い人物だなって思ってたの」
「お前のような悪ガキに興味を持って貰えるとは光栄だな」
アンリは国王を軽く睨んでから、本題となる質問を投げ掛けた。
「ねえ。王様はグラントのこと、これっぽっちも憎くないの?」
「俺が?」
「悪いけれど、率直に言わせて貰うよ。僕が王様と同じ立場なら、
きっと、クリスティーナ嬢のことを憎んだだろうから。
貴方の兄上がグラントの令嬢にさえ出会わなければ、貴方は平和に暮らせた筈だ。そうでしょう?」
「心配するな、アンリ。俺はジョシュアを、
お前の友を傷付けるつもりも、誰かに傷付けさせるつもりもない」
琥珀の瞳は王の心を探るように、きっ、と見据えている。
「本当かな? これから毎日あの令嬢と同じ、緋色の瞳を向けられても?」
「当たり前だろう」
「どうして?」
王の長い髪が夜風に揺れる。決まっている、と王は笑った。
「あいつは、王などという面倒事を引き継いでくれる、大切な後継者だからさ」
***
「素敵でした。聞かせて下さって、ありがとうございます」
王の居ない、王の寝室で開かれたささやかな演奏会。
僭越ながら演奏者を仰せ付かったのは私。
曲が終わり、頭を下げると、殿下は拍手までして下さった。
「やっぱり優しい音ですね、ラルヴィスさんのピアノは。すごく癒されました」
称賛を浴びて私は戸惑っていた。
陛下は度々私に弾けとお命じになるが、
拍手やお優しいお言葉を頂いたのは、大分昔のことだ。
「拙い演奏をお聞き頂き、ありがとうございました」
「拙いなんて」殿下は私の手を取った。
「ラルヴィスさんのピアノを眠る前に聞けたら、
きっと良い夢が見られると思います。とても安心する音色でした」
あたたかい手の温もり。殿下は、あっ、と言って手を離した。
「すみません、俺…」
「あ、いえ」
ピアノの前で私達は立ち尽くしていた。時計の秒針がコツリと音を立てる。
私は今更ながら、この時間に罪悪感を覚えた。
陛下の許可もなく、殿下をお通ししてしまったことも、陛下以外の御方の前でピアノを弾いたことも。
他の人間にピアノを聞かせるな、と言われたことはなかったが、
それでも、今までこの指は陛下だけのものだったのだ。私は白と黒の鍵盤に蓋をする。
「殿下、そろそろここを出ましょう。陛下がお庭から戻られます」
私はピアノの前から離れ、出口へ向かう。ドアを開けるのは臣下の役目だ。
「ラルヴィスさん」
殿下のお声が、左の耳許で聞こえた。
ドアノブに置いた右手が、殿下の右手で押さえられている。
「俺の寝室にもピアノがあったら、また弾いてくれますか? 俺の為に」
主にそう尋ねられて、否と言える臣下が居るだろうか。
「殿下が、お望みであれば」
臣下はご用意せざるを得ない。
→16-2
■ソクーロフ×アイヴィー ほのぼの
2008年11月2日は、良い天気だった。
聖アルフォンソ学院も日曜日。授業はない。
生徒達は、自主活動をしながら、緩やかな休日を楽しんでいた。
保健教師も日曜日は休日なので、急患や怪我人に呼ばれた時を除き、
メルキュール館の自室で休養していても問題はなく、
また、保健室に居ても咎められることはなかった。
今日の保健室にはコーヒーの香りとスローなクラシックが流れている。
大きな窓には青空が広がり、もくもくとした雲がのんびり漂う。
保健教師は自主的に、この仕事場に来ていた。
愛用のボールペンを片手に、生徒達のカルテ書き。
先日のハロウィンについての記録だ。誰が、どんな仮装をしていたか。
入手できた全ての情報をカルテに残し、
それらを次回のカウンセリングに役立てる為、些末事まで丹念に綴っていた。
好きな曲を聴きながら、次のカウンセリングについて想いを巡らせること。
彼にとってそれは仕事であり、自主活動であり、趣味であり、快楽だった。
コンコンコンとノックの音が三回した。
「お休みの日なのに、まーたお仕事してんの?」
後ろ手でドアを閉めたのは、長い金髪。
この学院専属のタクシードライバー兼警備責任者という変わった男だった。
生徒が訪れた時は、優しく出迎える保健教師だが、
今は机に向かったまま手も止めず、振り向きもしない。
金髪の男は、保健教師が座っている椅子の背凭れに手を置く。
「こんな日くらい、ゆっくりしたらイイじゃん」
「こんな日?」
「ソクちゃん、今日お誕生日でしょ?」
「いかにも」
「いかにもって、んな淡白な」
保健教師は椅子ごと、ゆっくり振り向く。
ドライバーは、おっと、と言いながら椅子から手を離した。
保健医とドライバーの目がやっと合う。
「それで?」保健医は座ったまま、相手を見上げる。
「お前は、私の誕生日に保健室へ何をしに来た?」
金髪の男は、そっぽを向きながら頬を掻く。
「ソ、ソクちゃんはヘンタイさんだからー、
お誕生日を祝ってくれる人は俺しか居ないだろうしー、
えと。だからー、優しい俺サマがお祝いしてあげよっかなーと思って」
「成程。私の誕生日を祝いたくて仕様がないと」
「ちーがーうっ! ソクちゃんの数少ないトモダチとして、
しーかーたーなーくっ、お祝いしてあげるって言ってんの!」
保健医はコーヒーカップに口付ける。その傍らで金髪の男は頬を膨らましている。
「どんなバースデーパーティーを催してくれる予定なんだ?」
「それは、俺んちか、ソクちゃんちで、晩ご飯作ってあげるくらいしかできないけど。
あ、ケーキ食べたいんなら、買って帰る?」
「そうだな。ケーキは必要だ。会場はお前の家が良いだろう、何かとな」
「んと、じゃ、夕方――18時頃にお迎えに来るから」
ドライバーが出て行った保健室。
保健医は机に向き直り、カルテの記入を再開する。
それまでBGMとなっていたクラシックが、主旋律に戻る。
静かな日曜日の午後。ペラリとカルテを捲る音がした。
fin
聖アルフォンソ学院も日曜日。授業はない。
生徒達は、自主活動をしながら、緩やかな休日を楽しんでいた。
保健教師も日曜日は休日なので、急患や怪我人に呼ばれた時を除き、
メルキュール館の自室で休養していても問題はなく、
また、保健室に居ても咎められることはなかった。
今日の保健室にはコーヒーの香りとスローなクラシックが流れている。
大きな窓には青空が広がり、もくもくとした雲がのんびり漂う。
保健教師は自主的に、この仕事場に来ていた。
愛用のボールペンを片手に、生徒達のカルテ書き。
先日のハロウィンについての記録だ。誰が、どんな仮装をしていたか。
入手できた全ての情報をカルテに残し、
それらを次回のカウンセリングに役立てる為、些末事まで丹念に綴っていた。
好きな曲を聴きながら、次のカウンセリングについて想いを巡らせること。
彼にとってそれは仕事であり、自主活動であり、趣味であり、快楽だった。
コンコンコンとノックの音が三回した。
「お休みの日なのに、まーたお仕事してんの?」
後ろ手でドアを閉めたのは、長い金髪。
この学院専属のタクシードライバー兼警備責任者という変わった男だった。
生徒が訪れた時は、優しく出迎える保健教師だが、
今は机に向かったまま手も止めず、振り向きもしない。
金髪の男は、保健教師が座っている椅子の背凭れに手を置く。
「こんな日くらい、ゆっくりしたらイイじゃん」
「こんな日?」
「ソクちゃん、今日お誕生日でしょ?」
「いかにも」
「いかにもって、んな淡白な」
保健教師は椅子ごと、ゆっくり振り向く。
ドライバーは、おっと、と言いながら椅子から手を離した。
保健医とドライバーの目がやっと合う。
「それで?」保健医は座ったまま、相手を見上げる。
「お前は、私の誕生日に保健室へ何をしに来た?」
金髪の男は、そっぽを向きながら頬を掻く。
「ソ、ソクちゃんはヘンタイさんだからー、
お誕生日を祝ってくれる人は俺しか居ないだろうしー、
えと。だからー、優しい俺サマがお祝いしてあげよっかなーと思って」
「成程。私の誕生日を祝いたくて仕様がないと」
「ちーがーうっ! ソクちゃんの数少ないトモダチとして、
しーかーたーなーくっ、お祝いしてあげるって言ってんの!」
保健医はコーヒーカップに口付ける。その傍らで金髪の男は頬を膨らましている。
「どんなバースデーパーティーを催してくれる予定なんだ?」
「それは、俺んちか、ソクちゃんちで、晩ご飯作ってあげるくらいしかできないけど。
あ、ケーキ食べたいんなら、買って帰る?」
「そうだな。ケーキは必要だ。会場はお前の家が良いだろう、何かとな」
「んと、じゃ、夕方――18時頃にお迎えに来るから」
ドライバーが出て行った保健室。
保健医は机に向き直り、カルテの記入を再開する。
それまでBGMとなっていたクラシックが、主旋律に戻る。
静かな日曜日の午後。ペラリとカルテを捲る音がした。
fin
■ロレートシナリオ
「また王子サマとデートする時は俺を呼んでくれ」
以前、エメリーにそう言われていたので今回も彼に護衛を頼もうとしたが、
陛下が今日の護衛にエメリーを連れて行ったそうで、居なかった。
代わりに、身体の空いていたホワイトに護衛を頼んだ。
陛下の側役六人のうちの一人。陛下に似せたらしい長い髪を持つ。
フルネームがブラウン・ホワイトなので、調子の良いエメリーなどは、
彼を『ラテ』というニックネームで呼んでいるが、私はそう呼べなかった。
よく気の回る優秀な男だが、私は彼にあまり良く思われていないことは解っていた。
彼は陛下の側近になることを希望していたからだ。
けれど、個人的な感情が執務に差し障ることはなかった。
私達は陛下に忠誠を誓っている同士。任務は同じなのだ。
私がホワイトに「殿下とご学友にロレートをご案内するので、共に護衛を務めて欲しい」
そう頼むと、いつものように無表情で、「了解した」すっと席を立った。
運転席にホワイト、助手席に私。私達は互いに言葉を交わさなかった。
自分で運転をしていない時は、外の景色に目を配るようにしている。
この車を狙う者が居ないかどうか、確認をする為だ。
今日は気持ちの良い青空だ。今のところ異常はない。
強いて言えば、サイドミラーに映っている、運転の荒いフェラーリが少し気になるくらいだ。
後部座席からは殿下とご学友の話し声がぽつぽつ聞こえる。
「ねえ。プリンス・ジョシュア」
「アンリ…そんな呼び方…」
「僕、間違ってる?」
「いや、間違っては、ないけど」
「じゃあ、ジョシュア1世?」
「俺はまだ国王じゃないから、1世は付かないよ」
「いつかは、付くけどね。レイナ卿、彼が玉座に就く日は決まっているの?」
「いいえ。陛下もまだお若いですし、殿下もまず王室やロレートについてのお勉強をなさいますので」
「ふうん。お勉強って、どんなことするの? プリンス・ジョシュア?」
「礼儀作法や心得、ロレートの歴史とか。本格的に始めるのは、卒業してからだよ」
「卒業か。君も、もうすぐ居なくなるんだ」
「寂しくなるな、アンリに会えなくなるなんて」
ぽつりと仰った。ご学友は窓の外を眺めながら、
「僕は清々するけれど?」
殿下は苦笑する。
「なら、いいけど」
沈黙が通り過ぎる。
ご学友は、ところで、と話題を転換した。
「その長髪は何なの? そんなにアルフォンソ王の格好が気に入っていたとはね」
「あ、これは、街を歩く時は、少し変装したほうが良いって…」
今日もお忍びのお出掛けなので、長髪とブルーのカラーコンタクトを着用して頂いた。
私はバックミラーから、ちらとお二人のお顔を伺う。
「瞳の色まで変えられて」ご学友が殿下の頬に触れて、瞳を見上げる。
「確かに緋眼を持つヒトは、ロレートでも君くらいだろうから、
隠すほうが無難だけど。君に碧眼なんて…似合わない」
「アンリ。もしかして、俺の瞳の色、気に入ってたの?」
「そうは言ってない」
殿下の顎をクイと横に向けた。
今日も陛下がお忍びで回られる場所の一部をご案内した。
街の住人達の幾人かは私の顔を見て、一緒に居るのが殿下だと気付いたようだが、
素知らぬフリをしてくれている。王も王子も安全に、気軽に歩ける場所があることは幸いだ。
それも全て『規格外の王』のお人柄と我が侭の成せる業である。
店が立ち並ぶ道、突き当たりは小さな広場となっている。
ご学友は舗装された綺麗な道を歩きながら、ポケットに手を入れる。
「へえ。意外と歩けるね。変装の効果だけとも思えないけれど」
ご学友の足が止まる。店先に並んでいる雑貨を見ていた。
「アンリ、欲しいのかい? その猫の置物」
「別に。目に入っただけ」
「ちょっと待ってて」
殿下はそれを持って店の奥に入っていった。
ご友人の元に戻ってきた殿下は小さなプレゼントの包みをご友人に差し出した。
「ロレートまで来てくれてありがとう、アンリ。お礼に受け取って貰えるかな?」
「僕、欲しいなんて一言も言ってな…」
「じゃ、寮で待ってるレッド達へのお土産にしようかな」
「あんな単細胞にあげるくらいなら、僕が貰う」
はい、と殿下は手渡した。
「さすが、プリンス・ジョシュアだよね。僕、君のそういうところが嫌い」
「アンリ、こんな街中で、その呼び方は困るよ」
「では、何て呼んで欲しいの?」
「えっ…そう、だね…」
「じゃあ、今日は君『アーサー』ね?」
「アーサー?」
「伝説の英雄アーサー王、お似合いでしょ?」
「それじゃ、アンリは今日一日、『マーリン』だね?」
「言うようになったよね、君も」
マーリンとは、アーサー王の助言者だったとして有名な、魔術師だ。
「良いだろう? マーリン?」
「良いよ、アーサー」
ご学友は、ポケットから携帯電話のような機械を取り出した。
歩きながらペンで機械の画面を数回タッチしていた。PDAと呼ばれる携帯情報端末のようだ。
ミニPC未満、携帯電話以上のスペックを持つ、高性能な電子手帳といったところだ。
「ねえ、アーサー。君、明日は忙しいんだっけ?」
「午前中だけ。午後は空いているよ。そうでしたよね、ラルヴィスさん?」
ええ、と私は頷く。その後で、おや、と思う。殿下から名前で呼ばれたのは初めてだ。
仮名で呼び合っている中、「レイナ卿」という敬称で呼ぶのは、不釣合いだとご判断されたのかもしれない。
「そう。では僕は、明日の午前中、一人でロレート観光しているから、
午後になったら君も合流する、というのはどう?
僕、行きたいところがあるから、そこで落ち合わない?」
「どこだい?」
「明日13時に『ラトナピュラ』という紅茶専門店。
そこにカフェもあるし、リーフも売ってるらしいから」
「先生へのお土産かい?」
「自分のだよ…何、笑ってるの、ジョシュア」
「だって、先生も好きなんだろう? 紅茶」
「彼には買わない」
ご友人を見て殿下が笑う。その時、前方から来た男とぶつかってしまった。
殿下は「すみません。大丈夫でしたか?」と丁寧にお声を掛けていた。
相手は無愛想に頷いただけで行ってしまった。ご学友は再び携帯情報端末をタッチしている。
「ねえ。『ラトナピュラ』の近くに、ロープウェイがあるらしいから、それも乗らない?」
「アンリって、高いところ好きだよね」
「高いところから見る景色は嫌いじゃないから。
ねえ、僕のことはマーリンって呼ぶんじゃなかったの?」
「君だって、さっき俺のこと、名前で呼んだじゃないか」
「君が変なこと言うからでしょう、アーサー」
「すまない」
ご学友は振り向いて、私に言う。
「レイナ卿、『ラトナピュラ』の場所はご存知ではないですよね? 後でお教えします」
「存じております。ロレートの老舗ですから。13時にそちらへお連れすればよろしいのですね?」
「ええ。お願いします」
「畏まりました。サン・ジェルマン様は午前中は何時にご出発なさいますか? お車をご用意致します」
「お構いなく。午前中は一人で行動したいので、車は自分で用意します」
→16-1
以前、エメリーにそう言われていたので今回も彼に護衛を頼もうとしたが、
陛下が今日の護衛にエメリーを連れて行ったそうで、居なかった。
代わりに、身体の空いていたホワイトに護衛を頼んだ。
陛下の側役六人のうちの一人。陛下に似せたらしい長い髪を持つ。
フルネームがブラウン・ホワイトなので、調子の良いエメリーなどは、
彼を『ラテ』というニックネームで呼んでいるが、私はそう呼べなかった。
よく気の回る優秀な男だが、私は彼にあまり良く思われていないことは解っていた。
彼は陛下の側近になることを希望していたからだ。
けれど、個人的な感情が執務に差し障ることはなかった。
私達は陛下に忠誠を誓っている同士。任務は同じなのだ。
私がホワイトに「殿下とご学友にロレートをご案内するので、共に護衛を務めて欲しい」
そう頼むと、いつものように無表情で、「了解した」すっと席を立った。
運転席にホワイト、助手席に私。私達は互いに言葉を交わさなかった。
自分で運転をしていない時は、外の景色に目を配るようにしている。
この車を狙う者が居ないかどうか、確認をする為だ。
今日は気持ちの良い青空だ。今のところ異常はない。
強いて言えば、サイドミラーに映っている、運転の荒いフェラーリが少し気になるくらいだ。
後部座席からは殿下とご学友の話し声がぽつぽつ聞こえる。
「ねえ。プリンス・ジョシュア」
「アンリ…そんな呼び方…」
「僕、間違ってる?」
「いや、間違っては、ないけど」
「じゃあ、ジョシュア1世?」
「俺はまだ国王じゃないから、1世は付かないよ」
「いつかは、付くけどね。レイナ卿、彼が玉座に就く日は決まっているの?」
「いいえ。陛下もまだお若いですし、殿下もまず王室やロレートについてのお勉強をなさいますので」
「ふうん。お勉強って、どんなことするの? プリンス・ジョシュア?」
「礼儀作法や心得、ロレートの歴史とか。本格的に始めるのは、卒業してからだよ」
「卒業か。君も、もうすぐ居なくなるんだ」
「寂しくなるな、アンリに会えなくなるなんて」
ぽつりと仰った。ご学友は窓の外を眺めながら、
「僕は清々するけれど?」
殿下は苦笑する。
「なら、いいけど」
沈黙が通り過ぎる。
ご学友は、ところで、と話題を転換した。
「その長髪は何なの? そんなにアルフォンソ王の格好が気に入っていたとはね」
「あ、これは、街を歩く時は、少し変装したほうが良いって…」
今日もお忍びのお出掛けなので、長髪とブルーのカラーコンタクトを着用して頂いた。
私はバックミラーから、ちらとお二人のお顔を伺う。
「瞳の色まで変えられて」ご学友が殿下の頬に触れて、瞳を見上げる。
「確かに緋眼を持つヒトは、ロレートでも君くらいだろうから、
隠すほうが無難だけど。君に碧眼なんて…似合わない」
「アンリ。もしかして、俺の瞳の色、気に入ってたの?」
「そうは言ってない」
殿下の顎をクイと横に向けた。
今日も陛下がお忍びで回られる場所の一部をご案内した。
街の住人達の幾人かは私の顔を見て、一緒に居るのが殿下だと気付いたようだが、
素知らぬフリをしてくれている。王も王子も安全に、気軽に歩ける場所があることは幸いだ。
それも全て『規格外の王』のお人柄と我が侭の成せる業である。
店が立ち並ぶ道、突き当たりは小さな広場となっている。
ご学友は舗装された綺麗な道を歩きながら、ポケットに手を入れる。
「へえ。意外と歩けるね。変装の効果だけとも思えないけれど」
ご学友の足が止まる。店先に並んでいる雑貨を見ていた。
「アンリ、欲しいのかい? その猫の置物」
「別に。目に入っただけ」
「ちょっと待ってて」
殿下はそれを持って店の奥に入っていった。
ご友人の元に戻ってきた殿下は小さなプレゼントの包みをご友人に差し出した。
「ロレートまで来てくれてありがとう、アンリ。お礼に受け取って貰えるかな?」
「僕、欲しいなんて一言も言ってな…」
「じゃ、寮で待ってるレッド達へのお土産にしようかな」
「あんな単細胞にあげるくらいなら、僕が貰う」
はい、と殿下は手渡した。
「さすが、プリンス・ジョシュアだよね。僕、君のそういうところが嫌い」
「アンリ、こんな街中で、その呼び方は困るよ」
「では、何て呼んで欲しいの?」
「えっ…そう、だね…」
「じゃあ、今日は君『アーサー』ね?」
「アーサー?」
「伝説の英雄アーサー王、お似合いでしょ?」
「それじゃ、アンリは今日一日、『マーリン』だね?」
「言うようになったよね、君も」
マーリンとは、アーサー王の助言者だったとして有名な、魔術師だ。
「良いだろう? マーリン?」
「良いよ、アーサー」
ご学友は、ポケットから携帯電話のような機械を取り出した。
歩きながらペンで機械の画面を数回タッチしていた。PDAと呼ばれる携帯情報端末のようだ。
ミニPC未満、携帯電話以上のスペックを持つ、高性能な電子手帳といったところだ。
「ねえ、アーサー。君、明日は忙しいんだっけ?」
「午前中だけ。午後は空いているよ。そうでしたよね、ラルヴィスさん?」
ええ、と私は頷く。その後で、おや、と思う。殿下から名前で呼ばれたのは初めてだ。
仮名で呼び合っている中、「レイナ卿」という敬称で呼ぶのは、不釣合いだとご判断されたのかもしれない。
「そう。では僕は、明日の午前中、一人でロレート観光しているから、
午後になったら君も合流する、というのはどう?
僕、行きたいところがあるから、そこで落ち合わない?」
「どこだい?」
「明日13時に『ラトナピュラ』という紅茶専門店。
そこにカフェもあるし、リーフも売ってるらしいから」
「先生へのお土産かい?」
「自分のだよ…何、笑ってるの、ジョシュア」
「だって、先生も好きなんだろう? 紅茶」
「彼には買わない」
ご友人を見て殿下が笑う。その時、前方から来た男とぶつかってしまった。
殿下は「すみません。大丈夫でしたか?」と丁寧にお声を掛けていた。
相手は無愛想に頷いただけで行ってしまった。ご学友は再び携帯情報端末をタッチしている。
「ねえ。『ラトナピュラ』の近くに、ロープウェイがあるらしいから、それも乗らない?」
「アンリって、高いところ好きだよね」
「高いところから見る景色は嫌いじゃないから。
ねえ、僕のことはマーリンって呼ぶんじゃなかったの?」
「君だって、さっき俺のこと、名前で呼んだじゃないか」
「君が変なこと言うからでしょう、アーサー」
「すまない」
ご学友は振り向いて、私に言う。
「レイナ卿、『ラトナピュラ』の場所はご存知ではないですよね? 後でお教えします」
「存じております。ロレートの老舗ですから。13時にそちらへお連れすればよろしいのですね?」
「ええ。お願いします」
「畏まりました。サン・ジェルマン様は午前中は何時にご出発なさいますか? お車をご用意致します」
「お構いなく。午前中は一人で行動したいので、車は自分で用意します」
→16-1
■ロレートシナリオ
***
聖アルフォンソ学院 正門前。
ロレートの公用車に、学院の生徒が二人乗る。
後部座席のドアを閉めた臣下は、無駄のない動作で運転席に入る。
見送り組のタクシードライバーは片手を挙げる。生徒の一人は微笑んで返した。
同じく見送り組の教授は、もう一人の生徒とアイコンタクトをとろうとしたが、
教え子は後頭部しか見せてくれなかった。
運転席の臣下は、窓越しに会釈して、学院を出発した。
正門前に残されたのは、大人二人と黄色いタクシー。
公用車が吐き出した灰色の煙と、その残り香。
教師は自分の腕を抱きながら、小さくなっていく車を見送っていた。
タクシードライバーは愛車に背を預ける。
思い出し笑いをしながら、隣を見上げる。
「さっきのセンセ、親バカのパパみたいになってたよ?」
教授も、ふっと笑った。
「あの子は、他の子より、知らないことが色々あるからね。
どうも心配になってしまうんだよ、教師としてはね」
金髪のドライバーは、愛車の屋根に肘を着く。頭上には、青い空が広がっている。
「ね、センセ」
まだ空を見たまま、白い喉仏を晒している。視線の先には、悠々と流れていく白い薄雲。
「なんだね?」
「今日さ、昼メシ、ご一緒してもイイ? センセのおごりで」
タクシードライバーは、ひひひー、と子供っぽく笑った。
「またバトラーに駐禁を取られたのかね?」
ドライバーは手の平を青空に向け、
「もー、ガッポリ」
オーバーに肩を竦めて見せた。
***
私達がロレートの邸に到着すると、大勢の臣下に出迎えられた。
陛下がお帰りの時でも、ここまではしない。
総出でお出迎えをしろという指示は出していない。おそらく好奇心の集合体だろう。
サン・ジェルマン様は彼等の中央を黙って通ろうとした。
殿下は小さなお声で、ご学友の名を呼んだ。そして、何も言葉にせず、ご学友を見つめた。
そのどこか意地悪な微笑を見て、私は少しどきりとした。陛下のそれと似ていらっしゃる。
ご学友は殿下を軽く睨む。不満げな唇で呟いた。
「…こんにちは、お邪魔します」
今回の一日目は殿下の執務を入れていなかった。
殿下もご学友とごゆるりと過ごされたいだろうと思ってのことだ。
今日、陛下は夜に邸に戻られる。その際に、陛下と殿下とご学友で会食なさるご予定だ。
それまでまだ数時間あった。夜までどうなさいますか、とお伺いしたところ、
ご学友が「ロレートを少し観光したいな、車で」とのこと。
案内役に私をご指名になったので、殿下とご学友と出掛けることとなった。
→15
聖アルフォンソ学院 正門前。
ロレートの公用車に、学院の生徒が二人乗る。
後部座席のドアを閉めた臣下は、無駄のない動作で運転席に入る。
見送り組のタクシードライバーは片手を挙げる。生徒の一人は微笑んで返した。
同じく見送り組の教授は、もう一人の生徒とアイコンタクトをとろうとしたが、
教え子は後頭部しか見せてくれなかった。
運転席の臣下は、窓越しに会釈して、学院を出発した。
正門前に残されたのは、大人二人と黄色いタクシー。
公用車が吐き出した灰色の煙と、その残り香。
教師は自分の腕を抱きながら、小さくなっていく車を見送っていた。
タクシードライバーは愛車に背を預ける。
思い出し笑いをしながら、隣を見上げる。
「さっきのセンセ、親バカのパパみたいになってたよ?」
教授も、ふっと笑った。
「あの子は、他の子より、知らないことが色々あるからね。
どうも心配になってしまうんだよ、教師としてはね」
金髪のドライバーは、愛車の屋根に肘を着く。頭上には、青い空が広がっている。
「ね、センセ」
まだ空を見たまま、白い喉仏を晒している。視線の先には、悠々と流れていく白い薄雲。
「なんだね?」
「今日さ、昼メシ、ご一緒してもイイ? センセのおごりで」
タクシードライバーは、ひひひー、と子供っぽく笑った。
「またバトラーに駐禁を取られたのかね?」
ドライバーは手の平を青空に向け、
「もー、ガッポリ」
オーバーに肩を竦めて見せた。
***
私達がロレートの邸に到着すると、大勢の臣下に出迎えられた。
陛下がお帰りの時でも、ここまではしない。
総出でお出迎えをしろという指示は出していない。おそらく好奇心の集合体だろう。
サン・ジェルマン様は彼等の中央を黙って通ろうとした。
殿下は小さなお声で、ご学友の名を呼んだ。そして、何も言葉にせず、ご学友を見つめた。
そのどこか意地悪な微笑を見て、私は少しどきりとした。陛下のそれと似ていらっしゃる。
ご学友は殿下を軽く睨む。不満げな唇で呟いた。
「…こんにちは、お邪魔します」
今回の一日目は殿下の執務を入れていなかった。
殿下もご学友とごゆるりと過ごされたいだろうと思ってのことだ。
今日、陛下は夜に邸に戻られる。その際に、陛下と殿下とご学友で会食なさるご予定だ。
それまでまだ数時間あった。夜までどうなさいますか、とお伺いしたところ、
ご学友が「ロレートを少し観光したいな、車で」とのこと。
案内役に私をご指名になったので、殿下とご学友と出掛けることとなった。
→15
■ロレートシナリオ
「あ、来たよ。ラルちゃんの王子サマ」
アイヴィー様が額に手を翳す。
キャンパスから正門まで真っ直ぐ続いている月桂樹のアーチ。
木漏れ日の下を歩く二人が見えた。
左に見えるのが、殿下。今日は白の爽やかなジャケットをお召しだ。
そのお隣に居るのがご友人のようだ。背は殿下より少し低い。
何か話しながら歩いている。ご友人と笑い合っている殿下を、私は初めて見た。
お二人の距離は近かった。
殿下がこちらに気付く。ふわり、と笑う。
「お待たせしました、レイナ卿。あれ、アイヴィー」
私の隣で、片手を挙げた彼は「よっ」と明るく笑った。
島の安全を一手に担う警備責任者から、
タクシードライバーのお兄さんに変わった瞬間を見たような気がした。
「今日からロレートか、気を付けて行って来いよ」
「はい。度々出掛けてすみませんが、留守の間、お願いします」
「任せな。お、今日はアンリも一緒だっけか。楽しそうだな」
「ええ」
笑顔で応えた殿下が私に向き直る。
「レイナ卿、紹介しますね」隣に居るご友人を手で示す。
「こちらがアンリ。俺の、一番親しい友人です」
真っ白な肌、襟元で揃えた宵闇の髪。
シックなダークブルーのスーツ。男装の麗人かと思ったほど美しい。
学院の中から現れたのだから姫ではなく、王子、なのか。これで?
次に殿下は私を手で示す。
「アンリ、こちらは…」
美しい人が私に一歩近付く。琥珀の瞳が私を試すように捉える。
「貴方が、レイナ卿ですね?」
思いの外、低い声。それを聞いて、やっと王子だと納得できた。
アンリ、という名は確かフランス語圏の名だったはず。彼はまさに、フランス人形のような、白肌美人だ。
私は胸に手を置き、丁寧に頭を下げた。
「はい。ラルヴィス・レイナと申します。どうぞお見知りおきを」
「初めまして。僕はアンリ=ユーグ=ド=サン・ジェルマン。
ジョシュアより一学年下です。それから」
冷たい微笑を見せて言った。
「僕は、古くからグラントと敵対している家の者です」
殿下がご友人を振り返る。
「アンリ、なんでわざわざそんなことを」
宵闇の髪が気だるげに揺れる。
「隠す方が怪しくない? 事実なんだから仕様がないでしょう?
君はもうグラントの跡取りではないんだからいいじゃない、別に」
「そうだけど…だからって自己紹介でいきなり言うことじゃ…」
「軽い冗談のつもりだったんだけどな。君って冗談が通じないよね」
「いや、今のは笑えないと思うよ、アンリ」
私は「お戯れを」と言って笑うべきだったのか?
動揺が表情に出てしまったのか、殿下は必死に取り繕った。
「すみません、レイナ卿。アンリに悪気はないんです。
他の人より…ちょっと正直なところがあるだけで、
成績は優秀だし、事業も起こしてますし、俺より立派な…」
「ジョシュア。過剰なフォローは逆効果にしかならないから、そのくらいでいいよ」
殿下のご友人は、きっと殿下に似ているのだろうと思っていた。
が、これではむしろ対照的だ。本当に親友という間柄なのだろうかと疑ってしまう。
ご友人は、ねえ? と私に尋ねた。
「貴方はカーディス1世の側近じゃなかった? 今はジョシュアの側近?」
「いえ。当面、兼任となりました」
琥珀色の瞳が瞬く。
「それは、カーディス1世のご命令?」
「ええ。もちろんです」
「ふうん。成程ね」
サン・ジェルマン様は胸ポケットに手を入れた。
優雅に差し出されたのは、小さな長方形。
「レイナ卿、僕の名刺をお渡しします。よろしければ、貴方の名刺を頂けますか?」
殿下のご学友と名刺交換をすることになるとは。
頂戴した上質なカード。役職には、CEO、最高経営責任者とあった。
高2で社長? さすが、殿下のご友人だ。なんと優秀な御方なのだろう。
若き社長は「君も欲しい?」と言いながら殿下に名刺を渡していた。
殿下は名刺を眺めながら指差す。
「…え? アンリ、これ、携帯の番号?」
「ああ。携帯を持てって煩いのが居て。貰ったの。
まあ、そろそろ仕事でも必要になってきてたから。これ」
ブルーの携帯電話を取り出す。
「ここ何日かで、まとまりそうな商談があるから、持って来たんだ。
結果の一報を聞きたいだけなんだけど」
「ごめん。忙しい時期だった?」
「別に。あとは結果待ちだから。それに、僕もロレートには一度行ってみたかったし。
君の目にどう映ってるかは知らないけれど、僕はこの旅行、大いに楽しみにしてたんだよ?
あのカーディス国王陛下にお目通りが叶うなんて、逃す手はないからね」
それまで、やりとりを楽しそうに見守っていたアイヴィー様は「おっ?」と声を上げた。
「アンリ、お前さんのセンセも、お見送りに来てくれたみたいだぜ?」
キャンパスのほうから、こちらに向かってくる紳士。年は四十前後だろうか。
落ち着いた茶のベストが似合う。成程、先生らしい容貌に見える。
彼はサン・ジェルマン様の前に立つとほっと息を吐いた。
「良かった。間に合ったみたいだね」
サン・ジェルマン様は、彼を見上げて冷たく呟いた。
「…オーギュスト。何しに来たの?」
「アンリのお見送りだよ、もちろん」
そう優しく微笑んで、次に殿下に向かって言った。
「生徒代表君、アンリのこと、よろしく頼むよ」
「あ、はい」
「それから、アンリ。授業で教えていなかったことを、伝えに来たんだけれどね?」
「ボージェ教授。それ、今、必要な話?」
「うん。とても大切なことだから、ちゃんと聞きなさい?」
教え子はあからさまに不機嫌な顔になる。
「じゃあ、早く言えば?」
教授は人差し指を立てて、こう言った。
「いいかね? お友達の家に上がる時は、まず『こんにちは、お邪魔します』と言うんだよ?
アンリはお友達の家に遊びに行くの、初めてだろう? だからちょっと心配でね。
おうちの人にご迷惑をかけるようなことは、いけないんだよ? 解るかね?」
アイヴィー様だけが腹を抱えている。教え子は呆然と教師を見つめる。
「…それだけを言いに来たの、君は」
「あと、もうひとつ」
「まだあるの?」
「私へのロレート土産には気を遣わなくても良いからね?」
教え子はゆっくりと言い放つ。
「元々、君に買う予定はない」
どこまでも小生意気な生徒を見る先生の目はどこまでも優しかった。
「では、気を付けて、いっておいで」
私達は、先生とタクシードライバーに見送られ、学院を出発することとなった。
私は公用車の扉を開ける。殿下は先生方に「いってきます」と礼をしてから車に乗り込む。
ご学友は彼等を無視し、頬を膨らませ、ぶつぶつ言っていた。
「なんで、わざわざ見送りに来るのかな、講師のくせに」
学院から空港までの車中。
後部座席から、こんな会話が聞こえてきた。
「アンリ、友達の家に遊びに行くの、俺が初めてなの?」
殿下がそう控えめに尋ねると、ご学友は不機嫌に返した。
「僕は、休暇中も学院に居るでしょう?」
肯定の返事。
今までに一度も友達の家に行ったことがないというのは、自然とは言えない。
何か事情があるのだろうか。
「俺も初めてだよ」殿下は優しく仰る。「ロレートの家に友達を連れて行くのは」
バックミラー越しに見えたのは、笑顔だった。ご友人が首を傾げている。
「何が面白いの?」
殿下は照れているのか少し俯いて、
「嬉しいんだ」
そう噛み締めるように仰った。
→14
アイヴィー様が額に手を翳す。
キャンパスから正門まで真っ直ぐ続いている月桂樹のアーチ。
木漏れ日の下を歩く二人が見えた。
左に見えるのが、殿下。今日は白の爽やかなジャケットをお召しだ。
そのお隣に居るのがご友人のようだ。背は殿下より少し低い。
何か話しながら歩いている。ご友人と笑い合っている殿下を、私は初めて見た。
お二人の距離は近かった。
殿下がこちらに気付く。ふわり、と笑う。
「お待たせしました、レイナ卿。あれ、アイヴィー」
私の隣で、片手を挙げた彼は「よっ」と明るく笑った。
島の安全を一手に担う警備責任者から、
タクシードライバーのお兄さんに変わった瞬間を見たような気がした。
「今日からロレートか、気を付けて行って来いよ」
「はい。度々出掛けてすみませんが、留守の間、お願いします」
「任せな。お、今日はアンリも一緒だっけか。楽しそうだな」
「ええ」
笑顔で応えた殿下が私に向き直る。
「レイナ卿、紹介しますね」隣に居るご友人を手で示す。
「こちらがアンリ。俺の、一番親しい友人です」
真っ白な肌、襟元で揃えた宵闇の髪。
シックなダークブルーのスーツ。男装の麗人かと思ったほど美しい。
学院の中から現れたのだから姫ではなく、王子、なのか。これで?
次に殿下は私を手で示す。
「アンリ、こちらは…」
美しい人が私に一歩近付く。琥珀の瞳が私を試すように捉える。
「貴方が、レイナ卿ですね?」
思いの外、低い声。それを聞いて、やっと王子だと納得できた。
アンリ、という名は確かフランス語圏の名だったはず。彼はまさに、フランス人形のような、白肌美人だ。
私は胸に手を置き、丁寧に頭を下げた。
「はい。ラルヴィス・レイナと申します。どうぞお見知りおきを」
「初めまして。僕はアンリ=ユーグ=ド=サン・ジェルマン。
ジョシュアより一学年下です。それから」
冷たい微笑を見せて言った。
「僕は、古くからグラントと敵対している家の者です」
殿下がご友人を振り返る。
「アンリ、なんでわざわざそんなことを」
宵闇の髪が気だるげに揺れる。
「隠す方が怪しくない? 事実なんだから仕様がないでしょう?
君はもうグラントの跡取りではないんだからいいじゃない、別に」
「そうだけど…だからって自己紹介でいきなり言うことじゃ…」
「軽い冗談のつもりだったんだけどな。君って冗談が通じないよね」
「いや、今のは笑えないと思うよ、アンリ」
私は「お戯れを」と言って笑うべきだったのか?
動揺が表情に出てしまったのか、殿下は必死に取り繕った。
「すみません、レイナ卿。アンリに悪気はないんです。
他の人より…ちょっと正直なところがあるだけで、
成績は優秀だし、事業も起こしてますし、俺より立派な…」
「ジョシュア。過剰なフォローは逆効果にしかならないから、そのくらいでいいよ」
殿下のご友人は、きっと殿下に似ているのだろうと思っていた。
が、これではむしろ対照的だ。本当に親友という間柄なのだろうかと疑ってしまう。
ご友人は、ねえ? と私に尋ねた。
「貴方はカーディス1世の側近じゃなかった? 今はジョシュアの側近?」
「いえ。当面、兼任となりました」
琥珀色の瞳が瞬く。
「それは、カーディス1世のご命令?」
「ええ。もちろんです」
「ふうん。成程ね」
サン・ジェルマン様は胸ポケットに手を入れた。
優雅に差し出されたのは、小さな長方形。
「レイナ卿、僕の名刺をお渡しします。よろしければ、貴方の名刺を頂けますか?」
殿下のご学友と名刺交換をすることになるとは。
頂戴した上質なカード。役職には、CEO、最高経営責任者とあった。
高2で社長? さすが、殿下のご友人だ。なんと優秀な御方なのだろう。
若き社長は「君も欲しい?」と言いながら殿下に名刺を渡していた。
殿下は名刺を眺めながら指差す。
「…え? アンリ、これ、携帯の番号?」
「ああ。携帯を持てって煩いのが居て。貰ったの。
まあ、そろそろ仕事でも必要になってきてたから。これ」
ブルーの携帯電話を取り出す。
「ここ何日かで、まとまりそうな商談があるから、持って来たんだ。
結果の一報を聞きたいだけなんだけど」
「ごめん。忙しい時期だった?」
「別に。あとは結果待ちだから。それに、僕もロレートには一度行ってみたかったし。
君の目にどう映ってるかは知らないけれど、僕はこの旅行、大いに楽しみにしてたんだよ?
あのカーディス国王陛下にお目通りが叶うなんて、逃す手はないからね」
それまで、やりとりを楽しそうに見守っていたアイヴィー様は「おっ?」と声を上げた。
「アンリ、お前さんのセンセも、お見送りに来てくれたみたいだぜ?」
キャンパスのほうから、こちらに向かってくる紳士。年は四十前後だろうか。
落ち着いた茶のベストが似合う。成程、先生らしい容貌に見える。
彼はサン・ジェルマン様の前に立つとほっと息を吐いた。
「良かった。間に合ったみたいだね」
サン・ジェルマン様は、彼を見上げて冷たく呟いた。
「…オーギュスト。何しに来たの?」
「アンリのお見送りだよ、もちろん」
そう優しく微笑んで、次に殿下に向かって言った。
「生徒代表君、アンリのこと、よろしく頼むよ」
「あ、はい」
「それから、アンリ。授業で教えていなかったことを、伝えに来たんだけれどね?」
「ボージェ教授。それ、今、必要な話?」
「うん。とても大切なことだから、ちゃんと聞きなさい?」
教え子はあからさまに不機嫌な顔になる。
「じゃあ、早く言えば?」
教授は人差し指を立てて、こう言った。
「いいかね? お友達の家に上がる時は、まず『こんにちは、お邪魔します』と言うんだよ?
アンリはお友達の家に遊びに行くの、初めてだろう? だからちょっと心配でね。
おうちの人にご迷惑をかけるようなことは、いけないんだよ? 解るかね?」
アイヴィー様だけが腹を抱えている。教え子は呆然と教師を見つめる。
「…それだけを言いに来たの、君は」
「あと、もうひとつ」
「まだあるの?」
「私へのロレート土産には気を遣わなくても良いからね?」
教え子はゆっくりと言い放つ。
「元々、君に買う予定はない」
どこまでも小生意気な生徒を見る先生の目はどこまでも優しかった。
「では、気を付けて、いっておいで」
私達は、先生とタクシードライバーに見送られ、学院を出発することとなった。
私は公用車の扉を開ける。殿下は先生方に「いってきます」と礼をしてから車に乗り込む。
ご学友は彼等を無視し、頬を膨らませ、ぶつぶつ言っていた。
「なんで、わざわざ見送りに来るのかな、講師のくせに」
学院から空港までの車中。
後部座席から、こんな会話が聞こえてきた。
「アンリ、友達の家に遊びに行くの、俺が初めてなの?」
殿下がそう控えめに尋ねると、ご学友は不機嫌に返した。
「僕は、休暇中も学院に居るでしょう?」
肯定の返事。
今までに一度も友達の家に行ったことがないというのは、自然とは言えない。
何か事情があるのだろうか。
「俺も初めてだよ」殿下は優しく仰る。「ロレートの家に友達を連れて行くのは」
バックミラー越しに見えたのは、笑顔だった。ご友人が首を傾げている。
「何が面白いの?」
殿下は照れているのか少し俯いて、
「嬉しいんだ」
そう噛み締めるように仰った。
→14
■ロレートシナリオ
私は公用車のステアリングを握っていた。
今日はいよいよ、殿下とそのご学友をお迎えに上がる日。
聖アルフォンソ学院 正門が見えてくると、黄色いタクシーが見えた。
金髪の男が一人、こちらに向かって手を振っている。
正門前で車を停める。外に出ると、風に乗って特有の青い香りがした。
この島の象徴とも言える。月桂樹。心が落ち着く香りだ。
金髪の司令官が笑顔でやってきた。
「おはよ、ラルちゃん」
「おはようございます、アイヴィー様」
「そだ。ラルちゃん、唇…」
背の高い彼は少し身を屈めて、じいっと見た。
「ヨカッタ。傷の痕、残ってないね?」
「あ、はい、もう治りましたから」
「王様に怒られなかった?」
「ええ。それから、陛下からご伝言をお預かりしております。『キングズフィンガーは、
ラルと共に美味しく頂いた。ありがとう。次は危険な水死体を頼む』と」
「あははっ。王様、ムチャぶりー」
聖アルフォンソ島の食べ物の名前は本当にユニークだ。
陛下がご所望になった『危険な水死体』はハバネロ入り水餃子のことだというのだから。
「お戯れで仰ったのだと思われますので、お気になさらず。それで――」
「ああ、うん。ジョシュアが来る前に、オシゴトのお話しよっか」
事前にメールを頂いていた。殿下との待ち合わせの前に情報交換しよう、と。
正門前に停まっているタクシーと公用車。
アイヴィー様はタクシーの屋根に腕を置いている。
潜めた声で、互いの情報を提供し合った。
「コッチはジョシュア狙いの人は来てないよ。他は来たけどね、うじゃうじゃ。
皆さんに懺悔して貰ったんだけど、ジョシュアの名は出なかった。ソッチはどう?」
「いいえ。何も。投げ込みから、かなり日も経っていますし。あれで気が済んだのでは…」
アイヴィー様は腕の上に顎を乗せる。今日は少し、眠そうな顔をしていた。
「どうかなあ。まだ安心しちゃダメだと思う」
「何故ですか?」
「あ、いやあ、あんま根拠は無いんだけどさ。
あのお手紙のこと考えるとザワザワして…まだ何も起こってないのが薄気味悪いっつーか。
なんか手がかりが無いか、俺達も結構調べてるんだけど…。今は動いてないのかな」
身体をくるりと翻して、タクシーに背を預ける。
「ラルちゃんの前で、こんなこと言うのは悪いんだけど、
ジョシュアが次期国王に指名されて、ひと揉めもないなんて、やっぱヘンな気がするんだ。
あんなよくできた王子様でも、万人に好かれるとは限らないじゃん? ましてや」
司令官はそこで言葉を切った。
「ゴメン。それを言っちゃあ、俺もアレ書いた奴とおんなじだ」
私は首を横に振る。
「ご忠告、ありがとうございます。身を引き締めて参ります」
「ん。できれば、俺もロレートに付いて行きたいんだけど、
コッチも夜な夜なパーティってかんじでさ。島、空けられないんだ」
「お気持ち、ありがたく頂戴致します。
アイヴィー様は以前、殿下が島に居る間は俺が守ると仰いました。
ロレートにご滞在時は我々にお任せ下さい。殿下の御身は…」
「あのね、ラルちゃん」
ぽんと両肩に手が置かれる。彼はとても優しい声で言った。
「俺、怖いんだ。ラルちゃんは王様や王子様の為だったら何でもしちゃいそうだから。
俺達もう、ただの知り合いじゃないんだよ?」
私はアイヴィー様を見上げていた。彼は微笑んでいるのに、悲痛な表情をしていた。
「俺はイヤだからね? ラルちゃんがケガしたり、勝手に居なくなるのは、イヤだからね」
→13-2
今日はいよいよ、殿下とそのご学友をお迎えに上がる日。
聖アルフォンソ学院 正門が見えてくると、黄色いタクシーが見えた。
金髪の男が一人、こちらに向かって手を振っている。
正門前で車を停める。外に出ると、風に乗って特有の青い香りがした。
この島の象徴とも言える。月桂樹。心が落ち着く香りだ。
金髪の司令官が笑顔でやってきた。
「おはよ、ラルちゃん」
「おはようございます、アイヴィー様」
「そだ。ラルちゃん、唇…」
背の高い彼は少し身を屈めて、じいっと見た。
「ヨカッタ。傷の痕、残ってないね?」
「あ、はい、もう治りましたから」
「王様に怒られなかった?」
「ええ。それから、陛下からご伝言をお預かりしております。『キングズフィンガーは、
ラルと共に美味しく頂いた。ありがとう。次は危険な水死体を頼む』と」
「あははっ。王様、ムチャぶりー」
聖アルフォンソ島の食べ物の名前は本当にユニークだ。
陛下がご所望になった『危険な水死体』はハバネロ入り水餃子のことだというのだから。
「お戯れで仰ったのだと思われますので、お気になさらず。それで――」
「ああ、うん。ジョシュアが来る前に、オシゴトのお話しよっか」
事前にメールを頂いていた。殿下との待ち合わせの前に情報交換しよう、と。
正門前に停まっているタクシーと公用車。
アイヴィー様はタクシーの屋根に腕を置いている。
潜めた声で、互いの情報を提供し合った。
「コッチはジョシュア狙いの人は来てないよ。他は来たけどね、うじゃうじゃ。
皆さんに懺悔して貰ったんだけど、ジョシュアの名は出なかった。ソッチはどう?」
「いいえ。何も。投げ込みから、かなり日も経っていますし。あれで気が済んだのでは…」
アイヴィー様は腕の上に顎を乗せる。今日は少し、眠そうな顔をしていた。
「どうかなあ。まだ安心しちゃダメだと思う」
「何故ですか?」
「あ、いやあ、あんま根拠は無いんだけどさ。
あのお手紙のこと考えるとザワザワして…まだ何も起こってないのが薄気味悪いっつーか。
なんか手がかりが無いか、俺達も結構調べてるんだけど…。今は動いてないのかな」
身体をくるりと翻して、タクシーに背を預ける。
「ラルちゃんの前で、こんなこと言うのは悪いんだけど、
ジョシュアが次期国王に指名されて、ひと揉めもないなんて、やっぱヘンな気がするんだ。
あんなよくできた王子様でも、万人に好かれるとは限らないじゃん? ましてや」
司令官はそこで言葉を切った。
「ゴメン。それを言っちゃあ、俺もアレ書いた奴とおんなじだ」
私は首を横に振る。
「ご忠告、ありがとうございます。身を引き締めて参ります」
「ん。できれば、俺もロレートに付いて行きたいんだけど、
コッチも夜な夜なパーティってかんじでさ。島、空けられないんだ」
「お気持ち、ありがたく頂戴致します。
アイヴィー様は以前、殿下が島に居る間は俺が守ると仰いました。
ロレートにご滞在時は我々にお任せ下さい。殿下の御身は…」
「あのね、ラルちゃん」
ぽんと両肩に手が置かれる。彼はとても優しい声で言った。
「俺、怖いんだ。ラルちゃんは王様や王子様の為だったら何でもしちゃいそうだから。
俺達もう、ただの知り合いじゃないんだよ?」
私はアイヴィー様を見上げていた。彼は微笑んでいるのに、悲痛な表情をしていた。
「俺はイヤだからね? ラルちゃんがケガしたり、勝手に居なくなるのは、イヤだからね」
→13-2
■ロレートシナリオ
***
王は寝室の窓から月を眺めていた。
いつからか、クセのように月を見てしまう。
今宵の月は、酷く欠けていた。
ノックの音に振り返ると、前髪が左目に掛かった。
「お待たせしました」
予想通りの声。入れ、と告げる。
開いた扉から見えたのは、少し毛先が跳ねた髪。
ウイスキーに合いそうなダークチョコレート色にも見えた。
「とりあえず、ワインをお持ち致しました。古くて、赤いのを」
「良い物を選んできたな」
「肴はチーズと、レイナ閣下の悪口、でいかがでしょう?」
王は笑みを見せる。
「お前のグラスも持って来ているか? エメリー」
「ええ。もちろん」
この夜、レイナは邸に居なかった。
明朝、学院までジョシュアを迎えに行く為、出国している。今頃は雲の上だろう。
王は機嫌良く杯に口付けていた。臣下も機嫌が悪いようにはとても見えなかった。
「なかなか強いな、エメリー」
「陛下には及びません」
「よく言う」
王が煙草を咥えると、臣下はさっと火を差し出す。
口髭がオレンジの炎に照らされる。
上唇を覆うようにできた影は、幻のように消えた。
寝室に紫煙が昇る。ひと息吐いた王は、煙草の箱を滑らせた。
「エメリー。我慢することはない。今宵は口煩いのも居ないしな」
「さすが。陛下はお優しい。ではお言葉に甘えて」
臣下は、頂戴致します、と言って一本抜き取る。王の前で煙草を咥えた。
口内でワインの酸味と煙草の苦味が混ざり、新たな旨味が創出される。
身体には害をもたらすだけの、中毒性の高い旨味、だからこそ美味い。
ソムリエがこの様子を見ていたら、さぞ軽蔑の眼差しを浴びせただろう。
ワインの香りを汚すニコチンは御法度だからだ。
茶髪の臣下がしみじみと言う。
「赤に合う一番の肴は、やっぱり煙草ですね。他の奴等には馬鹿にされるんですけど」
「ほう。子供だな。この毒の味が解らんとは」
「陛下だけですよ、そう言って下さるのは」
主から同意を得た臣下は、恭しくワインボトルを傾ける。
グラスはまだ空になっていなかったのだが、なみなみと注ぎ足した。
「最近、陛下が寝室に私をお呼びになること、増えましたね」
「そうか?」
「そうですよ。ま、レイナ閣下が居ない夜が、増えただけですけど。
自業自得ですよ、陛下。レイナ閣下を殿下の側に置いたのは陛下なんですから」
臣下は微笑を浮かべる。
「本当はご退屈でしょう? 私がお相手では。
あ、良いんですよ、隠さなくても。私は全然傷付きませんから」
「退屈そうに見えたか? 俺は有意義な夜を過ごしているつもりなのだがな」
「信じませんよ。お上手ですからね、陛下は」
「お前も、嫌なら嫌と言って良いぞ。俺も傷付かないからな」
「意地悪ですね、陛下。私は光栄ですよ? おかげでこんな古いワインがタダで頂けるので。
だけど、さっき廊下でラテに睨まれました」
「ホワイトか」
「あいつ、拗ねてるんですよ、陛下がなかなかラテを『ご注文』にならないから」
カーディスの側役は、全部で六人。執務の補佐、護衛を担う。
身の回りの世話についても彼等に任せている。この王が周りに、はべらせるのは男ばかり。
おかげで、浮いた噂のひとつも、王を狙う女もない。
六人のうち、最も王に近しい存在が側近ラルヴィス・レイナ。
側役の中でおそらく、王に最も心服している――と人目に映り易い――のはホワイトだ。
長髪長身の優男。その髪は敬愛する陛下に似せたのだろうと思われる。
普段は温厚で真面目だが、陛下のこととなると、やや神経質になるのが玉に瑕だった。
フルネームはブラウン・ホワイト。親が面白がって付けた名前らしい。
そのどっちつかずな姓名は、まるでカフェ・ラテ色。ラテはイタリア語でミルクを指す。
イメージや語感が彼の雰囲気にぴたりと合うので、気安い同僚達は彼を『ラテ』と呼んでいた。
「まあ、陛下のお気持ちも解りますよ。ラテじゃ従順過ぎて、物足りないんでしょう?
かと言って、私では生意気で喋り過ぎる。だから、レイナ閣下くらいが丁度良いんだ…当たりでしょう?」
陛下は軽く笑うだけで、肯定も否定もしなかった。
「そう僻むな、エメリー」
「僻んでません」
「今宵は、お前と大人の話がしたくてな」
「陛下が私と?」
「ああ」
臣下は笑顔を見せながら、余裕のある怖がり方をする。
「何だろう、怖いな」
「他言しないと誓うか?」
臣下は胸に手を置いて、頭を下げる。
「仰せのままに」
「よし。ラルヴィスにも、まだ言うなよ」
主が告げた言葉。
それまで、流れるように喋っていた臣下を、ぴたりと止めた。
「絶句しているな、エメリー。お前の忌憚無い意見を聞かせてくれないか?」
「陛下が『ロレートの為に』なんて…似合いません」
「正直な奴だな。ラルヴィスと親しいだけのことはある。
俺はお前達のそういうところが一番気に入っているんだ」
「陛下、お戯れではないんですか?」
「俺が酒に飲まれて、つまらんジョークを言っているように見えるか?」
問われて、また言葉を失う。王は静かに言った。
「俺の願い通り、上手く事が進んだ場合、エメリー、お前に…」
臣下は遮って、テーブルに両手を着いた。
「お断りします!」
立ち上がった振動でワイングラスが赤い波を立てる。
「どうしてラテじゃないんです? どうして俺が」
「お前が先程、自分で言っただろう?」
王はグラスに口付けた。
「俺には陛下の高尚なお考えがちっとも理解できません。
こんなことをして、一体誰が得をするんです?」
「決まっているだろう」王は窓を見上げる。
「ロレートの国民さ。これが、俺がロレートの為に出来る、最後の務めだ」
「陛下は『規格外の王』でしょう? 何、王様っぽいこと言ってるんですか?」
「お前も規格外の臣下だな。そんなことで王を叱る臣下が居るか」
エメリーは主の足許に跪いて、申し立てた。
「どうか、今一度お考え直し下さい、陛下」
主は臣下の頭部を見下ろし、薄く笑う。
「酷い嫌われようだな、俺も」
ぱっと顔を上げた臣下は、火を吐くように叫んだ。
「嫌いなんかじゃありません。今まで言ったことなかったですけどね、
これでも俺だって、あんたのことは、どの国より良い王様だと思ってる。
だから何年もお仕えしてんでしょうが。嫌な野郎にワインを注ぐと思いますか、この俺が」
王は可笑しそうに笑う。
「物凄い説得力だ」
「笑いごとですか?」
「すまん。感情的なお前を見るのは久しいものでな。
お前は普段から、そうしていればいいものを」
「口煩い上官の下に居るもんで。せめて人前では礼儀を弁えろって言われてるんです」
国王は残り少ない酒を飲み干す。空いたグラスは満たされない。
「陛下、考え直すおつもりは?」
「悪いが、ない。以前から考えていたことだ」
「本当に、レイナに決めさせるんですね?」
「ああ。それは約束する」
臣下は歯を噛み締め、顔を歪める。
「レイナには、いつ?」
「近いうちに。俺から言う」
王は窓を眺める。
欠けた月。何度見ても変わらない。
「残酷ですよ、陛下」
「エメリー。お前は、俺を買い被り過ぎだ」
***
→13-1
王は寝室の窓から月を眺めていた。
いつからか、クセのように月を見てしまう。
今宵の月は、酷く欠けていた。
ノックの音に振り返ると、前髪が左目に掛かった。
「お待たせしました」
予想通りの声。入れ、と告げる。
開いた扉から見えたのは、少し毛先が跳ねた髪。
ウイスキーに合いそうなダークチョコレート色にも見えた。
「とりあえず、ワインをお持ち致しました。古くて、赤いのを」
「良い物を選んできたな」
「肴はチーズと、レイナ閣下の悪口、でいかがでしょう?」
王は笑みを見せる。
「お前のグラスも持って来ているか? エメリー」
「ええ。もちろん」
この夜、レイナは邸に居なかった。
明朝、学院までジョシュアを迎えに行く為、出国している。今頃は雲の上だろう。
王は機嫌良く杯に口付けていた。臣下も機嫌が悪いようにはとても見えなかった。
「なかなか強いな、エメリー」
「陛下には及びません」
「よく言う」
王が煙草を咥えると、臣下はさっと火を差し出す。
口髭がオレンジの炎に照らされる。
上唇を覆うようにできた影は、幻のように消えた。
寝室に紫煙が昇る。ひと息吐いた王は、煙草の箱を滑らせた。
「エメリー。我慢することはない。今宵は口煩いのも居ないしな」
「さすが。陛下はお優しい。ではお言葉に甘えて」
臣下は、頂戴致します、と言って一本抜き取る。王の前で煙草を咥えた。
口内でワインの酸味と煙草の苦味が混ざり、新たな旨味が創出される。
身体には害をもたらすだけの、中毒性の高い旨味、だからこそ美味い。
ソムリエがこの様子を見ていたら、さぞ軽蔑の眼差しを浴びせただろう。
ワインの香りを汚すニコチンは御法度だからだ。
茶髪の臣下がしみじみと言う。
「赤に合う一番の肴は、やっぱり煙草ですね。他の奴等には馬鹿にされるんですけど」
「ほう。子供だな。この毒の味が解らんとは」
「陛下だけですよ、そう言って下さるのは」
主から同意を得た臣下は、恭しくワインボトルを傾ける。
グラスはまだ空になっていなかったのだが、なみなみと注ぎ足した。
「最近、陛下が寝室に私をお呼びになること、増えましたね」
「そうか?」
「そうですよ。ま、レイナ閣下が居ない夜が、増えただけですけど。
自業自得ですよ、陛下。レイナ閣下を殿下の側に置いたのは陛下なんですから」
臣下は微笑を浮かべる。
「本当はご退屈でしょう? 私がお相手では。
あ、良いんですよ、隠さなくても。私は全然傷付きませんから」
「退屈そうに見えたか? 俺は有意義な夜を過ごしているつもりなのだがな」
「信じませんよ。お上手ですからね、陛下は」
「お前も、嫌なら嫌と言って良いぞ。俺も傷付かないからな」
「意地悪ですね、陛下。私は光栄ですよ? おかげでこんな古いワインがタダで頂けるので。
だけど、さっき廊下でラテに睨まれました」
「ホワイトか」
「あいつ、拗ねてるんですよ、陛下がなかなかラテを『ご注文』にならないから」
カーディスの側役は、全部で六人。執務の補佐、護衛を担う。
身の回りの世話についても彼等に任せている。この王が周りに、はべらせるのは男ばかり。
おかげで、浮いた噂のひとつも、王を狙う女もない。
六人のうち、最も王に近しい存在が側近ラルヴィス・レイナ。
側役の中でおそらく、王に最も心服している――と人目に映り易い――のはホワイトだ。
長髪長身の優男。その髪は敬愛する陛下に似せたのだろうと思われる。
普段は温厚で真面目だが、陛下のこととなると、やや神経質になるのが玉に瑕だった。
フルネームはブラウン・ホワイト。親が面白がって付けた名前らしい。
そのどっちつかずな姓名は、まるでカフェ・ラテ色。ラテはイタリア語でミルクを指す。
イメージや語感が彼の雰囲気にぴたりと合うので、気安い同僚達は彼を『ラテ』と呼んでいた。
「まあ、陛下のお気持ちも解りますよ。ラテじゃ従順過ぎて、物足りないんでしょう?
かと言って、私では生意気で喋り過ぎる。だから、レイナ閣下くらいが丁度良いんだ…当たりでしょう?」
陛下は軽く笑うだけで、肯定も否定もしなかった。
「そう僻むな、エメリー」
「僻んでません」
「今宵は、お前と大人の話がしたくてな」
「陛下が私と?」
「ああ」
臣下は笑顔を見せながら、余裕のある怖がり方をする。
「何だろう、怖いな」
「他言しないと誓うか?」
臣下は胸に手を置いて、頭を下げる。
「仰せのままに」
「よし。ラルヴィスにも、まだ言うなよ」
主が告げた言葉。
それまで、流れるように喋っていた臣下を、ぴたりと止めた。
「絶句しているな、エメリー。お前の忌憚無い意見を聞かせてくれないか?」
「陛下が『ロレートの為に』なんて…似合いません」
「正直な奴だな。ラルヴィスと親しいだけのことはある。
俺はお前達のそういうところが一番気に入っているんだ」
「陛下、お戯れではないんですか?」
「俺が酒に飲まれて、つまらんジョークを言っているように見えるか?」
問われて、また言葉を失う。王は静かに言った。
「俺の願い通り、上手く事が進んだ場合、エメリー、お前に…」
臣下は遮って、テーブルに両手を着いた。
「お断りします!」
立ち上がった振動でワイングラスが赤い波を立てる。
「どうしてラテじゃないんです? どうして俺が」
「お前が先程、自分で言っただろう?」
王はグラスに口付けた。
「俺には陛下の高尚なお考えがちっとも理解できません。
こんなことをして、一体誰が得をするんです?」
「決まっているだろう」王は窓を見上げる。
「ロレートの国民さ。これが、俺がロレートの為に出来る、最後の務めだ」
「陛下は『規格外の王』でしょう? 何、王様っぽいこと言ってるんですか?」
「お前も規格外の臣下だな。そんなことで王を叱る臣下が居るか」
エメリーは主の足許に跪いて、申し立てた。
「どうか、今一度お考え直し下さい、陛下」
主は臣下の頭部を見下ろし、薄く笑う。
「酷い嫌われようだな、俺も」
ぱっと顔を上げた臣下は、火を吐くように叫んだ。
「嫌いなんかじゃありません。今まで言ったことなかったですけどね、
これでも俺だって、あんたのことは、どの国より良い王様だと思ってる。
だから何年もお仕えしてんでしょうが。嫌な野郎にワインを注ぐと思いますか、この俺が」
王は可笑しそうに笑う。
「物凄い説得力だ」
「笑いごとですか?」
「すまん。感情的なお前を見るのは久しいものでな。
お前は普段から、そうしていればいいものを」
「口煩い上官の下に居るもんで。せめて人前では礼儀を弁えろって言われてるんです」
国王は残り少ない酒を飲み干す。空いたグラスは満たされない。
「陛下、考え直すおつもりは?」
「悪いが、ない。以前から考えていたことだ」
「本当に、レイナに決めさせるんですね?」
「ああ。それは約束する」
臣下は歯を噛み締め、顔を歪める。
「レイナには、いつ?」
「近いうちに。俺から言う」
王は窓を眺める。
欠けた月。何度見ても変わらない。
「残酷ですよ、陛下」
「エメリー。お前は、俺を買い被り過ぎだ」
***
→13-1
■ロレートシナリオ
翌朝、アイヴィー様は「空港までお見送りする!」と言い張って、
陛下へのお土産まで持たせて下さった。『キングズフィンガー』というもので、
殿下もお好きなお菓子だそうだ。コーヒーや、コーヒーリキュールとよく合うらしい。
「王様もきっと知ってるお菓子だからさ、二人で食べてよ」
と笑顔で渡して下さったのだ。他意はなかったのだろう。
だが、本物の王に、王の指を贈るというのは、少々組み合わせが悪いような気がした。
「ね、ラルちゃん。今度はさ、一緒にメシ食べ行こーね。島のオイシイお店教えてあげる。
アルフォンソ名物とか、あんまり食べたことないでしょ?」
社交辞令なのだろうと思いながらも、「そうですね。いつか」と答えた。
ロレートに帰国後、私はすぐに陛下の元へ行った。
膝を着いて、頭を下げる。
「只今戻りました、陛下。帰国が遅れ、申し訳ありません」
「それは良いのだがな、ラルヴィス。顔を上げてみろ」
ご命令に逆らうことも出来ず、私はそっと顔を上げる。すかさず、顎を掴まれた。
「随分と眠そうな顔をしているな?」
「すみません」
「お前、何故、このようなところに傷がある?」
陛下の親指が、私の下唇のラインをなぞる。
下唇には凝固した血。唇が切れた痕があった。
「唇に傷を付けて返してくれるとはな」
「お見苦しい物をお見せして、申し訳ありません」
「誰に付けられた?」
「名は解りません」
陛下は首を傾げる。顎から手を離された。
「アイヴィーではないのか?」
「何を。あの方が私を殴る筈がありません」
「これは殴られて切れた傷なのか?」
「…どのような誤解をされているのか、解り兼ねますが」
私は司令官閣下には何の責任もないことをご説明申し上げた。
「そうか。しかし、俺の右腕ともあろう者が、ブザマなことだな」
「申し訳ありません」
「その見苦しい唇、消毒してやろうか?」
「…お優しいお心遣い痛み入ります。お気持ちだけで充分です」
陛下に殿下からのお願いをお伝えした。
「カーディスに会わせたい友人が居る」という話だ。
やはり陛下はご興味を示された。次に来る時にでも連れて来いとのこと。
早速、殿下にお電話でお伝えすると、殿下もお喜びだった。
日程は順調に決まった。殿下とご友人がいらっしゃる日が近付いて来ると、
邸の者達が何となくそわそわしている空気があった。
『あの殿下のお友達』『どんな方だろう』と期待が膨らんでいるようだった。
私も殿下のご学友に粗相のないようにしなくては。
→12
陛下へのお土産まで持たせて下さった。『キングズフィンガー』というもので、
殿下もお好きなお菓子だそうだ。コーヒーや、コーヒーリキュールとよく合うらしい。
「王様もきっと知ってるお菓子だからさ、二人で食べてよ」
と笑顔で渡して下さったのだ。他意はなかったのだろう。
だが、本物の王に、王の指を贈るというのは、少々組み合わせが悪いような気がした。
「ね、ラルちゃん。今度はさ、一緒にメシ食べ行こーね。島のオイシイお店教えてあげる。
アルフォンソ名物とか、あんまり食べたことないでしょ?」
社交辞令なのだろうと思いながらも、「そうですね。いつか」と答えた。
ロレートに帰国後、私はすぐに陛下の元へ行った。
膝を着いて、頭を下げる。
「只今戻りました、陛下。帰国が遅れ、申し訳ありません」
「それは良いのだがな、ラルヴィス。顔を上げてみろ」
ご命令に逆らうことも出来ず、私はそっと顔を上げる。すかさず、顎を掴まれた。
「随分と眠そうな顔をしているな?」
「すみません」
「お前、何故、このようなところに傷がある?」
陛下の親指が、私の下唇のラインをなぞる。
下唇には凝固した血。唇が切れた痕があった。
「唇に傷を付けて返してくれるとはな」
「お見苦しい物をお見せして、申し訳ありません」
「誰に付けられた?」
「名は解りません」
陛下は首を傾げる。顎から手を離された。
「アイヴィーではないのか?」
「何を。あの方が私を殴る筈がありません」
「これは殴られて切れた傷なのか?」
「…どのような誤解をされているのか、解り兼ねますが」
私は司令官閣下には何の責任もないことをご説明申し上げた。
「そうか。しかし、俺の右腕ともあろう者が、ブザマなことだな」
「申し訳ありません」
「その見苦しい唇、消毒してやろうか?」
「…お優しいお心遣い痛み入ります。お気持ちだけで充分です」
陛下に殿下からのお願いをお伝えした。
「カーディスに会わせたい友人が居る」という話だ。
やはり陛下はご興味を示された。次に来る時にでも連れて来いとのこと。
早速、殿下にお電話でお伝えすると、殿下もお喜びだった。
日程は順調に決まった。殿下とご友人がいらっしゃる日が近付いて来ると、
邸の者達が何となくそわそわしている空気があった。
『あの殿下のお友達』『どんな方だろう』と期待が膨らんでいるようだった。
私も殿下のご学友に粗相のないようにしなくては。
→12
■ロレートシナリオ
「ん。キレイになった。じゃ、うち、帰ろ?」
アイヴィー様の車。私は助手席に乗せて頂いた。
海沿いの道路は、私達の他は車も人も走っていない。
窓からは暗い海が見える。寂しい夜道だ。司令官はいつもこのような道を一人で走っているのだろう。
「あ、ラルちゃん。眠たい? 夜だもんね」
「いえ、動いたおかげで目が冴えています。アイヴィー様、大事なお話、というのは?」
「ああ、あのね。ロレートのこと、ちょっと聞きたいなーと思って。
前さ、ロレート国内の動きがどうも妙だったんだよね。
そん時は、王様の後継者問題が原因かなって俺達は思ってた。
で、ジョシュアが次の王様に決まってからは、動きが落ち着いてたから、
諦めも付いたのかなーって思ってたんだけど。最近、ちょっとまた妙な気がしてね」
「妙、というのは?」
「うーん。なんか企んでる奴が居そうっていうか。誰なのかはまだ解んないんだ。ゴメン。
そんで、ラルちゃんに最近のロレートどうかなー? って聞いてみたかったんだ。
ね、ちっちゃいことでもイイんだけど、なんかヘンなこととかなかった?」
軍服の膝は砂で少し汚れていた。
そうだ。この方にはお知らせするべきだった。
「殿下には、ご内密に願えますか?」
「ん。俺、ヒミツのお話、ダーイスキよ?」
ちょっと煙草吸ってイイかなあ、と断ってから司令官は火を点けた。
少し開いている窓を境に、紫煙と夜風が入れ違う。
「ふうん。<新しい王子は、闇の血を引く者>か。そういうのってよくあること?」
「以前は少し。ですが近年ではなくなりました」
「以前、っていうと、カーディス陛下の即位直後かな?
王様のお兄さんがロミジュリしちゃって、周りがゴタゴタしてた頃」
私は頷く。「その時期です」
「そっか。教えてくれてサンキュ。この話、王子様と、王様にもオフレコにしてんの?」
「はい。悪戯、というだけかもしれませんし」
「まあね。けど、<闇の血>ってのがなあ。
ジョシュア個人に恨みでもあんのか、グラント家に根を持ってんのかねえ。
けど、それをランベール館じゃなくて、王様んちに投げ込むのもヘンだしなー」
「そう、ですね」
「この言い方もさ、はっきりしないよねえ。
別に殺害予告ってわけでもないし、ただのグチみたいな? 何も脅迫してないし。
俺もさ、こーゆーオシゴトしてると、時々、本物の予告状とか見たりもすんだけど、
そういうのと違って、何ていうか、こう…迫力っていうか、パワーが足りないっつーか?
いや、あったらあったで困るんだけど…こいつ、何したいんだろ?」
確かに。緊迫感に欠ける文章ではある。
「書いた者が、何をしたいか、というのは考えてみませんでした」
「俺も受け売りなんだけどね。犯罪者が何を望んでるのか考えてみろってさ」
運転手は車内の灰皿にトンと灰を落とす。白っぽい塊が崩れた。
「そういや、ジョシュアの親父さん、公では事故死ってことになってるけど、暗殺されたんだよね?」
「…アイヴィー様…どうして、それを」
「え? ああ、ジョシュアに聞いたんだよ。あいつがその話を聞かされた直後だったのかな。
生徒代表室でぼんやりしてたから、ロレートでなんかあったのかって聞いたら、ね」
「そうでしたか」
「ていうか、この暗殺は、世界中に知らせても良いことだと思うけど」
「私もそう思うのですが」
「王様に口止めされてるワケね。そこまで背負い込まなくてもイイのにってかんじするけど、
王様的には譲れないラインなんだろーな、そこは」
「…ええ」
アイヴィー様の仰る通りだ。陛下はそれほど背負い込まなくても良いのに。
「あれ、ゴメン。しんみりさせちゃったね。
とにかく、ジョシュアの身の周り、気を付けるよ。
俺達もちょっと色々調べてみるね。なんか解ったらまたメールするから」
「ありがとうございます、閣下。我が国の皇太子をよろしくお願い致します」
「りょーかいしましたっ。ダイジョブだよ、ラルちゃん。
島に居る間は、お宅の王子サマも、俺達が責任持ってお守りするからさ?」
「はい」
彼が紫煙を吹く。ゆらりと翻りながら霧散する。
車内のシートからも少し煙草の香りがした。
「ねえ。ラルちゃん」
「はい?」
「もしもー、怪盗さんとかだったら、予告状とか出しときたいタイプ?」
「…怪盗、ですか?」
「うん。天下の大泥棒さんとかなら出すじゃん、予告状。
ほら『今夜0時に、なんとかダイヤを頂きに参上致します』とかって」
「…え?」
「俺は出せないんだよねー、予告状なんて。そんなことしたら警備が厳重になっちゃうでしょ?
つーか、0時とかに警備のお仕事を増やすな! ってかんじ。
どうせ参上するなら、警備の睡眠時間と体内時計とかも、ちょっとは考えて欲しいよ。
ね? ラルちゃんなら、俺の気持ち、解ってくれるでしょ?」
「…ええ。まあ」
警備の人間を思いやれる怪盗ならば、そもそも怪盗にならないと思うが。
ご自宅に着くと、アイヴィー様は、ああ…と落胆された。
テーブルには、出しっぱなしのディナー。
そう言えば、ビールをお注ぎしたところで、呼び出しがかかったのだ。
アイヴィー様は肩を落とす。
「ビールは炭酸抜けまくりー。パスタも伸びまくりー」
有能なる司令官が、しゅん、となった。
→11
アイヴィー様の車。私は助手席に乗せて頂いた。
海沿いの道路は、私達の他は車も人も走っていない。
窓からは暗い海が見える。寂しい夜道だ。司令官はいつもこのような道を一人で走っているのだろう。
「あ、ラルちゃん。眠たい? 夜だもんね」
「いえ、動いたおかげで目が冴えています。アイヴィー様、大事なお話、というのは?」
「ああ、あのね。ロレートのこと、ちょっと聞きたいなーと思って。
前さ、ロレート国内の動きがどうも妙だったんだよね。
そん時は、王様の後継者問題が原因かなって俺達は思ってた。
で、ジョシュアが次の王様に決まってからは、動きが落ち着いてたから、
諦めも付いたのかなーって思ってたんだけど。最近、ちょっとまた妙な気がしてね」
「妙、というのは?」
「うーん。なんか企んでる奴が居そうっていうか。誰なのかはまだ解んないんだ。ゴメン。
そんで、ラルちゃんに最近のロレートどうかなー? って聞いてみたかったんだ。
ね、ちっちゃいことでもイイんだけど、なんかヘンなこととかなかった?」
軍服の膝は砂で少し汚れていた。
そうだ。この方にはお知らせするべきだった。
「殿下には、ご内密に願えますか?」
「ん。俺、ヒミツのお話、ダーイスキよ?」
ちょっと煙草吸ってイイかなあ、と断ってから司令官は火を点けた。
少し開いている窓を境に、紫煙と夜風が入れ違う。
「ふうん。<新しい王子は、闇の血を引く者>か。そういうのってよくあること?」
「以前は少し。ですが近年ではなくなりました」
「以前、っていうと、カーディス陛下の即位直後かな?
王様のお兄さんがロミジュリしちゃって、周りがゴタゴタしてた頃」
私は頷く。「その時期です」
「そっか。教えてくれてサンキュ。この話、王子様と、王様にもオフレコにしてんの?」
「はい。悪戯、というだけかもしれませんし」
「まあね。けど、<闇の血>ってのがなあ。
ジョシュア個人に恨みでもあんのか、グラント家に根を持ってんのかねえ。
けど、それをランベール館じゃなくて、王様んちに投げ込むのもヘンだしなー」
「そう、ですね」
「この言い方もさ、はっきりしないよねえ。
別に殺害予告ってわけでもないし、ただのグチみたいな? 何も脅迫してないし。
俺もさ、こーゆーオシゴトしてると、時々、本物の予告状とか見たりもすんだけど、
そういうのと違って、何ていうか、こう…迫力っていうか、パワーが足りないっつーか?
いや、あったらあったで困るんだけど…こいつ、何したいんだろ?」
確かに。緊迫感に欠ける文章ではある。
「書いた者が、何をしたいか、というのは考えてみませんでした」
「俺も受け売りなんだけどね。犯罪者が何を望んでるのか考えてみろってさ」
運転手は車内の灰皿にトンと灰を落とす。白っぽい塊が崩れた。
「そういや、ジョシュアの親父さん、公では事故死ってことになってるけど、暗殺されたんだよね?」
「…アイヴィー様…どうして、それを」
「え? ああ、ジョシュアに聞いたんだよ。あいつがその話を聞かされた直後だったのかな。
生徒代表室でぼんやりしてたから、ロレートでなんかあったのかって聞いたら、ね」
「そうでしたか」
「ていうか、この暗殺は、世界中に知らせても良いことだと思うけど」
「私もそう思うのですが」
「王様に口止めされてるワケね。そこまで背負い込まなくてもイイのにってかんじするけど、
王様的には譲れないラインなんだろーな、そこは」
「…ええ」
アイヴィー様の仰る通りだ。陛下はそれほど背負い込まなくても良いのに。
「あれ、ゴメン。しんみりさせちゃったね。
とにかく、ジョシュアの身の周り、気を付けるよ。
俺達もちょっと色々調べてみるね。なんか解ったらまたメールするから」
「ありがとうございます、閣下。我が国の皇太子をよろしくお願い致します」
「りょーかいしましたっ。ダイジョブだよ、ラルちゃん。
島に居る間は、お宅の王子サマも、俺達が責任持ってお守りするからさ?」
「はい」
彼が紫煙を吹く。ゆらりと翻りながら霧散する。
車内のシートからも少し煙草の香りがした。
「ねえ。ラルちゃん」
「はい?」
「もしもー、怪盗さんとかだったら、予告状とか出しときたいタイプ?」
「…怪盗、ですか?」
「うん。天下の大泥棒さんとかなら出すじゃん、予告状。
ほら『今夜0時に、なんとかダイヤを頂きに参上致します』とかって」
「…え?」
「俺は出せないんだよねー、予告状なんて。そんなことしたら警備が厳重になっちゃうでしょ?
つーか、0時とかに警備のお仕事を増やすな! ってかんじ。
どうせ参上するなら、警備の睡眠時間と体内時計とかも、ちょっとは考えて欲しいよ。
ね? ラルちゃんなら、俺の気持ち、解ってくれるでしょ?」
「…ええ。まあ」
警備の人間を思いやれる怪盗ならば、そもそも怪盗にならないと思うが。
ご自宅に着くと、アイヴィー様は、ああ…と落胆された。
テーブルには、出しっぱなしのディナー。
そう言えば、ビールをお注ぎしたところで、呼び出しがかかったのだ。
アイヴィー様は肩を落とす。
「ビールは炭酸抜けまくりー。パスタも伸びまくりー」
有能なる司令官が、しゅん、となった。
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